学科のかつての卒業生で、エルサレムのヘブライ大学で教えているCaryn Erlickが立ち寄って、ランチタイム・セミナーをして行った。Carynは小生が1992年に着任した時、数少ない大学院1年生のひとりだったので印象が深い。セミナーは、層積雲の内部で観測された雲粒の粒子径分布が、理論で推測されるものよりずっと裾野が広い形になっているのはなぜか、という問題についてだった。これは古くから知られていながら、結論が出ていない気象学の難問のひとつである。Carynは3次元の定常な流れを用いて雲内部の空気塊の軌跡を計算し、軌道にそって雲粒径分布を計算したところ、軌道の初期値によって粒径分布にかなりばらつきが生ずることを確認した。これだけであれば決定論的な初期値問題なのだが、確率模型を用いて乱流による流れのゆらぎを導入すると、空気塊が異なる定常軌道の間をランダムにジャンプすることができるようになり、粒径分布のアンサンブルが理論値よりぐっと広がることがわかった、というのがオチ。アイデアとしては面白いが、空気塊と周囲との混合を全く考慮に入れていないので、混合の効果が結果にどれぐらい影響をおよぼすのかが知りたいところ。
そのあとすぐGFDの講義。受講者は3人、多くはないがゼロよりは無限大に大きい。せっせと回転球面上での運動方程式の導出にかかる。例によってコの字型の黒板に右から左までびっしり偏微分方程式で埋めつくしていく。GFDのあとは続けて、「地球物理における輸送問題」のイントロの講義。こちらは大学院1、2年生を中心に12、3人の聴衆。講義にPower Pointを使うのは初めてだったが、比較的スムーズに行った。昼からフル操業でさすがに疲れたぞ。
土曜日の朝に再び虫取りに出かけ、今度は確実にmilkweed bugをゲットした。何のことはない、金曜日にmilkweedだと思っていたのは全然関係のない雑草だったのだ。本物のmilkweedは園芸の対象になるだけのことはあって、もっとずっと背が高い、立派な植物だった。日本ではガガイモ科の風船唐綿というのがおそらく一番近いのではないかと思う。とげの生えた風船のような実を多数つけていて、この実のまわりにmilkweed bugがうじゃうじゃと群生していた。日本の図鑑で見た感じでは、ヒメジュウジナガカメムシがかなりそれに近い感じ。学名も違うし、模様が微妙に違う(一番の違いはmilkweed bugはお腹がオレンジ色だが、ヒメジュウジは黒)ので、亜種なのだと思う。何でも、milkweedの汁には毒があって、これを常食しているmilkweed bugは典型的な苦虫なのだそうだ。そこで、オレンジと黒といういかにも目立つ柄でありながら、鳥などに食べられてしまう心配もないらしい。
うほほい。あしたからいよいよ講義じゃ。あしたはさっそく大学院の講義が2コマ、計3時間喋らなければならない。夏の間ずっと準備する時間はあったのに、やっぱり直前になるまで何もしなかったので夜中になって大慌てをしている。
ここ数日寝巻きが見当たらない(子供達が何かの折に遊びに使っていたのを見た覚えがある)ため、ワイシャツとジーンズのまま寝ているのだが、ジーンズの右ポケットに入っているオフィスや家の鍵、ひとにぎり以上の小銭などを下に敷いて寝てしまったらしく、大腿部に内出血を起こして、痛い。
火曜日から始まる講義の準備の合間をぬって、午後ジムへ泳ぎに行く。また、長女の理科の課題ということで、土砂降りの雨の中、近くの自然公園へかり出されて昆虫採集を手伝う。Milkweed bugという雑草にむらがる黒とオレンジの亀虫に似た甲虫を探すのだが、milkweedの花はたくさん咲いているものの、この天気では虫などどこかへ避難してしまっていて、結局一匹も見つからず。薄暗い森の中にもやがたちこめて、トトロでも出てきそうな感じだ。明日の朝もういちど出直すことにする。
きのうの環境問題研究所でのミーティングは始めの一歩としては有意義だった。ことなる分解能のモデルの計算結果がどんな感じになっているのか実際に目で比較することができたのが収穫。しかし、大学院生によるフーリエ解析のデモンストレーションがなかなか意味をなさず、S教授とふたりで首をかしげる。40分くらいああでもない、こうでもないと言ったあげく、なんのことはない、学生が使うサブルーチンを間違えていたことに気づき(二次元FFTを使うべきところを、多変数FFTを使っていた)、それを直してやっと納得のできる結果が出る。
ひとつ思ったことは、異なる分解能の計算といっても、実験の条件に制約を加えないと有益な比較はできないということだ。たとえば、同じ時期、同じ地域の大気汚染を計算するのに、2つの実験で初期条件だけを同じにして、あとは気象・光化学モデルを違う分解能で勝手に走らせるというのは、あまり有効な方法ではない。たとえば分解能が異なると、モデルの非線形により、計算される風の場は細部に違いが出るだけでなく、系統的に異なったものとなりやすい。風が系統的に異なっていれば、これに流される汚染物質の分布も系統的に異なってくる。しかし、これは分解能の違いが汚染物質の表現に影響を与えた結果ではない(同じ分解能でも風が違えば結果は異なるのであるから)。分解能本来の問題を究明するためには、まず高分解能の気象モデルで風を計算し、この高分解能の風を序々に粗視化することで低分解能の風の場を作る。こうすれば少なくとも両者に系統的な違いはない。こうして作った違う分解能の風の場を入力値として光化学・輸送モデルを走らせれば、より制約された条件で分解能の影響を議論できるであろう。
さて、今週と来週、シカゴ大学のキャンパスでは映画のロケが行われている。本学の卒業生であるDavid Auburnが原作、ピューリッツァー演劇賞などを受賞した「プルーフ(証明)」というお話の映画化である。(配給はミラマックス。)なんでも、アンソニー・ホプキンス扮する、精神病を患ったシカゴ大学の数学科の教授(はまり役だなあ)を介護する娘(グウィネス・パルトロウ)の話なのだそうだ。きょうは昼から小生の学科の大講義室で、映画のエキストラの応募を受け付けていた。学生および教官で人種を問わず、と書かれていたので、ひやかしで行ってこようかと思ったが、いざとなると何となく気が引けてやめてしまった。第二の「ビューティフル・マインド」となるかどうか。
あすからさっそく、統計学科の環境問題研究所でS教授と彼の学生と3人で、来年の夏までの研究のロードマップを描くためにブレインストーミング・セッションを持つことになった。大雑把にいうと、大気汚染の予想をするために大気の流れを計算する気象モデルと、汚染物質の濃度を計算する光化学モデルをカップリングするにあたり、モデルの分解能を上げることでどれくらいシミュレーションの精度を上げることができるか、という問題である。
一般に、モデルの分解能を上げるとより現実に近づくと考えられているが、かりにそうだとしてもその近づき方は必ずしも一様でない。たとえば、次のような例を考えてみよう。大気中の物質Aと物質Bが反応して、物質Cができるとする(A + B -> C)。かりに、AもBも大気中に存在するが、それぞれ存在する場所が微妙に異なっていて、両者は接触していないとする。接触していないので、当然上記の化学反応は起こらず、物質Cは生成されないはずである。ところが、モデルの分解能が粗くて、AとBの存在している場所を区別できないとしたらどうか。この場合、モデルの同じ「セル」の中にAもBも存在することになり、したがってこのセルに上記の化学反応をあてはめると、物質Cが生成されることになってしまう。本来あるべきでない物質が生成されてしまうのだから、これは大きな誤差である。
この状態からモデルの分解能を徐々に上げていくと、セルの大きさがAとBの間の距離より大きいうちは上記の誤差がついてまわるが、セルがそれより小さくなると(すなわちAとBがきちんと分離されると)、上記の化学反応はシャットオフされ、物質Cの生成は急激に減少し、モデルは現実に近くなる。したがって、この場合は、モデルの性能を決める分解能の敷居値が存在する。(もちろん、これはCの生成率がAとBの積に比例するという非線形性によるのである。)
しかし現実には、ふたつの物質の空間的な分離はいろいろな要素に左右されていて(汚染源の分布とか、風による分散とか、混合過程とか)、必ずしも特定できない。たとえばAとBが一部ごま塩状に細かく分離していたとすると、いくら分解能をあげてもその部分の誤差はなかなか埋まらないであろう。こう考えると、化学反応が非線形である場合、分解能に比例してモデルの性能が向上しないことが予想される。そこで、別のアプローチとして、分解能以下のスケールでの現象をうまくパラメタライズすることができないか考えよう、というのが明日の議題である。
むう、いよいよ新学期まであと1週間となってしまった。夏の間は仕事もまあまあやったし、出張も2回したし、その他にも何かと忙しく、本来やるべき家のメンテナンスがずいぶん手抜きになってしまった。いろいろガタが来ているところが多いので、できるところから手をつけようと思いつつ、つい、先延ばしにしてしまうのであるよ。冬になって総崩れになったりしないといいが。気温は着実に下り坂となっており、来週早々には最低気温が摂氏0度に到達すると予想されている。これにともない小生のアレルギーの方はさいわい収束に向かっているものの、今週末にミシガン湖畔で予定されている職場のビーチ・パーティーには、水着にオーバー持参で行かなければいけないかもしれない。
さて、職場でどうも妙なうわさが流れているようだ。小生のかつての学生で、2001年の8月に修士号を取って民間に就職したBethが、今学期から復学するかもしれない、と大学院生の間でまことしやかに語られているというのである。この話は本当かと、学科の事務から問いただされて、寝耳に水だったので大いに驚いた。成績優秀だった彼女が就職すると聞いたときは正直言ってちょっとがっかりしたが、ちょうどこちらもサバティカルで一年留守になるところだったので、無理に引き止めることもあるまいと思うようにさせた。その後最後に連絡がとれたのは去年の11月で、もしかしたらいずれ復学するかもしれないとは言っていたが、その後転職をしたらしく、何度か試みたものの連絡がつかなくなってしまった。いったん就職した大学院生が復学するのはアメリカでは珍しくもなんともない。しかし、あまり空白が長いと後で苦労するから、復学するなら二年のうちにといいわたしてあったので、戻ってくるなら今が最後のチャンスではあるのだ。とはいえ、10か月間何の音沙汰もなく突然帰ってくるということは常識的には考えられないし、Bethはそんなことをするタイプではない。一体うわさの出所はどこなのであろう。あまり見込みはないと思うが、Beth、これを読んでいたらただちに連絡をしなさい。
IBMがアップルのMac G5用に開発したフォートラン・コンパイラのベータ版を期間限定で無料で配付している。G5ではこれまでのモデルに使っていたモトローラ社製のチップをIBM製に切り替えた。このチップはもともとIBMが自社のUNIXサーバに搭載していた64ビット構造のものをMac用に焼き直したもので、チップの製造元が専用のコンパイラを出しているわけだから、相性はよいはずである。小生は以前はIBMのサーバにIBMのフォートラン・コンパイラをインストールして使っていたので、その性能のよさについては証明ずみ。ただし、マルチ・プロセッサーを使うにはOpenMPを用いてコードを書き直さなければいけないので、やややっかいである。現在のG4で使用しているAbsoft社のコンパイラと比べて、どのくらい性能が違うか、気になるところ。唯一の難点は、小生はG5を持っていない(買うお金もない)ということである。
まず朝に統計学科の環境問題研究所に出向き、所長のS教授とプロポーザルの件について少々話を煮詰める。現時点でグラントを下ろしますという確約はもらえなかったが、同じような趣旨の研究をしている統計学科の大学院生の指導委員会に加わることになった。彼にアドバイスを与えて行く中から、小生が下請けするにふさわしい研究が出てくるかどうかを見極めよう、という算段らしい。まあ、妥当な線であろう。こっちとしても門前払いではないわけだから文句は言えないし、万一お金がもらえなかったとしても、有意義な共同研究ができれば、それはそれで成果といえるわけだから。
来週の月曜から新学期の講義登録が始まるので、それに先立ち、学科の研究活動を紹介する講義「地球物理学における輸送問題」の案内をつくり、大学院生にEmailで発送したり、学科のエレベーターの中にビラをはったり、発表者である教官のリクルートに東奔西走したりと、忙しさの「走り」が見えてきた。あと二週間で、またてんてこまいの日々が始まるかと思うと、やや憂鬱。
さて、流体力学研究室の見学ツアー第3弾は、11月の上旬、テキサス大学物理学科のHarry Sweeny教授の研究室に決まった。ただし、今回はセミナーをついでにやってくれということなので、話のネタを用意して行かなくてはならない。
物理学科のLeo Kadanoff教授が確率過程によって強制されたLoewner方程式(SLE)の解についてのセミナーをするというので聞きに行く。Loewner方程式とは複素平面内の等角写像(w)の時間発展を定義する微分方程式だが、dw/dt=2/(w-u(t))てな形をしているので、特異点を持つ。等角写像wの特異点(w=u)は、対応する複素平面では一般に点ではなく、曲線になる。ここで強制力u(t)がtのなめらかな関数の場合、この曲線もなめらかであるが、強制力が確率過程の場合、曲線はフラクタル構造を持つようになる。したがって、この微分方程式を用いて、平面の上にフラクタル図形を書く事ができる。とくに、u(t) = SQRT(k) B(t) という形(kは定数、Bは標準的な1次元の酔歩)を仮定すると、kの値によって、図形の複雑さが変わる。
で、これが物理とどう関係があるかというと、クラスターの「形」が相転移などの臨界現象にどうかかわるかということの研究に使えるのではないか、と期待されているからである。くりこみ群に代表される70年代の研究では、二次元の酔歩、自己回避酔歩、パーコレーションというような確率過程現象をひっくるめて、クラスターの「大きさ」によって特徴づけていた。つまり、ある一定の大きさの箱の中に、ある時刻にn個の粒子がはいっている確率、てな具合。しかし、臨界現象の本質がこのアプローチですべて片付くわけではなく、たとえば、粒子の軌跡の形状が自由エネルギーの決定などに影響をおよぼすことがあるらしい。この点、SLEではパラメータkの値によってフラクタル図形の性質をコントロールできる点が魅力である。実際、k=8/3が自己回避酔歩、k=6がパーコレーション、k=3がイジング模型に対応するというような結果も報告されているらしい。
応用が基本的に二次元の問題に限られているという制約をのぞけば、とても興味深い内容であった。しかし、基本的には数学理論であるSLEと相転移の物理がどう結びついているのか、若干釈然としない気持ちもあるぞ。
いよいよ流体力学実験室の開設に向けて具体的な案を練り始める時期となった。スリップ・リングとか、プラズマ・ディスプレイとか、普段だったら目もくれないような代物を、値段やスペックを見比べながら査定していく作業にかかる。実験屋であれば、これもまた楽しからずやなのであろうが、理論畑の小生には、右も左もよく分からず、高いお金を出して買った部品を組み立てて、ほんとうにきちんとした実験装置ができるのかどうか、いささか不安である。教会のタイムマシンを作るのとは、訳が違う。
夏の間は夜の9時ごろまで明るかったのが、秋分が近づいて、7時半には薄暗がりに包まれるようになった。昼間はまだ、今年7年ごとの大発生周期にあたっているセミがわいわい鳴いているが、夜になるとコオロギの鳴く声にとってかわる。秋はもうすぐそこまで来ている。
ふう、くわばら、くわばら。先日9月15日までに提出するはずだったNSFのプロポーザルを書くのを取り止めにした、と書いたが、それで安心して羽をのばしていたら、同じ締めきりのもうひとつ別のプロポーザルがあったのをすっかり忘れていた。これは学内のプロポーザルで、統計学科の環境問題研究所がEPA(環境保護庁)からのグラントを下請けに出しているもの。二週間ほど前に所長の教授とも会って、プロポーザル内容の打診までしてあったのに、これで出し損ねたとあっては大ごとだ。というのも、このプロポーザルには来年の夏の給料1ヶ月分が計上されることになっているからだ。
アメリカの大多数の大学院大学が教員に支給する給料は1年のうち9ヶ月分で、のこりの3ヶ月分(通常夏の給料)は研究費の一部として外部のグラントから取ってこなければならない。ところが、グラントを出すほとんどの団体が、夏の給料の支給は2ヶ月までと制限しているので、3ヶ月まるまる給料をもらうためには、ふたつの異なる団体からグラントを取る必要があるのだ。小生の場合、7、8月の2ヶ月は今年の1月に支給されたNSFのグラントでカバーされているが、去年応募したNASAのグラントが紆余曲折を経て結局支給されなかったため、9月は無給である。これが毎年続くのではしんどいので、来年は何がなんでもふたつめのグラントをとらねばならないのだ。
というわけで、きのうの夜からほとんど徹夜で3ページの要旨を書き上げる。21ページの論文を書くのに1年を要する小生にしては、画期的なスピードである。朝の9時にメールにpdfファイルを添付して提出。そのまま昼過ぎまで眠る。夕方、締め切り時間を過ぎてから、提出先のS教授からさっそくメールが入り、プロポーザルの中身について近く環境問題研究所で発表してくれないか、と頼まれた。これは脈がある証拠かな、と思わず希望的観測をする小生であった。
オフィスにでかけて、きのうJohn Marshallの実験室で見た墨流しの実験を、レコード・プレーヤーを使って試してみる。すると、全く同じではないものの、かなり定性的に近い結果が現れた。
まず、毎分33回転しているレコード・プレーヤーの上に水を張った円筒状の水槽を置き、水が剛体回転を達成するまでしばらく放置する。この時点で水を棒でかきまわし、すぐさまインク(またはフード・カラー)を数滴落とす。インクは回転流体独特のテイラー・コラムを作り、これが流れにそってひきのばされ折り畳まれ、カーテン状に発展する。しかし、しばらく時間がたつと、引き延ばされる一方だったインクのカーテンが数ミリくらいの波長で波打ちはじめ、やがて無数の渦に巻き上がっていく。この小さな渦が、時間とともに併合して少しずつ大きさを増し、直径1センチ程度の細胞状の渦がならぶ「蜂の巣」形状になった。
小生の考えでは、渦の起源は二次的な順圧不安定であると思われる。最初にかきまわしたことによって、水の中には渦と歪みの場ができる。歪みの場は渦よりも空間スケールが大きいのが普通なので、渦は歪みによって引き延ばされ、カーテン状になる。(インクは渦シートと同等の運動をするので、インクの分布は大雑把に言って渦の分布と考えてよい。)しかし、しばらくすると底の摩擦により流れが弱まり、したがって歪みも弱くなる。すると、引き延ばされた渦はレイリー=クオの順圧不安定条件を満たすので、不安定をおこし、波形をつくり出す。(大規模な歪みは一般的に小さいスケールの不安定を押さえ込む性質があるので、歪みが強いうちは不安定は現われない。)波長はカーテンの厚みに比例することが知られており、数ミリというのが妥当なところだろう。この波が振幅を増すにつれて非線形性が効いてきて、二次元乱流のレジームへと移行し、エネルギーの逆カスケードがおこる。細胞渦の最終的な大きさは、どこで逆カスケードがストップするかによって決まるのだと思うが、摩擦がこれにどう効いているのか、微妙なところである。
それにしても、ボストンはあんなに涼しかったのに、シカゴは夜になってもまだ蒸し暑い。東側の窓を開けてみると、夜空には月と火星が仲良く並んでいる。
木々が無機質な鉄筋コンクリートの建物を囲むMITのキャンパスを、足早にJohn Marshallのオフィスへとむかう。空気はもはや肌寒く、中には紅葉が始まっている枝もあった。John の流体実験室は、グリーン・ビルディングとよばれる茶色の建物の15階にある。人々がエレベータの中ですごす時間が特異点的に長いことで知られる建物だ。ここを訪れるのは実に久しぶり。1994年以来かな。
建物自体が縦長であるため、実験室はそれほど広くはないが、よく整理され機能的にできていた。ケンブリッジ大学のStuart Dalziel の実験室にくらべ、教育目的を重視して作られており、レーザー流速計などの先端計測技術はこれから、ということだった。部屋の中心にあるのが直径60センチほどの回転台。すぐ真上の天井にもう一台の小型の回転台が同心状にとりつけられており、これに下向きのビデオカメラがそなえつけてある。天井の回転台はコンピュータによって下の回転台とシンクロナイズされているので、ビデオカメラからみて下の回転台は静止して見える。もちろん、床の回転台に直接柱を立ててここにカメラをそなえつければ天井の回転台は必要無いのだが、回転台の上においた水槽を学生達が横から覗き込んだときに、柱が回ってくるたびに頭をぶつけてこぶをつくったり、水槽の流体に不自然な波や流れを起こすので、そのような障害物は極力なくしたほうがよい、という実用的かつ教育的配慮によるもの。とてもよいアイディアだと思う。カメラはスリップ・リングを通してビデオレコーダーと壁にかけられた巨大なスクリーンに接続しており、リアルタイムで回転座標内での運動を観察できるようになっている。John が墨流し実験をやってみせてくれたが、もののみごとなテイラーコラムができた。小生が流体の講義でレコード・プレーヤーを使ってやるのと同じ実験なのに、装置の大きさを3倍にしただけで、インパクトが全然違う。思わず見とれてしまう。
やや、これは何だ。はじめのうちは2次元乱流の逆カスケードとおぼしき現象で大きな渦ができていたのに、しばらく待っていると、規則的な直径3センチくらいの細胞状の渦がびっしりできて、蜂の巣のようなパターンになっている。John によるとこれはいつも必ずできるのだそうだ。対流のベナール・レイリー・セルに似ているけれど、流体は均質で、底面や表面からの過熱や冷却もほとんど無視できそうなので、おそらくはエクマン境界層にからんで何らかの不安定がおこっているのではなかろうかと思われる。ちょっと考えてみる価値があるかもしれない。
このほか、ろくろをベースにしたJohn 自作の回転台や、2つの巨大なタンクを使って成層流体を作る装置などを見せてもらう。また、水槽にはる水は一昼夜置き水にしておかないと、水槽の中が泡だらけになるよとか、塩水を作る時はユダヤ人むけのコシェルの塩が混ぜ物がなく、水を混濁させることがないなど、貴重な助言をもらった。で、お返しと言ってはなんだが、John も小生の有効拡散係数を使って海洋大循環モデルの中の混合を計算しようとしているというので、その件に関していろいろとアドバイスをした。
しめくくりはAlan Plumbと20分間対談。最新のリサーチについての情報を交換する。2時過ぎのボストン発の飛行機に乗るため、1時前にキャンパスを後にするが、短時間ながら収穫の多い出張であった。
現在これをケンブリッジで書いている。といってもイギリスに忘れ物を取りに帰っているわけではなく、今度はマサチューセッツ州ケンブリッジである。1年に出張は1回、多くても2回までと決めている小生であるが、今年は例外的に、流体力学実験室の設立にあたっていろいろな大学の流体研究室を参考見学するツアーを組むことになっていて、第二弾の今回はMIT。今日は午後の3時にシカゴを発ち、夕刻ボストン入りした。あしたの朝、John Marshallにいろいろと指南を受けることになっている。夕方までに家にもどらねばならないため、昼過ぎのシカゴ行きの便に飛び乗ることになっているので、駆け足だ。時間を有効に使うためにも質問事項を前もってきちんと書き出しておかなければ。MITには他にもAlan Plumb、Dick Lindzen、Kerry Emanuelをはじめ、久しぶりにゆっくり話をしたい同僚はたくさんいるのだが、今回は残念ながらその時間はなさそうだ。
それにしても、滞在中のマリオット・ホテルは客室から高速イーサネットにつなげるようになっており、いながらにして日記の更新もできるとは、さすがMITのお膝元である。(今どきのビジネス・ホテルなら当たり前なのかもしれないが、こういうところにあまり泊まったことがないので、少なくとも小生にとっては新鮮なのであった。)
ふうう〜っ。にわかには信じがたいことだが、論文の第一草稿が完成した。このペースでは永久に終わらないんじゃないかと思っていたので、ほっぺたをつねったりして夢でないことを確かめる、なんてことをすると目がさめてしまいそうなので、しない。とはいえ、これから投稿に至るまで、図面を引き直したり、図面の説明文を書いたり、文献をつけたしたりしたあと、さらに入念な校正をしなければならない。しかし、5章にわたる本文を書き下すことに比べれば、ずっと楽な仕事だ。この調子だと、もしかすると10月に学期が始まるまでに投稿にこぎつけることができるかもしれないぞ。かすかな望みが出てきて、俄然気合いが入る。
プールに出かけて12ラップ泳いだ。
ありゃあ、9月15日のプロポーザルの締め切りまでもう時間がないぞ。あわてて予算を練ったりしつつも、もう一度プログラムの趣旨説明を読み直しているうちに、はたしてこのプロポーザルを提出することが理にかなっているかどうか、いささか疑問になってきた。こう書くと、さんざんてめえで先延ばしにしてきたあげく、いよいよ時間がなくなってきたのでやっぱりやめよう、というみっともない末路を覆い隠すための理屈を探しているようで、いよいよみっともないのだが、実際よく考え直してみると、このプロポ−ザルに予算がおりる可能性はかなり低いのではないかと思えてきたのだ。もともとこれは大学生に研究奨学金を付与するプログラムで、来年夏に流体力学実験室をオープンするのに合わせ、流体力学の夏季学校を開催するのに使おうという目論見だった。しかし、研究奨学金を申請する以上、研究に必要なインフラが整っていることが前提だ。ところが現在肝心の実験室の方はまだ青写真の段階で、来年の夏にちゃんと稼動しているという保証はどこにもない。これでは、見切り発車というか、とらぬたぬきの皮算用と言われてもしかたがない。(閑話休題。英語ではたぬきではなく、ニワトリ。Don't count your chickens before they are hatched.という。)
自信がない時には人に聞くのが一番。さっそくNSFのプログラム・マネージャーに電話して質問する。(なぜもっと早く電話せんかい。)結論は、やはりこのプロポーザルはもう1年待った方が通る可能性が高い、とのこと。それと、実験室の設備そのものを整えるために、1月締め切りの「大規模研究設備投資プログラム」に応募されてはどうですか、と薦められた。Fultz教授のいたシカゴ大学に、彼のスピリットを継いだ流体実験設備を作り直すという構想は、結構ウケがいいかもしれませんよ、という「よいしょ」までオマケにもらって、すっかりその気になってしまった小生であった。何はともあれ、これで15日までにプロポーザルを書かなくてよくなり、肩の荷がどっとおりた。
どうも、イギリスから帰ってきてから時差ぼけが出たようで、眠くなる時間と目がさめる時間がともに約6時間早くなった。というわけで、けさは朝の4時前にすっかり目が冴えてしまって、暗いうちから仕事を開始する。1時間半もしないうちに今度は長女が起きてきた。今日は学校の初日で興奮して眠れなかったらしい。そのうち、普段は寝起きが非常に悪い次女と三女も自発的にさっさと起きてきて、学校にもっていく荷物の準備などを始めている。気合いが入っていて大変よろしい。3人が3人とも別々の学校で、始業時間もばらばらのため、送り迎えはやや込み入ったことになるが、いったん学校に送りだしてしまうと、長男が起きてくるまでのしばしのあいだ、うそのような静けさが家の中に戻ってくる。
時差ぼけもさることながら、アレルギーの方が大変。あいかわらずくしゃみ連発で、せっかく涼しくなってきたのに家の窓をあけて空気を入れ替えることもままならない。そういえば、日本にいる時は3月から4月がアレルギーの季節だったから、学校の年度始めといえば、とこしえにくしゃみをしながら迎えていることになる。
きょう届いた郵便物をぱらぱらと確認していたら、見覚えのないネブラスカ州の差出人からぶあつい封筒が来ている。何だろうと開けてみて、小生は大声を出した。なんと、更新されたグリーンカードが入っているではないか。ついこの間申請に行った時には、1年半から2年はかかると言っていたのに、1ヶ月と数日でもう届いたぞ。 役所が小生の日記を読んで改心したことは間違いない、なんてことがあるわけはないので、連中の時間の観念はいよいよもって謎だ。最初からひと月で届くと言われていれば、あんな日記を書く事もなかったのだ。それとも、最初に徹底的にネガティブな印象を与えておいて、突然大どんでん返しで好印象を与えようという、姑息な心理作戦なのだろうか。いずれにせよ、理解に苦しむぞ。
さて、話は変わるが、ケンブリッジ再訪に関連してネットで検索していたら、こんな記事を見つけた。150年前のイギリスという歴史上の違いがあるとはいえ、間違ってもこういう人と一緒にされたくはないなあ。
今回のケンブリッジ再訪の旅は5日間と短かったが、ほうぼう歩き回って、かつて滞在していた時に市内で訪れた場所はほとんど網羅した。それと土曜日には、1年のあいだついに出かける機会のなかったFitzwilliam Museumを訪れることができ、大満足であった。イギリスを代表する20世紀の画家Stanley Spencerの作品が印象に残った。あとの参照のために記録をのこしておこう。
8月30日(土)Fitzwilliam Museum --> Bella Pasta (ここはかつて、パスタに大雪のごとくチーズをかけられ、難儀をした場所である)--> Wesley Owen --> Henry Martyn Hall (日本語聖研)--> Godmanchester (Cさん宅でバーベキュー、そのあとHさん宅へ)--> Cambridge
8月31日(日)City Church Cambridge (新しい建物はすでに手狭になっている感じだった)--> Charlie Chan (ヤム茶)--> Angela 宅(次女の在学中の友人)-->Magdalene Bridge -->Castle Hill --> St. Luke Primary School (長女の教会の青年会がここでもたれた)---> Maharajah (インド料理)。
9月1日(月)Newnham Croft Primary School --> 豚肉ガーデン(植物園)--> St. Paul Primary School --> Arundel House --> Cambridge Rail Station --> Kings Cross --> Paddington --> Heathrow (4:45pm) --> Chicago O'Hare (7:15pm)
それにしても、連日晴天に恵まれたこともあって、よく歩いた。子供達へのおみやげをどっさりくださったHさん、日本語聖研のみなさん、ありがとうございました。