ホーム日記ケンブリッジ日記1月

はちこのケンブリッジ日記

わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。 わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。 あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。 ヨハネ14:27 わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。 あなたがたは、世にあっては患難があります。 しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。 ヨハネ16:33

1/30/2002

廊下の隅に、夕べの御飯のおかずが置いてあるのを発見。なんでこんなところに? と首をかしげたが、ははぁ、わかったぞ。さてはま〜やが捨てたな。

夕べ、なかなか食べ終わらなくてぐずぐずしていたあの子に、全部終わるまでは席を立ったらいけませんよ、と言ったところ、しばらくしてから、「全部食べたよ」と空になったお皿を見せに来たのだ。

まさかこんなところに捨てていたとは。(同じ捨てるなら、せめてゴミ箱の中にして欲しかった…)

けしからん。非常にけしからん。どうしたものか。

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今日は、こちらで知り合った日本人の奥さんのうちにランチに行って来た。他に二人の奥さんが来ていて、とても楽しかった。イギリスのこと、日本のこと、アメリカのこと、いろいろ三時間くらいたっぷりおしゃべりしてきた。私って実は日本人同士の交流に飢えていたんだなと改めて感じてしまった。

あ、そういえば笑った話。こちらにスシ・エキ○プレスというお寿司の出前のお店があるらしいのだが、そこで出しているお寿司になかなか変わったものがあるらしい。今日会った奥さんの一人が、この店のお寿司が出されたあるパーティーで、赤身の握りがあったので、やったー、マグロだー!と喜びいさんで(欲張って?)3つ4つ自分のお皿にとり一口食べてみたら、味が何だか違う。あれ?と思ってよく見たら、マグロではなく赤ピーマンだったとか。(会場の照明は薄暗かったんだそうだ。)同じ野菜をお寿司に使うのでも、アボガドのように味が似ているから、というのなら許せるけれど、色が似ているからというだけで握りにするのはやめて欲しい、とその人は訴えていた。(笑)

1/28/2002

先日エミたちの学校に来た名古屋からのテレビの取材班は名古屋放送というところだったとか。放映は2月11日の夜で、一時間番組らしい。エミたちの学校だけでなく、イギリスの学校をいくつか取材してまわったとのこと。

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4gzus@writeme.com のメールボックスを見ていたら、知らない間に未読のメールが20通近くゴミ箱ファイルに入っていたことが判明。その三分の二くらいはウィルスメールだったが、なかには結構大切なパーソナルなメールもあってちょっとショック。パーソナルなメールでありながらゴミ箱行きになってしまっていたのは、Subjectの欄が空白だったため。やれやれ。とにかく4gzus@writeme.comはあまり当てにならなくなっているので、はちこにメールを下さる方は、villageinn2@yahoo.co.jp の方にお願いします。

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メモ:

うさたろうさんきよきよさんお勧めの良書。シカゴに戻ったら買いたい一冊。忘れるといけないのでここにメモしておく。

● "The Life and Times of Jesus the Messiah" Alfred Edersheim

ネットでも全文が公開されているらしい。 Philologos.org

1/27/2002

最近のケンスケはつかまり立ちがすっかり得意になって、何にでもつかまって立とうとする。一歩くらいなら伝い歩きもするし、立ち上がっている状態から瞬時手を離してみたりもする。 このくらいから事故を起こす可能性が格段に高くなるんだよね。転倒とか誤飲とか。ぼぼるパパとも話していたんだけど、特に、口に何かをくわえた状態で転ばないように気をつけないと。そういえば、これは私の不注意だったが、土曜日にケンスケに軽い火傷を負わせてしまった。

私はいれたばかりの熱い紅茶をテーブルの上に置いて、ま〜やが友達の誕生日パーティーに持っていくプレゼントを包んでいた。するとそちらに気をとられている隙に、ケンスケがテーブルにつかまり立ちして、手を伸ばして紅茶のカップをひっくり返してしまったのだ。彼はものすごい悲鳴をあげた。私はプレゼントをほっぽりだして、ケンをつかむとお風呂場へとんでいき、ケンの手に水道の水をジャージャーかけた。紅茶がかかったあたりは赤くなっていた。

そのあと、A&Dオイントメントという、おむつかぶれ用だけれど火傷にも効くという薬を塗っておいた。夜には赤みもとれて、全然わからなくなっていた。よかった。 ケンちゃん、痛い思いさせてごめんね。ママが悪かった。

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わたしの恵みはあなたに十分である。」(第二コリント12:9)

主よ、あなたの恵みは私に十分です。 

朝ごとにあなたに向かって告白いたします。

主よ、あなたの恵みは私に十分です。 

私はほかの誰をも羨んだり、自分を憐れんだりすることを拒否します。

主よ、あなたの恵みは私に十分です。 

私の弱さ、足りなさは、あなたの御力と豊かさが私のうちに流れ込んでくるためのパイプです。

主よ、あなたの恵みは私に十分です。 

あなたの御名を讃美いたします。

1/25/2002

ぢみにやってます。 (^_^;

今日か明日に第八章を出せれば、残る1章を今月末日までにというのは何とかイケそう。

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夕べはぼぼるパパが仕事で帰りが遅かったので、今週のファミリーデボーションは水曜日にやった。ぼぼるパパとの約束通り、今週は私が担当。イエス様はいのちのパン、ということについてもう一度復習した。しばらく前にもやった箇所だったけれど、その時はなぜか脱線してうずらの肉がイスラエルの民の鼻から出てきた話しで盛り上がってしまい(民数11:20)、どうも子供たちの意識には鼻から出たうずら肉のことしか残らなかったような気がしたので。

それにしても、改めてヨハネ六章のいのちのパンの箇所を読み返して、ここは案外抽象的で、子供にわかりやすく話すのは結構むずかしいところかもと思った。

わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。・・・

わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲み物だからです。・・・(54、55節)

子供たちに聞いてみる。「イエス様の肉を食べ、イエス様の血を飲むって、どういうことだと思う?」

ま〜や「(手をあげながら)はーい、はーい! あのね、イエス様の肉を食べようとしてイエス様をかじってもね、イエス様のお肉はなかなかとれないの。それで、もっと強くかじるとね、イエス様は『アウチ!』っていうの。イエス様は人間で、パンじゃないからね、イエス様のお肉は食べられないの。」

・・・ (^_^; ま〜や、あなたは本当にかわいいよ・・・ これでもま〜やにしてみれば、随分成長したのよね。以前は何を聞いても、その日の箇所とは全然関係ない意味不明なことばかりしゃべっていたのに、今ではとりあえずテーマに沿った意味不明のことが言えるようになったんだから。(笑)

一方、エミとみんは口々に、「イエス様を信じること? 聖書読んだりとか、お祈りしたりとか? 聖餐式?」などなど。

ふむ、難しいと思ったのは私だけで、子供たちの方は意外とあっさり納得している様子。(ま〜やは別として。)

私はと言えば、56節の「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わたしのうちにとどまり、わたしも彼のうちにとどまります」という箇所が心に留まった。ここにも「とどまる」ということが出てきている。今翻訳中の『ぶどうの木の秘密』の第七、八章はまさに「とどまる」ことについての章なのだ。 イエス様の肉を食べ、イエス様の血を飲むって、実際のところ、どういうことなんだろう? それをする者はイエス様にとどまり、イエス様もその人のうちにとどまるとは。

*****

最近ケンスケはPCに興味津々。PCの前にだっこしてすわってあげると、目を輝かせながらコードをひっぱる、マウスをしゃぶる、マウスパッドをはたき落とす、よだれベチャベチャの手でキーボードを叩く・・・バチバチ叩かれているうちに、今もキーボードの一部が破損されてしまった。(^_^; パパー、どうしよー?

1/23/2002

今日、エミとま〜やの学校に、名古屋のテレビ局のクルーが来て、学校の様子を取材していったらしい。面白いことに、日本から取材が来た様子を地元(?)のアングリア放送が取材に来て、それが今夜の六時のニュースで放映された。 先生や子供たちにまざって、さりげなく日本人のE本さんがチラリと写っていたし、Gさんもインタビューされていた! Gさ〜ん、見ましたよ〜! (^_^)v でも、残念ながらエミやま〜やは登場しなかったなぁ。

土地柄もあってか、この小学校の児童たちはなんと世界30数カ国から集まっている。それってすごいよね。そして、その国際性が、エミやま〜やにものすごくいい影響を与えているのが見ていてよくわかる。世界中のいろんな国の子供たちと机を並べて一緒に勉強したり、走り回って一緒に遊んだり、お弁当広げて一緒にランチを食べたりなんて、滅多に経験できることじゃないものね。

この学校、ケンブリッジのニューナムクロフトという小学校です。名古屋方面にお住まいの方で、もしもこれが放映されるのをいつか御覧になった方がいたら、是非教えてください。(^^)

余談だが、エミが、日本人のカメラマンにかっこいい男の人がいたと言っていた。(笑)あの子、結構日本人男性が好きらしい。前にも、日本人らしい男の人を見かけて、かっこよかった、とか言ってたことがあるしねえ。

1/22/2002

幸いなことよ。すべて主を恐れ、

主の道を歩む者は。

あなたは、自分の手の勤労の実を食べるとき、

幸福で、しあわせであろう。

あなたの妻は、あなたの家の奥にいて、

豊かに実を結ぶぶどうの木のようだ。

あなたの子らは、あなたの食卓を囲んで、

オリーブの木を囲む若木のようだ。

見よ。主を恐れる人は、

確かに、このように祝福を受ける。(詩篇128:1〜4)

神様が私たちを祝福したいと願っておられるということについて、

御言葉からもう一度はっきり学びたいと思って調べていたら目にとまった箇所。

主を恐れ、主の道を歩むこと。  ふむ。

興味深いことに、ここにも「実を結ぶぶどうの木」が登場している。

妻が、家の奥にいて、豊かに実を結ぶぶどうの木のようだ・・・  ふむ。

オリーブの木って、聖書では何を象徴しているのだろう?

・・・ 祈りつつ、思いを巡らす。

*****

オリーブの木、調べてみたら「平和」を象徴しているらしい。言われてみれば、確かにそうだ。鳩がオリーブの枝をくわえている図案とか、よく見るよね。

平和。それから滋養、いのち。

イエス様はよく「オリーブの木が茂った山」にのぼって祈られた。オリーブの木の木陰とは、神様の御臨在にふれ、神様と交わるところ・・・?

食卓を囲む子供たちがオリーブの木を囲む若木のようだとは、なんと麗しい光景だろう。

そして私は「家の奥にいて、豊かに実を結ぶぶどうの木」かぁ。 私が本当にそんなふうだったらば・・・

この御言葉、もう少し味わっていたいな・・・

1/21/2002

昨日ははちこ父の誕生日だった。67歳。今だ現役。

おめでとうメールを出したら、昨日北京への四日間の出張から戻ってきたところだった、とすぐに返事が来た。早く引退して、仕事とは関係なしにシカゴやケンブリッジに遊びに来てよ、と言うと、なかなかそうもいかなくて、目と膝がもってくれるうちはまだ頑張ることになりそうだ、とのこと。八年後には次のサバティカルで日本に行くつもりだから、それまでちゃんと元気でいてね、というと「それはいい、八年後にみんなが来るのを楽しみに待っていよう」と。

本当にずっと元気でいて欲しい。

そしてはちこ母も、ぼぼる母もね。 みんながいてくれるんでなくちゃ、日本に行く意味がないんだから。

*****

今日は第7章を出した。残るはあと2章。 ギリギリですね。 今夜はこの後すぐ八章に取りかかろう。

*****

学習院大学の物理の田崎晴明先生の1月21日の「雑感」には泣けた。こういう姿勢の研究者が他にもいると思えばこそ、ぼぼるパパも頑張れるんだよね。先生、どうもありがとうございます。とても励まされました。(と、ひっそりここでお礼を言おう。)

(この方は私とぼぼるパパがプリンストンで大学院生だった頃にポスドクとしていらしていて、プリンストン日本人会で御一緒させていただいていた。 しばらく前に偶然先生のHPを発見し、以来私とぼぼるパパは先生の日記の愛読者になった。)

1/20/2002

寝る支度をしていたみん(7歳)とま〜や(4歳)のバスルームでの会話。

ま〜や「(洗った顔をバスタオルでふきながら)ん〜、パパのにおいがする。パパのにおい、大好き!」

みん「(自分の顔もタオルにうずめながら)ほんとだ! パパのにおいだ! 私もパパのにおい好き!」

ま〜や「でも、パパのクサイにおいは好きじゃないけど。」

みん「パパは臭くないよ。」

ま〜や「クサイよ、時々。 パパの口のにおいとか。」

みん「ああ! それはクサイよね。」

ケンをお風呂に入れていた私は大爆笑。

その後、ケンにパジャマを着せていた私のところにま〜やがやって来て「マミー、I love you!」

「ママもま〜やのこと I love you よ。」

するとま〜やはニコニコしながらこう言った。

「でもね、ママ。この前ママは、ミホがごはんをたくさん残したとき、怒って『ママはこういうの大嫌いよ!』ってミホに言ったでしょう? あれはナイスじゃなかったと思うよ。」

ガガーン。そう、しばらく前にそういうことがあったのだ。みんがおやつばっかり食べて、ごはんの時間になるとろくに食べられないということが続いたので、私は結構感情的になってみんのことを叱りとばしたのだ。

その時ま〜やはみんの隣で素知らぬ顔でもくもくと自分の御飯を食べていたけれど、あの子なりにいろいろ感じていたんだなぁ。ショック。

「ごめんね。あの時のママはナイスじゃなかったね。許してね。」

「Mommy! I love you! I always love you! Of course I forgive you!」ま〜やは私にハグしてくれた。

すると隣の部屋からみんが「Mom, I love you, and I forgive you, too!」と叫んだ。

「ありがとうね。ごめんね、I love you, too!」私も叫び返した。

ううう、なんか、立つ瀬がないなぁ。(^_^;

御飯をちゃんと食べられなかったみんは叱られて当然だったはずなんだけど、私が感情的になってキツイ言葉を使ったのは確かにマズかった。

それにしても、ま〜やはまだ四歳だけど、ほんと、よく見ているというか、よくわかっているというか。ナイスじゃなかったと思うよ、のま〜やの言葉は、きっと聖霊様がま〜やを通して私に語られたのだと思う。聖霊様はロバの口を通してでも語ることのできるお方だもの、ま〜やを通して語るくらいお茶の子さいさいに違いない。私の心に直接語る、なんていう生易しい(?)方法では私が耳を傾けないものだから、ま〜やを通して語って下さったのだろうか。う〜む。これは強烈でした。

反省、反省。あ〜、最近、反省することばっかりだぁ!

*****

夕べは疲れていたのか、ケンスケを寝かし付けながら、まだ八時過ぎだったというのにそのまま私も寝てしまった。

朝目が覚めたとき、外が薄暗かったので、さすがに今朝は早起きだと思いながら時計を見たら、なんのことはない、もう7時だった。

*****

昨日のケンブリッジJCFのバイブルスタディにはロンドンJCFから四人の方が訪ねて来てくださり、とても楽しかった。そのうち一人の方は声楽を勉強中の学生さんで、イギリスの教会音楽家ジョン・ラッターという人のキャロルを数曲、歌って聞かせてくださった。とても美しかった。

またある方は、海外勤務が長いそうで、しかもいろんな場所を点々としており、いつも六ヶ月単位で「結果」を出さなくてはいけない、というお仕事をなさっているとのこと。六ヶ月六ヶ月でやっているうちに、いつの間にか十年が過ぎていたけれど、自分の頭のなかの時間の感覚というのは、一番長い期間が「六ヶ月」。いつも「あと五ヶ月、あと四ヶ月」という時間のとらえ方になるため、どうしてもせわしない毎日だ、というようなことをおっしゃっていた。

なるほど、それは本当に厳しい生活だろうなぁ。いつも何かに追いかけられているようで、ストレスたまるだろうなぁ。でも、そのわりにはこの方は、とても晴れ晴れとした表情をなさっていて、ちっともストレスを感じているようには見えなかった。むしろ、とてもゆとりがあるように見受けられた。きっと、せわしない毎日のなかでも、イエス様がこの方の人生の錨となって、どっしりつながっていてくださるのだろう。そのあたりの「秘訣」を、また機会があったらうかがってみたいものだと思った。

1/18/2002

ちょっと思いの隅にひっかかっていた心配事があった。夕飯の支度をしていたら急にそのことがものすごく重たく心にのしかかってきて、野菜を刻みながら、菜ばしをまわしながら、ずっとお祈りしていた。

夕食後、その件について憂鬱な気分で調べてみたら、いつの間にか自然に解消されていたことがわかり心がホッと軽くなった。 神様、ありがとう。

1/17/2002

今日一日で7章を一通りざっと訳した。7章はわずか10ページばかりの短い章だったんだけどね。不思議なもので、翻訳がはかどった日は、他の仕事もいろいろこなせていたりする。お風呂場の掃除もしたし、書斎に掃除機もかけたし、買い物にも出たし、夕食もまぁまぁ手をかけたものを作ったし。

木曜日なので今夜はファミリーデボーション。ここ数週間、「イエス様」シリーズで、イエス様はよい羊飼いであるとか、イエス様は命のパンであるとか、そういうのを学んでいる。だけど今夜の箇所は、ぼぼるパパは明らかに準備不足の感じで、まるで大学の講議をしているかのように難解なことを言い出したので、終わってから私はついブツブツ文句を言ってしまった。(^_^; 大学生相手のバイブルスタディじゃないんだから、一番小さなま〜やの目線にたって話してくれなきゃ困るとか、何とか・・・

そしたら来週ははちこがやってくれと言われた。(^_^;

文句なんか言った私が悪い。いや、別に来週私がやるのが嫌だというのではなくて。夫が家庭の霊的なリーダーなのだから、もし彼が準備不足で不備があったなら、私は助け手としてサポートしなくちゃいけなかったのに、サポートするどころか批判してしまった。

あああ、駄目だなぁ。反省。

ところで、フランスから帰って来て以来、気のせいか子供たちがひと回り成長したような感じがする。やはり家族で外国に大冒険に行って来たのがよかったのかしらん。それともただの偶然かな?特にエミがやけに穏やかで、私との関係も非常にいい感じ。恐いくらい。(笑)

それにしてもふと気付いたのは、エミが機嫌がよくて穏やかだと私も穏やかでいられるけれど、エミがプリプリしていると私までイライラしてしまう傾向があるようだ。当然といえば当然かもしれないけれど、私は母親なんだから、娘の気分に振り回されて一緒になってテンションが上がったり下がったりするようじゃ情けないな。 私はサーモスタットでなくちゃね。

さぁ、12時だ。もう寝よう。明日も早い。

*****

作る。 食べる。 また作る。 また食べる。

洗う。 汚す。 また洗う。 また汚す。

たたむ。 広げる。 またたたむ。 また広げる。

片付ける。 散らかす。 また片付ける。 また散らかす。

買う。 使う。 また買う。 また使う。

連れて行く。 迎えに行く。 また連れて行く。 また迎えに行く。

起きる。 寝る。 また起きる。 また寝る。

表面の単調さに騙されて、あぁ、私の人生は退屈だ、などと思わないようにしよう。

同じことのくり返しのようであっても、今日という日は二度と返ることはなく、

子供たちも私も、日々成長しているのだから。

1/16/2002

『ぶどうの木の秘密(仮題)』の第六章を出した。残るはあと三章。〆切りまであと二週間。楽ではないけれど、何とかなりそう。つくづく感謝だなぁと思うのは、翻訳作業をしながらもその内容に私自身がとても語られ、恵まれていること。

五章六章は枝の刈り込みについての話しで、非常に厳しい内容だったけれど、自分自身の歩みを振り返るいい機会になった。

私もそろそろ丸刈りの季節なのかなぁ・・・

*****

エミは今学期のクラブ活動として、先学期に引き続きアートクラブとオーケストラ(ヴァイオリン)、加えてフレンチクラブ(フランス語会話)を始めた。みんは演劇部。それぞれに楽しそうにやっている。スケジュールが毎日バラバラになってきたので、私も迎えに行く時間などを間違えないように気をつけなくては。

1/14/2002

新学期が始まった。

また今日から送り迎えの日々だが、私も子供も三週間たっぷり休んだのでready to go という感じ。とはいえ、実はまだ旅行の疲れが完全にとれていなくて、体調は今いち。旅行の詳細も忘れてしまわないうちに書き留めて置きたいのだけれど、今はちょっと忙しくて…。

1/13/2002

『コインランドリー』(半実話)

アパルトマンの窓から太陽の光が差し込む。結構寝過ごしたらしい。

彼はすでに起きている。いつもそう。必ず私より先に目が覚める。

今日はコインランドリーに洗濯に行こう。昨日からそのつもりだった。夕べのうちに袋に衣類をつめておいたので用意は出来ている。

ちょっと行って来るだけ。このくらいなら、いちいち彼に断っていかなくても大丈夫なはず。

大きな袋を抱えて私は外へ出た。

雪に反射する陽の光が眩しい。ポケットからサングラスを取り出す。

コインランドリーはすぐ近く。でもここで洗濯するのは私は初めて。

機械にコインを入れようとして気付いた。

「お金が足りない。」

なんてこと! 

ふと気がつくと、彼がコインランドリーの入り口のかげに立っているのが見えた。ついて来てくれたのね。彼からコインをもらって来ようか。

ううん、大丈夫。隣のマルシェに行って両替えしてもらえばいいだけなんだから。

彼の脇をすり抜けて、マルシェに駆け込む。ただ両替えだけというのも何なので、オレンジジュースを一本つかんでレジに並んだ。ところがお釣で欲しいコインをもらうつもりだったのに、思うようにはいかない。

「あの、両替えを・・・」

「ノン、ノン。銀行へ行って下さい。」

肩を押され店の外に出されてしまった。

彼が立っている。君って本当におバカさんだね、という顔で、でも、ものすごく優しそうな目で、私のことを見ている。

恥ずかしいやら情けないやらでサングラスの下から涙が溢れた。

彼は何も言わない。

どうしよう。

洗濯物が入った大きな紙袋を抱えた私は、ゆっくり一歩、二歩、彼の方へ歩み寄り、思い切って言った。

「こんなことであなたの手を煩わすのは、本当に不本意なんだけど… 私、洗濯するためのコインが足りないの。」

彼は私の手を取ると、手のひらにコインを握らせた。そして私の手を握ったまま一緒にコインランドリーのドアを押した。

洗濯機のなかに洗剤を入れ、洗濯物を入れ、ふたを閉め、スロットにコインを並べてからガチャリと押し込む。水が勢い良く流れ出す。

やっと出来た。

彼の方に向き直ると、私は恥ずかしさにふるえながら言った。

「ありがとう… 私、洗濯くらい一人で行けると思ったから…
 あなたがいつでも私のことを助けてくれるのはわかっていたけど、
 洗濯くらいなら一人で大丈夫だと思っちゃったから…
 こんな小さなことで、わざわざあなたに足を運んでもらってしまって
 ごめんなさい。」

彼は私の両腕をつかんで引き寄せ、私を抱きかかえると耳もとでささやいた。

「いいんだよ。どんなに小さなことでも。僕はいつだって君のことを助けたいんだ 。

君が朝、目覚める前から、僕には今日一日、君がいつどこで何をどれだけ必要とするのか、全部わかっている。そして僕には君を完全に助ける用意が出来ているんだ。それなのに君は僕に声もかけずに出かけてしまう。愛する人よ。頼むから、僕に朝一番の君の声を聞かせておくれ。君の姿を見せておくれ。僕の側は君のために全ての用意が出来ているんだよ。

どんなに些細なことでも、僕にとって君のために小さすぎることなんかないし、どんなに大きなことでも、大きすぎて僕の手に負えないなんてことはないんだ。だから、迷わずに僕のところに来て欲しい。一人で泣いてなんかいないで。

そしてね、困った時だけじゃないさ。君が絶好調で、向かうところ敵なしのように思える時も、それでも僕のところに来て欲しいんだ。僕には、君が想像出来るよりもはるかに素晴らしいものを、君に与えることも、やらせてあげることも出来るんだから。僕はこんなに君のすぐ側にいるじゃないか。お願いだから、僕の手を放さないでくれ。一人で歩いていってしまわないでくれ。こんなに愛しているんだ。」

私は泣きじゃくりながら彼の胸にしがみついていた。

1/12/2002

ただいま〜! 全員、無事に帰宅しました。大変だったけれど、とても楽しかったです。詳しくはまた後日。

1/4/2002

五章を何とか出すことが出来た。ふう。明日から12日まで留守になります。フランスにスキーに行って来ます。(といっても、私はケンと宿でぬくぬくするだけ。)

明日の朝は四時起床と早いので、今夜はもう寝ます。

1/2/2002

「ぶどうの木の秘密(仮題)」の五章はとりあえず一通り訳し終えて、今、文章をブラッシュアップしたり辞書を丁寧に引き直しながら誤訳などがないことを確認する作業をしている。

しかし、う〜、今日はついだらだらと某所に出入りしすぎ。(^_^; 明日は自らに出入り禁止を果たさないと金曜日までにあがらなくなってしまう。

*****

私信:ぼぼるパパへ

物理の田崎晴明先生の日記はこちらです。 

そう。今日はこちらにもハマってしまって、つい読みふけっていたのよね。いかん、いかん。

1/1/2002

地面にうっすらと積もった雪が、太陽の光をキラキラと反射させていた快晴の元旦。

いつもと同じ朝なのに、不思議といつもより空気が新鮮に感じるのはなぜだろう。

とはいえ、雰囲気は全然お正月じゃなかったけど。(^_^;

e-cardやメールで新年の御挨拶を送ってくださった皆様、どうもありがとうございました! 楽しませていただきました。私からも、本年もよろしくお願いいたします。(^^)

*****

私は今月末が〆きりの翻訳を、慌ててやっている。全部で九章あるうち、旧年中に四章までは出した。あと半分ちょっと。ここまでは一週間弱で一章あげるというペースだったけれど、今週の土曜日から一週間留守にすることを考えると、残りを締めきりまでに終えるのは結構厳しい。出来れば金曜日までに第五章も出してしまいたいところ。

さて、今夜はもうひと頑張りしますか。


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