ホーム日記はちこの日記(リバイバル新聞)一月

1月×日 神様のマスター・ピース

今、私のお腹のなかには4人目の赤ちゃんがいる。この3月に出産予定だ。先月やってもらったウルトラサウンドの結果で、どうやら男の子らしいことが判明している。上の三人が女の子なので、若草物語を狙って4番目も女の子だといいなぁと私はこっそり思っていたのだが、周りの人達の熱心な祈りが聞かれたのか(?)、ついに我が家にも男の子が誕生することになったのだ。

それはあなたが私の内臓を造り、
 母の胎のうちで私を組み立てられたからです。
 あなたは私に奇しいことをなさって、恐ろしいほどです。
 私の魂はそれをよく知っています。
 私がひそかに造られ、地の深いところで仕組まれたとき、
 私の骨組みはあなたに隠れてはいませんでした。
 あなたの目は胎児の私を見られ、
 あなたの書物にすべてが書きしるされました。
 私のために作られた日々が、
 しかも、その一日もないうちに。
」(詩篇139篇13-16節)

ウルトラサウンドでお腹の赤ちゃんの画像を見たとき、この御言葉が頭に浮かんだ。こんなに小さいのに、手があって指があって。目があって鼻があって口もあって。脳があって心臓があって胃や腎臓などもあって。確かに神様の御業だ。私がやったことではない。私はどこに何があるべきかなんて、ろくに知らないのだから。

そう思って感動していたら、内臓などの各部位のサイズをミリ単位で量っていたお医者さんが、にこやかに、でも私とはあまり目を合わせないようにしながらこう言った。「この赤ちゃんは、首の後ろの部分の皮の厚さが正常値よりも厚いですね。それから心臓に白い影が写っています。このような症状は、この赤ちゃんがダウン症などの染色体異常を持っていることを示唆している可能性があります。」お医者さんは、もし中絶するなら今ならまだ間に合いますよ、ともつけ加えた。

もちろん私は中絶なんてしない。たとえどんな障害を持っているとしても、それでもこの子が神様の御手によって形造られたのに変わりはない。この世に生まれる全ての赤ちゃんは、神様のご計画に従って、きっちりと精密に造られているのだ。たとえそれが、この人間社会から見ると「障害」や「異常」に見えるとしても。何が障害で何がそうでないかなんて、所詮この社会が作った基準にしか過ぎない。神様の御前には失敗作なんてない。一人ひとりが神様のマスター・ピースだ。どんな事情があっても、神様がよそ見をしている隙にうっかり障害を持って生まれてしまった、などという子供は一人もいないと私は堅く信じる。いと高きお方は究極的にはこの世の全てをその御手に治めておられるのだから。大切なのは、神様がこの子の命、存在を通してこの世で成し遂げられんとしておられる御計画が、100%成就されることではないだろうか。そのために親としてなすべきことをするのが私の役目のはず。

一瞬衝撃は受けたものの、すぐに気を取り直した。それでも主人の来年度の仕事の調整の都合などもあるため、とりあえず羊水検査を受け、染色体異常があるかどうかだけは確認してもらうことにした。検査結果が出るまでの1週間あまり、ごく親しい友人にだけ一緒に祈ってもらっていた。何よりも、神様がこの子を通して持っておられる御計画を、私や 家族が感謝と崇敬の念をもって受け入れることが出来ますように、そして私の思いを、神様の思いに一致させることが出来ますようにと。

約一週間後、病院から電話があり、結果は異常なしですと言われた。何と人騒がせな!この一週間いろいろ考えたり祈ったりしたのは一体何だったのか、と思ってしまったが、でもそれらのことは決して無駄な心労でも取り越し苦労でもなかったのだろう。4番目に与えられた子、私にとっての初めての男の子、この子供を育てるにあたって私に必要なことを、あらためて神様が教えてくださったような気がする。「この子はわたしの子ですよ、あなたには一時的に預けるだけですよ、末っ子だからと甘やかすことなく、障害があってもなくても、同じようにわたしに委ねつつ、忠実にしっかり育てなさい」と。

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