朝一に三女を連れて大学病院に行き、腕のギブスをはずしてもらう。所見の結果は順調ということではあったが、まだ腕の動きが完全に戻っていず、本人も心もとなさそうなので、もうあと一週間副木をあて、3週間後に最終診断を受けることになった。思いのほか長くかかることになったわい。シカゴ大学の特別小児科はいつ行っても混雑しているものの、看護婦さんもお医者さんもとても親切で素晴らしい。今日はハロウィーンなので、看護婦さんたちがみんなへんてこなコスチュームを来ていて、微笑ましかった。娘は副木をあててくれた黒人の看護婦さんから大きなビニー・ベイビーをもらって、ご満悦。
ここのところ、ほぼ一日おきに夕食後、長女の数学を見ている。長女は11歳で、アメリカでいうところの6年生なのだが、6年生からもう中学校というから、なんだかややこしい。この娘は独立心が旺盛で、何でも一人でやりたがる傾向がある。ところが、中学に入ったとたん数学が急に難しくなって、一人で復習していたのでは、とてもついていけないという結論に達したらしく、自分から方針転換をすることにしたようである。数学の教科書はずっしりと重くて分厚く、まるで百科辞典のよう。そのかわり、カラーの絵や写真がふんだんに使ってあり、見た目は何やら楽し気である。今の日本の中学校の教科書がどんなようすか知る由もないけれど、小生のころは、コンパクトではあったが白黒でほとんど活字だけの、いささかドライな代物だったと記憶している。
娘の教科書が小生の知っている日本の教科書と明らかに違う点は、問題演習の量である。圧倒的に問題の数が多い。というか、コンセプトの説明もそこそこ、ただちに例題の解き方を手ほどきし、そのあと類題がどっさりと続く。そんなに時間をかけなくても解けるような問題を、山のように解かせるのである。生徒は実際に頭と手を使って問題を解く過程から、コンセプトを身につけて行く。抽象的な概念の理解より、まず問題が解けることを重視した、プラグマティズムの国らしいアプローチである。出てくる問題もしたがって、きわめて現実世界に即している。足し算引き算では、クレジットカードの負債額を計算させたりするので、まず、クレジットカードでの買い物のしくみについて娘に教えてやらなければならなかった。また、座標系の単元では緯度と経度から地名を探しあてる練習をくり返す。とにかく、数学と現実世界の連関を徹底して強調している。また、数学が自然科学や経済学の道具であることもかなり前面に押し出している。もちろん、微積分などが出てくるのはずっと先のことだが、大きな数を浮動小数点表示にしたり、データの平均や中央値の求めることなどが、最初の1、2章ですでにかなり詳しく教えられているし、通貨の兌換や人口問題など、それ自体は数学の概念とは無関係のことでも、問題設定の中にはふんだんに盛り込まれているので、数学を単独の学問として学ぶというより、理科や社会の問題への応用を早いうちから意識させることにもねらいがあるようだ。
これだけの中身をほんとうにまじめに勉強すれば、普通の学力の者でも、相当の応用力を身につけることができるはずだ。(必ずしも日本の大学入試に出てくるような問題が解けるようにはならないかもしれないけれど。)問題は、生徒の能力よりも、本人にどれだけやる気があるか、先生や親がどれだけ生徒にやる気をおこさせることができるか、だと思う。現在のアメリカの初中等教育の成績レベルを見る限り、この最後の二点において、あまり成功しているとは思えない。やはり、数学の問題を解くより楽しいことが他に一杯あるからなんだろうか。そんなこと、そう多くはないと思うんだけどな。
アメリカの大学は秋春の2学期制(semesters)のところと、秋冬春夏の4学期制(quarters)のところに大半される。シカゴ大学は後者である。もっとも、4学期制と言っても夏学期は学外者むけの特別なプログラムなどをのぞけば基本的に休みであるから、一年のはじまりが9月末ということを除けば、日本の大学の感覚に近いかもしれない。小生は、大学院の時はプリンストンで2学期制であったが、9月から1月までの秋学期と、2月から5月末までの春学期のそれぞれが非常に長く感じられ、集中力を持続するのに苦労した。逆に現在教える方の立場になってみると、4学期制では一学期の長さがあまりに短くて、どうにもまとまったことが教えられないという制約を感じる。講義に使えるのがほぼ10週間、1時間20分の講義を週に二回で、今学期のようにやむをえぬ出張で二回ほど予定欠講するとなると、ますます教える時間が減る。大学院の基礎コースの場合は、ゼミ形式と違って、講義をすることがまず第一であり、学生を巻き込んでの討論や発表会にまで踏みこもうとすると、逆に消化不足になることが多い。今学期の基礎流体力学では都合18回の講義に、5回の宿題と期末試験で成績をみることにしているが、もしこれが仮に2学期制で30回以上講義できるのであれば、教えたいことをかなりカバーでき、学生にも論文を読ませるなど、幅をもたせることができるのだがなあ、と思う。現状では、教える内容を厳選し、いろんな意味で無駄を極力省かねばならない。
で、今日は第9回の講義を教えたので、はや学期の中間地点を通過したことになる。さいわい、学期の始めに学生に配ったシラバスをかなりいい線でなぞっているので、この調子でいけば、当初の講義予定はほぼまちがいなく消化できそうだ。ありがたいことに、講義の第一日目にきていた6人は誰も途中でドロップアウトすることなく、未だに聴講してくれている。この位の少人数だと、そろそろ一人一人の個性とか課目へのアプローチの仕方とかが見えてきて、興味深い。授業中に「そこの式、両辺で次元が違ってるみたいですけど」とか結構細かいことを指摘するわりには、「圧力の仕事ってなんですか」などと肝心なことがわかってない者。宿題のエッセイではなかなかするどい論陣を張るくせに、数学の問題を解かせると、同じ式の中にベクトルとスカラーが同居していたりする者。宿題の締めきり直前に小生のオフィスに駆け付けてきて、常微分方程式の解法がわからないとくだをまく者。風邪をこじらせて二週間近く欠席してしまったので、なんとか補習できないかと泣きついてくる者など、さまざま。もちろん、いい成績をおさめることに越したことはないけれど、まず流体力学の楽しさと、神様の創造である自然のからくりの美しさをみんなに味わってもらいたい、というのが小生の願いである。
一日家で仕事をする。学会用のポスターをかなりいい線まで作り上げて、さて保存しようとボタンをクリックしたとたん、Illustratorが「予期せぬエラーにより」終了してしまい、午前中2時間半かけた仕事がパー。もっと頻繁にセーブしておくべきだったのだが、夢中になってやっているうちについ忘れていた。それにしても、MacOS Xは非常に安定しているのに、Classic modeでなければ走らない前世代のソフト(小生の手持ちの大半がそうである)は、あいかわらずよくクラッシュする。IllustratorとかMS Officeとかよく使うソフトは、早めにOS X対応の最新版にアップグレードする必要がありそうだ。失ったデータを復旧するのに3時近くまでかかった。
午後の残りは、あすの講義でのデモにそなえ、水波観察用の水槽の手直しをする。一ケ所水もれするところがあったのを、コークを使って目止め。また、ずっと昔に買っておいたスタイロ・カッターを使って、発砲スチロールをくり抜き、水波発生機の水面と接触する部分の形状を変えた。水波発生機といっても、マブチ・モーター、タミヤのギヤボックス(この種のものはアメリカでも手に入る)に竹ヒゴなどを組み合わせたありあわせのもので、精密な周波数コントロールはできない。いつかグラントでももらったら、もっとちゃんとしたのを作ろうと思う。夕食のあと、水槽と水波発生機のテスト。約3センチほどの水深で孤立波ができることや、Hydraulic Jumpが観察できることを確認。また、孤立波の通過にともない底にまいた茶ガラが一方向に動く、ストークス偏流もうまく再現できた。
問題は、どうやって実験の機材をオフィスに持ち込むかである。大きさからいって、いくらシカゴの通勤電車がすいているとはいえ、手にぶらさげて通勤するのは困難だ。当日の朝、車に積んで持っていくのは、渋滞にまきこまれる可能性が大なのと、オフィスのあるビルのすぐ前に駐車はもちろん一時停車すらできないので、気乗りがしない。そもそも家に一台しかない車を、小生の実験のためだけに一日中オフィスに置いておくのは気が引ける。そこで最近では、子供たちを寝かせつけたあと、片道30分ほどの道のりを飛ばして、夜のうちにオフィスまで機材を運んでおくことにしている。昼間とちがって高速も渋滞していないし、駐車違反の心配もなく、ワーシップ・ソングのテープをかけながらの小一時間のドライブは、少しばかりsanityを回復できる貴重な時間だ。
ところがきょうは、いつも使っている高速の出口が、夜間の道路工事のため、閉鎖されていた。その先の出口からは、サウスサイドのあまり治安のよくない場所に出るので、夜はあまり使いたくない。ちょっと遠回りであるが、ずっとダウンタウンよりのI-55まで北上し、そこからレークショア・ドライブに乗り換えて南下するルートを取る。大事をとったつもりだったが、レークショア・ドライブも大体的に工事中であり、いつもと様子がまったく違っていた。路肩と中央の車線はパワーショベルで掘り下げられていて、島のように浮き上がった一車線だけが、真っ暗な中をくねくねと先へ延びている。ガードレールなどはなく、工事用のオレンジのコーンが車線の縁に立ててあるだけ。まちがってはみだして下に落ちたりしようものなら、そうとうひどい目にあいそうで、思わずハンドルを握る手に力が入る。15分遅れで無事にオフィスについたが、今日は結構緊張した。
講義のためのこんな苦労を、学生は誰も知らない。
講義の準備、講義、学生の就職の推薦状書き、論文のレフェリー、学会の準備等々、大学の先生らしいといえば確かにその通りの仕事内容なのだが、とにかく「いつものルーチン」に埋没してしまっている。今日の講義は、コップの中でかきまわした紅茶の中では、鉛直面内の二次流れによって全体として角運動量が下向きに輸送され、底の境界層で散逸するというスピンダウンの話や、表面張力の話。約1年半前にもほとんど同じ話をしたことをひょいと思い出す。なぜかその時に出た質問や、質問した学生が座っていた場所などまで克明に思い出されるから不思議だ。しかも御丁寧に、その時途中で受講をとりやめた学生がひとり、今また講義を取り直しているので、ますます何かdeja vuという感じである。
こうやって同じようなことをくり返していると、ずっとシカゴにいて仕事をしてきたような気になるが、じつは去年の7月末からつい3ヶ月前まで、小生はイギリスにいて、全く別世界体験をしていたのである。このようにわざわざ自分にremindしなければならないほど、ケンブリッジでの生活がいとも簡単にリアリティーを失っていくのは、寂しいことである。おそらく、この一年間があまりに別世界体験であったために、小生の限られた頭では記憶の連続性を維持することが出来ず、「イギリスでの1年」という特別な引き出しに記憶が別途整理されてしまい、思い出すためにはいちいち引き出しをあけなければならないので、しだいに億劫になっていくということなのであろうか。あるいは、数学のFloquet理論みたいに、パターンがある周期でくりかえされる場合、一周期前の同じパターンの方が、直前におこった違うパターンよりも思い出しやすいということなのであろうか。
最近運動不足のような気がするので、イギリス滞在中の後半から頓挫していたlap swimmingを復活させることにする。子供たちを寝かしつかせたあと、近くのフィットネス・センターに行って久しぶりに20ラップほど泳いだが、さすがにちょっと息がきれた。
統計学科でのオゾン層についての勉強会は結構面白かった。問題の論文について発表したのが大学院1年生ということもあり、論文の趣旨もさることながら、移流とか質量輸送とか、基本的な概念をひとつひとつ確認していく作業が半分くらいで、それはそれなりに教育的でよかった。小生も言うべきことは全部言って、統計の専門家たちが思ったより理解してくれたようなので、ややほっとする。ところで、昨日の日記で論文のレフェリーの目を疑うと書いたが、小生を招いてくれた教授が、まさにそのレフェリーの一人であることが判明。うっ、やべ。まさかMichael、この日記読んでないよな。
Faculty LunchはSteve Simonによる隕石の化学成分の話だったが、途中で成層圏の混合問題についてのアイデアがうかんでしまい、そっちに気をとられているうち隕石の方はうわの空になってしまった。Steveゴメン。1時半からのメイン・セミナーは、Woods Hole海洋研のSonya Leggが潮汐による海洋中の鉛直混合について解説。潮汐による強制は順圧の流れを引き起こすが、この流れが海底の隆起の上を流れることで内部波を発生し、その波が砕波することで混合が達成される。いままではこのメカニズムは主に海洋の陸棚に限られると考えられていたが、最近の観測によると、深海の海嶺上でも相当の混合が起こっているらしい。その理由は、励起された内部重力波が傾斜した海底で反射されるとき、傾斜の方向が波の群速度の方向と一致する場所でエネルギー密度の集中が起き、ボアを形成するかららしい。大気と違って、砕波は海嶺のすぐ上に集中しており、有効拡散係数もそこで大きくなっている。しかしながら、拡散は小規模の海嶺が連なる場所に集中しており、これを正しく予測するには、まず海底地形の詳細がわかっていなければならないそうだ。成層圏の重力波砕波のパラメタリゼーションよりは複雑そうである。
今日はもうひとつマントル対流に関するセミナーがあったのだが、家族で買い物に出る約束をしたので、これをスキップして早めの電車に乗って帰る。
11月の学会に持って行くポスターのレイアウトが大体決まり、Kinkosに行ってプリントアウトの値段を聞いたら、一枚350ドルと言われて目の玉が飛び出しそうになる。どうも大きさや色の数で値段がぐんと跳ね上がる計算になってるらしい。しかし、いくらなんでもポスター二枚ごときに700ドルは払えないので、例によって、うちのぼそいインクジェットプリンターで30枚ばらで印刷し、それをつぎはぎするというローテクに逆戻りせざるを得ないようだ。というわけで来週は肉体労働になりそう。
小生の流体力学のクラスをとっている統計学科の大学院生が、オゾン層の日々変化をモデリングする研究をしているそうで、小生に協力を求めてきた。あした統計学科の環境統計学研究所で、モデリングの勉強会をやるので来て欲しいという。そこで今年出たばかりの小生のGRL論文を渡すと、あとからそれを読んだ彼のアドバイザーの教授からもEmailが来て、研究費を出すから環境統計学研究所の活動に一役買ってほしいとのこと。とにかく、あしたの勉強会で読むことになっているJGRの論文に目を通す。スイスのETHの統計グループによる論文である。しかし、それを読んで、暗澹たる気分になった。
たしかにオゾン層の日々変化のことを扱ってはいるが、そのモデルたるや、小生のような力学屋から見ると、あまりにおそまつである。アイデアは、観測されたオゾンの積分値の日々変化から成層圏の風速ベクトルを推定しようというもの。もとになっている仮定はオゾンの積分値が水平の風によって流されている、というものだが、これが近似的にもなりたたないことは成層圏物理をやっている者なら常識である。たしかに、オゾンの混合比は各高度において近似的に水平方向に流されているが、密度をかけて上下方向に積分してしまうと、この関係は失われる。オゾンは下部成層圏に集中しているので、積分値の動向が下部成層圏の風に強い影響をうけていることは間違いないが、風もオゾンも鉛直方向に変化しているから、オゾン層が上から下まで一体となって左右に動いているという解釈はできないのである。レフェリーの目が疑われるところだ。
仮定の誤りは目をつぶるとしても、スカラー場の変化から流れを推定するという設定そのものが、また眉つばものである。空に浮かんだ雲が動く様子をみて風を推定することは可能だが、連続な場から風ベクトルを一意的に決定することは厳密には不可能である。そこでさらにいろいろな(怪し気な)仮定を導入しなければならない。論文はここのところにどっさり紙数を割いているが、あまり説得性がない。
それに第一、成層圏の風の3次元構造は、わざわざオゾン層を観察するまでもなく、データ同化法によって、ほとんどリアルタイムで知ることができる。オゾン層データによる拘束が風のデータの精度を向上するとは(この欠陥だらけの手法では)とても思えない。むしろ逆に、風データを用いてオゾン層の変化を予測することの方が、はるかに有意義ではないかと思うのだが。
やれやれ、これだけのことを成層圏や輸送理論のプロでない人々に説明するのは、骨が折れそうだ。この論文のような研究をするというのであれば、共同研究というのはちょっと気が引けるなあ。まあ、どうなるか、あしたを楽しみにしましょう。
God moves in a mysterious way, His wonders to perform; He plants His footsteps in the sea, And rides upon the storm. Ye fearful saints, fresh courage take; the clouds you so much dread Are big with mercy, and shall break In blessing on your head. Judge not the Lord by feeble sense, But trust Him for His grace; Behind a frowning providence He hides a smiling face. Blind unbelief is sure to err, And scan His work in vain; God is His own interpreter, And He will make it plain.
三女のリクエストにより、幼稚園のかぼちゃ畑への遠足に付き添いで行ってきた。ハロウィーン前のかぼちゃ狩りは、アメリカの幼稚園の定番の遠足コースである。クラスにつき7、8人の父兄が付き添って、遠足の間それぞれ3人ずつ児童の面倒を見ることになっている。娘のクラスではほかにも2、3人お父さんが来ていて、そのうちの一人は近所に住んでいる、シカゴ大学の考古学の先生だった。お互い、おお、こいつも仕事を休んで来たか、と思って内心ほっとしたに違いない(小生だけか)。
4クラスでスクールバス4台を連ね、イリノイ州の州境をちょっとこえたインディアナ州のメリルビルという田舎町まで、約30分。アメリカのスクールバスの騒々しいこと(子供だけじゃなく、バスそのものがうるさい)は尋常ではない。30分乗っただけでも頭の芯まで揺さぶられた感じだ。しかも、小生のグループの男の子がひとり、お母さんが来なかったと言っていつまでもめそめそしていて、なぐさめるになぐさめきれず、手を焼く。しかし、バスが目的地に近付き、畑一面にころがっている何百何千というオレンジ色のかぼちゃが視界に入ってくると、その子の顔にもやっと笑顔が見えて、ほっと一安心。
吹きっさらしで寒かったが、まずクラスごとに、2頭の馬が引っ張る藁車にみんなで乗り込み、畑まで連れていってもらう。腕にギブスをしているうちの娘はもちろん、他の二人の子も、人の頭ほどもあるかぼちゃをとても一人では運べないので、ひとつずつ選ばせたあと、名前を書いてビニール袋に入れ、小生が3個ともぶらさげて運ぶ。かぼちゃは結構泥にまみれていて、来ていたコートのそでがたちまちどろどろになった。
かぼちゃを確保したあとは、すぐ脇にある農場で、ヤギの子やうさぎや馬などにさわってしばらく遊ぶ。そのあとみんなでたき火を囲んでホットドッグを焼き、簡単なお昼。寒かったのでたき火は有り難かったが、ホットドッグを焼くための道具をそろえていかなかったので、4人分のソーセージを焼くのにえらく手間取った。記念写真のあと、またバスに乗って、幼稚園まで戻る。かぼちゃは、あしたクラスで思い思いの飾り付けをすることになっているんだそうだ。
子供たちの歓声と、バスの振動と、たき火の煙りで、朝から考えていた流体の理論は、頭からきれいさっぱり消えてなくなった。
日本だと学園祭の季節というところなのだろうが、アメリカの大学の秋学期は年度の第一学期ということもあって、お祭り気分はまったくない。そもそも、大学を挙げてのお祭りというような概念が存在しないのだ。色づき、半ば散り始めた木々の葉だけが、しずかに、しかし確実に秋の深まりを告げている。そして、秋の深まりを告げるものといえば、もうひとつある。
キャンパスの中庭で、手にしていた紙コップを捨てようとゴミ缶に歩み寄ると、突然中でガタガタッと凄い音がしたかと思うと、やおら、丸くて大きいねずみ色の物体が飛び出してきて小生の真横をかすめて行った。「うを。」ほとんど、腰を抜かすところだった。
この季節はリスが冬眠前に食いだめする時期にあたっていて、よくゴミ箱の中をあさっている。野生のリスといえば聞こえがいいが、縞リスのような可愛いやつじゃなく、ねずみ色の丸々と太った大型種で、大きなふさふさした尻尾がなかったら、巨大なドブネズミと大して違わない。むかし、プリンストン大学の大学院寮の2階に住んでいたとき、あけてあった窓から蔦をつたっていつのまにか部屋の中にリスが侵入し、ゴミ箱の中で宴会をしているところに、ちょうど小生が帰って来たことがあった。部屋の中で異様な物音がするので、泥棒かと思わず身構えたが、そろそろと中をのぞくと、向こうがわでゴミ箱が一人で踊っているではないか。すわ、ポルターガイスト現象か(ちょうどハロウィーンの頃でもあり)と顔をひきつらせながらにじり寄ると、やおら、丸くて大きいねずみ色の物体が飛び出してきて、小生の真横をかすめ、窓から出ていった。「うを。」この時は、本当に、腰を抜かした。
さて、今日は講義のあとで、通りを隔てた化学科へ、今年の夏から赴任された山本尚教授をたずね、ごあいさつをしてきた。山本先生は20年以上を過された名古屋大学の工学部からシカゴに引き抜かれてやってこられた、触媒の専門科でいらっしゃる。とてもやさしそうな先生でした。さっそく9人の学生と3人のポスドクという大所帯をかかえて、フル操業という感じであった。当然のこととはいえ、化学科はずらりとならんだwet labの中で白衣をきた学生たちが実験にいそしんでおり、暗ーい廊下の奥でぽつんと机にすわって紙にえんぴつを走らせている当方とは、全然雰囲気が違う。
ひと月前までは日中30度をこえるような日も結構あったのに、もはやかなりのひえこみで、朝夕の気温が氷点下に下がることも時々ある。木々の紅葉が加速している感じだ。
Faculty Lunchでは火山学のFred Andersonが、夏に23人の学生を連れて行ってきたアイスランドでの野外実習の模様を報告。アイスランドは火山島で、地熱発電などもさかんだが、もちろん現役の氷河もあるわけで、地学実習の目的には極めて興味深い場所といえる。島の中央部は玄武岩で大半が溶岩流跡だが、一部にテーブル・マウントとよばれる、氷河の下から吹き上げた玄武岩の固まりがあって、これを調べることで氷河の厚みなどを推定することができるそうだ。氷河をバックにした写真は壮大だった。それにしても、島の南部で平均年間降水量4000ミリというのは、半分は雪としても、ただならぬ降り方だ。(東京では2600ミリとかそんなもののはず。)
1時半からのメイン・セミナーはフィールド自然史博物館の館長John Flynnによる哺乳類の化石を用いた、南アメリカの古気候の推定について。(どうでもいいことだが、最近予算の関係からか、招待される講演者が皆シカゴ近郊の人間なのはちょいと気になるぞ。)アフリカ大陸から離れて現在の位置に落ち着き、パナマ地峡で北米につながるまでのあいだ、南米大陸は他の陸地から孤立していたので、とくに草食動物には他の地域では見られない種類のものがたくさん住んでいたらしい。その後北米から移住してきた食肉動物により絶滅に追い込まれたらしいが。アンデスの山中では鯨の歯の化石などが見つかるので、昔は海だったところが、プレートテクトニクスにより急激に高くなったものと思われる。同位体による推定では、1700万年くらいの間にアンデス山脈ができたことになるという。これは大陸移動にかかる時間にくらべれば、桁違いに短い時間だ。この急激な環境の変化によって生態系がどうかわったのかは、ようやく最近になってアンデス山脈からの化石があつまりはじめ、これから解明されていくであろうということであった。このへんは全く小生の専門外なので、ふむふむと耳を傾けるばかり。
3時の学内セミナーは海洋化学者のDavid Archerによる海洋の二酸化炭素吸収の話。今までの炭素循環の模型では、その圧倒的な炭酸カルシウム含有量からもっぱら海洋の深層水のみを考慮し、表層、とくに沿岸部や大陸棚の上の浅い海で起こっていることはほとんど省りみられなかった。そこで浅水部での生化学過程をパラメタライズした海洋循環モデルを走らせて、その影響を推定しようという研究。Davidは話がうまく、「最後に驚くべき結果を見せます」というので、楽しみにしていたら、驚くべき結果とは、浅水部での生化学過程を入れることで二酸化炭素の全吸収量はわずか1ー2パーセントしか変化しませんでした、というオチ。全くつまらないともいえる結果でも「なーんだ」と笑わせるところが、流石である。
セミナーのあと、トロント大学からサバティカルで来ているJerry Mitrovicaから、地球の自転率の変化に海洋循環の果たす役割についての話をきいた。Jerryによると、3000年くらい前まで遡って月食や日食の記録を調べてみると、明らかに地球の自転は遅くなっていることが確認される。(潮汐の影響をさっぴいても、この傾向は顕著である。)今までの理論では、氷河の消長による地球の質量の微妙な再分布が角速度に影響しているのであろうといわれていたが、Jerryは海洋循環による海水の質量分布の変化でも同程度の影響が可能なのではないかという仮説をたてているらしい。もう少し詳しく聞こうと思ったところで時間切れとなり、この続きはまた今度ということに。
11月の第二週早々にテキサスのサン・アントニオで米国気象学会の中層大気の学会があるので、そろそろポスターの準備をしなければならない。実はつい数日前、まだポスター会場に空きがあるため、追加申し込みも可という情報が来たので、少々欲を出して二つ目のポスターを出すことにした。ネタはふたつともイギリスにいたときに練っておいたもので、小生にとってはちっとも新しくないが、アメリカではまだどこでも発表していないので、これはいい宣伝機会になるであろう、と踏んでのことである。さいわいオーガナイザーのDarryn Waughが2つのポスターを同じセッションのとなりあわせの場所に入れてくれるというので、発表会場であっちへいったりこっちへいったりする心配はなくなった。
さて、4月のEGSのときには自分でポスターを継ぎはぎするのにえらく手間取ったうえ、ぎっくり腰になりかかったので、今回は2枚ということもあり、コピー業者のKinkosにたのむことにした。ポスターのPDFファイルをzipディスクに入れて持っていけば、1日で好みの大きさにプリントアウトして、ラミネートもしてくれるそうだ。値段は大きさによって、30ー80ドル。手間ひまを考えると、これくらいのお金を払ってプロにやってもらうのはそう悪いアイデアではなさそうだ。Large formatのプロッターを自分で買うとまだまだ千ドルの単位でお金がかかるから、1年に1回か2回のポスターつくりのためにそこまで投資する気にはなれない。Kinkosでは、その気になればプリントアウトはサン・アントニオの支店に出力しておいて、現地でピックアップすることも可能だそうだ。便利な世の中になったものだ。・・・・などといって気を抜いておってはいけない。ポスターのデザインは小生がやらなければならないのであるから。
で、例によってAdobe Illustratorを使ってグラフィックス・ファイルをいくつも継ぎはぎする。イギリスから帰ってきてからiBookのメモリーを384MBまで増設したので、メモリー不足でchokeすることはなくなった。
綱渡りのデモ実験をやらない日の講義は、もっぱら黒板で式変形をしている。流体力学の場合、これはどうしても避けて通れない。今日はNavier-Stokes方程式から渦度方程式を導く過程をやったが、小生はテンソルの指数表示を徹底して嫌っているので、かわりにベクトル解析の記号が(勾配、発散、回転など)ところ狭しと並ぶ。数式がどっさり出てくる主な理由は、初学者には方程式の導出を丁寧に解説する必要があると思うからである。いきなり結果だけを書き下して、導出は自分で試せというのは、小生の流儀ではない。
しかしながら、目の前に膨大な量の数式が並ぶのを見ると、講義を受ける側としては、大事なのは数学そのものあるいは式変形の過程ではないかと錯覚する傾向がある。(試験をしてみると、エッセイを書くべきところで、いきなり何の説明もなしに数式を並べる学生が結構多いのが、その弊害を物語っている。)もちろん大事なのは式変形(だけ)ではない。式変形のしかたなどいったん覚えてしまえば、あとは誰がいつどこでやっても、間違えさえしなければ答えは一緒だ。それより本質的なのは、数学を道具として使って、物理的な現象にどう切り込むか、である。そこには一人一人の独創性が入る余地が大いにある。そこで、講義の初日にまず、「応用数学が流体力学のすべてではない」と大上段に振りかぶったステートメントを出して、その旨を学生に伝えた(つもり)。しかし、教室の3つの壁にまたがるコの字型の黒板の端から端まで、何十行という偏微分方程式を書き連ねていると、ほかならぬ小生自身、「これって、応用数学以外の何ものでもないよな」という思いにかられ、自己嫌悪に陥ったりする。いつかそのうち、「方程式のない流体力学--Fluid Mechanics without Equations」みたいなクラスを教えてみたいとも思うが、同僚に話してみると、「そんなことできるわけがない」とにべもない。
今日はそのほか、Cambridge University Pressから、ある著名な応用数学者のBook Proposalのレフェリー依頼が来たり、学科のテニュア昇格人事に関する教授会に出たり。毎度のことながら、昇格人事の手続きの厳しさには、舌を巻くものがある。小生の番は数年前に過ぎていったが、今から考えると、審査にパスしたのは神様の恵み以外の何ものでもないと、まじで思う。
「さあ、主に立ち返ろう。 主は私たちを引き裂いたが、また、いやし、 私たちを打ったが、 また、包んでくださるからだ。 主は二日の後、私たちを生き返らせ、 三日目に私たちを立ち上がらせる。 私たちは、御前に生きるのだ。 私たちは、知ろう。 主を知ることを切に追い求めよう。 主は暁の光のように、確かに現われ、 大雨のように、私たちのところに来、 後の雨のように、地を潤される。」
9月2日の日記で紹介したコーンスターチの実験を、講義でデモンストレーションする日がやってきた。
「というわけで普通の気体や液体はニュートン流体と言ってよいが、世の中にはニュートン的でない流体はゴマンとある。身近な例をあげると、たとえばこのコーンスターチだ。」
と、あらかじめ用意してあったコーンスターチの箱をあけ、中身をタッパーに移す。そうして、そこにピッチャーから水を注ぐ。
「コーンスターチに水を加えてよくかきまぜる。両者は相性がよくないので、ちょっと手間がかかるが」
と言いつつ、学生たちの前でコーンスターチをかき回し始めた小生はまもなく、何かが途方もなく予定外であることに気がついた。家で試したときに比べて、はるかに混ざりが遅いのだ。水と粉を入れる順番はあまり関係ないと思うが、教室でのデモという性質上、容器を大きくして、スターチの分量を増やしたのがまずかったようだ。手に握った棒が異様に重い。(賢明な読者ならお分かりと思うが、そもそも棒を速く動かそうとすればするほど応力が急激に増えるので---そのことを示すのが実験の主眼なので---かきまわすのは容易なこっちゃないのだ。)
「ほらね、言ったろう、相性がよくないって・・・・」
と、言い訳をしながら、手を粉で真っ白にしつつ5分くらいかき回し続けたが、溶液はダマでぼこぼこして話にならない。
「・・・・」
約10分間、忍耐強く見守る学生たちの前で手を必死に動かしたが、らちがあかない。こんなことで貴重な講義の時間をつぶすわけにはいかない。しかたなく、
「えーい、ギブアップだ。君、ちょっと代わってくれ」
と一番力のありそうな学生にバトンタッチ。最初からそうすればよかった。やはり理論屋が安易に実験のデモなどするべきではない。なかばヤケクソで
「仮に実験が成功したとすると、こういうことが起こるはずである」
と種明かしをしてしまう。するとしばらくして、
「うまくいきました!」「こりゃおもしれえ」「どれどれ」
と、学生たちが勝手に盛り上がっているではないか。学生の方が実験のセンスがあるっていうことなのか、いや、この場合は単に腕力があっただけかもしれない・・・・。どっちにしても、中村は実験が出来ない、というイメージが定着しつつあることは確かなようだ。
今年のノーベル物理学賞についてはいろんな人があちこちで書いているようだから、門外漢の小生がつけたすようなことはあまりないが、小生の学生時代に神岡の山におおきな穴を掘っていると話していた小柴先生の元気そうなお顔をひさしぶりにインターネットで拝見できたのは嬉しかった。それと、もう一人の受賞者のRaymond Davisは小生の学科のシニア研究員であるAndy Davisのお父さん(ペンシルベニア大)である。太陽ニュートリノの観測で名を馳せた父親に対し、息子は高圧力地球物理学。トムソンのように父子でのノーベル賞受賞なるか?
金曜日は毎週、セミナーが3つある。まず、例のFaculty Lunchでは古生物学教授のMike Footeが、最近声高に叫ばれている希少種の絶滅の加速度化について、サンプリングの分解能やバイアス(化石になりやすい種とそうでない種、棲息環境の違いなど)などを加味した北米での再検証結果を発表。それによると必ずしも、現在における絶滅速度が過去の地質年代に比べ圧倒的に加速しているとはいえないらしい。たとえば、狩猟が始まった更新世初期には(マンモスなど)乱獲による絶滅種があらわれ、その絶滅速度は現在の乱獲による絶滅速度に匹敵するくらい速かったらしい。また、いまの化石の計時分解能では、過去における個体数の変化率を少なく見積もることはあっても、大きめに見積もることは少ないとも。彼の結果が正しいとすると、データに大幅に制約されるのが古生物学の宿命とはいえ、既存の絶滅率の見積もりの多くは、どんぶり勘定の域を出ていないということになるのだろう。また、昨今の環境第一主義的な風潮に迎合して、現在の絶滅率が誇張される危険性も十分ありうる。
2つめのセミナーはイリノイ大学のFeng Sheng Huによる、湖底の体積物の年層厚を用いた、過去3000年の降水量変動の推定法について。年層がなぜ降水量の目安になるかというと、雨が多い年は、その雨をもたらす嵐によって、湖の深層から栄養分豊かな水が表面近くまで運ばれる(かきまぜ効果)→高い栄養価によって生物学的サイクルが活発化→堆積物の量が増える。という風が吹けば桶屋が儲かる式の議論による。しかし、これを塩度を用いた別の測定法と比べるとかなり高い相関がえられ、あながちまゆつばではなさそうだ。その結果によると、北米では今から900年くらい前を境にして、乾燥型から湿潤型へ明らかに気候がシフトしたとのこと。おそらくENSOの登場とか、なんらかの気象学的要因によるものと思われるが、そのへんは推測の域を出ていない。
そして、3つめのセミナーは学科のポスドクJason GoodmanによるSnow Ball Earth(SBE)の数値実験。アルベド・フィードバックとカーボン・サイクルの組み合わせにより、大昔(5-7.5億年前)に地球全球を氷河がおおっていた可能性があるというのが、今ホットなSBE理論(仮説)である。それを裏付ける地学的証拠もあるにはあるものの、小生も含めて、懐疑的な意見をもつ人も多い。ひとつには、大気と海洋を結合した数値模型を走らせてみると、海洋の循環を無視しない限り、海洋による熱輸送によって氷河は効果的に解かされ、赤道まで到達しない。また、仮に全球が氷でおおわれたとして、エネルギーバランスから氷の厚さを推定すると数キロとなり、これでは日射は海底に届かず、光合成にたよる海中の生き物は死に絶えることになる。しかし、地質学的データはこれを支持しない、などなど。そこでJasonはモデルを改良し、氷河の中での氷の質量分布を可変量として予報することにした。すると、氷自身が重力と海の浮力の板挟みにあって横に広がろうとする結果、従来のモデルよりも氷河の面積が広がり、厚みも減った。残念ながら(?)完全に赤道までは到達せず、最初の100年で到達した厚みも数百メートルとまだまだ厚いが、SBE実現に向けてやや前進した、という感じ。ただ、模型で再現できないからSBEなどなかった、と結論づけるのはやや早計だ。SBEよりはるかにデータによって裏づけのとれている氷河期ですら、大気海洋モデルで再現するのは至難のわざなのだ。まだまだモデルの改良の余地があるということであろう。
毎年10月の第二週にある、大気研究に携わる全米の大学からなる法人組織(University Corporation of Atmospheric Research)の総会にシカゴ大を代表してでかけてきた。去年は行けなかったが、今年で9回目の出席になる。これは学会ではなくて、あくまでビジネスの会合。(といっても研究に関するビジネスだが。)この組織は、NCARという国立の大気科学研究所の管理母体であり、この研究所と諸大学の研究グループとの間の研究協力の便宜をはかるなど、官学提携の推進役をになっている。また専門のスタッフがロビイストとしてワシントンの連邦議会に常駐し、毎年予算の割り当てに関して研究現場の声を立法府に届ける、圧力団体としての働きもしている。とはいえ、小生をふくめほとんどのメンバーにとっては、年に一回、総会に参加するのが主だった責任である。それも、ただでボールダーまで旅行でき、研究発表をする必要もなく、全米の同僚に会って近況を交換することができるので、やや息抜きの要素がある数少ない出張のひとつである。
2年ぶりのボールダーは例年にも増してアスペンの黄葉が美しく、すでに冠雪したロッキーの峰峰がすみわたった空気の向こうにくっきりと見えていた。
さて、会議を終え、きのうの夕方デンバー国際空港からシカゴへ帰ろうとしたとき、珍しいことがおこった。小生を乗せた6時25分発のユナイテッド266便はゲートを離れ、夕闇せまる滑走路へと向かう。とつじょ眠気に襲われた小生はここでうとうとするのだが、次に目がさめたとき、飛行機はまだ地上にいた。そして機長のアナウンス。「当機はロードバランス(荷重均衡)に問題があるため、離陸できません。そこで、お客さまにお願いします・・・・」
なんと、機長の音頭で、小生も含めたエコノミークラスの前方数列の乗客が、最後方の空席に移動することになった。飛行機の前の方に重さが偏りすぎているらしい。電車内の乗客をホームと反対の側に移動させて、ホームと電車の間に挟まった乗客を救出したという話は聞いたことがあるが、旅客機(ボーイング777)の離陸にあたり、乗客のすわる場所を変えさせるというのはあまり聞かない。本来なら預かり荷物の詰め替えをすべきところなのであろうが、それをするには一旦ゲートにもどらなければならないので、時間のロスになるという、機長の判断か管制の指示だったのだろう。こういうとき、乗客の一人として文句を言わず、さっさと指示に従うところが、アメリカ人の偉いところである。
で、結果は・・・・。残念ながら、この「応急処置」をもってしても荷重の不均衡は是正されず、結局飛行機は来た道を引き返してゲートへ。もともとかなり満席に近かったため、席替えによる重心移動の効果はほとんどなかったようだ。(もちろん、ガラガラ状態でもこの効果はないわけだが。)
積み荷の詰め替えをして、ようやくシカゴに向けて出発したのは、予定より1時間半近く遅い8時近くだった。時差の関係もあり、シカゴ着は11時近く。このお陰であてにしていた空港バスの最終便を取り逃がし、やむなく空港でレンタカーを借りて帰る。
Faculty Lunchのセミナーは、今年前半イギリスにいたころにやった発表のスライドをつぎはぎして、タイトルだけちょっと変えてごまかした。そして、始める前にお土産の「Cambridge Tea」("A bright scholarly brew"といううたい文句がついている)の缶入りを聴衆の間にまわして注意をそらせるという、こそくな手段で文字どおりお茶を濁した。8年前だったら、家内に尻をひっぱたかれてでもひと晩で新しい結果をひねりだしたところだが、もはやそんなことをする集中力も体力も残っていない。歳をとるというのは悲しいものである。
1時半からノースウェスタン大学のYoungsook Huhによる、侵食作用のリチウム同位体比を用いた測定についてのセミナーを聞き、終了後に郵便箱を見に行くと、ドイツから一通の手紙。何かと思って開けてみると、しばらく前にレフェリーをした論文の著者からの質問状であった。基本的にレビューには署名をしないから、レフェリーが誰かは著者にはわからないことになっている。今回の場合も署名はしなかったが、レビューの中で1995年の小生自身の論文を名指しで引用して書いた部分があって、著者はこの箇所について質問があるといって、引用された論文の著者である小生に質問してきたのだ。彼としては、小生がレフェリーでもあるとうすうす勘付いているかもしれないが(何しろ引用した部分は相当細かいところで、書いた本人でなければ到底こんなことを知っているとは思えないはずだから)、原則にのっとって、自分の論文を同封してきた。もちろん、数週間前に小生がレフェリーをしたまさにその論文である。
手紙を読むと、「(略)・・・・レフェリーの一人がこんなことを書いてきました・・・・」と、まさに小生の批評をそこに引用してある。「どうも、レフェリーの意図がわからないのですが、あなたの論文のこの箇所は、本当にレフェリーの言っているような意味なのでしょうか。」
ここで小生のとれるオプションは2つある。ひとつは、あくまでポーカーフェイスを貫きとおし、レフェリーとは別人の著者としてコメントする。たとえば、「こんな古い論文のことは忘れていました。ええと、おそらくレフェリーの言いたいことはこういうことじゃないでしょうか(と、レビューで書いたことと同じ中身を、言葉を変えてくり返す)。それにしてもこんな論文を読んでいるとは、奇特なレフェリーですね」とか。
こんなわざとらしいひとり芝居に耐えられない小生のような輩は、思いきって、「ええい、まどろっこしい。このレビューを書いたのは、誰あろう、このおれ様だ。だから、レフェリーの意図はこの論文の著者の意図といっしょだよ。」と、身分を明かしてしまっても構わない。しかし、当然のことながら、これをするとレビューの他の部分で書いたことについても説明責任を負わなければならなくなるわけで、書いたのが辛口のレビューの時には、やっかいなことになったりする。
ふ〜む。いろいろ考えて、やはりポーカーフェイスを通すことにしようかな。
怒濤の一週間が終わった。来週の前半は会議でコロラド州のボールダーにでかけてくるので、この日記も数日お休みとします。
数学者フェルマーが最終定理のすばらしい証明を思いついたものの、それを書き留めておく余白がなかったというのは有名な話だ。もっとも、彼が思いついたのが本当に正しい証明だったか、いささか怪しいというのが通説となっている。しかし、予期せぬ事態(いいことも悪いことも)が起きた時にそれを処理するための余白(マージン)がなくて、みすみす機会を逃したり、にっちもさっちも行かなくなるというのは、数学者に限らない。物理学者でもいっしょである。
きのうは昼から教授会(小生は書記である)、そのあと休む間もなく1時間半の講義、それからすぐ電車に乗って帰宅し、クルマで大学病院まで(長男も連れて)先週腕を骨折した三女の再診にでかける。これが予定外に時間を食い、家にもどってやっと食事にありつけたのは8時すぎだった。本当は夜のうちに教授会の議事録を仕上げてしまうつもりだったが、疲れて寝てしまったので、これが今日の午前中にずれこんだ。4年間この役を引き受けてきたが、いまだに英語の議事録を作るのは苦痛以外の何物でもない。会議中も全然気が抜けないし、英作文は時間がかかるのだ。月に1回のこのノルマは結構気が重い。何とか書き終え、学科長のOKをもらう。さて、来週前半は会議で留守にするので、そのあいだ学生に与える宿題を作らなければ、と思っていると、学科の前の卒業生からEメールが入り、月曜までに推薦状を書いてくれという。書くことがわかっている議事録だってしんどいのに、何を書くべきかを考えなければならない推薦状となると、いよいよ骨が折れる。しかも、締め切りまで4日しかないとすると、すぐ始めないわけにいかない。そんなこんなで、木曜と金曜に本来やっているべきこと(論文を書いたり、実験結果の解析をしたり)は、どんどん時間を削られていく。余白がないので、本来書き込むべきでない本文の上にまでいろんなことをメモして、肝心のものが読めなくなっている状態だ。
で、きわめつけは、昼休み、廊下の角でH教授に呼び止められた時。
H:「あしたは研究室にくるかい。」
ぼ:「ええ、来ますよ。」
H:「では、faculty lunchでしゃべってくれたまえ。」
ぼ:「げー。」
前にも書いたが、うちの学科では毎金曜日に教員が全員集まってランチを食べながら、同僚の最近の研究成果についての発表を聞く慣わしになっている。発表者はその前日に指名を受け、決して断ってはいけない。うう〜む、今日が木曜日であることをすっかり忘れていた。しかも、去年はイギリスにいて難を逃れていたのであるから、ペイオフがあるぐらいのことは予想できたはずではないか。うかつであった。というわけで、わずか1日でセミナーの構想を練らなくてはならなくなった。どーしよー。
Begone unbelief, My Savior is near, And for my relief Will surely appear: By prayer let me wrestle, And he wilt perform, With CHRIST in the vessel, I smile at the storm.
昨晩、クルマでちょっと買い物に出ようと思ったら、ガレージのドアが開かない。開閉機のモーターは動くのだが、何かにひっかかったように、すぐ動きが止まってしまう。(安全装置がついているので、障害物にぶつかると自動的に開閉がストップするようになっている。)停電で開けられなくなったときなどのために、手動モードに切り替えて手で開けることができるはずなので、それを試してみるが、うんともすんとも動かない。これは一体どうしたことかと思っていろいろと調べてみると、どうやら、ドアの荷重を上に持ち上げる役割をしているのは、2本の太いバネらしく、しかもそれが2本ともまん中でぽっきりと折れている。
手で開けることができたのは、決してドアが軽いからじゃなくて、バネがアシストしてくれていたからなのだ。実際、ドアの重みは相当なもので、これが間違って人間の上に落ちてきたりしたらひとたまりもないだろうなあと思う。そういえば、うちの教会の前の牧師が、ガレージのドアにあやまってペットの犬をはさんで、事故死させたという事件があったっけ。もっとも、ほえるわ、かみつくわで、言うことをきかないどうしようもない老犬だったそうなので、飼い主はあまりショックを受けていなかったようだが・・・・。それはともかく、クルマを外に出せないので、万事休した。講義まえの昨日の朝でなくて助かった。
とりあえず、今日の朝だけは子供に自転車で登校させ、さっそくガレージ・ドア屋に来てもらう。11時ごろに交換用のバネをぶらさげてやってきた青年は、「うわ、2本とも折れている」とかなんとか言いながら、30分ほどでだいたい元通りに直してくれた。185ドルの修理代は決して安いとは言えないが、もう少しでドアそのものを取り替えなくてはならなくなるところだったそうだから、それに比べれば安上がりだったろう。とにかくこの国では電話一本でこのテのプロがすぐ来てくれるから有り難い。イギリスではこうは行かなかった。窓枠の修理をしてもらうつもりで窓屋を3軒ほどあたったが、どこも見に来るだけで3ヶ月かかると言うのだから、あんたら商売する気があるのかね、と思ったものだ。
あすの講義では、分子の空間分布や運動方程式に、直接平均操作をかませることによって、流体のマクロな支配方程式を導出するという荒技を予定している。「平均操作カーネル」をどう定義するかによっては、相当込み入った計算になる。もちろん、最初からマクロの場の変数としての密度や速度を使えば、そんな苦労は全然いらないのだが、一応流体といえども分子の寄せ集めであるわけだし、ミクロとマクロの関係を大っぴらに取り扱ってみるのも悪くはあるまい。それに、平均の概念はあとで乱流の話をするときに不可欠であるので、早いうちに話になじませておくのもよかろう。