ホームぼぼるパパの部屋>Idle Musing 2003年4月

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ぼぼるパパの研究日誌 Idle Musing

4/30/2003 Horatio G. Sppaford (1828-1888) businessman, social worker

When peace, like a river, attendeth my way,
When sorrows like sea billows roll;
Whatever my lot, Thou has taught me to say,
It is well, it is well, with my soul.

It is well, with my soul,
It is well, with my soul,
It is well, it is well, with my soul.

Though Satan should buffet, though trials should come,
Let this blest assurance control,
That Christ has regarded my helpless estate,
And hath shed His own blood for my soul.

My sin, oh, the bliss of this glorious thought!
My sin, not in part but the whole,
Is nailed to the cross, and I bear it no more,
Praise the Lord, praise the Lord, O my soul!

For me, be it Christ, be it Christ hence to live:
If Jordan above me shall roll,
No pang shall be mine, for in death as in life
Thou wilt whisper Thy peace to my soul.

But, Lord, 'tis for Thee, for Thy coming we wait,
The sky, not the grave, is our goal;
Oh trump of the angel! Oh voice of the Lord!
Blessed hope, blessed rest of my soul!

And Lord, haste the day when my faith shall be sight,
The clouds be rolled back as a scroll;
The trump shall resound, and the Lord shall descend,
Even so, it is well with my soul.

シカゴの裕福なビジネスマンだったスパフォードは1871年の大火事ですべての財産を失う。このとき共に焼け出された市民を助ける働きをしたことがきっかけで、エルサレムの恵まれない人たちへの奉仕に導かれる。エルサレムにむかうにあたり、妻子を先に船に乗せてニューヨーク港から送りだしたスパフォードだったが、この船が海難事故で沈没、「われひとり救わる」の電報を放った妻以外、4人の娘を失う。のちに自ら大西洋を欧州にむけて航海中、娘達が命を落とした事故現場にさしかかったときに彼が書きとめたのが、この賛美歌。

今晩のような嵐の吹き荒れる夜に聴くと、ひとしお心にしみわたる。

4/29/2003 コンパイラーのバグ

一日家にこもって物書きをしてすごす。試験問題、宿題、プロポーザルなどを処理し、なんとか締め切りに間に合わせるメドがついた。昼には家内と息子を伴って、駅前におとといオープンした日本食の飯屋を偵察に行ってくる。注文をつけたいことは言い出せばきりがないが、オーナーやシェフが日本人でないことを考えれば及第点で、値段も手ごろだし、また来ようという気にさせられた。しかし、イリノイ州のこんな田舎の駅前に「お食事処」の赤ちょうちんがかかる来る日が来ようとは、夢にも思わなかったな。

マルチプロセッサーMacで計算を2つのCPUに振り分けた場合、たしかにスピードアップするのだが、シングルプロセッサーで計算したのと違う答えが出てくるので頭をひねっていたら、どうもAbsoftのMac OS X 版のコンパイラに不具合があるらしい。振り分けを担当するのはOpenMPというコードセットの一部なのだが、その道の専門家に試してもらってみたところ、Classicのコンパイラでコンパイルするとちゃんと走るのに、OS X 版では答えが変わってしまうという。原因は不明だが、彼が調査に乗り出してくれるそうなので、こちらはひとまず別の問題に取り組むことにする。

4/28/2003 バルカン砂丘の形状

週が明けても締め切りの山はまだまだ続く。今日は二回目の宿題の答案を回収して、採点はTAにまわしたものの、模範解答がまだできていない。あさってには第三回の宿題を出題することになっているが、まだそれも作っていない。それどころか、あしたまでに博士過程進級試験用の問題を二題提出しなきゃいけなかったのを、すっかり忘れていたぞ。あっ、それと月末にはもうひとつプロポーザルの締め切りがあるんだった。と思いつつカレンダーを見て、月末というのが実はあさっての別名であることに気がつき、仰天する。まだまだと思っていたのに、週末をひとつ越えると日付けが三日も進むのというのが、計算違いだった。なんかこう、仕事のやり方が、ちぎっては投げというか、全然考えてる暇がないな。四十代前半とはこんなものなのだろうか。でも、忙しくしている理由があるということ自体、感謝すべきことなのかもしれない。

午後は久しぶりに気候学輪読会に顔をだし、中緯度での海面温度偏差への大気の応答についてKushner et al (2002)の論文を読む。熱帯に比べ、いかにこの問題が難しいかということの認識をあらたにした。線形の定常応答は、海面温度が1度変化したときに500hPa面の高度の変化でわずか20メートルだそうである。これにくらべ、高周波の非定常成分の変化は100メートルの単位であるから、定常応答はほとんどノイズに隠れて見えなくなってしまう。実際、EOFを調べてみると立体構造が順圧になっており、これは非線形の高周波渦フラックスの効果を勘定に入れないとつじつまがあわない。根本的に発想を転換する必要がありそうだ。

ひきつづき三時からはNiels Bohr研究所のKen Andersenによる砂丘の風成パターンに関するセミナー。砂丘にもいろいろなタイプがあるらしい。その中でも、モロッコ半島の海岸などに見られる、孤立した半月型の砂丘(バルカン砂丘)が多数できる状況についての数値模型の解析結果と積分結果の話だった。方法としては、砂丘の上を吹く風の分布を砂丘の形と上流の境界フラックスから導く方程式と、砂そのものの輸送方程式を連立して解くという手順で、粒子レベルの物理はすべてパラメータ化し、形の上では流体力学に限り無く近い(方程式の形としてはバーガース方程式に強制項が加わったような感じ)。安定性問題を解いてみると、ちゃんと半月型の砂丘がもっとも不安定(成長率が高い)という結果が出てくるところまではめでたし、めでたし。しかし、発達率は規模の大きい砂丘ほど大きく、したがって数値問題を積分すると、最終的には一番規模の大きい砂丘が数個生き残る(2次元乱流のエネルギーの逆カスケードを彷佛とさせる)。しかし、これは多数の小型の砂丘が群立する観測とは相容れないので、なんらかの形で砂丘を小規模にとどめておくメカニズムが必要である、というところで話はおしまい。周囲の砂丘によって風が乱れるとか、砂丘の縦横比の影響とか、考えられることはいくつかあるが、計算は煩雑になりそうだ。むしろ、水を使っての室内実験などのほうが見通しが立ちやすいかもしれない。

4/25/2003 操作ミスのツケ

ふうう、しんどい一週間であった。昨日と今日がたてつづけにふたつの学内プロポーザルの締め切りで、さんざん睡眠を削ったあげく、どちらもぎりぎりまで文書作成に追われるはめになった。その上、遠近両用眼鏡のお陰で船酔いのような症状が出て、目はまわるわ頭は痛いわで、何を考えているのだか自分でもわからないというありさま。きょう、4時半の提出締めきりの20分前にプロポーザルのコピーをしていた時のこと。10ページの文書を16部コピーしなければいけないのだが、別刷りでこしらえたカラー図面を後から挿入するつもりだったので、コピー機が勝手にページを綴じてしまわないよう、あるボタンを押してからコピーを開始した。しかし、刷り上がった紙の束を見て小生は気が遠くなった。小生が解除したのはページ綴じ機能ではなく、文書をページ順にコピーする機能だったのだ。お陰でできあがったのは10ページの文書16部ではなく、各ページごと16枚の束が10部。のこり時間20分でこれを手作業で順番に並べ替えなければならず、ほとんどお祭りのような騒ぎだった。

1時半のセミナーはミシガン大学のTodd Ehlerによる大気モデルと陸水面過程モデルの結合の話題。ワシントン州のカスケード山脈を例に取り、降水による山肌の侵食と造山活動が長年にもわたって競合した結果、どのような地形ができるかということの検証。カスケード山脈では太平洋側の斜面が内陸側にくらべて急勾配であることが知られている。一般にはこれはプレートの水平運動のスピードが場所によって違うからと解釈されている。しかし、Todd の模型では、プレート運動をどこも一様とし、風の向きを東向きに指定するだけで、百万年の単位で実際に観測されているような地形が出現することがわかった。すなわち、地形の非対称性は風向の(したがって降水の)非対称性に起因するというわけである。話としてはとてもおもしろかったが、検証するのは容易ではなさそうだ。

パルテノン宮殿のイオニア様式コラム
来年のオリンピックにむけ改修工事が着々と進む
スモッグにかすむアテネの街
アクロポリスの壁
ギリシャダンスの夕べ。楽しかった
美しい青と白の民族衣装。

4/23/2003 遠近両用眼鏡の功罪

昨日は、レンズ半額券を持って眼鏡屋に行き、ついに遠近両用眼鏡を作ってもらった。(ついでに家内にも一緒に来てもらい、眼鏡のフレームを選ぶのを手伝ってもらった。)ノーラインという、一体型レンズの眼鏡だが、かけてみるとなんだか妙に使い勝手が悪い。正面を向いて遠くを見ているぶんには特に問題なく、たしかに左目の視力が矯正されているのがわかる。しかし、足下を見ようと視線を下にずらすと、近距離用のレンズを通して見ることになり、たちまちぼやけてしまう。足下をはっきり見るためには、かなり意識して首を下に曲げ、目線が眼鏡の中央部より下にいかないような角度でみなければならないのだ。慣れないのでやたら肩がこるし、足下がよく見えず、階段で2回程けつまずいた。同じことは左右についても言え、右や左のものはきちんと首をそっちにむけてからでないと焦点があわない。高速道路で車線変更をする時、左右の目視確認をするのに、目線だけでなく首ごとそっちにまわさねばならないので、ハンドルを握る手がおろそかになりそうで怖い。半日使っただけで、もういやになってきたな。

きょうは太陽光線についての最後の講義で、プランクの法則を解説した。

デルフィーからアテネへむかう途中の、山あいの村
アテネ。近代オリンピックがここではじまった。来年の開会式もこのスタヂアムだそうだ。
遠くから要塞のように見えるアクロポリスとパルテノン宮殿。
パルテノン宮殿正面。改修工事中

4/21/2003 大陽光線のエネルギー分布

金曜日に書いた潜水艦プロジェクトの記述には嘘があって、あとでよく説明書きを読み返してみたら、水面と水底での滞在時間は3秒以上ということで、3分ではなかったのだ。そこで、週末に長女にいろいろ実験させてみた結果、次のようなデザインでうまく行くことがわかった。約500ミリリットル入りのペットボトルを水で満たし、両側をテープで封印したストローを2本中に入れてふたをする。ストローを使うのは前後で浮力のバランスを良くするため。つぎに太めの輪ゴムを5本用意し、ペットボトルのまわりに1cm程度の間隔でベルト状にかける。そして、内側3本の輪ゴムの下に角砂糖を順番に挟み込む。すなわち、3本の帯の下にぐるりと角砂糖爆弾をかかえこむようなかっこうになる。最後に、画鋲で小さい穴を多数あけた小型の紙コップを2個、外側の2本の輪ゴムにさらに複数の輪ゴムを使ってくくりつける。(コップは両方とも、ペットボトルを寝かせたときに上向きになるように装填する。)こうしておいて、大型(10リットル)の深底カレー鍋に水を張り、実験開始。ペットボトルを水面にそっと置くと、最初は空のコップが水を押し分ける結果、浮力が重力に勝り、「潜水艦」は浮く。しかし、底面や側壁にあけた多数の小孔からコップに水が流れこむにつれ、浮力は失われ、やがて角砂糖の重みでボトルはコップもろとも水の底へ。底で20秒程じっとしているうちに今度は角砂糖が溶け始め、やがて輪ゴムの圧力で完全に砕け落ちる。するとボトル内部のストローによる浮力で、潜水艦はまた浮上する、という案配。思った程苦労することなく実験に成功した。へへ、どんなもんだい。(←と小生が誇ってしまっては元も子もないじゃろうが

金曜日に第一回の中間試験を実施したのだが、その採点結果がTAから帰ってきた。これに先立つ第一回の宿題では、極端に平均以下のグループ、ほぼ平均点のグループ、成績優秀なグループと得点に際立った三極化が見られたので、今回は選択肢問題を導入するなど、よりノーマルな得点分布を目指した出題をした。その結果、平均点は77点で、ほぼこの点数の周辺に得点が集中しているようだ。(若干一名、39点と平均点下げに貢献している学生がいたが。)ところでこの試験で、小生はまたどうも解答不能(というか、正解不定)の問題を出題してしまったようである。問題の問題は、「次の3つの波長域のうち、太陽光線がもっともエネルギーをたくさんはこぶのはどれか。(い)紫外線(ろ)可視光線(は)赤外線」というのだが、よく考えてみると、これは何を基準に考えるかによって答えが変わってしまう。光子1個あたりのエネルギーという基準では、波長の一番短い紫外線だ。しかし、紫外線域の光子密度はごく低いので、エネルギーフラックス密度という基準からは紫外線の運ぶエネルギー総量はたかが知れている(約10パーセント)。もちろん、エネルギーフラックス密度が一番高くなるのは可視光域である。ところが、エネルギーフラックス密度をそれぞれの波長域で波長に関して積分した値、という基準で内訳を考えると、実は赤外線域からの寄与が一番大きくなる(約50パーセント、可視光は40パーセント)。これは、可視光が占める波長域が赤外の波長域よりずっと短いため、一つ一つの波長についてはエネルギーフラックス密度が高くても、積分すると赤外線域からの寄与に及ばないという事態が生じるからである。もうすこし問題の意味をきちんと定義すべきだった、と思ってもあとのまつり。

午後は、Macのふたつのプロセッサに計算ロードを分配させるために流体力学の計算プログラムを書き換えるという、ほとんどサイエンスとはいえない(が、いちおう研究の一部である)仕事に時間を取られる。

デルフィーの神殿あと。ギリシャ神話の太陽の神アポロをまつった場所で、 当時アポロの予言を聞きに世界各地から人々が集まったという。
神殿の礎石にはあちこちに古代ギリシャの文字が彫り込まれている。 意味はよくわからないが、ただの落書きではなさそうだ。
やがてローマ帝国が侵入してきて、ローマ式の屋外劇場をこしらえた。 音響効果は抜群。
デルフィーの丘のてっぺんは広い平地になっている。ここは オリンポス山とならんで古代オリンピック競技会が開かれたところ。

4/18/2003 潜水艦の設計

次女のサイエンスフェアが終わって一息ついたのもつかの間、こんどは長女が学校のサイエンス・プロジェクトで、潜水艦を作らなければならないので手伝ってほしいという。潜水艦といっても、模型とかではなく、次のような機能をもっていることが条件なのだそうだ。すなわち、水槽に入れたあと3分以上水面に浮き、続いて水の中に沈み、水槽の底に3分以上停滞したのち、また水面に戻ってくるというもの。この間、潜水艦に手を触れてはいけないのだそうである。性能に関するいろいろなチェックポイントがあり、それをどれだけ満たすかによって成績がきまるという。なんか、テレビのロボット競争のような主旨だなあ。しかし、これはなかなか一筋縄ではいかないぞ。浮き沈みはともかく、水面や底で3分間停止というのをコントロールするのはどうすればいいのじゃ。とりあえず、浮き沈みをさせるメカニズムから考えることにする。質量または体積を調節する必要があるが、まずは質量調節のアプローチを考えてみよう。たとえば、船体の外側に角砂糖をたくさんはりつけるというのはどうか。角砂糖の重みで底まで沈んだあと、3分ほどで砂糖が溶けて船体が軽くなり、再び上昇してくるというシナリオ。しかし、これだと、最初の3分間どうやって水面に浮かせておくか、別途考えねばならない。うーん。

なんか、ここ2、3週間、自分の研究はほったらかしにして、子供相手のサイエンスに熱中してしまっているなあ。こんなことではいかん。

先週の金曜日から、昼の11時半から1時間、キャンパスの食堂でカイアルファの新しい宣教師を囲んで数人の学生とともに祈祷会を始めた。今日きていたのはナイジェリアからの医学留学生二人。祈りに気合いが入っていてなかなか頼もしい。これからのネットワークつくりとビジョンについて語り、祈った。

フェリーの客室から望む夕日
一夜明けてギリシャはパトラス。コリント湾に橋を建設中だが、 来年のオリンピックまでに間に合うかどうか微妙だという。

波穏やかなコリント湾から雪をいただいたパルナソス山をのぞむ。 デルフィーはこの山の中腹にある。
山の斜面に開けたデルフィーの村。

4/16/2003 辞退の理由

昨日で来年度の大学院合格者の返答が締切られた。例年うちの学科では2月末に10数人に合格通知を出すが、他の大学にも合格してうちを蹴る学生もけっこう多いので、最終的に入学の意志を示す学生は数人である。辞退者には参考資料として、どこの大学に決めたのか訪ねることにしている。たいていは東海岸のIvy League やMIT、ワシントン大学などである。今年も辞退者が結構出たが、そのうちの一人で小生が目をつけていた学生からEmail が来た。入学辞退の理由についての説明である。別に書いてくれとたのんだわけでもないので、ちょっと驚いたが、読んでみてもっと驚いた。なんでも、予定では3年越しでつきあっていた彼女といっしょにシカゴにくるはずだったのが、彼女がイタリアに留学しているうちに心変わりをして、つまるところ、ふられたわけですな。それで、シカゴに来るのは彼女のことを思い出してしまうので、つらくてとてもできないと、まあ煎じ詰めるとそんな話。入学辞退にまつわる身の上話を聞かされたのはこれが初めてだ。それにしても、真意が測りかねる。よっぽどショックで、ほとんどアカの他人である小生にまでグチをこぼしたかったのだろうか。しかたがないので、こちらも正直な感想を書いて返事する。

「君のような優秀な学生を取り損なうのは、とても残念である。しかも、他の大学との競争に負けたというのならふんぎりもつくが、彼女にふられたからというのは、本気ですかと聞きたくなるぞ。心の傷はそのうち癒えるけれど、大学院の選択は一生を左右するのだよ。もう少し時間をあげるからゆっくり考え直してみてはどうかい」

まあ、この程度の手紙で気持ちを変えるくらいなら、最初から身の上話などしてこないだろうから、みこみうすだろうなあ。

今日はひさしぶりにかつてのポスドク、Doug君が里帰りのついでに訪ねてきてくれて、一緒に昼ご飯を食べる。去年の秋(というか、南半球だから春)の南極上空の成層圏突然昇温の解析について、いろいろ解説してくれた。午後からはRay Pierrehumbert のPython Programing に関する講義を聞きに行く。

次女はサイエンスフェアで佳作にはいり、それなりに満足しているもよう。ちょっと肩の荷がおりた。

レモンの木(ソレントで)
ソレロとの再会(ポンペイで)

ポンペイの遺跡(背後はベスビオ火山)
火山灰に埋もれて亡くなった古代人の頭蓋骨と石膏型

かつて馬車の通った石畳と軒をつらねていた商店の数々
古代パン屋の臼
ローマ式浴場

ブリンデシから夜行フェリーに乗ってアドリア海を航行、一路ギリシャへ

4/14/2003 暑い!

予想に反して新聞の最高気温予想は適中し、気温がぐんぐん上がり始めた。今日の最高気温は29.4度!一週間前には零下で雪が降っていたというのに、これだからシカゴの春は短いと言われるわけである。キャンパスではみんなが短パンにTシャツ、通勤電車の中はすでに冷房が効いていて寒かった。この暖かさに誘われてようやくモクレンやレンギョウのつぼみが膨らみ始めている。

講義は圧力の概念について。圧力傾度力を説明するのに、ラッシュアワーに東京の地下鉄のホームで駅員が乗客を電車に押し込むようすを見せたり、大気の圧縮性を説明するのにクッションを積み上げたり、とにかく数式を使わずに何とかクラスの半分を占める非科学系の1年生にもわかるよう、あらゆる手段を講じて説明する。とはいえ、中には数学科の4年生もいたりするから、途中からは微積分をそろそろと導入して、静水圧平衡と理想気体の状態式から気圧の圧力分布を導出する作業などもして、バランスをとる。金曜日に回収した宿題はさっそくTAが採点してきて、24人の平均が75点、最高99点、最低39点と、まあこんなものかなという得点分布だった。こんどの金曜日には第1回の中間試験を実施する。

次女のサイエンスフェアの本番がいよいよ明後日に迫った。週末には発表のパートナーのブリジットのうちに行ってポスターも作ったし、発表の準備も万端ととのった。と思っていたら、おっとどっこい。発表のデモ用に白いカーネーションを赤くするはずだったのに、ここに来て全然赤くならない。この前はうまく行ったのに!あまり早くから始めて、発表当日までに枯れてしまってはまずいと思って今まで待っていたのが裏目に出て、このままでは時間切れでカーネーションが赤くなる前に発表になってしまう。カーネーションの種類の問題か、陽気のせいか。とにかく夕食後あちこち走り回って白いカーネーションを買い足し、花瓶に色水を張って、いくつか条件を変えて花瓶に花をさしておく。やれやれ、アクシデントはつき物だが…。

南イタリア カプリ島
カプリ島庭園の展望台から
カプリ島の時計台
ソレントの海岸線

4/10/2003 季節の変わり目

過去2日のシカゴの最高気温と今後1週間の予想(シカゴ・トリビューン紙による)。

8日  0度 9日  6度 10日 12度 11日 17度 12日 11度 13日 19度 14日 24度 15日 26度

やっと本格的な春の訪れか?時差ぼけの方はあいかわらずで、きのうは9時すぎに長男を寝かしつけながら一緒に寝てしまい、朝遅くまで曝睡したかと思ったら、きょうは明け方の4時半になってもちっとも眠くならない。どうなっているのだろうか。

システィーナ礼拝堂内部は会話禁止なので、天井画の説明は 屋外のポスターを使う(バチカン美術館で)
有名な古代ギリシャ彫刻の「ラオコーン群像」 (バチカン美術館)
コロッセオ外観
同内部

4/8/2003 半透過性障壁の移動

大気の温度構造についての明日の講義を準備するかたわら、成層圏の輸送混合という、もはやあまりだれも顧みなくなった問題をひっぱりだしてきて考え直す。実はいくつか議論にすっきりしない点があるため、このトピックで書くべき2つの論文が沈滞しているのだ。問題のひとつは、空間をふたつにわける境界が穴だらけで、ふたつの領域の間でもののやりとりがある場合。しかもこの場合、境界は、動くことができる。水の流れの中に置かれたざるを考えてもらえばよい。たとえば、動いているのは水だけで、ざるは静止しているとすると、水はざるの目を通過して行くから、ざるを通して一方向の水の輸送があることになる。しかし、かりにざるが水といっしょに流されているとすると、ざると水の間に相対的な運動はないので、ざるを通しての輸送はなくなる。したがって、境界を通しての輸送量は、境界がどう運動しているかによって変わってくるのである。いままで、成層圏の極渦の境界を定義するのに、ポテンシャル渦度などの準保存量のコンターを使うことが多かった。しかし、実際には、極渦の境界は準保存量の値そのものではなく、準保存量のコンターのうち、勾配が最大となるコンターによって指定されている。したがって、境界の場所と運動は、準保存量そのものではなく、準保存量の勾配によって測られなければならない。問題は、準保存量とその勾配では、みかけの運動速度が違うということだ。すなわち、準保存量そのもののの値を使って境界を定義するのと、準保存量の勾配を使って境界を定義するのでは、境界を通しての「輸送量」に違いが出てきてしまうのだ。この違いは時によって、無視できないくらい大きい。

さて今日の旅行スナップは、下の3枚。(左)ホテルから電車に乗ってローマ市内へ。電車の落書きのスタイルはほとんど万国共通のようだ。(右)フォーロ・ロマーノ(古代ローマの遺跡)の入り口。(下)有名なローマのスペイン階段。近付くにつれ凄い人だかりで、もしかすると反米デモ行進かもしれないと思って脇道にそれたら、なぜか階段のてっぺんに出てしまった。デモなんかではなく、観光客がむらがっていただけでした(3月23日)。

4/7/2003 解答不能の宿題

土曜日にサマータイムに移行したというのに、また雪だ。5センチぐらい積もった。午後は2ヶ月前に予約をした眼科の検診。視野検査をしたり眼底写真をとってもらうが、結局は左右で視力が違うので眼鏡をかけてくださいということのようだ。検診のあとまだ仕事をするつもりだったのに、瞳孔を開けられてしまったので、視界がぼやけて商売上がったりだ。

これに先立ち講義をしたが、講義のあと学生が一人つかつかと歩み寄ってきて、「金曜日に配られた宿題の9番が解けません」とのたまふ。どれどれ、このくらいのが解けなくてどうする、と自分で書いた問題文を読みなおしてみて、がくぜんとなった。こりゃ、たしかに解けない。箱の中から毎回m個の分子を取り除くという作業をするのに、与えられた初期条件が「箱の中には分子がない」では、さぞかし困ったことであろう。さっそく問題を作りなおして、訂正版をメーリングリストを通じて送っておく。実は解答不能の宿題を出題することはよくあって、たいてい学生に指摘されるまで気がつかない。今回は締め切りが金曜日だから早い時期に発見されてよかった。

さて、きょうからしばらく、イタリアとギリシャ旅行のスナップを少しずつ紹介していこう。まずは、出発前のひととき。参加者11人はこのリムジン(家内と小生の間では『ウナギ』と呼んでいる。このへんではよく見かける)に乗って一路シカゴ・オヘア空港へ(3月20日)。右は内部。乗り心地は決して良くない。

4/4/2003 アリの襲撃

今週はずっと時差ぼけの影響がぬけず、しかも週3回月水金の講義というのは予想以上に手間がかかることが判明して、相当厳しかった。講義のない日は翌日の講義の準備のために大わらわで、時差ぼけを押して仕事しなければならないので、講義の日にはもはや余力がほとんど残っていない状態。学生時代の相撲部の稽古のことを思い出す。月水金の放課後に稽古があり、稽古の後はもちろん脱力状態、稽古のない日は前日のダメージから回復しつつ翌日のことを考えて戦々兢々とすごすという、まあ体力的にも精神的にもしんどい毎日だったが、それに通ずるものがある。しかもきょうは講義終了後、学生との面談、水曜日の教授会の議事録の作成などの仕事があり、普段だったらすべて出席する3つのセミナーのうち、faculty lunch と1時半のセミナーをスキップして事務処理にあてる。

3時からのセミナーはミネソタ大学のChristina Gallup。ウランの同位体を用いたサンゴの年代同定から、過去200万年にわたる海面水位の変化をくわしく調べる話。種類の違うサンゴは生息する深度が違うので、古代サンゴの年代同定から、過去の海面水位の変化を見積もることができる。海水面は水が氷河にとじこめられていた氷河期に低く、氷の解ける間氷期に高くなる。したがって、海面水位の上下から気温の上下が推定され、その歴史を調べることにより、いわゆるミランコビッチの仮説が正しいかどうかを確認することができる。それによると、ミランコビッチ理論が太陽放射入力の最大値を予想している時期のほとんどで海水面が高くなっており、理論と観測の一致が見られた。

この時期気温が急に高くなると、無数の小さなアリが発生して家の中に侵入してくる。朝起きたとき、ダイニングテーブルの上に黒いものがあるなと思ってみると、子供が食べ残したお菓子に群がったアリだったなんてこともあった。部屋の床に行列ができていることもある。始めのうちは無気味で、アリホイホイを置いたり、害虫駆除のサービスを頼んだりしたが、結局何年も同じことをくりかえしている。以前はきゃあきゃあ言っていた子供達も、最近ではテーブルの上を横切るアリを発見すると、無言でさっとはらいのけて平気でご飯を食べている。どうも、わが家はアリの大軍に包囲されていて、冬眠からさめる今の時期は、少しでも隙間があろうものなら、そこから侵入して食べ物をさがしにくるらしいのだ。どなたか有効な退治方法を御存じのかたは教えてください。

4/2/2003 背広の効用

先週は春休みを利用して長女とイタリア・ギリシャの旅行に参加していたのだけれど、土曜日に帰ってきてから時差ぼけがなおるどころか、逆方向に進行していて、どうも勝手が悪い。とくに、普段日記を書いている夜の12時半ごろが、眠さの極致である。こう書くとどこが時差ぼけなのかと思うかもしれないが、普段が時差ぼけのような時間割の小生にとっては、明け方の3時間という貴重な仕事時間に眠りこけてしまうと、いろいろなことに支障が出てくるのである。

海外旅行といえば、最近の世界情勢にかんがみ、大学の事務局からいろいろな国への旅行をしばらく差し控えるように、というお達しが続々と入ってくる。イラク、クウェート、サウジ、イスラエル、レバノン、イエメン、トルコに続き、今度は香港、中国、ハノイ、ベトナム、シンガポールが渡航注意区域に指定された。こんなに制限されては、航空業界も大変だろうが、学術活動にも影響が出る。小生の友人の考古学者も、トルコでの発掘作業のメドがたたないとぼやいていた。早く平常に戻ってほしいものだ。

学部の講義の二日目。あらたに5、6人学生が加わって、全部で25人ほどになった。通常、初日をピークに学生数は減ることはあっても、増えるということはあまりないので、ちょっと驚く。実は小生は、いつもは穴のあいたセーターやジーンズで講義をしているのだが、今学期は思うところあって背広にネクタイで講義にのぞんでいる。これが、各所で静かな反響を呼んでいるようだ。きょう、この格好で教授会に出かけていったら、みんながいっせいに「どうしたの?」。別にどうもしませんよ、あなたがただって背広着てるじゃないですか。まねしただけですよ。家内にも、「そういう服を着ると、大学教授みたいに見えるわね」と言われた。まさか、小生の背広姿を聞きつけて学生があらたに登録したということはないだろうが、悪い気分ではないな。しかし、正直なことをいえば、やはり背広は肩が凝ってしょうがなく、二日目にしてすでにやや疲れている。

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(c) 中村昇  2003