ホーム日記ケンブリッジ日記3月

はちこのケンブリッジ日記

3/31/2002 (復活祭)

「崩してください」と祈っていたら、昨日なんと私のPCが死んだ。ずっといろんなことが不調だったので、ついに、という感じであまり驚かなかったが。それにPCが使えなくなったというのは、ここしばらく私が感じていたことに関しての神様からのコンファメーション(確認)のようでもあり、私は納得してしまった。

そこで私は、その『最近感じていたこと』をエミに分かち合い、二人であることを決心した。そして、そのことを二人で神様にも約束し、それからPCが使えないと確定申告の準備が出来なくなって困るので、なるべく早く使えるようにしてくださいと祈った。(^_^;

そしたら、修理に出さないとダメかもと言っていたぼぼるパパがなんとか格闘してくれて、今夜遅くには復旧するにこぎつけた。(ただし、この過去一週間分はバックアップをとっていなかったため全部消えてしまったけれど。まぁ、たいした被害ではないが。)

エミは、私が言うことを聞いて最初はひきつっていたが、最後には納得したようで、にっこり笑顔で私にこう言ってくれた。「ママ、I love you!」

ありがとう、エミ、わかってくれて。

3/29/2002

今日はとってもいいお天気だったので、イーリーという近隣の街に遊びに行って来た。イーリーといえば西暦673年に建てられたというイーリー大聖堂が有名だけど、実はこの街には『プラネット・ズーム』という子供向け屋内遊戯場があり、そこも結構人気スポットなのだ。

午前中はプラネット・ズームで子供たち4人ともたっぷり遊び(幼児コーナーも充実していてケンも大喜びだった)、そこでランチを食べ、後は隣接しているボーリング場でボーリング。幸い午後になったらケンはバギーのなかでお昼寝してくれたので私も楽しめた。ボーリングは3年ぶり。途中でま〜やに投げさせたりしたのでスコアはよくわからなかったが、ストライクやスペアも何回か出したぞ! でも明日あたり、筋肉痛になりそうだなぁ。

その後は大聖堂までてくてく歩き(徒歩20分強くらいだったかな)、中を見学。噂とおり、とても美しい建物だった。入り口には、「この大聖堂では1300年以上にわたり、全能の神への礼拝が捧げられてきました」とあり、感動してしまった。1300年… 単に歴史のある美しい建物というのではなく、神のために捧げられている場所としてずっと続いてきたというのは、本当にすばらしいことだと思った。

ところで、イーリー(Ely)という地名は「うなぎ」のイールから来ているのだそうで、昔はこの街では税金がうなぎによって納められたいたこともあったとか。(うなぎが税金を納めたのでなくて、お金の代わりにうなぎを税金として納めたんですよ、もちろん。)

*****

あさっては復活祭(イースター)。

私にとってイースターは、復活のキリストと共に生きる新しいいのちの象徴であり、人生のセカンドチャンスの象徴でもある。

イエス様が十字架の上で私の身替わりとなって死んで下さり、そしてよみがえられたから、永遠に罪に定められるはずだった私が、今この瞬間、そして永遠にいたるまで、キリストと共に生きることができるようになった。

感謝しつつ、いろいろと思い巡らす。

3/27/2002

予定していたことが何もかもつぶれていく。あーがっかり。

しかしこれだけ次から次へとダメになっていくと、実はここに神様のご介入があるんだな、と思わされる。順風満帆に進んでいる時ばかりが神様の御手のおかれている時じゃない。自分の計画がどんどん崩れていくときにこそ、御父の愛に満ちた御手を感じる。

崩してください、あなたの御手によらないものは全て。

3/26/2002

プロバイダから電話がかかってきた。インターネットコネクションに関してミスターナカムラと話がしたいというので、明日の昼間、彼の研究室に直接電話してもらうことにした。 こちらから何度カスタマーケアに電話してもつながらなかったのに、向こうからかかってくるとは。ということは、やはりプロバイダの側に問題があったのかな。それとも、いつの間にか私たちがおかしなことをしてしまって、それでお叱りでも受けるのかしらん?とにかく早く問題が解決しますように。

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今夜はエミとま〜やの学校のスクールディスコ。二人ともとても楽しかったらしい。先生方もお疲れさまでした。

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先日読んだ本(『The Shock of your life』)のことを少し。

この本は、死んでしまった三人の人たちが、それぞれ死の直後に体験したことを独白形式で記したフィクション。

三人とも事故で死ぬのだが、肉体の死のあと、瞬時なくなった意識が戻り、自分がピンピンした身体を持っていることに気付く。そしてエスカレーターのようなものでずんずん昇っていくと、そこに大勢の人々による長蛇の列が。

奥の方には光のようなものが白く輝いていて、その真ん中にはステージのような台座がある。そして並んでいる人たちが一人ずつその台座の前に出ていくと、沢山の書物が運ばれてくる。ある人は台座の前から退けられ、またある人はファンファーレとともに台座に座っている人に抱かれる…

大学生のベッキーはクリスチャンホームに生まれた。洗礼も受けているし、日曜日にはちゃんと教会へ行っていた。しかし彼女の普段の生活を見るなら、多分誰も彼女がクリスチャンだとは気付かないだろう。ベッキーは普通の大学生がするような遊びは一通りこなし、好き勝手な毎日を送っていた。しかしそれでも、心の奥底ではイエス様が自分の救い主であることを間違いなく信じていた。死んだら天国に行けるという確信もあった。

通学途中、車に跳ねられたベッキーが、一旦失った意識が戻り、身体のどこにも痛みが感じられないことに気付いた時、彼女は「天国だ、ばんざ〜い! ありがとう、イエス様!」と叫んで飛び上がった。 そこへ御使いがやってきて、ベッキーを列に並ばせた。そのうち彼女の順番がくると、白く輝く光のなかにいるお方がイエス様であることがすぐにわかり彼女は思わずひれふす。 御使いたちがいくつもの書物を運んで来る。その本にはどれも『ベッキー 1982〜2000』と書いてあった。彼女は思わず固まった。 白い台座に座っておられたイエス様は立ち上がり、ベッキーの前に積まれた本に触れた。すると炎があがり本の山は一瞬にして焼け尽くされ、あとにはわずかばかりの灰が残っただけだった。

それが何を意味するのかわからないものの、何か自分の人生を象徴的に現しているに違いないとベッキーは直感した。

彼女はひどく恥ずかしい気持ちになり、そうっとイエス様の御顔を見上げた。イエス様はしばらく地面に残った焦げ跡を見つめておられたが、すぐにベッキーに向き直り、両腕を広げ、彼女を抱きながらおっしゃった。「ベッキー! わたしの父に祝福された人よ! 世の初めから、あなたのために備えられた御国を継ぎなさい!」するとトランペットの音が鳴り響き、あたりは喝采に包まれた。 最初に案内してくれた御使いが進みでて、彼女をイエス様から受け取ると言った。「さあ、天国に行きましょう!」しかしベッキーは御使いの手をはらいのけると、イエス様に向かって叫んだ。

「イエス様! 今まであなたに仕えていなくてごめんなさい! 天国に行ったら、誠心誠意を込めてお仕えいたします!」

御使いはもう一度ベッキーの手をひっぱると言った。「さあ、行きましょう。天国に行けば、永遠にイエス様と共に過ごすことが出来ますよ。それに、今さらそんなことを言っても遅すぎます。天国では報いのために働くことはないのです。ここでもらえなければ、永遠にもらえません。報いは、生きている間の行いに応じてのみいただけるものなのですから。」

わけがわからずベッキーが混乱していると、次の人が白い御座の前に立つのが見えた。その人の前にもベッキーの時と 同じように沢山の書物が運ばれてきた。そしてイエス様は同じようにその本に触れ、同じように一瞬のうちに炎が燃え上がった。しかしベッキーの時と違ったのは、炎が消えたあとに残ったのは灰ではなく、金銀に輝く美しい冠だった。その人は冠を手にすると、それをイエス様の足下に置き、ゆっくりとひれふした。イエス様はその人を抱き上げると冠をとり、彼女の頭に乗せた。そして言われた。「エマ、わたしの父に祝福された人よ! 世の初めから、あなたのために備えられた御国を継ぎなさい!」トランペットが鳴り響き、喝采の渦が湧き起こった。

ベッキーは、自分もこのエマという女性と同じくらいイエス様から愛されていることはよくわかったが、自分はイエス様のために何もしなかったことをとても悲しく思った。

「戻りたい。」ベッキーは言った。「もう一度戻って、イエス様のために何かしたい。」

「その必要はありませんよ。あなたは赦され、あがなわれ、全く責められるところがないのですから。今あなたが赦されている以上に赦されることは出来ないし、今あなたが愛されている以上に愛されることは出来ないのです。あなたも彼女も、同じだけイエス様によって愛されているのです。わかっているでしょう? それに、今からでは報いを得るには遅すぎると、さっきも言った通りです。」

「ちょっと待って。私やあのエマという人がイエス様の前で経験した、あれは一体何だったの?」

「最後の裁きですよ。罰と報いのときです。でもあなたはイエス様の血潮によってあがなわれているので、あなたには罰はありません。イエス様が十字架のうえであなたの罪のために代わりに罰を受けてくださったのです。」

「私、裁かれるのはノンクリスチャンの人たちだけだと思ってた。私もイエス様の裁きの御座の前に立つことになるなんて、知らなかった!」

「聖書に書いてあったでしょう? 人間はみな、キリストの裁きの座に現れて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けるのだと。(第二コリント5:10)」

「じゃあ、本が炎によって焼き尽くされたのは何?」

「パウロがこう言っていたのを知りませんでしたか?『もしだれかがこの土台の上に、金、銀、宝石、木、草、わらなどで建てるなら、各人の働きは明瞭になります。その日がそれを明らかにするのです。というのは、その日は火とともに現れ、この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。もしだれかの建てた建物が残れば、その人は報いを受けます。もしだれかの建てた建物が焼ければ、その人は損害を受けますが、自分自身は、火の中をくぐるようにして助かります。』(第一コリント3:12〜15)」

ベッキーは、自分自身はかろうじて天国に行けるものの、自分の18年間の人生が天国に持って行けるものを何も生まなかったことを知り、衝撃を受ける。

しかし彼女は次に別の人が裁きの御座の前に立つのを見た。ベッキーやエマと同年代の女の子だった。しかし彼女がイエス様の前に立つや否や、イエス様はこう言われた。

のろわれた者。わたしから離れて、悪魔とその使いたちのために用意された永遠の火に入れ。(マタイ25:41)」

イエス様の厳しい声を聞くと、ベッキーは胸がズキンとした。私とあの子と、行いがそんなに違ったはずはないのに… 唯一違ったのは、私はイエス様を救い主として受け入れたという、それだけ… それなのに、私はこれから天国に入って永遠にイエス様と共にいることができるけれど、あの子は永遠の火のなかに入るなんて…

「ベッキー、イエス様は義をもって裁かれます。イエス様の裁きは完全に公正です。」御使いは言った。

「イエス様… あなたが私に代わって罰を受けてくださったこと、本当に本当にありがとうございます…」ベッキーの心は言い尽くせない感謝の思いで溢れた。

「さあ、天国の門をくぐりましょう。小羊の婚礼の宴が待っていますよ!」

・・・とまぁ、これはストーリーのなかのごく一部。ほかにも最後の裁きや天国について、とてもリアルに描かれていた。 さらに付け加えると、ベッキーは裁きを受けた直後、天国の門をくぐる前にこうしてあれこれ考えたわけだが、一旦天国に入ってしまえば、そこには報いの冠をいただいた者とそうでない者の間に妬みや確執があるわけでなく、ただただイエス様に栄光を帰すものだけが存在するのでした。

ハレルヤ、ハレルヤ!

3/25/2002

夕べ寝る直前に、ま〜や(4歳)が子供部屋のドアのちょうつがい側に指をはさむという事故があった。彼女は痛がって、吐きそうになるほど大泣きした。

指先は赤紫色に腫れ上がり、爪は白くなっていた。 ああ、これは爪が壊死して後からはがれてくるかも、と思った。応急処置としてどうしたらいいのかよくわからなかったのだが、とりあえず冷たい流水で冷やし、それからアイスパックをあてた。

タオルにくるんだアイスパックに指をのせ、ベッドのうえで泣きじゃくるま〜やのためにお祈りをした。ま〜やは祈られているうちにだんだんおとなしくなり、そのまま寝ついた。

朝になると、指の腫れはひき、爪も普通の色に戻っていた。本人はまだちょっと痛いと言っていたが、特に機嫌が悪いということもなく、いつも通りに元気がよかったので、そのまま学校へ行かせた。

学校が終わってから、「指はどう?」と聞くと、「平気〜!」とケロケロしていた。

「イエス様が直してくださったんだよ。お礼言わなくちゃ」と言うと、ま〜やは「でも、イエス様はここにいないよ」などと言う。何言ってんの、普段はおたまじゃくしがどうのとか、スクールディスコがどうのとかベラベラ祈っている くせに、癒していただいた時にはお礼が言えないの? まったくもう。

立ったり座ったり走り出したりと落ち着きのないま〜やにもう一度、「いるよ! イエス様はいつでもま〜やのすぐそばにいるでしょう? お礼言わなくちゃ」と声をかけた。

「Thank you Jesus for healing my ouchy finger!」天井に向かってそう叫ぶと、ま〜やはターッと走ってどこかへ 行ってしまった。 残された私はイエス様と顔を見合わせて苦笑い。

走り出すで思い出したが、今日の学校の帰りに横断歩道を渡っているとき、横断歩道のまん中まで来たところで突然みん(7歳)が走り出し、そのまま塀に激突して歩道にひっくり返るというミニ事故があった。 幸い怪我はなく、みんは恥ずかしそうにすぐに立ち上がったが、あれは一体なんだったんだ? あっと言う間もないとはまさにこのこと。 子供って、本当に何も見てないんだから。(苦笑)

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今朝、とっても嬉しいメールをいただいた。このHPの読者のMさんが、今度受洗することに決まったそうだ。(^^)

彼女がイエス様を受け入れるきっかけとなったのが、アンドリュー・マーレイの「完全な明け渡し」のなかの「私はみじめな人間です」というメッセージだったそうだ。このメッセージを通して、罪と死の原理から救い出し解放してくださるイエス様のいのちの御霊の原理を知り、イエス様の十字架を受け入れる決心をしたのだそうだ。なんと感謝な事でしょう! ハレルヤ!

Mさんのメールを読んでいたら、イエス様によるいのちを見い出したMさんの新しい人生を、神様が御言葉を通して一歩一歩導いてくださっているのがよくわかって本当に感謝だった。

Mさん、本当におめでとうございます!

3/23/2002

昨日はケンスケの1歳の誕生日でした。彼ももう1歳になったのね。あんよはまだだけど、昨日は15秒くらいどこにもつかまらないで一人で立っち出来ました。 すごいすごいとお姉ちゃんたちからも拍手喝采。(*^_^*)

夜のファミリーデボーションの時間には、みんがケンのために感謝と祝福のお祈りをしてくれました。

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木曜日の夜はみんの学校のスクールディスコ。このスクールディスコというのはイギリスの学校ではよくある行事らしい。内容は、文字どおりディスコ。PTAが主催のチケット制で、どうも資金集め(fund raising)の一環でやってるみたい。エミとま〜やの学校のディスコは来週の火曜日。二人とも楽しみにしている。

金曜日の朝はま〜やの学校でクラスアッセンブリーがあった。これはアメリカの学校にはないもので、私も最初は何のことやらよくわからないかった。要するに週に一回ある学校集会のようなもの(?)で、毎回、一つの学年が担当してちょっとした発表をする。そしてそれを学校の全てのクラスの子供と先生たちが見学し、担当の学年の父兄も招待される。先日あったみんのクラスアッセンブリーでは、リサイクルをテーマに歌と寸劇を披露してくれた。エミのクラスアッセンブリーの時は詩の朗読だったそうだ。発表のあとは校長先生(イギリスではプリンシパルではなくヘッドティーチャーと呼ばれる)による短いお話など。昨日のま〜やのアッセンブリーは、「Bear Hunting」がテーマで、ベアハンティングという童謡をもとにしたお芝居とその他いろいろな発表。ま〜やも自分のセリフをなかなかはっきり大きな声で言っていた。しっかりビデオに撮ったぞ。

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今日のケンブリッジJCFの聖研はいつになく賑やかで楽しかった。ぼぼるパパの友人の下村先生御家族ともお会いし、聖研のあとはみんなでマクドナルドで夕食。お互いに子供が多いので、普通のレストランでは難しかろうということでマクドナルドにしたのだが、正解だった。子供たちの年令がそれぞれ近く、みんなすっかり意気投合していた。唯一残念なのは、下村先生御家族はあと1週間ほどで日本にお帰りになってしまうということ。今度はシカゴ大学にいらっしゃればいいのに。

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ネットへのコネクションの不調は相変わらず続いている。思いきってハードドライブをワイプアウトしてシステムからブラウザから全部インストールし直したけれど、それでもだめ。

しかも、私のHPは現在ヤフー・ジオシティーズの無料サービスを利用しているが、無料サービスだと月々のデータ転送量が3GBまでと制限されており、今月の私のサイトはすでに3GBを越えているとかで、時々HPがシャットアウトされるようになってしまった。これを解決するためには有料のプレミアムサービスにアップグレードすればいいですよ、とヤフーから言われているのだが、う〜ん、どうしようかな。

とにかく、ヤフーの無料サービスの利用に関して、私のサイトはその他にもいろんな面で限界まで来ているので、ドメインを取ってもっとゆったり使える何らかの有料サービスに切り替えることも検討中。

よくわからないけれど、私のHPも転換期なのかもしれない。祈りつつ、神様に舵をとっていただきながらゆっくり考えよう。もしも、そろそろお終いにしなさいと言われるなら、その時は「はい」と応えるのみ。ドメイン取ろうかなと言っているわりには、自分でも意外なほどにこのHPに対して執着がないことに、ちょっと驚いている。

もし私のサイトにアクセスしたとき、ヤフー・ジオシティーズによる英語のメッセージの画面が出てきたら、データ転送量が規定より超過しているという理由によるものなので、どうかびっくりなさらないでくださいね。永久に消されてしまったわけでなく一時的にアクセスできなくなっているだけですから。また後から来てくださればちゃんとつながるはずです。皆様にもいろいろ御心配御迷惑をおかけしてすみません。全てが復旧するまで、しばらくお待ち下さいませね。(^^)皆さんに黙っていきなりHPを閉じるというようなことはしませんから。

3/21/2002

昨日私が喜んでいたのは、ぼぼるパパが最近知り合った日本人の先生の奥様が、ケンブリッジでクリスチャンになって受洗されたと知ったからでした。 早速土曜日のJCFにお誘いした。御家族で来てくださるとのこと。

嬉しい〜! 今月末には帰国されるらしいが、その前にお会いできることになってよかった。(^^)

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つい先日、最後の裁きに関するフィクションっぽい本を読んだ。(『The Shock of Your Life』)特に、クリスチャンが受ける裁きについて、いろいろとインサイト(洞察)を得るところがあった。そして、改めてイエス様の血潮の贖いに感謝した。 

3/20/2002

今日は昼間、ある人から思いがけず嬉しいメールが来た。そこでぼぼるパパに電話してすぐさま報告した。なんだかとても興奮してしまったので、ついでに(?)ぼぼるパパをランチに誘い出し、15分後にはパパとデートすべく(ケン付きだけど)家を飛び出していた。

研究室の近くの交差点で待ち合わせをして、ケム川沿いのパスタ屋さんへ行く途中、パパが嬉しそうに言った。

「今日スタンフォード先生から送られてきたアルファーオメガノートはタイムマージン(ゆとり)をつくるという話だったんだけどさ、先生は毎日、午後、奥さんと一緒にコーヒーブレイクを取るようにしているんだって。そしたら気持ちがリフレッシュされて心にゆとりが出来るだけでなく、仕事の能率も上がったんだって。おお、そういうのはいいなぁ、と思っていた矢先にはちこから電話がかかってきたんだよ。」

まぁ! ナイスタイミングだったのね。(*^_^*)

なるほど、確かに毎日、仕事の途中に奥さんとコーヒーブレイクが取れたら素敵だなぁ。ちなみに、スタンフォード先生とはアメリカ在住のクリスチャン物理学者で、アルファオメガノートとは、先生が週に三回メールで配信しているデボーショナル。まぁメルマガのようなものか。

全然関係ない話しだけど、ケンブリッジの細い歩道を私が前に、パパがその後をついて歩いていたら、彼がおもむろにこんなことを言った。

「ジーンズのお尻が汚れているな。」

「なぁに? 私の?」

「そう。」

「どんなふうに?」

「ネコの足跡みたいなシミがついてる。」

「ええ〜っ! あ、きっとケンがこぼした離乳食の上に座っちゃったのかな。やだぁ〜。目立ってる?」

パパ、しばし無言。

「ねぇ、目立ってる?」

「うん。」

「ええ〜っ、やだぁ〜! 何色?」

パパ、しばし無言。

「ねぇ、何色?」

「黄土色。」

「ええ〜っ、最悪〜!」

「まぁ、そういうこともあるよ。」(<ないよ、普通。)

ランチの後、もう二時近くになっていたので、私は子供たちを迎えに行く時間まであたりをぶらぶらすることにした。ところが腕時計をしてくるのを忘れてしまったので、ぼぼるパパのをちょっと借りることになった。

パパ「その時計、5時間50分進んでるから。

つまり、アメリカ時間のままということ。 もともと10分進んでいた時計が、アメリカ時間のままになっているのだ。イギリスには一年いるんだから、めんどくさがらずに腕時計の時間くらい直せばいいのに。

「いや、このままの方が、今アメリカが何時なのか一目瞭然だから便利なんだ。」

ぼぼるパパという人は、時としてあっと驚くような不精ぶりを発揮することがあるが、またしてもやられたか。

3/19/2002

パパがファイルをなんとかFTPする方法を見つけてくれたので、とりあえず日記の更新は出来ることになった。ただし問題は相変わらず続いているので、長文(>1kb)のメールや書き込みはまだ出来ない。というわけなので、メールのお返事はちょっとお待ち下さいね。受け取る方は長文でも大丈夫です。

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春休みにはパリのディズニーリゾートに行こうか、と言っていたが、結局コストがかかり過ぎるのでやめることにした。今から予約すると4泊5日くらいでも、2000ポンド(約38万円)以上かかってしまう。いくら近くても、ちょっと行って来ようか、というような金額じゃないよね。(と、去年の秋にも同じようなことを言っていたような記憶が…)それならシカゴに帰ってからフロリダのディズニーワールドに行くのでもいいやね。

そのかわり、近場をあちこち楽しむことにしよう。去年の夏にも一度行ってとても楽しかったウィンポールの農場や隣町のEly。Elyには西暦673年に建てられた古〜い大聖堂がある。日本だったら大化の改新とかその頃だよね。そんな古い時代の建物がまだ残っていて、しかも今でもここで礼拝が守られているそうだ。

ロンドンにもまた行きたいし、ケンブリッジ大学の有名なボタニックガーデン(植物園)にもまだ行ったことがない。うちのすぐ近所にある焼き物に絵付けするお店にも一度娘たちと一緒に行ってみたいと思っていたし、そういえばキングスカレッジの見学もまだしてなかった。子供たちが喜びそうなところでは、Dinasaur Adventure Parkというテーマパークがケンブリッジからそう遠くないところにあるらしいし。

約三週間の春休み。遠出はしないことに決めたらなんだかホッとして気が楽になった。(笑)

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近頃はまっているイギリスのデザート、トライフル。底の深いガラス器に季節のフルーツ、スポンジケーキ、カスタードクリームそして生クリームを順番に重ねていくお菓子。バリエーションはいろいろで、単純なデザートだけれど奥は深い。これを自分で作るなら、スポンジケーキとカスタードクリームが要かな。イギリスではトライフル用のスポンジやインスタントのカスタードクリームが市販されているけれど。スポンジケーキは普通のスポンジではなく、むしろペシャンとした固めのあまり膨らんでいないスポンジ。クリームの下敷きになるし、少量のシェリー酒をふりかけるので、固めでないとベシャッとしてしまうからなんだそうな。カスタードクリームは、生クリーム、卵黄、バニラビーンズ、砂糖、少量のコーンスターチを混ぜてゆっくり火にかけるだけとのことだが、上手にできるようになるまで練習が必要らしい。近々ちゃんとしたレシピを調べてここにも書き留めておこう。(そしたらTちゃん、またトライしてみてね!)

3/18/2002

ネットへの接続の不調続く。どうも、一回に送信できるデータが1kb以内になってしまっているみたい。長いメールを受け取るのが大丈夫なのは、ヤフーのウェブメールを使っているからだと思う。駄目だなぁと思っていると、突然復調して、よかったよかったと思っているとまた駄目になる、のくり返し。 更新が数日遅れている時は、このトラブルのせいだと思っていてください。

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今日、町を歩いていたら突然郵便屋さんに呼び止められた。何かと思ったら、

「I have a package for you.(お宅宛の小包があるんですが)」

びっくり〜! 受け取ってみたら、確かに私宛の小包だった。 やっぱりガイコクジンだから印象に残りやすいのかな。こういうのって、いかにも小さな田舎町っぽくていいね。

3/16/2002

せっかく復旧したと思ったら、また同じトラブル発生。

つまり、ファイルのアップロードが出来ない、数行以上にわたるメール&書き込みが出来ない、という状況になってしまった。前回のように強引なことはしないつもりなので、いきなりページが文字化けして、来て下さった方々を驚かすということはないはずだけど。

今もこの日記を書いてはいるけれど、実際にアップロード出来るのはいつになるかわからない。それにしても原因は何なのだろう。プロバイダがパンクしてるのかな。まぁいいや。のんびりいこう。

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日本でもすっかりブームになっているらしい『ハリー・ポッター』。ここイギリスはさすが原産国(?)だけあって大変な人気だ。子供も大人もみんながこぞって読んでいるようで、キャラクターグッズも巷に溢れている。

しかし、クリスチャンの間ではその危険性がはっきりと指摘されており、キリスト教書店などにいくとその方面の資料がいろいろ目にとまる。

最近、欧米と違って日本のクリスチャンたちはハリー・ポッターの危険性に無頓着だ、というような憂いをたて続けに 耳にした。

私も約一年半前にこの日記でハリー・ポッターについて書いたことがあったが、当時はまだそれほど日本で知られていなかったので、私が何を問題にしていたのかピンとこなかった方も少なくなかったかもしれない。

そこで、高木潤さんのHPに掲載されている『ハリー・ポッター映画を見ない12の理由』へのリンクとあわせて、再びアップすることにした。

(2000年9月23日のはちこの日記より。 但し、文中のリンクは現在ではつながっていないようです。)

今、世界的に人気爆発といわれている「ハリー・ポッター」。日本でもすでにシリーズのうちの最初の二冊が翻訳されているそうだ。この本は『児童文学』ということで、欧米ではもっぱら子供の間で人気があるのだが、日本の場合は児童書としてではなく一般文芸書として出版され、夢中になっているのも子供より大人の方が多いようだ。

ゲーム漬けになっている子供たちに読書熱が戻ってきたと、大変もてはやされている「ハリー・ポッター」のシリーズだが、一方で一部のキリスト教団体やクリスチャンの父兄/教師からは禁書にすべきとの抗議の声もあがっており、アメリカではかなり大きなディベートが巻き起こっている。

というのも、この主人公のハリーという少年は魔法使いの子供という設定で、ストーリーのなかには沢山の魔術/魔法などの超自然的な力が登場するのだ。それが保守的なクリスチャンの間で問題視されているらしい。

夏休み前だったか、人気のある児童書ということだったので、エミにも早速買い与えようと思っていた矢先にこの話しを聞き、私はとまどっていた。一部の書評では、ハリー・ポッターのシリーズは現代のC.S. ルイスやトールキンに相当する素晴らしいファンタジーだとも言われていたし、魔法使いが出てくるからといって、即、反聖書的とは言えないだろうと思った。さてどうしたものか、とりあえず保留にしておいた。

しかし、夏休みがあけて新学期が始まると、エミは私に「Mom, everyone else in my class has read Harry Potter books! I'm the only one who hasn't read them!」と泣きついてきたので、つい折れて、シリーズの最初の1冊を買ってしまった。私も一緒に読んで判断すればいいかな、と思ったのだ。またエミには、この本は反聖書的で問題があると言っている人たちもいるから、読んでいるうちにおかしいと思ったらそれ以上は読まないように、と言い渡しておいた。

そんなこんなで私のなかでも迷っていたある日、同じ教会のSueからメールが来た。彼女のところに反ハリー・ポッターを訴えるチェーンメールが来たのだけれど、そこに書かれていることが事実であるなら確かに恐ろしいけれど、どことなくうさん臭いし、実際のところ、ハリー・ポッターて、危ないものなの? 誰か知ってる?というもの。転送されてきたそのチェーン・メールはかなりヒステリックな口調で、参照URLとして以下が出ていた。

http://theonion.com/onion3625/harry_potter.html 

なるほど、確かになんだかうさん臭い。それにしても、迷っているだけでなく私も少し積極的に調べてみようと思い、早速いくつかのクリスチャンサイトでハリー・ポッターについて検索してみた。 その中で、ジェームス・ドブソン博士のFocus on the FamilyのHPになかなかいい記事がいくつかあった。

http://www.family.org/pplace/schoolkid/a0009678.cfm
http://www.family.org/pplace/pi/genl/A0008833.html

前述のチェーン・メールの内容はちょっと極端でそのまま受け入れるに値しないと思ったけれど、Focus on the Familyの記事はバランスがとれており、とても参考になった。

簡単に要約すると、やはりハリー・ポッターのシリーズはオカルト的であり、オカルトをいかにも好ましくポジティブなものとして、しかも大変リアルに表現していて、読者(特に子供)のオカルトに対する感覚を麻痺させる働きがありうるということ、また友情や勇気、勧善懲悪を勧めているようにも読めるものの、著者は決して聖書的なモラルの立場からこの本を執筆しているわけではなく、その底辺に流れるものは極めて世的な価値観であるということ、また主人公たちの言葉使いはシリーズが進むにつれて汚いものになっているし、暴力やおどろおどろしい場面の表現がとてもグラフィカルで、必ずしも児童文学として相応しいとは言い難い、等々・・・

さらに、一部のクリスチャンの間ではC.S.ルイスのナルニア国物語との類似が指摘されているが、ナルニア国物語とハリー・ポッターシリーズの類似点は表面的なものでしかない、とのこと。前者では、「超自然的な力」は、それを行使しうる絶対的権威者(すなわちイエスを象徴しているアスラン)と結びついていて、その主権をもった権威者の善い意志に従って用いられているが、後者では「絶対的権威者」の存在はなく、自らの修練によってそのような力が得られるとされ、その力は自分の喜びのために用いられている。ハリー・ポッターのシリーズは、子供たちに魔術や超自然的な力というのは、それ自体はニュートラルなものであり、それを行使する権威は個々の知恵によって決まると教えている。 このような違いは、西と東が離れているほどの大きな違いであり、クリスチャンの読者は決して見逃してはならないであろう・・・

しかしだからといって、クリスチャンの読者はハリー・ポッターに対して感情的に反応するのではなく、世の塩、光となる機会として、知恵をもって、知性的に、ハリー・ポッターが提示している危険に対してチャレンジしていくべきではなかろうか・・・

なるほど。他にも参考になることがいろいろ書いてあった。

子供の世界で流行っていることは(大人の世界でもそうなんだけど)、聖書的価値観からみると、どこまで受け入れていいのか悪いのか、迷うものが多い。無批判に取り入れるのでなく、感情的に抵抗するのでもなく、ひとつひとつを御言葉に照らしあわせつつ、知恵をいただいて取捨選択していかなくてはいけないのだなぁ。

ちなみに買ってしまったシリーズの第一弾「ハリー・ポッターと賢者の石」、エミは思ったほどのめりこまなかったようで、途中まで読んだところでほっぽってある。

●『ハリー・ポッター映画を見ない12の理由

3/15/2002

何とか復旧できそうな気配。ちょっとトライしてみましょう。

3/14/2002

何だか妙なことになってしまった。トップページも日記も化け化け。昨日ぼぼるパパのオフィスのUNIXの端末からftpしてもらったのが災いしたらしい。日本語がサポートされていなかったためか、すっかり化けてしまった。しょうがないので、急きょ英語のメッセージを入れた。

数日前にアップロード出来なくなったのも、同じ理由なのだろう。よくわからないけれど、プロバイダの方の問題なんだろうな。

掲示板への書き込みやメールの送信も、長いものだとエラーメッセージが出てうまくいかない。数行だけなら大丈夫なんだけど。待っていれば多分そのうち元通りになるとは思うので、まぁ気長に構えましょう。

*****

確定申告の準備、本格的に始める。

3/13/2002

おとといの晩からまたもやわが家のネット環境が不調。ジオシティーズの問題かと思っていたがどうもそうではないようだ。自宅からファイルをアップロードしたりメールを送ったりすることが出来なくなってしまった。そんなわけで、しばらくはぼぼるパパがオフィスからアップロードしてくれることになった。

メールの返事もしばらく出来ない状況になってしまいましたが、FMさん、証のメールどうもありがとう!是非是非後日談も送ってください!

*****

ほんとにいろいろあるよね。

だけど私は今朝も祈った。

主よ、あなたの恵みは私に十分です、

私の弱さも、私の足らない部分も、また私が直面する試みや痛みでさえも、

全てあなたの恵みが私のいのちに流れ込み、

溢れ出すためにあなたがゆるされたこと。

  

だから主よ、私は告白します、

あなたの恵みは今日も私に十分です。

  

主よ、私は自己憐憫やつぶやきを捨て去ります。

それらのものは、あなたの恵みがわたしのいのちに

流れ込むのを妨げるものだからです。

  

主よ、あなたの恵みは私に十分です。

あなたの時に、あなたのやり方で、

わたしのいのちの隅々まで、自由に働いてください。

3/12/2002

このところずっと、三晩に一度は就寝時間が子供と同じ八時から九時頃だったりしてる。だいたいケンを寝かし付けているうちに、一緒に寝てしまってそのまま朝まで、というパターン。

夕べは久しぶりにま〜やと添い寝をしてあげたら、ものすごく喜んでいた。(そしてそのまま私も寝てしまった。)しかしま〜やのベッドに朝まで一緒に寝るのはきついので、夜中にケンが泣いたときに私は自分のベッドに戻った。そしたら今朝起きたとき、ま〜やが涙を流してさめざめと泣いているのでどうしたのかと思ったら、「私が起きたときママが隣にいなかった」と嘆き悲しんでいたのだった。 ごめんね、ま〜や。

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子供たちを学校に迎えに行くのに、毎日だいたい1時間15分くらいかかる。家を2時45分頃に出て3時10分にエミとま〜やの学校に到着、そこで二人をひろってみんの学校まで歩いていく。3時45分くらいにみんの学校に到着し、みんもひろってから家まで帰ってくると、だいたい4時ちょっと過ぎくらい。

お天気のいい日はそれほど気にならないけれど、雨が降っていたり、ものすごい突風が吹き荒れていたりする日だとけっこうつらい。イギリスの突風というのがまたすごくて、北風のように冷たいのが日本の春一番か、ほとんど台風のような勢いで吹き荒れるのだ。追い風だとなかなか前に進めないし、横から吹き付けられると、「あれれ〜?」という感じに流される。

そういえばエミリ・ブロンテの小説に「嵐が丘」というのがあったな、なんだかヒースクリフのさまよう姿が目に浮かぶな、とか思いながら必死にバギー(ベビーカー)を押す。

年が明けてから突風が吹くことが増えて、この風に連日吹きさらされていることが結構身体にこたえていた。それで神様に私の健康を支えてください、助けてくださいと祈っていた。すると、ハレルヤ、主は祈りに応えて下さるお方、10日ほど前に近所に住むみんのクラスメートのお母さんが、週に三回、自分の子供たちと一緒にみんを学校から連れて帰って来てくれると申し出てくださったのだ! これは大変ありがたい申し出。学校のはしごをしないで済むだけでも随分違う。 メアリー、どうもありがとう。 そして神様、感謝します。

3/10/2002

イースター集会が終わり、私の次の目標(?)は、確定申告だぁ!

例年面倒臭くてやだなぁと思っているのだが、今年はいつもと状況が違うので、一層ややこしいことになりそう。アメリカの〆きりは4月15日なのであと一ヶ月ちょっと。まごまごしていたら一ヶ月なんてすぐに過ぎてしまう。ああ、やだやだ。

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あと二週間ちょっとで子供たちの学校は春休みになる。春休みは結構長くて三週間弱だろうか。

「Disneyland Paris にでも行こうか?」

みんとま〜やは歓声をあげたが、エミは「えー、あたし、どこにも行きたくない。」

私に似て出無精なんだよね、エミは。多分ずっと家にこもってコンピューター三昧、読書三昧のお休みにしたいのでしょう。

気持ちはわかるけど、せっかくだからどこかへ行こうよ。 でもいわゆる観光だと、結局子供たちにはそんなに楽しくない旅行になってしまうんだよね。だからやっぱりディズニーランドかなぁ。

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ケンが寝ている二階の部屋にはモニターが設置してあって、泣いたりすると、地下のキッチンや書斎にいてもちゃんと聞こえるようになっている。今さっきも、寝ているはずのケンが「ラリラリラリラリ…」と言う声が聞こえてきた。あれ、起きちゃったのかな、とそうっと様子を見にいくと、ケンはちゃんと暗がりの中で寝ていた。ということは、あれは寝言だったのか。夢のなかで「お星さまラリラリ〜!」をやってたのかな。可愛いね。(*^_^*)

3/9/2002

今日はケンブリッジJCF主催のイースター集会。

お客さんの数は前回のクリスマス集会の時よりは少なかったけれど、こういうことって人数じゃないものね。

プログラムは以下の通り。

賛美、子供向けイースターのお話、牧師さんによるメッセージ、ぼぼるパパによる証、イギリス人姉妹による短い証と特別賛美、祝祷。それから場所をホールに移動してゲーム、そして夕食。

私は今回は通訳だったので、ハイヒールでずっと立ちっぱなしでちょっと疲れた。でも通訳するのはきらいじゃないということを発見。

同じ、英語を日本語に直すのでも通訳と翻訳は随分違う。通訳は一発勝負、みたいなところがあり、より良い訳語を探してじっくり考えるなんてヒマはないし、多少ぎこちない訳になってしまったとしても、いさぎよく先に進んでいかなくてはならない。そんなところがスリリングでもあり、快感かも。

ちなみに、私は日本語から英語に通訳する自信はなかったので、ぼぼるパパの証は英語でやってもらい、私はそれを日本語に通訳した。

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昨日は夜、日記を書き足したのに、ジオシティーズがダウンしていたのかアップロード出来なかった。そこで今日の分と一緒にアップしました。↓

3/8/2002

やりたい事と、やらなくちゃいけない事と、今実際にやっている事との間には、どうしていつもこんなにギャップがあるのだろう?

ケンが寝てる間にキッチン片付けてこよ。

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昼間は↑を書いたあと、五分とたたないうちに電話がなって、ケンが起きてしまったのでした。(泣)

仕方がないのでケンを横で遊ばせながら書斎の掃除。それからケンが階段昇りを楽しむ隣で階段の雑巾がけ。最近の彼は階段昇りがすっかりお気に入りなの。

夕方も、私はケンをみんやま〜やのいるリビングに残し、部屋から出ないようにドアを閉めてから、地下にあるキッチンで夕飯の支度をしていた。(そう、この家はキッチンが地下にあるのさ!)

するとケンがわおわおと叫ぶ声が廊下に反響するのが聞こえてきた。 おかしいな、リビングにいるはずなのに。廊下に出てきちゃったのかな、キッチンに降りる階段はタイル張りだから落ちたりしたら大変なことになるぞ。あわてて見にきたが彼の姿はない。 するとなおもケンの勝ち誇ったようなわおわおという声が響いて来た。

ん?と上を見上げ、声のする方に階段を昇っていくと、階段の上にあるバスルームの中からケンが首を覗かせているではないか!  おおっ、いつの間に! わおわおと叫んでくれたから気付いたけれど、あのまま放置されていたら何をしでかしていたかわからないぞ。

あのわおわおは「ママー、僕こんなとこまで来ちゃったよー、いいのー?」という意味だったのだろうか。それとも、ほんとはママには内緒でもっといろいろ悪さをするつもりだったのに、一人でバスルームまで到達してつい嬉しくなって雄叫びをあげしまったのだろうか。  まったく油断も隙もないね。 とにかく転倒事故だけは起こして欲しくない。

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今夜のファミリーデボーションは、これからイースターまで福音書からイエス様の復活の話しを学びましょう・・・ のはずだったのが、初回から脱線モード。イエス様の「もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです」という言葉から、エミが「どうして私たちが愛しあっているとまわりの人たちに私たちがクリスチャンだってわかるの?」という質問をした。そのへんから発展して話が戦争のことなどに及んだ。「戦争は神様の御心ではないんでしょ? それなのに全能の神様はどうして戦争をやめさせないの?」「戦争をすることが神様の御心にかなうことってあるの?」などなど、エミからは次々と質問が。あの子もいろいろ考えているんだなぁ。 聖書に沿って、子供たちにもわかるように答えるのは容易なことではないけれど。(そもそも、私たちにもよくわからないことも少なくないし。)

しかし、こういう脱線は歓迎だね。そして思わされるのは、彼女たちも子供だからといっていわゆる『聖書物語』的なお話だけではもはや満足しないのだということ。神様が、生きて今日なお自分にパーソナルに関わりを持ってくださるというお方であると知っているからこそ、いろんな疑問がわくんだろうな。

そういえば、最近ま〜やも自主的にどんどんお祈りするようになってきた。内容はかわいいんだけどね。幼稚園で飼っているおたまじゃくしが早くカエルになりますように、とか。(笑)でも家族に病気の人がいればちゃんと癒しのためにも祈るし、先週は私の翻訳のためにも祈ってくれた。(*^_^*)

アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神、ぼぼるの神、はちこの神を、子供たちに口移しで伝えていきたい。

3/7/2002

日本時間で七日になるや否や、結城浩老師からおめでとうメールが入った。どうもありがとうございます。(^^)

しかし、普段から老師とは同い年であることを強調している私にしてみると、なかなか複雑なものがありましたが。(笑)

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今日はみんの学校の父兄面談。イギリスの学校は、どうやら面談が毎学期あるらしい。さて今回は何を言われるやら。では、行って来ます。

3/6/2002

おっと。明日は私の誕生日だ。むむう。 

一昨年だったかな、みんがくれたカードに「47さい、おめでとう」と書いてあったんだよね。違うでしょー、どうせ間違うなら逆の方向に間違えてよねー、と私は脱力したのでありました。(笑)

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昨日、十月に湖水地方で泊まったB&B(宿)のおじさんから突然電話がかかってきた。あの時書いた小切手に何か不備があったのかと一瞬あせったが、話しを聞くと何やらお願いがあるのだと言う。(電話に出て話したのはぼぼるパパなんだけどさ。)

「いや〜、この頃、日本人のお客さんがたくさん、たくさん来るようになったんですよ。それでね、うちの朝食メニューを日本語に訳してもらえないかと思いまして。」

ぼぼるパパは笑いながら快諾した。 

それにしてもよく私たちのことを覚えていたものだ。 よほど印象深かったのだろうか。みんがきれいなカーペット張りの廊下でゲロしたりしたしなー。それをswear の一つもすることなく、膝まづいて黙々と後始末していたぼぼるパパの姿が彼のなかに残っていたのかもしれない。

このB&B、Oldfield House という、普通の家を改造して御夫婦で経営している典型的なイギリスのゲストハウス。B&Bというのはベッド&ブレックファストのことで、要するに朝食付き宿ってこと。ホテルよりもアットホームな感じが魅力かな。お値段も手ごろだし。Oldfield Houseはウィンダミアの駅とウィンダミア湖の中間くらいの静かな住宅地の一角に位置している。とても人懐っこい感じの、気持ちのいい御夫婦でした。

● Oldfield Houseのホームページ

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60000ゲットしてくださったのはジェリコさんでした。いつもどうもありがとうございます! (^^)ジェリコさんのHPのうえにもますますの主の油注ぎがありますように!

3/4/2002

あ、カウンタがもうすぐ60000になりそうですね。こんなもんを読みに来て下さって、皆さん、どうもありがとうございます。60000をゲットして下さった方は、是非御一報くださいね。(*^_^*)

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また素晴らしい翻訳ミニストリーのサイトに出会った。カリフォルニア在住の高木潤さんのHP、『JunTakaki.com』。 WorldNetDaily.comからのニュースや、チャック・スミス師のカルバリーチャペル関連の文献などが紹介されている。

たとえば、『ハリー・ポッター映画を見ない12の理由』とか、日本ではあまり報道されていないけれどクリスチャンとして興味のあるニュース、またノンクリスチャンの人向けに書かれた文章などなど。

高木さんによると、10代から40代の若い世代のクリスチャンに的を絞り、聖書に忠実に、ストレートに教えているリソースを提供するサイトを目指しているそうだ。 (10代から40代の若い世代、というのが嬉しいねぇ。)

高木さんのうえにますますの油注ぎがありますように!  

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先週、「Secrets of the Vine(邦題:『ヴァインの祝福』)」の校正原稿が戻ってきた。こういう時に限って、昼間は連日予定が入っていてなかなか時間がとれず・・・ 日本時間の四日の午前中までにやってくださいとのことだったので、昨日の夜中過ぎまでは大変だった。時間通りに終えることができたのは主の憐れみ。感謝です。

今週の土曜日はケンブリッジJCFのイースターアウトリーチの集会。今回はぼぼるパパが証、私がメッセージなどの通訳をする。

今日はJCFの姉妹のお宅に行っていろいろ準備した。でも、ケンスケを連れていったので、かえって皆さんの足手まといになっていたような。(^_^; お昼におうどんを出してもらい、ケンスケもよく食べたこと! 午前中はよく遊び、お昼はたっぷり食べて、その後しっかりうんちをし、すっきりしたらパタッと寝ていた。(笑)

さて、今週もまた忙しくなりそうだ。

3/1/2002

ある作業をしていたら、つぶやきや惨めな思いが溢れてきてどうにも苦しくなってしまった。そこで今日買って来たばかりの賛美のCDをかけながら作業をすることにした。

単純なことのようだけれど、賛美には本当に力がある。賛美の歌を聞いているだけで、私の思いのうちから余計なものがどんどんそぎ落とされていく。

右へ左へと揺れていた私の目の焦点が、見るべきお方へとピタリと定まる。

うん、そうだ。 全ては主のために。 主の御栄光のために。

私は管です。管から鉄のにおいが染み出てきたら、美味しい水の味が濁ってしまいます。

ただ、管としての役目を100%はたせますように。

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エミのクラスメートのお母さんが先々週病気で亡くなった。

今日、有志のクリスチャンのお母さんたちと集まって、残された御家族のために祈る時間を持った。その場には私を含め六人のお母さんたちと御家族が集まった。彼らもクリスチャンだったのだ。

御主人は奥さんが亡くなるまでの過程を簡単に説明し、今はとてもつらいけれど、つらいなかにもいつの日かもう一度天国で再会する希望があることを語ってくださった。

私たちは彼らのために祈るだけでなく、食事を作って届けたり、子供たちの送り迎えを手伝ったり、その他具体的な方法で彼らを助けることを約束した。

今日の祈り会の後、これからもみんなで毎週一度集まって、学校の子供たちや先生たち、また家族のために祈ろうということになった。

しかし帰って来る途中、私なんか自分の家族のことで手一杯なのに、よその御家族を助けることなんか出来るのかなぁとちょっと心配になっていた。夜、そのことをぼぼるパパに言ったら彼はあっさりこう言った。

「いいんだよ。僕たちは外食したって何だって。今、助けを必要としている人を助けてあげなくちゃ。」

そうだよね。ほんとにそうだよね。 じゃあ明日は外食に・・・って、それは違うか。(^_^;

  わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。    わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。    あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。 ヨハネ14:27   わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。    あなたがたは、世にあっては患難があります。 しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。 ヨハネ16:33


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