ホームぼぼるパパの部屋>Idle Musing 2002年12月

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ぼぼるパパの研究日誌 Idle Musing

12/30/2002 ピリピ人への手紙3章12ー14節

私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。
ただ捕らえようとして、追求しているのです。そして、
それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕えてくださったのです。
兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕えたなどと考えてはいません。
ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、
ひたむきに前のものに向かって進み、
キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、
目標を目指して一心に走っているのです。

Flashback 2002 Part 1 (1月ー5月)
Flashback 2002 Part 2 (6月ー8月)
Flashback 2002 Part 3 (9月ー12月)

12/23/2002 クリスマスまであと2日

この期に及んでまだクリスマスカードを書いている。宛先の多くは、来年またこの時期にクリスマスカードを書くまで、実際に会う可能性の少ない恩師、友人たちだ。それでも「来たる一年もよろしくお願いします」などとしたためながら、どうしているかなと思い浮かべている。

今日は年内のオフィス出勤最後の日で、久しぶりに車で出かけた。行きがけにキリスト教系の書店に寄ると、教会の友人がどっさりCDを買い込んでいる。「クリスマスの買い物?」と聞くと、「いやいや、親戚を訪ねてセントルイスまで運転していくので、道中で聴こうと思って」とのこと。車にCDプレーヤーのない小生はちょっとうらやましくなったが、まあ、いつもの89.7FMをかけていけばいいや、と思い直す。しかし、今日の89.7FMは全然ようすが違い、クリスマス・キャロル一色。12 Days of ChristmasとかO Holy NightとかDo You Hear What I HearとかGloriaとか、どれもこれも良く知っている歌を、アーティストを変え、ジャンルを変え、アカペラ、ウェスタン、ポルカ、ラップ、ロック、ヘビメタまでありとあらゆるアレンジでくり返し流している。オフィスまでの30分くらいならなかなか楽しめるが、これをセントルイスまで7時間聴き続けていたら流石に飽きるわな、と友人のCD買いだめも納得。

大学の書籍部に行って来学期のクラスの教科書を5部注文。最低5部は注文しなければいけないのだが、おそらく少人数のクラスなのでそれでも余るだろうな。また図書館に行って、おなじ本および関連の参考書をクラス用にリザーブする(一般貸し出しを停止してもらうこと)。学科のビルはもはや人がほとんど残っていずガランとしていて、ホールに恐竜のおもちゃや化石や隕石で飾りつけられたクリスマスツリーがぽつんと立っている。2、3ひとに頼まれていた仕事を片付け、毎朝オフィスを掃除しにきてくれるおばさんにささやかなプレゼントを残して、オフィスの扉を閉じる。イギリスから帰ってきて4か月、中身の濃い秋学期であった。

12/20/2002 ハバクク書3章17ー19節

そのとき、いちじくの木は花を咲かせず、 ぶどうの木は実をみのらせず、 オリーブの木も実りがなく、 畑は食物を出さない。 羊は囲いから絶え、 牛は牛舎にいなくなる。 しかし、私はにあって喜び勇み、 私の救いの神にあって喜ぼう。 私の主、神は、私の力。 私の足を雌鹿のようにし、 私に高いところを歩ませる。

1月からの研究費にまだあてがなく、学生のスポンサーにもなれないということは、実際やや困ったことなので、どうしたものかと思い巡らしている時に、上の御言葉が目に止まった。アーメン。リソースのあるなしにかかわらず、主である神に目を向けていようと決心する。

すると、である。午後になってオフィスの留守電にメッセージが入っていて、巻き戻してみるとNSFのプログラム・マネージャーのN博士からであった。どきどきしながら聞いていくと、

「プロポーザルのレビューは良好でした。グラントを授与することにいたします。詳細はこれから煮詰めることになりますが、クリスマス前によい知らせをお届けしたいと思いまして」

思わずへたりこんでしまった。実に、主は備え主であられる。これで最低限の研究費と、学生一人の支援金がそう遠くない時期にまかなわれることになった。まさに小生が必要としていたものである。3年に一度、グラントの書き換えの時期はいつもはらはらどきどきするのだが、年を経るにしたがい、なぜかその度合いが増しているようだ。普通なら、経験を積み、名前が通るようになるにしたがい、そのようなサスペンスは減るはずなのに、小生の場合はなぜか逆である。その分、自助努力でなく、いよいよ主に頼っている自分に気付かされる。

家内にこのニュースを伝えると躍り上がって喜んだ。このことについては相当気合いを入れて祈っていたそうだ。(必ずしも気合いを入れたからといって祈りがかなえられるというわけではないが、気合いを入れた祈りが答えられた時の喜びは、大きい。)なんでも、小生が、研究や学生指導を通してまわりによい影響を与え、神にご栄光を帰するため、地境を広げてくれるよう(つまりグラントが下りるよう)、祈ってくれていたのだそうだ。いつものことながら家内の祈りはスケールがでかく、こっちの方が逡巡してしまう。

必要を満たして下さった主に感謝をささげつつ、目下、経済的なことだけでなく、健康面、人間関係などで厳しい季節を通過中の何人かの友人を覚え、祈りを新たにする。

12/19/2002 論文執筆中

次女のクラスでジンジャー・ブレッド・ハウスを作るというので、手伝いがてら見学に行ってきた。ジンジャー・ブレッド・ハウスというのは、200mlの牛乳の空パックにクラッカーやキャンディーをメレンゲで張り付けてカラフルな家を作るという、幼稚園や小学校のクリスマス前の工作の定番である。ひとクラス20数人分ものメレンゲを練ったり、材料をそろえたり、手先の器用でない生徒を助けたりするのには、先生ひとりとアシスタントひとりではとても足りないので、このプロジェクトの時には大抵ボランティアの父兄が大挙して参加する。小生は別にボランティアをする予定はなかったのであるが、次女が学校から電話をかけてきて是非来てくれというので、行くことにしたのだ。到着してみると他にお母さんたちが4、5人手伝いに来ていた。

このプロジェクトは単純なようでなかなかコツがいる。工作用ボンドじゃなくてメレンゲを使うのは、クリスマスが過ぎてから子供達がお菓子の家を食べることができるようにという理由なのだが、メレンゲの接着強度はさほど強くないので気をつけなければならない。今回やや準備が不手際だったのは、牛乳の空パックのふたをホチキスで止めるのを忘れて、開けっ放しのままだったことだ。これだと、てっぺんのところが何となくブカブカしてしまい、屋根となるクラッカーがうまく空パックにくっついてくれない。このため、出来上がる前に家がばらばらになってしまう子が結構いた。それで、当の生徒より手伝っている大人の方が真剣になって、目を三角にしている光景が随所に見られた。

先延ばしにしてきた論文を自分の尻にむち打って書いている。現在中核となる第3章を執筆中。Floquet理論から離散マップへ話をつなぐところで、どのくらい数学的な厳密性にこだわるべきか測りかねている。たとえば、この論文で問題となっているオペレータでは、固有解が完全性を持つ保証はないのであるが、そこまで気にする人は気象学では小生の知る限り4人しかいないので、別にうるさくコメントしなくてもいいか、とも思う。しかしその4人はレビューアーになる可能性が最も高い連中なので、やはり無視するのはまずいかなどとも考える。そういう枝葉末節にとらわれているので、一向に筆が進まず、夏から今に至っているわけである。委細かまわず先へ進むブルドーザのような意志の強さが必要なのだが…。

クリスマスを前に家でずっと背後に流しているCDはMichael W. Smithの「Worship」と、この夏イギリスで参加したFaith CampでのWorshipライブ。タイトルからして当然といえば当然なのだが、とてもworshipfulですばらしい。

12/18/2002 先立つもの

風雨が強く、まるで春一番のような天気だ。三女はお腹の方はすっかりよくなったが、そのあとしばらく喘息の症状に苦しみ、今度は中耳炎になったもようで、耳が痛いといい、熱を出している。またまたお医者さん通いの日々に逆戻りしそうな気配だ。仕事の合間をぬってクリスマス・カード書きに追われている。この調子では日本やイギリスの友人たちに届くのはもしかして、クリスマス明け、正月前という中途半端な時期になってしまうかもしれない。毎年この時期はすべてが後手に回ってしまう。

さて、職場でちょっと予想外の展開が起こった。小生の流体力学のクラスをとっていた学生の一人がやってきて、アドバイザーになってくれというのである。一応すでに学科にアドバイザーはいるのだが、いろいろ考えた結果、小生の分野である力学のほうを研究テーマにしたいのだそうだ。小生のクラスを受講した上で言っているわけだから、思いつきというわけではなさそうだ。「えーと」全く予定外のことだったので、返事に詰まった。「アドバイザーになれということはつまり、アドバイスをしろということだね。うん、アドバイスならいくらでもするよ」

なぜこんな間の抜けた返事で時間稼ぎをするかというと、アメリカの理科系の大学院で学生のアドバイザー(指導教授)になるということは、学生の学費、研究費、生活費にいたるまで丸抱えで面倒をみるということで、先立つものが必要なのである。ここは、学生が自分で奨学金を取ってきたり、アルバイトで生計をたてるのがあたりまえの日本の大学院とは一線を画している。(アメリカでも人文系は全然違う。)要するに、学生はお金持ちの先生のところに集まるという図式になっているのである。大学院生一人面倒見るのに指導教授の研究費から捻出されるのは、一年あたり、学費の半分(約1万3000ドル)、研究に対する給料約1万8000ドル、それに学会参加やPCの費用など数千ドルで、研究予算のかなりの部分を占める。

トコロガ現在、小生は文無しなのであーる。そもそも今年は学生をとるつもりでなかったので予算に組んでいなかったこともあるが、ちょうど3年越しのグラントがあと2週間で切れることになっており、後続のグラントについては今年の5月にNSFとNASAに応募したのだがその後ウンともスンとも言ってこない。つまり、新年早々からは、コピーを取ったり電話をかけるお金もなくなるというタイミングとしては最悪の時に、雇ってくれというわけである。

嘘をついてもしょうがないので、正直にお金がありませんというと、学生はやや残念そうな顔をしたが、すぐ気をとりなおして、それなら奨学金に応募します、ときっぱり。よしよし、そのくらいやる気があるなら、見込みはあるぞ。まあ、主の山に備えあり、というから、スポンサーはなんとか見つかるだろう。それにしても、1月からは予算ゼロのリサーチで結果を出していかなければならないわけで、これはなかなかチャレンジングであるわい。

12/17/2002 永久エルニーニョ状態

夕方久しぶりに次女のスケートのレッスンの見学に行く。去年から1つレベルを上げて、小学生中級者向けのクラスだ。イギリスにいた一年のブランクを感じさせず自然に滑っているので、やはり子供は適応性が高いのだなあと感心する。

スケートで思い出すのは、大学時代、鈴木増夫先生の統計物理学の講義の中で、アイス・スケートはなぜ滑るのか、という問題が出てきたことである。(たしか鈴増さんの講義だったと思うが、ひょっとして記憶違いかも。)水と氷の相転移問題に関連して、Clausius-Clapeyron方程式をミクロな立場から導くというコンテキストだったと思う。スケートのブレードが氷にかける圧力によって氷面の温度が上昇し、わずかに解けて水の層ができ、これが滑りを良くしているとか、たしかそんな話だった。Ising模型とかOnsagerの相反定理とか、思い出してよさそうなことは他にもっとあるはずなのに、不思議なことになぜかスケートの話が印象に残っている。ちなみに、気象学を学んでからは、Clausius-Clapeyronには飽和水蒸気圧計算のため四六時中お世話になっている。(閑話休題:四六時中というのは一日24時間の間ずっと、という意味ですね。とすると前の文章にはちょっと誇張があるな。)おっと、娘のレッスンの見学に来ているのであった。

さて、同僚のRay Pierrehumbertのところに今度ポスドクで来ることになった、Rodrigue Caballeroのセミナーを聞いてきた。三年ほど前に彼の論文をレビューしたことがあるので、名前には聞き覚えがあった。今回のテーマは古気候におけるENSO変動について。とくに極めて温暖であったとされる始新世においてENSOはどうなっていたか、ということについてのモデルによる考察である。無理して考えれば、今後仮に地球温暖化が進んだとして、その環境下でENSOはどうなっていくかという問題にもつながっている。大雑把なシナリオは、温暖化はアルベド・フィードバックにより極地方でもっとも顕著となるため、南北の温度差を小さくする。こうなると海洋の子午面循環が弱くなり、その結果として熱帯の躍層の深度が増え、躍層そのものの強さも弱まる。こうなると、貿易風と海面温度(躍層深度)の間のいわゆるBjerknes feedbackが弱まり、エルニーニョ・ラニーニャの交代が消滅し、永久エルニーニョ状態が出現する、というもの。基本的な理論武装は、1996年にサイエンス誌に相次いで発表されたJinとSun & Liuの論文に基づいている。大気GCMに簡単な海洋のコラム模型を結合して現在の2倍のCO2レベルで計算した結果では、永久エルニーニョ状態には至らなかったものの、理論的な永久エルニーニョ臨界点にかなり近付き、エルニーニョの出現率が有為に増加したそうだ。計算結果もさることながら、小生はベースとなっているJin-Sun-Liu理論の解釈自体にひっかかり、あれこれ思いをめぐらすことになった。なにしろ、この単純なBjerknes feedbackの理論では、海洋中の波動力学の表現はインプリシットであり、いくつかの係数に埋め込まれてしまっている。これらの係数を単なる定数として与えてしまっていいものか。環境が変われば力学の時間スケールなども変わるはずであろうし…てなことを考え出すと、キリがないな。

12/16/2002 深夜のダイアログ

日曜日のクリスマス・プログラムは無事終了。危ぶまれたオープニングのアンサンブルの一曲も、何箇所か怪しいところはあったものの、マイクに向かって大きく音をはずしたり歌い始める場所を間違えて他の8人に迷惑をかけることはせずにすんだ。プログラムはお芝居と聖歌隊によるメドレーで、クリスマスの意味とクリスチャン生活について表現したもの。近所に住む職場の同僚が見に来て、教会の規模の割にはよくできていると感心していた。役者、歌い手、音響照明、その他裏方も含めると、約200人の教会員の三分の一くらいは参加していたと思う。

準備に手間取った背景画も結局うまくセットにおさまり、おおむね好評だった。もっとも道具屋の小生にとっては、一時間ちょっとで終わってしまう本番はほとんどつけたしで、完成にいたるまでの制作の過程のほうがはるかに有意義なのであるが。真夜中に教会のフェローシップ・ホールでひとり黙々と刷毛を走らせていると、プログラムの総指揮者であり観客でもあるあの方がやってきて、対話が始まるのである。

刷毛を片手に扉をあけた小生の目に入るのは、満天の星空。完全に凍てついた空気が身を包むが、心の中には暖炉がともっているようで、寒さは全く感じられない。「メリークリスマス。」と声に出して言ってみる。あの方の笑顔に、乾杯。

12/13/2002 冬眠暁を覚えず

ここで小生が体調を崩して何日も病に臥せるようなことになると、家庭の運営に多大な支障をきたすことになるので、きのうは夜中の十二時と最近にはめずらしく早寝をし、午後三時まで連続15時間の睡眠をとった。ここしばらく寝不足が続いていたので、これは有り難かった。おかげで大分すっきりしたぞ。4時前から車で出勤し、最後の一人の学生のための期末試験を監督。答案を回収してすぐまた家に帰る。

試験には、クラスで印象に残ったデモンストレーションについて、その目的とデザイン、結果について述べよ、という共通の問題を出しておいたのだが、試験を受けた三人が三人とも別々の実験について記述していたのは興味深かった。また答案を見た感じでは、三人とも教材に対する一定以上の理解を示しているようなので、インストラクターとしての最低限の責任は果たせたようである。来学期の大気力学のクラスもこの調子でいこう。

長女が将来自分のホームページに自作自演のBGMを入れたいというので、MIDIについて勉強している。うちには10年以上前に買ったカシオのキーボードがあり、これには一応MIDI IN/OUT/THROUGH のコネクタがついているので、ここからiMacにデータを転送できるはずである。必要なハードとソフトを求めてインターネットで調べてみたところ、インタフェースもシーケンサも結構いいお値段である。特にMac OS Xに対応しているシーケンサはほとんどプロフェッショナル・レベルで、何百ドルもする。いろいろ物色した結果、40ドルくらいのMIDI/USBインタフェースと、OS 9.x 対応の29ドルというエントリーレベルのシーケンサを何とか掘り出して、まずはこれで試してみることにした。インターフェースとキーボードの接続と、ドライバの設定は難無くできたが、シーケンサの方は設定事項が山のようにあって、極めて使い勝手が悪い。試行錯誤の末、キーボードからの出力をQuickTime対応のMIDIファイルに落とすことに成功。プレイバックしてみると音質がいまひとつだが、これはおそらくiMacのサウンドカードの質か、キーボードが古くて現在主流のGeneral MIDIというフォーマットに対応していないことに関係しているものと思われる。まあ、始めの一歩としてはこんなところだろう。

ここ数日かなり気温が穏やかなのは、いよいよエルニーニョ登場のせいか。アメリカの暦ではまだ冬になっていない(冬至が冬の始め)が、はや春の訪れが待ち遠しい今日この頃である。

12/12/2002 連鎖反応

予想されていたこととはいえ、今度は長女と家内が風邪にやられて寝込んでしまった。家内のは明らかに下の子たちのがうつった症状だが、長女は咳や鼻づまりでしんどそうで、ちょっと様子が違う。いずれにせよ、二人とも急に元気を失ってしまった。しかたがないので家で仕事をする。さいわい、長男と三女の症状は峠をこしたようで、比較的元気にしている。しかし、午後になると小生もなんだか体がだるくなって、お腹の調子がおかしくなってきたぞ。やだなあ。

小生がプリンストンで学生だったころポスドクをしていたイギリス人の海洋学者Richard Greatbatchからメールが来た。えらく懐かしい。彼は今カナダのNova ScotiaにあるDalhousie大学で海洋学の先生をしている。何でも彼が去年の9月にJPOに出版した論文と、小生が去年の12月にJASに出版した論文に多大な共通点を見い出したのだそうだ。どれどれと調べてみると、確かに形式論のレベルではかなり近いことをやっている。彼のは、渦による物質輸送のフラックスを回転成分と発散成分に分け、小生のは同じフラックスを物質の平均場の勾配に平行な成分と垂直な成分にわけている。しかしその目的は、彼のがメソスケール渦のパラメタリゼーションであるのに対し、こっちのは混合拡散の診断であって、強調点が異なっているようだ。何はともあれ、あのようなテクニカルな論文をどこかでまじめに読んでくれている人がいるというのは、ちょっと嬉しい。

12/11/2002 各種メンテナンス

長男の調子が完全に戻る前に、今度は三女が同じ症状でダウン。いつも二人で一緒に遊んでいるのでうつるのは仕方ないとはいえ、これでまたばい菌のリサイクルが始まってしまった。毎年この時期は家族が順番に風邪にやられ、全員一通り苦しんだところで、一人目がまた違う種類の風邪をもらってくる、ということの繰り返しだ。ここ1、2週間は行事が立てこんでいるので、これ以上誰もひっくりかえらないといいが。

つい先日バネが折れて修理してもらったばかりのガレージのドアが、こんどはケーブルが切れて閉まらなくなってしまった。幸いすぐ修理屋が来てくれて、70ドルほどで直してくれたものの、今度どこかが大破したら、そろそろドアそのものを取り替えないといかんかもしれんなあ。うちは築23年だが、家のメンテナンスには結構お金とエネルギーをとられる。

近所はどこもクリスマスのイルミネーションをきれいに輝かせているので、しかたなくうちも、玄関わきの植木の上に申し訳程度のライトをかける。本当は屋根の縁からぶら下げるカスケード式の奴を二年前に買ったのだが、1シーズンで半分以上電気がつかなくなってしまって、もはや使い物にならない。しかも玄関わきにつけたライトは、電球が比較的大きい卵型。今は小さい無数の電球を飾るのが主流であり、うちのは何とも時代遅れだ。暗くなってから点灯してみると、クリスマスライトというより、7色に輝く水疱瘡という感じ。

Research SystemsのウェブサイトからダウンロードしたIDLをMacにインストールしようとすると、まずX windowsをインストールすべしとのこと。なんと、新バージョンはMacのインターフェースから切り離されて、完全にUNIXのソフトになってしまっているというわけだ。実用上それほど違いがないとはいえ、UNIXのワークステーションじゃなくてMacを使っていることの理由のひとつは、インターフェースの使いやすさなのであるから、Mac版はMacのインターフェースで作ってほしかった。と文句を言ってもはじまらないので、ネットでXDarwinをダウンロードしてきて、iBookにインストールする。これに結構手間取り、またまた貴重な研究の時間を削ってしまう。

12/10/2002 イザヤ書7章13ー14節

そこでイザヤは言った。「さあ、聞け。ダビデの家よ。 あなたがたは、人を煩わすのは小さなこととし、私の神までも煩わすのか。 それゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与えられる。 見よ。処女が身ごもっている。 そして男の子を生み、その名を『インマヌエル』と名づける。

12/9/2002 研究再開

一歳8ヶ月の長男が病気になった。ふだんからキムチはばりばり食べるわ、コーヒーは飲むわと、とんでもないお子さまであられるのだが、どうもお腹に来る風邪を引いたらしく、食べたものを全部吐いてしまう。水を飲んでもだめだ。別に熱もないし、本人はいたって食欲旺盛なため、食べちゃだめというと、うらめしそうな顔をしながら冷蔵庫に頭をがんがんぶつけて抗議する。子供用の栄養剤をアイスキャンデーにしてあるものを与え、それをしゃぶっているうちにようやく少し落ち着いてきた。大したことないといいけど。

クリスマス・ミュージカルの大道具の方は、ディレクターに頼みこんで納品期限をのばしてもらったが、もう9割かたできている。あとはトリムライン、ハイライトやシャドウを入れればいいだけだ。三枚組みの背景画は背が高すぎて、作業場ではまっすぐ立てることができないため、三枚とも横に寝かせたままペイントしなければならず、10歩下がっては首を横に傾けて進み具合を確認するという、かなり不自然な作業環境だ。公演は今度の日曜の朝一回だけ、そのあと大道具はお蔵入りか悪くすれば即刻解体という宿命なので、本当に一発勝負の仕事である。一週間に一体怪獣を作らなければならない円谷プロの造形さんの苦労がしのばれる。そのミュージカルであるが、アンサンブルで一曲歌うことになっているため、あすのドレス・リハーサルまでに暗譜しなきゃならんのだ。こっちの方は全然間に合っていないぞ。

やっと講義が終わり、あとは期末試験の採点を残すだけとなったので、講義の準備に使っていた時間を用いて、ようやくまた自分の研究に戻ることができる。とはいえ、新学期の始まる1月6日までのひと月の間だ。ここで、懸案になっている混合に関する2つの論文を仕上げ、対流圏界面に関する計算を再開することを心に決め、さっそくコーヒーを買いにとなりのStarbucksへ。(研究の進み具合とカフェインの消費量には正比例の関係があると思われる。さらにいうなら、三大文明の発祥の地がいずれもカフェインの大消費地域であったことを思うと、カフェインと文明の進歩にも、正比例の関係があると思われる。)

12/6/2002 プロフィール

学科のニュースレターに載る教員紹介文が、インタビューのテープから起こして送られてきた。小生の方でちょっと手を加えて、最終的にはこんな感じになった。なんかあまりintelligentな印象を与えなくて恥ずかしいが、それが実際のところなのだから、まっいいか。

12/5/2002 知的広さ・狭さ

ようやくIDLのMac OS X 対応版がリリースされたというので、Research Systemsのウェブサイトからダウンロードしようとしたが、みんながアクセスしているらしく、毎秒3.0KBとナメクジのような転送速度だ。ファイルの大きさは110MBなので、これでは半日近くかかってしまう。らちが開かないので、夜中にもう一度やってみよう。

午前中に期末試験を受けた統計学科の大学院生が、「いやあ、クラスは楽しかったですよ。いろいろ学んだし。」と言って去っていった。学部生のクラスでは、教授法、レベル、知的興味、等々さまざまな視点から学生が講師を採点する仕組みになっているが、大学院のクラスではそういったものがないので、このようにひとことのフィードバックでも貴重である。あれだけ実験を失敗しても、学んだと言ってもらえるなら、嬉しいではないか。まあ、小生はこう見えても、ただのグーフィーな素人実験屋じゃあないってことかな、と前向きに解釈しておこう。

ここのところ、人事委員会の仕事に関係して、知的広さ(intellectual breadth)ということを考えている。うちのような学際的な学科では、教員を雇う時に、その人の専門での質の高さの他に、知的広さが必ず問われる。それは必ずしも専門以外の分野について博学的な知識を持っているということではない。とりあえずありあわせの知識でも、違う分野の研究者と有意義な会話ができるか、あるいは自分の専門を他の分野の人に魅力あるものとして売り込むことができるかとか、むしろそういうことである。これは実際その人と会ってしばらく話してみないと分からない。注意すべきは、知的広さ、狭さとは、研究対象によって決まるのではない、ということだ。たとえば、ここに、環境問題に関する政策の専門家と、アイヌの伝統的な海上交通手段を研究している人がいたとする。環境政策を論ずるためには、自然科学にも政治学にも通じていなければならないから、研究対象としては広い分野をカバーしているように見える。一方、アイヌの海上交通手段の研究をしているような人は世の中にそう大勢はいないはずだから、研究対象としては狭いともいえる。しかし、その特殊性ゆえ、アイヌの海上交通手段の研究をしている人は、まったく関係ない分野の人々の興味を次々と引き、環境政策の専門家よりずっと広い知的交友関係を築いている、ということも十分ありえるのである。研究対象にかかわらず、知的に狭い研究者とは、自分の分野以外のことには興味を示さず、扉を閉ざしている人のことだ。こういうタイプは、学際的な学科では居心地が悪いであろう。

難しいのは、知的広さと専門性のバランスである。どんな研究者でも、その道で一家言を持つためには、ある時期、集中して特定の問題に取り組み、成果を出す必要がある。往々にしてそういう時は、他の分野の人とだべっている場合ではない、ということもあろう。小生の見た感じでは、キャリアの始めから知的広さを強調し過ぎると、いろんなことに手を出し過ぎて自分の専門と呼べるものがなくなってしまうようだ。したがって、Assistant Professorあたりでは少し狭く見えるくらいの方がむしろいいのではないかと思うのだが。読んでいるか、Munir?

12/4/2002 講義終了

またまた日中の最高気温が氷点下という寒い日々が続いている。これぐらい寒いと、外を10分も歩いていると息の中の水蒸気が鼻毛に凍り付いて、鼻の中がむずむずしてくる。家の外の水道栓が破裂しないよう、元栓を閉め、蛇口をひねって開けておく。幸い、2年程前に古くなった家の窓と窓枠を一斉に取り替えて、ガラスの断熱グレードを上げたので、窓辺に近よってもさほど空気の冷たさを感じない。窓を取り付けた業者は、光熱費が大幅に節約できるので、ふた冬くらいで元がとれますよと豪語していたが、あながち嘘でもなさそうだ。それにしても暖冬になるだなんて言ってたのはどこのどいつだ(←てめえだろう、気象学者)。

Batchelorの-1乗則と、2次元乱流におけるエネルギーの逆カスケードについて説明して、18回すべての講義を終了。シラバスをほぼ消化できたので、まあ及第点というところ。単位をとっている三人の学生が、AGUに参加したりで三人とも来週のスケジュールが異なるため、なんと三人別々に期末試験を実施するはめになった。あしたまず一人目が受け、月曜に二人目、来週の金曜日に三人目。規定によってそれぞれに別の問題を用意しなければならず、面倒臭い。

教授会は昼過ぎから三時過ぎまでと、これまた長かった。

12/3/2002 てんてこ舞い

大道具作りはフレームに下描きを完了し、今晩からアクリルペイントで色を塗りはじめる。約4時間奮闘して、1.8m x 1.8mの天井裏のシーンの背景画は約7割色塗りを完了。しかし、2.4m x 4.2mのリビングルームの背景画(三枚のパネルに分離してある)は下描きのままである。納品期限の来週月曜までに間に合うか、時間との戦いになってきた。

今日は午前10時から午後2時前まで、ぶっとおしで人事委員会。建設的なよい意見がどっさり出たが、しまいには腹が減って頭が回らなくなった。

ここんとこ忙しい。やることのリストを調べてみると…

(項目)                 (締めきり)

人事委員会から教授会に提出する手紙   7時間後
講義の準備               8時間後
宿題の採点                8時間後
期末試験問題の作成             あした
論文のレビュー             あさって
教授会の議事録             あさって
大道具納品               月曜
教会のクリスマスソング暗譜       火曜

論文のレビューを除いては、どれも、時間内にできませんでしたという言い訳が通用しないだけにしんどい。とりあえず、もう寝よう。

12/2/2002 Kolmogorov 1941

げー吹雪じゃー。早く厳寒用のコートを新調しなければ。

この時期、何かと募金のお願いを受ける機会が多い。特に学校関係が多く、近所の子供が「…に募金よろしくお願いしまーす」などと言って玄関に来ると断わるに断りきれないし、うちの子供たちも学校や教会から、いろんな大儀名分で募金してくるようにとのお達しを受ける。子供に集められる金額などたかが知れているから、結局親が肩代わりしなきゃいけなくなる。一回や二回ならいいが、そう何回も肩代わりできるほどサイフは重くないし、いつも同じ人たちに頼むわけにもいかないから、頭が痛い。つい先週も長女は教会の青年会の資金集めで近所にローソクを売り歩いたばかりなのに、こんどは学校の体育の先生から、American Heart Association主催のなわとび大会に参加するため、お金を集めるようにと言われてきた。目標金額は自分で設定することになっていて、金額が大きい程よい賞品がもらえるそうだ。長女はTシャツがもらえる50ドルという目標を立てた。集めたお金は心臓病研究のために使われ、参加者は募金してくれた人ひとりにつきなわとびを100回飛ぶという、他愛のないプログラムではある。本人がどうしても出たいというので、小生もひと肌脱ぐこととなり、オフィスで学科長に直談判し、10ドル募金してもらうことに成功した。この人は4年程まえ心臓病で入院したことがあり、しかもお母さんがシカゴ大学病院の著名な研究医なのだ。

閑話休題。英辞郎でAmerican Heart Associationの訳語を調べたら、「<米>心臓病協会」となっていた。たしかに、心臓病についての研究や啓蒙を行っている団体だからそうなるのだろうが、原語には「desease」という単語は入っていないのだから、本来「<米>心臓協会」とでも訳されるべきものである。心臓協会では臓器を直接とりあつかっているような語感になるから、より説明的な訳をつけたのかもしれぬが、ことさら「病気」を強調せずにすますことはできないものであろうか。American Heart Associationの「Heart」という単語は「健康な心臓」「あたたかい心」などポジティブな連想をさせ、心臓病という言葉の持つ暗いイメージとは随分異なる。ちなみに、訳語ではないかも知れないが、「病院」という名称も、文字どおり具合の悪い人たちが収容される場所、という意味では体をあらわしているものの、字面が不健康そうでどうしても好きになれない単語だ。そこへいくと英語の「hospital」は、hospitalityという関連語からもわかるように、手厚い看護を受けられる場所というポジティブな語感があって、印象がぐっと明るい。と妙なところにこだわる小生は、おそらく翻訳には向いていないと思う。

さて、残すところ2回となった流体力学は均質乱流の理論。講義の準備をするついでに、Kolmogorov論文の復習をする。(とは言っても小生はロシア語は読めないので、英文の翻訳でだが。)科学者の中にはごく稀に、ある年突然、驚異的な論文を驚異的なスピードで驚異的に量産する者がいる。例えば、Einsteinは1905年に特殊相対性理論、光電効果、ブラウン運動に関する三本の論文を一挙に発表した。Kolmogorovという人にとっては1941年がどうもそういう年だったようで、乱流に関する古典的な論文を4本も発表している。小生のような凡人には知るよしもないが、こういうのって、一種の啓示のようなものなのじゃないかと思う。(ちなみに、驚異的にしょうもない論文を驚異的なスピードで驚異的に量産している科学者は、比較的多いようである。)中でも、三番目の論文に出てくるいわゆる4/5則というのが、エレガントかつ厳密ですごい。(等方乱流の速度に関する3次の構造関数は、エネルギー散逸率と長さの積に比例し、その比例定数が-4/5であるというもの。)この結論は乱流場の自己相似性を仮定しなくても成り立つため、間歇性の影響を受けず、したがってすべての間歇性理論のチェックポイントとなっている。これに比べると、よく知られているエネルギースペクトルの-5/3乗則(実は、これを最初に導いたのはKolmogorovじゃなくObukhovだったそうだ)は、自己相似性や高いレイノルズ数でのパラメータ関係の普遍性など、さらに仮定が加わっているため、理論としてはより制約的である。現実の乱流は非均質非等方であるからという理由で、Kolmogorov理論を退けている物理学者でも、乱流理論の本流がいまだにKolmogorovの延長線上にあることは否めないであろう。

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(c) 中村昇  2002