ホーム日記ケンブリッジ日記2月

はちこのケンブリッジ日記

2/27/2002

不思議なことがあるものだ。シカゴから持ってきていたぼぼるパパのコットンのズボンが、突然ツンツルテンになった。

「洗濯で縮んだのかなぁ?」

「今頃になって? もう何回も洗濯してるのに。」

「じゃあ僕の足が伸びたのかなぁ?」

「今頃になって? もう40よ。」

ジーンズもそろそろ新しいのが必要になっていたし、ちょうどセールだったこともあり、今日は彼と二人で(おっと、ケンも一緒に)買い物に出て、彼のジーンズなどを何本か買ってた。 サイズはどれも今までと同じもの。ところが、うちに帰って来てから早速はいてみると、やっぱり丈が短い!

私が覚えている限り、パパのジーンズの丈は結婚以来ずっとこの長さだったのに。(ウェストの方はいろいろ紆余曲折があったけど。)

「やっぱり足が伸びたんだよ!」

ふ〜ん。そういうこともあるんだねぇ。まあ、悪いことではないからいいんだけど。

ういえば、買い物に出て気がついたのだけど、イギリスでは母の日は三月十日なんだそうな。というか、三月の第二日曜日ってことかな? 日本やアメリカでは五月だよねぇ? 母の日って、万国共通なのかと思ってたのに。

2/25/2002

シアトルの員子さんがこんな言葉を教えてくださった。

自分を中心に動いている人は円を描くように、同じところをぐるぐる回っている。

神に従う人は神の方向へ進む。

*****

ケンブリッジJCFの姉妹から「トランスフォーメーション2」というビデオを借りてきた。ウガンダや北極のイヌイットのコミュニティーでのリバイバルのドキュメンタリービデオ。ものすごくパワフルだった。 第二歴代誌7:14を目の当たりにした感じ。

たとえばウガンダという国は、エイズや疫病が蔓延し、政治的にも非常に不安定で、ごく近年までまるで生き地獄のようだったそうだ。しかし迫害されていたクリスチャンたちは、ウガンダの国のために昼夜を徹して祈っていた。ある者は密林の中で、ある者は湿原のなかで、神が祈りを聞いて下さらないなら、祈りながら死んだ方がましだといいながら、彼らは祈り続けた。

ある時とりなしの祈りのチームがウガンダで有名な魔術師のところへ行き、祈りによる対決をした結果、数日後に魔術師が死んだ。その後まるで天の窓が開かれたかのように霊的な解放が訪れ、教会は爆発的に成長し(ある教会は二週間のうちに七人から2000人にまでふくれあがったとか)、人々がどんどん救われていった。政治の分野でもクリスチャンリーダーたちが立てられ、新たにMinistry of Ethics and Integrity という省庁も出来た。

1999年末には大統領夫人自らが教会のリーダーたちを招き、ウガンダを国家として聖書の神に捧げるための相談をした。そして2000年の幕開けと共に、ウガンダは国としてそれまでの偶像礼拝などを悔い改め、ただイエス・キリストのみに仕える宣言をした。

1996年までには国民の三分の一がエイズで死ぬであろうとWHOに予測されていたのも見事にはずれ、今やウガンダは世界でもっとも急スピードでエイズ患者の数が減っている国になったそうだ。

神は生きておられる。

わたしの名を呼び求めているわたしの民がみずからへりくだり、

祈りをささげ、わたしの顔を慕い求め、

その悪い道から立ち返るなら、

わたしが親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地をいやそう。

第二歴代誌7:14

2/23/2002

今日のケンブリッジはおかしな天気で、きれいに晴れているかと思うと突然雹がバラバラと降ってきたり、雪に変わったかと思うとまた陽が差し込んできたりという一日だった。

*****

オンラインのリバイバル新聞で「日本アグロー『肉体の死』通過して新たな出発:『美しいもの』から『恐ろしいもの』へ。『祈りの軍隊』の訓練会」という記事を読んだ。いつもながら日本アグロー会長のジュディ・ミドルトン師のメッセージには励まされる。師は昨年末に乳癌が発覚し摘出手術をなさったそうだ。しかしこの試練を通して日本アグローは今、一層燃え上がり、日本の女性たちが立て上げられるために、さらにミニストリーを前進させている。

2/21/2002

ロンドンは寒かった!(ケンブリッジでも寒かったのだろうけど)でもとても楽しい二日間だった。

昨日は昼頃にロンドンに着いて、まずマーブルアーチ近くのB&Bにチェックイン。家族6人だとたいてい二部屋とらないといけないのに、このB&Bには6人部屋というのがあり、しかもそれが一泊90ポンド!古ぼけた感じのところではあったけれど、フロントの人は親切だったし、なかなかよかった。

近所で昼食をとってから、メリルボーンの方まで歩いてマダムタッソーロウ人形館の隣にあるプラネタリウムへ。(マダムタッソーは恐い展示も多いので行かなかった。)地下鉄で行こうかとも思ったのだが、ケンのバギーがあると、いちいち階段を降りたり昇ったりが面倒だったので、思い切って歩いてしまった。30分くらいかかっただろうか。小さなま〜やもよく頑張った。

プラネタリウムはとてもよかった。椅子に座っていると轟音とともに天井が開いて星空に飛び出しギャラクシーへ、という筋書き(?)だったのだが、その時のま〜やの反応がとても可愛かった。轟音に驚いて耳を両手でふさぎつつ天井を見つめていたま〜やは、しばらくするとそっと辺りを見渡し、

「Mom, where are we? Are we up? Are we coming back down?」 

ホントに空に向かって飛んで行っちゃったと思ったんだね。(^^)

プラネタリウムの次は雨も降ってきたのでタクシーでフォートナム&メイソンまで。 そこで紅茶をごっそり買う。

先日はちこ母がこちらに来たときに、ロンドンのお土産で(日本から来た人にロンドン土産をもらうというのもおかしな話しだけど)フォートナム&メイソンのロイヤルブレンドをもらったのだが、それがとても美味かったのでもっと買い足したのでした。 ロイヤルブレンドの他にはQueen Anne、English Breakfast、 ダージリン、そしてオレンジペコ。それぞれの味がどう違うのか、飲み比べてみたくて。アールグレイはいつも飲んでいるので今回はパス。

買い物が済むと、ここから歩いて数分のところにある『祭り』という日本食のレストランで、ぼぼるパパがプリンストン時代にお世話になったKさんとその御家族に会って日本食をごちそうになった。 Kさんはここのオーナーということで、お腹一杯、お寿司だの天ぷらだの鉄板焼だのを食べさせていただいた。 とっても美味しかったです♪

食事のあとはタクシーで宿まで戻り、疲れていたのか、みんなわりと早く寝た。

翌朝は部屋で食事をしてからまずアメリカ大使館まで。徒歩20分くらいだったかな。大使館の回りは厳重な警備で、どこからともなくうるさい音がしていると思ったら、ヘリコプターが空中からも警備してた。

ここでの用事が終わると、グリーンパークを横切ってバッキンガム宮殿の前まで歩いて行った。残念ながら今日は衛兵交代のない日だったが、その分あまり混雑していなかったのでのんびりぶらつくことが出来た。衛兵交代があるとものすごい人込みになるので、何がなんだかわからなかったりするから。 (バッキンガム宮殿って、女王様がいる宮殿にしてはずいぶん質素な建物だよね。) その辺をちょっとぶらぶらしてからSt. James' Parkを通ってウェストミンスター寺院まで。

St. James' Parkには鳥がたくさんいて、子供たちは大喜びだった。私も感激だったのは、ペリカンがいたこと。野生のペリカンなんて、初めて見た。 ウェストミンスター寺院は中には入らず、外から見ただけ。子供たちはどうせ中を見てもあまり喜ばないだろうと思ったので。そして寺院の前にある教会のカフェで昼食。その後は寺院の横を通って国会議事堂までビッグベンを見に行く。国会議事堂は、橋を渡ってテムズ河の対岸から見る眺めが素晴らしい。

建物ばかり見ても子供たちにはやや退屈なので、テムズ河を渡ったところにある水族館へ入った。なかなかいい水族館だったけれど、シカゴのシェッド水族館の方がもっといいなと思った。ただ、イギリスのすごいところは、古い建物の外側は

  保存しつつ、内側をどんどん改装していろんな用途に使ってしまうところ。この水族館も、もともとは何やら由緒ある建物だったのを、内側だけ改造して水族館にしてしまったらしい。

水族館を後にすると、チャリングクロスの駅まで歩き(30分近く歩いたかも)、そこからタクシーで宿まで戻り、預けておいた荷物をもらってから再びタクシーでキングスクロスの駅へ。そして電車に乗ってケンブリッジまで帰宅。

今回は本当によく歩いた。結構寒かったのにね。みんな風邪ひかないといいけど。いくら日帰りで行ける距離とはいえ、やっぱり一泊するとずっと楽でいい。前回12月に来たときは結局ハロッズだけで帰って来ちゃったし、9月(だったっけ?)に来たときはミュージカル『ライオン・キング』を観ただけだったしね。

それにしても私、ロンドン大好きになっちゃった。

2/19/2002

南アフリカのプレトリアに住むH江からメールが来た。イギリスにいる間に南アに遊びにおいでという。確かにアメリカから行くよりは近いけど、でもやっぱり遠いよね、南アは。 行ってみたいけどね。

H江とは18年くらい前にカリフォルニアの大学で出会った。一緒に徹夜して勉強した仲だ。その後二人ともそれぞれの道に進んだけれど、ずっと連絡を取りあって来た。私は彼女を訪ねてカリフォルニアのバークレーに行ったことがあるし、彼女は私を訪ねてプリンストンにもシカゴにも来てくれた。二人が同時に日本にいた時には日本でも会っている。今はそう頻繁にやりとりがあるわけではないけれど、大切な友達。

友達と言えば、明日はまたロンドンに行って、ぼぼるパパの大学院時代の友人(先輩)に会う予定。エンジニアリングで修士を持っている人なのに、日本食レストランの社長をしているらしい。というか、某日系企業のヨーロッパ部門を取り仕切っている人なんだとか。

クリスマスにその人から連絡があり、「ロンドンで日本食レストランをやっています」と聞いたとき、なぜかぼぼるパパも私も「やった!」と喜びの声をあげたのだった。(笑)

明日はそのレストランで、先輩の御家族と、もう一人やはりプリンストン時代の先輩がロンドンにいるとかで、その方にも会うことになっている。私の大学時代の友人にもロンドン勤務の子がいるので、彼女にも連絡をとってみたが、残念ながら彼女は仕事が忙しいとのことで会えない。NHKエンタープライズでディレクターをやっていて、今作っている番組が詰めの段階なのだとか。ウェールズのカーディフにも大学時代の友人がいるが、カーディフはロンドンから電車で二時間かかるらしいので、突然呼び出すわけにはいかないだろうな。平日の晩だし。

ロンドンではアメリカ大使館に行く用事もあるため、明日は泊まってくる予定。子供たちにもバッキンガム宮殿などのロンドンのランドマークを見せてあげたいのだけれどお天気はどうだろう。予報によるとあまりよくなさそう。

2/18/2002

最近いいお天気が続いている。天気がいいと、掃除もはかどる。でも、どんなに頑張っても、家中の全ての部屋が同時に片付いているということは決してない。(泣)

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ぼぼるパパが早くスキー旅行の時のことを日記に書きなよ、と言う。私も記憶が遠くなる前に書いておこうと思うのだが、なぜかめんどくさくて書けない。そのうちね。

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今夜のメインのおかずはサーモンだった。ケンのお皿にも身をほぐして取り分けてあげたら、まぁ食べること食べること。ま〜やよりもたくさん食べたかも。「あん!あん!」とおかわりを要求しながらサーモンと、7ミリ角くらいに切ったアボカドとごはんをたっぷりと。それでもまだ足りなそうだったので、市販のびん入りの離乳食もあげた。男の子だからか、上の三人が赤ちゃんの時よりも、一番よく食べるなぁ。

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イギリス人って、酸っぱい食べ物が好きなのだろうか。

イギリス名物(?)フィッシュアンドチップス(揚げた白身魚とフライドポテト)には酢をつけて食べる。レストランなどで出されるケチャップはやけに酸っぱい。

さらに驚いたのは、ポテトチップス(イギリスではポテトクリスプスという)にソルト&ビネガー味というのがあること。これがまた酸っぱい! ほんとにソルト&ビネガー以外の何ものでもないって味。 でもこれが結構クセになるんだよね。酸っぱい、酸っぱい、と口をすぼめながらも、慣れてくるとその酸っぱさが快感になる。うん、食べたくなってきた。ちょっとつまんでこよう。

2/17/2002

今日の礼拝のなかで語られた預言。

わたしは、あなたが傷つき痛んできたことを知っています。

あなたの祈りもきいています。

この問題に対処するために、あなたが努力して行ってきたことも知っています。

しかしあなたが今、経験していることの背後にある本当の問題は、

あなたとその人の間のことではなく、

あなたとわたしの間の問題なのです。

今、わたしの前に出て、ヤコブがそうしたように、

あなたもわたしと格闘しなさい。

あなたが見るべき相手はわたしです。

衝撃。

実は今朝、教会へ行く途中、歩きながらまさにこのことを私は語られていた。あることについて、これはあの人と私の間の問題ではなく、あの人と神様の間の問題でもなく、私と神様の間の問題なのだ、と。

以前のこちゃんが日記に書いていたことを思い出す。

「誰かとうまくいかない時、その人に直接向き合おうと焦るのではなく、まず、密室に入り、扉を閉めて、神に向かいなさい。…」

2/15/2002

ぼぼるパパが13日付の「日々の研究」のなかで、エミのことを「小学校6年生」と言っていたけれど、彼女は日本にいればまだ小学校四年生になる。アメリカだと五年生。なんともややこしい。

それから、先日はさりげなく家庭の内状をバラす(?)ようなことも書いていた。ぶー。いつかはやられるだろうと思っていたが。(笑)

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ここ数日、なんとなく忙しく、且つなんとなく疲れていた。風邪の方はおさまったのだけれど、ケンのおかげで寝不足が続いている。 先日検診に行ったとき、保健婦さんに断乳について相談したところ、まだ一歳になってなくても授乳をやめてしまっても大丈夫だと言われた。しかしいきなり完全に止めようとすると大変だから、とりあえず夜寝る前の授乳をやめるところから始めるといい、とアドバイスをもらった。

なるほどそれがいいかもしれない、と思っていたら、こちらの思惑を読むがごとく、ここ数日のケンは異様におっぱいに執着するようになりとても断乳どころではなくなってしまった。 うー、どうしよう。

そういえば、ケンは最近「らりらりら〜」と言いながら手をにぎにぎするようになった。どうやら、「キラキラキラ」とお星様キラキラをやっているつもりのようだ。

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イギリスの学校は三学期あり、それぞれの学期の途中でHalf Term と呼ばれる休みが一週間入る。今学期のHalf Termは明日からだ。先学期はHalf Termの間に湖水地方に旅行に行ったが、今回はとくに何も予定していない。

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朝、いつものようにみんの髪の毛をとかしていたら、一部やけに髪がこんがらがっていて全然ブラシが通らないところがあった。彼女は寝相が悪くベッドの上でゴロゴロ転がるせいか、朝起きるといつも髪の毛がぐしゃぐしゃに絡んでいるのだが、今回は普段にも増して念入りに絡まっている。その部分をつまみあげてよく見ると、細い三つ編みになっているではないか!

「みん、昨日学校で誰かがみんの髪の毛で遊んだ?」みんはロングのストレートヘアだから、結構お友達のおもちゃにされることが多いらしい。

「Oh, yeah, Jodi did. How do you know? (うん、ジョディが遊んでた。どうしてわかるの?)」

「だって三つ編みが出来てるもん。 いくらあなたの寝相が悪くたって、ベッドのうえでゴロゴロ転がっているうちに髪の毛が絡まって自然に三つ編みが出来たなんてはずないよねぇ? 進化論じゃあるまいし。」

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昨日のファミリーデボーションの箇所は詩篇103篇だった。(メッセージ by パパ)

私の心に留まった箇所。

11節「御恵みは、主を恐れる者の上に大きい。」

13節「主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。」

17節「主の恵みは、とこしえからとこしえまで、主を恐れる者の上にある。」

「主を恐れる」ということがここでも繰り返し出て来ている。

エミからは、「どうして主を『恐れ』なくちゃいけないの? 主を恐れるって、どういうこと?」という質問が出た。いい質問だ。 みんなでいろいろ話した。

短くてシンプルながらもなかなかいい学びの時だった。終わってから、「そうだ、今度からはファミリーデボーション専用のジャーナルをつけよう!」と思い立った。御言葉の箇所、その日の学びのメインポイント、どんな質問や答えが子供達から出たか、祈祷課題やプレイズリポートなどを毎週ノートに記録するのだ。 家族の霊的成長のいい記録になるに違いない。

2/12/2002

おばあちゃんは帰って行った。ま〜やが学校から帰って来てから、おばあちゃんがいないといって駄々をこねた。

「そんなこと言ってるけど、今朝、あなたはおばあちゃんに冷たくしてたじゃない? おばあちゃん、え〜ん、え〜んって、泣いてたのに、あなたそっぽ向いてたじゃない?」(注:昨日ま〜やの前でおばあちゃんがうっかりケンを可愛がったら、ま〜やがスネたのであった。)

私がそう言うと、ま〜やはニヤニヤもじもじしながら、

「But she was only pretending. She wasn't really crying.(泣き真似してただけだったよ。ほんとには泣いてなかったよ)」

最初はおばあちゃんの顔を見て泣いていたケンも、帰る頃にはすっかりなついておばあちゃんに愛想をふりまいていた。あっという間の短い滞在で、しかも私たちが次々と、まるで狙いを定めたかのようにこの週末に熱でふせったりして本当に申し訳なかった。 おばあちゃん、いろいろ本当にありがとう。

ケンの下痢も、結局昨日数回あっただけですぐに元通りに戻ったし。あれは一体何だったのだろう?

*****

そういえば今朝、こんな場面があった。

エミが夕べの残りのカレーを温め直さないまま食べようとしていたので、私が「あっためてあげようか?」と聞くと、彼女は「やだっ!」

「人が親切で言ってあげてるときには、そういう言い方はしないものよ。『結構です』とか、『大丈夫よ』とか、せめて『いい』とか言わないと。『やだっ』なんていう言い方はよくないよ。」と私がたしなめると、あろうことかエミは、

だけどあなたはシンセツじゃないよ!

私は思わず固まった。

「どうして? どうしてママは親切じゃないって思うの?」 ついムキになる私。

すると今度はエミの方が目をパチクリして

「I think I'm not really sure what シンセツ means. Doesn't it mean "a stranger"?」

(わたし、『シンセツ』の意味がよくわかってないかもしれない。『知らない人』って意味じゃなかったっけ?)

釣り上がっていた私の肩がふっと下がる。

「やだぁ、エミったら。違うよぉ! シンセツは"kind"っていう意味。びっくりしたなぁ。」

エミはなまじ、そこそこに日本語が話せるだけに、こういう間違いをされるとあせる。しかも『あなたは』なんて言われると、なおさらね。(以前、おばあちゃんに向かって「あんた」と言ったこともあったなぁ。)

ふむ、そうか。エミは親子のように親しい間柄なら「やだっ!」という言い方をしてもかまわないと思ったのか。他人に対してならもっと丁寧に話さなくてはいけないけれど、親子だからいいと思ったのかな。そういえば、今、公○式の国語の教材で『ていねいな言い方とふつうの言い方』という単元をやっているしなぁ。しかし「やだっ!」というのは、丁寧とか普通の言い方とかいう次元とはちょっと違うんだが。

日本語は難しい。そして言語に関わらず、コミュニケーションというものも難しい。

家庭が基本だよね、こういうことって。私も気をつけなくては。

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このところ、「神を恐れる」ということについていろいろ思わされている。

主を恐れる人は、だれか。

主はその人に選ぶべき道を教えられる。

その人のたましいは、しあわせの中に住み、

その子孫は地を受け継ごう。

主はご自身を恐れるものと親しくされ、

ご自身の契約を彼らにお知らせになる。  詩篇25:12ー14

2/11/2002

はちこ母は無事到着。ところがおばあちゃんがやってきたその日から、まずエミが熱を出してダウン。次に私が39度以上の熱でダウン、続けてみんも熱でダウン。

さらに今日はケンが下痢。白っぽいクリーム色なので、乳児白色下痢症というやつか。これ、ロタウィルスが原因のことが多いらしいけど、そうじゃないといいなぁ。ロタウィルスはすぐにみんなにうつるんだもん。おばあちゃんはこのあとまた日本にまで帰るという大仕事が残っているのだから、ここで風邪をうつされては変だと、戦々兢々としている。(苦笑)

結局、みんなの看病をしたり家事の手伝いをしにケンブリッジまでやって来たかのようになってしまった。申し訳ない。

しかしおばあちゃん曰く、「はちこの手伝いをしてあげなさいと神様が私をここによこしてくださったのよ。普段だったら私は風邪がすぐにうつるのに、今回は大丈夫なのは、神様が守ってくださっているからよ。」

夏頃、気候がよくなってからもう一度来れたらいいね。そうしたら今度こそ親孝行するから。

2/8/2002

ここしばらく、ケンブリッジはず〜っと雨。イギリスの冬だからしょうがないが、子供の送り迎えをする時に雨が降っているとかなりしんどい。 ケンを乗せたバギーにビニールの雨よけをかぶせ、私は傘もさせずに(ささずに、ではないことに注意)濡れるのを承知で雨の中を外に出ていくのは勇気がいるものだ。

というわけで生憎の天気なのだが、今、はちこ母が日本からイギリスに遊びに来ている。水曜日にロンドンに到着し、明日の朝までは一人でロンドンに滞在。JTBのマイバスツアーに参加して、ウィンザーに行ったり市内観光をしたりしたそうだ。今日は地下鉄にも乗ったのだとか。

明日は私が朝一番に、母が滞在しているロンドンのホテルまで迎えに行く。ケンブリッジに滞在するのは火曜日まで。もっとゆっくりしていけばいいのにね。せっかく来たんだから。

2/7/2002

主を恐れる人々よ。主を賛美せよ。

ヤコブのすべてのすえよ。主をあがめよ。

イスラエルのすべてのすえよ。主の前におののけ。

まことに、主は悩む者の悩みを

さげすむことなく、いとうことなく、

御顔を隠されもしなかった。

むしろ、彼が助けを叫び求めたとき、

聞いてくださった。(詩篇22:23、24)

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ぼぼるパパはイギリスに来てからなぜか突然コンガ(ラテン系の?太鼓)にトライしたくなってしまい最近、ついにフルサイズのコンガをレンタルしてきた。彼が三階の部屋で練習していると、遠くから響いてくるコンガの音は、まるで怪し気な宗教儀式でもしているかのよう。

夜中には練習しないでねと、よく頼んでおいた。

2/6/2002

きよきよさんからメールをいただく。

きよきよさんもつい数日前、月刊つのぶえ誌に掲載された『新世界秩序』というタイトルの中川先生の記事を、先生から直接許可を得てロゴスミニストリーのHPにアップしたばかりなのだそうだ。早速読ませていただいたところ、昨日私がリンクした記事を詳しくした内容で、非常に励まされた。

で、こちらの方もリンク。

『新世界秩序』(中川健一師)

そして、きよきよさんもまた「聖」と「愛」は切り離せないということについてちょうど思わされていたところだったと伺い、ますます励まされた。

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今日は子供達を学校へ迎えに行く途中、横断歩道を青信号で渡るとき、交差点に突っ込んで来た自転車に衝突されてしまった。(自動車じゃないですよ、自転車。)なんでもその自転車、止まろうとしたのに突然ブレーキが効かなくなってしまったのだそうだ。

私はケンを乗せたバギーを(いつものように)押していたのだが、自転車がしゅるしゅると突っ込んできてあわやバギーにぶつかるところだったので、バギーにぶつかられてケンごと横倒しにされたら大変!と一歩大きく前に踏み出て、自分の身体で自転車を受けたのでした。(母は強し!?)幸い私は特にケガもなく、ただ服にベッタリ自転車のタイヤの跡がついてしまった程度だった。

それにしてもこの自転車、突っ込んだのが私だったからよかったよ。自動車に突っ込んでたらオダブツだったかもしれないものね。

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従姉妹のKちゃん、KくんのM中学合格、おめでとう!!!! (^^)

2/5/2002

リバイバル新聞「『新世界秩序』が世界にもたらすもの」(中川健一師の講演の概要)

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「神は愛である。」(第一ヨハネ4:8)

「神は聖である。」(第一ペテロ1:16参照)

どちらも聖書に書いてある真理。 愛も聖も、どちらも神様そのもの。

しかし興味深いことに、「愛」というと何か包括的で受容的なものを連想するが、「聖」というと逆に混じりけがなく、自分を汚すものは排除し一線を画す、という感じをイメージする。

くり返すが、神様はまさに「愛」であり「聖」であられる。

それなのに、「神は愛である」とはよく言われるが、「神は聖である」ということは忘れられがちではなかろうか。

前者はほんわり柔らかくて暖かくて、私も受け入れられている!と思えるのに対し、後者はシャープで厳しく、私なんか聖なる神様からは拒絶されてしまうのでは、という気持ちにさせられるからだろうか。

自分に都合のいい真理だけを取捨選択してはいけない。

神は愛であり聖であられる。

神が聖なるお方であることを忘れて愛なるお方であることだけを強調するなら、私たちはヒューマニズムの罠に陥ってしまうだろう。

一方で、神が愛なるお方であることを忘れて聖なるお方であることだけを強調するなら、私たちは独善の罠に陥るだろう。

神は愛であり、神は聖である。

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今日は検診でケンスケの体重を測ってもらった。八ヶ月の時からあまり増えてなかった。がっかり。

2/4/2002

以前からずっと思っていて、毎年クリスマスからお正月にかけて強く感じていたことだが、インターネットを始めるようになってから、昔からオフラインで親しく知っていた友人たちと疎遠になりがちになってしまった。ネットで知り合った新しい友人とはこまめにメールなどでやりとりしているくせに、もう何十年ものつきあいになる友人には年に一度のクリスマスカードでおしまいだもの。 (^_^;もっと友達を大切にしなくては。 幸い、中学、高校、大学時代の友人たちも、今やメールを使っている人が圧倒的に増えた。 今月は、彼女たちにゆっくりメールしよう。

2/3/2002

夕べもまたケンを寝かし付けながら、私もそのまま寝てしまった。

ケンには今でも母乳をあげているので、生後十ヶ月になってもまだ夜中に何度も泣く。夜泣きというほどのものでもないのだけれど、にゃーと泣いておっぱいを求めてくるのだ。それが一晩に何回も。 だから私も寝不足ぎみ。断乳してしまえば、母子共にぐっすり眠れるようになるはずだが、一歳になるまでは母乳を続けたいと思っている。 あとちょっとの辛抱だね。

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たまにはみんの話しもしよう。これはしばらく前のこと。

ある時みんのクラスの担任の先生がマシュマロを持ってきて、子供たちに配った。ところが、なぜかマシュマロは子供の人数より少し足りなかったので、「うるさくしていた」数人の子供たちがマシュマロをもらえなかった。私だったら人数分に足りないのなら、最初からマシュマロなんか持ってこないと思う。しかも、一握りの子供だけがもらえて大多数はもらえなかった、というならともかく、ほとんどの子がもらったのにわずか数人だけがもらえなかったというのはあまりに可哀想だ。 

案の定、もらえなかった一人の男の子は泣き出してしまったらしい。

それを見たみんはその子を可哀想に思い、自分のマシュマロを半分に割って分けてあげたそうだ。ところが、半分に割ったときうまく割れなくて、片方は大きく、もう片方はとても小さくなってしまった。みんは一瞬「うっ」と思ったそうだが、小さい方ではなく大きい方をその子にあげたという。

みんはこの話を、学校の帰り道にいつものようにスキップしながらさりげなく話してくれた。

私はみんのことをとてもとても誇らしく思った。 みんには天性の優しさがある。こういうことは、教えられて出来るようになるものじゃない。(家ではしょっちゅう何かを取り合って姉妹喧嘩ばっかりしてるんだけどね。(-_-; )

「ママ、"generous" って、どういう意味?」みんが私に聞いた。

「それはね、kind and willing to give みたいな意味よ。どうして聞くの?」

「ああ、そうか! 私がマシュマロを分けてあげたとき、他の女の子たちが私にそう言ったから…」

ところで、みんは物語を語るのがとても上手だ。学校の授業の一環でstory tellingというのがあって、先学期はイエスさまの話しを題材にstory tellingをやったのだそうだ。

ある日の学校帰り、夕暮れのパーカーピース(公園)を横切りながら、みんは私にも「二匹の魚と五つのパン」の話しを情感込めて語ってくれた。私は思わず聞きいってしまった。

この子は将来、献身するかもしれない… ふと、そう思わされた。

2/1/2002

『ヤベツの祈り』の続編、『Secrets of the Vine』の翻訳原稿は、昨日無事に全部送付することができた。今回は思ったより時間がかかってしまったのはなぜだろう? と考えていて思い当たったのは、ケンスケだ。ヤベツを翻訳していた時は、ケンがまだ生後四ヶ月で動かなかったから私は比較的自分の時間を作りやすかった。しかし今回はケンスケも九〜十ヶ月になっていて、はいはいするし、つかまり立ちや伝い歩きはする、後追いはする、なかなか目を離すことが出来なかったのだ。

それでも神様の憐れみと御手の守りによって、〆きりに間にあわすことができた。感謝。

お祈りに覚えていてくださった皆さん、どうもありがとうございます。

ところで、『Secrets of the Vine』の邦題は、なかなか意表をついたものになるようだ。私が考えたわけではありませんとだけ言っておこうかな。(^^)

*****

今日はちょっとした事件があった。エミが学校帰りに行方不明になってしまったのだ。

エミは今日は一人でバスに乗って帰って来ることになっていた。今までにも何度かやったことがある。

乗車するバス停までは私も一緒だし、バスに乗る時間はわずか五分ほどだし、降りるところは終点だし、バスを降りてからうちまでは徒歩1、2分だし、危ない箇所があるとは思えないルートなのだ。

それなのにエミは帰って来なかった。 

五分も待つと私は心配になってバスの終点まで探しに行ったがエミの姿は見えない。しばらく待ってみたがエミは帰って来ない。 家に戻りパパに電話する。 パパはもう少し待ってみろと言う。もう20分ほど待ったがまだ帰って来ない。再びバス停まで行く。エミはいない。また家に戻りパパに電話する。みんやま〜やたちがいると私もあまり遠くまで探しに出られないので、パパに帰って来てもらうように頼む。

みんとま〜やと三人で祈る。

イギリスの冬は日が短い。どんどん暗くなっていく。エミはどこへ行ってしまったのか。

親に言わないで勝手に友達の家に行くようなことは、あの子は絶対にしない。交通事故にでも巻き込まれてどこかで動けなくなっているのだろうか? エミが怪我をして病院にでも運ばれたのだろうか? まさか誘拐?

しかし不思議なもので、エミがいないというのは厳然たる事実であるにもかかわらず、私の心はやけに平静だった。でもだからといって、探さないでほっとくわけにもいかない。15分もするとパパが帰って来た。もう一度バス停まで見に行ってもらう。あたりはすでに随分暗い。パパが一人でバス停から戻ると、念のため警察に連絡しようということになった。パパも冷静だった。

警察に電話をすると、まず最初に「家のなかのどこかに隠れているんじゃないですか?よく探してみてください」と言われたそうだ。それから、失踪する理由に何か心当たりはありますか、とも聞かれたらしい。隠れたりいなくなったりする子供は結構多いのだろうか? 数分にわたって警察の人とやりとりをしたあと、これからそちらに向かいます、と言われて電話を切った。

パパがあんなに冷静だったのは信仰のおかげだったようだが、私が冷静だったのは信仰のおかげというより、エミがいなくなったという事実があまりにも恐ろしすぎて、それを受け入れることを私の心が拒絶していたのかもしれない。

そうこうしているとドアのベルがなった。「警察だ!」パパがドアをあけると、そこには頬を赤らめたエミが立っていた。

「エミ!」

「どこに行っていたの!?」

「え? あぁ、バスがね、いくら待っても全然来なかったから、歩いて帰って来たの。」

エミの話によると、時計を持っていなかったので時間の感覚がなく、随分待ったような気がするのにバスが来なくておかしいなぁと思いつつも、ずっとずっと待ち続けたのだそうだ。それでもバスが来なくて、でもきっとパパかママが心配して迎えに来てくれるかもしれないから、ヘタに動くよりもここで待っていよう、と思ったのだそうだ。それなのに誰も迎えに来てくれないし、これはいよいよ歩いて帰らないとダメかな、と思って歩いて帰ってきたのだそうだ。

これを聞いて私は「あぁ、しまった!」と思った。パパに電話をしたとき、うちに帰って来てもらうのでなく、学校の近くのバス停まで見にいってもらうようにすればよかったんだ。パパのオフィスからは15分ほどの距離なんだから。失敗した。どうして思い付かなかったのだろう。

それにしても、エミはやっぱりしっかりしている。 迎えに行ってあげなくて、可哀想なことをしてしまった。歩いて帰って来るときも、近道をしようとしたりせず、自分がよく知っているいつものルートを歩いて来たらしい。だからなおさら時間がかかってしまったのだ。でも、近道をしようとして迷うよりは確実に知っている安全なルートを通る方がいいのだから、エミは正しい判断をしたと思う。

警察にはすぐに電話をし、子供は無事見つかった旨を伝えた。

これからは、エミに一人でバスを使わせるのはやめよう。こんな心配はこりごりだ。

それにしても今日は、かなり薄暗くなってからエミは一人で歩いて帰宅したわけだが、その道のりで何ごとも起きなかったことも本当に感謝だ。

  わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。    わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。    あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。 ヨハネ14:27   わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。    あなたがたは、世にあっては患難があります。 しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。 ヨハネ16:33


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