ホームぼぼるパパの部屋研究日誌2002年3月

日々の研究

by 

ぼぼるパパ

2002年3月29日

物理学の田崎先生の3月29日の日記へのコメント。真実を述べると、小生の大学のクラスで中村姓を名乗っていたのは21人中3人。これを「極端中村率」と呼ぶかどうかは意見の別れるところでしょうが、そういう議論の余地がなかったのが、小生の受けた共通一次試験の会場。どういうわけか受験生の教室割が名簿順なんですね。ですから小生の受験した教室にいたのは、ほぼ100パーセント中村君中村さんでした。それで、昼休みに他の教室からやってきて後ろの入り口で不用意にも「おい、なかむら〜っ」と友人を呼んだ奴がいて、そしたら、教室にいた全員が一斉にぐるりと後ろを振り返ったのは、実にぶきみであったことであるよ。この話を学生時代に例のナカムラにしたところ、「おまえその話つくってるやろ」とのたまわったが、冗談ではない、正真正銘の体験談なのである。まあ、なかむらなんて、ゴキブリのようにどこにでもいるよね。神戸大学には小生と同姓同名でごていねいに漢字までいっしょという隕石学の教授がいて、NASAなどからこれはお前か?とよく間違えられます。日本人には通じないでしょうが、外国人は「なかむら」などという名字をいちいち覚えているはずはないので、よく、履歴書の文献リストにこっそり他の中村さんたちの論文をまぜて水増ししたりなんてことは、もちろんやってません。

むむ、真面目な研究日記のはずなのにしょうもないことを書いてしまった。しかも、
今日はGood Fridayつまりキリストの受難の日であり、小生らクリスチャンにとっ
て、一年でもっともおごそかであるべき日であるのに、だ。これではまるで、ストリ
ート・ミュージシャン牧師、田崎先生
お笑い日記みたいではないか。ちなみに、信
じられないことですが、この田崎先生、なんと物理の田崎先生とは大学時代のクラス
メートで窮地旧知の仲なんだそうです。なんてことは、あるわけないよな。

2002年3月28日

大事でないわりには急を要する類いの仕事がどっさりある。しかし、まずは発売にな
ったネイチャーからMoffatt & Shimomuraのゆで卵論文をダウンロードして目を通す。わずか1ページ半の論文ながら、思わずエンピツを走らせ証明を追っかけて、1時間くらいすぐたってしまった。予想にたがわず非常にエレガントな論文である。とっつきやすい問題のわりに証明が長くかかったという点では、フェルマーの最終定理に通じるものがあるが、フェルマーの定理と決定的に違うのは、証明が大学の教養課程程度の物理で十分理解できる点だ。そういう意味では確かにいままで解かれなかったのが不思議とも言えるが、これは後から振り返って言える能書きであって、問題をきちっと定義し、解決の糸口となる数学的近似を見つけて、Jellettの定理と結び付けた著者の洞察には脱帽である。詳細は原論文を読んでいただくとして、以下に小生の理解の範囲で解説を試みよう。

この場合のJellettの定理とは、卵の角運動量ベクトルと、重心と接地点をむすぶベクトルの内積が時間によって変化しない(Jellett定数)というもので、これは卵の立ち上がる速度が回転よりずっと遅い場合に近似的になりたつ。(接地面が完全な球形の場合には近似無しでもなりたつ。)この近似(「ジャイロスコープ平衡近似」)のもとでは、Jellett定数は卵の重心の高さと、鉛直軸のまわりの角速度の積に比例する量であることが示せる(初期条件によってきまる)。したがって、摩擦の効果で角速度が落ちると、Jellett定数を保つために重心が上がらなければならない。つまり卵が立ち上がるというわけである。重心が上がるためには摩擦が不可欠である。というのは、もし摩擦無しで卵を寝てる状態から立ち上げることができたとすると、(摩擦ありの場合とちがって)角運動量保存の法則がなりたつので、立ったあとの角速度は寝てた時より速くならねばならず、Jellett定数を一定に保つことができないからだ。この帰結は、摩擦の速度依存性の詳細によらない。しかし、何らかの速度依存性を仮定してやると、卵が起き上がるのに最低限必要な初期のスピン速度や、起き上がりにかかる時間などが理論的に予想できる。

なぜ気象力学屋の小生が卵の論文にこだわるかというと、著者をふたりとも個人的に
知っているということもあるし、何よりふたりとも同じ流体畑の物理屋さんだから
だ。もっというと、回転物体の運動というのは、ある意味で気象力学に非常に似てい
るからである。たとえば、この論文の中心となっているジャイロスコープ平衡近似と
は、回転座標から見た卵の角運動量のうち、起き上がりに関する成分を支配する方程
式の中から、時間微分などの項を落として、コリオリ項と遠心力項のつりあいの式で
近似することを意味する。これは地球流体で水平運動方程式をコリオリ項と圧力傾度
項のつりあい(地衡風平衡)で近似するのと大変事情がよく似ている。ところで、時
間微分を落としてしまったら、肝心の起き上がり運動の記述ができなくなるんじゃな
いのという、一見もっともな疑問を解決するのが、Jellettの定理である。つまり、ジャイロスコープ平衡近似のもとでは、起き上がりは回転にくらべ非常にゆっくりしているので、回転と同じタイムスケールを支配する式にはあからさまに顔をださない。

Jellettの定理を用いて、implicitに導出する必要がある。これと同じことが地衡風近似の地球流体にも言え、地衡風平衡は運動量の時間発展を予測しない。そこで登場するのが、ポテンシャル渦度とよばれる量の保存則である。ポテンシャル渦度とは、渦度ベクトルと渦管の方位ベクトルの内積(を密度でわったもの)であり、卵のJellett定数と形のうえでもかなり似ている。下村氏が、「流体をやってなかったら、おそらく解けなかったでしょう」と言っていたのが印象的だった。

さて、この話題で2、3の物理系のサイトからリンクしていただいた結果、この日記
のきのう一日のヒット数が230を超えた。これは普段の10倍以上である。なん
か、他人の仕事の話でもうけているようで、変な気分。

2002年3月27日

きのうの日記に書いた下村さんの研究に関連するいくつかのリンク。

毎日新聞
読売新聞
『ネイチャー』

オックスフォードの方はやや日にちがずれて、5月末に学科全体のセミナーで話をすることになった。話のネタは、いまのところ、なし。NASAのプロポーザルはDoug君のいるNRL、コロラド州立大およびシカゴの共同参加で、オゾンの3次元分布に関する研究を提案することになった。複数の参加機関があるとコーディネーションがやや面倒くさくなるが、少なくともプロポーザルの作成は分担作業になるので、多少楽になる。グラントが下りなかった場合にも、なぐさめあう仲間がいるというのも心理的にプラスだ。これは来週あたり本格的にはじめることになりそう。

IDLを使った解析は、定性的には思ったような結果が出ているともいえるのだが、極付近での格子ノイズが気になるので、スペクトル変換を使ってやり直すことにする。浅水波方程式のプログラムに使っていた、球面調和関数展開のサブルーチンをIDLに書き換えるのでほとんど半日が過ぎる。

2002年3月26日

このあいだ知り合いになったばかりのSさんがもうすぐ日本にお帰りになるというの
で、一緒に昼御飯をたべながら仕事の話をした。今週木曜日に発売になるネイチャー
誌にSさんの論文が出る。イースターにちなんだ(?)卵の話題で、ゆで卵を寝かせた状態でスピンさせるとなぜ立ち上がるのか?という問いに対する答えである。ちょっと聞くと、ええっ、そんなのとっくに誰かが解いてるんじゃないの?というほど身近な問題である。ところが話を聞いてみると、そうでもないらしい。Sさんによると、似た問題としては逆さコマの力学が比較的よく議論されているが、卵のようになめらか な軸対象曲面をもつ物体についてはほとんど文献がないのだそうだ。おどろくのは摩擦(それもすべり摩擦)が本質的な役割をはたすこと。そして、回転(角運動量)と卵の形状(および大きさ)に関するJellettの定数というのが保存されることを利用すると、滑り摩擦が重心を持ち上げる効果を持つことが示されるのだそうだ。摩擦が効いていながら(つまり非ハミルトニアン系で)保存される量があるというのは小生にとって目からうろこだった。(Sさんと共著者の先生もこの問題を考えるまで知らなかったらしい。)なんでも1872年にJellettという人が完全な球体については厳密な証明をしたのだそうである。Sさんたちの仕事は、卵のように完全な球体でなくても、回転が歳差運動(くびふり)に比べて十分速い場合には保存則が適用できることを示して、Jellettの法則を拡張した。結果もさることながら、どういういきさつでこういうすごい論文ができたのかというのも興味のあるところである。1年半ほど前にSさんが共著者の先生の講義を聞いたときに、先生はこの問題に対する「証明」を解説されたそうであるが、Sさんがそれをあとから再証しようとしてもどうしてもできない。そこで先生のところに直談判に行き、議論した結果、先生の証明に欠陥のあることがわかった。かくして正しい証明を求めふたりの長く苦しい(?)道のりがはじまったという次第。Trinity Collegeのレン図書館(ニュートンのプリンキピアの原書を保存していることで有名)から黄色くすすけたJellettのオリジナルの論文を見つけてきて読んだそうである。こういうのを聞くと、サイエンスのロマンを実感することができ、当事者でない小生までもわくわくしてしまう。彼らの結果にはすでに世界中から反響が来ているそうで、Sさんのところにもけさ日本のY新聞社から取材があり、木曜日にはロンドンの科学博物館のイベントで実演を依頼されているそうである。いや〜お見事。小生は今年早々論文をネイチャーに蹴られたが、やはりこの雑誌に載る仕事にはどこか輝くものがある。いつかそういうレベルに到達したいものだ。

2002年3月25日

丸一日IDLをいじって、新しい解析の道具を作り上げる。これがうまく行けばオックスフォードでのセミナーも何とかなるはずなので、俄然力がはいる。ところがそのオッ クスフォードから、手違いで小生と同じ日に別の人にも講演をお願いしてしまったので、日にちを移せないかと連絡があった。こういうことはよくあるので別に驚かないが、今回はもうすでに4月から6月にかけての予定がかなり詰まっていて、向こうが打診してきた日にちはどれもこっちに都合が悪い。無理をすれば4月中旬にできないこともないが、これだと新しい結果を十分納得のいくところまで掘り下げるには時間がなさすぎる。まだ調整中なのでどうなるか余談を許さない。

プロポーザルの方は、乱流モデルによる対流圏界面の高さの計算の他、圏界面の混合
に対する透過性を組み合わせることで3年分に相当する研究の幅をもたせることにし
た。そうこうしているうちにNASAの方からも科研費応募の要項が送られてきて、こっちにはきちんと締め切りがあるので、またひとつto do listの項目が増えた。それに輪をかけるようにというわけでもないが、JFMからレビューの依頼が届く。小生が13年前に書いた論文にもとづき追試をしている。この問題(2次元のEady問題)については、小生は1994年を最後に論文を書いていない。仮想流体の問題としては面白いが、現実とのつながりが希薄で、それ以上深く考えることはないと判断したからである。このような純粋にアカデミックな問題を、8年たってまだほじくり返している人がいるというのは、驚きである。さいわい極めて短い論文なので、弊害はそう大きくないと思われるものの、文字どおり前世紀の遺物という感じで新鮮味に欠ける。

2002年3月22日

Doug君から送ってもらったデータを可視化するため、ラップトップに搭載してあるIDLを久しぶりに開けた。しばらく物書きモードが続いたので、プログラミングは新鮮で気分転換になる。データを極投影してトレーサはカラー・スケール、流線関数は白いコンター、大陸の輪郭は黒で重ねてプロットするという作業。前に作ったことのある直角方位投影のプログラムを改良することで大体狙い通りのものが2時間くらいでできた。IDLはAdobeのDTPパッケージと一緒で、慣れてしまえば使い勝手がいいが、何か新しいことをやろうとすると、マニュアルを読んだだけではさっぱりわけがわからぬ。地図投影とデータを重ねるというのも、今でこそ難無くできるようになったけ れど、当初は試行錯誤の連続で骨が折れた。結局人に聞くのが一番てっとり早い。今 もよくわからないのはカラー・テーブル。とくに、画面の表示とpostscriptのアウト プットで白黒が逆転するのは何とかしてほしい。それと、はやくMac OS Xに対応した バージョンを出してもらいたい。メーカーは一時Mac OS X対応版の開発中止を発表したのであるが、小生をはじめ、大学関係のユーザが苦情をどっさり送りつけたため、あっさり取り下げて開発は継続になった。しかしMac OS Xがオフィシャルになってもう1年もたつのにまだできていないもようである。

学科には3つのセミナー・シリーズがあるのだが、来学期はそのうちの二つから発表
を頼まれている。これに2つの学会、オックスフォードとレディングのセミナーをあ
わせると6つも発表しなければならない。本来1年に1回、多くとも2回くらいしか発表しない小生にとって、これは画期的なことである。違う場所では同じネタを使うことも可能だが、何回も同じことを喋るのも芸がないので、3つほど違うテーマを用意してある。とはいえそのうち結果が出ているのはまだひとつだけ。講演の要旨を送ってくださいという要請を断るわけにはいかないので、適当なことを書いて送り、うまくいけばそれに近い話ができるし、いかなければ路線変換か(今までやったことはないが)ドタキャン。綱渡りのような状況が続いている。

2002年3月21日

プロポーザルの続きをぼちぼち書いたり、混合問題のアイデアを練ったりしている。今までは有効拡散係数そのものの診断が中心だったのを、今度は有効拡散係数をコントロールしている物理過程を数量化することを試みる。問題の核心はいかにトレーサの勾配の大きさが決まっているかということで、流体要素の引き伸し項と拡散項のからみあいが焦点である。引き伸し項は従来だとリヤプノフ指数を測定するのが常套手段となっている。しかし、トレーサの場合は、勾配の大きさをきめる方程式を直接書き下すことができるので、リヤプノフ指数を使わなくても引き伸し項の大きさを見積もることができる。伸び率は局所的な歪みテンソルの主軸と、トレーサ勾配の方向性によってきまる量で、リヤプノフ指数と違い、各時間において診断できる量である。この伸び率をDoug君から送ってもらったトレーサと風速場のデータから計算しようという算段である。

午後は2時過ぎからGavin Eslerのセミナーを化学科教室に聞きに行く。化学科の建物は応用数学科から結構離れていて、歩くと20分近くかかる。あちこちで桜の花が満開でいい香りがただよっていた。セミナーは混合が対流圏の化学過程におよぼす影響について、理論とモデルの両方から攻めたもの。一点から放出された化学物質は、十分遠方で混合により希釈された後では、いわゆるPratherの化学的固有値問題にしたがって時間発展していくが、そこに至るまでの希釈過程の違いによって、全体をとおした化学反応のようすは随分と違ってくるという内容で、なかなか面白かった。とくに、NO, HOx, オゾン、COなどのからむ大気汚染反応では、混合がおそい場合、COがオゾンに比べどんどん増えていくといったような非線形問題ならではの帰結もあり、興味深いところ。

2002年3月20日

シカゴを離れてもうすぐ8か月になる。ずいぶんイギリス慣れしたけれど、いくつかシカゴの習慣をそのまま引きずっているものもある。まず、Emailのアドレスはシカゴのままだ。ケンブリッジでもアカウントはもらっているのだが、人々にアドレス変更を知らせるのがおっくうだし、ラップトップのメールソフトにはシカゴのサーバから直接ダウンロードするようになっているので、そのままで全然問題ない。したがって、Emailのやりとりをするだけの間柄の仲間には、小生がイギリスに住んでいることを知らない人も結構いる。もうひとつ変わってないのは、小生の腕時計。いまだにシカゴ時間のままになっている。厳密にいうとシカゴ時間より約10分進んでいる。これはもともと、講義の時間や電車の時間に遅れぬよう10分進めてあったからだ。したがって、イギリス時間に換算するには、5時間50分を足す計算となる。イギリスに来た当初は、道で時間を聞かれると計算に手間どり苦労したものだが、今ではほとんど反射的にイギリス時間が言えるようになった。本来8時15分と読むべき時間を2時5分と読み替えるだけのことであるから、慣れてしまえばどうということもない。しかし、きょうは、学校に子供を迎えに行く家内と途中で待ち合わせたときに、腕時計を忘れたというので小生のを貸してあげたのだが、「なにこの時間?」とすこぶる怪訝そう。「6時間足して10分引けばいいんだよ」と説明しても、「つまり、この時計で何時に私は学校にいかなければならないわけ?」というので、複雑な逆計算をへて「9時10分」という答えを出す。

もうひとつシカゴからひきずってきたのは、博士課程進級試験の問題づくりである。さいわい今年は受験する学生が1名で、小生は1時間で解答可能な流体力学の問題を一題出題して採点すればよい。しかし、過去に何回か解答不能の問題などを出した経歴があるので、今回はきちんと学生の学力に見合った、ちゃんと解ける問題を用意しようと考えている。そのためには、問題を自分自身で解いてみる必要があり、これが結構面倒くさい。いままで2題ほど簡単な問題を思い付いたのだが、実際に解いてみると全然簡単でないことがわかり、こんな問題を解かされる学生は気の毒だと大いに同情した。まさか予備校に問題づくりを依頼するわけにもいかないので、しばらく研究の合間にアイデアを練る必要がありそうだ 。

2002年3月19日

Web経由はだめでも、FTP専用のソフトを使ってbinary modeで送信すれば、日本語のファイルでも文字化けすることなくアップロードできることが判明。これで日記は更新可能になった。問題は専用のWebを使ってでなければ送信できないGRLの論文である。苦肉の策としてケンブリッジのうち→シカゴのオフィスのサーバ→ケンブリッジのオフィスのサ ーバとFTPを連係して必要なファイルをアップし、オフィスのサーバからWebを使って送信するという、非常にまどろっこしい方法をとる。ファイルは全部で10数メガバイトで、高速のethernetならそう時間もかからず送れるのだが、うちのぼそいケーブルモデムでは1時間近くかかった。(そのため午前中は家にいた。)とにかくやっとの思いで論文を発送。

余計な時間を食っている間に、オックスフォードの大気物理学科からセミナーの依頼が入った。日にちは4月か5月、といえばもうすぐではないか。1月からいろんなことをやっているわりにはきちんとまとまっているものが少なく、やべー何も話すことがないぞーという感じだ。(GRLやJASの論文の中身は基本的にデータ解析なので、流体力学のセミナーの題目としてはやや物足りないし、7月にレディングで話す予定の傾圧乱流はまだ実験を始めてもいない。)とはいえ、いくつかアイデアがないわけではないのだ。まあ、ここはやはり十八番の混合問題について話すのが妥当であろう。子供を学校に迎えにいく15分の道のりを、ぼやーっと歩きながら構想を練る。

2002年3月18日

GRL論文の改訂版はあとはファイルを送るだけとなっているのに、どうやらうちのプロバイダのサーバがまたauthenticationに問題をおこしているらしく、Webインターフェースを使ってデータを送信することができない。(この日記もアップできない。)学科のオフィスではセキュリティ上の理由から普段仕事で使っているラップトップをネットにつながせてもらえないので、外界との接触はおもに自宅のケーブルモデムを使っている。そのプロバイダが問題をおこしているので、目下商売上がったりという感じだ。有料のテクニカルサポートに電話しても、同じことを考えている人がたくさんいるのか、全然つながらない。早く復旧してもらいたいものだ。

先日講演を聴きに行ったJohn Polkinghorne氏がTempleton Prizeを受賞された。Templeton Prizeは宗教の分野で先駆的な研究または発見をした人たちに贈られる名誉ある賞である。過去の受賞者にはマザー・テレサなど錚々たる顔ぶれがそろっている。これを期に彼の仕事がますます衆目に触れるようになることを祈る。そういえば最近、JCFNの理事のU先生から、北米で研究にたずさわる日本人クリスチャンの間の連絡会を立ち上げませんかというお誘いがあった。草案を見せてもらったら、その中に「初代会長を前理事の中村氏(シカゴ大学)にお願いする」とかいう項がすでにちゃっかり入っており、こういうのを英語では"twisting someone's arm"というんだよなと思いつつも、快諾することにした。まだ具体的なことは何も決まっていないが、楽しみである。

雨の中を長女を学校に迎えにいく。相当の風であったが、イギリスの傘は頑丈で、さしている小生の方が何回も左右にあおられて往生した。アメリカの傘 (1999/3/5の日記参照)だったらとっくに大破しているところだ。さすがは降水王国イギリス。

2002年3月15日

紆余曲折ののち、JGR論文は結局JASに投稿することになった。なんでも、もうすぐJGRのフォーマットが変わって、カラーの図面は巻末に全部一括して印刷されるようになるんだそうだ。その方が出版のコストが押さえられるということなのだろうが、読むほうにしてみれば本文と巻末を行ったり来たりしながら読まなければならないのはちょっとしんどい。今度の論文はカラー図面を駆使しているので、それではJGRではなくJASにしましょうということになったのである。ひとむかし前だとJASはレビューが始まるまでと、論文が受理されてから出版されるまでの時間がえらく長いという定評があって、それもまた投稿者の立場からはうれしくなかったものだが、1年ほど前に編集長が変わってからこの点は大幅に改善された。一方、GRL論文の方も図面引きが大体おわり、一両日中に改訂版を提出できそうだ。

子供が学校で一緒という関係でお知り合いになったEさんが近く日本にお帰りになられるというので、その前にお食事でもと、St. Edmunds Collegeのフォーマル・ディナーに招待して下さった。Eさんはお医者さんで、他にもお医者さんをはじめとする3人の日本人の方が招かれ、Eさんの顔の広さがうかがわれる。そのうちのひとりSさんは工学部で流体力学を研究されているというので、くわしく話を聞いているうちに、ぬゎ〜んと、大学の同期であるということが判明した。当時彼は物理、小生は地球物理と学科がわかれていたが、共通の友人が結構いたりして、20年をへて突然昔話に話が咲いた。その上、研究分野がかなり近い(そもそも本来ならPeter Haynesの招きでうちの学科に来るはずだったのが諸事情により工学部に行かれたのだそうだ)こともあって、学問談議でも大いに盛り上がってしまった。残念ながらSさんはあと2週間で日本にお帰りになられるそうであるが、そのうち共同研究でもしたいですね、なんていう話になった。もう少し早くわかっていたらなあ。

2002年3月14日

昨晩はネットワークの調子が悪く、遅くまでああでもないこうでもないとMacをいじっていたので、えらく眠い。こういう時にできのよくない論文のレビューをしなければいけないのは気が重いなあ、と思いながら、だらだらとAS論文の続きを読む。読み進むうちに、論理が飛躍しているだけでなく、完全に破たんしている箇所がいくつもでてきた。こっちの忍耐もだんだん途切れてきて、こうなれば徹底的に批判するしかないか、と逆に気合いが入ってきたぞ。午前中いっぱいかけて鼻息荒く3ページの辛口のレビューを書き上げる。

ランチタイム・セミナーは二人の若手学生による発表で、ひとりはランダムなひずみの場におけるリアプノフ指数の分布に関する研究、もうひとりはQBOの強制を次第にランダム化して行ったときに、反応周期はどのくらい保存されるのかという問題の発表であった。若手といってもそこはさすがケンブリッジの学生で、応用数学や解析をいともたやすく使いこなしているのは流石だ。こういう土台のしっかりした学生がなかなかこないのがシカゴのうちの学科の弱味である。何か新しいことをやらせようとしても、たいがいそれに必要な道具がともなっていない。基礎的なトレーニングをほどこすのにエネルギーと時間をとられ、研究が本格化するまで数年かかる。もっとも、日本の某大学の同僚にいわせると、彼のところに来る中国人の大学院生が日本語学校へ行くための推薦状を書くのに時間をどっさりとられるそうだから、それに比べると多少はましかもしれない。

長女にdodecahedronの意味を聞かれた。どうせ多面体の一種だろうと思って調べてみると、案の定、正12面体とある。ということは、正12角形はdodecagon(ドデカゴン)。 怪獣のような名前だ。

2002年3月13日

JASから頼まれた論文のレビューの締め切りが近いので、必死になって読んでいる。外国人の英語で読みにくいうえ、論理が飛躍している箇所がいくつもあり、さっさと「没」という結論を出して送り返したい衝動にかられる。この程度の論文だったら自分は絶対提出しないよなあ、と思うのだが、しかし、著者もそれなりに苦心して書いたのであろうから、没にするにしても何らかの形で将来につながるようなコメントをつけてあげたいという気持ちもある。そこで意味不明の箇所は文献調査をして著者のいわんとしているところを汲み取るという、労力のかかる作業をちまちまとやる。そうこうしているうちにJFMからもレビューの依頼が来た。こちらはよく知っている著者によるよく知っている題材についての論文なので、すぐOKの返事をしてもよかったのだが、とりあえずJASのレビューが終わるまでは保留とすることにする。

Doug君からGRL論文の最後のコメントと、必要な図面のpostscriptファイルが届いた。postscriptというのがくせもので、プリントアウトの美しさで他の追随を許さないとはいえ、カラーの複雑なグラフィックスでは10メガバイトとか膨大なファイルサイズになって、ケーブルモデムで転送するのも時間がかかるし、Illustratorでかろうじてあけることはできてもメモリーがたらず、何の操作もできないという事態になったりする。どうせ最終的には小さな図面になってしまうのだから、pdfとかgifなどのraster imageのほうがファイルサイズも手ごろで使い勝手がいいようだ。postscriptグラフィックスをそのまま圧縮するようなソフトがあれば、便利なんだがな。

末の娘の友達が学校から直接うちに遊びにくるというので、迎えに行くため早びきする。

2002年3月12日

GRL論文の改訂とレビューアーへの返事をDoug君に送り、読んでもらうことにする。まだまだ読まねばならぬ論文もあるし、プロポーザルも中途半端なことになっているのだが、久しぶりに気分転換でマーケット通りにあるイタリア・レストランへ昼を食べに行く。いつもだとすぐそばのサンドイッチ・ショップからサンドイッチを買ってきてオフィスで簡単にすますところだ。しかしこれも毎日となると流石に飽きる。

このレストランはテラスや地下が結構広くいつ来てもぎわっている。しかし小生がいつも使っているのは、Express Lunchを出してくれる二階だ。ここは12時前に行くとたいがい他に誰も客がいず、青空市場とKings Collegeを望む明るい窓際のテーブルで、邪魔されることなくベクトル解析の問題を考えることができるので、気に入っている。食事もできる。ところが今日は不覚にも鉛筆と計算のためのいらない封筒を持ってくるのを忘れてしまったため、テーブルにつくとぼうっと頭を空にして、往来を行き交う人々を眺めていた。春のやわらかい日ざしが街を包み、なんとなく眠気をさそう。紙を使わなくても考えることのできる数学の問題を思い付く前にオーダーを取りにきたので、イワシのワインソースかけとサラダというセットを注文した。そうしてまずはホワイト・コーヒー(ミルク入りコーヒーのことをこういう)から。これがなかなかうまい。

頭がついたままの3匹のイワシをほぐしながら、何となく店のBGMに耳をかたむけてしまう。イタリア語とおぼしき男性ボーカルだが、妙に心がなごむメロディーだ。窓のところに立って外を眺めていたイタリア人のウェイトレスにアーティストは誰かとたずねると、ルーチョ・バティスティだという。ほう。小生の友人の気象学者ディビッド・バティスティの親戚か何かかな。なんでも60年代、70年代にイタリアで一世を風靡した歌手だそうだ。さしづめイタリア版ボブ・ディランとか吉田拓郎とかそんな感じなのだろう。聞いたことがなくてもそんな古いアーティストの作品に惹かれてしまうというのは、自分も年をとった証拠だなあと妙に納得してしまう。

2002年3月11日

先週は仕事の他にもいろいろとやることが多くて、慢性の寝不足に陥った。少し元気をとりもどして今日はGRL論文の改訂を手がけることにする。Doug君から送られてきた改訂案をもとにして、レビューアーのコメントひとつひとつに対応していく。もちろん、全部レビューアーの言うとおりになおす必要はないのだが、その場合にはレビューアーと異なるこちらの意見を別紙にきちんと説明しなければならない。さいわい、今回の改訂はほとんどいいまわしや説明の手順などなので、やらねばならないことは比較的はっきりしている。唯一やっかいなのはGRLの場合、原稿にして12ページ以内という厳しい紙数制限があること。すでに小生たちの論文の長さはこの制限に限りなく近いため、コメントに応答するといっても、新しいことを書き足そうと思ったら、まずどこかを削ってからでないといけない。こっちを立たせようとするとあっちが立たず、という感じだ。まあ、単純明解さはテクニカル作文に求められる第一の要素であるから、こういう制限は本来よろこばしいことなのだが。しかしこの論文に限っていえば、広範かつ緻密な文献調査をした結果、引用文献の数が相当多くなり、巻末の文献リストだけで原稿の4ページ近くを占めていて、これが本文のスペースを狭くしている。しかも、地球物理系の論文は共著者が7人8人などというのはざらで、中には15人なんていうのもある。こんな論文を何本も引用しようものなら、共著者の名前だけで1ページくらいすぐ埋まってしまう。苦肉の策として、6人以上の共著の場合は主著者の名前プラス"et al."で省略することにする。これで貴重な十数行のスペースが確保できた。削れる文章、従属節、形容詞、副詞の類いは一切削っ
て、まる1日かけて何とか改訂を終了する。不思議なもので、こんなに削ってしまって意味がとおるかなと思いつつ読み返してみると、前よりも遥かにすっきりして読みやすい。いかに無駄が多かったかということだ。最初から無駄なく書ければそれにこしたことはないのだが、残念ながらまだその境地に達していない。食べ過ぎてから運動にはげむ誰かさんのようである。あっ、しかし最近は運動もあまりしてないなあ。

2002年3月8日

昼御飯は小生と時期を同じくして日本のK大学からケンブリッジの経済学部へ一年研究に来られているI先生と久しぶりにスチューデント・センターで食べた。いつものように日本の大学の問題点について、いろいろとお話をうかがう。博士課程修了直後の若い研究者が実力を伸ばせるような職場が少ないこと、共通一次試験の導入によって、地方の国立大学は(入試科目の少ない)東京の私立大学に学生を奪われたことなど、小生がふだんあまり考えないような問題について鋭い視点を持っておられるのは、いつ聞いてもさすがである。思うに、現在日本の社会構造がいろいろな意味で過渡期にあって、大学もご多分にもれず改革につぐ改革の嵐の中にあるのだろう。研究や講義だけでも十分いそがしかろうに、「大学とはどうあるべきか」という根本的な問題に同時に取り組んでいかなければならない日本の同僚たちは、さぞかし大変だろうと推察する。アメリカの大学では60年代に確立した大学院のモデルがいまだに健在で、制度的な議論は滅多に聞かれない。もっとも、らくな方向に流れる学生の傾向はアメリカも日本も同じようで、研究が大変でかつ将来の収入もあまり見込めない自然科学系の大学院は、アメリカ人の学生に敬遠されてしまった結果、ほとんど外国人に独占されている。

I先生が最近「ビューティフル・マインド」という映画を見てなかなか良かったとおっしゃっていた。これはゲーム理論でノーベル経済学賞を取った天才数学者ナッシュの生涯を描いたもので、しぶいテーマにもかかわらず、思わず引き込まれてしまうのだそうだ。若い数学者ナッシュの挫折と奇跡的なカムバックが、ていねいな人物描写により実にいきいきと描かれているということだ。エコノメトリックス専門のI先生のお墨付きとは、ちょっと気になりますな。小生としては、物語の背景になるプリンストンが自分の母校のあった街ということもあり、ますます見のがせない。4人の子供を誰かにあずけて、家内と一緒にみてこようかな。

2002年3月7日

不均質乱流に関しては、均質乱流理論で得られた知見がどこまで通用するか数値実験で確認するというのが当初の予定であったのだが、どうもこれだけでは物足りない気がしてしょうがない。本当に乱流理論を一歩先へすすめるつもりなら、均質乱流理論はちゃんと勉強せにゃならんが、不均質乱流もその延長として丸くおさめようというのは、どう考えても安易だ。百倍むづかしかろうが正面切って不均質乱流の理論そのものを構築するのが筋じゃないだろうか。こういう大それたことを一生のうちに一度くらいためしてもいいような気もするし、どうせやるならサバティカル中の今こそ時機ではないのか。そう考えると、よっしゃ、ひとつやってやるかという気になってきた。その昔、トーナメントで某大学のセミプロチームと蔵前で相撲を取ったとき、相手の強さと大きさに圧倒されつつも、ただでは負けないぞと思いつつ土俵にのぼった、あの感じである。うーん、Oコーチの叱咤激励が聞こえてくるような気がするなあ。相手が大きい場合、動き負けしない、まわしをとらせない、横から攻めるというのが相撲の鉄則である。不均質乱流の攻めどころとは何だろうか。まず第一に、均質乱流とちがい、一般場と渦のスケール分離の仮定が効かないので、渦拡散係数によるフラックスのパラメタリゼーションには限界がある。そこで通常のオイラー座標でなく、流されているトレーサそのものを座標にするラグランジュ的な視点を導入すると、スケール分離の仮定なしでも有効拡散係数を定義できるようになる。そこで問題解決のかぎは、力学的方程式をこのラグランジュ座標をもちいて書き換えることだ。とくに準地衡風渦位のように上下方向のオイラー微分が入ってくるとややこしい。変換されたオイラー平均(TEM)ならうまくいくので、ラグランジュ座標でも本質的には同じはずなのだが、どうもベクトル解析がややこしい。かなり気合いを入れて考えはじめたので、ブラウン運動に関するランチタイム・セミナーの間も、講演者には悪かったがノートの上で式を導出していた。同じ拘束条件を2回使ったことに気付かず、式を変換して行った結果、恒等式(0=0)が得られた時は思わず声を上げ、周囲のひんしゅくを買った。数学のことを考えているときは、人の話はまったく耳にはいらなくなってしまうのである。

2002年3月6日

均質乱流に関しては、書けることは大体書き尽くしたかな。次は不均質乱流への一般化である。これは現実に一歩近づいたモデルだが、理論的には百倍以上むづかしく、答えはもっぱら数値的に求めるしかない。中心となる課題はエネルギーの逆カスケードがどのスケールでどのように中断されるのかという問題である。ジェットの存在の影響あるいは傾圧帯の幅の影響?いろいろな可能性があって、仮説をたてるのもなかなか容易でない。それだけに面白いとも言える。

物書きモードの時はオフィスに朝から夕方までこもって黙々と机とコンピュータに向かっているので、生身の人間と話す時間が極めて限られてくる。今日は久しぶりに午前中のティータイムにGavin Eslerとお互いの研究の話をした。彼の化学過程モデルにおける混合のパラメタリゼーションのアイデアはシンプルかつ斬新である。こういう発想が最近なかなかわかなくなったというのは小生も年をとったということかな。

家内が次女を2時半に医者に連れて行くというので、長女と三女を学校に迎えにいくため、今日は早めに切り上げた。


2002年3月5日

GRL論文のレビューが戻ってきた。どれどれとまず編集者の総括から読みはじめる。「あなたの原稿のレビューが完了しました。」ふむふむ。「その結果、重大な問題が指摘されました。」えー何だってー。この業界で「重大な問題が指摘されました」という表現は、実際相当重大な問題が指摘された場合以外には使われないのが普通だ。理論に明らかな間違いがあったとか、すでに同じ結果が他の誰かによって発表されているのを知らなかったとか。うーむ、そういうことがないようにかなり注意したつもりだったのに、いったい何が悪かったのだろう。おそるおそる第一のレビューを読むと、「この論文はよく書けています。いくつかの表現と説明の明快さにおいて改良の余地がありますが、あとは編集者の裁量に任せ、再レビューの必要はありません。」おお、少なくとも一人のレビューアーは好意的だ。この人は以下改良点の候補をいくつか列挙して、建設的な批評を展開して下さった。そうすると、問題は残る一人のレビューアーだな。気を引き締めて続きを読む。「この論文がとり扱っているのは最前線のサイエンスであり、有用な手法と意味のある結果を出しているので、出版に賛成です。ただ何点か説明不十分の箇所があります。しかし、再計算の必要はありません。」ん?これで終わり?これのどこに「重大な問題」が指摘されているわけ?普通に考えると、どっちもかなり好意的なレビューだと思うけれど。結局落ち着いた結論は、編集者がレビューを注意ぶかく読まず、ていねいに書かれているレビューの長さだけ見て、「重大な問題が指摘された」というカテゴリーに入れてしまったのだろう。(おそらくそういう定型の総括文が編集者用に用意されていると思われる。)この程度なら論文を改良するのには1週間もかからない。Doug君と連絡をとって対策を協議する。

プロポーザルはひとまず理論の方が一段落し、計算手法の吟味に入っている。前にも書いた通り、ただやみくもに数値計算をするだけではサイエンスにならないが、必要な数値計算はきちんとやらなければならない。そして乱流問題の場合は、相当の計算量が必要である。今の時代は、大型のスーパーコンピュータより、高性能のワークステーションやPCを横につないで計算を並列化するのが計算方法として一般的になっている。残念ながら、複数のプロセッサと複数のメモリーの間で情報をやりとりし、ロード・バランスを保つためには、ソフトを大幅に書き換えなければならない。昔書いたFORTRANのプログラムを、FORTRAN90とMPIを使ってモジュラー化する計画を練る。ハードウエアはOS Xを搭載したMacintosh G4数台ををギガビットEthernetでつなぐ予定。モデルとしては、UCLAのAppleSeed Projectを念頭においている。


2002年3月4日

ケム川の水面に柳の木の新芽があざやかな黄緑色の影をおとし、街のあちこちに梅だか桜だか姫リンゴだか知らないがきれいな白い花を咲かせた木々が散見されるようになった。きょうはぽかぽかと暖かく、ケム川のパンティング(ボートこぎ)も今日から再開となった。いよいよ春である。シカゴだったら、5月の第一週あたりにならないと木々が芽吹かないことを考えると、ケンブリッジは2か月くらい春の訪れが早いことになる。シカゴよりずっと緯度が高いにもかかわらず、である。ところがシカゴは6月になるともうガンガンに暑く、プール開きとなるので、ほとんど春という季節がない。イギリスで久しぶりに春をじっくり堪能できそうだ。(雨が多いのはあいかわらずだが。)もっともイギリスの気温は北大西洋振動(NAO)という気候の長期変動にしたがい、同じ季節でも年によって数度から10度もちがうことがある。現在、NAOの状況がどうなっているのか不精で調べてないのだが、この暖かさはもしかするとNAO負位相のなせる業かもしれない。

JGR論文に最終的に手を加え、Doug君に送り返した。あとは彼が図面を添えて提出してくれるであろうから、これでひとつ大きな仕事が片付いた。一息ついて、午後はプロポーザルの続き。Isaac Heldの流儀にしたがって、水平方向に均質な傾圧乱流の理論から議論をつめている。均質乱流というのは理想化された乱流状態で、大気循環はきわめて不均一であることを考えると、あまり応用性はなさそうに思えるかもしれないが、この仮定を入れると、まあいろいろなことが演繹的に帰結できるので、ベースラインの理論としては大変興味深い。(有名なKolmogorovの理論もこの仮定に基づいている。)長女のくもん教室の待ち合い室でふと思い付いたのだが、定常均質乱流ではオイラー量としての渦拡散係数と、ラグランジアン量としての有効拡散係数は同値ではないかいな! つまり、非均質乱流の解析に有効拡散係数を用いることの妥当性を示す第一歩としても、均質乱流内での拡散係数のふるまいを調べることは大変有意義であるということになりそうだ。これは面白いことになってきたぞ。

2002年3月1日

小生が師と仰いでいるクリスチャンの物理学教授スタンフォード先生から今朝いただいたe-devotion(アメリカから一日おきに届く)は以下のようなものであった。(*)

We have a hard time saying "no" to commitments.
We take on too many relationships, too many responsibilities.
We hold down too many jobs,
volunteer for too many tasks,
schedule too many appointments,
serve on too many committees.

We try to be all things to all people all at once all by ourselves.

Chronic overload precludes time for prayer and meditation, time for
people relationships, and diminishes energy for service.

"We are not infinite. ... We cannot keep running on empty."

-- Ideas from Richard Swenson, MARGIN (1992)

Coffee thinking: Have I allowed time margin for God to use me
unexpectedly today? 

おお、まさに今の小生にぴったりのメッセージではないか。神様に感謝して、今日は今日なすべきことひとつだけをやると決め、プロポーザルに集中する。議論の柱がだんだんしっかりしてきて、筆が進むのが自分でもわかる。よし、いいぞ 。

午後のRick Munroのセミナーは煙の分散の観測と解析についてだった。煙突から放出される汚染物質の拡散をEulerianとLagrangian双方の視点から観測したPDFで解析したもの。理論的に目新しさは特にない。が、もし煙を連続したプリュームではなく、とぎれとぎれのpuffsにして放出したら、PDFのスケーリングは変わるのだろうか。後者はより等方的な拡散になるだろうし、前者は近似的には煙りの軸に垂直な面内における2次元拡散になるだろうから、根本的に違いそうな気がするが。こう質問したが、講演者ははっきりした答えを持っておらず、ちょっと残念。

一週間の仕事を終える直前にアメリカのDoug君よりJGR論文の(準)最終稿が届く。おおざっぱに読んだところでは、かなりいい線まできている。よしよし、これなら来週中には提出できそうだ。

●スタンフォード先生によるアルファーオメガノート

*(c) 2002 J.L. Stanford

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(c) 2002 中村昇