人間ドックの結果が郵送されてきた。3点のコメントを除いて、すべて問題なしだった。その3点とは(1)体重がやや重い(2)中性脂肪がやや高い(3)尿蛋白が低いが、これは運動すればすぐ正常にもどるであろう。第3点はともかくとして、体重が重いのや脂肪がついてるのは先刻承知のことで、1500ドルもかけて調べてもらうようなことじゃないやんけ、と大いに憤慨する。しかし、まあ、念のために調べることが人間ドックの目的なのだし、それで健康が証明されたのなら、よろこぶべきなんだろうなあ。でも何か損したような気になるのは、生まれつきの貧乏性か。こういうのって、なにをもって「もとをとった」ことになるのであろうか。
さて、講義第一日目。約1年ぶりなので休場あけで本場所にのぞむ力士のような気分だ(って角界入りしたことはないので想像だが)。きのうは念のためデモ用の実験装置を家に持ち帰り、実験がうまくいくことを確認した。以前に2パーセントの低脂肪牛乳を使ってうまくいったので、今回もそれを使ってみたところ、ブランドが違ったせいか、やや粘性が高すぎるような気がした。そこで水でこころもち薄めるとちょうどよくなった。やはり準備は綿密にするに越したことはない。小生は普段は電車通勤だが、実験を見せる日は、装置を運ぶためクルマで出かける。途中で牛乳1ガロン入容器を4つ買い足した。
教務科から来た講義の登録者名簿には3人しか名前がなかったのに、教室に行ってみると、聴講組を含めて6人の学生が座っていた。二人が物理学科、一人が統計学科、のこりは地球物理。部屋は12人収容の小会議室で、実験装置を置いた大きな四角いテーブルを学生が囲んでいる。これは学生がデモについてああでもないこうでもないと口や手を出しやすい環境で、小生は気に入っている。シラバスを配り、成績の評価基準を説明し、教科書の紹介をして、15分ほどゴタクをならべたあと、デモを開始。牛乳の中に細い円柱をつっこんで引きずり、その後ろにできるカルマン渦列を観察するという、典型的な墨流し実験である。このテの実験はしょせん定性的なものしかめざしていないので、きれいなパターンで初学者の興味を引けば十分。とくにパフォーマンス好きのアメリカ人には有効で、ちょうどベニハナ系レストランでお客相手に料理の技を披露しているサムライ・シェフにでもなったような気分だ。
で、円柱の太さとひっぱる速度を変えてごらん、とアドバイスして今度は学生に自由にやらせてみる。すると、最初に墨のついた丸材を手にした中国人の女子学生が、それをやおらジグザグに動かして、自分で渦を描きはじめたではないか。ちゃう、ちゃう。ちゃうでしょっ。君が好き勝手に描いてしまったのでは身も蓋もないのよ。まっすぐ円柱を動かしたときに、後ろにどういう渦模様ができるかを観察するんだよ。まったく奇想天外の反応が出てくるところが、イントロのコースを教える妙味でもある。
ちなみに、水槽の中でくりかえし円柱を走らせると、カルマン渦列から2次元乱流へのレジームに移る。そこでは、エネルギーの逆カスケード、すなわち円柱のスケールの渦ではなく、容器の許す最大スケールの渦が最終的に一番大きい振幅を得るという特有の現象がみられる(下図左)。(ちなみに、エンストロフィーは分子スケールへ向けて(順方向に)カスケードしている。)このふるまいはたとえば、流体が回転している惑星の上に捕捉されているという条件をのぞけば、木星の大赤斑をとりまく大気の流れに通じるものがある。(下図右、クレジットNASA)


親知らずを抜いてからは、朝昼に「ウルトラ・スリム・ファスト」というダイエット食品というか、ドリンクを飲んで食事に替えている。別に急にダイエットを思い立ったわけではなくて、缶入りのドリンクに一食分に必要なビタミンやミネラルが入っているそうなので、噛まずに食事をすますことができて便利だからである。まあ、ミルクセーキやジュース風味の飲み物をごくごくと飲んで食事がおしまい、というのは味気ないのだが、朝の急いでいる時には何かと便利だったりする。で、副作用というか本来の効果というべきか、三日飲んだら、体重が2キロ減った。その効果に驚くが、某中国製のダイエット剤のように肝臓をこわしたり死んだりという事例は今のところ報告されていないようなので、とりあえず安心。
新学期を目前に控え、キャンパスには学生が戻って来て再び活況を呈している。化学科の日本人の大学院生Y君がやってきて、Asian American Students for Christ (AASC)という学生のキリスト教団体の後見人として、署名して下さいと頼まれた。小生は8年くらい前から、AASCのアドバイザーをやってきた。といってもほとんど名前を貸していただけで、あとはまれにミーティングに顔を出すくらい。しかし、今年からは、もう少し定期的に顔を出して、学生との交流を深めようと思っている。昼にはAASCとInterVarsity共催の新入生歓迎ピクニックがあるというので、顔を出して来た。よれよれのジーンジャケットに穴のあきかかったジーンズの小生のみなりは、おそらく集まっていた人たちのなかでも一番みすぼらしく、こうと知っていたらもう少しちゃんとしたものを来てくるんだったと反省。
午後には学科で新入生歓迎オリエンテーションがあった。今年の大学院新入生は5人。見た感じ全員アメリカ人のようだった。例年学生の大半が外国人のうちにしてはめずらしいが、もしかすると昨年のテロ以来、外国人に対する学生ビザがおりにくくなっているのかもしれない。去年1年あけていたので、新入生のほかにも、顔を知らない学生がかなりいた。教務科の方からは何の連絡もないので、月曜が初日の小生の流体力学のクラスに一体何人登録したのかもわからない。他の学科から来ることを考えても、そう大きなクラスになることはないと踏んでいる。90パーセントの確率で、3人から12人の間、というところだろう。
オリエンテーションのあと学科長に呼び出されて、本年度の役職を言い渡される。去年イギリスに行くまで4年間やっていた教授会の記録係への復職と、人事委員会のメンバーに任命された。長い夏休みが、終焉を迎えようとしている。
あいかわらず歯を抜いたあとはすっきりしないし、X線写真の時に無理矢理くわえさせられたマウスピースや麻酔注射のあとが口内炎になって、うっとおしい。さいわい、アレルギーの方は少しおさまってきた。
さて、新学期が今度の月曜日から始まると、忙しさの度合いが10倍くらいに増えるので、夏の間にやるはずでまだ終わっていなかったいくつかの仕事にもう少し手をつけておくことにする。まず先日の棚壊しの続き。2つ目の棚も完全に分解し、粗大ゴミとして出した。これでかろうじてガレージの中の物を少し動かすスペースができた。まだ整理したというにはほど遠いが、8月のはじめからは明らかな進歩。それから、寝室に長男用のベビーベッドを組み立てる。これも、去年教会からばらばらの状態で借りてきたものを、ずっとガレージの中に置いてあったのだが、ようやく家の中も片付いて持ち込むゆとりができた。本当は芝刈りもしなければいけないのであるけれども、今日はパス。
論文の方も遅々とではあるがとにかく書き続ける。2章で理論が佳境に入って来たので、少し書くペースが上がってきたような気がする。いっぽう、となりの研究室の学生が持ってきた数値計算の質問について、返事を書くのにかなり時間を費やした。来週2回分の講義についても内容をだいたい復習する。
きょうはそのほか、長男を連れて次女のスケートのレッスンを見学にいったり、テイクアウトのチキンを買いに行ったり、長女を教会の夜のプログラムに送り届けたりと、結構忙しかった。平凡ながら充足感のある一日。
それで、主であり師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。
上に立つ者は仕える者であるべし、ということを自ら実践した、このキリストの言葉に思いを巡らしているとき、ふと、東京都目黒区に「洗足」という地名があるのを思い出した。何となく、これは聖書のヨハネの福音書13章と関係があるのではないかと思った。そう思った理由のひとつは、洗足には由緒ある教会がいくつかあるのを知っていたからである。小生はカトリックの家庭に育ったので、幼児洗礼なるものを受けているのだが、その受洗式をしたのが洗足カトリック教会だったと記憶している。調べてみると、この教会が設立されたのは1949年、戦後まもなくだったことがわかった。もうひとつの教会、日本基督教団洗足教会の方はもっと古くて、1930年に洗足伝道所として開設されたそうだ(現住所では品川区旗の台になっている)。この教会のホームページのロゴを見ると、ずばり「足を洗っている」図である。
もうひとつの理由は、地図で調べると近隣の町名が「北千束」「南千束」となっており、同じ「せんぞく」でも字が違うということだ。これらのことから推察されるシナリオは、「洗足」という地名は本来「千束」であったのを、洗足教会の圧力(?)によって「洗足」に変更になったのではないかということだ。当時の町長さんが教会員だったとか、そんなことかも知れない。いや、きっとそうに違いない。それにしても、聖書にまつわる地名が東京にあるというのは、ちょっと嬉しいじゃないか。ほとんど勝手にそう思いこんだ小生は、この仮説を検証すべく、洗足教会のウェブマスターに質問のEメールを送った。
すぐに洗足教会のIさんから、懇切丁寧なご返事をいただいた。(Iさんありがとうございました。)その内容を読むや、小生の仮説はガラガラと音を立てて崩れ落ちたのである。ご本人の許可を得て、以下一部抜粋すると、
さて、洗足の名の由来ですが、既にあった地名を教会の名前にあてたというのが実状 です。洗足は、品川、大田両区の間に角のように突き出た区境のまちで、中世には「荏原郡 千束郷」と呼ばれていたところが、現在目黒区に洗足1、2丁目、大田区に南千束、 北千束として残っています。千束の名の由は、この地域にあった大池(現在の洗足池)が灌漑に利用され、稲千束が租税から免除されていたからと言われています。 「千束」が「洗足」に呼びかえられたのは、一説には日蓮が池上に向かう途中、大池で休み足を洗ったという伝説によるといわれており、「洗足」も、かなり古い地名です。
な、な、なーんと、聖書がもとになっていないどころか、こともあろうに、日蓮上人に先を越されていたとは。うーん、敵もさるもの、である。しかし、Iさんはこうも書いておられる:
従って、地名そのものはイエス・キリストの洗足ならぬ日蓮の洗足が始まりのようで すが、教会の設立にあたっては、この地名の聖書的な意味を当然意識していたのでは ないかと、個人的には想像しています。洗足教会は、富士見町教会内の家庭集会として始まり、平塚方面礼拝などと呼ばれていたものが、ある時期、洗足伝道所と呼ぶことが富士見町教会の委員会で決せられたと、教会の年史に記載があります。洗足伝道所は設立当初から現在の地域(品川区旗の台)にありました。平塚、荏原、などという地名を用いずに、また、千束ではなく、あえて少し離れた洗足を教会の名称に採用 した理由は、はっきりとは記録されてはいません。しかし、歴代の教会員もこの名称の意味を意識してきましたし、私たちも、キリストの洗足(ヨハネによる福音書13 章)を思い起こさせてくれるこの名前に愛着と誇りを持っています。
日蓮は自分の足を洗ったが、キリストは弟子の足を洗ったのだ。同じ洗足でも、この違いは大きい。洗足教会を通して、地域の人たちに地名にふさわしいキリストの愛がますます述べつたえられることを祈ってやみません。
イギリスから帰ってきてまもなく、右上の親知らずが欠けた。去年イギリスに行く前に歯医者に診てもらった時、虫歯があるようだから帰ってきたら治療しましょう、と言われたような気がするのだが、この歯だったかもしれない。とにかく、歯茎の上に出ている5分の1くらいが、ごはんを食べていたら突然ばりっと欠け落ちたのだから、ほうっておくわけにもいくまい。歯自体にそんなに痛みはないものの、舌でさわってみると表面がぎざぎざになっていて、むしろこっちのほうが気になる。で、今日、歯医者に診てもらってきた。もちろん、診てもらうだけですむはずはなく、結局、親知らずを抜く結果となった。
この歯医者には10年来お世話になっているので、普段通りのつもりでいくと、きょうはいつもとちょっとようすが違った。彼女のオフィスは去年デジタルシステムを導入し、患者のカルテの管理はもちろん、X線画像の処理も全部コンピュータでやるようになった。このおかげで、患者がコンピュータに協力せざるを得なくなったのだ。どういうことかというと、たとえば、昔から歯のX線写真の時には、人間の口の形を全く無視したシュールな形状のマウスピースをくわえさせられ、実にやりにくいものという印象があった。それが、デジタル化のお陰でより一層やりにくさを増したのだ。なにしろ、マウスピースには画像を直接コンピュータに送るコードがつながっており、そのプラグが出っ張っていて、口の中のあちこちにぶつかり、痛くてまともに口をとじられない。しかも、マウスピース全体にかたいビニール袋みたいなのがかぶさっていて、実質上大きさが倍増しており、無理に奥までつっこまれるとゲロが出そうになる。大人でこれだとすると、口の小さい子供にはほとんど拷問だぞ。結局、きょうは抜歯よりX線の方がしんどかった。
小生の目の前には液晶の画面がセットされており、そこにX線写真の結果がリアルタイムで表示される。先生が画面上のボタンをクリックすると、画像処理が変わり、白黒反転したり、歯密度がひと目でわかるようなフィルターをかけることもできる。これはなかなか面白かった。歯の点検も、先生のコメントを衛生士の人が直接キーボードでコンピュータに入力していく。すると、画面に表示された上下の歯列の上に、過去の治療のデータが加えられていく。金歯になっているところは、ごていねいに歯も金色に変わる、てなぐあいに。
結局、問題の親知らずは、以前にも治療しており、これ以上手を加えるよりは抜いてしまった方がいい、ということになった。歯を抜くのは2回目なので、それほど緊張することもなく、実際ものの数分で終了。神経を抜くのに比べれば、ずっと単純だ。ただ、かなり力任せにぐりぐりっとやられるので、ちょっと顎に力が入る。それと、上の歯だったので、歯を抜く瞬間、鼻から目の奥にかけて神経に電気が走るというか、冷たい手でなでられたような感覚があり、それまでつまっていた鼻が瞬時にして通った。あとはガーゼを噛んで、おしまい。痛み止めを処方してもらって帰る。
現在薬のせいでそれほど痛みはないが、右側の歯が使えないので、食事が不便。それと、やはり目や鼻と歯はつながっている(いた)らしく、唾をのみこんだりすると、歯の抜けたあとの穴をとおして圧力が副鼻腔や眼球に感じられる。(右目が後ろにひっぱられるかんじ。)そんなわけで何となくすっきりせず、またまた生産性の低い一日となる。
ふうーっ。3週間前に書き始めた論文の、イントロの4ページをようやく書き上げた。当初の予定では学期が始まる前までに完成させるはずだったのに、この調子では半分も出来ないうちに時間切れとなってしまう。テーマは、5月から7月にかけて、オックスフォード、ケンブリッジ、レディングで話してきた内容で、結果は出そろっている。あとは書くだけなのだが、これが一向に進まないのである。とはいえ、これはこの論文に限ったことじゃなく、何か書くとなるといつもこうだ。別に何を書いていいかわからない、ということではなく、むしろ書きたいことは山程あるのに、である。
なんでこんなに時間がかかるのか、理由を考えてみると、思い当たる節が2点ある。
1. 実際に書いている時間が少ない。英作文というのは頭を使うので、いろいろと心の準備が大変で、一日の終わりが近づくころになってようやく書きはじめる気になる。当然、書き始めから書き終わりまでの時間が短い。しかも、英作文というのは頭を使うので、ひとつ文章を書きあげるたびに、ひと息つかずにはおれない。で、階下に行ってコーヒーをわかしたりするもんだから、ますます時間が削られる。
2. 絶えず書いたものを書き直している。自分の書いたものは頭によく残るので、作文していても、つい今しがた書いた文章のアラを思い付いてしまう。こうなると意地でも忘れる前に書き直しておかないと気がすまない。一回書き直すと、またその5分後に、もっとずっとよい書き方を必ず思い付くので、また逆戻りしてやりなおす。てなぐあいに、ひとつの文章を完成させるまでに5回から10回は手直しをする。当然、納得のいく一段落ができあがるのに、最低でも一日か二日かかる。
小生が出版する論文の数は平均すると年一本かせいぜい二本だが、上記のようなペースではこれが限度だ。共著も含めて年間二十本くらい出している同僚はざらにいるが、どうやったらそんなに出版できるのか、教えてもらいたい。
と思っていたら、となりで本の翻訳をしている家内が、数日前に始めたばかりなのに、全8章のうちの4章をもうおおざっぱに訳し終えたと言っている。一ヶ月で脱稿する予定とはいえ、いくらなんでもそれは速い。感心していると、まあ人の文章を訳す方がゼロから作文するより簡単だからね、と前置きしたうえで、コツを教えてくれた。それによると、とにかく直訳でも誤訳でもひどい日本語でもかまわないから、できるだけ早く全文を自分の文章で書き下してしまうのだそうだ。スピードが大事なので、この時点で文章を書き直したりするのは禁物。そして、次にこの「雑訳」に徐々に手を入れて、完成品に近づけていく。何でも、英語から日本語に変換する仕事に比べれば、訳した日本語を改良するほうがはるかにラクなので、面倒な部分を(手を抜いてでも)できるだけ速くすませるのがポイントらしい。
ちなみにその「雑訳」とやらを読ませてもらったが、たしかに、お世辞にも上手な日本語とはいえない。このまま出版社に提出するのははばかられる代物である。しかし、なるほどこの程度の文章なら、さっさと書けるかもしれない。もちろん、これはあくまで第1(0?)稿で、けっしてこのまま陽の目を見ることはないと納得したうえで、であるが。最初から完成品に近い物を作ろうとするのは、もしかして意外と遠回りなのかも?
小生にとっては8月末から9月末にかけてが花粉症の季節で、毎年うっとうしい思いをしている。おそらく、ragweeds(アワダチソウ?)の開花によるものだと思うのだが、鼻はつまるわ、鼻水は出るわ、目はかゆいわで、生産性はがた落ちである。今年はそれに咳の症状も加わっているようで、知らない人には、とても不健康に見えるだろうなあ。というか、実際不健康なのである。鼻がつまって夜何度も目がさめるので、慢性寝不足のような状態がしばらくつづいている。最近の抗ヒスタミン剤(クラリオンなど)は飲んでもあまり眠くならないので、昼間はありがたいが、夜の睡眠の助けにはならない。しかも、喉や口が乾燥する副作用のほうはあまり改善されていないようだ。
中学生の時に杉花粉症を発症していらい、日本にいるあいだは3月、4月がtribulationであった。アメリカ東海岸(プリンストン)にいる間はしばらく症状から解放されていたものの、西海岸のシアトルに移ったら、5月に似たような症状が出た。10年前の8月、シカゴに引っ越して来たとたん、いきなりくしゃみが止まらなくなったのにはびびったが、以来この時期になると似たような状態になる。去年はイギリスにいて全く発症しなかったのは、まさに天の恵みであった。
前にどこかで、アレルギー体質というのは急になるものではなくて、アレルゲンを継続して摂取しているうちに体内に抗体ができて、やがてアレルギー反応をおこすというようなことを読んだことがある。小生の場合、杉花粉症にかかった経緯はたしかにそんな感じだったが、そのあとは杉以外のものにも、たちまちアレルギー症状を起こしている気がする。シカゴに来てすぐ症状が出たのは、あきらかにそれ以前に作られた抗体による反応のはずである。杉花粉でできた抗体でも、アワダチソウに反応することがあるのか(アワダチソウの花粉と杉花粉が非常に近い形状をしてるとか)、シカゴに来るまでに蓄積されていたアワダチソウの抗体がたまたまその時症状を起こすレベルに達したのか、そのへんがよく分からない。(前者ではないかという気がするのだが、今のもうろうとした頭ではこれ以上深くつっこむ気になれない。)
とはいえ、もうあと一週間もすればおさまってくるはずなので、もう少しの辛抱だ。復帰したらばりばり仕事するぞ〜。不確定性原理で有名なハイゼンベルグも、ひどい花粉症に悩まされたあと、北海の島ヘリゴランドで休養中に、かの行列力学を思いついたのだそうだから、小生もがんばらなくては。
O God of burning, cleansing flame - send the fire! Your blood-bought gift today we claim, Send the fire today! God of Elijah, hear our cry, send the fire! And make us fit to live or die, Send the fire today! To burn up every trace of sin To bring the light and glory in The revolution now begin Send the fire today! Send the fire, send the fire, send the fire, Send the fire today! It's fire we want, for fire we plead, send the fire! The fire will meet our every need, Send the fire today! For strength to always do what's right For grace to conquer in the fight For power to walk the world in white, Send the fire today! Send the fire, send the fire, send the fire, Send the fire today! Look down and see this waiting host And send the promised Holy Ghost We need another Pentecost! Send the fire today! To make our weak hearts strong and brave, send the fire! To live a dying world to save, send the fire today! Oh, see us on Your altar lay We give our lives to You today So crown the offering, we pray, send the fire today! Send the fire, send the fire, send the fire, Send the fire today!
いよいよ新学期まで2週間を切って、流石に身辺が少し慌ただしくなってきた。今日は、午前中に化学科の大学院生がひとり、流体力学の講義の概要を質問しにきた。アメリカの大学院では、学生が1学期にとる講義はせいぜい3つ、多くても4つのというのが普通である。(それ以上は、勉強量が多くなりすぎて、とてもついていけない。)したがって受講する講義を選ぶのもいきおい慎重になる。本来物理学科で教えられるべき流体力学が、地球物理学科で教えられていることにも混乱の原因があるようだ。外の学科からくる学生は、これは地学者のための流体力学ではないかと勘違いしていたりして、この手の照会が学期の直前になるとよく入る。
学科の人事に関する会議に出たあと(1年ぶりなので、普段なら退屈な会議も何となく新鮮だった)、講義のシラバスをもういちど検討する。目下、講義内容に入れるべきか迷っているのが、場のハミルトニアン形式。完全流体の支配方程式を、無限次元のハミルトニアン系として変分原理から導くのは、ほかの分野(たとえばシュレディンガー方程式)などとの接点や、渦保存則が物質座標の選択対称性に由来することなどが明らかになって、解析力学的見地からは魅力がある。それと、系のラグランジアンをちょっといじるだけで、方程式の導出が非常に簡便になるという利点もある(たとえば、KdV方程式なんかも、漸近展開することなしに2行で導出できる)。しかし、こういうのって、応用としての流体にしか興味のない学生には無意味かもしれんなあ。実際に受講する学生の顔ぶれを見てから決めることにしよう。
学生の前で行うデモンストレーションについても、改良の余地が多々ある。例年苦労するのが、流れの可視化である。中でも、中性浮力を持った安価なトレーサーというのが、なかなか見つからない。水だと、スチレンビーズがいいと聞いたことがある。しかし、きのう紹介した酒井さんのページでも指摘されているように、スチレンビーズは工業目的で使用されることがほとんどのため、「トン」の単位でないと売ってもらえない。メダカを使うことも考えたが、動物実験(?)というのはちょっと気が引けるし、メダカが泳いでしまうと流れのトレーサーにならない。他になるべく水に近いものは、と考えたあげく、去年は苦し紛れにブロッコリーのみじん切りを使った。表面波の伝播のデモの時に、まな板と包丁を持参し、前に座っていた女子学生にブロッコリーを切り刻んでもらった。完全な中性浮力ではなく、トレーサーというよりは生ゴミが漂っているような感じだったが、それでも波の通過にともなう流体の往復運動はよく観察できた。ケンブリッジにいるときに教わったのは、Virgin Atlantic 航空で旅行すると、小指のつめくらいのアヒルのおもちゃが景品としてついて来て、これに水をいれるとほとんど中性の浮きになるそうだ。よくそんなこと見つけだしたものだが、まさかそれだけのために海外旅行もできないし。
そんなことを考えていたら、きょうの夜、いつものように教会のプログラムにでかけた三女が面白いものを作って持って帰ってきた。びんの中に透明な液体が入っていて、その中にグリッター(きり刻んだ金属箔)がちりばめてある。グリッターはものの見事に液体全体に広がってきらきらと浮遊しており、かなり中性浮力に近い状態になっている。聞くと、先生は水に少し(ベビー)オイルを混ぜていたとか。ほほう、これはもしかすると使えるかもしれないぞ。オイルのせいでやや液体の粘性が高いような気はするが、減衰効果はそれほどではあるまい。どこにヒントが転がっているかわからないものである。
ほんとうはもっと早く書きたかったのだが、引っ越しのどたばたで遅くなった。実験地球流体力学で一世代を築いたシカゴ大学のDave
Fultz教授が去る7月25日に81歳でお亡くなりになった。(関連記事はこちら)
地球流体を研究している人で彼の回転水槽実験を知らない人はまずいないと言っていいほど、フルツ教授の研究は広くそして高く評価されている。まだ大型計算機の発達していなかった50年代、60年代に、彼は実験室の水槽の中で、地球規模の大気の運動を再現し、そのパラメータ依存性を数量化するという極めて独創的な手法で甚大な成果を収め、世界をあっと言わせたのだ。
彼の実験については、高校生の時、木村竜治先生の「流れの科学」という本を読んで初めて知った。思えば、当時天気図をひっぱり空を見上げていた小生が、具体的に地球物理学をこころざすようになったのも、このエレガントな実験の解説にこころときめかせたことが大きな要因となっている。大学に入学してすぐの学園祭で、実際にこの実験を再現してみて、いよいよ地球流体の面白味にはまった。この実験は、回転台の上に置いた水槽に水をはり、中心を極に見立てて冷やし、周囲を赤道に見立ててあたためると、ジェット気流に良く似た極を取り巻く蛇行流があらわれる、というものである。現代版のより精密な結果が京大の酒井敏教授のウェブページに記載されているけれども、すこし手伝ってやれば、小学生でもできないことはない。(小生の長女が去年学校のサイエンスフェアでやった。下図参照)
しかし当時はもちろん、まさかフルツ教授のいる学科に自分が教員として赴任する日がこようとは、夢にも思わなかった。
フルツ教授に初めて会ったのは、シカゴ大に面接に行った1991年、彼のリタイヤの直前であった。窓のない地下のオフィスの机上に書類がうずたかくつまれ、そのむこうがわから「ようこそ」という声が聞こえてくるのに、彼の姿は見えない。当時の彼のオフィスに比べれば、小生のオフィスの散らかりようなんて、かわいいものである。机を挟んで話をしている間も彼の姿はほとんど見えず、書類にむかって話しているような感じだった。
リタイヤしたあとも教室にはずっと来ていて、小生が94年に初めて大学院で成層圏力学の講義を持ったさい、彼がノートを持って毎回講義を聞きにきてくれたのは身にあまる光栄だった。話の流れは忘れたが、彼が「仮想質量」についてコメントしたのにうまく答えられなくて、彼本人からMiln-Thomsonの教科書を借りて勉強し直したのを覚えている。
93年にセミナーの講演者としてMITのAlan Plumbが来た時に、やはりフルツ教授は最前列にノートを持って陣取っており、セミナーのあとでアランに自己紹介していた。Alan Plumbといえば彼もQBOの水槽実験でよく知られているが、二人が会うのは初めてだそうで、セミナーのオーガナイザーだった小生は、ちょっと驚くと同時になんとなく嬉しかった。
最近では2000年の9月に気象学科(現地球物理学科)創設60周年を記念して、小生のポスドクだったDoug君と小生とでシンポジウムをオーガナイズした時に、フルツ教授の主要な実験結果を収めた16ミリフィルムをビデオに変換し、彼自身にナレーションと解説をしてもらった。数値計算に研究の主流が移っている今日にあってなお、新鮮さを失わず、知的興味をかき立てられる内容に感心した。
フルツ教授のスピリットは、小生たちが後代に語り伝えていかなければならない。
今日はユダヤ教の聖日ヨム・キッパ(贖罪の日)で学校は子供たちも小生も休み。オフィスのコンピュータを遠隔操作して計算をいくつか背後で走らせておき、あとは一日家にいる。
午前中は、何年も前から家内に頼まれていたガレージの整理に着手。何を隠そう、片付けとか整理整頓とかは、小生がこの世で3番目にきらいなことなのである。理由は簡単。めんどくさいのと、物がなくなるから。ちなみに2番目にきらいなことは人に片付けを命じられることで、一番きらいなのは頼んでいないのに誰かに自分の部屋を片付けられることである。大学のオフィスには時々清掃の係の人が回ってくるが、ある時、小生がいない間に、床の上に置いてあった大事な請求書を捨てられてしまい、大迷惑を被ったことがある。別にまちがいで落ちてたわけではなく、他に置く場所がないから床の上に置いてあっただけなのに・・・・。こういうことがないように、普段から係の人にはゴミ箱の中に入っている物以外には決してさわらないように、と言ってあるのだが、その日はたまたま病気で別の人が来たらしく、惨事を招いた。
それはともかく、今の家に引っ越してきてから10年間、ほとんど整理も掃除もしないでいるうちに、車を入れるスペースを除くと、ガレージは完全に物置きと化した。(実は実験器具を作ったりする仕事場でもある。)ガレージは小生の管轄下だし、それはそれで機能しているからいいじゃないか、と思っていたのだが、夏は何かと扉をあけっぱなしにしておくことが多く、外から中が丸見えになる。家内によると、ご近所でこんなゴミみたいなガレージはうちだけだ、人類の恥だ、というので、密かに偵察してみたところ、家内の言い分は全く正しいということが判明した。そこでしぶしぶ重い腰を上げることになった次第。
整理といっても、もはやモノでいっぱいになってしまっているため、何かを処分しないことには、何も動かしようがない。そこで、壁に半分備え付けのようになっているホコリだらけの棚をふたつ解体することにした。これは家の前の所有者からそのまま譲りうけたものの、見た感じ手作りの棚のようで、使い勝手も悪く、ほとんど場所をとっているだけの代物だった。すこしお金を払えば、清掃トラックが家の前までこのような大ゴミを取りにきてくれるのだが、なにしろ重いのと、運び出すための隙間がほとんどないため、解体した方がてっとりばやいと判断した。子供用の4台の自転車、芝刈り機、除雪機、古い幼児ベッド、テレビキャビネット、引っ越してきてから蓋もあけてない段ボール箱などを、クモの巣に絡まりながら少しだけ並べ替えて、解体作業のできるスペースを作る。あとはノコギリ、マレット、かなづちを振り回して、棚を角材の山に変えて行く。片づけは苦手と書いたけれど、こういうパワーオンリー・ノーブレインという仕事は、結構、嫌いじゃなかったりする。(大学院時代は、図書館で本を棚の端から端までシフトするというアルバイトをしていて、これがけっこう好きだった)。
ほこりの中で作業をしたので、アレルギーをししこらかし、昼で一時中断。午後は前から約束していたこともあり、5歳の三女をChuck E Cheese'sに連れて行き、2時間くらいゲームを楽しむ。ビデオゲームの類いは高等すぎて、娘はおろか小生にもさっぱり扱い方が分からないのが多かった。やはり、頭を使わなくてすむモグラたたきくらいが、われわれにはちょうどよい。高得点をねらい、ふたりで七匹のモグラをたたくのに熱中した昼下がりであった。
きのうの昼は、4年間シカゴ大学のキャンパスで学生伝道にたずさわってきたEd君と昼御飯を食べた。Ed君は4年間の任期を終え、教会史の修士号を取るため、あす土曜にイギリスのマンチェスター大学へ向けて旅立つことになっている。ちょうどこちらがイギリスから帰ってきたのと入れ違いという感じだ。一年以上会っていなかったので、話はつもるほどあった。
彼がはじめて当地にやってきた4年前のことはよく覚えている。彼の肩書きは、アッセンブリー教団の国内宣教学生部門(Chi Alpha)から派遣された「宣教師」。海外派遣の宣教師と同様、彼の給料はすべて信者の献金によってまかなわれるので、仕事に先立ち、イリノイ州だけでなくアメリカ全国の教会を100の単位で訪問、彼の奉仕のビジョンに賛同し、献金と祈りで支えてくれるサポーターを募った。ちなみにこのような準備期間は1年ほどであり、この間に必要なサポートを得ることが出来てはじめて、宣教師の資格が与えられる。献身が神の召命であると確信するだけでなく、神がその必要をすべて満たしてくださるという信仰に基づいて行動し、その召命を現実のものにしていかなければならない。このプロセスでふるいにかけられる候補者は決して少なくないのだ。ようやくサポーター集めにめどがたち、奉仕開始に漕ぎ着けたのが1998年の夏。知る限り、シカゴ大学の教員で彼のサポーターだったのは小生ひとりだったと思う。ちなみにEd君のような奉仕をしている人は他にも何人かいて、大学は彼らに給料こそ払わないものの、Spiritual Care Staffとして準職員扱いにしている。
最初の1年はネットワークづくりに明け暮れた。既存のグループに雇われてくるのとは違い、ゼロから人的なネットワークを作り上げていかなければいけなかったので、Ed君はキャンパスのカフェテリアや寮のラウンジに出かけていっては学生とのコネを作って行った。このころよくキャンパスで彼と会っては一緒に祈ったものだ。彼の奉仕のため、またちょうど目前にせまっていた小生のテニュア審査のために。1年目の終わりにはなんとかsmall groupを立ち上げることができた。2年目には、グループが正式な学生団体として大学に認められ、学食の地下に賛美や聖研のできる部室のようなものももらった。
小生はキャンパスから離れた場所から電車通勤をしている関係上、不規則になりがちなグループ会合に定期的に参加することができなくて残念なのであるが、2年目には何回か顔を出すこともでき、普段講義で見るのとは違った、学生たちの素顔に触れることができた。4年目となった去年から今年にかけては、グループの数は3つに増え、決心者も複数与えられ、いろいろな意味でこれまでの努力が結実した一年だったらしい。Ed君は一日のうちの大半をキャンパスの人目につくところですごしているので、彼を知っている学生にしょっちゅう呼び止められるそうだ。あまり頻繁に見かけるので、学生の間には「Edはふたりいる」という噂まで流れたほど。
さめた目でみれば、Ed君の4年間は宣教師としては極めて地味な歩みだったと言えなくもない。キャンパスをひっくりかえすようなリバイバルに火をつけたわけでもなければ、何十人もの学生をキリストに導いたわけでもない。しかし、彼を知るようになった学生たちにとっては、大きなインパクトを与えたのである(学生たち自身の言葉がそれを裏付けている)。その理由は、Ed君のカリスマでもなければ聖書の知識でもない。きびしいカリキュラムで、教員にはもちろん仲間にすらゆっくり時間をとってもらうことのできない学生たちに、自分の時間を惜しみなくさしだすことをいとわなかった、彼の開かれた心であると思う。まさにそれは、12弟子がイエス・キリストの中に見ていたものではなかったろうか。彼を派遣している団体のChi Alphaという名前は「キリストの特使(Christ's Ambassador)」のギリシャ語の頭文字だが、まさにEd君はキリストの特使としてふさわしい働きをしてくれた。
4年間おつかれさま。マンチェスターでの学びに豊かな神の祝福がありますように。
我々の認知能力などというものはたかが知れていて、限られた視野の中で、ものごとのごく一面的な外観をとらえることしかできない。視野の外側で何が起こっているか、という問題については想像するか学識にもとづいたはったりをかます(make an educated guess)ことになる。そういう手段があまり通用しない極めて形而上学的な問題(たとえば物質宇宙の外側に霊の世界はあるのかとか、ビッグバンの前に宇宙はどうなっていたのかなど)もあるが、たいていの場合あまり不自由を感じない。テレビで野球中継を見ていて、イチロー選手の打った打球が一時的に画面の外に飛び出して見えなくなっても、ライトスタンドめがけて飛んでいく飛球を頭の中で思い描くことは容易である。
計算物理の場合、話はそれほど簡単ではない。計算プログラムは人間と違って計算領域の外で起こっていることについては関知しないので、物理法則にのっとって運動している「物体」が、計算領域の限界まできてしまった場合どうするか、ということをあらかじめ約束しておく必要がある。これを境界条件という。最も簡単でよく使われる境界条件は「壁」である。すなわち、領域のはじっこまで来た物体ははねかえされ、決して領域の外に出ていかない。もちろん、どういうルールで跳ね返りがおこるかは、あらかじめ決めておかなければならない。この境界条件だと、物体が領域の外に出て行く心配がないので、現象は計算領域内で閉じており、いろいろな点で計算結果の理解が容易になる。
しかし、現実には壁など存在しないのに、計算の便宜上壁を設定することで問題がおこることがある。たとえば、前述のテレビの例で、イチロー選手の打った打球(の画像)が画面の縁まで来たとたん、内側に跳ね返るようにプログラムしてあったらどうか。ホームランどころか、打球はビリヤードよろしく画面の中を縦横無尽に駆け巡るであろう。このビリヤード運動はいくらでも解析できるが、それは現実とはまるで縁のない現象である。この場合、「壁型」境界よりもむしろ「のれん型」境界、つまり外向きに画面の縁に到達した打球はそのまま視野から放出され、消える、というルールのほうが自然であろう。
もちろん、のれんを押して一旦計算領域の外に出てしまった物体についての情報は失われてしまうので、打球がスタンドに入ったか、フェンスにあたって跳ね返ったかはわからない。しかし、少なくともバッターズボックスからそう遠くない範囲で起こっていることに関しては、こちらの方がはるかに現実的な計算結果を得ることができる。
物体運動の場合、のれん型境界をプログラムするのはいたって簡単なのだが、これが流体中の波の運動となってくると、ずっと難しい。波は空間的に広がりを持っており、境界で起こっていることは、境界から離れた場所で起こっていることに影響を受けるからである。とくに、波に分散性があるときは波のひとつひとつの成分について条件が異なってくるので、いよいよ厄介だ。
で、今苦労していることは、鉛直方向に伝播しているロスビー波がモデルの天井まで到達したときに、そこで下向きに反射されることなく、運動量をそのまま領域の外側へ放出するような「のれん」を作ることである。
しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。
巷には、テロの犠牲者への鎮魂歌があふれている。しかし、キリストは、テロリストのためにも、死んでくださったのだ。神を認めず、その摂理に逆らうすべての人たちのために。
検査は朝10時からなので、余裕をもって8時半に出発したのに、高速で大渋滞に巻き込まれた。普段だったら1時間もあれば行く距離だが、10時15分前になっても、まだ半分も来ていない。きのう、長女のバイオリンをレンタルしに行くため、同じ道を同じ時間に通った時はすいすいだったので、事故かもしれない。それにしても、いきなり遅刻とは。携帯を持っていない小生はなすすべもなく、なめくじのようなスピードに、だんだん気が気ではなくなってきた。
しかし、ふと思うところあって、「O traffic--you are going to be no match for me and my Lord!」と祈ってみると、突如、道の右側に完全に横転したトレーラー・トラックと何台かの緊急車両が現われ、その左側をそろそろとすり抜けると、渋滞はそこで雲散霧消していた。残りをすっとばして行き、結局、延着は20分ほど。半日の検査のスケジュールに影響はなかった。神様に感謝。
くだんの検便サンプルを提出し、ガウンに着替えてまず腹部超音波検査。ジェル状の物をお腹に塗って、あちこち触っていく。いきなり左の腎臓に異常がみつかったらしく、担当の技師は「病気したことはありますか」などと言いながら長々とそこだけ検査している。やれやれ、さい先悪いぜ。もっとも、腎臓なら1個ぐらいなくても死にはしないだろうから、まあ、気にしない。つぎは胸部X線、と腹部バリウム造影。バリウムは結構いい味付けがしてあったが、胃袋全体に行きわたるようにするため、寝たまま診察台を斜めにしたり、診察台の上で何回も寝返りをうたされて、ちょっと目が回ったぞ。ここでは骨密度測定のため左手のひらのX線も撮った。
尿検査のあと、身体測定。BMI=26、体脂肪率=23パーセントで、ぎりぎり正常と肥満の境目だそうである。まあ、学生時代は相撲をやっていたので、こんなもんでしょうと言うと、看護婦さんは驚いていた。このあと、血圧測定、血液検査用の採血をし、血糖値検査のためぶどう糖入りのオレンジソーダを飲む。バリウムを飲んだ後なので、結構お腹にガスがたまった。血糖値検査はこのあと1時間おきに3回採血し、この間は飲食厳禁。待っている間に、聴覚検査と視覚検査をすます。
予想はされていたが、ややショックだったのは視力検査。小生はもともと視力だけはよく、大学までの検査では両目とも裸眼で2.0以外をもらったことがない。高校では、視力検査表の1番下の列のさらに下(つまり、紙の縁)に小さな字で印刷してある「不許複製」とか「Printed in Japan」とかいう文字まで読めて、技官の先生を仰天させたこともある。それが、さすがに歳のせいかコンピュータの使い過ぎか、最近、ときどき目がかすむような感じになってきた。今日の検査でも、検査表のマークは全部問題なく読めたものの、見え方が以前に比べると明らかにぼやけている。fine printsはもはや判読不能だった。看護婦さんは「目がいいんですねえ」と言ったが、「以前はもっとよかったんです」と答えると、怪訝そうな顔をした。
最近ひいた風邪とアレルギーの影響で咳が出ていたので、肺活量検査はちょっとしんどかった。しかも、昔の水槽式の肺活量計と違い、筒状のものに息を吹き込むだけで、全然抵抗がなく、のれんに腕押しという感じ。一気に息を吐き出したあと、さらに限界まで絞りだして下さいといわれ、何回かくり返すが、終わりのころには青息吐息でごほごほと咳き込み、しゃがみこんでしまった。それでも肺活量は5リットル近くあったから、まあ大丈夫であろう。このあとEKGと触診をすませ、最後の血糖値サンプルを取り終わったのが2時半。この時点であとはストレス・テストを残すのみとなり、食事をとってもよろしいと言われたので、大喜びで近くのミツワ・スーパーマーケットのフードコートに行き、小政セットを食べた。やっと生き返った感じだ。
さて、本日のメインイベント、ストレス・テスト。同意書には「まれにですが、心筋梗塞や脳卒中をおこすことがあります」などと書いてある。上半身に10箇所の電極を貼り、トレッドミルの上を歩いたり走ったりしながら心臓に負荷をかける。電極をとりつけるのに、いちいちハンドドリルのようなものでぐりぐりっと押し込まれるので、なんか日曜大工のオブジェになったような気分だ。歩き慣れないトレッドミルの上でバランスをとるのは結構難しく、足よりも肩のほうに力が入ってしまった。トレッドミルの速度と傾斜を徐々に上げ、心拍数を80前後から150ぐらいまで上げたところでストップし、平常状態にもどるまでパルスをモニターする。どうでもいいことだが、この部屋にかけてあった大相撲の番付表は、北の湖、輪島、二代目若乃花、三重ノ海の四横綱時代のもので、懐かしかった。お医者さんの所見があって、すべての検査を終了。午後4時半をまわっている。結果は2週間後に送られてくるそうだ。
帰り際に、後日別送となる潜血便検査(また検便?)のキットをもらって、ラッシュの渋滞の中、家へ戻る。
小生は基本的には、好きなものを好きなときに好きなだけ食べ、好きなときに好きなだけ寝て、あとのことは心配しない。しかし、40も過ぎたことだし、健康診断くらいは受けてちょうだいという家族からのプレッシャーもあって、あした、初めて日帰り人間ドックを受診することになった。
アメリカでは健康時の検査にはいっさい保険がきかず、人間ドックのパッケージなんていうものも存在しないので、シカゴ郊外の日本人クリニックを見つけ、資料を送ってもらった。いわゆる健康診断的な項目に加え、12種類の血液検査、検尿、検便、肺機能、胸部X線、食道・胃・十二指腸X線、心電図、腹部超音波などで、お値段はしめて1500ドルというから、体にとっても財布にとってもおおごとである。
前日は脂肪食、乳製品はだめ、ということで、目下ポテトサラダなどでごまかしているが、なにか物足りない。また、腹部超音波の関係上、検査の12時間前からは飲食禁止となっている。これは明日までひもじい思いをすることになりそうである。3日間くらい何も食べないでも大丈夫なのは知っているのだが、自分からそうするのと、人に飲み食いを止められるのでは全然ちがう。
さて、検便だけは容器が先に送られてきて、当日サンプルを持参するようにとのことである。明日まで待つと、お腹がからっぽで何も出ない可能性があるので、今日のうちにすませておくことにする。採取したサンプルをどこに保管するかで、ひと悶着あった。小生はキッチンの冷蔵庫を主張したのだが、家内が、それだけはやめてくれ、そんなことをしたら冷蔵庫を捨てます、などと過激なことを言う。捨てますって、たかが亭主のウンコじゃないか、とは思ったものの、争ってもしょうがないので、バスルームの子供の手の届かないところに置く。室温で1日ぐらい保管したからといって、これ以上臭くなることもあるまい。
主よ。私の心は誇らず、 私の目は高ぶりません。 及びもつかない大きなことや、奇しいことに、 私は深入りしません。 まことに私は、 自分のたましいを和らげ、静めました。 乳離れした子が母親の前にいるように、 私のたましいは乳離れした子のように 御前におります。 イスラエルよ。今よりとこしえまで主を待て。
ウルトラマンが活躍していた1960年代、約1週間に一匹の割り合いで、日本各地に怪獣が出現した。当時はテレビでその模様を見ながら、いやあ、大阪の人もゴモラにやられて大変だなあと気の毒がっていたが、実はわが家から目と鼻の先の場所にも怪獣が出現していたということがつい最近判明し、やや動揺している。ここが、ウルトラマン第5話の冒頭で吸血植物グリーンモンスに人が襲われた場所だそうであるが、なんと、当時の実家から600メートルと離れていない。家から駅までの通学路で、幼稚園から大学院1年生まで、18年間ほぼ毎日歩いていた道である。グリーンモンスという夜行性の吸血植物は子供心にもうす気味悪く、ダダとならんで絶対お目にかかりたくない怪獣のひとつだった。よりによってそんなのが家のそばを徘徊していたと思うと、背筋がぞっとするぞ。
さて、大学の新学期がはじまる9月30日まであと四週間を切ったので、最近は講義の構想を練るのに時間を費やしている。秋学期は大学院初年度の流体力学入門を担当することになった。これはすでに何回か教えたことがあって、おおかたのシラバスはできている。今までは自分で作った講義ノートで間にあわせていたのだが、毎回相当広範な話題をカバーするため、学生にとっては適当な参考書があったほうがいいだろうということで、今回は教科書を一冊指定することにした。初学者にとって、講義はもちろん、副読本の善し悪しで、課目に対する印象は大きく変わる。よって、教科書選びは慎重にしなければならない。
流体の場合、ランダウ=リフシッツやバチェラーなどの古典的な教科書はあるが、必ずしもとっつきやすいとはいえない。学生にとってレベルが適当で、こちらが教えたい内容を網羅しており、教える側のテイストに合った教科書となると(自分で書いたものでもなければ)なかなか見つけ難い。2ー3日集中して検索した結果、最近の流体力学の教科書の9割方は、工学関係の著者により工学系への応用を念頭に書かれているということがわかった。工学部がなく、純粋に物理として流体を教えるうちのような大学には、ちょっと合っていない。結局選んだのは、これ。実際に購入して読んでみると、なかなかよい。痒いところに手が届くような説明が随所に見られる。また、古井戸トリビアのような豆知識がちりばめられているのも楽しい。たとえば、勾配演算子を表す逆三角形の記号「ナブラ」はもともと、ヘブル語で琴(英語ではlyre)を表す単語に由来するそうだ。これは若き日のダビデがサウル王の前で弾いた楽器であり、詩篇の中で神をたたえる音楽を奏でるためにくり返し用いられている、てな記述まである。
環境サミットが終わったばかりだが、最近ネットサーフをしていて、もう10何年もごぶさたしている小生の知人で、現在環境問題と通訳にたずさわっているお二人が紹介されているページに、たてつづけに出くわした。
一人目は、NGO「安全な食と環境を考えるネットワーク」代表の、伊庭みか子さん。最近では、BSE(牛海綿状脳症)問題に関連して、消費者の立場からいろいろな発信を行っているようだ。彼女はもともとベテランの通訳者で、小生が学生だった1983年から84年にかけて、外務省の外郭団体で招客の通訳ガイドのアルバイトをしていた時に、何度か一緒のチームで仕事をさせていただいた。中国人の団体と40日間行動を共にした、なんてこともある。覚えてますか、伊庭さん。「かばん直し」の中村です。
伊庭さんのキャラクターを会ったことのない人に説明するのは難しいのだが、まあ底抜けに明るい人で、小生とは正反対のピープル・パーソン。小生にとっては親分のような感じで、相手の身になって話を聞くという接客の基礎を、彼女の仕事ぶりから教わった。その彼女が今NGOの代表と聞いて、ちょっと驚いている。というのは、彼女は裏方に徹するのが好きで、だから通訳の道を選んだと聞いていたからだ。しかし、通訳を通して、世界の農業問題に眼が開かれ、自分にできることは何かと考えているうちに、こういう方向に導かれたらしい。世話好きの彼女のことだから、意外とはまり役かもしれない。
もうひとりは、NPO「Japan for Sustainability」代表の、枝廣淳子さん。枝廣さん御夫妻は11年前、小生がプリンストンでポスドクをやっていたころ、御主人の研究の関係でわれわれと同じアパート群に住んでおられた。ときどきまだ小さかった長女を預かってもらったり、その節はお世話になりました。御主人はお元気ですか。
当時アメリカ暮らしが初めてだった淳子さんは、2年間で英語に開眼し、その後あっという間に同時通訳者にまでなり、本も書かれた。そして、やはり通訳の仕事を通して環境問題に精通するようになり、この分野では今や日本を代表するオピニオン・リーダーになりつつある。
おふたりのはたらきを見るまでもなく、いまや環境に対する問題意識は草の根まで浸透していて、地球物理学にたずさわる者としても、もはや避けて通れない。最近発表された地球シミュレータのシンポジウムも「人と地球のやさしい関係〜地球シミュレータが人間の生活を変える」。ひと昔前には考えられなかったテーマだ。しかし、「もはや避けて通れない」というのは実は妙な物言いで、大気物理学は70年代早々に地球温暖化やオゾン層破壊の危険性を予測し、声高に叫んでいたにもかかわらず、こうしたわれわれの声は社会にあまり省みられることがなかった。分野のベテランの科学者たちにとっては、「何をいまさら」という思いかもしれない。
それにしても、かつて人生航路を交わした人たちが、今あらたな分野で頑張っておられるということを思いがけず知って、なんだかとても励みになった。単に語学のにプロに留まらず、それを社会のために活かそうとする中から、新しい機会をつかんで行かれたお二人に、エールを送りたい。
2週間ほど前に、17か月の長男がソファの背もたれから転落、落下途中に金属製の窓のクランクにおでこをぶつけて、1センチ4ミリほどの裂傷を負った。医者に連れていき、ボンドで接着してもらったが、五日ほどたった週末に炎症をおこして腫れてきたので、やむなくERにかつぎこみ、抗生物質の飲み薬を処方してもらった。
さいわい怪我はたいしたことはなく、腫れもすぐに引いた。妙なことに気付いたのはそのあとである。最近長男のウンチが全然臭くないのだ。かつてとなりに寝ているときに鼻先で用を足されて、いい夢が台なしになったものだったが、そんなことは全くなくなった。おむつをとりかえる時も、色や形は同じなのに、さっぱり匂いがしない。臭いものがきらいな家内は、この「odorless poo」がいたく気に入ったようす。
はて、頭をぶつけたショックで体質が変わってしまったのだろうかと、脈絡のないことを考えたりしているうちに、はたと、これは抗生物質の副作用ではあるまいか、と思い付いた。においのもととなっているバクテリアが薬でみんな死んでしまったのかもしれない。だとすれば副作用というより、薬がちゃんと効いている証拠ともいえるが、これにはちょっと複雑な気分になった。
人間の体内にはバクテリアをはじめ何千何万という微生物が住んでいて、われわれの生命の営みを支えているということをどこかで読んだことがある。薬はもしかするとわれわれにとって必要なバクテリアまで殺してしまっているかもしれない。そもそも、臭くないウンチなんて、ウンチじゃないっ!と思うのは小生だけだろうか。それと、臭わないと、おむつを替えるタイミングを見のがしてしまうのだ。ここのところ、息子のおむつを開けてみると、すでにひからびた丸いおせんべいみたいなものがおしりにはりついていたり、おむつかぶれを起こしていたり、いつもとくらべ対策が後手に回っているのがよくわかる。わが子ながら気の毒だ。(本人はあまり気にしてないようだけど。)
赤ちゃんのウンチに臭いがあるのは、親をして敏感かつ迅速に対応せしめる点において、とても理にかなっているのだということをはからずも学んだ次第。たしか、都市ガスに臭いがつけてあるのも、同じような理由だったはずだ。
卵倒立理論の下村教授から教わった実験を台所で試してみた。実は下村さんも、ケンブリッジで娘さんの理科の実験課題として出ていたのを見て初めて知ったのだそうだ。
まず、ボールの中でコーンスターチに同体積程度の水を加え、よく練る。スターチと水の相性はよくないのでなかなか混ざらないが、しぶとくぐじゅぐじゅやっているうちに、だんだんねっとりした液体になる。底の方にたまったダマがなくなって均一になるまで、練り上げる。
この状態で、スターチの中に上からそおっと指をつっこんでみると、ぬるぬるっとした感触が心地よい。
ところが、同じスターチに勢い良く指をつっこもうとすると、ぼこっとすごい抵抗があり、容易に中に入っていかないのだ。まるでぬれて固まった砂地に杭を打ち込んでいるような感じ。これは驚いた。もちろん、もう一度ゆっくりやりなおしてみると、指は何ごともなかったかのようにするするっと入っていく。うそだと思うなら自分で試してごらん、簡単にできるから。8歳になるうちの次女も手をべたべたにしながら、感心することしきり。友達に見せると言ってはしゃいでいる。
それにしてもどうしてだろうと思い、大学の物性科学科でポリマーの専門家に聞いてみたところ、次のようなことだそうである。
スターチは高分子化合物で、その粒子は不規則な形をしており、溶液に急激な変形を加えると、近隣の粒子たちが互いに押さえ込まれるようにしてからみあい、一種の固体状態をつくり出す。これが抵抗が増加する理由。いっぽう変形がゆっくりな場合には、粒子間にブラウン運動を行うことのできる隙間があるため、からみあいがおこらず、普通の粘性流体のようにふるまう。
なるほどねえ。なんというか、政治改革みたいなものですかね。早急に変化をもたらそうとすると、利害関係が多方面に及ぶので抵抗勢力が急激に増加する。もっとも、ちんたらやっていたのではやはり改革は進まないから、このアナロジーはあまり有効でないな。ちなみに文献をあたってみたところ、これはポリマー溶液の歪硬化としてよく知られている現象らしい。歪硬化といえば、ゴムや鉄鋼材の引き延ばしに関連して聞いたことはあったけど、スターチでここまで明解に体験できるとは、目からウロコであった。歪みの大きさによって応力が急激に変化する非ニュートン流体の例として、この秋学期の古井戸メカニクスの講義にすぐ使えそうであるぞ。
しかし、このような分子レベルの物理をモデルで表現して、そこから流体のマクロな振る舞いを定量的に予測するのは相当難しいらしい。粒子間のCROSS LINKのネットワークモデルとか、現在最先端にあると思われるモデルでも、まだまだ仮説の域を出ていないようだ。ようするに、方程式そのものが確立していないわけで、これにくらべれば、ニュートン流体でNavier-Stokes方程式が容易に解けないことなど、とてもぜいたくな悩みのように思える。
さて、簡単にできると書いたが、そこは理論屋の小生のこと、このような単純な実験でさえ一筋縄ではいかなかった。下村さんにはイギリスでcorn flourを使ったと聞いていたので、スーパーに行ってcorn flourと袋に書いてあるものをひとつ買ってきた。ところが、いくら水で練って指をぼこぼこつっこんでもねちゃねちゃいうだけで、ちっとも抵抗を感じない。水の量を減らしてやっても結果は同じ。自分の指が鈍感なのかな、と思いつつ下村さんにメールで確認をとると、イギリスでcorn flourというのはアメリカのcorn starchではないか、ということが判明。英語と米語の違いが実験の結果を左右したのだった。(こういうことがあるから、国際チームで研究をする時は気をつけなければならない。)小生が買ってきたのは、文字どおりとうもろこしをひきおろしただけの黄色い粉末で、コーンスターチとは別物であったのだ。これはcorn chips(おっとイギリスではcorn crisps)を焼くのに使うらしい。
スターチをあらためて買い直して、やっと実験に成功。
(c) 中村昇 2002