今週は学科のゲストが多かった上にいろいろと雑用も入り、ほとんど自分の仕事の方が手につかなかったので、Faculty lunch と1時半のセミナーは失礼させていただいて、すこし論文の構想を練る。しかし、やればやるほどゴールが遠ざかるような感じがするなあ。
3時からは、きのうに続いてPavlov の第二回目のセミナー。始生代、原生代の大気組成についての考察である。恒星学の理論によるとこの時期は太陽がまだ若く、光度が現在の75パーセントくらいしかなかったはずなのにもかかわらず、地球は極めて温暖な気候であったことが地学的データによって示唆されている。当時はまだ植物が現れておらず、大気中の二酸化炭素分圧がずっと高かったために、強力な温室効果で気温が維持されていたのであろう、というのがこれまでの定説であった。しかし、現在の75パーセントの太陽光度でも海洋が凍結しない温度を維持するには、相当な二酸化炭素分圧が必要で、仮にそれだけの二酸化炭素が大気にあったとすると、地面には相応の炭酸塩鉱物が含まれなければならない。ところが、鉱物の分析結果から推定される当時の二酸化炭素分圧は、それよりずっと少ないことが最近になってわかってきた。話のつじつまをあわせるには、二酸化炭素以外にも温室効果をもたらす気体があったと考えざるを得ない。すぐ思い付くのは水蒸気だが、水蒸気の温室効果は正のフィードバックであることが良く知られており、暴走温室効果や氷河期に走る可能性が高く、地学的に裏付けされた当時の安定な気候にはそぐわない。アンモニアも考えられないことはないが、光解離によってすぐ分解されてしまう。
そこでPavlov が提唱しているのがメタン。メタンはバクテリアによって二酸化炭素と水素から作られる。ヒドロキシル・ラジカルなどにより短時間で酸化されるのであるが、酸素の分圧が現在の10万分の1くらいまで減ると、大気の酸化力が急激に落ちて、メタンの寿命がぐっとのびる(メタンの光解離は極めて遅い)。これとは全く独立に、24億年前ころを境に、イオウの同位体の質量非依存分別が見られなくなったことが知られており、これが大気の酸化力増加の証拠と考えられている。火山から放出される硫化硫黄は、酸素が十分あるときには酸化されて、通常の質量分別をおこすが、酸素がないときには光化学反応で還元されて質量非依存分別を起こすからである。したがって、イオウの同位体解析の結果は、実際に24億年より前には大気中に酸素がほとんどなく、そのためメタンの寿命が長く、大気中に大量に存在していたことを予想させる。また、メタンが大量に存在すると、土星の衛星のタイタンに見られるように、かすみが発生するのであるが、かすみは温室効果と逆のはたらきをして負のフィードバックをかけるので、水蒸気のように暴走温室効果を起こす心配もないという。
おとぎ話のようだが、いちおうつじつまはあっている。それにしても、それだけのメタンをつくり出すには、どれくらいのバクテリアが必要だったのであろうか。
午前中にStefan Rahmstorf と会い、古気候のモデリングと熱塩循環について手ほどきを受ける。昨日の話でいまひとつはっきりしなかった、DOE の数十年というタイムスケールとその後の何万年にもわたるゆるやかな寒冷化のタイムスケールの非対称性について解説してもらった。DOE にともなう鋭い気温の上昇は、熱塩循環の温暖期モードへの移行に伴う「Gibbs現象」のようなもので、その後のゆるやかな気温降下の時間スケールは、熱塩循環によって北極海の水が入れ替るのに要する時間で決まっているということだ。そのほか彼のモデルの構造や、気候モデリング一般の話題などで一時間はあっと言う間にすぎた。
ひきつづき、同僚のRay Pierrehumbert とふたりで、ニューメキシコ大学からの来訪者であるTim Warburton に会い、彼が開発したモジュラーな流体力学ソフトのデモを見せてもらう。適応格子不連続二次Galerkin展開有限要素法という最新の手法を用い、球面上の浅水波方程式や複雑な境界条件のMaxwell 方程式、Navier Stokes 方程式などを並列演算で効率的に解くプログラムである。不連続に変化するトレーサーの移流実験を見せてもらったが、スペクトル法ではそれこそGibbs現象でギザギザになってしまうのが、不連続Galerkin展開ではほとんどノイズを出すことなく不連続性を表現していて、水蒸気や非線形化学反応を伴う輸送問題には強力な武器になりそうだ。安定性でもスペクトル法や有限体積法などに比べて全くひけをとらないし、並列版はNode 間のデータのやりとりを計算を中断することなく平行して行えるようなデザインになっているので、scalability も抜群にいい。Windows 版、Matlab 版、C、C++、Fortran90 など数ヴァージョンがあり、Windows 版 ("USEME") はGUI も整っていて、とても使い勝手がよさそうだ。これがタダでいただけるというのは、申し訳ないような気分だ。
昼御飯のあとは、今度はコロラド大学からの来訪者であるAlexander Pavlov と会い、大気の歴史に関する地球化学的なモデリングについての話を聞く。イオウの同位体の質量非依存分別の解釈のしかたや、初期大気における酸素の生成時期など、しばらく前にSteve Mojsziz と話をした内容をまた蒸し返して、彼の意見を聞いてみる。午後2時からはPavlov のセミナー。恒星間には宇宙塵とよばれる、硅素などを成分にもつ巨大分子/微粒子が漂っているが、そのフラックス密度は一定ではなく、雲のようにかたまっているところで急激に大きくなっているらしい。Pavlov は太陽がこのような「雲」に突入したさい、宇宙塵が太陽圏に捕捉され、そして最終的に地球の上層大気に捕捉される確率を計算した。それによると速い衝突速度(秒速25ー30キロ)では宇宙塵の中でも細かい粒子が、遅い衝突速度(秒速15ー20キロ)では大きい粒子が、捕捉される確率が高いことが分かった。つぎに上層大気に捕捉された宇宙塵の鉛直分布や光学的特性を適当に仮定して、放射伝達方程式を解き、宇宙塵が地面に届く放射にどれだけ影響を与えるかを調べた。塵は紫外線や可視光を有効に吸収するので、中間圏から熱圏にかけて気温を上昇させるが、地面に到達する放射を減らす効果をもつ。いわゆる全球凍結(Snowball Earth)が可能になるためには、現在にくらべて毎平方メートルあたり14ワット有効放射量が減る必要があるといわれている。(地球温暖化による増加量は毎平方メートル4ワットとかそんなもの。)それだけの減少するには、相当な量の宇宙塵が必要で、太陽にぶつかる宇宙塵の密度が毎平方センチあたり最低でも数千個なければならないそうだ。(現在値の数百倍にあたる。)一説によると、太陽がそのような高密度の宇宙塵雲に遭遇する機会はそう多くなく、太陽系の歴史の中でも135回とかそんなものだそうである。しかし少なくとも、宇宙塵捕捉が全球凍結のきっかけになる可能性をまったく否定することはできない、というのが結論のようだ。地学的データによる裏付けがほとんどないので、どのくらい信ぴょう性があるのか測りかねるが、スケールの大きい話で面白かった。
「急激な気候変動」輪講の一環として、ドイツのポツダム大学のCLIMBER グループからStefan Rahmstorf を招いてDansgaad-Oeschger Events (DOE)のシミュレーションについて話してもらう。DOE が氷河期における寒冷期から温暖期への急激な気温変化現象であることは前にも書いた。(ちなみにアメリカでDOE といえば一般的には「エネルギ−省」の略である。)DOE が海洋の深層(熱塩)循環の変化に密接に関係しているというのが現在の定説になっている。熱塩循環は海洋内の密度差によって決まっており、したがって温度と塩度のからみあいが複雑に効いてくる。通常は極地方で冷やされた重い海水が沈み込むこむことで海盆規模の子午面循環がおこるが、温暖化で氷河が解けたり雨が増えたりして大量の淡水が海に注ぐと、塩分が薄められて海水の密度が低くなり、沈み込みが起こらなくなる。すると熱塩循環がなくなり、海洋による南北の熱輸送がストップして、極地方の気温が下がりはじめる。寒冷期にもどると、また極での海水の沈み込みが復活して熱塩循環が熱輸送を再開する結果、極の温度が急激に上がるというサイクルをくり返す、というのがこの理論の当初のモデルだった。熱塩循環のオン・オフ状態と淡水の供給量の関係にはヒステリシスがあり、通常の淡水供給量ではオン状態とオフ状態の二つの平衡解が存在するというわけである。
しかし、海底の堆積物の解析などからは、寒冷期でも熱塩循環が完全にストップした証拠は出ず、理論の修正が求められていた。Rahmstorf は大気・海洋とも大幅に単純化した気候モデルをガリガリ走らせ、計算で出てくるDOE の様子を解析。その結果、DOE の起こる前の寒冷期には、熱塩循環が完全にオフになっているのではなく、沈み込みのおこる緯度が下がって北極海の外に出ているだけで、やや弱まりながらもちゃんと存在していることをつきとめた。また、ヒステリシスもずっと弱くなっていることが分かった。どうやら、沈み込みのおこる緯度を変数のひとつとみなすとモデルの自由度が増して、低次のモデルでは強かった非線形性を回避する手だてができ、ヒステリシスも弱まるらしい。モデルの各部分の構造についてはいろいろ聞きたいことがあるのだが、幸いあしたRahmstorf 本人と小一時間個別に話をすることになっているので、その時にゆっくり聞こう。
つづいて12時15分からは物理学科に出かけて行って、Northwestern 大学のGreg Ryskin による「地球磁場の起源に関する新仮説」というセミナーを聞く。永久磁石理論に始まって、液体核内の対流によるダイナモ理論に至るまで、既存のモデルの問題点をずらずらと並べるところまではまあ、よくまとまったレビューと言えたが、ダイナモ理論にかわる新仮説が「海洋循環によるダイナモ」っていうのはなあ。本人はいたって大真面目だが、これを信用せよという方が無理というものだ。電磁流体が外力の助けなしに強力な磁場を維持するには、磁場拡散に打ち勝つだけの強い歪みを流れが持たなければならない。3次元乱流ならいざ知らず、海洋は回転の影響で流れはほぼ2次元であり、歪みの大きさは全体としてみれば微々たるものである。かりに海洋が水銀でできていたとしても、ダイナモを起こすとは考えにくい。それに、液体核での鉛直エントロピー勾配が小さいからといって、それだけで対流がないと結論するのは早計にすぎる。大気の対流圏だって、エントロピ−勾配は潜熱の効果を入れればゼロに近いのだ。勾配が小さいのは対流のタイムスケールが強制のタイムスケールに比べて小さいからであって、勾配がゼロに近いから対流はない、というのは線形理論の誤った適用である。期待が大きかっただけに、このセミナーにはちょっとがっかりした。
朝、ロトスコープの部品を調達すべく車をとばしてジャンク屋まで行くと、あろうことか、店がなくなっていた。どうもつぶれたらしい。電話帳には電話番号がちゃんと出ていたのに。(しかし、何回電話してもファックスに切り替わってしまうので、変だなとは思ったのだ。)この店は結構気に入っていたので、ちょっとショック。しかも往復1時間の無駄足となった。しかたなく、ネットでかわりに使えそうな部品を探してメールオーダーする。
ようやくケータイを充電しなおしたので、忘れないようにちゃんと確認してバックパックに入れる。トコロガ、家内に駅まで送ってもらっていざバックパックを肩にかけると、やけに軽い。ガガーン。ラップトップが入ってない!朝のどたばたで自室から下に持ってくるのをすっかり忘れてた。仕事道具いっさいがっさいが入っているのに。ほとんど憐れみのまなざしで見つめる家内に、「ま、いいからいいから。大丈夫だから。は、ははは」と力なく笑って、そのまま出かける。今から取りに帰っていては、1時間に1本しかない電車に乗り遅れて、オフィスで講義の準備をする時間がなくなってしまうのだ。なんか最近、忘れっぽくなったなあ。何となく目もかすむし、痴呆症かなあ、と落ち込むが、ひょっとしたらたるんでるだけかもしれないと気を取り直して、講義に向かう。準地衡風近似の導出とロスビー波の分散関係という、Rossby やPedlosky がかつてシカゴで確立した理論を次世代に残して行くため、きちんと漸近展開をして、渦度方程式を導出。20年前には必須だったこの項目も、最近ではほとんど環境科学の中のオタク分野と見なされているのはまことに悲しい限りだが、きょうは押さえるべきツボは押さえた。えへん、やればできるじゃないか、と気を大きくして家路についたとたん、今日が締め切りの宿題を回収するのを忘れたことに気がついた。暗然とする。何が気にくわないって、こちらが忘れているのをいいことに学生が一人も宿題を提出しに来なかったことだ。中村はトロイから黙ってりゃあ何も出さなくても大丈夫だ、と軽く見られているのであろうか。ううむ、やはりボケ対策を講じないと。
午後から急に降り出した雪が結構つもり、今日も電気系統の故障で電車のダイヤが乱れていた。これはいよいよケータイの出番か、とほくほくしたが、15分遅れで到着した15分前の電車が通常のスピードで走ったため、ダイヤの周期対称性により帰宅所用時間はいつもどおりで、またまた利用の機会を逸した。
いつものようにKensington でFlossmoor 行きの電車に乗り換えて帰宅するつもりで、5時25分発のBlue Island 行きの下り電車に乗った。ふだんならKensington までは10分もかからない。ところが、59丁目の駅を出た電車は、1分とたたないうちにゆっくりと停止し、まったく動く気配がなくなった。まもなく車内アナウンスがあり、ポイント故障だそうである。シカゴの冬は相当冷えこむので、シーズンに2回か3回ポイントが凍り付いてダイヤが乱れることがあり、今日がたまたまその日にあたってしまったのだ。20分くらい遅れるというので、こういう時こそケータイを使って家に連絡をするべし、と思って久しぶりに取り出してみると、またまた電池が切れている。んがー使えねえ。今月の始めからカバンに入れるようになって、まだ1度も通話に使ったことがないぞ。充電は1、2回したが、全然使わないのに充電だけするというのも面倒くさく、最近はすっかり忘れていた。これだと45日間で期限の切れる25ドルの通話カードはろくに使わぬまま終わりになってしまう。座席はゆったりしているのでラップトップを広げることもできたが、20分で動くのなら、Kensington はすぐだから今仕事を始めることもあるまいと思い、じっとしている。なまじ仕事に没頭して乗り換え駅を乗り過ごすと、とんでもない方向に連れて行かれてしまうのだ(過去に何回か経験あり)。しかし、20分たっても電車は動かず、25分、30分を過ぎてもそのまま。こんなことならやはり計算でもしているんだった、と悔やみ始めた35分後、ようやくゴットンと運転再開。その後も徐行運転で、Kensington での乗り換えもいつになく接続が悪く、吹きさらしのホームは寒さがことさら身にしみた。結局45分遅れでHomewood 着。6時半の終バスを逃したので、駅の公衆電話から家に電話して家内に迎えに来てもらう。ケータイを持っていながら連絡しなかった(できなかった)ので、当然家内はオカンムリだった。
長女の数学の試験勉強を手伝ったあと、明日の講義で行う予定のケルビン波のデモの予行演習をする。ターンテーブルはいつものようにスムーズに動いたが、観察用のロトスコープがスイッチを入れた後しばらくしてにゅるにゅると停止してしまい、うんともすんとも言わなくなった。モーターに直接電源をつなげば動くので、どうも電圧調整をする回路がいかれてしまったらしい。この回路はうちから車で30分くらいのジャンク屋で4ドルかそこらで調達したもので、残念ながらスペアの手持ちがないため、あしたもう一度入荷しに行ってこなければならなくなった。とりあえずデモは木曜日まで延期することにしよう。
前にもちらっと書いたが、去年のノーベル物理学賞の共同受賞者の一人、Raymond Davisはうちの学科の高圧力地球物理のシニアサイエンティストAndy Davisのお父さんである。今日のfaculty lunchでは、Andyが去年の暮れにお父さんのお供をして行ってきたノーベル賞受賞式のもようを、写真やお土産を交えて報告してくれた。お供と言っても、ただの荷物持ちとはわけが違う。88歳という、ノーベル賞史上でも最高齢受賞者の一人で、初期のアルツハイマー症を患うお父さんにかわって、受賞記念公演を行ったのはAndyだったのだ。Davis教授は、共同受賞の小柴教授のカミオカンデに先駆けて、観測によるニュートリノ宇宙物理学を開拓した成果を認められた。
Davis教授は第二次大戦終了後、核の平和利用を理念に建設されたニューヨークのブルックヘイブン研究所に着任した。パウリのベータ崩壊にもとづく予想から18年以上たった当時でも、ニュートリノは観測によってその存在が確認されていなかった。ニュートリノの放出源として考えられるのは原子炉と、天然の核融合炉である太陽である。Davis教授はまず、1955年に反跳の原理を利用して原子炉の中で7Be(ベリリウム7)からニュートリノが放射されている証拠を得る。当時理論的な研究から、太陽の内部で水素原子からヘリウムが生成される過程にはいくつかの異なる経路があることが予想されていた。そのうち15パーセントは、4Heと3Heから7Beを経由する。7Beの一部はリチウム経由でヘリウムにかわるが、中には陽子を捕捉して8B(ボロン8)になるのがあって、このボロンが8Beに変わる時(ヘリウムに至る一歩手前)に高レベルのニュートリノを発生すると考えられていた。Davis教授はニュートリノのフラックスの検出法として当時提唱されていた、37Cl(塩素37)にニュートリノを当てたときにできる37Ar(アルゴン37)を測定する方法を用いて、まず原子炉でこの反応から放出されるニュートリノの捕捉率を推定。しかし、観測可能なエネルギーレベルをもつニュートリノの数は予想外に少なく、しっぽをつかむのは容易なことでなかった。(一方、反ニュートリノの捕捉率はずっと高かった。)しかし、8Bー8Be反応によるニュートリノの捕捉率を理論的に再計算した結果、39万リットルの炭化四塩素物溶液(漂白剤みたいなもの)を、地中深くに埋めたタンクに入れ、バックグラウンドの宇宙線のミューオンによって作られる37Arをフィルターすれば、一日に数個の太陽ニュートリノ起源のアルゴンを検出できるはずであると結論。さっそくサウスダコタの金山の地下に実験施設を作る。かくして1967年に太陽ニュートリノのフラックスが初めて観測された。
問題は、観測されたフラックスが、太陽内部の核融合理論にもとづく予想の約3分の1だったことである。この観測値はつい最近まで(カミオカンデの観測成果も含めて)ほとんど変わることがなく、一方理論的予想もほとんど修正の余地がなく、その不一致は35年にわたりパラドックスとして研究者を悩ませてきた。ニュートリノ宇宙物理にとってのハッピーエンディングは、どうやら観測も理論もともに正しかったということ。ごく最近になって「ニュートリノ振動」とよばれる、ニュートリノの知られざる物理的性格が明らかにされ、これを考慮すると、3分の1という観測と理論の差を埋めることができるそうだ。ちなみに、日本のカミオカンデとスーパー・パミオカンデがニュートリノ振動の観測に一役買っている。そういうわけで、理論と観測がようやく噛み合い、新しい発見もあって、ニュートリノ宇宙物理は現在活況を呈している。分野の半世紀の歩みに、Davis教授も感慨深い物があるに相違ない。
去年の9月末、Davis教授が中華料理屋でもらったフォーチュン・クッキーをあけると、「あなたは偉大な栄誉を受けます」と書かれていた。ノーベル賞受賞の知らせは、その12日後に届いた。アメリカの所得税がかかる前に、賞金を家族を受賞式に招くために使っていいと言われたので、5人のお子さん、11人のお孫さんたちを連れて行くことにしたそうだ。届いたスカンジナビア航空の切符にはすべて「ノーベル賞」と印刷されていて、みんなビジネスクラスだったとか。(閑話休題:何で受賞式をノーベルの誕生日じゃなく死んだ日ー12月10日ーにやるのだろう。しかも、この時期ストックホルムの日照時間は6時間とかそんなもので、訪れるには決していい時期じゃないと思うんだが。)市庁舎で持たれたレセプションは1300人が座席指定のテーブルで、スェーデン屈指のシェフたちによる食事をもてなされ、会場内ではサーカスをやっていたという。おとぎ話の世界のようだった、とAndy。
受賞式の日の午前中にはリハーサルがあった。受賞者は名前を呼ばれると前に進み出て国王から賞状を受け取り、関係者に会釈をすることになっている。しかし、アルツハイマーのDavis教授には、事の次第を記憶しておくのはちょっと難しそうだった。家族が付き添って前に出るとか、他の受賞者が手助けをするとか、いろいろ案は出たけれど、どれも前例がないし何かすっきりしない。すると、その場に来ていた国王があっさり、「なに、彼が前に出てくるには及ばないさ。ぼくが彼の所に行って賞状を渡せばすむことだ」。そして、本番もその通りになったのでした。ノーベル賞の受賞式にも血が通っていることがわかり、ちょっと嬉しい小生であった。
寒い。他に書くことがないわけじゃないのに、ここんところ寒い寒いと気温のことばかり書いているのは、本当に寒いからである。きのうはいつものジーンズで出勤したら、オフィスにつくころには下半身が冷凍状態で関節の動きが明らかに鈍くなった。そして、建物に入って暖かい空気に触れたとたん、下半身から上半身に向けて冷えた血液が上ってくるのがはっきり感じられ、なんとなくぞくぞくっとした。こんなことで心臓発作でも起こしてはまずいので、今日はモモヒキをはいて出勤(←あ、もちろんジーンズもはいてますよ、念のため)。
論文に喝を入れるべく、厳密な解析解を使ったイラストレーションを入れることにする。定常シアー流の中の胃龍角散移流拡散で、2つのトレーサーの間の相関係数の時間発展を計算する。この線形問題は、トレーサーがひとつの場合はRhines
& Youngが大昔にすでに解いていて、トレーサーの分布は流れに平行な減衰の遅いノーマルモードと、シアーによって折り畳まれたあげく拡散によってさっさと減衰する特異モードから成り立っている。したがって、十分時間がたったあとは、任意の初期条件から出発した2つのトレーサーはともに一番減衰の遅いノーマルモードに収束し、(そのモードが縮退していないかぎり)トレーサーどうしの相関係数が1またはー1になるはずだ。しかし、実際に解いてみると、相関係数の時間発展は必ずしも単調増加や単調減少ではなく、パラメータのとりかたによって面白い挙動をする、というのが最新の結果。これはとりもなおさずオペレーターの非直交性によるのであった。問題は移流拡散に強制項をかませた場合で、この時は定常解が存在するので、定常状態での相関係数を議論する必要がある。解の挙動は強制項がノーマルモードに投影するか特異モードに投影するかで違う。特異モードへの投影を計算するのに、やっかいな形のラプラス変換が出てきて、四苦八苦する。指数関数と三角関数の積の変換なのだが、指数関数の肩にくるのが
-a*t じゃなくて-a*(tの3乗)。 解の存在自体は自明なのに、公式集やMathematicaでも答えが見つからないということは、きちんと閉じた形では書けないということなんだろう。だめだろうなと思いつつ、部分積分の公式を試してみると、やっぱりだめだった。小生はかつて、試験問題以外で、部分積分の公式で実際に解けるような問題に出くわしたことがない。本当に役に立つのだろうか。さんざんああでもないこうでもないといじったあげく、しかたなく上限値を見積もるだけであきらめることにする。
講義は慣性重力波と地衡風のエネルギー分配則と、地衡風調節のコンピュータによるデモ、境界と赤道のケルビン波解の導出などなど。
When I survey the wondrous cross on which the Prince of Glory died; my richest gain I count but loss, and pour contempt on all my pride. Forbid it, Lord, that I should boast, save in the death of Christ, my God; all the vain things that charm me most, I sacrifice them to his blood. See, from his head, his hands, his feet, sorrow and love flow mingled down. Did e'er such love and sorrow meet, or thorns compose so rich a crown. Were the whole realm of nature mine, that were an offering far too small; love so amazing, so divine, demands my soul, my life, my all.
外は鼻毛も凍るような寒波でも、家の中が全館暖房で暖かいのは本当に有り難い。しかし、この暖房のせいか、空気が大変乾燥している。喉がかさかさしたり、静電気が起きやすいのはもう慣れたけれど、厄介なのが体全体の痒みだ。皮膚が乾燥して表皮がパリパリになっているらしく、これが何とも言えず痒いのである。腕や足やお腹を掻くと、細かい、白いフケのような皮がぽろぽろと落ちる。一ケ所掻くと、刺激であちこち痒くなって、思わず体中ボリボリ掻きむしってしまう。そんなわけで、この時期手放せないのが孫の手である。中華街で買った、柄の所にゴルフボールがついているやつを使っている(肩たたきにもなる、というのであろうが、ゴルフボールでたたくのはちょっとねえ)。アメリカの雑貨屋でも時々似たような物を見かけるので、アメリカ人にも必要なアイテムなのであろう。ちなみに、アメリカには「孫の手」などという風流な呼び名は存在せず、そのものずばり「back scratcher」。なんか、プロレスの技みたいで、おおげさというか、味気ないというか。でも、考えてみると、日本語でも基本的には形が同じで大きさが小さいだけの「耳かき」は「earpick」の直訳みたいなもんだけれど違和感はないから、あまり気にするようなことじゃないのかもしれない。これをたとえば「曾孫の手」とか言ったらちょっと無気味で耳に入れたいとは思わなくなるかも。
上の話はここで、孫の手も借りたいほど忙しい、とか強引に仕事の話に持ち込むための枕にしようなどと、決してそんなつもりで、もちろん書いているわけだけれど、実を言うと論文書きの方は極めて沈滞している。ときどき書き方を変えて俄然やる気が出たりするのだが、所詮中身にそう違いがあるわけではないので、元気が長続きしない。しばらく放っておいたのをきょう改めて読んでみると、前回書いていてアラが目立った箇所がまたまた目に入ってきて、再びうんざりする。しばらく何もせずに寝かせておいたら、漬け物や納豆のように旨味がじわじわと出てきて、良くなっているんではないかなーと、密かに期待していたのだが甘かった。テーマや結果はそう悪くないと思うのだけれど、酵母やアミノ酸のような深い味わいからは程遠い。そもそも、論文に深い味わいを求めている読者は、残念ながらごく少数であろう。読んでもらうためには、漬け物とかスルメとか悠長なことを言っていてはダメなのだ。シャープな切り口で一刀両断するような、スカッとしたのを書かないと。少し、結果そのものを見直すために、追計算をやってみる。
講義は、初期条件の地衡風モードへの投影を、ポテンシャル渦度の保存則を用いて推定する、スタンダードなGFD。
海洋化学のDavid Archerが主催する「急激な気候変動」に関する輪読が今日から始まった。古気候における生化学過程を学ぶよい機会になりそうなので、のぞきに行ってみる。よく知られているように、デルタ18Oをプロキシとして推定される大気温の歴史は、95万年前くらいまでは、厳密にわかっている地球の軌道要素(歳差など)の変動から予想される結果(ミランコビッチ理論)とかなりよく符号するが、それ以後氷河期に入り寒冷期と温暖期が約10万年くらいのサイクルで入れ代わり訪れるようになり、理論から大きくはずれている。この周期に相当するような軌道要素の変動がミランコビッチ理論にはないからだ。しかも、寒冷期と温暖期はゆるやかに入れ代わるのではなく、寒冷期から温暖期への温暖化(5ー10度)はわずか数十年という、地質年代から言えばほぼゼロにひとしい時間で急激におこり(Dansgaad-Oeschger events)、そのあと長い時間をかけてまたゆるやかに気温が下がり寒冷期に向かうという、時間的に極めて非対称な経過をたどる。(このほか、Heinrich eventsと呼ばれる、主に北米大陸を中心とした大規模な氷河の流出もたびたびあったと考えられている。)気温が実際プロキシ通りに推移したとすると、地球の気候システムに内在する何らかの非線形性が一枚からんでいると見るのが妥当である。現在では、海洋の深層循環が何らかの形で急激に開閉し、熱帯から極地方への熱輸送が大幅に変化することが理由であると見るのが主流になっている。一方で、過去において海洋と大気の間で二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスがどう交換されていたかということも気温決定に重要な役割をはたすので、南極のアイスコアのデータや、数値模型での実験をふまえて、生化学と物理過程の接点を古気候の中にみつけましょうという、というのが今度の輪読の試み。どうもこの分野は論文の数には事欠かないようで、毎回1時間半の討論の中で6つの論文をこなす、というのでこりゃ予復習が大変だ。きょうはさっそく氷期ー間氷期におけるメタンの発生源について活発な議論がかわされた。
きょうはMartin Luther King Jr. Dayの振り替えで、子供達の学校は休み。少し早めに帰って、次女とともだちのブリジットのサイエンスフェアの手ほどきをする。
数日前、やり残しの仕事をしようと思ってベッドルームに行くと、暗がりのなかで1歳10ヶ月の長男が座り込んで何やら遊んでいた。こいつがおとなしいときは要注意だぞ、と思いながら近づくと、白いタイルのようなものが絨毯の上にいっぱいころがっていて、それをいじっているようすである。ん、パズルかな?と思いつつよく目をこらして、状況が飲み込めたとたん、小生は思わずへたりこんでしまった。「どえーっ」。ふたを開けてあった仕事用のiBookのキーボードから、プラスチック製のキーがことごとくひっぺがされているではないか!無数の小さな電極やスプリングがむき出しになっている。(ほこりや髪の毛もだいぶ絡まっていたけど。)脱力感に襲われた小生は怒る気にもなれず、そのままふとんにもぐりこんでしまった。悲鳴を聞いて駆け付けた家内が、あわれに思ったのか、小生が寝てしまったあとで一緒懸命キーをひとつひとつ元通りにはめなおしてくれた(ありがとう)。キーボードのキーがそんなに簡単にはずしたりはめたりできるものだとは知らなかった。しかし、30や40ものキーの中にはやはり、以前と若干フィットが変わってしまったのがいくつかあり、こうやって文章を入力していてもやや違和感がある。もう一度はずしてはめ直せばいいのかもしれないが、それをやるとあまり器用でない小生は二度と元通りにできなくなりそうで、なかなか勇断できずにいる。
さて今日のFaculty lunchは今月着任したばかりの助教授のSynte Peacock(大気化学)。CalTechのPaul Wennbergとの共同研究で、大気中のヒドロキシル・ラジカル(OH)の話だった。OHは大気中で水蒸気と光解離によって活性化された酸素原子の反応によって作られる。極めて酸化力が強く、メタンや一酸化炭素などの汚染物質を取り除く効果をもつので、大気の自浄作用を保つ上で重要である。これらの汚染物質は温室効果も持つので、OHは温暖化ポテンシャルの値にも影響を与えることになる。小生は知らなかったのだが、2年前にMITのRon Prinnがサイエンス誌に、ここ10年ほど大気中のOH濃度が下がっているという論文を出して物議をかもしたらしい。OHというのは寿命がわずか1秒とかそんなもので、空間的にも時間的にも大きく変動するため、直接観測で全球分布を推定することはきわめて難しい。そこで最近注目されているのが、メチルクロロホルム(CH3CCl3)を用いた間接測定だ。メチルクロロホルムの出所はもっぱら産業廃棄物で、年間の放出量はよくわかっている。メチルクロロホルムの主な分解役はOHなので、メチルクロロホルムが大気中に多いということはOHが少ない(逆も真なり)ということになる。さいわいメチルクロロホルムは大気中では比較的寿命が長いので、全球観測がずっと容易である。Prinnの論文では、メチルクロロホルムの成層圏への放出量と海洋への吸収を適当に仮定した上で逆問題を解いてOH濃度を推定している。SynteとPaulはMICOMという最新の等密度面海洋モデルを走らせてメチルクロロホルムの海洋への吸収量を実際に見積もった。その結果、Prinnの仮定ではメチルクロロホルムの海洋への吸収が過大評価されており、それを改善するとかならずしもOHが減っているという結果にはならない、という中身であった。目のつけどころとしては面白いが、モデルの結果は等密度面内の混合や、メチルクロロホルムの加水分解速度などによるはずで、答えがどれくらいそれらのパラメータに依存するのかイマイチはっきりしない。いちおうCFCの計算が観測と良く一致することでモデル内の輸送の正当性を主張しているものの、たとえば成層圏のモデルでは、「年代スペクトル」によって測られる輸送の速度は、移流スキームや格子スケールの混合のパラメタリゼーションで全く変わってしまうことが知られている。事情は海洋でもそう違うとは思えない。
きょうは1時半からのセミナーがキャンセルになったので、この時間を利用して頼まれた推薦状を書き、締めきりぎりぎりにファックスで送りだす。
しばらく弛んでいた寒さがまたぶり返して、かなり厳しくなってきた。来週はもっと気温が下がって、最低気温が摂氏で氷点下25度とか北海道なみの寒さになることが予想されている。しかもWindy Cityで名が通っているシカゴのこと、これにちょっと風でも加わろうものなら、59丁目の駅からオフィスまでほんの15分の道のりでも、セーター一枚にジャケット一枚では相当こたえる。ジーンズの下にはくモモヒキを探さねば。ぶるぶる。ちなみに、英語でも寒い時は、Brrrrrrrrruh!! といいます。
f面での線形浅水波方程式の波動解という、知り尽くした箇所の講義。毎年少しずつ教え方を変えてはいるが、流石にだんだん新鮮味がなくなってきた。とはいえ、初めて学ぶ学生にはそんなことは関係ないはずなので、無理して楽しそうな顔をしながら教える。この力学系の特別なところは、地衡風バランスと2つの慣性重力波という3つのモードが完全直交系をなす(つまりオペレータがノーマル)ので、任意の初期条件を与えられたとき、それが3つのモードにどう投影するかを計算すれば、各モードの固有値を用いてその後の時間発展が完全にわかる点である。この関係を使うと、任意の初期条件についての地衡風調節問題を一発で解くことができる。めでたしめでたし、と言いたいところだが、世の中オペレータがノーマルになる現象などというのは少数派なのであり、昨今の研究の中心はもっぱらオペレータが非ノーマルな場合の解の振舞いに移っている。古典的だが限られた応用しかない問題にどのくらい時間を割くべきなのか、悩むところだ。新鮮味がなくなってきた理由も、その辺にあるのかもしれない。
毎年この時期は大学院生の求職のための推薦状を書くシーズンとなっている。ポスドクをとっているメジャーなプログラムの受け付け締めきりがこの辺に集中しているからだ。で、今日もある学生に、こことここに推薦状を書いてファックスで送ってくださいと頼まれて、はいはいと返事をしたのはいいが、締め切りはと聞くと1月17日。それって、もしかして、あさってではないかい?ひと昔前だったら、人に物を頼む時にはもっと時間にゆとりをもって、早めに頼むのが礼儀だとかなんとか、小言のひとつも言いたくなるところだが、最近は小生自身に時間のゆとりがなくて、推薦状一枚書くのに丸二日かけたりはどっちみちしないので、2日で終わる仕事というのは、むしろずるずるひきずる必要がない分だけありがたい。であるからして、忙しい人に物を頼む時は、締め切りの直前にすべし。なんてことを大っぴらに勧めちゃ、やっぱりまずいよな。
先週のタウンミーティングでは久々に分野の教官同士が人事に関して舌戦を繰り広げた。それで堰を切ったように、というわけではないのだろうが、今度は分野の大学院カリキュラムに関して侃々諤々の議論が沸騰している。うちの学科では教官が自分の教えたい科目を教えたい学期に教えるという、きわめていいかげん無拘束なカリキュラムが組まれているため、時々教えていることの中身を調べてみると、学生のニーズに全然合ってなかったりする。とくに現在、流体部門では学部生対象の講義の数が大学院生対象の講義をはるかに上回っていて、バランスが明らかに崩れているため、大学院のカリキュラムをこれからどうすべきか見直しを迫られているのだ。大学院生が最初の1ー2年間にどういう基礎教育を受けるかということは、大学院プログラムの質の根幹に関わることなので、学生の立場になってじっくりと考える必要がある。もちろん、7人とか8人の教官で教えられる中身の広さや深さには限りがあり、よくカバーされている科目とそうでない科目が出てきてしまうのはある程度いたしかたのないことだが。とにかく話し合いが活発になってきたのはよい傾向だ。
去年もと小生のポスドクだったDoug Allenと共著で書いた論文が、やっと1月15日号のJASに掲載された。後続の論文のほうは相変わらず停滞ぎみ。
祭司たちが聖所から出てきたとき、列席したすべての祭司が各組の務めの順序にかかわらず身を聖別した。 また、歌うたいであるレビ人全員も、すなわち、アサフもヘマンもエドトンも彼らの子も彼らの兄弟たちも、 白亜麻布を身にまとい、シンバル、十弦の琴および立琴を手にして、祭壇の東側に立ち、 百二十人の祭司たちも彼らとともにいて、ラッパを吹き鳴らしていた。 ラッパを吹き鳴らす者、歌うたいたちが、まるでひとりででもあるかのように一致して歌声を響かせ、 主を賛美し、ほめたたえた。そして、ラッパとシンバルとさまざまの楽器をかなでて声をあげ、 「主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。」と主に向かって賛美した。 そのとき、その宮、すなわち主の宮は雲で満ちた。 祭司たちは、その雲にさえぎられ、そこに立って仕えることができなかった。 主の栄光が神の宮に満ちたからである。
我が家のクリスチャンの友人にはユニークな人たちが多い。いただいた新年の御挨拶状からいくつか紹介すると:
うろおぼえだったOseledecの定理を復習し、非自律系の接面線形マップにおける前進Lyapunov vectorと後退Lyapunov vectorの違いを確認する。気象学ではもっぱら確率(アンサンブル)予報との関係で議論されているようだ。前進問題の場合は、第一Lyapunov指数は容易に決定できるものの、一般にこれに対応するLyapunov vectorを一意に決めることはできない。ということは、前進問題はSVDと同値であるから、無限大の時間で最大発達率をもつ誤差の構造を調べるのにSingular Vectorではあまり役に立たないということになる。後退問題の場合は収束性の問題はないものの、得られる情報は過去の発展の歴史であるから厳密な意味では予報になっていない。後退問題が、いわゆるbred vectorの無限小リミットと同値であるということは新しい知見であった。欧州の気候センター(ECMWF)ではSVを、米国の気候センター(NCEP)ではBVをアンサンブル予報の誤差フィードに使っており、結果にかなりの差があることからどちらが有効かかなりの議論があることは前から聞いてはいたが、BVとSVの関係についてはいまひとつよくわからなかったので、この学びは収穫があった。もっとも、小生はこの定理を非定常流内の移流拡散問題の漸近解というコンテキストで調べるつもりだったのだが。
さて、一部で静かな反響を呼んだ南極のペンギンの話だったが、今年も南極の氷棚は記録的な速さで消滅しており、夏を待たずに10月に大規模な解凍現象が観測された。いよいよペンギンには住みにくい環境になりつつあるようだ。
またしても財布を忘れた。火曜日に定期券を買ったので、駅で切符を買う必要がなくなり、昼御飯を買う時まで気がつかなかった。こういう時にそなえてジーンズのポケットにそなえてある「補助燃料」がまだ6ドルほど残っていたので、かろうじてサンドイッチとコーヒーを買うことができたが、これで完全に文無しになった。
午前中、人事に関連して気象海洋系の教官を集めてタウンミーティングを開く。相当紛糾することが予想されたので、祈ってから出かけた。結果的には、ふだんこういう形で話し合うことが少ない7人が本音を出しあうことができて、意見の相違にもかかわらずむしろすっきりした。God's grace.
昼のFaculty lunchは古生物学者のDave Jablonskiによる種分化の話だった。一般に、より広範囲に棲息する属ほど種の数が多く、多様性を示すと考えられている。この理由として、範囲が広いほどいろいろな棲息環境を内在するため、種分化のスピードが速いからという意見がある。本当にそうであろうか?この仮説を検証するために、Daveはテキサスとニュージャージーで白亜紀の地層から90属420種にわたるカタツムリの化石を採取してきて、200万年ごと8層にわたって種分化率を見積もった。そして、すべての属について種分化率を棲息範囲の中央値に対してプロットしてみると、より広範に棲息する属ほど分化率が低いという統計的に有意な結果が得られた。この一見矛盾するような結果についてのDaveの解釈は、分化率も低いかも知れないが、より広範に棲息する属ほど絶滅率も低い。なぜなら仮にひとつの環境下で絶滅したとしても環境のことなる他の地域で生き延びている可能性が高いからだ。したがってもし地域間で種の交換が活発に行われているとするなら、絶滅した地域にもいずれまた環境の変化にしたがい他所から同種が入ってくるだろうから、全体としての絶滅率は低くなる。分化率が低くても、絶滅率も低ければ、必ずしも多様性が落ちることにはならない、というわけである。絶滅率が低いことを直接検証できればいいのだろうが、分化にくらべて絶滅というのは離散的な現象で、1000万年くらいのデータでは統計的に有意な分析ができないそうである。白亜紀のテキサスとニュージャージーだと、気候は温暖で広範囲にわたって均質だったろうから、絶滅率も分化率も低かったであろうことは想像に難くないが。
つづく1時半のメインセミナーはうちの学科のDoug MacAyealによる南極の氷棚が解ける話。去年の3月、南極半島の付け根にあったLarsen Bと呼ばれる3000平方キロの巨大な氷棚が、無数の氷山にくだけ散って海上に流れ出した。これは過去最大級の崩壊で、大勢の科学者が温暖化の影響によるものと見ている。衛星写真で見る限りこの崩壊は1ヶ月くらいの速いタイムスケールで起こり、氷が海上に占める面積が倍増している。このメカニズムについてのDougの仮説は、気温の上昇とともにクレバスに水がたまり、それが無数の深い縦の割れ目に成長し、200メートルくらいの厚さの氷棚がタイルを横に並べて立てたような状態になり、しまいにドミノ倒しの要領で一気に横に広がるというもの。単純な力学モデルを作ることができるかもしれない。Dougは一昨年にも南極にでかけていって、氷山の上にGPSを設置してきた。そのときのスライドを見せてもらったが、一番興味深かったのがペンギンの生態である。昨今の温暖化でペンギンの住む環境もかわりつつあり、冬の間雪氷の上で元気にくらしているペンギンも、夏になって自分の住処から氷がなくなっていくにつれ、あたらしい氷を求めて移動を始める。しかし、ペンギンの中には、長距離歩くことが全くできない種類の者がおり、こういう連中は少し歩いて遠く海の沖合いに氷山を発見すると、絶望のどん底に落ちて死んでしまうのだそうだ。南極の雄大な景色をバックに、氷の上の小さな池の中にこうして生きることを諦めたペンギンのなきがらが多数浮いているさまはちょっとショッキングで、しかもすぐその横を元気な種類のペンギンが何ごともないかのごとく隊をなして別の住処に移動していることで、ますます複雑な気持ちにさせられた。
晩御飯の時、次女にサイエンスフェアでは何をやるつもりなのかい、と聞いてみた。すると、「色つきセロリ」だそうだ。つまり、切ったセロリの茎をインクに立てて、インクが茎の中にしみ込んでセロリの色が変わるのを観察するのだそうだ。「ほほう」。思わず質問してみたくなる。
「あのさ、お椀に入った味噌汁が勝手に上に動きだすことはないよね。重力が効いてるから。じゃ、どうしてインクはセロリの中を上に行くことができるんだい?」
次女はちょっと考えてから、「ええと、それは、セロリがインクを飲んでいるんだよ」。結構センスは悪くないかもしれない。横から家内が、セロリを陽にあてたり日陰に置いたりして条件を変えてみたら、とか言っているので、内心、それって光合成の実験ではないかい?と疑義をはさむ。
しかしあとでゆっくり考えて、あれ、植物が水を吸うのは毛管現象(capillary action)だったっけ、それとも浸透圧(osmotic pressure)だったっけ、とはっきりしなくなり、ネットで検索してみると、日本流体力学会の機関誌「ながれ」に電通大の細川先生が書かれた記事(pdf)をみつけた。何と、このような日常的な現象でさえ、決定的な結論が出ていず、いまだに活発な研究の対象になっているらしい。小生のやってる流体力学よりよほどtopicalだったりする。たしかに蒸散作用による説明には無理があると思うが(こんなところにもClausius-Clapeyronが使われている!)、これを試すにはセロリを異なる湿度にさらしてみればいいはずで、だとすると家内のゴタクも当たらずと言えども遠からずということになる。小学生のサイエンスフェアと言って馬鹿にできない。わが娘ながら目のつけどころがいいわい、と親ばかぶりを発揮する。
今日のGFDの講義は運動方程式のスケーリングと各項のオーダー見積もり。ここは何度やっても、運動方程式における重力と上下の圧力勾配の突出した大きさに感嘆せざるを得ない。移流項とかコリオリ項とかはSI単位でせいぜい10のマイナス3乗とかそんなものなのに、重力加速度は10のオーダーである。これだけ大きいと、かりに0.1パーセントとかの重力異常でも(たとえば今まであった氷床がごっそり解けて無くなったなどの理由で)、流体への力学的効果は相当大きいはずである。
次女のみんとブリジットは学校の同級生(小学校3年生)で、幼馴染みでもあり、大の仲良しだ。ところが、ブリジットのうちは今度引っ越してしまうことになった。6月までは今の学校に来るが、そのあとはインディアナへ行ってしまう。その二人が、今度チームを組んで学校のサイエンスフェアに参加することになった。本人たちはいたってその気で、いくつかアイデアがあると言っているが、まあ小学3年生なので、親がかなりテコ入れしなければならないだろう。長女のエミの時もそうだった。準備期間は2ヶ月あるから、やろうと思えば結構まとまったことができるはずだ。参加者の親は承認のサインをしなければならないので、ブリジットのお母さんと電話でちょっと話した。引っ越しの準備でどたばたしているし理科は得意でないので、あまり手伝えないと思う、と彼女は申し訳なさそうだった。そういうことなら、こちらができるかぎりのことをしましょう。わたくしも理科は得意ではないのですが、多少の心得はあるので、少しは力になれると思いますよ、と申し上げておいた。なかよしの二人が学校で一緒にやる最後のプロジェクトがサイエンスということなら、成績の善し悪しではなくて、思いっきり楽しんでいい思い出になるような経験をさせてやりたい。
アップル社の新しいウェブ・ブラウザ「サファリ」のベータ版を試している。なかなか機動性がよい。Internet ExplorerやNetscapeに比べると、確かに平均的なロード時間が目に見えて短いことが実感される。(ただし3倍とか、アップルが言うほど速いかどうかは疑問だ。)今のところMac OS Xにしか対応していないが、日本語フォントのanti-aliasing処理も3つのブラウザの中では最も美しいと思う。まだベータ版なので、いくつか足りない点(たとえば、リンクの下線を消すことができない)はあるものの、OS との相性ということを考えると、将来的にはこれをデフォルトのブラウザにするのがよさそうだ。
本来なら月の第一水曜(ことしは元旦だったが)は教授会の日なのであるけれど、学科長が学会で台湾に行っていて留守のため、教授会は22日まで延期となった。いつもだと議事録を書くのにあてる時間が浮いたので、論文の続きを書く。最近書き方がだらだらしてだんだん惰性的になってきていたが、最初に持ってくる仮説の書き方を変えてみたところ、ぐっとしまりがよくなり、俄然やる気がでてきたぞ。
3年ぶりに大学院のGFDの講義をやる。観客受講者は4人。もともと今学期は教える予定でなかったので、直前になるまで講義登録をしなかったことを考えれば、上出来だ。4人のうち3人が先学期の流体力学からの継続受講者である。したがって、初日から容赦なくオイラー=ラグランジュ方程式を使って回転球面上の運動方程式を書き下すという、無味乾燥な作業をこなす。実はこれが全教程の中でもっとも面倒かつ退屈な箇所なのだが、ここを乗り越えてしまえばあとはラクになるので、学生が元気なうちにさっさと片付けてしまう。(ちなみに、オイラー=ラグランジュを使わず、オイラー方程式に直接座標変換をかますことももちろん可能だが、途方もなく煩雑になるため、黒板の上で導出する時にはまったくもって薦められない。)これで次回のラプラス潮汐方程式への布石ができた。
今学期のもうひとつの重大な課題は、来学期の学部生用の「大気科学入門」の講義計画を練ることだ。学部の講義は大学院と違って学生の数も多いし、とくに入門のコースには自然科学とは縁遠い人文系の学生も来るので、オイラー=ラグランジュなど言うに及ばず、一階の常微分方程式でさえ使うことがままならぬ。しかも、学費丸抱えで雇われている大学院生と違い、学部生は膨大な学費を親に払ってもらって来ているので、コストに見合ったパフォーマンスをしないと、とたんに苦情がきたり厄介なことになるのだ。したがって、準備は周到にするに越したことはない。さいわい、去年までこのクラスを教えていた教官が自分で作成した講義ノートを貸してくれたので、これを参考にいろいろとアイデアを練る。この人は講義で喋ることをほとんど一字一句ノートに書き留めているので、10週間分の講義録だけでも電話帳2冊分くらいの厚みがあるが、ベテランがやることのワザを盗むには貴重な資料だ。
さて、しばらく前に署名入りでレビューした論文の著者から改訂版が送られてきた。この時は相当コテンパンに批評したので、これでひっこむだろうと思っていたら、かなり頑張って小生の批評に応えたものを送ってきたので、感心する。最初から質の高い論文を読むにこしたことはないが、建設的な批判を受け止めて大幅に改善された論文を読むのもまた気持ちがいいものである。優れたサイエンティストは、ものをよく知っているだけでなく、知らないことを学ぼうとする謙虚な姿勢を常に持っている。「teachability」と呼ばれる資質だ。それは他人からの批評にどう反応するか、という点に如実に現れる。あ、これってサイエンティストだけじゃないかもな。
新学期をむかえ、子供達は元気よく出かけて行った。と思ったら、数分とたたぬうちに長女が大慌てで帰ってきて、「大変大変、バイオリンを忘れた」。そんな大事な物を忘れるなんて、ちょっと休みボケではないかい。
やや時間をおいて、小生も家内に駅まで送ってもらう。「じゃあね。ケータイ持ったから、何かあったら電話してくれ」。そう、ついに今学期からは、通勤時にケータイを携帯するという一大決心をした小生なのであーる。10月に買ったプリペイド式の2台目をとうとう先日小生用にアクティベートしたのだった。さて、駅で切符を買おうとしてバックパックを開けると、やや、ない。財布をしまってあるはずのサイドバッグが入ってないのだ。うかつにも、バックパックに入れたつもりで家においてきてしまったらしい。これは、子供のことなど言えないとんだ休みボケだ。そうだこういう時こそ、ケータイで家内を呼び戻して届けてもらえばいいではないか、グッドタイミング!とニンマリしたのも束の間、肝腎のケータイも財布といっしょにサイドバッグに入れてあったことに気がついた。んがー使えねえ。とゆーことは、仮に家内が小生のケータイに家から電話をかけたとすると、ソファーの下あたりでリンリン鳴っているサイドバッグを発見することになるのであろう。開いた口のふさがらない家内の姿が目に浮かぶようだ。
で、財布のない小生は万事休すかというとさにあらず。万一の時に備えてジャイアントロボに補助燃料がつんであるように、小生は常にジーンズのポケットに小銭やよれよれのお札を忍ばせてあるのだ。古いレシートやチューインガムの包み紙などに埋もれたあり金をかき集めて勘定すると、約15ドルあった。これなら、オフィスまでの往復はもちろん、昼にサンドイッチとコーヒーを買うくらいの余裕があるぞ。よかったよかった。ちなみに、あとで家内からオフィスに電話がかかってきたので問いただしてみると、たしかにケータイに電話をかけたけれども、うんともすんとも言わなかったそうだ。どうも、アクティベートした時に電源を入れっぱなしにしておいたので、さっさと電池が切れてしまったらしい。ますます使えねえ。
まあ、今頃はじめてケータイを使い始めるなどという時代遅れの輩は小生たちだけかというと、あながちそうでもないらしい。このあいだの日曜日、うちの教会の牧師いわく、「このたび、教会のコンピュータをDOSからWindowsにアップグレードすることになりましたので、つきましては個人データの再入力をお願いします。」一体、今まで誰がコンピュータを管理していたのだろう。謎だ。
初講義は明日なのだが、今日は新年早々、人事に関して予期せぬ事態がおこり、水面下の調整に追われる。
6月の気象海洋流体力学の会議の論文要旨の投稿期限がきのうだったので、あわてて地衡風乱流実験の予備結果をちょこちょこっとまとめてインターネットで提出しておいたら、今日になって投稿期限が一週間延びました、との連絡。なーんだ、そんなことならもう少しゆっくり考えて書くんだった。もっとも、期限までは要旨をオンラインで変更することが可能なので、実質的には何ら損をしたことにはならないのだが。考えてみると、これはオーガナイザーが小生のように土壇場まで投稿しないなまけものを牽制する作戦だったのかもしれない。だとしたら、まんまとその手に乗ったことになる。
Christ childの名の通り、クリスマスを境に強さを増したエルニーニョは全世界で異常気象をもたらしているようだ。ヨーロッパ各地では大雨で洪水が深刻さを増すいっぽう、アルプスでは雪が少なくスキーがしにくい環境になっているらしい。ロサンゼルスでは最高気温が28度とこの時期としては記録的な猛暑になっているそうだ。シカゴは今のところ平年よりちょっと暖かいという程度で、クリスマスイブにはけっこうまとまった雪が降ったりしたが、12月初旬の厳しい寒波から比べると、ずっと過ごしやすい陽気になっている。
エルニーニョ自体は熱帯の現象(海面温度の分布が平常と大きくことなる)だが、その影響は世界中におよぶ。そのメカニズムの中心的役割を果たすのが、惑星波の水平伝播である。すなわち、エルニーニョ現象がエネルギー源となって赤道付近で波を励起し、その波が高緯度に向けて地球の表面を伝わって行き、遠くの場所での気象条件を大きく変えるのである。このように波動伝播が、非常に離れた場所の間に因果関係をつくり出すというのは大気中ではめずらしいことではない。成層圏の突然昇温が地表面の海陸分布によって励起されたり、地面から大気に与えられる運動量のかなりの部分が境界層ではなく、成層圏や中間圏での減速に用いられているなど、むしろ枚挙にいとまがないほどである。冬学期の地球流体力学ではしたがって回転成層流体中の波動力学を基礎からみっちり教えこむことにしている。シラバスを練るのに余念がない。
きょうはこのほか、一本残っている論文のレビューに何とか目処を立てた。すでに相当忙しくなってきているが、月曜からはまた3月中旬までフル操業の日々がスタートする。
クリスマス休暇で約一週間のんびりしたが、1月6日の新学期開始にそなえてまた仕事モードに戻りつつある。毎年冬学期の開始は1月の第一月曜日ときまっており(元旦が日曜か月曜に重なった場合は火曜日から)、今年は比較的ゆっくりできるが、早い年には1月3日から講義などということもあるので、正月気分は全くない。
年が明けてから去年の成果をうんぬんするのも何だが、とにかく1月から5月までかけて難産したNSFのプロポーザルが通ったことで、ひとつ肩の荷が下りた。このプロポーザルが今までのプロポーザルと違っている点は、地球流体力学の理論だけで売り込んだことである。小生の分野では目下気候変動・環境システム論など、学際的な研究が花盛りであり、流体力学の理論だけで銭を取ってくるのは困難になりつつある。ひとつには地球流体が分野として成熟しつつあることもその原因だと思う。小生の同僚にも「地球流体力学は死んだ」と公言してはばからない輩がいる。しかしそれ以上に、昨今の環境ブームで、生物学・化学・物理学の接点に「ファッションが移った」、というのがより的確な表現かもしれない。ファッションが移るということは、とりもなおさず研究費の出やすい分野が推移するということである。
しかるに小生には、他のみんなに追随してファッショナブルな分野に鞍替えするというような器用さはないので、力学分野でやり残されたことの後始末に奔走している。(こう書くと不本意な研究をしているように聞こえるかもしれないが、実際のところは、まだまだ力学が面白くて別の分野に鞍替えする気には到底なれないというのが本音である。)しかし、それでは研究費がまかないにくいので、今までのプロポーザルでは、自分の理論研究がいかに気候変動や環境システムの理解につながるか、もっともらしい議論をくりひろげ、何とか気候変動・環境システム研究としての体裁を整えて、お金をもらっていたのである。けれども、こうやって書いたプロポーザルの中身と、実際にやっていることには相当の落差があって、われながら後ろめたいものを感じていた。
つまるところ、対数型特異点を持つ超幾何関数の零点の数が、気候変動にどう関係しているというのだ。
表向きの看板と中身が全然違う、こういうのを羊頭狗肉というのである。実体は明らかにおもちゃであるくせに、内容量わずか5グラムのキャンディーを入れて「ラムネ菓子」としてスーパーで売っている、バンダイのウルトラ怪獣名鑑のようなものである。(いったいいつからバンダイはお菓子屋さんになったんだ。)おもちゃならおもちゃの、流体力学なら流体力学の看板をかかげるべきなのである。特に、売り手がそれを本当に面白いと思っているのなら。そのように態度を一新して正攻法での挑戦だっただけに、こんどのプロポーザルが通ったのはとても嬉しい。
さて、ゼットンかゾフィーを狙ってクリスマス・イブにミツワで買ったウルトラ怪獣名鑑2であったが、出てきたのはお馴染みの三面怪獣であった。結果として何が出てくるかわからないところも、小生のかつてのプロポーザルに良く似ている。