ホーム日記ケンブリッジ日記10月

はちこのケンブリッジ日記

10/31/2001

今日はハロウィンだった。イギリスはアメリカほど騒がないので、私はすっかり忘れていた。子供たちも風邪ぎみだったし、学校でハロウィンに関する行事があったわけでもなかったので、特にコスチュームは用意しなかった。

が。 夕食のとき、ドアのベルが鳴り、こんな時間に誰だろうと思って扉をあけたら、緑色の顔をした魔女たちがズラリと並んでいて、私は「ひいいいいいっ」と悲鳴をあげてしまった。ハロウィンのtrick or treatに来た子供達のコスチュームにマジで怯えたのはこれが初めてだ。(^_^;)

あ〜、びっくりした。

*****

私の風邪がいつまでたっても直らないよお。 先週はもんたアンドブラザースのもんたのようなガラガラ声だったが、今では世良公則くらいの声にはなってきた。(笑) 一方、旅行中は元気だったぼぼるパパも今はすっかりやられてフラフラしている。 今夜は二人とも早く寝た方がいいね。

10/30/2001

この数日、メールサーバの調子が悪いのか、メールが送れなくなってしまった。

緊急のものは、ヤフーのウェブメールで送ることが出来るけれど、普段通りのメールの送信が出来ないのは不便だじょ。受け取る方も、ときどき数日〜10日くらい遅れになることもある。(ちゃんとすぐ来ていることもあるけど。不思議。)

*****

夕べの食事の時、サラダを食べていたぼぼるパパが、紫キャベツをお箸でひょいとつまみあげ、こんなくだらないことを言った。

「キャベツの祈り。 神様、僕をたくさん祝福してください。ナスよりもトマトよりも、僕を祝福してください。」

*****

米国プリンストンの郵便局から炭疽菌が出たとかで現在閉鎖中とのニュースを聞いた。集配箱から菌が検出されたらしい。

「そういえばさぁ、2週間ほど前に、プリンストンから郵便を受け取っているんだよね。」とぼぼるパパ。

「集配箱から菌が検出されたということは、うちに来た郵便に菌がついていたとしても不思議はないよな?・・・」

うっ。 この2週間ほど、家族全員に風邪の症状が出ているのは、炭疽菌のせいだろうか? って、まさかそんなはずはないよね。炭疽菌ならとっくに症状が悪化しているだろうから。

10/29/2001

昨日の続き。

ウィルキンソン師の「ヤベツの祈り」ではあまりふれられていなかったけれど、平野先生の方では触れられていて、とても大切と思った箇所。

ヤベツの短い祈りのなかの4項目目に「わざわいから遠ざけて、私が苦しむことのないようにしてくださいますように」という部分がある。この箇所、英語では「that You would keep me from evil, that I may not cause pain」となっていて平野先生も御指摘のように、「私を悪から遠ざけて、わざわいの原因となりませんように」とも訳すことができ、むしろその方が原語の意味には近いらしい。

つまり、自分が悪によって誘惑されて過ちを犯すようなことがあれば、それによって他の人たちをつまづかせ、わざわいをもたらし、まわりの人々の痛みのもとになってしまいかねない、だから、そのようなことから私を守ってください、という祈りなのではなかろうか。(そもそも「ヤベツ」という名前は「彼は痛みをもたらす(だろう)」という意味を持つ。 

痛みをもたらす者となる、というのが生まれた時からヤベツに与えられてしまっていたいわば「運命」だったわけだが、彼は神様に直談判してその運命をひっくり返して下さいとお願いしているわけだ。)大いに祝福されることを求め、神様をこの世に(自分の周りの人々に)知らしめるために、さらなる影響力と責任と機会を求め、願った通りに与えられ、神様の御手がおかれて力ある働きが出来るようになったところで、悪に誘惑されてコケてしまったら、せっかくそれまで築きあげてきたものがサタンに一気に突き崩されることになってしまう。だからそのようなことがないように、私から悪を遠ざけてください、周りの人たちにつまづきや痛みを与えるものとなることがないように守ってください、とあらかじめ祈っておくことがとても大切になるのだと思う。平野先生もウィルキンソン師も言っておられるように、人は成功するとどうしても高慢になったり、自分は無敵になったかのように思いがちなのだ。しかし、このような時にこそ、自分の弱さや無能さを認め、へりくだって神様の御加護を求めるべきなのだろう。

ヤベツの祈りは自分勝手な祈りのようだとよく言われるが、実際のところは決してそうでもなく、むしろ、「自分」を神様の視点から見据えた祈りだといえるのではないだろうか。

神様は私たちのことを祝福したいと願っておられる。大きく用いたいと願っておられる。そのために必要な力も守りも十分に与えたいと願っておられる。そのような神様の側の御思いに対する私たちの応答が「ヤベツの祈り」なのだと思う。

・・・と、このように書いていると、「ヤベツの祈り」って結構オモタイ祈りなんだなぁ、祈るのやめとこうかなぁなんて思ってしまう人が出てくるかもしれない。(正直言って、私の最初の反応はまさにそれだった。(^_^; )

そこで、平野先生の本のなかにあって、私も大きくアーメン!とうなづいた楽しい箇所もちょっと御紹介。

第4章で、先生は日本のクリスチャンは真面目になりすぎて喜びを失っている、というようなことをおっしゃっていた。

・・・日本には、まじめの霊が強く働いていて(この表現を笑わないでください。いや、笑ってください)、その霊がすぐにその場の空気を重くしてしまうのです。・・・(中略)まじめの霊にやられている状態は、暗くてつまらなくて、そのうえ他人を責めがちになります。喜びが失われます。お互いにまじめの霊には気をつけましょう。・・・(中略)クリスチャンは、もっとパーティー好きの人間になればよい、と私は思います。家族や友達ともっと楽しむのです。神様の家族を楽しむのです。楽しくやってこそ、『私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神』(第一テモテ6:17)に栄光を帰すことになるのです。聖書研究も祈祷会も礼拝も、その他どんなことでも、どうせやるなら楽しくやりましょう。ヤベツは人好きであり、遊び好きであったに違いありません。ヤベツの祈りは真剣でありながらどこかおかしくユーモラスに感じませんか。ヤベツの祈りを祈ることによって、人好きで楽しい人に変えられましょう。」(「ヤベツの祈り」平野耕一著 プリズム社 P126、7)

これって、本当にその通りではないだろうか?

この日記を読んで下さっている方々にはすでにバレている通り、私も「真面目」に徹することが出来ない質なので、このように言っていただけるととってもほっとする。嬉しい。そうだそうだ、と手を叩きたくなる。(笑)そういえば、ウィルキンソン師の本も、やけに明るい印象を与える本だと思った。なんというか、師がウキウキ喜びに満たされていて、ルンルンしている様子が伝わってくるかのような。いかにも笑いが止まらない、といったような。(私の翻訳のまずさのせいで、その印象が台無しになっていないといいんだけど。う〜ん、どうだろ。)

そういえば、ウィルキンソン師の本のなかでヤベツがこの祈りを祈っている様子の記述としてこんなふうに書いている箇所があった。

「Father, oh, Father! Please bless me! And what I really mean is,.... bless me a lot!」

この最後の bless me a lot! の a lot を、ただ「大いに」と訳すのではどうもニュアンスがうまく伝わらないような気がして、「うんとこさ」としたいような衝動に駆られたのだが(つまり「私をうんとこさ祝福してください!」)それではなんだかふざけているように編集部の方に思われて却下されちゃうかもしれないな〜と思って、結局「うんとこさ」はボツにしたと記憶しているんだけど、最終的にはどうしたんだったけなぁ? 仕上がった本を私はまだ手にしていないので、わかんないや。(笑)

10/28/2001

まだ夜10時過ぎなのにやけに眠いと思ったら、そうか、冬時間に変わったからなんだ。

*****

先週書き損ねた「ヤベツの祈り」の話しの続き。

平野先生の「ヤベツの祈り」を読んで一番感動したのは、神様がこの祈りを用いて日本のクリスチャンたちに変革をもたらそうとしておられることを私もまた確信出来たこと。

ヤベツの祈りがもたらす究極の「効果」は、個々のクリスチャンの生活が豊かになるという程度のケチなものにとどまるのでなく、神様の御国がこの地上で広がっていくということだと思う。

平野先生は「地境」のことを「個人の可能性」「人生のチャンス」というように説明されていた。(そしてそのような可能性やチャンスをさらなる伝道のために用いる。)ウィルキンソン師は「神が私の手のもとにお委ねになった全てのもの」「イスラエルの神をこの世に知らしめるために自分が持ちうる影響力、責任、機会」というように説明している。 両方ともその通りだと思う。家庭、仕事の場、ミニストリー、交友関係etc.・・・ それらは全て私たちの「領地」、「地境」である。

イエス様は「主の祈り」を通して、私たちに「御国が来ますように。みこころが天で行われるように、地でも行われますように」と祈るよう教えられた。

クリスチャンとは、この地上においてすでに神の御国に生きている人たちのことだ。私たちが祝福され、私たちの地境が広がるとはまさに、この地上において神様の御国が広がっていくということではないだろうか? 

平野先生は言っておられた。もっと祝福してください、もっと地境を広げて下さいと祈るのは自分のためではないのだと。自分のためならもうすでに十分満足していると。しかしこれは自分のためではなく、神様ため、教会のため、まだ救われていない人々のためなのだと。聖書に描かれている神様が真実なら、この程度で終わるはずがないだろうと。

私もまったく同じ思いだ。私は今すでに十分幸せだし、とりあえず必要なものは全て与えられているし(「必要なもの」であって「欲しいもの」ではないですよ、そして「本当に必要なもの」は多くはないのです)、日本人流に言えば、これ以上もっと求めたりしたらバチが当たる、といえるくらいだ。でも、聖書に描かれている神様が真実ならこれでおしまいのはずがないのだ。だって神様は私に、あなたに、「全世界に出ていって福音を宣べ伝えなさい」とおっしゃったのだから。

だからこそ、私は「ヤベツの祈り」を祈る。さらなる祝福を求め、地境を広げていただくよう求め、御手が私の上に置かれることを求め、災いから遠ざけられることを求める。それは、私が人の目から見た「成功者」になり「繁栄」を手にするためではなく、私が神様の御臨在にいつも留まり、私のやることなすことすべてのうえに神様の御介入があり、それによって私のいのち、人生を通して、神様御自身にご栄光が帰されるために。

これは、神様からの招きでありチャレンジであると思う。

10/27/2001

昨日の夜、湖水地方から戻りました。

湖水地方は噂通りとても美しかったです。これでお天気が良ければなお美しかったことでしょう。

23日(火):

朝8時前に出発。雨は降りそうで降らない。ケンブリッジからロンドン、キングスクロスまで約1時間、それからユーストン駅まで約15分歩いてからウィンダミア行きの電車に乗る。普通車を予約しようとしたら五人分の座席をまとめてとることが出来なかったため、仕方なく一等車を予約。運賃は往復で100ポンドほど高いが、家族全員がまとめて座ることは不可欠だったため、よしとした。

一等車はすいていて、とても快適だった。乗り込むとすでに座席のテーブルにはコーヒーカップが並んでいて、電車が動きだすとすぐにコーヒーと紅茶が出された。そのうちソーセージサンドイッチやソフトドリンク、そしてお昼頃には昼食も出た。三時間もの間、子供たちはもつだろうかと心配していたが、乗り心地がよかったため大丈夫だった。

ウィンダミアに行くには、オクセンホルムという駅で乗り換えるのだが、電車が10分遅れたため乗り継ぎが間に合わず、この駅で次のウィンダミア行きの電車を50分待った。オクセンホルムからはウィンダミアまで10分ほどの距離だ。ここまで来ると、まわりの景色はすでに湖水地方独特のものになっていて、駅で待つのもそれほど苦ではなかった。

電車のなかから見える景色はのどかで美しく、「ゆるやかに続く丘陵、とはまさにこういう景色のことなのねぇ!」と、ドライストーンウォールで区切られた緑の丘に点々と散らばる羊たちの姿に私が感動の声をあげていたら、ぼぼるパパがとても嫌なことを言った。

この距離から見ると、羊がウジそっくりに見えるなぁ。白くて、太っただ円形で、もぞもぞ動いていて。

「ひいいいっ!」思わず悲鳴をあげる私。「やめてよっ、そういう嫌なこと言うのは!」

しかし悲しいかな、遠目に見る羊たちは、言われてみれば確かにウジそっくりに見えた。(;_;)

湖水地方には人口の七倍の数の羊がいるとかで、いたるところで羊が放牧されているのだが、その後羊を見るたびにぼぼるパパが言ったことを思い出してしまい、恨めしかった。(-_-;

この日はウィンダミアに到着して宿にチェックインしてから、ボウネスのウィンダミア湖畔をぶらぶら。夕食はたまたま見つけた「The Village Inn」というレストランにて。

24日(水):

朝起きると、エミと私の体調が今いち。エミは鼻がつまって苦しがっていて、私は喉が痛く、声がガラガラ、というかほとんど声が出なくなっていた。みんの具合はそれほど悪くなさそうだったが、念のため喘息の薬を使用。

お決まりのフルイングリッシュブレックファースト(ソーセージand/orベーコン、焼きトマト、マッシュルーム、ビーンズ、好みに調理してもらった卵、トースト、コーヒーand/or紅茶、オレンジジュースなど)をしっかり食べた後、World of Beatrix Potterアトラクションへ。 それから近所のPeter Rabbit and Friendsのお土産屋さんでロイヤルドルトン製のピーターラビットのフィギュリンを買う。別に集めているわけではないが、いかにもイギリス土産っぽいような気がしたため、ちょっと奮発。それから自分用と妹のけめこ用にピーターラビットのカレンダーも買った。

午後からはガイド付きのミニバスツアーに参加。ヒルトップやホークスヘッド、他8つの湖巡りとかいうルートのもの。このミニバスツアーは「地球の歩き方」などでも賞賛されているらしいが、値段が高いのに参った。大人一人分の料金だけならそれほど高いと感じないだろうが、子供料金も大人とほとんど変わらなかったため、家族全員で78ポンドもかかったのに驚き!

ツアーの最初の10分くらいはよかった。すぐ近くに大きな虹が出ていて、みんとま〜やは生まれて初めて見る本物の虹に歓声をあげていた。私にとっても、こんなに大きくて色がくっきりと出ている虹は初めて。本当に美しくて感動ものだった。

しかし、場所がらどうしても道がガタガタして揺れる揺れる。まるでジェットコースターのように昇ったり降りたり。しかも随分スピードが出ていて、昼食後だったせいもあったのか、子供たちはたちまち車酔い。だんだん口数が少なくなる。クルーズに参加する予定のコニストンウォーターに着く直前に、とうとうみんがバスのなかで吐いてしまった。

湖につくと、運転手のスティーブがホースとデッキブラシを持ってきてくれたので、ぼぼるパパがバスの床に水を流して後始末した。

20分ほどのミニクルーズの後、バスに戻ってももはや子供たちには景色を楽しむゆとりはなく、ひたすら目を閉じていた。

それでもヒルトップ(ビアトリクス・ポターの家。ここでピーターラビット他数々の物語が生まれた)に到着するとみんな元気が戻った。お馴染みの物語の挿し絵は、この実際の家がモデルになっていたのね。満足度100%。

ヒルトップの次はホークスヘッドへ。ここにはビアトリクス・ポター・ギャラリーや詩人ワーズワースが通った学校があるところ。しかし残念ながら、私たちが到着したときはすでに午後4時を過ぎていたため、入館出来なかった。夏だったらもっと遅くまで開いていたらしい。 しょうがないので町をぶらぶらしながらソフトクリームを食べた。

が、それがよくなかった。

ツアーはその後、グラスミア経由で45分かけてウィンダミアに戻ったのだが、お腹に入れてしまったソフトクリームのせいで私は気分が悪くなってしまった。ということはきっとみんも同じに違いない。ちらちらとみんの様子を盗み見ながら私もぼぼるパパも気が気ではなかった。(しかしグラスミア湖は素晴らしく美しかった!)

ようやくバスが宿まで戻って来たときには、今度は私の方が吐く一歩手前だった。ケンを抱いてそそくさとバスを降りる。みんも蒼白な顔でバスを降りる。それでも彼女は無理矢理笑顔をつくってスティーブに言った。「Thank you for the nice tour!」スティーブは「Oh, bless her!」と感嘆の声をあげながらみんの頭をくしゃくしゃとなでた。

私は自分が吐きそうだったため、あわてて部屋へと向かい、みんも私の後に続いていたが、部屋の前まで来たところでふと後ろをふり返ると、みんが両手で口をおおっている。あっ、まずい!「ちょっと待って、ちょっと待ってよ、こっちよ!」私は大急ぎでドアをあけ、トイレの扉を開きみんを招き入れようとしたが、時すでに遅し。みんは部屋の前の床に座りこんでドバーっと吐いていた。しかも鼻血まで出して。それを見た瞬間、私は自分の吐き気などどこかへすっとんでしまった。

ケンを抱いたままどうしたらいいかわからず、ティッシュでみんの顔をふいてあげるのがやっとだった。エミとま〜やは二つとってある部屋の、もう一つの部屋に避難していた。床の上に座りこんでいるみんの横に私が呆然と立ち尽くしていると、ケンのバギー(ベビーカー)を抱えて階段を昇ってきたぼぼるパパが、その場を見て大きなため息をついた。

宿主のおじさんから掃除用具を借りてきて、ぼぼるパパは再びみんの嘔吐の後始末。父親は辛いよ。

その晩、私とエミはすっかり食欲が失われてしまったため食事には出なかった。みんはお腹がすいたというので、パパは元気なま〜やとみんだけを連れて食事に行った。

食事から戻って来たパパが言うには、みんとま〜やはエミと私のことをとても心配して、「これはママとエミに持って帰ってあげるの」と自分のお皿の上から食べ物を取り分けていたそうだ。一方、部屋に残っていたエミは、パパたちが出かけている間中ずっと、これ以上みんの具合が悪くなって吐くことがありませんようにと祈っていた。

パパとこの話しをして、三人とも本当にいい子に育ってくれていて嬉しいね、と二人で涙してしまった。

思うに、膝をついて黙々と娘の嘔吐の後始末をする父親の姿は、きっと娘たちにインパクトを与えたのではなかろうか。こんな汚れ仕事を、一家の家長である父が、家族で一番偉い人である父が、泣き言ひとつ言わずに黙って引き受けてくれている様子には私ですら感動した。 パパ、本当にどうもありがとう。

25日(木):

朝、私の声は相変わらずほとんど出ない。エミもあまり具合がよくないという。しかしここまで来て部屋で一日過ごすというのはあまりにも悲しい。とりあえず出かけてみようよと、市内のバスを使って湖水地方のvisitor centreへ。ここへはウィンダミアの駅から七分。エミの体調が回復して来たので、午前中をここで過ごした後はさらにバスに乗ってケズウィックまで行き(50分)、エンピツ博物館へ。何で湖水地方に来てエンピツ博物館なの?という気もしたが、ガイドブックを見てエミたちが一番興味を示したのがここだったのだ。イギリスの鉛筆の有名なメーカーにダーウェントというのがあるが、それは湖水地方のダーウェント湖のことで、ここが鉛筆発祥の地なのだそうだ。

エンピツの作り方だとか世界で一番長いエンピツの展示だとか、エンピツをつかったスケッチのテクニック講座だとか、お絵描き大好きのうちの子供たちにはうってつけの博物館だった。お土産も、スケッチの手ほどきの本を数冊と、いろいろな種類の色鉛筆のセットをそれぞれの子供に買ってあげた。パステル色鉛筆だとか、メタリックカラーの色鉛筆だとか、水彩画用の色鉛筆だとか、細かいスケッチ用の色鉛筆だとか。これで子供達は完全に元気を取り戻した。

帰りの一時間のバスも、全然大丈夫だった。(お昼はほとんど食べていなかったし、ミント味のガムを噛ませたのが功を奏したようだった。)ちなみにこの日のバス代は、一日乗り放題のファミリーチケットを利用したため全部で12ポンドで済んだ。 小さい子供達を連れての旅行だから、欲張ってバスツアーに参加するよりも、目当ての場所をしぼって市内バスで移動する方が安上がりで効率がよかったみたいだ。

26日(金):

私の声はどこへ行ってしまったのだろう? 

帰りの電車はウィンダミアを昼過ぎ発だったので、朝はゆっくり帰り支度をしてから駅周辺のお店を散策。行きと同じように、景色を堪能しながら湖水地方を後にしてロンドンに向かう。ケンブリッジまで帰りついたのは夜七時過ぎだったかな。この日は昼もおやつも夜も、全部サンドイッチだった。(笑)

家族で電車旅行なんて、アメリカではちょっと出来ないことだろうから、なかなかいい経験だった。アメリカにもアムトラックという電車が走っているけれど、わざわざアムトラックで家族旅行をしようとはとても思えない。それに、アメリカじゃあたかだか3、4時間電車に乗ったくらいでは、そう遠くまで行けないしね。でもここでは、ロンドンからユーロスターという電車に乗れば、パリまで三時間だもの。旅行のオプションがよりどりみどりなのがヨーロッパの魅力かも。(先立つものがないけどね。苦笑)

さて、明日は日曜日だからそろそろ寝ましょう。

明日からイギリスは(アメリカも)冬時間です。時計を一時間前に戻します。日本との時差は九時間になるのかな??

複数の方から「ヤベツの祈り」を早速買って読みました、というメールをいただく。(^^)私も早く原物を手にしてみたいなぁ。

10/22/2001

おお、めちゃ忙しい毎日。でも、何をしているのかと聞かれれば、特にこれといって羅列できるものはない。先日も、ある人から「密度の濃いスケジュールをこなしていらっしゃるでしょうに」というメールをいただいて、つい苦笑してしまった。 忙しいわりには密度はそんなに濃くないんですよ。(笑)

私の一日はケンと遊ぶので大半が過ぎているので・・・ ケンと一緒にそのへんにごろごろ転がってくすぐったりつっついたり。 あっという間に大きくなってしまうと思うと、もったいなくて一緒に遊ばずにはおれなくて。 私にとってはケンが最後の赤ちゃんだろうし。(本当かい? 本当だよっ! 笑)

ケンだけじゃなく、上の三人の娘たちだっていつも私のまわりをつきまとう。夕べは両手にケンのくつしたをはめてソックパペットごっこしてあげたら、それはそれは喜んでいた。こんな単純な遊びをしてあげるだけでこんなに嬉しそうにキャッキャッと笑ってくれるのだから、安上がり・・・じゃなくて、幸せだ。

ところで子供たちの風邪、峠は越したようだけど、まだ万全ではない。みんなゴホゴホと咳きをしている。喘息の方は、土曜日の朝にお医者さんに駆け込んでステロイドを処方してもらったおかげで、かなり落ち着いた。医者に行く時は大変で、みんは自分じゃ歩けないと泣いて道ばたで座りこんでしまうので、私は重たいみんを抱っこして。ちょろちょろするま〜やを従えて、えっちらおっちら歩いて行ったのだ。親だったら病気の子供を抱えて歩くくらい当然だよね、と思いつつ。

*****

今日は、のんのんさんが送って下さった平野耕一先生の「ヤベツの祈り」が届いた。どうもありがとう〜〜〜!!! あっという間に一気に読んでしまった。とても良かったです。いやぁホントに、私は感激しましたね。日本にも「ヤベツの祈り」を数十年祈ってきて、そしてその結果を目の当たりに体験している方がいらしたのかと。平野先生のことは、個人的にも存じ上げているので、なおさら感激だった。

書きたいことはたくさんあるんだけど、実は明日から4日ほど湖水地方に出かけることになっていて、明日は朝が早いためもう寝なくてはいけない。残念。

ひとつだけ。平野先生の本を読んでいて思わず赤線を引いてしまった箇所。

御心にかなった祈りとは、神様のことばへの応答としての祈りです。

10/19/2001

今日はけめこのお誕生日。おめでとう!(^_^)v

*****

先週の金曜日から、同じ教会のイジューという台湾人の女性に誘われて、インターナショナルウィメンズグループというのに参加し始めた。これは、うちから歩いて二分くらいのところにあるバプテスト教会が主催しているもので、多分アウトリーチの一環としてやっているのだろうが、プログラムそのものには宗教色はない。

ケンブリッジには外国人がたくさんいる。インターナショナルウィメンズグループにもいろんな国の人たちが来ていてとても面白い。もちろん日本人も大勢いる。大半が小さな子供を持つお母さんたちで、ベビーシッターがいる部屋に子供たちをあずけ、私たちは2階の部屋へ行き、みんなでクラフトをしたり、テーマを決めてディスカッションしたり。乳児がいるお母さんたちは、赤ちゃんがおなかをすかせると、人目もはばからずいきなりその場でペロンとおっぱいをあげはじめるのが何とも微笑ましい。

先週はフィンランド人の女性がフィンランドについてインフォーマルな講演をし、今週はイギリスに来て五年になるというグアテマラ人と日本人の女性がそれぞれのイギリスでのサバイバル体験を分かち合ってくれた。

フィンランドの人が言っていたことで、ちょっと興味深いことがあった。フィンランドは緯度が高く、冬は日中でも太陽にお目にかかることがない。それでも、雪のおかげで少しの光りでもあれば(月とか星とか?)結構明るくなるものらしいが、ここ五年ほどは冬も暖かく、雪が降らなくなってしまったため、あたりはいつも真っ暗なのだとか。

それから、フィンランドといえばムーミンの国だが、本家のムーミンは日本のムーミンのように柔和でのんびりしていなくて、もっとアナーキーな感じなのだそうだ。絵本も見せてくれたが、なるほど、フィンランドのムーミンはなんだか人相が悪かった。(笑)

グアテマラの人は、「イギリスに来て暮らすなんて、一生に一度のチャンス。故郷を恋しがってメソメソするなんてことは絶対にすまい、と心に誓ってやって来ました。」と話し始めた。

「外国に来たのだから、母国と違うことだらけなのは当たり前、いちいち比べて落ち込んだり不便がったりしてばかりいるんじゃもったいない。むしろ違いを面白がって、どんどん新しい経験を楽しむように心がけてきました。天候もイギリスとグアテマラでは全然違いますが、嘆いていても仕方がないので、I've decided to give it a try!」

私は感激してしまった。さすがラテンの国の人は明るいというかポジティブというか、素晴らしいなぁ、こういうメンタリティ。

*****

インターナショナルで思い出したが、もう一ヶ月くらい前になるだろうか、うちの近所に住むおばあさんが、私をお茶に招いて下さったことがあった。彼女はボランティアでケンブリッジ大学のSociety for Visiting Scholars を通して外国人のお世話をしているのだが、私とは家が近かったので、遊びにいらっしゃいと呼んで下さったのだ。

そこで私はケンを連れて、ある朝このおばあさん(アンという名前)を訪ねていった。私よりもずっと世代が上の人と、一体どんな話しをしたらよかろう?とちょっと心配だったが、予想以上にとてもおしゃべりが盛り上がって大変楽しい時を過ごすことが出来た。とても話題が豊富で、育児のこと、大学の歴史のこと、テロのこと、学校教育のこと、家族の関係のこと等・・・ おいしいアールグレイとうすくスライスしたレーズンブレッドをいただきながら、いくらでも話すことがあった。驚いたのは、私が大学時代は心理学を専攻していた、と言ったら「私は若い頃ロンドンでアイゼンクの講議を取ったことがあるんですよ」とおっしゃられたこと。アイゼンクといえば、超有名なイギリスの心理学者。 アイゼンクの講議の話をいろいろしてくれて、それはそれは興味深かった。

上品で、知的で、優しくて・・・ 素敵なおばあさんだったなぁ。(^^)

*****

実は風邪をひいた。エミ以外の全員がやられてしまった。ケンもだ。例によって、一番重症なのはみん。みんとま〜やは風邪をひくと喘息も出てしまうから厄介だ。ケンは鼻をつまらせていて、ちょっと苦しそうにしているが、機嫌はいいので大丈夫だろう。

来週の火曜日からは湖水地方に三泊ほど行って来る予定なので、それまでにはよくなっているといいが。

10/17/2001

今日はエミのクラスメートのキャロラインがうちに遊びに来た。

エミはネットのことや絵(イラスト)についてはかなりオタク系で、アメリカにいたときはエミと話しが合う友達がいなかった。ところがイギリスに来てみたら、エミにかなり匹敵するようなネット&お絵書きオタクの子がいたのだからびっくり! 二人はあっという間に仲良しになった。 

今日も二人でず〜っとPCの前に陣取って、インターネットやったりPainterというソフトで絵を書いたりアニメgifをつくったり。

すごいなと思ったのは、キャロラインもエミと同じように、すいすいとマウスを使って絵を書いて、そしてエミからアニメの作り方を教えてもらってあっという間に自分でも作っていたこと。 こんなふうに同じものに興味がある者同士だと、一緒に遊んでいてもきっとものすごく楽しいだろうね。

夏休み前のエミの友達関係のことを思うと、今の状況はまるで夢のようだ。神様に本当に感謝。

*****

藤原正彦という数学者が「遥かなるケンブリッジ」というエッセイを書いているが、そのなかで、あるとき物理学科の教授の「ヘインズ博士」と一緒に試験監督をした、という場面があった。

ぼぼるパパの長年の友人であり、今回ぼぼるパパのサバティカルのホストをしてくれているのがピーター・ヘインズという教授なのだが、彼が藤原氏と一緒に試験監督をした「ヘインズ博士」であることが、昨日判明した。

「遥かなるケンブリッジ」を読んだ時から、「この人って、ピーターのことじゃない?」なんてパパと言っていたのだが、パパは昨日突然そのことを思い出して、本人に聞いてみたのだそうだ。

ちなみにこのヘインズ博士、とってもいい人。今私たちが借りている家も、三月頃に彼が私たちに代わって何件も家を見てまわってくれたおかげで早い時期に決めることが出来たし、うちの娘たちが学校のことで困っていた時も、とても親身になってあれこれ相談に乗ってくれた。三人の学校が決まるまで、毎日のようにぼぼるパパのオフィスに顔を出しては、一緒に「作戦会議」(?)をしてくれたのだそうだ。 こういう人が、藤原正彦も書いていた「英国紳士」というものなんだな、と納得してしまった。

アメリカでは合理性や生産性を徹底的に追求するあまり、社会から生身の人間の暖かさや機微といったものが失われつつあるような気がするが、イギリスではまだまだ主役は人間、とでも言おうか。たとえて言うなら、アメリカなら自動ドアを一人でサッサと通るところを、イギリスならそばに居合わせた人がドアを開けて、押さえて待っていてくれるのをにっこり会釈しながら通る、という感じ。 アメリカでは「independence」というのは美徳であり、奨励されるものだ。「一人で出来る」「誰にも迷惑をかけない」というのは確かにいいことだと思うけれど、そればかりを目指しているととても張り詰めてきてしまうし、みんなテンションが高くなって、なんとも安らぎがなくなってしまう。一方イギリスでは、困った時はお互いさま、持ちつ持たれつでいきましょう、の精神が生きていて、時には効率の悪さに辟易させられることもあるものの、私にとってはこのほのぼのした空気がとても心地よい。

まぁ、こちらに来てまだ三ヶ月弱だし、ケンブリッジといういわば特異な街のことしか知らない私がイギリスを語るのはおこがましいのだけれどね。

*****

先週の日曜日の礼拝のとき、最近博士号を取ったばかりの台湾人の男性が証のなかでこんなことを言っていた。

彼は遺伝子工学を専攻していたらしいが、なんとか(忘れた)という名前のついたある染色体を探していたのだがなかなか見つけることが出来ず、指導教官の先生も、同じ研究室の先輩もみんな、その実験は諦めて別のことをしたらどうだと彼に勧めていたそうだ。もういよいよダメか、残念だが他の研究に切り替えるしかない、と思ってとき、礼拝で神様からもう一度やってみるように語られた気がして、その日曜日の午後、再び研究室へ行き、これが最後だと思いつつ染色体のサンプルを抽出し調べたところ、一番最後の染色体が、彼が長年探していたものだったそうだ。そして彼はそれをもとに論文を書き上げ、無事この秋に博士号を取得したのだそうだ。

ケンブリッジで嬉しいのは、この人のようにアカデミアの世界でも信仰をもって神様により頼みつつ歩んでいる人たちが大勢いるところ。今私たちが行っている教会にも、博士や博士候補生たちが大勢いる。

先週、ぼぼるパパは今やっている研究のなかで、どうしても証明したいのだけれどなかなか出来なくて困っていることがあるとこぼしていた。そこで私はこの日曜日の午後、ぼぼるパパにこう言ってみた。

「神様に聞いてみれば? この自然はぜ〜んぶ神様がお造りになられたのだから、造り主である神様に聞けば一発なんじゃないの? 今日の台湾の人だって、神様に聞いて染色体を見つけたわけでしょ? あなたも自分で証明するぞなんて言ってないで、神様に教えていただけばいいじゃない?」

ぼぼるパパは私のこの脳天気な発言にしばらく言葉を失い、「しかし・・・ うん・・・ まぁ、そうだなぁ。そうとも言えるが・・・ しかし・・・ まぁ、そういうことかなぁ。 そうだよなぁ・・・」と、納得したのかしなかったのか。

ところが月曜日、用事があってぼぼるパパのオフィスに電話をしたら、「そういえば、進展があったんだよ!」

「証明問題のこと? 神様に聞いてみたの?」

「うん。」

「そしたら進展があったの?」

「そう!」

造り主のお膝元で研究できるぼぼるパパは幸せ者だよね!(^^)

Glory to God!

10/14/2001

なぜこんなにどんどん日が過ぎていくんだろう。

あっ、もうすぐはちこの妹、けめこのお誕生日だ。やっほ〜、ここ見てるかな? もうすぐおめでとうだね!(^_^)v

*****

のんのんさんからのメールで、「百万人の福音」のなかに「ヤベツの祈り」の案内が出ていました、とのことだったのでいのちのことば社のHPを見てみたら、ははぁなるほど、みつけました。へえええ、こんな装丁になるのねぇ。原書の装丁も美しいですけど、日本語版も美しいですね!(^^)

●「ヤベツの祈り

10月中旬発売ってあるけど、今もう10月中旬だよねぇ・・・? もうすぐ出るのかな?

それから、ヤベツの祈りに関連して、「特集 大胆な祈り 大いなる祝福」というページもありました。

*****

来週は子供たちの学校の秋休み(こっちではHalf Term breakというらしい)。

イギリスからはパリが近くて手軽に行けると聞いていたので、ではちょっと数日パリにでも行って来ましょうか、と調べてみたら、あぁやはり六人家族のサガでしょうか、今から手配するとなると、交通費やホテル代(二部屋取らないとたりない)だけで、2000ポンド以上かかることが判明。2000ポンドといえば、30万円以上よ。手軽にちょいと行ってくる旅行のお値段じゃないわな。そこで今回はパリ行きは断念。パリに行く時はもっとゆとりをもってプランしないといけませんね。

というわけで急遽(でもないが)予定を変更し、湖水地方へ行って来ようかということになった。本当は10月の湖水地方はあまりお天気がよくないらしいけれど(イギリス中どこもそうかな?)、雨に降り込まれないことを願いつつ、今、宿探しの真っ最中。あまりベストのシーズンでないわりには、やはり秋休みだからか、なかなか簡単には見つかりそうにはない。結局どこへも行けなくて、家でゆっくりすることになるかもね。

*****

昨日はケンブリッジで長年もたれているという日本語聖書研究会に参加してきた。

この集会はロンドンJCFのケンブリッジ支部ということになっていて、ロンドンJCFの牧師先生が一ヶ月に一回メッセージに来て下さるそうだ。しかし、今は人数が減っていて、つい先週も、もっと新しい人、特に男性のクリスチャンを送ってください、と祈っておられたとか。そうしたら次の週に私たちが来たので、神様はもう祈りに答えてくださった、と大喜びされて、私たちも神様のタイミングに畏れつつ感激。12月8日に日本人向けの伝道クリスマス礼拝を予定していて、そのためにも是非とも協力者が必要だったそうだ。礼拝の後にはケイリダンスとかいうスコットランドのフォークダンスをみんなで踊りましょうという企画もあるとかでとても楽しそう。 家族でこういう働きに加われるのはとても嬉しい。(^^)

*****

今日の夜は、ケンブリッジ市内にある教派教団を超えた複数の教会による合同讃美&祈り集会があった。夜8時からだったのでぼぼるパパだけが行って来たが、ものすごくよかったそうだ。何しろ、帰って来たときのぼぼるパパの表情が出かけるときとは全然違っていたので、どんなに素晴らしかったのかそれだけでもわかる。 参加者は400人を下らないという大きな祈祷集会で、讃美も非常にパワフルで、ケンブリッジの失われた魂のため、また世界の状況のため熱心な祈りが捧げられたらしい。

この合同讃美&祈祷集会の他に、「Church together」という合同祈祷会もあり、月曜日の朝六時からと木曜日の夜七時からの週に二回もたれているのだそうだ。そして、今は特にテロと関連して世界のために大勢の人たちが集まって祈っているという。

ケンブリッジに来る前から噂には聞いていたけれど、イギリスの教会って、すごい。

視点が「神様の御国」と「失われた魂」にばっちり定まっていて、ああ、クリスチャンの一致ってこういうことか、と思わされる。

ケンブリッジ市内にはたくさんの教会があり、その多くが古めかしい石造りの、荘厳で美しい、いかにも「観光者向け」みたいなところなのだが、見かけに騙されちゃいけない、そのそれぞれの古めかしく美しい教会は、ただの建物ではなく実際にキリストのからだであり、日ごとにイエス様への礼拝と祈りが捧げられている燃える教会たちなのだ。

そしてそれらのたくさんの教会は互いに連絡を取り合っていて、先にも述べたように多くの合同の集会が持たれているし、お互いに対して説明責任を持ち(accountableであり)、互いのために祈りあうというコミットメントをしているのだ。素晴らしいことだと思う。

次回の合同讃美&祈祷集会は12月はじめにうちからそう遠くない教会でもたれるらしいので、今度は私が行って来ようと思う。

10/11/2001

抱っこして頬ずりすりすりしていると

私の肩に顔を埋めてくる。

甘えん坊さんねぇ、と相好を崩していると

いきなり私の肩にガブリとかじりつく。

「あっ、かじったね!」と声をあげると

さっと顔を離して、そっぽを向く。

こいつ。可愛すぎるぞ!

*****

今日はみんの学校の先生との個人面談日。パパと一緒に行って来た。

イギリスの学校はアメリカの学校と比べて算数がずっと進んでいて、もともと算数は並みの成績だったみんは結構苦労していた。なにしろ、アメリカでは簡単な足し算引き算くらいしかやっていなかったのに、こっちでは桁数の多い数字の足し算引き算、そしてかけ算までやっているのだから。また、こちらの学校ではすでに筆記体を使って書くように指導されていて、筆記体など習ったことのないみんは、これまた苦労していた。

いろいろお勉強の方が遅れていますね、と言われるのではないかとちょっと心配していたが、全然そんなことはなくてほっと安心だった。

先生はみんのことをとても気に入ってくださっていて、とてもよく集中してどんな課題にもまじめに全力で取り組むし、いつも先生の言うことをよく聞くし、友達とも仲良くやっているし、いつでもハッピーだし、とにかくdelightfulな子供だと言って下さった。(*^_^*) 筆記体もこの一ヶ月でとても上達したし、算数の遅れに関しては、先生は特に気が付かなかったとか。

不思議だよね〜。家ではいつも動作がのろくて、私から「早くしなさ〜い!」と叱られることが多いのに、学校ではちゃんとやれてるんだから。新しい学校だから粗相のないようにと、本人も緊張しているんだろうか? だったら可哀想な気もするが、彼女の様子を見ていると、特にストレスをためているような気配はないし、いたってマイペースで楽しくやっているように見える。 

家では多少のんびりさんでも、注意力散漫で横道にそれてばかりいても、学校ではやるべきことをしっかりやっているのだから、もう少し多目に見てあげてもいいかな。

ちなみに、すでに書いたかもしれないが、イギリスの小学校は日本とアメリカの中間みたいな感じだ。 ひとクラスの人数は35人くらい(アメリカは22〜3人)、体育の時間は体操着に着替えたり、校舎内ではうわばきを履いたり、朝礼がしょっちゅうあったり、娘たちにとっては初めての経験だが、私にとってはなつかしかったりする。

それから、これはケンブリッジだけかもしれないが、エミの学校もみんの学校も、ひと学年がひとクラスずつしかない。学校そのものがとても小さくこじんまりしているのだ。みんの学校は20年ほど前にエリザベス女王によって設立されたとか(イギリス中にそういう学校がたくさんあるに違いないが)で、公立なのに英国国教会の付属で、礼拝の時間がある。エミの学校はあのスティーブン・ホーキング博士の息子が卒業した小学校だとかで、ホーキング博士により多額の寄付金がなされているとか。こちらの学校も公立で、教会付属ではないものの、みんの学校同様、「宗教教育(RE)」という科目がある。

ところで、イギリスでは中学校のこともcollegeというらしい。うちの近所にパークサイドコミュニティカレッジというところがあるのだが、そこに出入りしている生徒たちがどうみても子供なので、ずっと首をひねっていた。大学生はおろか、高校生にも見えない若さ。そしたら、その学校は11歳から14歳の子供がいくセカンダリースクールだというではないか。要するに中学校ということだ。 やっと納得。

10/8/2001

今夜は写真を整理してアップロードしようと思ったんだけど、たくさんあるわりにはあんまりいいのがなくて、なんだか疲れたので、とりあえず三枚ほどだけご紹介。

娘たち:ウィンポールエステートというところのガーデンにて。いかにもピーターラビットとマクレガーさんが出てきそうなガーデンでしょ。

ケン:ケム川のほとりにて。ちょうど生後五ヶ月になる頃かな。

ケンとパパ:ウィンザー城にて。後ろに写っているのは、巨大なウィンザー城のごく一部。生後五ヶ月半。

10/7/2001

日記も、毎日書いていると生活のリズムの一つになってくるが、一旦途切れてしまうと、書くのがおっくうになる。しかしケンブリッジ日記を始めた理由の一つは私たち家族のイギリスでの日々について書き留めておくということだったのだから、多少おっくうでもやはり書かなくては。夏休みの宿題の絵日記のようなものか。(笑)

10/3(Wed.):朝、ケンの六ヶ月検診。しかし時間を勘違いしていて予約より30分遅れてしまったら、受け付けの 人に「You are way too late」と言われてその日は診てもらえず、金曜日に予約を取り直し。イギリスってこんなに時間に厳しい国だったっけ?  午後はうちの教会がやっている幼児のプレイグループへ。しかしケンはまだ赤ちゃんだからゴロゴロしていただけで、そのうち寝てしまった。来週からは忙しければわざわざ無理して行かなくてもいいな、と思った。プレイグループの後は近くのキリスト教書店でちょっと時間をつぶし、それからみんの学校へお迎え。

10/4(Thurs.):久しぶりに昼間ゆっくり出来る日かと思っていたら、昼頃エミの学校の保健の先生から電話が入り、エミが具合が悪くなったので迎えに来て欲しいとのこと。そういえば朝からあまり調子がよくなさそうだったので、体育は見学にさせてもらうよう先生に手紙を書いたのだった。急いでパパに連絡し、パパの方から迎えに行ってもらう。エミが帰宅したのと入れ替えに、私はま〜やとみんを迎えに家を出る。パパのまたすぐに仕事に戻った。

10/5/(Fri.):予約を入れ直したケンの六ヶ月検診。9時10分とのことだったので、みんを学校に送り届けた後クリニック(イギリス英語ではsurgeryという。恐そ〜)までダッシュで直行。全身汗だくになって、時間の五分前に到着したのに、今度は待たされること、待たされること!ようやく名前が呼ばれ、診察室に入ると、ケンをみたお医者さんが怪訝そうな顔で「どうしましたか?」「六ヶ月検診なんですけど」というと、先生はいかにも申し訳なさそうに、「私は赤ん坊はみないんですよ。」なんと、このクリニックでは赤ちゃん専門の先生が別にいて、赤ん坊を診てもらうときはそちらの先生と予約をとらなければならなかったのだ! がっちょ〜ん。さらにさらに、その日の午前中に診てもらうべく大急ぎで赤ちゃん専門の先生に予約をとり、11時半すぎにようやくそちらの先生の診察室までたどりついたものの、「生後六ヶ月? イギリスでは六ヶ月検診というのはなくて、8ヶ月でやるんですよ」とのつれないお言葉! そんなぁ! それならそうともっと早く言ってよ! 結局、正午過ぎまでずっとクリニックにいて長いこと待たされたあげく、かろうじて予防接種はしてもらえたものの、身長体重などは測ってもらうことが出来なかった。やれやれ。  午後からはエミを連れて楽器店へ行き、ヴァイオリンをレンタルした。エミの小学校にもオーケストラがあるのだ。レンタル料は三ヶ月で30ポンド弱。アメリカでのレンタル料の半額以下だ。ラッキー。それから、最近パパがコンガ(アフリカのたいこ?)をやりたいと言い出したので、CD付きの教本を買う。コンガそのものを今買ってもアメリカに持って帰るのは大変だから、当分はテーブルを叩いて練習するさ、とぼぼるパパ。8月に行ったKFMのキャンプ(聖会)で、ワーシップチームがコンガを使っていたのがものすごくよくって、そして今こちらで行っている教会のワーシップチームでもコンガが使われていて、ぼぼるパパも私も、すっかり気に入ってしまったのだった。

10/6(Sat.):ロンドンはコヴェントガーデンにあるライセウム劇場にてミュージカル「ライオン・キング」を観た。「ライオン・キング」はチケットをとるのがとても困難だと聞いていたが、三日前にオンラインでチケットをブックしたら簡単にわりといい席が手に入ったのだ。とは言え、値段は高かったが。一枚50ポンド弱。娘たち三人と私の計4枚。パパはケンと一緒にお留守番。というか、ロンドンまでは一緒に来たけれど、上演中はパパとケンは市内をぶらぶらしたり、トラファルガー広場の近くにあるナショナルギャラリーで絵を見たりしていたそうな。

「ライオン・キング」はとてもよかった。音楽もコスチュームも踊りも舞台も演出も、全部素晴らしかった。三時間近い長い舞台だったけれど、子供たちもみんな堪能した様子。劇場はチケットが簡単に取れたわりにはしっかり満員だった。「ライオン・キング」は日本でも劇団四季が上演しているんだよね。四季のライオン・キングはどんな感じなのかな。こちらのは役者のほとんどが黒人で、黒人ならではの躍動感というか迫力というか、アフリカの音楽や踊りとよく合っていて素晴らしかったんだけど、こういうのは日本人の役者さんが演じるとどうなるのか、興味あり。

ちなみに私は四季の「キャッツ」を大学生の頃に観ている。そしてロンドンでも12年前に「キャッツ」を観ている。四季の舞台が特に見劣りするとは思わなかったけど、でも歌声の迫力は全然違ってたかな。日本の役者さんの声は繊細すぎるように感じた記憶がある。

ロンドンまではケンブリッジから電車。準急列車でちょうど一時間かかる。ノンストップの急行だと45分だ。電車はきれいでとても快適だった。ロマンスカーみたいな感じ。電車でキングスクロス駅まで来て、そこから地下鉄ピカデリー線に乗り換えコヴェントガーデンまで。地下鉄のマークが日本のと同じだったんだけど、これは日本が真似したのだろうか?

夕食は得体の知れない(?)ハイテクラーメン屋でラーメンを食べた。本当はロンドンで流行っているとかいうハイテク回転寿司を試してみたかったんだけど。(ロボットがお茶を運ぶとか!?)

10/2/2001

夕べの事件。

夜「ヤベツの祈り」の校正をしていたら、寝室につながっているモニターから突然「ドスン!」という音がした。隣で仕事をしていたぼぼるパパと思わず顔を見合わせる。

「ケンがベッドから落ちたんじゃないの?」

しかし泣き声は聞こえない。ベッドから落ちて、なお泣き声が聞こえないということは・・・ 二人の顔からスーっと血の気が引く。 と、間もなく、ケンの悲鳴のような泣き声が。

「ケンスケ! 今行くぞ、待ってろ!」ぼぼるパパはそう叫ぶとガバっと立ち上がり駆け出した。

私もすぐに後を追った。

先にケンのもとについたパパが叫ぶ。「大変だ! 頭から血が出てる!」 

私は震える手で寝室の電気をつけた。ぼぼるパパに抱かれたケンの額に血が流れている。ティッシュで軽く押さえてから傷口を確認。それほど深くはなさそうだ。犯人(?)は、どうやらベッドの足下に落ちていたビニール袋についていた小さなプラスチックの留め具らしい。全然尖ってもないし、とても危険なものには見えなかったが、ちょうどその真上に落ちたのだろう。幸い血はすぐに止まったので大事には至らなかったが、私の不注意だったと深く反省。ケン、ごめんね。

(おばあちゃん、怒って電話してこないでね。大丈夫だったんだから。)

*****

相変わらずひたすら送り迎えの日々。

9月中は半日だけだったま〜やの学校も、10月からは一日になった。朝8時45分から午後3時10分まで。お昼はお弁当持参。 昨日と今日は、学校でお昼を食べるという初体験に馴染むため、親も招かれて子供たちと一緒に学校でランチを食べた。 

そんなわけで、昨日今日は昼12時までにケンを連れてま〜やの学校まで歩いて行き、一緒にランチを食べ、1時15分にお昼休みが終わるまで付き添った。 学校での彼女の様子を見ることが出来て、とてもよかった。

七月生まれということもあり、身体も年令も、どうもクラスで一番小さいようだが、なかなか逞しそうで、少しもものおじせずマイペースで遊んでいるようだった。 イタリア人の男の子のジェネマがま〜やをとても気に入ってくれているとかで、随分つきまとわれていた。(笑)こんな場面を目撃してしまった。

ヘンリーというちょっとガキ大将ふうの男の子がいて、三輪車に乗っていたま〜やに体当たりして困らせていた。するとジェネマがま〜やをかばうように両手を広げてハンフリーの前に立ちはだかり、「ま〜やをいじめるな!」ヘンリーはげんこつをふりあげ、何をっ!?という表情で凄んでみせた。それでもジェネマはひるまずさらに一歩前に踏み込んだ。 私がケンを抱いたまま、「ケンカしないでね・・・」とおろおろしていたら、すんでのところでジェネマのお父さんがとんできて、二人の間に割って入ってくれたが、いや〜、私は感激してしまいましたよ。でも肝心のま〜やはジェネマが助けてくれたことにも無頓着、という感じで飄々としていたが。(苦笑)

それからこんな場面も。

子供たちが遊ぶエリアは柵で囲まれており、そこに門があった。門には鍵はかかっていなかったが、柵があるということは、そこから出て遊んではいけないということだろうと思い、門をガチャガチャ押していたま〜やに、「柵の中で遊びなさい。外に出たらだめなんだと思うよ。」と私は言った。ま〜やは素直に言うことを聞いたが、しばらくすると、他の子たちが数人ドヤドヤっとやってきて、門をあけて外に出てしまった。柵に寄り掛かってその子たちの様子を見ていたま〜やに向かって、彼らは「ま〜やもおいでよ!」 私は少し離れたところで、 どうするかな、と見ていたら、彼女は淡々と「No, I'm not allowed.」偉いぞ、ま〜や! ほんとに、いつの間にか随分しっかりとしてきたものだ。ママは嬉しいよ。(感涙)

お昼休みが終わったあとは、学校から10分くらいのところにあるイタリアンレストランでぼぼるパパと待ち合わせ。ここはパパのオフィスからも徒歩10分弱のところだ。ケム川のほとりにあって、チェーン店らしいけど、なかなか感じがいい。ここでパパはランチ、私はコーヒーとケーキ。

食事が終わるとパパはすぐにオフィスに戻って行ったが、私は三時頃までそのままそこで本を読みながら時間をつぶした。読んでいたのはハンス・ビュルキ師の「主の弟子となるための交わり」。(この本についてはまた後日。)

三時になったらエミとま〜やを迎えに再び学校へ。先日知り合った日本人の奥さんと、それからまた新しく今日知り合った別の日本人の奥さんとちょっと立ち話。

エミとま〜やをピックアップしたら、今度はみんなでみんの学校へ。この道のりは徒歩20分。みんの学校に3時40分頃に到着すると、待ち構えていたみんが「今日、アンジェラのうちに遊びに行ってもいい?」

アンジェラというのは最近仲良くなったクラスメートらしい。みんはそのままアンジェラのうちに遊びに行った。

子供たちの学校のことでは、最初は本当に胸を痛め頭を悩ませたが、三人ともそれぞれに友達がたくさんできて、イギリスでの学校生活を謳歌しているので私もとても嬉しい。送り迎えの大変さも何のその。子供たちがハッピーなのが一番だ。

ケンブリッジでの生活も、ようやく波にのってきたかな。

10/1/2001

50000めのアクセスは某所でときどきお見かけしていたAさんがゲットしてくださった。

どうもありがとうございます!(^^) 記念品とかなくて、ごめんなさいネ。f(^_^;;

*****

現在、「ヤベツの祈り」を校正中。今夜中に送り返したいので、日記はここまでにしとこ。


Some Graphics on this page by
Bisman's Web Graphics

4gzus@nakamurafamily.net