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5/30/2002◆お知らせ◆ KBS京都ラジオで「What's Gospel」というラジオ番組のパーソナリティーをしているくまさん(松本よしゆき師)が、京都市伏見区の深草キリスト福音教会にてルーマニアの教会支援のためにチャリティーコンサートを開きます。日 このコンサートに関する記事がオンラインのクリスチャン新聞にも出ています。そちらに問い合わせ先や教会の住所もあります。御参照ください。 5/29/2002随分前のことだけど、バイブルスタディの時にT代さんがこんなことを言った。 「もし私が、イエス様が十字架の上で私のためになして下さったことの意味を本当にわかっているなら、私はどんな人のことでも愛せるはずなのに。」 なんだかずっと心に残っている一言。 ***** 私は今日、白鳥の巣を探しに行った。 噂ではケム川のほとりに大きな白鳥の巣があって、そこにタマゴが8コあるというのだ。 ケム川沿いの小道を歩いていると、まず鴨の家族を見つけた。母鴨とヒナが六羽。母鴨がヒナたちを追い立てるようにして後ろからついて行きながら、みんなで道を渡っていた。とそのとき、自転車がやってきてヒナたちの列のつっこみそうになった。母鴨は果敢にも自転車に向って走り出し、グワーグワーグワーと自転車を威嚇した。自転車に乗っていた人は驚いて転びそうになりつつその場から逃げて(?)行った。 ケンと一緒に鴨たちに見とれているうちに、急に黒雲が立ちこめ、雨がザッと降ってきた。近くの柳の木の下で雨宿りをしていると、やはり雨宿りをしていたおじさんが話しかけてきた。「向こうの方には大きなスワンの巣があるのを知っているかい? 最近ヒナが六羽ほどかえったんだ。」 「ええ、今からその巣を探しに行こうと思っていたんです。」 おじさんは、この道に沿ってずっと歩いていくと左手にあるよ、It's very large, you can't miss it、と教えてくれた。 しばらくすると雨が小降りになってきたので、私はまた歩き始めた。おじさんが教えてくれた通り、道なりにカーブを曲がったところに大きな巣があり、その上に白鳥が座っていた。白鳥のふくらんだ羽の下からは、灰色のヒナたちのおしりがたくさん覗いていた。これぞまさに頭隠して尻隠さず。ケンはさっき聞いた鴨の鳴き声が気に入ったのか、白鳥の方に手を伸ばし、しきりに「クワックワックワー」と言う。 立ち止まって眺めていると、道ゆく人たちもみな足をとめ、白鳥談義に花を咲かせはじめる。去年はあっちの橋の下にもっと大きな巣を作っていた、別の白鳥のお母さんにはヒナが一羽しかいないけれど彼女はその一羽にとても誇りをもっているように見える、このお母さん白鳥にはまだかえっていないタマゴが2つあるはずだ… みんなよく観察している。人々の話しを聞いていると、地元の人たちがいかに白鳥たちを慈しんでいるのかわかって、なんだか心が暖かくなった。 そのうち誰かがお母さん白鳥にエサとして食パンを投げた。しかし食パンはお母さんのしっぽ側に落ちたため、タマゴを暖めている最中の彼女は動こうとせず、そのままになってしまった。ところが、どこからともなくオレンジ色のくちばしの黒い小さな水鳥(名前はなんていうんだろう)が現れ、ヒョコヒョコと近付いていくと、自分の身体ほどもある食パンをさっとくわえ、私たちの視線が彼に注がれているのも構わず、サササササーっと逃げていった。 「あっ、泥棒!」見ていた私たちの口から一斉にため息がもれた。 先ほどまでパラパラと降っていた雨はいつの間にか止み、太陽が顔を覗かせている。 ケンブリッジの午後はゆるやかに時間が流れる。 ***** 私はわかっているだろうか、その意味を。 5/28/2002R介くんが来た。とても礼儀正しい好青年。今どき珍しく(?)髪の毛も黒い。 若い子は食べっぷりがいいから気持ちいいね。イギリス人の家庭にホームステイしている彼は、普通の白い御飯にもとても感激してくれて、それがまた私には嬉しかった。(^^) 食事の後は信仰の話しとか、人生の話しとか。 ***** そういえば、来週の火曜日から10日ほどフランスに行きます。パリに4日、ブルターニュ地方に6日。観光地をガンガン回る旅ではなく、のんびりする旅になる予定。ホテルに泊まるととても高くつくのでリゾートキャンプ場で七人まで泊れるモバイルホーム(キャンピングカー)を借りてそこに宿泊する。食事は自炊。楽しみ。 ●Key Camp Holidays --Family Holidays in Europe 5/27/2002ぼぼるパパの日記(5/27)のチーズの話しに笑った。 ***** 明日はR介くんがうちに晩御飯を食べに来る。何をつくろうかな。リビングもちょっと片付けておかなくちゃ。 ***** このHPのタイトルを変えようかと思案している。今考えているのは『中村ファミリーの「毎日がエブリディ!」』。どうです、明るくていいと思いません? 脳天気すぎてダメかな? ちなみに、『The Village Inn』というのは「中村」をもじったものだったと、皆さん御存知でしたか? しかし… 私ってセンスないなぁ。コピーライターには絶対なれない。 5/26/2002昨日の日記を書いてから、私の膝の上で指しゃぶりをしているケンの姿がなぜかずっと私の頭に残っていた。やや寄り目気味になって夢中で親指をしゃぶりながら自分の世界に浸っているケンの姿が。 そして私の頭のなかのケンはいつの間にか私自身の姿と変わっていた。それは、神様の御腕の中にすっぽりくるまりながらも、どういうわけか自分の親指をしゃぶって満足している私だった。 せっかく神様のもとにいながら、私はなぜ自分が持っているものに固執しそこに慰めを見い出そうとしているのか。 神様は私の手をひっぱって、口から引き抜こうとされる。しかし私はそれを振り払い、背中を丸めてなおも懸命に自分の指をしゃぶる。 心地よい安全な場所は確保しながらも、神様が与えてくださろうとしている肝心のものは拒絶している。 神様、私が執着している「親指」は何なのでしょう? ***** 『主の弟子となるための交わり』の学びより: 原題の『ツバイエルシャフト』は、「二人の関係」というような意味なんだそうだ。しかしそれは単なる「二人の関係」ではなく、登山で使うような「命綱」で結ばれている「二人の関係」。片方が落ちればもう一人も落ちるかもしれない。しかし踏み止まって支えることができるなら二人とも助かる。険しい登り坂も二人で助けあって進む。私は私、一人で好きな道を行く、というわけにはいかない。 …それは命がけで互いに責任を負い合うような関係。 信仰の歩みとは、個人主義的なものではなく、もちろん全体主義的なものでもなく、そんな「二人の関係」が基底になるというのがビュルキ師の主張するところらしい。「わたし」がイエス様の弟子として成長させられているためには「あなた」との関係が必要で、「あなた」の霊的成長のために「わたし」は責任を負っているし、「わたし」の霊的成長のために「あなた」も責任を負っている。そして「わたしとイエス様」の関係があるから「あなたとわたし」の関係も成り立ち得るし、「あなたとわたし」の関係を通して「わたしとイエス様」の関係も深まっていく… 「わたしとイエス様」の関係は、イエス様が文字どおり命をかけて下さった十字架のおかげで存在している。それは、イエス様の命と私の命が入れ代わったことによって保たれている。クリスチャンならみんなそう言う。みんなそのつもりでいる。しかし、その「わたしとイエス様」の関係がどれだけ真実のものであるかは、実は「あなたとわたし」の関係のなかに写し出されている… (蛇足だけど、こうして書き記しながら思うことがある。しばらく前から思っていたのだけれど。『主の弟子となるための交わり』のなかでビュルキ師は、私たちはしばしば自分の霊的体験の乏しさを冗長で大袈裟な言葉や表現を使うことでごまかしている、というような意味のことを言っていた。私の書く言葉が、霊的体験の乏しさをごまかすための張りぼてのようなものになってしまいませんように、霊的実体験に裏打ちされたもの以上のことを書こうとする誘惑から守られますように、と祈らずにおれない。) 5/25/2002生後14ヶ月の息子が、最近「ママー!」と呼んでくれるようになって嬉しい。 この息子、おむつを取り替えてもらうのが大嫌いで、おむつ替えのたびに大泣きをして身体中で抵抗する。 起き上がって私のひざの上によじのぼり、しがみついてくる。そしてしがみつきながら自分にとって心地よい姿勢をとって親指をチューチュー吸いはじめる。 ママもあなたのこと抱っこしながら二人でゴロニャンしてたいんだけどね、でも今はおむつ取り替えないとダメでしょ。おむつがぽったりしてるよ。 私の腕の中でいい気持ちになっている息子をはぎとって、おむつ替えマットの上に寝かせると怒ること、怒ること。 おむつをはずされるとお尻がスースーして寒くてやだね。ごめんね。でも、あなたのお尻をぬくぬく暖めてるのはおしっこでぽったりのおむつなのよ。ママがあげようとしているのは新しくてサラッとしてきれいなおむつよ。 そんなに激しく泣かないでよ、まるで世界残酷物語だと言わんばかりに。(^_^; ママだって早く取り替えて、もう一度あなたを抱っこしてあげたいんだから。あなたがおとなしくしていてくれればすぐに終わるんだから。 ママのこと、好きなんでしょ? そしたらほら、またママと遊ぼうね! 5/24/2002昨日ある人にメールしていたら、昔のことを思い出した。 私が教会へ行くようになったのは14才の時だったが、続けて通うようになった動機のひとつが礼拝での賛美が楽しかったということだった。私はもともと歌うのが好きな子だったので(部活もコーラス部)、教会でみんなが手を打ちならしながら楽しそうに歌っている様子にとても心惹かれ、歌っている内容が何を意味しているのかほとんどわかっていなかったくせに、一緒になって夢中で歌っていた。 あの頃の私は、いかんせん聖書をあまり読んでいなかったので、神様について、救いについて、信仰生活について、いろいろと随分とんちんかんな思い違いをしていたと思う。(今日、某所で「そんな思い違いをしているのは、聖書も神の力も知らないからではありませんか」というマルコ12:24のイエス様の御言葉が引用されているのを見かけたが、まさにそんな感じだったかな。)聖書はあまり読んでいなかったし、お祈りもしたりしなかったりだったが、賛美の歌だけはよく歌っていた。そして、私は確かに、ぐいぐいと神様に引き込まれていった。 「けれども、あなたは聖であられ、イスラエルの賛美を住まいとしておられます。」(詩篇22:3) この御言葉の通り、賛美のあるところには神様の御臨在がある。きっと私はよくわかっていなかったにもかかわらず、賛美を通して神様の御臨在に触れていたのだろう。 そもそも賛美の歌というのは、主を誉め讃えると同時に信仰告白をしているに等しい。御言葉そのものにメロディをつけたものも多くある。 主よ、あなたは素晴らしい、あなたはいと高きお方、あなたはいつまでも変わることなくとこしえに生きておられる… たとえ最初はよく理解していなくても、声に出して歌っているうちに御言葉が私の霊にしみこんできて、私の思いをも変えていったに違いない。悩みの直中にあっても、賛美をすることで力を得、喜びを回復するということを何度も体験した。最初は歌ってるだけの子だったが、いつの間にか聖書を読み、祈ることも覚えていった。 以来この二十数年間、賛美は私のいのちの一部になった。 「ハレルヤ。まことに、われらの神にほめ歌を歌うのは良い。まことに楽しく、賛美は麗しい。」(詩篇147:1) 5/23/2002JCFN(日本人クリスチャンネットワーク:在米日本人クリスチャンを中心としたネットワーク)の恒例夏の修養会が今年はジョージア州アトランタで開かれます。日程などは以下の通り。 2002年7月12日(金)〜15日(月)於 Simpsonwood Conference & Retreat Center 詳細はこちら。アメリカ在住の日本人クリスチャンの皆さん、よろしかったら是非御参加下さい。 ***** 一ヶ月くらい前だったかな。 夫がふとこんなことを言った。 「フェルマーの定理を証明しようとして人生を棒にふった数学者は大勢いるはずなんだ。」 彼が言ったことが正しいかどうかは別として、不思議だったのは、人生を棒にふった(かもしれない)数学者たちのことを、彼が羨んでいるかのように聞こえたこと。 本当は彼だって、自分の人生を棒にふることになるかもしれない大難問に、何もかも投げ打って挑戦したいのかもしれない。だけど家族を養わなくちゃいけないからそんな夢のようなことは忘れて日常生活にもまれながら地道な仕事をしているのかもしれない。 心の底には学者としてのロマンへの憧憬を抱えている彼に毎日子供のお風呂だとかおむつ替えを手伝わせている私は悪妻だなぁと思ったら切なくなった。 でも、そんなこと言ったら、彼はきっとニコニコしながら「そんなことないよ」って言うんだろうな。 多分ハグしてくれたりして。頭イイ子イイ子してくれたりして。 彼は今朝、オックスフォードに向かって出かけて行った。 神様、彼と共にいてください。 全地宇宙を造られた偉大なる主よ、 あなたの御手の業のミステリーを彼にそっと解き明かしてあげてください。 それによって彼が仕事を通してあなたの御栄光を 世に光り輝かせることが出来ますように。 5/21/2002今日はま〜やがボタニックガーデン(植物園)まで歩き遠足。私もケンを連れて行って、現地で合流。(その前に、みんが持っていくのを忘れたお弁当をみんの学校へ届けた。)お天気にも恵まれてなかなか楽しかった。 関係ないんだけど、ぼぼるパパはボタニックガーデンのことをわざとブタニクガーデンと呼ぶ。ボタニックガーデンなら、屋外のテラスで優雅に紅茶でも、というイメージだけど、ブタニクガーデンじゃ食べ放題の焼肉屋だよねー。(^_^; ***** ブタニクガーデンのぼぼるパパは、今月は学会などが重なって、出張が三回もある。フランス、ベルギーに続き、今週はオックスフォードだ。毎日毎日とても忙しくしている。あまりに忙しいので、先週は一週間、昼食断食したらしい。昼食断食なんて言葉があるかは知らないが、要するにお昼御飯だけぬくこと。お昼をぬいてその分仕事をするのではなく、同僚たちが昼食を食べに出かけて静かになった研究室に一人残って、静かに祈り神様と交わる時間を持つ。目が回るほど忙しい最中だからこそ、1日の途中でそのように静まる時間を持つことが大切になるのだろうね。仕事に流されず、神様にしっかり目を留め続けることが出来るように。そうすると、頭も心もすっきりして、午後はますます仕事に集中できてよくはかどるのだそうだ。 そんなわけで忙しいくせにルンルンの彼は、今も隣で鼻歌まじりに「♪Thank you, thank you, thank you, thank you, Lord!」と歌っている。 ***** 最近ケンは「ママー!」と言うようになった。必ずしも私のことを呼んでいるわけでもなさそうだけど、それでもあんなにはっきりと「ママー!」なんて言われると、嬉しくなっちゃうね。 5/20/2002日付けがちょっとずれちゃった。昨日は朝と夜の二回書いたからか。 昨日は >クリスチャンになったらこんないいことがあるよ、あんないいことがあるよ、なんていう甘い話につられて信仰を持つようになるなら、挫折するのも時間の問題でしょう。 なんて書いたけど、じゃあ私が信じた時はどうだったかというと、極めて自己中心的な理由だった。そしてやっぱり、その後何度も挫折…というか、「私が今まで信じてきたものは何だったのだろう?」「私が『信仰』だと思っていたものは、一体なんだったのだろう?」と問い直すことをしてきた。しかし、それが特別遠回りだったとは思わない。そういうプロセスを通して、少しずつ成長させていただいたのだろうし、これからもその道のりは続いていくのでしょう。蛇足だけど、何だか誤解を招く書き方だったかなと後から思ったので。 ***** 月曜日は子供たちが○文式のお教室のある日。いつものようにみんとま〜やを教室に送り届けてからラウンジで他のお母さんたちとおしゃべりしながら待っていたら、先生がやってきて、「中村さ〜ん。まやちゃんね、教材やりながら寝ちゃったんですけど。もう熟睡状態で、起こすにはしのびなくて。どうします?」びっくりして見にいくと、ほんとだ、いびきかきながら寝てる。なんてヤツ。しょうがないので今日はそこでおしまいにして、続きは宿題にした。まったくもう。(^_^; ***** バギー(ベビーカー)が壊れた。買ってからまだ1年足らずだというのに。仕方がないね、ケンブリッジに来てからものすご〜く酷使したんだもの。毎日平均二時間は使ってたんじゃないかな、しかも石畳の道をゴロゴロと。まだまだ使わないといけないので、今日新しいのを買ってきた。今まで使っていたのよりもう少し軽量でスリムなやつ。今度は長もちするといいな。 5/19/2002 (evening)昨日の聖研の学びのテーマは『試練とその意義』みたいなことだった。ロンドンJCFの盛永先生が、ヤコブ1:2ー4をまず読み、それからフィリップ・ヤンシーの『神に失望する時』とヨブ記に言及しつつお話してくだっさった。 盛永先生は言った、「損得勘定一切抜きで、それでも人は神を愛しうるのか、それがヨブ記で神様がサタンからつきつけられた挑戦状でした…」 あぁ、なんて胸がしめつけられるような問いかけだろう。神様がもう一度サタンからこの挑戦状をつきつけられたとき、もし神様が私を選んで「もちろんだとも。疑うならば、はちこを試してみよ」なんておっしゃったりしたら… 私は神様の期待に、いや、愛に、こたえることが出来るだろうか… もしかすると、神様はサタンから絶え間なくこのような挑戦状をつきつけられているのかもしれない。そして、人間を愛するがゆえにそのひとり子イエスを惜しみなく与えてくださった神様は、私たちがその愛にこたえるのを期待して「もちろんだとも。疑うならば、○○を試してみよ。××を試してみよ。」とサタンに言い放っておられるのかもしれない。この地上で、びっくりするような試練や苦難が次から次へといろいろな人に降りかかるのはそのせいなのかもしれない。そして、それらの試練や苦難にも負けず、神様を愛し続けた聖徒たちが天国へ無事凱旋するたびに、どれだけの栄光が神様のもとに帰されることか。 盛永先生はこんなことも言っておられた。ウェストミンスター小教理問答の第一問は「人のおもな目的は何ですか」というもので、その答は「人のおもな目的は、神の栄光を現わし、神を永遠に喜ぶことです」であるが、一方、ハイデルベルグ教理問答の第一問は「あなたにとって、生きるときも死ぬときも一番のなぐさめは何ですか」で、その答は「それは、私がキリストのものであるということです」というものらしい。(ちょっと不正確かも。)先生はそれまで、個人的にはハイデルベルグの方が好きだったそうだが、自分にとってなぐさめになるかならないかなどということが、はたして信仰にとって第一に問題とされるべきことであろうか、そんなに自分中心であっていいのか、と最近になって考えが変わったのだそうだ。言われてみればもっともで、じゃあ私にとって信仰がなぐさめにならないなら神様を信じないのか、ということになってしまいかねない。 経済学者でもあるT先生も、こんな興味深いことを言われた。 アダム・スミスの経済学は、人間の活動というのは欲望を追求することと、苦しみを最小限に押さえようとするその二つの欲求によって動機づけられている、という前提をもとに成り立っている(私、ちょっと嘘言ってるかも)らしいのだが、T先生曰く、アメリカにおけるキリスト教信仰にも同様の傾向が強くみられるのではないか、つまり、信仰を持つことによって自分の願いがかなうようになり、自分の苦しみが減少することを期待しているのではないか。 ここで考えさせられるのは、もし、信仰を持っても自分の願いが何一つかなうわけでもなく、苦しみもひとつも減らないとしたら、それでも人は神を信じるようになるだろうか、ということ。 こんなことをいろいろ話しているうちに、私たちのなぐさめとか苦しみとか、願いとか失望とか、そもそも私たちの実存なんていうものすら、神様の前には無に等しく、それでも神様は全てを超越して存在しておられる、結局そこにいきつくのだ、そしてだからこそ私たちは、神様を信じずにはおれないのだ、というような結論(というほどはっきりしたものでもないが)に達した。偉大なる『わたしはある』というお方の前に、私たちはただひれふさずにはおれない、そしてそのお方から、まったく受けるにふさわしくない愛を注がれている、それが私たちなのだ、と。 ところで、ケンブリッジJCFには先週から求道中の大学生の男の子、R介くんが参加するようになった。私たちがこのようなことを話し合うのを聞いて、彼はどう思っただろうか。なんだ〜、信仰を持ってもいいことが何一つないかもしれないなら、なんで神様を信じなくちゃいけないんだぁ?なんて思ったかな? でも私、昨日の学びは彼に対していい証しになったのじゃないかという気がする。クリスチャンになったらこんないいことがあるよ、あんないいことがあるよ、なんていう甘い話につられて信仰を持つようになるなら、挫折するのも時間の問題でしょう。自分を中心にした視点から離れて、神様を中心にする視点を知ったとき、きっと人は神様を受け入れざるを得なくなる、信じないわけにはいかなくなる、そういうものではないだろうか。R介くんは聖研のあと、ぼぼるパパに「どうしてクリスチャンになったんですか?」と聞いていた。そこでちょっとだけ話したあと、今度うちに来て、夕御飯でも食べながらゆっくり話そうか、ということになった。楽しみ。 5/19/2002昨日は丸一日、ジオシティーズがメンテナンスをしていたそうで、私のHPにもアクセス出来なくなっていました。心配してくださった方々、ごめんなさいね。私がHPを閉じる時は必ず事前に御挨拶しますから、もし何らかの理由でこのHPにアクセス出来なくなっていることがあれば、多分エラーかメンテか、そういうテクニカルな理由だと思って下さい。皆さんからの御支援、いつも本当に感謝しています。(^^) I love you all! ***** 昨日のJCFの聖研は非常によかった。今日はこれから礼拝(ペンテコステ!)なので、帰って来たらまた時間を見つけて書きましょう。 5/17/2002夕べはまたケンスケを寝かしつけながら朝まで寝てしまった。でも横になるときそんな予感がしたので、ちゃんと寝仕度してから添い寝したおかげで朝起きた時の不快感はなかった。それにしても、なんでこんなに寝てしまうのかなぁ。身体がこの1年余りの睡眠不足を取り戻そうとしているのかな?? ***** 夕方、エミが誕生日に自分で絵付けした大切なマグカップを、みんがアクシデントで落として壊してしまうという事件があった。 今日はエミの友達が来ていて、例によって二人はPCに向かって絵をかいたりネットサーフをしたりしていた。上機嫌だったエミは調子に乗ったのか、PCを使いながらの飲食は禁止されているにもかかわらず、みんに飲み物とお菓子を持ってくるよう頼んだ。気のいいみんは、エミのマグカップと自分のマグカップにオレンジジュースを入れ、ビスケットをお皿に盛った。そしてビスケットの方はエミたちのところに持っていったのだが、ジュースはキッチンに来て飲んで、と二人に言ったらしい。しかしエミはなおも自分のところに飲み物を持ってくるようにと言ったため、みんはジュースの入ったマグを二つもって、タイル張りの階段を昇っていたところ、手を滑らせてエミのマグを落としてしまった、というのがことの次第。みんは大変なことをしてしまったと、大泣き。エミのかけがえのない宝物を壊してしまったと自分でもわかったので彼女は大ショックだったようだ。一方エミも、そんなことをみんに頼んだ自分の方が悪いとわかったらしく、最初に一声「私のマグを壊したね!」と叫びはしたものの、すぐに落ち着いて「いいよ、いいよ、私の方が悪かったよ」とみんをなぐさめていた。 私は、そもそも禁止されていたことをしようとしたエミが悪かったのと、注意が足りなかったみんもよくなかったということで、それぞれをかるくたしなめた。それから、エミがまた新たにマグカップに絵付けをしたいなら、今度もう一度連れていってあげるけれど、その時はエミが自分で費用を払いなさい、と言った。エミは納得してうなづいていた。 その後しばらくして一段落ついたところで、私はエミを励ますつもりで「次につくるマグはきっともっといいのが出来るよ。ピチュウは死んじゃったけどね。」と言った。(注:ピチュウというのはエミがシカゴで飼っていたペットのハムスターのことで、エミのマグはピチュウをモチーフにした柄だった。しかし、つい二〜三日前にピチュウが死んでしまったという知らせがシカゴの家の面倒を見てくれているセーラから入ったばかりだった。)そしたらエミは、ピチュウが死んでしまったことを思い出したらマグが壊れたことが一層悲しくなったのか、おもむろに両手で顔を覆って泣き出してしまった。バカバカ、はちこママの大バカ! 余計なことを言ったおかげでエミが悲しくなってしまったではないか。 ごめんね、エミ。人生いろいろあるものよ。(役に立たないなぐさめの言葉。(^_^; ) 5/15/2002イギリス英語についてまた気がついたことをいろいろ書いていたんだけど、保存する前にエラーが出て全部消えてなくなってしまった。(泣)1時間くらい書いてたのに。萎えたから今夜はもうおしまい。 あ、でもリストアップしたのだけ忘れないうちにメモっておこう。 have a go, have a look, cheers, lovely, nice, oh dear, thanky, washing up, tidy up... ***** この頃、公開する日記よりも公開しない日記を書くことこそ今の私にとって必要なんじゃないかと感じ始めている。 実際、手書きのジャーナルを1ヶ月くらい前から始めた。手書きは苦手で、キーボードの上に指を乗せないと文字が書けない人になってしまったのだけれど、それでも汚い字で書きなぐるように書き留めている。人に見せるものじゃないからいいや、と。 5/14/2002夕べはケンスケを寝かしつけながら、そのまま朝まで寝てしまった。(断乳はしたものの、まだママに添い寝してもらわないと寝られない子で…) ちょっと横になるだけのつもりだったので、顔も洗わず、歯も磨かず、洋服のまま、キッチンの片付けも半分しか終わっていなかったというのに、そのまま朝まで。朝起きたら(いつもと同じ六時過ぎ)、キッチンは夕べ私が残したままの状態になっていて悲しかった。 テーブルの上を拭きながら、ちょっぴり落ち込みモードになったところで、ふと12日の日記で紹介した母の日の文章を思い出した。ああそうだ、こういうことのひとつひとつも、心をこめてやるときに、神様はそれを私からの捧げものとして受け取ってくださるのだ。ケンスケを寝かしつけるのも、お弁当をつくるのも、洗濯も皿洗いも、どんなに些細で、どんなに当たり前のことでも、これは私にとっての礼拝行為で、主への捧げものなんだ。私の捧げものは雄牛ではなくて家鳩のひなかもしれない。(レビ記1章)雄牛ほど高価で祭壇の上にのせたときに見栄えのいいものではないかもしれない。でも私が主が言われた通りに忠実に捧げるとき、主はそれを受け入れて下さる。 さあ、今日はま〜やを歯医者さんに連れて行く日だ。あの子ったらまたまた奥歯に虫歯が出来てしまって。(^_^; 外はとてもいい天気。歯医者さんの帰りはケム川のほとりに立ち寄って、ま〜やとケンと一緒にあひるの親子でも見てこようか。 5/12/2002日本やアメリカでは今日は母の日だったんだよね。イギリスでは母の日は三月なので、忘れていました。(^_^; はちこ母、Happy Mother's Day! いつもどうもありがとう!(^^) ***** 今日はお天気が良かったので、礼拝のあとケンブリッジ大学のボタニックガーデン(植物園)へ行って来た。とてものどかで気持ちがよかった。ただ、帰るときに道を間違えて、大変な遠回りになってしまったのは(^_^; だったけど。いやあ、よく歩いたよ、今日もまた。 ***** 友達に送る母の日用の電子カードをDaySpringのサイトで探していたら、とても心を打たれるカードを見つけた。 A Story for Mother's Dayというタイトルのついたそのカードには、こんなお話が描かれていた。(以下は厳密な翻訳ではなく、私が内容を思い出して書いただけのものです。オリジナルの文章はRoy Lessin氏によります。)
この日記を読んでくださっている全てのお母さんたちに… 5/10/2002驚いた。今日の午後ロンドン郊外で、死者7人と約85人の重軽傷者が出た電車の脱線事故があったそうだが、なんとその電車はロンドンキングスクロス発キングスリン行き。つまり、ケンブリッジを通る電車で、私がロンドンに行く時にいつも使う路線だ。もしもこの事故が二週間前に起きていたら、フランスから戻りヒースロー空港から電車を乗り継いで帰宅途中のぼぼるパパが、ちょうどその時間にこの電車に乗っていたかもしれなかった。 ぼぼるパパは今夜遅くにベルギーから戻る。今夜は飛行場からシャトルバスでケンブリッジまで帰ってくるはずなので、電車の遅れ等による影響はないだろうが、それにしてもびっくり。あまりに身近な路線なので、何だか震えてしまう。恐くてもう当分電車でロンドンに行く気はしないな。 5/9/2002『とっとこハム太郎』が近く英語デビューするらしい。エミがどこかで聞きつけてきて、子供たちが興奮している。ハムちゃんずもハム太郎以外はそれぞれに英語の名前がつけられて、なかなか面白い。ポケモンの時もそうだったけど、上手にネーミングする人がいるものだね。 ***** パパは無事ベルギーに旅立っていった。夕べは徹夜で、朝になってから1時間仮眠をとっただけだったので心配。飛行場で搭乗を待つ間に眠りこけて飛行機に乗り損なうんじゃないかとか(前科あり)、うつらうつらしている隙に荷物を盗まれるんじゃないかとか、そんなことを考えてしまう。パパが出かけてから何度も、主が守って下さるよう祈った。夕方も、ブリュッセルについてから目的地まで電車を乗り間違えることがないよう、子供たちと一緒に祈った。 ***** ま〜や(四歳)がこの前、姿見(鏡)の前で手をたたき、ステップを踏みながらこんな歌を歌っていた。 ♪Jesus, love me. Jesus, help me. Jesus, shout at me! Jesus, please fix my computer, Please heal my cat, Jesus, Jesus, Jesus! ♪ 私が思わず聞き入っていると、「Do you like my song?」とま〜や。 「Yes! Did you make it up?」と聞くと得意そうにうなずきながら「Yes. Do you want to hear it again?」 ま〜やはもう一度歌ってくれたのだが、3行目のところまで来たらどうしても気になったのでつい口をはさむ。 「"Jesus, shout at me"って、『マヤ!マヤ!』ってイエス様にシャウトしてもらいたいの?」 「Yeah.」当然でしょ、とばかりのま〜や。なんか妙だなぁ。(苦笑)shout という言葉が出てきたのは、多分"Shout to the Lord"からの連想だと思うんだけどね。ま〜やもこの歌、好きだから。 今日も夕食の時にこの歌を歌っていたが、今度は「Jesus, shout at me!」のあとに、「マヤ! マヤ!」と自分であいの手を入れていた。(笑) 5/8/2002ぼぼるパパは明日は学会で、今度はベルギーのリージュへ行く。今回も直前まで準備でどたばた。夕方も、帰りは遅くなるから食事は先に食べていていいよ、と電話が入る。 パパのいない夕食とは言え、かしましい女の子が3人(と子犬のような男の子が一人)いれば賑やかこのうえない。御飯を食べながらみんが眉根を寄せてこんなことを言い出した。 「今日ね、学校で、ベンが教室の中で走っていたら壁のコート掛けのフックにおでこをぶつけて、切れて血がでちゃったの。ちょうど私とブロンティとジョディがその場面を目撃したんで、急いで先生を呼びに言ったの。ベンはすごく泣いちゃって、ちょっと恐かったのよ。保健室から戻ってきたペンはおでこに包帯をグルグル巻いていて、すぐにおうちに帰ったの。でも先生はベンは大丈夫だって言ってた。」 これがきっかけで、エミが5歳の時に学校で怪我をして後頭部を一針縫った話や、ま〜やのクラスメートが転んだ話や、みんが1歳8ヶ月の時に哺乳瓶をくわえたまま転んで口を切った話などをみんなが半ば興奮状態で次々と分かち合った(?)。そしてきわめつけにエミがふっと声をひそめて、 「キャロラインなんかね、九歳のとき、ボゴスティック(棒の先にスプリングがついていて、乗って跳ね飛んで遊ぶもの)で転んで、スプリングに口をぶつけて血だらけになったことがあるんだって…」 それを聞いた私たちはみんな一斉に悲鳴をあげた。感受性の強いみんは自分の口を押さえて泣き出して、「やめて! もうそれ以上言わないで!」 エミがわざと続けて話そうとするので私もそれを遮って、「もうやめましょう。今度は何か楽しい話をしようよ」と提案。するとみんがまだしゃくりあげながら、「あたし、面白い話、ある!」 「あのね、この前、学校のチャペルアワーの時にね、牧師さんが『Jesus fasted for 40 days』って言おうとして、間違えて『Jesus farted for 40 days』って言っちゃったの!」言いながらブーっと吹き出すみん。私たちもみんな大爆笑。今度はみんなが次々に可笑しかった話を聞かせてくれ、いや〜、笑った、笑った。ケンもしっかりまざって嬉しそうに笑っていたなぁ。 (ちなみに、fast は「断食」、fart は「おなら」という意味) ***** 八時過ぎに帰って来たパパ、興奮した口調で言った。「いや〜、夕べから走らせているモデルが、いい結果を出してくれてねぇ。オックスフォードでの発表用のモデルなんだけど、この結果はベルギーにも持っていかねば、という気になったんで、慌てて新しい図表を作ったりしてたんだよ。それにさ、Praise the Lord! 来週のケンブリッジでの発表が無期延期になったんだ!これは助かるよ!」 きゃ〜、私も嬉しい! 今朝、ぼぼるパパの昨日の日記を見たらかなり緊迫した状態のようだったのでびっくりして、今日はパパのために特に祈っていたのでした。(*^_^*) 普段は夜寝る前に二人で祈るんだけど、ここ数日、ケンを寝かしつけながら私も朝まで寝てしまうということが続いていて、一緒に祈っていなかったから、なおさら気になって。来週のケンブリッジでの発表と言えば、時間が迫っているにも関わらず準備が全然出来ていなかったやつだ。それがキャンセルになったなんて、すごい! 神様、またまたお祈りを聞いてくださってありがとう! 5/6/2002祈りが答えられた! 大家さんからメールが来て、27日までずっとこの家にいられることになったのだ! ハレルヤ! 大家さんは今、彼女自身のサバティカルでフランスに行っている。そして大学生の一人息子がいて、彼はここから少し離れた大学の寮に入っている。二人とも七月半ばにはこちらに帰ってくるので、リースの期間が切れたらすぐに自宅に戻りたいと思っていたらしい。数日前に大家さんからそう言われたときは、契約は契約だし大家さんの言うことはもっともだから、私たちもあえて交渉しようとはせず、すぐに了解した旨の返事を出した。そして神様に向かって祈った。 すると、昨日大家さんから「Thank you very much for being so understanding.」という書き出しのメールが届き、ガールズ(うちの娘たちのこと)の学校もまだ終わっていない時に、四人も子供がいる人たちに数日間だけのために他所に行かせるにはあまりにしのびない、息子とも相談した結果、私たちは27日まで別の場所に行くようアレンジしたから、あなたたちは27日までいてもいいですよ、とおっしゃってくださったのだ! サンキュー、ジーザス! サンキュー、大家さん! 祈ってくれていた子供たちにもこの朗報を伝えると、みんな手を叩いて喜んだ。本当に感謝。 そしてもう一つの祈祷課題だったケンスケの断乳。これもまたあっけないくらいスムーズにいってしまった。 4日の日記にも書いた通り、初日の晩は当然欲しがって泣いた。でもせいぜい五分くらいのこと。二日めの晩も同じ。ほんのちょっとだけ欲しがって、駄目とわかるとベッドに二回ほど頭を打ち付けて怒ってみせたが、それだけ。すぐに指をしゃぶりながら大人しく寝ついた。夜中も何度かフニャ〜!と泣いたけれど、全然問題なし。夕べは特に欲しがるわけでもなく、ただ私にすり寄って甘えながら寝た。今夜もそんな感じ。あまりにもあっけない。 ところが、問題は私の方で、過去の断乳で経験したことがなかったほどに胸が張って、痛くて痛くて、土曜日の夜はあまりの痛みにほとんど眠れなかった。痛さのあまり、悪寒と吐き気、頭も朦朧とする。当然機嫌も悪くなる。とにかく痛みを軽減しなくては、と少しだけ手絞りで搾乳することを何度かくり返したが全然利き目なし。そこで昨日の夕方、ネットで検索して断乳について書いているいくつかのサイトを調べた結果、断乳中の搾乳は、結構たくさん絞り出しても構わないことがわかった。そこで早速シャワーを浴びながら思い切って絞ってみた。これで随分楽になって、夕食時は久々に笑顔のママ。夜も普通に眠ることが出来た。しかし朝起きたらやはりまた随分張っていて苦しかったので、また思い切って搾乳。これで一日かなり快適に過ごせた。夜になるとまたつらくなったので再度搾乳。こんなことをくり返していたらキリがないんじゃないかという気にもなるけれど、昨日調べたところでは、おさまるのにだいたい1〜2週間くらいかかるものらしく、このペースでやっていても大丈夫らしい。日本だと桶谷式とかいうのがあって、そこではマッサージをして断乳中に二回くらい空っぽになるまで完全にしぼるらしい。体験談を読むといかにも気持ちが良さそうで羨ましかった。私の方は今のところ、まだ張りと痛みは続いているが、もうピークは超えたなと感じる。このまま収束していくのだろう。 これで断乳が完了したと言っていいのかはわからない。今なら見せればやっぱり欲しがるかもしれない。当分は刺激しない方が賢明だろうから、お風呂はパパにやってもらう。 とにかく、ケンスケがそんなに悲しい思いをしないでおっぱいを卒業できたのは感謝だ。 さて、今回の断乳のプロセスのなかで、ケンスケの行動に面白いことを発見したのだが、それについてはまた今度。 ***** でもねー、本当は心の片隅で、13ヶ月で断乳なんて、早すぎたかな、と後悔する思いがないでもない。 寂しい。え〜ん。寂しいよう。 5/4/2002夕べからいよいよ断乳開始。昨日は昼間に「これが最後よ」といいながら授乳したとき、とても寂しかった。ケンの方はそんなことは解せず、当たり前のように一生懸命もらっていたけど、ケンの横顔を見ながらこれでもう最後のおっぱいなのよ、と思ったら、私の方は切なかった。でも、いつかは通らなくてはいけない道だから… 夜、ママがつくった玉子どんぶりとキューリのスライスをたっぷり食べて(なぜかケンはキューリのスライスが好き)、お風呂に入って気持ちよくなったところでお寝んねの時間。ケンはいつものようにおっぱいをもらいにすりよって来たけれど、私は「もうおしまいなのよ。おっぱいないの」と言って出さなかったら、ケンは頭をベッドに打ち付けながら怒った。でもそれもほんのちょっとだけで、案外すぐに納得して、自分の指をしゃぶりながらゴロゴロ。パパも応援に駆けつけてくれて、二人でケンに添い寝。ケンがしつこく欲しがるようなら私は消えないといけないなと思っていたけれど、彼は結局そのまま大人しく寝てしまった。驚き。 でも、その後私はま〜やのベッドでま〜やと一緒に朝まで寝た。夜中にケンが目を覚ましたとき、ママがいたらきっとおっぱいが欲しくなってしまうに違いないので、私は雲隠れしたのだ。案の定何回か目を覚ましたようだったけれど、それほど泣き叫ぶこともなく、すぐにまた寝付いたらしい。上の子たちの断乳とは大違いだ。やはりみんなでお祈りしたからだろうか。神様、ありがとう。 しかし私の方は、朝起きたらもう痛くて痛くて大変なことに。今もすっごく痛い。ガチゴチの岩石のようになっている。軽く搾乳して楽にしてあげないと。(搾乳しすぎると意味がないが。)これが落ち着くまでに数日はかかるかな。つらいよー。それから、今夜のケンがどう反応するかも興味深いところ。 ***** 今日はこのあとバイブルスタディ。『ヴァインの祝福』から学ぶことになっている。『主の弟子となるための交わり』の方は、原書がドイツから届くのに2〜6週間かかるそうなので、もう少し待たねば。 5/2/2002授乳がいよいよ苦痛になってきた。 生後まもなくで『すっぽんのケン』の異名を取っただけあって、あの子の吸う力はすごい。しかも今は歯がズラリとはえそろっていて、噛みつくわけではなくても、勢いよく吸われると歯があたって痛い。(余談だが、ケンは噛みつく方も大のお得意。パパもお姉ちゃんたち3人も、もちろんママも、みんな被害にあっている。腕でも腿でも指でもあごでも、どこでも遠慮なくガブリと噛みつくので、噛まれた方は真剣に痛い。先日ケンの春のパジャマを買いにいったら、トラのしましま模様で正面に「Watch out! I might bite!」と書いてあるのを見つけたので、これはケンにぴったりだと思って迷わずそれにした。)今日も授乳しながらあまりの痛さとケンのしつこい吸いっぷりにだんだん気分が悪くなってきて、吐き気はする、めまいはする、あぁ、ほんとにいよいよ限界だな、と思った。 今夜のファミリーデボーションのとき、断乳がスムーズにいきますようにとみんなに祈ってもらった。エミはま〜やの断乳の時のことをよく覚えていて、心配して一生懸命祈ってくれた。 ところでエミはケンを寝かしつけるのが上手で、今夜も私が疲れていたのでエミが代わりにやってくれた。私が翻訳で忙しかったときなど、毎晩エミがケンを寝かしつけてくれた。ケンは私が添い寝すると遊んでしまっていつまでたっても寝ないのだが、エミだと五分くらい激しくないた後、パタっと寝てしまうのだ。やっぱり長女は頼りになる。 ***** この家のリースは7月22日できれる。子供たちの学校は25日まであり、私たちが参加予定のキャンプは27日からなので、このままだと五日間路頭に迷う(!?)ことになる。大家さんに頼めば27日までいさせてもらえるのではないかと楽観的に考えていたのだが、そうはいかないことが昨日判明した。ホテルやB&Bはまわりにいくつかあるけれど、六人が泊まるとなると二部屋はとらないといけないから、そうすると五日間で1000ポンド近くはかかってしまうだろう。家賃の約1ヶ月分だ。(-_-; しかも自炊の出来ないところだと、毎日外食することになり、食費も随分かさんでしまう。なんとかならないものか。誰かに泊めてもらうといっても、いかんせん六人家族。難しいだろうな。この件も、家族みんなの祈祷課題に加えた。 ***** ところで、最近CSS(Cascading Style Sheet)というものに憧れていて、それを使ったウェブデザインをしてみたいのだけれど、今は勉強する時間がない。残念。 5/1/2002今日はま〜やがまたもやお友達のお誕生日パーティーに招かれた。今日のはスペイン人のマリヤ。 パーティーの帰りはパパが迎えに行ってくれたのだけど、帰宅したパパの第一声は「いやぁ、大変な目にあったよ。」 なんでも、バスが来るまでに30分ほどあるからと近くの公園でギリギリまで遊び、時間になってバス停まで行くのに横断歩道で信号待ちしていたら、信号が赤のうちにバスが来てしまい、目の前で行ってしまわれたのだそうだ。ま〜やは行ってしまったバスを見て呆然となり、「歩きたくないよう」と泣き出した。その姿があまりに哀れだったので、パパは徒歩30分の道のりを、ま〜やを抱っこして歩いて帰って来たという。パパの腰、明日あたり大変だろうな。お疲れさまでした。どうもありがとうね。 ***** パパの研究室にいるドイツ人の学生にお願いして、ビュルキ師の本の原書をドイツのアマゾンで注文してもらった。自分で出来るかと思ったら、ちんぷんかんぷんでお手上げだったのだ。えーと、もちろん私が読むわけではありません。バイブルスタディ用に、T先生から原書を手配するように頼まれていたのでした。 |
わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。 わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。 あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。 ヨハネ14:27 わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。 あなたがたは、世にあっては患難があります。 しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。 ヨハネ16:33

