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ぼぼるパパの研究日誌 Idle Musing

11/28/2003 論文完成・H2A打ち上げ失敗のことなど

パカパーン!! 永年の労苦(?)が実り、ついに論文が完成。あとはpdfファイルに変換して提出するだけとなった。(気が変わらぬうちにさっさと出してしまおう。)それにしてもここ一両日はインテンシブだった。結局24日の段階からテキストを全書き換えするという顛末となり、感謝祭の休みを返上して昼夜タイプし続けた。二日前の日記を読んだ家内が、土曜のパーティーの準備で忙しいにもかかわらず、小生に仕事をさせてくれたのが何よりありがたかった。

それにしても。

3日で21ページの論文をゼロから書き直せるなら、どうしてここに来るまで15ヶ月もかかったのか。まったくもって謎だ。このペースなら、論文年間100本も夢じゃないじゃないか。いよいよこれを期に"publish and flourish"モードに入ることになるのか?(ならないだろうな。)

さて、火星探査船「のぞみ」や衛星「みどり2号」の故障に続いて、たたみかけるようなH2Aロケット打ち上げ失敗のニュースは、どうも冴えませんな。日本の宇宙開発技術に対する信頼失墜とか、対外的なことはともかくとして、こういうのはサイエンス全体の士気にかかわることである。新聞の論調では、小型で低予算のロケットで試験飛行をくり返すことによって技術の完成度を高めるという手続きを踏まず、急速に大型のロケット開発に乗り出したツケである、という。しかしH2Aは前代のH2の連続打ち上げ失敗の経験をふまえ、改良を加えて過去5回続けて成功していたわけだから、トラック・レコードはゼロではなかったはずだ。いずれにせよ過去の成功の度合いにかかわらず、1回失敗すれば大きく足踏みせざるをえないところが宇宙開発の難しさである。

問題のひとつは宇宙開発が商業化して、競争力維持のためにコストダウンが至上命令になってしまったことであろう。数年前にNASAの火星探査船が着陸時に失踪して大いに問題なったことは、宇宙船の開発サイクルを早くするため徹底的なコストダウンをはかった結果、計器のテストや安全性の検証など、ミッションの成功にとって絶対に欠かせないクオリティー・コントロールにかける時間や人材まで削られてしまい、これが成功率を下げることになったという内部告発だった。小生が科学アカデミーでTrianaミッション(いまだ飛んでいない)のレビューに参加した時もこの点が問題となり、ふつうだと予算の削減を推薦するところ、安全点検のための予算上乗せを推薦する結果となった。今年2月のコロンビアの爆発事故についてもしかり。現在スペース・シャトルの安全対策には、最低でも2億8000万ドルのコストがかかると言われている。ロケットを安く作り多く飛ばすことで技術力も向上するだろうという商業モデルは、こと宇宙開発に関する限り、成熟しつつあるとは思えない。失敗から学ぶには、コストがかかりすぎるのだ。

サイエンティストの立場からは、いくらコストが安くても失敗の確率が高い輸送船には自分の測器を搭載したくない。万一データがとれず測器も失われたということになれば、結果なしであり、論文も書けない。書くことがなければ、21ページ書くのに3日かかろうが15ヶ月かかろうが、関係ないのである。もちろん、不測の事態はつねに起こりうるので、ある程度バックアップを計画しておくのは常識だが、衛星による大気観測のプロジェクトで衛星が飛ばなかったら如何ともしがたい。

JAXAはコスト削減をとりあえず忘れて、成功を確実にするためのクオリティー・コントロールには何がどれだけなされなければならないのか、考え直す必要があろう。NASAや欧州宇宙機構との人的交流やノウハウの交換も促進されるべきである。

11/26/2003 詩篇100 感謝の賛歌

全地よ。に向かって喜びの声をあげよ。
喜びをもってに仕えよ。
喜び歌いつつ御前に来たれ。
知れ。こそ神。
主が、私たちを造られた。
私たちは主のもの、主の民、
そも牧場の羊である。
感謝しつつ、主の門に、
賛美しつつ、その大庭に、はいれ。
主に感謝し、御名をほめたたえよ。
はいつくしみ深く
その恵みはとこしえまで、
その真実は代々に至る。

11/25/2003 疑念

Publish or perish というのが必ずしも当たっているとは思わないけれど(当たっていたら小生などとっくの昔に滅んでいる)←実は、とっくの昔に滅んでいるのに自分で気づいていないだけかも、という嫌な予感が、今日あたりふつふつとしている。

11/24/2003 EndNote

去年の夏から書き始めて未だに完成しないでいる非対称混合に関する論文が、とうとうあと一歩と言うところまで来た。てなことは9月の中旬くらいにも言ってたような気がするが、図面引きに予想外に時間をとられて、最後で失速(←失うようなスピードなどもともとなかったじゃろがっ)していた。しかしついに今日、文献を足して、あとは図面のキャプションを入れればいいというところまで来たぞ。感慨深いなあ。

文献を足すついでに、去年の冬に買ったままでパッケージを開けていなかった文献作成ソフトのEndNoteバージョン6をインストールした。今まではMac OS 9で大昔のバージョン3を使っていたのだが、OS XにアップグレードしてからはClassic modeでしか使えないため、そろそろ潮時かなとは思っていたのだ。で、あたらしくしたEndNoteだが、なかなか使い勝手がよい。もともとWordとの相性は良かったが、なんといっても、Citation Indexのお膝元がメーカーになったことで(数年前オリジナルのメーカーからソフトを買い取った)、Web of Scienceとの連係性が優れている。WOSの資料を直接ライブラリに読み込むことができ、いったん読み込んだデータは投稿するジャーナルの規格に合わせて簡単にフォーマットすることができる。(ありとあらゆるジャーナルの規格が網羅されている。)昔のように自分の手で文献データを入力したり、論文ごとにフォーマットを変えるなどという手間が省けるようになったのは、実に喜ばしいことである。喜ばしくないのは、現状ではEndNoteの出番はごく限られているとことだ。こればかりは、いくらソフトが良くても、論文を書かないことには始まらない。Publish or perish というのが必ずしも当たっているとは思わないけれど(当たっていたら小生などとっくの昔に滅んでいる)、1つの論文に15ヶ月もかけていては、次に文献を使う時はソフトのバージョンが3つぐらい上がっているにちがいない。(すでに最新版はバージョン7になっている)

11/21/2003 くわばら

夜遅くいつものようにフィットネスクラブの屋内プールでひとりで泳いでいると、「ずん」と鈍い音がして、停電になった。緊急照明がともって完全にはまっくらにならなかったものの、ポンプの音も消えて静寂と暗闇があたりを包む。別に急ぐ必要もなかったので、そのままぴちゃぴちゃと泳いでいたが、普段だと天井のあかりで距離の確認をしながら背泳ぎで泳ぐところ、目測を誤ってコースの最後で壁に頭を打ち付け、元気をなくして切り上げることにする。ところが、ロッカールームまで引き上げてきたところで、はたと困った。いつものように番号錠を使っていたのだが、暗くて数字が全然読めないのだ。着るもの一切合切が入っているのに、鍵が開けられない。こりゃ困った。裸のままフロントデスクまで行って助けを求めるわけにもいかないし、おおさむ。と思っているところへ、懐中電灯をもって係りの人が巡回にあらわれ、かろうじてことなきを得る。番号錠もパワーブックのキーボードのように、暗いところでは自動的に裏側から照明が入って番号が読めるようにしてあればよいのに。

車で次女を友人の誕生会のお泊まりパーティーに送っていく。去年もこの時期同じパーティーがあり、行く途中で道に迷ってひどい目に会ったのを良く覚えている。もうあれから1年たったとはにわかには信じがたい。月日がたつのがめっきり早くなった。

11/20/2003 Biblical Geophysics

というふれこみで、うちの学科のイスラエル人の助教授Gidon Eshelが旧約聖書の中の2つの記述について地球物理学的な解説をするという。面白そうなので行ってくる。主催は宗教と学問の接点分野の研究を奨励するHillel Center。とはいえ、会場についてみると30人くらいの聴衆の3分の2はうちの学科の学生と教官で、これでは普段の地球物理のセミナーと変わりがないではないか。Gidonはイスラエルのキブツで生まれ育っただけあって、聖書の舞台はいわば自分の裏庭。また小生も1996年にイスラエルを訪れていることもあって、見覚えのある場所の写真が次々と出てきて楽しめた。

で、肝心の話の中身であるが、聖書に精通してはいるものの無宗教を公言するGidonのこと、基本的にはサイエンスの話の枕に聖書の物語を使っているという程度で、聖書の教理との一体化とかそんな感じではぜんぜんなかった。むしろ無理にそういうことをしなかった分、リラックスして聞くことができたと思う。最初のトピックは、イスラエルの内陸部にあるギルボア山一帯が乾燥していることの理由。ここはサウル王と息子ヨナタンがペリシテ人との戦いで命を落とした場所であり、これを聞いたダビデが嘆き悲しんで、「ギルボアの山々よ。おまえたちの上に、露は降りるな。雨も降るな。」(第2サムエル1章21節)という言葉を発している点にふれ、ダビデ王の呪いの結果とかたづけることもできますがと断った上で、気象学的な解説に移行。イスラエル上空には西風が卓越していて地中海から湿った空気を運んでくるが、ギルボア山(標高250メートル)の風上側にはより標高の高いカルメル山(500メートル)があり、地中海側からカルメル山の西斜面を昇ってくる時に水蒸気が凝結し、雲や雨となって大気から取り除かれてしまうため、ギルボア山側に吹き降りてくる空気は乾燥しているのだという。日本で冬の太平洋側が天気がいいのと同じ理由である。それにしても、美しいバシャンの谷の写真や聖書の物語の中に突然、湿潤断熱減率だの上昇凝結高度だのが登場してきたのは、われわれ専門家にとっては、ちょっと旅行先から退屈な日常生活に引き戻されたような気分だった。

もう1点はモーセの一行が左右に分かれた紅海を歩いて渡ったという、有名なくだり。奇跡にたよらず、あくまで自然現象の範囲での説明を試みるという姿勢を貫くGidonは、まずアッシリア、バビロン、ペルシャの古代地図をもとに、聖書で言う紅海は現在の紅海ではなく、ずっと幅の狭いスエズ湾であったと推測。ここまでは、まあ、そうかもしれんという感じだが、ここで突然、風の応力によるスエズ湾の水位の変化という海洋力学のモデルを紹介。シナイ半島付近では風が地中海側からスエズ湾にそって吹いていることに注目し、風が突如強まって、スエズ湾の水を南に押しやるというシナリオについて解説。小生は残念ながらこのあたりで講義のため席をはずさなければならなかったが、まあ、"Good try, Gidon!"というところですかね。

さて、ニューヨーク大学のCourant数学研究所から講演の依頼が来た。来年の4月だそうだが、小生の過去の実績から言うとたとえ今から準備し始めても絶対直前まで準備におおわらわになるので、どうせそうなら直前まで準備するのはよそう。と、楽をする方向につい傾斜してしまうのであるよ。

11/18/2003 雨の火曜日

例年だとそろそろ初雪が降ってもいいころなのに、今日は一日ざあざあ降りという天気。シカゴでこの時期にこれだけまとまった雨が降るのは珍しい。落ち葉で側溝が詰まって道ばたのあちこちに巨大な池ができていて、道路を横断するのも容易なことではなかった。南から湿った暖気が流れ込んでいるらしく、雨にもかかわらずYシャツ一枚で外にいても全然寒くない異様な陽気。暖かいといえば、Lawrence Livermoreのグループが最近サイエンス誌に発表したところによると、気象衛星による全球観測が本格化した1979年から20年間の間に、大気の圏界面高度が平均で約200メートル上昇したそうだ。これは温室ガスの増加に伴う対流圏の温度増加と、オゾン減少に伴う成層圏温度の下降の組み合わさった効果によるもので、いずれにせよ人為的な気候変動の片鱗を伺わせている可能性がきわめて高いらしい。観測にばらつきがでやすい地表面温度でなく、大気温の積分値に依存する圏界面高度からこのような統計的に有意な結果がでたことは注目に値する。

今日の「輸送問題」セミナーは恒例の南極観測から帰国したばかりのDoug MacAyealによる海氷の話。温暖化の影響を顕著に受けやすい南極では、かつてなかったような勢いで氷棚の崩壊が続いており、Dougは3年前に岸から分離した巨大な氷山にGPSや地震計(ほかの氷山との衝突などから氷山の深さを推定するため)を取り付けてその動向を追ってきたが、今回はその追調査ということだったらしい。同じ氷山の3年前と今年の写真を比べてみると、明らかに縮小しているのがよくわかる。それにしても、彼等が野外調査をしていた10月、南極上空のオゾンは史上最低のレベルだったはずだ。紫外線による人体への影響がないといいが。

11/17/2003 Arihiro Fukuda 1963-2003 Professor of Law

中学、高校の2年後輩で、東大法学部助教授の福田有広君が日曜日に急性心不全で亡くなった。40才そこそこの若さである。志なかばにしてこの世を去るのは本人もさぞ無念だったろうが、残された御家族のことを思うといっそう心が痛む。

福田君とはOB時代もふくめて6年間山岳部で一緒で、チームを組んであちこちの山や谷を駆け巡っていたのが昨日のことのようだ。地球物理学者としての現在の小生があるのはまさにあの6年間のお陰で、1回1回の山行の記憶は宝物のように今も輝いている。この時期に行動を共にした仲間のことは決して忘れることはできず、福田君もそのうちのひとりだった。大学受験を控えて、拙宅に進路についてのアドバイスを聞きにきたなんてこともあったな。小生がアメリカに来てからは年賀状のやりとりでしか消息を伝えあってなかったが、彼がオックスフォードに留学したり、新しい本を出版したりと、精力的に仕事をこなしているようすはとても頼もしかった。それだけに同じアカデミアで教職につく者としてとても残念だ。そのうち日本に帰って、OB連中でまた山を歩く機会もあるかもしれないと密かに楽しみにしていたのだが、それもかなわぬこととなってしまった。

それにしても身につまされることは、「死とは人生の終わりに静かに待っているものではなく、人生の途中にづかづかと割り込んでくるものである。」という、誰かの言葉である。人生の折り返し地点にさしかかる今日この頃、この言葉が以前より現実味をおびてきている。時間は限られているのだ。一番大切なこと、本当に生きるに値いすることに、自分は時間とエネルギーを費やしているだろうか。

11/14/2003 強制ロスビー波の実験

GFDのスタンダードである強制ロスビー波の実験の記録を残しておこう。

地球の回転の効果を再現するため、水槽を毎分45回転しているレコードプレーヤーの上にのせる。回転は時計回り。この実験では地球の球面効果が肝要なので、水槽の深さを半径方向に変える(プラスチック粘土で底上げして中心に近い程浅くする)ことによって定性的に表現している。この傾斜した底面の一ケ所を少し盛り上げ、山脈を作る。山脈の位置は画面(a)(b)(c)では一番下で、底に茶色いマーカーで示してある。水の流れを可視化するために水槽の内側に赤いフードカラーを落とす。剛体回転の状態から回転数を毎分33回転に落とすと、慣性によって水は水槽より早く回転するようになるため、山脈を時計周り(右から左)に超える流れが生じる。山脈を超える水柱は上下に縮むため、ヘルムホルツの渦定理により高気圧性の渦を誘導し、「風下」側で流れが蛇行する。いったん流れが蛇行すると、底が傾いているため流れにそって水柱は上下に伸縮をくりかえし、交互に高気圧性、低気圧性の渦を誘導する。こうして山脈の風下側に強制ロスビー波の波列が発生する。したがって、波の位相は定常だが、群速度は風下を向いている。

波の波長は自由振動解の定常条件によって決まっており、U x H /(OMEGA x ALPHA) の平方根に比例することが理論的に知られている。ここでUは山脈を超える流れの速度、Hは平均水深、OMEGAはレコードプレーヤーの回転数、ALPHAは底面の傾斜である。波の振幅は、山脈の形状がこの定常自由振動解に投影する割り合いで決まっており、山脈が十分狭い場合には近似的に波長に比例する。上の画像(a)(b)(c)は回転数を落としてから約10、20、30秒後の状態である。底面摩擦によって流れ(U)が次第に弱まるにつれ、上の公式に従って波長、振幅とも小さくなっているのがわかる。

画像(d)は北半球冬期における250hPa面(高度約8-9キロ)のジオポテンシャル高度の平均値の北極ステレオ投影図(ECMWF解析による。出典Ian James)。地衡風近似により、等値線は流線に近い。ちなみに北極からみた地球の回転と流れの方向はともに反時計まわりで、実験とは逆になっている。(レコードプレーヤーは時計回りと最初に決めたのは、南半球の住人だったに違いない。)ロッキー山脈とチベットの風下で流れが蛇行しているのは、強制定常ロスビー波の典型的な例である。

11/11/2003 テイラー・コラムと緑の指

GFDの講義はテイラー・コラムの実演をやった。水槽に水をはり、フードカラーを数滴落とすと、水より重いフードカラーは下に沈みつつ左右に拡散する。しかし、水槽を毎分45回転しているレコード・プレーヤーに乗せて、しばらくしてからフードカラーを落とすと様子はまったく異なり、フードカラーは鉛直のカーテン状に引き延ばされて、横方向の拡散は著しく押さえられる。これは回転流体におけるテイラー・プラウドマンの定理(均質流体中で地衡風平衡かつ静水圧平衡にある流れは上下方向に変化しない)によるのだが、回転流体では水平方向の動きのみならず、上下方向の運動も制限を受ける。上のフードカラーの例では、回転していない時に比べ、底に沈むまでずっと長い時間がかかる。これはフードカラーが静水圧平衡にあるからである。しかし、地衡風平衡はともかく、回転がどうして鉛直方向の静水圧平衡にからんでくるのかはそう自明なことではなく、この点に言及している教科書はほとんど皆無と言ってもいい。

これは、沈みつつあるフードカラーの塊の下側では水柱が上から押されて縮み、逆に上側では引き延ばされていることに由来する。水柱の延び縮みはヘルムホルツの渦定理(またはポテンシャル渦度の保存)により、渦の消長を伴う。押されて縮む水柱では水槽の回転と逆の渦が、引き延ばされる水柱では水槽の回転と同方向の渦が誘起される。流れが地衡風平衡にある場合、前者は正の圧力偏差(「高気圧」)を生み出し、後者は負の圧力偏差(「低気圧」)を生み出す。この結果、下側の水柱から上側の水柱にむけて圧力勾配が生ずることになり、これがフードカラーと水の密度差による負の浮力を打ち消す効果をもたらし、静水圧平衡に至るのである。

てなことをデモンストレーションするわけだが、この実験の唯一の難点はフードカラーがびんからこぼれやすく、必ず手が汚れることである。フードカラーは吸着力が強いため、せっけんでちょっと手を洗ったくらいではなかなか落ちてくれない。前回この実験をやった時は赤のフードカラーを使ったため、手が鮮血よろしく真っ赤っかとなり、そのあと学科のパーティーに行ってお客さんと握手しようとした時、あとずさりされた。子供が怖がるようなホラーゲームのCMをテレビで流すのがだめなら、お客が怖がるようなメイクはもっとまずいだろう。そう考えて、きょうは赤を避け、緑色のフードカラーを使った。結果は…小生の手はグリンチかワイアール星人かという様相で、前よりもっと不気味になった。ポケットに手をつっこんだままオフィスに引っ込む。

11/10/2003 トトロとトポロジー

家の郵便ポストがほとんどさび落ちて、雨の日は中に水がたまって配達された郵便物がぬれてしまったりするので、ついに今日新しいのと取り替えた。実は新しいポストはひと月以上前から買ってあったのだが、億劫でなかなか腰を上げられないでいたのだ。その理由のひとつは、ポストを取り替えるといっても、ポストを乗せる1メートル強の支柱を立てかえるのがメインの仕事で、これがいかにも骨が折れそうだったからである。なるべく楽をしようと、新しいポストは「掘削不要(no digging required)」という謳い文句のモデルを買ってあった。しかし、新しいポストは掘削不要であっても、古い方のポストを引き抜くのにはやはりスコップを使って相当掘り下げなければならず、これでかなり難儀した。ブリキ製の支柱は中がセメントで固めてあり、台座も強固なコンクリが地下70センチくらいまで到達していて、容易なことではびくともしない。てっぽう柱の要領で体重をぶちかまし、なんとか押し倒すところまではよかったが、とにかくコンクリの台座のお陰で重いのなんの、完全に引っこ抜くまでに約2時間かかった。とこしえに続く落ち葉かきといい、家のメンテナンスには体力のいることであるよ。

さて、シカゴ大学パリ校でサバティカル中のRay Pierrehumbertからemailが来て、フランス語吹き替えの「となりのトトロ(Totoro mon voisin)」を見たそうだ。Rayのところは一家揃って宮崎駿アニメのファンなのだが、トトロだけはまだ見たことがなかったらしい。パリでは毎週どこかで宮崎アニメを上映しているところがあるそうで、運良くトトロをやっているのを発見したというわけだ。で、Ray曰く

「フランス語の吹き替えではお父さんの職業はトポロジストになっていたけれど、オリジナルでもそうだったのかい」

むむ、これは初耳だ。つまり、あの縁側を開け放した書斎でお父さんがいっしょうけんめい紙に書き散らしていたのは、位相幾何の問題だったということか。ポアンカレ予想でも考えていたのだろうか。実は、小生は日本語の原作を見ていないのでよくわからないのだが、手許にある英語の吹き替えではたしか「人類学者(anthropologist)」になっていたはずだ。そうと分かっていてあえてトポロジストと訳されているとするなら、数学の歴史の長いフランスならではのこだわりなのかもしれない。それとも、応用数学者である(がフランス語に必ずしも堪能でない)Rayの単なる聞き違いか?

11/7/2003 落ち葉の季節

10月のはじめに天候が不順だったせいか、今年の紅葉は去年に比べるとやや見劣りがする。それはいいとして、年々庭木や街路樹が育っていくために、この時期かきあつめなければならない落ち葉の量も増加の一途をたどっている。全部葉っぱが落ちてから一気に落ち葉かきをするのが効率がいいのだろうが、それまで待っていると庭も歩道も落ち葉で埋まってしまうので、きのうやむなく第一ラウンドの葉かきをした。専用の高さ1.2メートル、直径45センチくらいの2重の紙袋にびっしり詰めて、7袋半詰めたところで疲れてやめてしまったが、今日起きてみると、木の枝に残っていた葉っぱが夜の嵐のためにまたまた大量に地面に積もっていて、がっかり。もうしばらくはレーキのお世話になる日が続きそうだ。

今日のセミナーはコロンビア大学のDavid HoとハーバードのDan Schrag。Davidの降雨による大気海洋間のガス交換の話は、Biosphere 2での実験の話なども交えて面白かったが、いかんせん砕波など他の交換メカニズムに比べて量的に微々たる効果しかなさそうなのが残念。つづくDanの炭素循環に関するセミナーの要点は以下のとおり。

(1)大気海洋系に含まれる循環可能な炭素は、長期的には火山活動による二酸化炭素放出とケイ酸塩による風化作用がつり合って、準定常状態にある。

(2)過去の大気中の二酸化炭素の変動は、プレートテクトニクスの変動に伴うと考えられる。たとえば、氷河期にむけて徐々に気温が下がって行ったとされる始新生には、炭酸塩を多く含む「大平洋」側のプレートの沈み込みが終了し、火山活動によって出てくる二酸化炭素の量が減ったことにより、温室効果が減少した結果であろう。

11/5/2003 長距離出勤

テキサス州オースチンへの出張は、有意義ではあったがとにかく駆け足で疲れた。日曜日はシカゴのオヘア空港夕刻5時半離陸予定の飛行機が悪天候のため8時近くまで飛ばず、オースチン到着はほとんど夜中であった。空港で待ちぼうけを食っている間に、翌日のセミナーのためのPower Pointの書き足しをすませておいたので、宿であるBed & Breakfastに着いてからはすぐ就寝することができた。

月曜日は7時前に起きて朝食をとり、9時からSwinney研のポスドクのOlivier氏に連れられて、テキサス大の物理学科非線形力学研究所へ出かける。午前中はもっぱら今回の出張目的である回転水槽見学。ここはリサーチが中心のため、教育専門のMITのJohn Marshallのところに比べ、施設が大がかりだ。驚いたことに、2台あるうちのひとつの回転台(直径2メートル前後)は、分厚い木の壁で囲った暗室の様な空間に閉じ込められていた。何でも、2次元流を実現するには毎秒3回転という高速で運転する必要があり、実験中は危険なのでそばに近寄ることはできないのだそうだ。じっさい、このような高速で水槽を回転させると、遠心力で水が水槽の縁から溢れてしまうため、水槽にふたをして閉じ込める必要がある。そうすると水槽内はとんでもない高圧状態になるらしい。実験中に水槽壁のつなぎ目にヒビが入り、ここから水がらせん状に吹き出して木の壁をがりがりにえぐったことがあるそうで、その傷跡は今もカビと一緒に壁に生々しく残っていた。ひええ、流体実験もここまで行くと命がけと言うか、高エネルギー物理の様相を呈しているなあ。また、このような高速では高周波の信号はスリップリングを通して安定に外部に伝えられないため、デジタル画像はカメラもコンピューターも回転台の上に固定して、すべて回転系で処理していた。何でも、通常のコンピュータのハードディスクは秒速3回転というような環境で作動するように設計されていないため、回転前に比べてコンピュータの情報処理能力が大きく落ちるという難点があるそうだ。

簡単な昼食の後、1時からセミナー。物理学科ではあまり話をする機会がないので、いささか旧聞に属すとは思ったが、成層圏の大循環と輸送にからめて有効拡散係数の話を焼き直して発表する。重箱の隅をつつくような質問を連発する教官が若干一名いたほかは、聴衆は比較的おとなしかった。しかし、発表のあとで地球物理研の海洋学者が活発に質問をしてきた。ほら、やっぱり小生が提唱している成層圏→海洋という情報伝達の図式は正しいようである。

発表のあとは、粒状物質の実験をいくつか見せてもらう。クレーターの発生機構や砂紋の研究などにまじって、お馴染みのコーン・スターチの物性を研究している学生もいた。コーン・スターチの歪み硬化については前にも書いたが、水に溶いたコーン・スターチを振動器の上に乗せて、一定の振動数と振幅でゆすってやると、摩訶不思議、コーン・スターチの表面がみるみる変型して、あたかもきのこがにょきにょき生えているかのような形になっている。なんらかの共鳴を起こして、「負」の表面張力を誘起しているように思えるが、原因ははっきりしないという。これは面白かった。最後に、空気と油の境界面が表面張力によって変型するSaffman-Taylor不安定(viscous fingering)の実験を見せてもらったが、さすがにこのあたりになると一日の疲れが出て頭がぼおっとしてきた。Harry Swinney研の3人とタイ料理を食べて、夜は早々にリタイアした。

そして火曜日。悲しいかな、今日は午後1時半と3時45分に講義があるため、オースチンからシカゴまで出勤しなければならない。朝5時15分にB&Bからタクシーに乗り、空港へ。7時10分発の飛行機に乗り、シカゴ到着は10時前。シャトルバスで大学のオフィスに乗り付けたのは11時少し前だった。

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(c) 中村昇  2003