ホームぼぼるパパの部屋研究日誌2002年4月

日々の研究

by 

ぼぼるパパ

2002年4月30日

今、最近亡くなられた神学者のハンス・ビュルキ師の「主の弟子となるための交わり」という本(いのちのことば社、多井一雄訳)を読んでいる。(この本はクリスチャン向けに書かれたものであるが、考えさせられる中身を持っていて、一般読者にも推薦したい。)で、この中で語られている次の2点について、自分にてらしあわせて思いを巡らせている。

しなければならないことをしない人は、しなければならないことをしないというより、する必要のないことをしているのです。その結果として、本当にしなければならないことを成し遂げることができないのです。

本質的なものについての知識を求めるのではなく、本質的でないものについて極度に厳密な知識と明晰さを求めてしまうのです。知性の持ち主が、ほとんど宗教的と思われるほどの情熱をもって、それほどの労力を費やすに値しない事柄の探究と解明に自らをささげるのは、まことに驚くべきことです。

まさにちんたらと重箱のすみをつつくような研究をやっている小生に向けて書かれたような文章である。もちろんこれは「何をしなければならないか」「何が本質的で何がそうでないか」を知っていることを前提としての話だと思う。たとえばプロポーザルの締め切りが三日後に迫っているときに、思い立ってエルゴード定理の証明などに挑戦して熱中するならば、間違いなく締め切りは過ぎていくであろう。また、自分の論文には、技術的には隙がないものの、読んだあとに「それで?」と自問せざるをえないような論文が相当数あることもまた事実である。わかっていて、なぜそうなってしまうのか。本来あるべき姿に向かうにはどうしたらいいのか。努力や意志の力ではだめである、というのがビュルキ師の論点だがこれについては本を読んでもらうことにしよう。

やっかいなのは、何をなすべきか、本質的なことは何かということが必ずしもいつも明らかではない点だ。解けるあてのない計算を紙にかきなぐっていくことは、締め切り直前には問題だが、でもそういう中から新しい(そしてまれには)本質的なことが生まれてくるわけだから、長い目でみれば「しなければならないこと」の範疇に入ると思う。いつ、どこでしなければいけないかが、采配の難しいところだ。

2002年4月29日

なおりかかっていた風邪がぶりかえしたのと、またまた腰痛にみまわれたのでどうもすっきりしない一日だった。しかし、家内がこしらえたイギリスの伝統的なデザートであるトライフルの出来映えが上々で、少し幸せな気分に。

2つのプロポーザルと、論文のレビュー2つに博士論文1つと、やらねばならぬ事が目白押しのときに限り、妙なアイデアが浮かんで思わず紙に計算をはじめてしまう。強制された定常ロスビー波とオゾン積分値の関係についてである。定番の線形解を用いてさらさらと答えが出るはずだったが、定積分にガンマ関数やArc tangentが混ざってきて結構ややこしくなった。学科の図書館には昔誰かが置いて行ったものと見られる日本語の岩波数学公式集全3巻が保管されていて、こういう時便利であるが、不定積分でよければWolfram ResearchのオンラインIntegrator もなかなか使える。で、苦労してでてきた答えを吟味してみると、全く予想と異なる結果になっているぞ。2、3回計算の再確認をしても結果は変わらない。アイデアそのものが間違っていたか、使用したモデルに何らかの欠陥があったかのどちらかだと思うが、またこれで半日結果を出さずにすごすことになって後味が悪い。

年内の出版あやうしと思われていたGRL論文だが、今日いきなりゲラが届いた。予想に反した迅速さに感動する。GRLのホームページを見ると、4月に入って急激に出版数が増えており、GRLに関しては電子化への作業は順当に進んでいるようだ。今日はこのほかDoug君とNASAのプロポーザルの草案を練る。

2002年4月26日

EGS総会は有意義であった。おととい家を出てまもなく腕時計が止まったり、ホテルの電話がぼそくて家に国際電話がかけられなかったり、昨晩会場から帰る途中、怪し気な男性と私服警官数人に取り囲まれるなど、小さなハプニングはいくつかあったものの、全体としてはスムーズだった。ニースはモナコとカンヌの中間ぐらいにある地中海に面した街で、気候はいたって温暖。点在するシュロ(?)の木に混じって、白壁にオレンジ色の瓦屋根の家が密集しているのが印象的だったが、街を見学している時間は全然なかった。

昨日は朝の8時から夜の9時まで、発表を聞いたり人と話をしたり自分のポスターの説明をしたりと、密度の濃い1日。EGSはアメリカでいえばAGUにあたり、総会は大規模なのだが、会場が広くいくつもの分科会にわかれているため、少なくとも口頭発表は比較的ゆったりした感じで聞くことができた。まず、持ってきたポスターを所定の位置に貼る。あらかじめ指定された大きさぎりぎりいっぱいに作ってきたので、他のポスターに比べて少なくともサイズでは見劣りがしない。そのあと昼までは成層圏対流圏物質交換のセッション。Anndreas Stohl, Henri Wernliなどのドイツ勢が観測(ベリウム同位体比など目新しい手法もあり)と輸送モデルで圧倒的な存在感を誇る中、Doug君の同僚のMike Frommが山火事起源の成層圏エアロゾルの話で異彩を放っていた。

大会議のいい点はいろんな人(知ってる人もそうでない人も)に会えることである。京大の余田先生と彼の研究室の最近の卒業生である水田博士にばったり出会い、お昼を一緒に食べた。余田さんはちょっとした会議に行くと必ず来ていらっしゃる(流石!)ので、アメリカやイギリスの多くの研究者よりずっと頻繁に会っている感じだ。水田氏が当日記の読者であることも判明(ご愛読ありがとうございます)。このほか、シカゴ大学のうちの学科の卒業生であるCaryn Erlick、シアトルからはJim Holton、Phil Mote、またJohn Scinocca、Geoff Vallis、Dick Peltierなど常連といえば常連だがしばらく会っていなかった人たちと再会し近況を交換した。

午後は水田氏の発表のある非線形混合過程のセッションへ。南極の成層圏界面付近の4日周期波に関連する混合の年々変動についての興味深い発表。順圧不安定が一枚噛んでいそうな感じだが、後で話をきいてみると、どうもそう単純ではないらしい。このほかLegras、Tuck、Provenzaleなどの混合に関する発表を聞いたあと、成層圏対流圏のセッションにもどる。Mike PratherやケンブリッジのGavin Eslerが出てきて、ようやく物質(とくにオゾン)交換の対流圏化学への影響についての本質的な議論が聞けた。モデルスキームの質量保存性が物質輸送に与える量的な影響についてのBregmannの(セッション最後の)発表はなかなか印象的であった。全般的に成層圏対流圏のセッションは玉石混交ながら最前線の現状を確認することができ、プロポーザルに加えるべき資料もいくつか手に入って有益であった。

長い1日のしめくくり、ようやく6時から小生のポスターセッション。これがなかなか活況で、少なくとも観客不足の心配はしなくてすんだ。しかし、ひとつのポスターの幅がわずか90センチと狭く、となりの発表者とぶつからないようにするには、1回にせいぜい二人ぐらいにしか説明することができず、2時間フル稼働してもまともに説明できた相手は10人とかそんなものであった。オゾン観測の関係者で、論文で名前を見たことのある欧州勢が数人立ち寄って行ってくれた。大方の反応は良好。ただひたすら時間が足りない。さいごにMike FrommともうひとりのDoug君の同僚が挨拶にきてくれた。ポスターを片付けて、家にEmailを送り、会場を出たのは夜9時。疲れた。

今日は長女が友だちの誕生会に招かれていて送っていかなければならない関係上、夕方までになんとしても帰らなければならぬ。ヒースロー空港から時間のかかるバスを敬遠して、地下鉄と電車を乗り継いで、ケンブリッジまで戻る。

2002年4月24日

さいわい風邪の具合はだいぶいい。腰はまだちょっと痛いけど。これから6月にかけて6回ある発表会の先陣を切って、それではまず、EGS総会へと向かわん!

2002年4月23日

今週は学科のほとんどの教官と研究員がEGSに出かけていて、教室に残っているのは学生が数人だけだ。今朝オフィスに顔を出すと、学生の一人に「あれ、もう会議から帰ってきたんですか」と言われた。いやこれから行くんだと言うと、「talkはいつですか」と聞くので、「talkではなく、ポスターなんだ。時間は木曜日の夜。」と答えると、「何もわざわざ出かけていかなくても、ポスターをファックスして、Peterに貼っといてもらえばいいじゃないですか」と冗談を言っていた。顔ではあははと笑ったが、内心それですむならたしかに楽だろうなあとうなずいてしまった。Peterに誘われて参加することにしたものの、もともと小生はEGSのような大きなコンファレンスは好きじゃない。確かに最先端の研究に触れていい刺激になるには違いないのだが、自分の頭で消化できる情報量には限度があるので、5日間も会議場にカンヅメになるのはいたたまれない。しかし、いったん発表の要旨が受理されてしまうと、ポスターであろうが口頭発表であろうが本人が現場にいなければならないというルールになっているので、面倒ではあるがとにかく明日午後からフランスに行ってきます。金曜日の昼過ぎには戻ってくる予定。

で、持っていくポスターの最後の図面がイマイチきれいに印刷できなくて、Doug君にグラフィックス・ファイルを送りなおしてもらうのに手間どった。Postscriptでは20メガバイトと大きすぎるので、gifに落としてもらおうと思ったら、どうもむこうのコンバータに不具合があるらしく、画像の分解能が足りない。それならと、こっちでghostscriptを使ってjpegに変換しようとするとなぜかエラーが出まくって、これもぜんぜんうまくいかない。結局苦肉の策として、postscriptをghostviewであけ、copy and pasteを使ってPowerPointにおとしてもらい、受け取ったPowerPointのファイルからこちらでIllustratorにcopy andpasteするという、実にまどろっこしい方法でやっとファイルの転送に成功。サイズは2メガバイトくらいになった。PowerPointでファイル変換をやったのは初めてだ。おかげで夜になってようやくポスターが完成。(全体像はこんなかんじ。ただしちょっと重いです)ずいぶん時間にゆとりをもってはじめたつもりだったのに、いつも準備ができるのは出発直前だ。えーと、とまるホテルはどこだっけ。お金を払った覚えはあるんだが、名前を書き留めておくのを忘れていたぞ。それに、そもそもEGSの会場がどこなのかも調べなければならない。ええい、おっくうだ。

2002年4月22日

あとはプリントアウトしてつなぎあわせるだけとか軽く書いたのは大間違いで、ポスターの切り貼りは予想外に大変。33枚のA4版のプリントアウトをポスターボードにまっすぐ並べて貼っていくだけの、まったく頭を使わない作業なのだが...。そのうえ、床の上ではいずりまわって作業をしているうちに腰を痛めたらしく、立ち上がろうとしたら背中がまっすぐにならない。この程度のことで動けなくなるとは、小生もジーさんになったわい、とぼやく。しかも風邪をひいた。さいわい出発は水曜の午後なので、何とかそれまでには回復するだろう。学会から帰ってきたら少し水泳でもして、若返りをはからねば。

若返りといえば、約6年ぶりに、大学の研究室のウェブページを更新した。更新したといっても、"THIS PAGE IS EXTREMELY OUT OF DATE AND WILL BE UPDATED SOON. PLEASE CHECK BACK LATER." (このページの中身は極端に古いです。近々更新しますので、またおいでください。)というバナーをてっぺんにつけただけ。久しぶりにのぞいてみたら、「最近」の著作に1993年の論文などがリストしてあり、同僚のページに比べてあまりにも見劣りがするので、さすがに何とかせねばと思った次第。こうしておけば、少なくとも生きている証拠ぐらいにはなるだろう。実際いつ内容を更新するかは、未定。まあ、いいわけをすれば、小生は、うちの学科の他の教官たちのウェブページの更新をまかされているのである。同僚たちの著作リストなどを頼まれてはちょこちょこ更新しているうちに、自分のページまでやる時間や気力もなくなってしまう、というのがいつものパターンなのだ。やっぱり年だなあ。


2002年4月19日

午前中は、化学科の学生が持ってきたソンデと航空機による成層圏の微量化学成分の観測結果をたたき台にして、Peter Haynes, Zoltan Neufeld, Rod Jonesらとテーブルを囲み、ブレインストーミングをする。オゾンとメタンで微妙に構造が違うのはなぜか、というところで議論が沸騰し、これはいよいよ小生のトレーサー相互関係理論の機が熟しているな、という手ごたえを感じる。

ポスターの作成は無事終了。あとはプリントアウトしてつなぎあわせるだけだ。最近は学会に行くと、どのグループもきちんとオーバーサイズのプロッターで印刷したものをラミネートして、見栄えのいいポスターをもってきている。しかし、ケンブリッジの応用数学理論物理学科にはそんな上等な施設はないので、家で安物のカラープリンターを使ってばらばらに印刷したものをポスターボードに手で貼付けるという、きわめて原始的な手段に頼っている。(こういう時Illustratorのpage tiling機能が威力を発揮する。)Woolworth'sやHeffer'sに寄って、切り貼り用の材料を買い足して帰る。

シカゴの物理系事務局から、NSFのプロポーザルの予算内訳のスプレッドシートが届く。ポスターは自分で作らなくてはならないとしても、お金の計算とかそういうところで手伝ってくれるスタッフがいるというのは実に有り難い。なんとか4月中に提出できそうなメドが立ってきた。

2002年4月18日

「人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。」創世記3:18

創作活動や研究に長いことたずさわっている人なら、自分の代表作品というものをひとつやふたつは持っているだろう。小生の場合、ひとつ選ぶとすれば、等価長診断法を開発した1996年の混合問題に関する論文である。この論文にはいろいろと思い入れがあって語り出すとキリがないが、何と言っても感慨深いのは、家内がいなかったらこのアイディアは生まれなかっただろうということだ。

シカゴのうちの学科では毎週金曜日になると教官が全員集まって、昼ごはんをほおばりながら、同僚の最近の研究結果の発表を聞くというならわしになっている。これだけならよくあるbrown bag seminarだが、異色なのは、発表者は前日まで指名されず、わずか1日で準備をしなければならないという点である。(何でも以前は当日その場で指名されていたらしい。しかしそれはいくらなんでも時間がなさすぎる、ということで前日指名になったそうだ。)しかも、指名された者はことわってはいけない、という決まりになっている。年に1回の持ち回りとはいえ、話す順番を待ち望んでいる者などいないので、木曜日になると指名委員の訪問から逃れるため、みんなオフィスからいなくなって、ビルががらんとなる。発表者が見つからない場合は、指名委員が自ら発表しなければいけない決まりになっているため、指名する側もあの手この手を駆使して、未発表の候補者を追い詰めていく。この両陣営のテンションが見ていて手に汗にぎらせる(というほどのこともない)。

で、忘れもしない1994年12月第1週の木曜日、運悪くオフィスでZ教官の訪問を受けてしまった小生は、デフォルトで次の日の発表を引き受けてしまったものの、はたと困った。ちょうど研究の端境期で、話す価値のある結果が全然ないのだ。翌日の発表計画に暗雲のたれこめはじめたころ、そういえば、講義の教材用に小生が開発した地衡風調節実験のMacintoshソフトがあったっけ、と思い出した。これは数値実験の初期条件や分解能、出力表示の設定などをダイアログ・ウィンドウを使ってインタラクティブに入力でき、出力をアニメーション・ファイルに落としてプレイバックすることもできるという、当時としては画期的な作品で、GUIにもかなり凝った(コードの95パーセントはGUIだった。ちなみに当時はPowerPCプロセッサが出る前で、ビデオカードの処理速度も遅かったので、このソフトを今日の高速Mac上で走らせると、動画の一部が速すぎてややちんけであるが、まだ十分使用に耐える)。演題には何の制約もないので、この「製品」の発表会ということにすればいいや、という結論に落ち着いた。

夕食を食べながらこの計画を家内に話すと、彼女はあまり嬉しそうな顔をしなかった。

「あなたは、サイエンティストでしょう。それなのにコンピュータ・プログラムの実演でお茶を濁そうっていうわけ? これからそれで食べていこうって人が、サイエンスほったらかしにしててどうするのよ。サイエンティストならサイエンティストらしく、自分の分野で正々堂々と勝負したら?」

言われてみれば確かにその通りである。小生はその場で悔い改めて、路線変更することにした。しかし、なにぶん時間がない。明日の発表まで16時間、それまでの間に新しい結果を出すには、大きな数値計算などやってられない。紙とエンピツでできる問題でなければならない。すでに受理されていたラグランジュ的平均物質輸送にかんする論文の中で、かなり一般的な方程式を導いてあったので、それの特殊な場合として流れが水平非発散の場合の移流拡散問題に焦点をしぼってみる。寝室にこもって計算用紙に方程式を書き散らしていくと、面積を座標とする一次元の拡散方程式が得られ、その有効拡散係数はコンターの周囲長(厳密には、等価長)の自乗に比例するという、おどろくほど単純明快な結論が得られた。かき回すとものがよく混ざるということをこれほどずばり表現している方程式は見たことがない。突然美しい結果が現れたので、思わず見とれてしまって、計算のチェックも忘れるほどだった。トレーサーのコンターと面積の関係(混合の度合い)が等価長(かきまわし効果)によって決まるので、等価長を測ることによって混合の速さがわかる。こうして等価長診断法が誕生した。

明け方まで計算の続きをやっていたため、翌日の発表ではややろれつがまわらなかったが、小生は新しい理論の到来に興奮していて、発表のよしあしはもはや問題ではなかった。家内のハッパがなければ、適当にお茶を濁して発表はうまく行ったかもしれないが、新理論の誕生はなかったであろう。

思慮深い妻は主からのもの。箴言19:14

2002年4月17日

朝机に向かい、昨日の拡散の問題の続きを考えるかどうか大いに迷う。難しいけれど研究のテーマ上重要な問題であるし、気持ちとしてはすぐにでもとりかかりたいのだが、有益な結果が短時間に得られる目算は全然なく、いったん始めてしまうと泥沼化する可能性が極めて高い。プロポーザルやポスターなど他にやらねばならないことがある今やらなくてもいいような気もするし。たとえは悪いが、国内経済のたてなおしを棚上げにしてテロ掃討作戦を海のむこうで展開すべきかどうか、という決断を下すようなものだ。結局午前中だけと時間を区切ってやってみることにする。

計算用紙を何枚も使って裏表にびっしりと方程式を並べていくが、やはりちょっとやそっとではびくともしない。うまくいくかなと思っても、10分もたたぬうちに考え違いに気付いたり、一進一退(というより無進無退)だ。粒子の集合を連続体で近似したうえで解を求めると、数値計算の結果をスマートに説明できないことは昨日の時点でわかっているので、別のなんらかの近似を入れなければいけないことは想像に難くない。しかしそれがどういう近似であるべきかは皆目見当がつかない。3時間考えに考えて、結局時間切れ。ふうっ。悔しいが、機会をあらためて再挑戦するしかあるまい。まあ、タフな問題を存分に考えることができるのもサバティカルの醍醐味ではある。

午後はおとなしくポスターとプロポーザルの制作。

2002年4月16日

長いイースター休みが終わり、娘たちの学校の新学期が始まった。また早起きをして学校まで子供たちを送っていくルーチンに戻る。

午前中はポスターの続き。基本的にGRL論文の中身をもとにしているので、すでにある図面や文章をアレンジすればいいのだが、いくつか付け足しを要する箇所があるため、Doug君にたのんで新しい図面を何枚かひっぱってもらう。ティー・タイムにはPeterと混合に関する彼の論文およびエッセイについて議論する。問題のひとつは、単純に流れに乗って動いているだけ(拡散なし)の多数の粒子を、移流拡散方程式に従うトレーサーを座標として観測した場合、粒子の密度分布は拡散方程式にしたがうか?というもの。Peterと小生がそれぞれに試みた力任せのベクトル解析は、そうなる保証はまったくないという結論で一致するのだが、実際に数値計算してみると、かなりよい近似でトレーサーの分子運動を記述する拡散方程式の解になっている。これには理由があるはずだと、二人で頭をひねるが、大した足掛かりはつかめず。もういちどランダム・ウォークの問題にたちかえって考えなおしてみようということになる。

さて、いくつかのセミナー・オーガナイザーからそろそろ演題と要旨を提出してくださいとたのまれている。そういうこともあろうかと(引き受けたからには当然だろーが)ここしばらくtalkの中身を考えていた。で、大体こんなタイトルで行こうかと思っている。

"From Strange Eigenmodes to Ozone Miniholes: Theory and Application of Tracer Interrelationships in the Stratosphere" 「奇妙な固有モードからオゾン・ミニホールまで:成層圏におけるトレーサー相互関係の理論と応用」

長ったらしいが一応これならいいたいことは全部入っているし、なんだか訳のわからん演題にしておけば、興味本位で見に来てくれる人もいるだろう(ってなことはないかな、やっぱり)。

2002年4月15日

学会へ持っていくポスターを作るためにIllustratorを使ってファイルの切り貼りをする。本来ならこれは学生にたのむ仕事だが、たまたま現在学生をもってないのと、グラフィック・アートはそうきらいじゃないので、自分でやっている。Adobe Illustratorは1992年、version 3の頃から愛用しはじめて現在はversion9。(イギリスはソフトウエアの値段がアメリカの1.5倍くらいするので、version 10へのアップグレードはシカゴに帰ってからになりそうだ。)postscriptをベースとした図面引きは論文を書く上で必須の作業なので、このソフトは計算・ワープロ・インターネット閲覧とならんで仕事上重要な道具である。長年の間に機能性も相当進歩したけれど、最近はメモリーもどっさり食うので、128 MBのiBookではバーチャルメモリーにかなり頼らざるを得ず、スピードはイマイチである。

で、このあいだこの学会(EGS)の暫定プログラムを見て驚いた。小生のセッションは「成層圏下部と対流圏上部の力学と化学」で、convenerはPeter Haynesを含む3人である。午前の部の座長は、と見ると、「N.N.」と小生の名前の頭文字が入っているではないか。(あ。Peter。頼みもしないで勝手に座長にまつりあげるってのは、なしだぜ)と思いながら午後の部を見ると、なんとなんと、ここも座長N.N.となっている。おいおい、まじかよ、これじゃゆっくり人の話も聞けいじゃないか。とぼやきながら、小生の発表する夕方のポスター・セッションに目を通すと、あろうことかここにも座長N.N.と書いてある!自分の発表するセッションの座長を務めるなどということは前代未聞である。これはいくらなんでもおかしい、と思って、大気科学の他のセッションを調べてみると、興味深いことにすべてのセッションの座長がN.N.になっていることが判明した。ここにいたり調査を開始してわかったことは、N.N.はN. NakamuraではなくてNotNominated yetの略だったのであーる。

それにしても、小生のセッションは5日間の日程の4日目の夕方6時から8時という夕食時である。はたして観客は集まるのであろうか。

2002年4月12日

しばらく前にJGRがフォーマットを変えるという話題を出したが、いろいろなソースから手に入れた情報を総合すると、これは思っていたよりずっと大がかりなことのようで、JGRだけではなく、すべてのAGUの定期刊行物が影響を受けているらしい。まず、この1月からAGUのすべての定期刊行物は電子版がオフィシャルとなり、印刷版はつけたしとなった。なった、といっても印刷版から完全に電子版に移行するための手続きたるや相当なものがあるらしく、去年投稿されて受理された論文はほとんどが印刷用にフォーマットされていたため、電子版への変換に手間どっており(たとえば、複雑な数式をhtmlで表示できるような作業)、まだ出版のメドがたっていない論文が多数あるもようだ。「去年受理された俺の論文はどうなちゃったの?」という声を複数の知人から聞く。残念ながら、このことについてAGUの方からはあまり満足のいく返事が得られていない。(このあいだ受理された小生のGRL論文も、もしかすると年内出版はむずかしいかも、とやや悲観的になっている。普段なら3か月とかそんなものなのに。)電子版に移行することのメリットは、たとえば、動画やビデオなど従来の方法では別途著者や出版社のアーカイブから取り寄せなければならなかったメディアがそのままファイルに添付できる点で、日本でも流体力学会の「ながれマルチメディア」など成功例は数多くある。(今も多くの論文がpdfフォーマットでダウンロードできるが、pdfではマルチメディアをembedすることができない。)しかし、AGUほどの大きな学会が全部の機関誌を一気に電子化するとなると、いろいろ障害もあろう。電子化されてもっとも様子がかわるのが、電子論文の引用のしかたである。電子論文はWeb上でhtmlを使って公開するという性格上、ページ数というものを持たなくなる。そこで、電子論文を引用するためには、ページ数ではなくて、Digital Object Identifier (DOI) というコードと、出版された日にちを使うことになるんだそうだ。いままでだったら

Nakmaura, N., The Legacy of M78: a historical overview, J. Geophys. Res., 107(A1),
12,345-12,350, 2002

てな感じだったのがこれからは

Nakmaura, N., The legacy of M78: a historical overview, J. Geophys. Res., 107(A1),
DOI Number 10.1029/2001JA001490
Published 12 April 2002

なのだそうだ。DOIについてはいまいちよくわからないのだが、基本的には論文の巨大なデータベースということらしい。DOIに登録している論文に関しては、将来的には論文の引用文献一覧からその引用文献やジャーナルにリンクできるようになるそうだ。現在ISIのcitation indexがやっているようなことをリアルタイムでやるようになるってことかな。それはそれで便利だろうけど、長年書きなれてきたフォーマットを変えるというのはしんどい。今年は混乱を避けるためにJGRやGRLへの投稿は避けた方がいいかもなあ。

2002年4月11日

今朝は久しぶりにKings Paradeにあるケンブリッジ大学出版会の本屋に寄って物理数学の教科書を物色した。ここはアメリカや日本の大学のいわゆる書籍部と違い、ケンブリッジ大学出版会刊行の書籍しか扱っていず、店の規模もこじんまりしている。しかし、並んでいる教科書はどれも第一線の研究者による一流の中身で、いろいろ目移りして困った。渦法(vortex methods)に関する教科書を一冊買い求める。

トレーサー相互関係の理論に関連して、固有値問題のオペレータのスペクトルについてあやふやな点があったので、午前中は学科の図書室にこもり、応用数学やダイナモ理論の教科書をあさる。「有限の領域で定義された定常な移流拡散オペレータの固有解は離散的であり、直交性はないが完全性を有する」という定理を証明するのに、バナッハ空間だとかヒルベルト空間だとか、随分お目にかかっていなかったコンセプトが使われており、大いに面喰らう。この定理そのものも微妙な要素を含んでおり、領域の有限性と、小さくてもゼロでない拡散の効果が決定的に重要であることを学んだ。たとえば、二つの壁にはさまれた定常Couette流の中での移流拡散を考えた場合、もし拡散をゼロとすると、固有解は連続スペクトルとなる。また、拡散があっても壁をとっぱらって無限大の領域にすると、やはり固有解は連続スペクトルとなる。なぜ連続スペクトルでは困るかというと、トレーサが初期条件によらず最終的に落ち着く分布を知ろうとするときに、離散的な固有解のうち最も減衰率が小さいもの、という選択律によっているからである。さらに、オペレータが時間に関して定常でなく周期的に変化する場合には、ある時間から一周期先の固有空間への写像を支配する遷移オペレータのスペクトルを考える(Floquet問題)。有限領域での移流拡散問題の遷移オペレータが離散的なのは定常問題と一緒だが、この場合には固有解が完全である保証はない。つまり、初期条件の選び方によっては、定常問題で有効だった選択律が有効でない病的な場合もありうるということだ。なかなか奥が深い。

午後はPeter Haynesに頼まれて、大気科学事典のために彼が書いた「乱流と混合」の解説文を読み、コメントを書くという作業をした。

2002年4月10日

今日から3日間の予定で、ケンブリッジで全英大学全球大気モデル・プログラム(UGAMP)の定期大会が始まった。今回は他にいろいろと立て込んでいるため、小生はもっぱらランチタイムに潜り込んでサンドイッチをほおばりながら、参加者をつかまえて研究の話をするという「外交モード」に徹して、レクチャーの方は失礼させていただく。Brian Hoskins, Martin Juckes, John Methvenといった顔見知りの人々と話をする。

Emilyにわたす等価長の支配方程式の導出を半日かけて書き上げた。Cartesian座標ならすっきりするところなのだが、Emilyのモデルは球面座標で書かれているため、経度とガウス緯度の関数として書き下さねばならず、細部が少々煩雑になった。

さて、懸案となっていたBarry et al.であるが、著者の一人と連絡がつき、やはり赤道から搬出される熱量は中緯度の温度勾配によらないことが明らかになった。現在、そのことについての説明待ちという状況。しかし、裏話として分かったことは、風速が温度勾配の2/5乗に比例するという結果は、理論が先にあって実験で検証されたのではなく、先に実験で2/5乗という結果が見つかり、それを説明するために理論は後から作られたのだそうだ。これを聞いて、やや複雑な気分。Natureで読んだかぎりでは、はじめに理論ありき、そして実験で検証。という構造になっている。小生のような理論屋は、これは見事、とおもうわけである。しかし、実際の過程は逆だったわけだ。たしかに、ひとつの論文に理論も実験も載っていて、双方に整合性があるのだから、読者がそこから得る知識の本質に違いはないし、これがいい論文であることにかわりはない。が、サイエンスの本質は論理の過程である。小生の好みを言えば、ここはやはり思考過程に忠実に、まず実験結果を示し、そこから理論を仮説として導入してほしかった。多くの実験結果を見た上でえいやっと理論を書き下すのと、何も見ずにえいやっと書き下すのでは全然違う。もし前者がこの問題を解く王道であるにもかかわらず、後者のように書いたのだとしたら、あとに続く者たちに誤った方法論を教えることにならないだろうか。まあ、現実には、多くの場合理論と実験(あるいは観測)は全く独立に存在しているわけではなく、ある程度相互依存の関係にあるので、そのへんをどう書くかは著者の裁量にまかされているのであるが。

2002年4月9日

ちんたらやっているNSFプロポーザルもかろうじて対流圏界面の高さに関する部分は書けることを全部書いて、あとは圏界面を通しての輸送についての章を書き足せば何とか形になるというところまで漕ぎ着けた。成層圏からのオゾン・フラックスについていくつかわからないことがあって、かつての同僚で今はトロント大学にいるJon Abbatt氏にEmailで質問をした。トロントでは今週で1年の講義が終わると言っていたが、それってあまりにも早くないかい?

プロポーザルの方のメドが立ってきたので、1月にかなりの進展を見たトレーサー間の相互関係の問題に立ち返って、計算を再確認する。いきおいに任せてやった仕事はあとで見なおしてみると往々にしてアラが出てくることが多いので、論文にする前に少し寝かせておくことにしている(←さぼって考えていなかっただけだって)。今見直してみてもインパクトにさほど違いがないので、大体よさそうである。1月からいくつか新しい知見も得られたので、見通しもよくなった。要点を整理すると(1)流れが定常な場合、移流拡散方程式に従うトレーサーは領域全体として成長率最大または減衰率最小の離散固有モードに漸近する。(2)流れが非定常だが周期的に変化する場合は、トレーサーが収束する離散固有モードも周期的。この証明は数学的にはFloquet問題でダイナモ理論ではよく知られており、流体実験でも確認されている。(流れによっては固有モードの構造は極めて複雑となり、「strange eigenmode」(Pierrehumbert 1994)と呼ばれている。)(3)流れが非周期的な場合の一般的な証明はまだない。この場合の「固有モード」とはトレーサーpdfの定常性で定義する。定常pdfの具体的な形は分散の散逸のpdfによって決まっている(Sinai & Yakut 1989)。数値実験で見るかぎり、「固有モード」の出現はロバストである。(4)二つのトレーサーがともに固有モードに収束すれば、両者は線形関係にあり、相関関数は1。

さて、今月はあと2週間でEGS総会へ出席するため、それにもっていくポスターもこしらえなくてはならない。

2002年4月8日

今小生が考えている問題を簡単にいうと、物はかきまわすとなぜよくまざるのか、ということと、物は流体中をどう移動していくのかということである。前者はあたりまえのように見えて奥が深く、ふたを開けてみると、そもそも「ものがまざる」ということをどう定義するのかさえ、物理学者の間でさまざまな見方があることに驚かされる。後者はもう少し応用性があって、とくに気象海洋部門では重要だ。オゾン層を壊すフロンはその大半が北半球の人口密集地帯から放出されるのに、オゾンホールはなぜ南極の成層圏にできるのか?当然、放出されたフロンが延々と赤道と対流圏界面をこえて輸送されていくわけであるが、どういう経路をとおってどのくらい時間をかけて輸送されるのかは、観測結果や数値実験をくわしく調べてみてはじめてわかる。今の時期でいえば、秩父山塊で放出された杉花粉がどのくらい東まで到達するかとか、中国大陸から舞い上がった黄砂がそのあとどのあたりまで飛んでいくのか、などといった問題とも関連が深い。などと言っていたら、今日の朝日新聞にさっそく関連記事が出ている。4年ほど前の衛星観測データでよければ、NASAのウェブページにも同様の情報がある。風に乗った砂塵が雨や重力ですこしづつふりおとされながらも、太平洋を超えて何千キロも旅をするというのは驚きだ。ちなみに、正確な風のデータさえあれば、物の風下輸送は基本的には移流拡散(プラスdeposition)方程式を積分するだけだから、原理的には単純である。難しいのは、はじめに砂がどのように大気中にまきあがり、どのような鉛直分布をとるかということ。これがその後の風下輸送の大勢を決定するにもかかわらず、ここのメカニズムがよく分かっていない(観測データも希少)。春になって日射が強まると、対流が起こりやすくなり、雨の降らない冬の間に乾燥した大地から砂埃を巻き上げるということは分かっているのだが、量的にはもっぱら経験的な法則にたよっているのが現状だ。そういうことを考えると、黄砂の風下輸送の再現だけでなく、時間を逆向きに積分して(拡散による不可逆性はとりあえず無視して)、黄砂発生時の砂塵の鉛直分布を推定するような研究があってもよさそうなものだが、あまり見ない。ちなみに、黄砂現象と類似しつつはるかに大規模な現象がサハラ砂漠上空でも随時おこっており、それもNASAのこっちのウェブページで見ることができる。もっと大規模なのが火星の砂嵐で、これは数年に一度くらいの割り合いで一か所から巻き上がった砂嵐がどんどん勢いを増して、ついには惑星全体を覆ってしまうというもの。こうなると、舞い上がったほこりはただのゴミではなく、大気の放射エネルギーバランスを完全に変えてしまい、まったく異なった気象レジームに移行するというから、おそろしい。春先の砂埃だけでもくしゃみがとまらなくなる小生は、火星には住みたくない。(おっと、火星大気はほぼ100パーセント二酸化炭素であるから、どっちみち顔を外にさらしては生きていけないわけであるが。)

2002年4月5日

Emilyに送った論文のコメントの返事がさっそく返ってきて、もしかするとこの論文の続きとして共同研究の道が開けるかもしれない様子になってきた。例によってこっちはアイデアを提供し、彼女に数値計算の結果を解析してもらうという算段である。コメントの返事はPeterからも来て、小生が三点指摘したうちの一点について見解の一致を見ず、お互いのオフィスに戻って計算をしなおし、また頭をつきあわせるという作業を繰り返した。最終的に原稿に少々の改訂を加えることで折り合いがつくことが判明。

引き続きBarry et al. (2002)を読み返しているうち、図面を見る限りでは、渦の速度スケールに関して彼らの結果がどうやらHeld & Larichev(1996)の結果の1/5乗になっているらしいことに気づいた。このこととその理由については論文は直接触れていないのだが、もしこれが本当だとすると、彼らの理論では、南北温度勾配を変えても非断熱効果(究極的には赤道から熱が運び出される割合)はさほど変化をしないということになる(つまり非断熱効果は温度勾配とは独立)。これは一般に認められている物理的直観とはずいぶん異なる結果だ。ふつうだと南北温度勾配が強まると傾圧不安定波の活動が強まり、これが南北方向の熱輸送を活発化させるため、赤道から熱が運び出される割合は増えると考えられている(Held & Larichevをはじめほとんどのクロージャー理論ではそうである)。この違いはいったい何に起因するのだろう。よくわからないが、本当だとすれば非常に重要な結果であるといわざるをえない。このことについても午後Peterと議論したが結論が出ず、ちょうど著者の一人が来週会議でケンブリッジを訪れるため、その時にみんなで議論しようということになった。

一方、NASAのプロポーザルについてはDoug君たちと相談した結果、大気化学ではなく、Solar Occultationのプログラムに提出することとなり、小生は再現された3次元オゾン場のデータを用いた応用研究の分野を担当することになった。こっちはNSFと違って締め切りがあるので、さっそく作業にとりかからなければならない。


2002年4月4日

最近ネイチャー誌で読んだBarry et al. (2002)の中緯度における南北熱輸送についての論文についてずっと考えていたところ、今日のランチタイム・セミナーでPeter Haynesがこの論文を取り上げて解説をした。この論文が数あるフラックス・クロージャーと違う点は、速度スケールをエネルギーの生成消滅比(実際には数値模型のなかの非断熱項を中緯度全体にわたり積分して求めている)によって拘束している点である。これに対し、従来だとエネルギーの逆カスケードと、傾圧不安定によるエネルギー生成をバランスさせたりして速度スケールを決めるのが普通で、非断熱効果はあからさまに入ってこない。実はBarry et al. の結果は熱輸送の量を完全に予測する理論ではなく、熱輸送量が非断熱効果にどう依存するかという、いわば診断的な関係である。にもかかわらずこの結果が重要な点は、もし非断熱効果をきちんと定量化出来れば、熱輸送量がかなり正確に求められることを示した点である。すなわち、熱輸送量の予測は非断熱効果の予測に帰結されることがこれではっきりした。これまでの予測理論は、非断熱効果をうまく定量化できていなかったということである。これは、今書いているNSFのプロポーザルにもかなり関係が深く、すこし見通しがよくなってきた感じだ。

今日はまたパリのEmily ShuckburghからPeterと共著の混合問題に関する論文の草稿が送られてきた。1999年に出たEmilyの博士論文の第3章をまとめたもので、小生の等価長診断法をもとにリヤプノフ指数との比較など、この分野でやり残していた課題の大部分に正面切って挑戦している。ざっと読んだ感じでは非常に独創的で、今回は大気海洋分野ではなく、流体力学分野の読者層を意識していることもあり、ヒット商品になりそうだ。


2002年4月3日

ゴジラやウルトラマンなどの特撮映画で難しいのは、海のシーンである。役者やカメラマンがびしょびしょになるという実践上の困難もさることながら、ミニチュアのプールに水を張ってそのまま撮影しただけでは、海面のようすがあまりリアルに再現できない。ペスターやガマクジラの登場シーンで何となく釈然としない思いをした読者諸氏も多いのではないだろうか。これはなぜかというと、水面を波が伝わる速さは物理的に決まっており、縮尺だけ小さくしても、伝播速度は都合よく同じ割合で遅くなってはくれないからである。ミニチュアではサイズと速度は同比率で小さくならなければならないが、時間は現実世界と同じなので、たとえば20分の1の模型の場合、波の伝播速度も同じく20分の1、しかし周期は同じでなければうまくスケールダウンしたことにならない。残念ながら、水の表面を伝わる波はそのようにはふるまってくれないのである。波の周期と波長の関係(分散関係)は波の種類による。水面波の場合、おおざっぱに言って表面張力波(さざなみ)、深水(短波)重力波、浅水(長波)重力波にわかれるが、(線形理論の範囲内で)周期はそれぞれ、波長の3/2乗、1/2乗、1乗に比例する。すなわち、波長が短くなるほど周期が短くなるのである。これはつまりどういうことかというと、海面波の代表格である深水重力波を例にとると、波長20メートルの波が1波長を伝わるのにかかる時間は約0.57秒であるが、1/20の縮尺で波長1メートルにすると、この時間は約0.13秒で、波は実質4倍以上も速く動いて見えることになる。それでももし波長が1つだけであれば、フィルムの回転数を落とした上で光学合成をこころみるとか、水槽の深さをうまく調節して、深水波を同じ波長の浅水波で置き換えてやったりすることで何とかそれらしさを出すことができるかもしれないが、現実の海面はいろいろな波長の波が重なりあっているので、すべての波長についてつじつまをあわせるのは不可能だ。やはり、コンピュータ・グラフィックスに頼るのが一番なのであろうか。ちなみに、地球流体には、周期が波長によらず一定で、したがってうまくスケールダウンできる波もある。慣性波や、ロスビーのエッジ波と呼ばれる波がそれである。で、これが仕事にどう関係あるかというと全然関係なくて、子供たちを遊ばせているあいだ、ゆらゆら揺れる屋内プールの水面をぼおーっと眺めながら考えていただけである。

2002年4月2日

おとといからイギリスはサマー・タイムになり、日が暮れるのもぐっと遅くなった。小生は、サマー・タイムというのはそれを実施している国は世界中みんないっせいに突入するもんだと思っていた。ところが、実はそうではないらしい(っていっても北半球と南半球では違うだろうくらいのことは、うすうす勘付いてはいたが)。なんと、アメリカは今度の日曜日になるまで、サマー・タイムにならないのだそうだ。つまり、この一週間だけ、1時間時差に差が出るのである(ややこしい)。普段ならどうってことはないのだけれど、今週はいろいろとアメリカとの交信に頼ってやっている仕事が多く、微妙に影響が出ている。シカゴとの時差はいつもなら6時間なので、たとえばこの秋に教える講義の時間割りについて質問があったとして、こっちの午後3時に、むこうの事務の開業時間にあわせてEmailを送れば、帰宅時間の5時までには、たいてい返事が戻ってくる。が、今週は時差が7時間なので、こっちの午後4時まで待たねばならない結果、往々にして5時までに返事が受け取れないということがある。まあ、1日待てば返事がくるんだからどうってことはないのだが、共同作業をしていて締め切りに追われているときなど、リアルタイムのコミュニケーション・ウィンドウが1時間というのは、ちょっと物足りない。もちろんこういうゴタクはEmailや(小生はまだ使ったことがない)携帯などがあたりまえのコミュニケーション手段となっているからこそ通用するのであって、そんなもののなかったひとむかし前や、普通郵便でさえ何週間もかかるような山奥にくらしている人たちの感覚からすれば、Get a life! ということになるのであろう。実はそれは小生も感じていることで、IT革命で情報の伝達がどんどん早くなっているのに、小生の頭の演算速度が全然追い付いていず、総合的にみると仕事の生産性が向上するより、ストレスがたまる割合の方が高いような気がするのだ。さいわい、これから2週間、子供の学校が休みなので、コンピュータの端末を少し離れて、子供の相手をしたり、別のことに思いをめぐらすのにちょうどいい機会かもしれない。

ちなみに、小生の腕時計はシカゴ時間のままであるため、今週にかぎり、イギリス時間への換算は特別な公式を用いなければならない。

2002年4月1日

3月のはじめにたてた月間計画は、ひとつをのぞいて完了した。しかし、このひとつ(NSFプロポーザル)に関しては、1月から今月こそは終わらせるぞ、といいつつ、いじくりまわしているうちにますます勢いがなくなってきている。

それにしても、このひと月はいろいろなものの調子がおかしくなり、修理工のような毎日であったわい。ネットワークへの接続が不調になり、日記がアップロードできなくなったり、ハードディスクをワイプアウトしてシステムを全とっかえしたら今まで動いていたソフトが動かなくなったり。寝室の窓の金具が金属疲弊でくだけ(何しろ築100何年という古い家なもんで)、上の窓枠がストンと落ちた状態で閉まらなくなり、つっかえ棒でささえたりゴミ袋で応急的にふたをする作業をしたり(窓屋に電話しても、見にくるまで2、3か月かかるとか言うし、金具だけでなく窓枠そのものも半分腐ってぐすぐすになっていて、自分でなおすにも大掛かりなことになりそうなので)、まあ他にもいろいろあって、やや息切れ状態。ものをなおすのはそんなに不得意じゃないけれど、こういうのが続くと、目先の問題に気をとられ、木を見て森を見ずっていうか、大局的なものを見失ってしまう。そのうち、目先の問題さえ解決しておれば仕事をしているような錯覚をおこしてくるが、それはおやじ本来の仕事ではないはずだ。タイヤがパンクしたとき取り替えられなきゃ困るが、基本的には運転席でハンドルを握って舵取りしているのがあるべき姿であろう。(と、家内にいつも言われている。)そこで、今月は、Stop fixing the problems, start leading! というのを目標に、半年先、1年先の中村家のことなども考えていきたいと思う。(日記にはあまり書かないだろうけど。)

そういえば、GRLに提出した改訂版の論文は無事受理され、3か月ごしの努力がようやく陽の目を見ることとなった。プレスの方にまわす大容量のグラフィックファイル(CMYKじゃなきゃだめだとか、最低600dpiだとか、Type I はいいけどTrue Typeはだめだとか、結構うるさい)をいくつかアップロードするのでほとんど丸1日をつぶす。

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(c) 2002 中村昇