地球物理の研究スタイルとしては、理論、データ解析、実験、野外調査とおおざっぱにわけられるかと思う。これらは必ずしも独立しているわけではないが、それぞれに要求されるセンスや資質が微妙に違うので、理論屋、解析屋、実験屋、フィールド屋と分業化されることが多い。小生の場合、実験に必要な手先の器用さや、データ解析や野外調査に必要な忍耐が足りないので、最も楽のできる(いつでもどこでもできる)理論畑を選んだ。
たとえば、大学の卒業研究ではマントル対流による地殻の沈み込みを定性的に再現する実験に取り組んだが、これが悲惨だった。室温で凝固する作業流体を水槽の中で下から温めて対流をおこし、表面付近で凝固して皮状になっている「地殻」を引きずってシワをよせる様を観察しようという主眼だった。しかし、つごうのよい物理条件をみたす作業流体にはひとくせもふたくせもあるのがふつうである。この実験に使ったのは尿素という物質で、名前からも想像がつくようにえらい臭気を発生するシロモノだった。惨事のもとは、実験に使うアクリル水槽を自作したことにあった。円筒状の側壁と底板を強力な接着剤でつなぐところまではよかったが、対流を起こすべく底板を過熱したときに、横方向へ膨張して側壁との接着面に亀裂が入ってしまい、そこから液体がもれるはもれるは。しかも、こぼれだした尿素は室温となってただちに凝固するため、最初に実験の様子を見に行って、水槽の側壁の底の所に鍾乳洞よろしくガチガチに盛り上がって悪臭を発している白い塊を発見したときはぎょっとした。結局、どう水槽を作り直しても浸水を止めることはできず、こぼれだした尿素を始末するのに終止して、ろくな実験結果が取れなかった。この時点で自分には実験のセンスはない、と確信した。(もっとも上には上がいるもので、ものの本によると、排他律で有名なパウリは、彼が実験室に近付いただけでフラスコなどが壊れたそうである。)
同じく大学4年の時の卒業演習では、福島県の断層から岩石標本を採集してきて、残留磁気を測定するというプロジェクトをやった。当時相撲部員だった小生と、もうひとりボディビル部の同級生が体力を買われて参加することになった。採集旅行そのものは飯もうまく楽しかったが、出発早々ジープのシフトレバーが折れてJAFのご厄介になったり、東北自動車道の上でバンの後扉が突如開き、積んであった旅行鞄や試料が路面に散乱、だれが取りに行くか路肩でジャンケンをして決めるなど、ハプニングも多かった。さらに、苦労して集めてきた試料の残留磁気を一本一本測定するのは気の遠くなるような作業で、野外調査に対する印象が一挙に悪くなった。
大学院へ進み最初に論文にした仕事は大気の熱輸送のデータ解析だったが、図面にエラー・バーをつけずに投稿したのが査読者の逆鱗に触れ(?)、解析を全部やりなおし。この時点で自分には理論しか進む道はない、と心に決めた。
消去法で入ったような理論畑だったが、やってみるとなかなか面白い。それに気象関係だと観測データがずらりと揃っているし、数値模型も比較的簡単に走らせられるので、その方面の論文は多いが、物理的直観に訴える理論研究というのは稀少価値がある。難点を言えば、小生の頭ではほんとうに使える理論は5年にひとつくらいしか出てこない、ということぐらいだろうか。