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4歳のエミのお気に入り。リンゴの丸かじり。 それからディック・ブルーナのミッフィーのシリーズ。 エミがリンゴを食べるときは皮もむかず、もちろん切らず、よく洗ってそのまま食べる。 「ママー、リンゴ食べた〜い。でも切らないでね。赤くて丸いのが好きなの〜!」 リンゴを食べるときはいつもそういって念をおす。わかってるって。丸かじりが好きなんだよね。 でもあるとき、ママは思いついた。「そういえば、『うさぎリンゴ』というものがあったなぁ。」 ミッフィーを「ふわふわちゃん」と呼んでこよなく愛しているエミのことだから、うさぎの形にリンゴを切ってあげればきっと大喜びするに違いない。 今日もまた、エミがおねだりをする。 「ママー、リンゴ食べた〜い。でも切らないでね。赤くて丸いのが好きなの〜!」 「今日はちょっといいことやってあげる。きっとエミは大好きだと思うよ。」 そういって私はエミの手からリンゴを取り上げ、まな板の上でリンゴに包丁を入れた。 「キャ〜〜! やめて〜、切らないでぇ〜!」 泣き出すエミ。ちょっと待ってなさいって言ってるのに。エミは絶対喜ぶんだから。私はエミの抗議の声を無視してさっさとリンゴをうさぎの形に切った。 「ホ〜ラ、見てごらん。 ふわふわちゃんリンゴだよ!」 エミの目の前に差し出す。 「ふわふわちゃんリンゴ?」 涙で濡れた目を大きく見開く。そしてたちまち笑い声が洩れる。 ね? もっといいものだったでしょ? ママはあなたが喜ぶって、ちゃあんとわかっていたんだから。どうしてママのすることを信頼してくれないの? でも実は、私も同じことをしてしまうのだ。神様が与えてくださったもの。大事に大事に抱き込んでいる。 長年慣れ親しんできて、絶対手放したくないと思っている。ところが神様は、時々私の手からそういうものをサッと取り上げてしまわれることがある。私はうろたえ、動揺し、不安と不信感で一杯になってしまう。 「どうして取り上げてしまわれるのですか? もともとあなたが下さったものではないですか?」 神様は私にかわりの別のもっといいものを与えて下さろうとしているのだ。意地悪で取り上げたわけじゃない。次に何を下さるのか、私にはそれがどういうものなのかまだわからない。けれど期待して待っていよう、私の思いをはるかに超えた、何か素晴しいものに違いないのだから。
(1995) |

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「わたし(神)の目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ書43章4節) 聖書の中にはこのように書かれています。私は常々、私ほどの親ばかはいないだろうと自負(?)していますが、実は神様こそ究極の親ばかなのではないでしょうか。同じく聖書の中のゼパニヤ書というところでは「主(神)は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によって安らぎを与える。主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる(3章17節)」とあります。神様は私たちの中に"Delight(喜び)"を見い出すといっておられるのです。 あなたは愛されている… YOU ARE LOVED!! 私のことなど愛してくれる人は誰もいない… もしあなたがそう思っておられるなら、そんなことは決してないのです。あなたはとってもとっても愛されているのです。 「神は、実に、そのひとり子(イエス・キリスト)をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハネによる福音書3章16節)」 イエス様ご自身もこのようにいっておられます。 「わたしが来たのは、羊(人々)がいのちを得、またそれを豊かに持つためです(ヨハネ10章10節)」「…永遠のいのちとは、彼らが唯一まことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。(17章3節)」 どうしたら受け取ることができるのでしょうか。 興味がある方は、是非この 子羊をクリックしてください。 |

(c) 1998, 2002 Sachi Nakamura