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今日はみんの幼稚園第一日目。みんの幼稚園はスクールバスが家の前まで送り迎えに来てくれる。親にとっては有難いが、はたしてみんはひとりでバスに乗れるのだろうか。まだ3歳になったばかりなのに。乗る時は興奮していても、乗ってしまったら私がいないことに気付いて泣き出すのではないだろうか。みんが泣き出してしまったら、誰かあのおチビさんをなぐさめてくれる人はバスの中にいるのだろうか… 嬉々としてバスに乗り込むみんの後ろ姿を見送る私の方がはるかに緊張している。もういてもたってもいられない。何も考えずに自分の車に飛び乗って、スクールバスの後を追いかけた。途中でバスを追い越し、幼稚園へ先回りする。車を降り、木陰に隠れてバスが来るのを待った。私のほかにも2、3人、同じように隠れて待ち構えている母親がいる。互いに顔を見合わせて苦笑いしあった。 5分ほどでバスが到着した。不安そうにバスの窓から外をのぞいているみんが見える。あぁよかった、泣いていない。ほっと胸を撫で下ろしたその時、バスのなかのみんと目が合ってしまった! みるみるうちにみんの顔がしわくちゃになり、大口をあけて泣き出したのがわかる。たまらなくなって木陰から飛び出した。そしてバスから泣きながら降りてきたみんを抱きしめる。こんなことだから甘ったれになってしまうのよね、でも今日は第一日目だったのだから、仕方ないわよね… ベソをかくみんを無事先生の手に引き渡したあと、ひとり帰路につく。 ふと、心に熱く感じた神様の視線。 主よ、あなたもこんなふうに私のことを愛してくださっているのですか? こんなふうに、私のことを見守って下さっているのですか? もしも私に何かあったら、すぐに私を抱きしめようと、待ち構えつつ私のことを見守って下さっているのですか?
(1997) |

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「わたし(神)の目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ書43章4節) 聖書の中にはこのように書かれています。実は神様こそ究極の親ばかなのです。同じく聖書の中のゼパニヤ書というところでは「主(神)は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によって安らぎを与える。主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる(3章17節)」とあります。神様は私たちの中に"Delight(喜び)"を見い出すといっておられるのです。 あなたは愛されている… YOU ARE LOVED!! 私のことなど愛してくれる人は誰もいない… もしあなたがそう思っておられるなら、そんなことは決してないのです。あなたはとってもとっても愛されているのです。 「神は、実に、そのひとり子(イエス・キリスト)をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハネによる福音書3章16節)」 イエス様ご自身もこのようにいっておられます。 「わたしが来たのは、羊(人々)がいのちを得、またそれを豊かに持つためです(ヨハネ10章10節)」「…永遠のいのちとは、彼らが唯一まことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。(17章3節)」 どうしたら受け取ることができるのでしょうか。 興味がある方は、是非この 子羊をクリックしてください。 |

(c) 1998, 2002 Sachi Nakamura