ホームぼぼるパパの部屋>Idle Musing 2003年8月

次頁前頁

ぼぼるパパの研究日誌 Idle Musing

8/29/2003 崩壊した極渦

Arundel houseのフル・イングリッシュ・ブレックファストでお腹を満たしてから、CMSまで歩き、今回のメイン・イベント「The Split Ozone Hole of 2002 Workshop」に参加する。受付に座っていたBritish Antarctic SurveyのHoward Roscoeに会うのは、おととしの12月以来だったが、彼は小生がまだケンブリッジに住んでいるものと思っていたようだった。

会議の主旨は、去年の春先まれに見る大崩壊をおこした南極の極渦とオゾンホールについて、その力学および化学過程を考察するというもの。講演者はブレーメン大のJohn Burrows、リーズ大のMartyn Chipperfield、KNMIのHenk Eskes、JPLのGloria Manney、NILUのYvan Orsolini、英気象局のAdam Scaife、BASのJonathan Shanklin、ECMWFのAdrian Simmons。参加者は一見したところ7ー80人と一日のワークショップとしては盛況で、アメリカでは下火になっている成層圏オゾンの研究が、ヨーロッパではまだ活発であることをうかがわせた。

一日講演を聞きとおして大体わかったことは、

(1)極渦とオゾンホールの大崩壊は2002年9月に起こったが、6月ころからすでに予兆となるような昇温現象がくり返されていた。

(2)しかし、もともと極渦の温度が高かったからあっさり崩壊した、というほど話は単純ではない。かつて同じくらい高温を記録しながら崩壊を起こさなかった年もある。9月の数週間に高緯度の圏界面付近に明らかに大きな強制振幅があらわれており、これを初期条件とした数値実験は崩壊をよく再現している。強制は250hPaから100hPaの間で急に振幅を増しているが、その理由は不明。

(3)極渦の規模は小さかったが、渦内部での化学反応は例年と比べてそれほど大きな差があったわけではなく、オゾンホールの減少はもっぱら輸送の効果に由来するものだった。

(4)このような規模の極渦崩壊が南極でどのくらいの頻度でおこるのかは、不明。

ひと昔まえにくらべて観測データと数値模型が飛躍的に向上しているため、現象の再現という点ではどの講演も一定のレベルに達していた。しかし、肝心な力学的解釈という点では、オゾンホールが発見された18年前、いや松野太郎博士が30年以上前に提出した最初の成層圏突然昇温の理論からもあまり進歩していないように思われる。とくに、大規模な山岳などがなく、対流圏からの強制メカニズムが一般的に弱いと考えられている南極で極渦崩壊が起こったということが、既存の理論の枠から一歩踏み出す必要を感じさせる。これを契機に、共鳴理論などもふくめ、忘却の彼方にあった成層圏力学の理論研究を復活させることが急務かもしれぬ。

ワークショップのあと、数人のゲストとともにPeter Haynesのお宅に招かれ、晩ご飯をごちそうになった。

8/28/2003 一年後のケンブリッジ

長女の旅行カバンを借りて、とりあえず必要なものだけをつめ、空港へむかう。家の近くのバスターミナルからバスに乗るのだが、ひょいと見ると中にはり紙がしてあって、この路線は9月14日をもって運行を終了します、とある。ギョえ。家から空港へは車で1時間はかかり、シカゴのダウンタウン経由で電車を乗り継いでいこうものなら2時間はかかる。同じ1時間でも自分で運転せずにすむバスの存在は大きかった、というか、11年前に住処を決める時にも、空港への足は結構大事な条件のひとつだっただけに、これはかなりうっとおしい。今後は家から30分近く離れたバスターミナルまでいちいち家内に送ってもらわなければならない。ぶつぶつ…。

ここ一両日どたばたして睡眠が足りなかったためか、約7時間のフライトの間はほとんど曝睡。ロンドン到着の直前のスナック時にかろうじて目がさめ、お腹を満たす。お陰で完全にすっきりした。日頃から昼夜逆転しているから時差ボケは出ないであろうと家族に言われていたが、イギリスはシカゴより6時間進んでいるわけだから、時差ボケが悪くなる事はあっても良くなる事はあるまいと内心思っていた。が、実際、時差ボケはシカゴに戻るまで全然出ずじまいだった。ヒースロー空港からロンドン市内のパディントン駅までヒースロー・エキスプレスで乗り付け、キングス・クロス駅まで地下鉄のサークル・ラインで乗り継ぐという勝手知ったる手順のはずが、途中で地下鉄がエンコして動かなくなった。ロンドンではよくある事なので慌てず、ベーカー・ストリートからオックスフォード・サーカス経由と別の路線を乗り継いでキングス・クロスへ。大きな電光掲示板のあるコンコースも、W.H.Smithの店も、有料のトイレも、1年前と全く変わっていない。懐かしいというより、すんなりまたイギリスの生活に逆もどりしたような感覚である。Kings Lynn行きの電車の車窓から見える景色は、夏の終わりで茶褐色となった牧草地が中心。太陽ものぞいて、快適だ。1時間弱でケンブリッジに到着。

駅からArundel House Hotelまで乗ったタクシーの運転手が、小生と娘二人のことを覚えていたのには仰天した。市内のバスターミナル前からニューナムの小学校まで、よくタクシーで送っていったから、何度か同じ運転手さんのタクシーにも乗ったのだとは思う。それにしても。ホテルには正午についたが、すでに部屋が用意されていたのですぐチェックイン。荷物を解いて、調度の確認。イギリスらしく、紅茶とビスケットのセットが容易されているのは気がきいている。しかし、シカゴから持ってきたコンセントのアダプターが内側で接触不良をおこしているらしく、ラップトップのパワーコードの差し込み具合によって電気がつながったり、つながらなかったりする。プラグの下にサイフをはさんで上に持ち上げた状態にするとうまくつながる。なんか車の給油を思い出すなあ。

すぐケム川をわたり、Jesus Greenを横切って街の中心部まで歩いて行き、Don Pasqualeの二階でエクスプレスランチを食べる。ここはかつてよく論文を持って時間つぶしにやってきたところ。階下のマーケットを見下ろしながら、サラダと定番のプリンを食べる。家内に頼まれていた品物をいくつか購入したあと、キングス・コレッジ裏の橋を歩いてケム川をわたり、キャンパスの東側にあるCentre for Mathematical Sciencesに出向く。去年7月末にディラック生誕100年記念シンポジウムがここで開かれたのは耳に新しい。今回の重要な用件のひとつは、流体力学実験室の設立にあたり、ノウハウを伝授してもらうことである。あらかじめアポイントメントをとってあったG.K. Batchelor実験室のディレクターであるStuart Dalziel氏に案内してもらい、地下にある広大な彼の実験設備を見せてもらった。デジタル計量のポイントは光量とカメラの分解能である、ということをたたきこまれた。一方で、Stuartはレーザーはコストパフォーマンスが悪いので使わない主義のようである。確かにレーザーの光量には太刀打ちできないものがあるが、レーザーにつぎこむ金額を実験の他の設備に投資したほうが割が合うということらしい。このほか水槽の設計や、流体の可視化法について貴重な資料と助言をいただいた。CMSを離れる前に、ホールでPeter HaynesとGavin Eslerに会った。Peterは小生がイギリスにサバティカルで来ていたときのホストである。今回の訪問については事前に連絡していなかったので、ふたりとも驚いていた。Michael McIntyreとも短く面談した。

夜は、滞ケンブリッジ時代、中村家御用達だったYippee Noodlesに行き、これまた定番のかたやきそばを食べる。帰り際、当時小生たちが住んでいたフラットにも寄ってみたが、親切だったランドレディーは留守のようであった。

8/26/2003 車の修理

ずっと気になっていた車の故障箇所を、ようやく今日修理した。故障箇所といっても足まわりではなく、給油口のふたというかカバーである。本来、給油口の覆いは、運転席の下にあるレバーをひっぱって遠隔操作で開けるようになっていたのに、しばらく前からレバーをいくら引っ張っても開かなくなってしまっていたのだ。さいわい、レバーを引っ張ると内側のラッチはリリースされるらしく、誰かにレバーを引っ張っておいてもらって、カギ先をこじ入れれば開けることはできた。しかし、これだと給油をするのも二人がかりでとても億劫である。最近では、レバーの下にサイフを挟み込んで持ち上げた状態にしておいて、一人でも何とか開けられる術を習得したのだが、サイフの中身が寂しい時にはうまく行かず、ガソリンスタンドで立ち往生ということがしばしばあったのだ。それが、今日ついにディーラーに行ってみてもらったところ、ふたの内側のばねがなくなっているのが問題とわかり、パーツ代2ドル80セントで見事に修復。これで給油が断然楽になった。

まあ、ほんとのことをいうと、このバンはあちこちガタが来てはいるのだ。テールライトが一個とんでいたり、後部ワイパーもほとんどさび落ちているし、ヘッドライトの一個はネジを紛失してしまったため、ガムテープで本体に留めてある。内装も子供達が思いっきりよごしているため、どすぐろい。先日日本から来た母がドアをあけるなり眉をしかめて、「これ、座っても大丈夫?洋服にしみがつきそうだねえ」。しかし、さすがトヨタ、足まわりはしっかりしており、サスペンションやブレーキ、タイヤ、スターターなどを取り替えたので、まだまだ元気だ。モデルは91年型のプレビアで走行距離は12万7000マイル(約20万キロ)。中古で10年前に購入した当時からも8万マイルは走っている。家内はそろそろ買い替えようというのだが、調子よく動いているものをおいそれと手放すのももったいないし、下取りに出してもどうせ二足三文にしかならないだろうから、もうしばらくは乗り続ける予定。

8/25/2003 夏休みの宿題

きょうはもっぱら、流体力学実験室の設置をめぐり、同僚と調整。レーザー流速計を導入することについての是非をめぐり、意見をかわす。結局は、お金が足りるかどうかという点に集約されるようだが。そういやあ、すっかり忘れておったが、9月15日締切りのグラント・プロポーザルもいい加減書き始めないと。小生も某所で言われているような、「夏休みの宿題を8月29日に始めるタイプの人間」の仲間なので、いつものこととはいえ、これから出張などがあることも考えると、また時間ぎりぎりになることはほぼ間違いない。

昼間はギンギンに暑くても、夜になると涼しくなって、ガレージの中でコオロギが鳴いている。秋は着実に近づいているようだ。

8/22/2003 Joachim Neander (1650-1680) German principal and hymn writer

Praise to the Lord, the Almighty, the King of creation!
O my soul, praise Him, for He is thy health and salvation!
All ye who hear, now to His temple draw near;
Praise Him in glad adoration.

Praise to the Lord, Who over all things so wondrously reigneth,
Shelters thee under His wings, yea, so gently sustaineth!
Hast thou not seen how thy desires ever have been
Granted in what He ordaineth?

Praise to the Lord, Who hath fearfully, wondrously, made thee;
Health hath vouchsafed and, when heedlessly falling, hath stayed thee.
What need or grief ever hath failed of relief?
Wings of His mercy did shade thee.

Praise to the Lord, O let all that is in me adore Him!
All that hath life and breath, come now with praises before Him.
Let the Amen sound from His people again,
Gladly for aye we adore Him.

作者のネアンダーは、ジュッセルドルフで小学校の校長をしている時、よく近くのジュッセル河のほとりに散歩しに行き、ここで詩を書いたといわれる。19世紀にはこの一帯に彼の名前を冠して、ネアンダー渓谷と呼ばれるようになった。そのため、1856年にここで発見された化石人類はネアンデルタール人と命名された。数多い賛美歌の作者の中でも、化石に名前を残しているのはネアンダーひとりである。

8/21/2003 火星の砂に炭酸塩

思い出したように気温が上がって、湿度も高く、いよいよ二階の寝室では寝苦しくて寝ていられない。また、例年通り、8月21日は小生にとってのアレルギー・シーズンの幕開けであって、鼻もむずかゆくなってきた。残暑がつづくこれからの1ヶ月間が、体力的にしんどい時期である。

最新のサイエンス誌に出たBandfield et al.の論文によると、火星の表面を覆う砂埃のなかに、炭酸塩鉱物が含まれることが、火星の周回軌道上にある人工衛星に搭載した分光計による解析から明らかになったらしい。しかしその分量は火星の表面全体にわたりごく微量であって、大気中の主成分である二酸化炭素と地表面の直接の化学平衡で説明できる程度だという。火星の地殻にどれくらい炭酸塩鉱物が含まれているかということがなぜ重要かというと、それが過去に火星に海があったかどうかの裏づけになるからである。前にも紹介したように、火星の表面には、かつて水が流れていたことをほうふつとさせる地形がいっぱいある。かつて火星に長期間にわたり海が存在したとすると、海水に炭酸ガスが大量に溶け込み、海底で炭酸塩鉱物を多量に含む堆積岩を生成したはずである。今回の解析結果では、そのような事実を示唆するような高濃度の炭酸塩は発見されなかった。(むしろ、衛星からの分光計で炭酸塩を探知できたということの方が意義は大きい。)

これですぐに火星に海がなかったと結論するのは早計であろうが、重要な拘束条件が得られたことは間違いない。来年に予定されている、ローバーによる直接岩石採取の結果が待たれるところである。

8/20/2003 オゾンホール

おお、よく寝た、とソファーから起き上がって時計を見ると、もう夕方の5時20分だ。夏の日ざしがかなり傾いて、晩めしのいいにおいがしている。というか、小生にとっては朝飯になるわけだが。台所に入っていくと、家内や子供達が、「あ、お父さん、やっと起きたの。いつ見ても寝てるんだから」。むう、失礼な。それをいうなら、君たちだって、小生が見るといつも寝ているぞ。って、小生が起きているのは夜中だからあたりまえか。どうも分が悪い。

今年は南極上空のオゾンホールの出現が早いようだ。去年は、極うず内の気温が高く8月のうちから変形をくり返し、9月には南極の成層圏では前代未聞の大昇温が起きて、オゾンホールの大きさは例年の10分の1ほどに減少した。(オゾンを破壊する光化学反応はエアロゾル氷晶の表面でおこり、気温が高いと氷晶が生成されないため、オゾンホールもできにくい。)それに比べると、今年は例年なみのオゾンホールになりそうである。オゾンホールの起きるしくみは、前述のようにすでに解明されている。触媒となるハロゲン原子をもたらすCFC(フロン)が製造禁止となって10年以上たち、NASAの発表によると南極のオゾン層は長期的には回復傾向にあるらしい。

解明されていないのは、春先の成層圏の気温の年々変動の原因である。化学反応の度合いが気温に大きく左右されるため、フロンが減少していても、気温が例年になく低いと、まだ巨大なオゾンホールが出現する可能性がある。気温の年々変動の力学的原因については、今月末の英国ケンブリッジでのワークショップで話し合われる予定になっている。これに関しては小生は理論を持っているのだが、もうすこしデータとてらし合わせて煮詰めないと、真偽のほどはなんとも言えない。

8/19/2003 コンピュータ・ウィルス第二弾(Sobig)

方針を変更して最近のメールから読んでいくことにして(こうするとまだ読んでいない約100通のメールを読むのがますます遅くなってしまうのだが)メールボックスを開けてみると、何だか、昨日から今日にかけてやけにメールが多いぞ。12通もある。しかも、知らない人からばかりだ。片っ端から開けてみて、驚いたことには、全部ウィルス・メールだったのであ〜る。なぜウィルス・メールかわかったかというと、学科のネットワーク・サーバーが探知して、ウィルスに感染している添付ファイルを自動的に削除し、メールの最後に「これこれのファイルがしかじかのウィルスに感染していたので削除しました」というメッセージを添えてくるからである。それによると、感染していたのはすべて、Win32/Sobig.fというウィルスで、これにやられたコンピュータに入っているメールアドレス全てにウィルス・メールを送りつけるという、よくあるタイプである。よくあるタイプであるが、こんなにまとまって頂戴したのは初めてだ。あきらかに、キャンパスにあるかなりの数のPCがやられたに違いない。小生が使っているのはMacなので、ウィルス感染の心配はないとはいえ、あまりいい気分ではない。

それにしても、これらのメールのヘッダーは巧妙で、

Your details       (詳細について)
Re: Details
Re: Re: My details
Thank you!       (ありがとうございました)
Re: Thank you!
Re: Approved      (認可されました)
Re: Your application    (お客様の応募について)
Re: Wicked screensaver   (すごいスクリーン・セイバー)
Re: That movie       (あの映画)

などなど、いったい何のこっちゃ、と思わず開けてみたくなるようなネーミングだ。ウィンドウズ御利用のみなさん、御注意を。

8/18/2003 ひきつぎなど

同僚のRay Pierrehumbertが明日からSabbaticalで1年パリに行ってしまう。なんでもシカゴ大学パリ校で応用数学を教えるのだそうだ。学生は現地応募なのかと思いきやシカゴから連れていくらしい。てめえの大学の学生に数学を教えるのにわざわざパリまで行くというのも妙な話だが、長い数学の歴史を誇るフランスのこと、そういう異文化教育も意味があるのかもしれない。ほいでもって小生は彼が通常教えている学部の気候力学講座を次の冬学期に担当することになっているので、きょうはカリキュラムなどの引き継ぎのため、オフィスに出勤。春学期に教えていた基礎大気科学講座は英語による説明90パーセント、数式10パーセントという感じだったが、今度の気候力学講座は英語20パーセント、数式80パーセントくらいの比率かな。しかも、20パーセントの英語の半分はPython(スクリプト言語)だったりするから、ほとんど物理数学に近い。

昼にカフェテリアでコーヒーを注文している時、久しぶりに天体物理学のベテランY教授に出会った。同じクリスチャンの教授として学生主催のイベントに一緒に参加したこともある。火星や天気の話題でおおいに盛り上がった。あと一週間強で火星が6万年ぶりに地球に大接近する。これはもちろん火星の軌道が楕円を描いているからなのだが、このことは17世紀にいたるまで知られていなかった。知られていたのは、火星の明るさが周期的に変化するという観測事実だけ。そこから楕円軌道則を提案したケプラーの洞察もすごいが、それがついに天動説を覆すことになり、ニュートンの万有引力の発見につながっていったことを思うと、火星大接近はマスコミが騒いでいる以上に、近代科学の歴史との関連においてとんでもなく重要なイベントなのである。

夏休みでEメールの返事が来ないとか文句を言っていたら、突然続々と返事が戻ってきたようだ。来たようだ、というのはまだ読んでいない100通近くのメールがあって、そっちを処理するのに奔走しているので詳しく見ている暇がないのだ。このままではメールを見るまえに出張で本人たちに会ってしまうかもしれない。

8/15/2003 一次量保存スキーム

夏の間も元気に続けられている気候力学のグループ・ミーティングに久しぶりに参加した。数値モデルの差分スキームについて話しあうというので、何か新しいことを学べるのかなと思ってわざわざでかけたのだが、とんだ期待外れ。グループの一人が、簡略化した海洋モデルの差分移流スキームがトレーサーの積分量を保存しないと言い出し、みんなでスクリーンに大映しにされたコードとにらめっこという、単なるデバッグ大会に発展しておしまい。これは全く初歩的な話で、流速とトレーサー量が同じ格子点で評価されていれば、各格子点でフラックスを計算することができ、差分化されたトレーサー方程式をフラックス形式で評価できる。この式を領域全体にわたって積分すれば、フラックス収束項は(ガウス定理により)バサバサキャンセルして、境界でのフラックスのみに帰着する。したがって、境界フラックスがゼロ(たとえば法線流速ゼロ)でさえあれば、トレーサーの積分量は自動的に保存されるはずなのである。

結局問題は、トレーサーと流速が同じ格子点で評価されていず、流速をトレーサー格子に内挿するという不必要なステップを踏んでいたために、差分化されたトレーサー方程式がフラックス形式になっていませんでした、というもの。大気海洋結合モデルのモジュラー化だの、次世代の大循環モデルだのと高尚なことをやってるわりには、ごく初歩的なことが訓練されていなかったりするところが、グループ研究の落とし穴とも言える。トレーサーの積分値のような一次量の保存はフラックス形式であっさり片付くが、トレーサーの分散とかエネルギー積分値など、各種の二次量を同時に保存するスキームとなると話はもっとずっと厄介だ。しかし、これにしてもUCLAの荒川先生による先駆的な研究がすでに60年代になされていたことを思えば、なにも今さらという感じではある。現在、うちの分野での離散スキーム研究の先端は、有限要素法の基底関数を改良してトレーサー分布の局所的な保存性を向上するとか、そういったことである。そこらへんの議論に期待したい。

8/14/2003 竜巻博士のレガシー

←これが問題のズッキーニである。節操がないというか、割り当ての地所をどんどんはみだして、のびたい放題に青春を謳歌している。そのくせ割り箸のような実を2、3本つけているだけで、野菜としての機能をほとんど果たしていない。限りなく巨大雑草に近いひと株。手前で実をつけているトマトは貧相に見えるが、これだって決して小さくはないのである。

さてこのほど、アメリカのWeather Channelが小生のかつての同僚で大先輩にあたる故藤田哲也先生の半生についてのビデオを制作し、これが各種の賞を受賞しているらしい。藤田先生といえば竜巻の権威であり、アメリカでは気象学会を始め、航空業界、保険業界、消防署員から一般の農民にいたるまで、広く名が知られている。

徹底した観測主義で、そのスタイルは理論屋にはなかなか受け入れられなかったと聞くが、分野と社会への貢献という点では極めて影響力の強い科学者であった。ビデオの長さは25分、QuickTime Streaming 版はUCLAのRoger Wakimoto教授このサイトで見ることができる。(147メガというサイズのため、ブロードバンドが必要。)爆心地に近い墓地で竹製の植木鉢がふっとばされたパターンから、長崎原爆の炸裂高度を計算したエピソードなど、とても興味深い。

しかし、それより胸を打つのは、藤田氏の同僚や教え子のコメントから、いかに彼が周囲にポジティブな影響を与えたかということが実感されることである。大学教授たるもの、こうありたいなあと思わされるビデオであった。

8/13/2003 Montezuma's Revenge

環境省が最近発表したところによると、都市部のヒートアイランド現象で東京都心の一日の最低気温は過去100年の間に3.7度も上昇したのだそうだ。昔は熱帯夜などというものはほとんどなかったらしい。まあ、1930年代には都内の緑地面積は今の約2倍あり、舗装率は現在の10分の1だったというから、これくらいはっきりとした数値が出てもふしぎではない。この気温上昇は、温室効果ガスによる地球規模の温暖化に比べて、数倍以上速い。気象学者で作っているメーリングリストも毎年この時期になると、いかに夏を涼しく乗り切るか、という話題で賑やかになる。そこで拾った情報によると、今月16日と25日に「大江戸打ち水大作戦」なる大それた社会実験が企画されているのだそうだ。当日は晴れて暑くなるといいですね。しかし、Clausius-Clapeyron の法則、こんなところにも働いているとは、ニクイやつである。

さて、8月13日。ちょうど482年前の今日、アステカ帝国が滅亡したという、メキシコ人なら誰でも知っている記念日である。征服者であるスペインのコルテス将軍を迎え撃ったのが当時の皇帝モクテスマ(Montezuma)2世。もっとも、モクテスマは当初コルテスには畏敬の念を抱いていて、いけにえの祭を行おうとしたアステカ人とこれに驚いたスペイン人の間の仲介に入ろうとして自国民の投石によって死亡したという説もある。また、アステカ人の多くがスペイン人の持ち込んだ天然痘によって死亡したらしい。

メキシコに旅行するときは水道水は飲まないのが鉄則となっている。ある種のバクテリアが下痢や発熱などの症状を引き起こすからだ。多くの場合旅行中、時には帰国後に発症する。現地のメキシコ人はこの症状をおこさないので、「Montezuma's Revenge(モクテスマの復讐)」と呼ばれている。奇しくも18年前のこの週、メキシコのコズメルにスキューバ・ダイビングに行っていた小生は、あっさりMontezuma's Revengeの餌食となり、青息吐息で海に潜っていたのでありました。

8/12/2003 天候不順

蚊の集中攻撃を受けた右足はあいかわらず痒い。皮が厚いせいか掻いてもあまり効果がなく、むしろ全体的に赤く腫れて熱をもったような感じになってしまった。靴をはこうとすると右足だけ入りにくいので、違いがわかる。コーチゾン軟膏をぬってやや落ち着いたが。

7月のはじめに夏らしい暑い日が少し続いたあと、ずっと涼しくなってしまっている。もう立秋もすぎたし、8月の末には子供達の新学期も始まるので、今年は短い夏になりそうだ。涼しさのせいか庭のズッキーニがどんどん大きくなっている。というか、大きくなっているのは葉っぱと茎ばかり。花もいくつかつけてはいるのだが、肝心の実の方は貧弱なのがひょろひょろと2、3本あるだけで、茎の方が実より太いという状況だ。こういう本来あるべき姿から逸脱した形というのは、実質的な価値うんぬんより、まず見た目にうるわしくない。胴体より太い太ももをした力士を彷佛とさせる。しかも、こういうのほど生命力が強いから手におえない。飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続け、となりでちゃんと実をつけているトマトにほとんど覆いかぶさっているではないか。お化けズッキーニ、おそるべし。

さて、月末の出張や秋学期の準備などで各方面にEメールを送っているのだが、どうもみんな夏休みでるすと見えて、全然返事が戻ってこない。どうもうちの業界で人に物を頼もうと思ったら、夏は避けた方がいいようだ。みんなどこかへいなくなっているか、学期中の遅れをとりもどすためにこもって研究しているので、メールに詳細な返事を書くことなどはプライオリティーが低いからである。このほか、秋から春にかけても物が頼みにくい時期である。大多数が講義の準備や教授会の議事録、子供のおむつ替えなどで、多忙を極める生活を送っているので、メールに詳細な返事を書くことなどはプライオリティーが低いからだ。てなわけで、あいかわらず学生からもらったメールに2ヶ月遅れで返事を書いている小生であった。

8/11/2003 まいた種

夜間仕事の合間に台所に行くと、タコ焼大のシュークリームがずらっと並んでいる。家内が冷凍のやつを大量に買ってきて解凍中なのであった。しめしめ、と、ひとつつまんで頬張るとこれがなかなかうまく、つい次のにも手がのびてしまい、結局7-8個くらい平らげてしまった。台所には他にもうまいものがどっさりあるのだが、やはり目の前にあるものの誘惑には勝てないということか。

さて、朝起きてみると何となく右足の足先がむずがゆい。昼ごろまでにかゆみが強くなってきたのでよく見てみると、やや、ものすごいいきおいで蚊にさされているぞ。足の指一本一本にそれぞれ一ケ所食われた形跡があり、親指に至っては3ケ所もさされている。その他、足の甲の内側と足首と、都合9ケ所も赤く膨れ上がっているではないか。しかも、全部右足で、左足やそのほかの場所は全然さされていない。夕べはこんなことはなかったから、あきらかに、短パンTシャツで1階の長椅子で寝ているすきに、どこからか侵入した蚊にしてやられたに違いない。しかし、この食い方、小生のシュークリーム食いに通ずるものがあるなあ。他の食い処には目もくれず、右足のわずか10数センチ近傍でこころゆくまで独り宴会を楽しむとは。それともこれって、何かを学べってことですかね。夕べまいた種は今朝つみとることになる、とか。

KH不安定の計算結果の診断は良好で、これで非対称混合論文の3章が書けることになった。右足をぽりぽりかきながらさっそく執筆にかかる。

8/7/2003 ユージーンは友人?

友人が新聞の切り抜きをくれて曰く、「ここに出ている、こんど稲盛財団の京都賞を受賞することになったEugene Parkerというのは知り合いかい?」。いやいや、個人的に知っているわけじゃないですけどね。シカゴ大学の物理学科の名誉教授で、たまたま小生と同じ村に住んでいるということぐらいしかつながりはない。彼の第一の業績は50年代、まだ観測による直接の証拠がない時代に太陽風の存在を予想したことであり、当初は彼の理論を信じる人は誰もいず、大変な逆風だったらしい。それが、観測が理論を実証するに及ぶや突如追い風に逆転したというから、世の中分からないものである。根性なしの小生にはとてもまねができない。

さて、きょうは久しぶりにオフィスに出かけた。というのも、大学の人事部で確定拠出年金(401k)の個別レビューをするので出てこい、ということだったのだ。お金のことはあまり強くない小生は、11年前に就職した時適当に年金口座の割り振りを設定して以来すっかり放っておいたのだが、老後が近づくとともに目標設定を調整するものらしいので、アドバイスを受けに行く。とはいえ、何も知らずにまともな質問すらできないのではみっともないので、「Personal Finance for Dummies (馬鹿でもわかる資産管理法)」という本を一夜漬けで勉強して出かけていく。おかげで、少なくとも受けた説明はとてもよく意味がわかり、ためになった。

さて、学期が始まってしまう前に重い腰を上げて大学の個人ホームページを更新しないといかん。写真は8年前の物だし、最近の著作といって1993年の論文がリストされているようでは、やや旧聞に過ぎる。

8/5/2003   

デバッグを完了し、ようやく並列化されたKH不安定のコードがまともな結果をはじき出した。この結果自体はすでに70年代にいろんな人が計算しており、小生自身も大学院生の時に授業のレポートでやったことなので、何ら目新しいことではない。しかし、わかっている答えを再現できることは新しい数値模型のテストの原則なので、まずはこれでモデルの並列化の基礎編を終了ということになろう。ちなみに上の絵はKH不安定波によるエントロピーの混合を表現しており、領域の格子数は256x128。流れとエントロピーを同時に計算してこの段階に至るまで(初期条件にもよるが)2プロセッサのMacで約1分半、シングルプロセッサだと約その倍かかる。ひと昔前のワークステーションに比べると10倍以上の速さだ。コンピュータの値段は10分の1以下になっていることを考えると、コストパフォーマンスは数年で100倍以上向上していることになる。

で、得られる知識の量もそれに比例して増えていればいいのだが、残念ながら現実はそう甘くはない。たしかに、安価に数値実験がくり返せるようになった(あるいは高分解能の実験が可能になった)ことで、理解のは深くなるかもしれない。コンピューターが稀少価値を持っていた時代には、数値実験ひとつ走らせてこういう結果になりましたという中身でも論文が書けたが、それはもはや通用しない。ある程度パラメータ空間を掻爬して結果の物理量への依存性を調べ、そこから一般性を類推するというようなことをしなければ、数値実験の論文としては体裁をなさなくなっているのである。では、実験を走らせれば走らせるほどものがわかるようになるかというと、これまた残念ながらそうでもない。たいていの場合、実験の数を増やす程、統一的な解釈に苦しむような結果がわんさか出てきて、実験したことそのものを悔やむような事態になるのである。実験しなければ、都合の悪い結果を見る心配もないが、実験して都合の悪い結果が出てきてしまった以上、見て見ぬふりをするわけには行かないからだ。その結果、やはり論文にするのはよそう、ということになり、必ずしも計算力の向上が目に見える科学的結実につながらない、ということはある。これはそう悪いことではないと小生は思う。このようなプロセスを経てジャンク論文はもっと淘汰されるべきだ。

ちなみに(2次元の)KH不安定で永年未解決の問題は不安定条件の非線形領域への拡張である。HowardとMilesによる1961年の論文(リチャードソン数1/4以下)は線形(無限小振幅)の正弦波を仮定しており、一般の有限振幅波に関する安定性はまだ完成していない。問題の中心点、KH不安定の場合(順圧不安定と異なり)力学が渦度と重力の双方の影響を受けることであり、これが話を難しくしている。この問題への突破口はしかし、数値実験ではなく、紙とエンピツによる創造的な理論から到達されるべきであろう。

8/4/2003 ネットワーク・セキュリティー

去年の今日、イギリスからアメリカに帰ってきたことを思うと、1年は早かったなあと感慨深い。娘達は未だにイギリス時代に作った友だちと連絡を取り合っているし、滞英時の体験は小生の生活の上にも公私にわたって大きなインパクトを与えており、今月の末に再び訪れるのが楽しみだ。

さて、数週間前にマイクロソフト社がWindowsのリモート・プロシージャー・コール(RPC)に重大なセキュリティー上の欠陥があると発表したのは耳に新しいが、今日大学のネットワークサービスから報告があり、キャンパスにある約4500台のWindowsマシンのうち100台以上がこの欠陥を利用して不正侵入を受け、そのうち3台が他所のサーバーを使用不能にする攻撃拠点として利用されたので、被害の拡大を防ぐため大学のいくつかのネットワークを閉じざるを得なくなったという。小生が使っているMacは関係ないだろうと思っていたら、大学の一定の部門に送られるはずのEメールが届きにくくなったり、あながち実害ゼロとも言えないようである。Windowsのユーザで修正プログラムをインストールしていない人は早めに実行したほうがよさそうである。しかし、思うのだが、これってマイクロソフトやマスコミが公表したことで、かえって愉快犯を招く結果になったのではなかろうか。かといって公表しないわけにもいかないだろうし、頭の痛いところではあるが。

東大の仁田貝香門氏が科研費を用いたカラ出張のかどで副学長職を辞任したというニュースは、学部時代に仁田貝氏の社会学を聴講した者として、まことに残念だ。もちろん、出張旅費の半分以上をカラ出張費として受け取るなどということがいいわけはない。しかし、これがひとごととは思えない点は、研究室の経理については教授に裁量権がゆだねられているので、見えないところで「ずる」をすることの誘惑は常にあるのが現実だからである。何百万という金額ではなくても、たとえば、実際には出張の朝に寝坊をして、飛行機に乗り遅れそうになったため朝も昼も食べ損なったにもかかわらず、旅費の払い戻しの時にはちゃっかり食費の日当全額を請求したりとか、オフィスの備品を家に持ち帰ったりとか。アカデミアが自由を奪われないためにも、果たすべき責任は小さいところまできちんと果たさないと。

いっぽう、不正のいいわけには絶対ならないけれど、研究者の側から資金提供機関への注文もある。研究とは流動的なもので、3年もたてば当初の計画から軌道修正せざるをえないことが多い。その時、最初の予算計画を修正する余地を与えてほしい。たとえば、サポートしていた学生が試験に落第して研究室を去ることになったとしよう。すぐかわりの学生が見つからなければ学生のサポート費用は浮いてしまう。この場合、学生のサポート費用を当初予定になかった国際会議に出席する費用に流用できれば、研究の上でも学生さがしの上でも有益であろうが、もし予算の用途にそのような変更が許されなかったとしたら、お手上げである。つじつまをあわせるために、能力のない学生を雇うかあるいは「カラ学生」を作りあげる誘惑はにわかに高くなる。いずれにせよ、国民の税金の有効な使用法とはいえない。資金を提供する側も、罰則を強化するだけでなく、研究者のニーズに対応することで不正の芽を摘み取って行ってもらいたい。

7月の日記へ

(c) 中村昇  2003