ホーム日記ケンブリッジ日記6月

はちこのケンブリッジ日記

6/30/2002

今週末は、和解のミニストリーのアガペの主宰者、恵子ホームズさんがケンブリッジに来てくださり、大変素晴らしい交わりの時を持つ事が出来た。

恵子さんは学生時代、東京でイギリス人の男性と出会い結婚した。彼はクリスチャン、恵子さんはノンクリスチャンだった。彼はいつも感謝に溢れた人で、恵子さんは御主人のキリストの愛に満ちた無言のふるまい(cf. 第一ペテロ3:1)によっていつしか自らもイエス様を救い主として受け入れるようになった。

日本での結婚生活のあと、1979年に家族でロンドンに移ったが、五年後に御主人が飛行機事故で他界した。子供二人を抱え、異国の地で夫に先立たれた悲しみと不安はいかばかりのものだっただろうか。実際、事故の知らせを聞いたとき、恵子さんは「神様、あなたは全能のお方です。時間を戻して事故が起きなかったようにしてください。夫を生き返らせてください」と涙ながらに祈ったそうだ。しかし、神様はそんな恵子さんにある日語りかけた。「わたしの恵みはあなたに十分です。」

恵子さんは三重県紀和町の出身で、彼女の故郷には入鹿(いるか)銅山という銅山があり、そこでは第二次世界大戦中、300人の英軍極東捕虜(EFPOWs)が使役させられていた。そして、16人の捕虜たちが入鹿で死亡し、埋葬された。

1988年に一時帰国した恵子さんは、その16人の兵士達のために立派な大理石の墓が建ち、十字架が掲げられ、墓地はメモリアルガーデンとなっているのを見た。16人の兵士たちの名前が大理石に刻まれているのを見て感動した恵子さんは、なんとかして亡くなった兵士達のご家族や、そこで使役させられていたEFPOWsを探し出し、この墓のことを伝えたいという強い願いを持つようになった。

4年後、ロンドンで恒例の全国捕虜大会が行われることを知った恵子さんは、是非ともそこに行きたいと願った。回りの人々は口々に止めたが、祈りの中でイエス様は恵子さんに『レッツ・ゴー! 一緒に行こう』と語られた。

「日本人がこんなところに何をしに来た!」「ツラの皮の厚いやつめ!」罵倒を浴びせられながらもその大会に何とか参加することが出来た恵子さんは、元捕虜の人たちが今なおいかに苦しみ、日本人への強い憎しみを持っているかを知った。そしてヨハネ3:16の御言葉が心にうかび、戦争で傷ついた人達の心の癒しと和解のために働くよう、神様が自分を召しておられるのを知った。

その後、多くの困難のなか、神様の不思議な御業を通して1992年に最初の「心の癒しと和解の旅」が実行された。20数名の入鹿で働いていたEFPOWsの方々を日本に連れていき、紀和町のメモリアルガーデンへ案内し、日本の人々と和解と交流の時を持つことが出来た。

「癒しと和解の旅」を通して今日までに200人以上の方々が日本を訪れた。それによって多くのEFPOWsやその御家族が積年の憎しみや苦しみ、悪夢から解放され、ある人は肉体の癒しまで経験した。

恵子さんのこの和解の働きはエリザベス女王からも認められ、1998年4月、OBE第4級勲功章を授けられている。

現在、恵子さんの和解の働きは、日英間に留まらず、日本とアジア諸国との和解へとその地境が広がっている。

恵子さんは語っておられた。「神様はどれだけ日本のことを愛しておられることでしょう。日本を愛しておられるがゆえに、日本が回りの国々との和解をすることを神様は願っておられるのだと思います。アジアでも戦争で多くの血が流され、その血が今なお日本への復讐を叫んでいるのではないでしょうか。しかし、イエス様が十字架の上で流された血潮は、それらの血潮を覆い、洗い流し、和解をもたらすことが出来るのです。これを成し遂げることが出来るのは、ただイエス様の十字架の愛だけです。…」

恵子さんのミニストリーは、必ずしもキリスト教宣教を前面に打ち出しているわけではない。にもかかわらず、恵子さんの謙遜に満ちた愛の姿勢に、誰もがイエス様を見い出さずにはおれないようで、日本側からも外国側からも、イエス様を受け入れる人たちが多く起こされている。

ケンブリッジJCFで恵子さんの素晴らしいお証しを聞いてから、みんなで夕食を共にしているとき、T先生がぽろりとこんなことを言われた。

信仰とは、信念の塊になることではないんですね。信仰の究極の形は愛であり、それは『謙遜』という形で現わされるんですね。

私も、恵子さんのなかに信仰の真髄を見た気がする。

今日は恵子さんと共に私たち家族が出席している教会で礼拝を捧げたが、隣に座りながら、彼女がいかに「主を礼拝する人」であるかを見ることが出来た。彼女のなかでイエス様がこんなにもはっきりと生きておられ、それが誰の目にも明らかなのが、改めて合点がいった。

他にもまだまだ書きたいことがあるけれど、今日はこの辺にしておこう。恵子さんとの出会いを心から主に感謝。

ところで、恵子さんはケンブリッジJCFとは長年の交流を持っておられるのだが、今回私たちがいる間にケンブリッジを訪れることが実現したのは、シアトルにいるKazukoさんの紹介があったからだった。数カ月前に恵子さんがシアトルを訪れたとき、Kazukoさんが恵子さんのお証しの通訳をなさったのだそうだ。

紹介してくださったKazukoさんに感謝。それから、恵子さんの訪問のホスト役をしてくださったケンブリッジのヒロコさんにも感謝。(^^)

6/27/2002

初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
この方は、初めに神とともにおられた。
すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。
この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。
光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。

ヨハネによる福音書一章一〜五節

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昨日結婚の話題を出したときにリンクしたかったページ。リンク前にメールで許可を、ということだったので昨日はリンク出来なかったけれど、無事許可をいただいたので御紹介。

●『愛することを教えてください』(梶 日出男著 いのちのことば社 ISBN: 4-264-01668-1)

この本の全文がSycharさんのHPに掲載されています(もちろん許可を得て)。恋愛、結婚、夫婦の愛について、著者の経験からとてもストレートに語られており、私は初めてこの本を読んだとき、泣けて泣けてしかたがありませんでした。特に男性の方に読んでいただきたいかも。これから結婚をという方、もう結婚している方にもお勧めです。(Sycharさん、どうもありがとう!)

●SycharさんのHP:『Sycharの井戸辺

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そろそろま〜やの誕生日パーティーの準備をしなくては。どんなパーティーにしようか。なるべく楽なのがいいんだけど。(^^;

6/26/2002

さすがに連日忙しい。普段からもともと忙しくて毎日の生活で手一杯なところに加えて、帰国準備をしなくてはならないのでてんてこ舞いだ。でも、家事は手抜きをしているうえに帰国準備もとろとろしていて、ちっとも進まない。もうやめたくなってきた、と言いたいところだけれど、やめるって、何を? (^_^;

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昨日、シカゴのみんの友達から手紙が来た。この子はうちの近所に住んでいる子で、両親はクリスチャン。私たち家族と同じ教会へ行っていた。手紙にはこんなことが書いてあった。

「私はもうすぐお母さんと一緒に引っ越します。でもこの家にも時々はお父さんと一緒に住むので、みんが帰ってきたらまっ先に遊びに行くね!」

これ、どういう意味だろう… まさか、離婚…?

実は私、1年半くらい前からこのご夫婦は何かがうまくいっていないらしい気配を察していた。私たちは同じ教会に行っていて、すぐ近所に住んでいて、しかも子供同士が仲良しでありながら、親同士はお互いにあまり立ち入った話はしない関係だった。ほとんど毎日のように顔を合わせていて、他愛のないおしゃべりにはいつも花を咲かせていたのに… そんな関係しか持っていなかったことが、今になって悔やまれる。 離婚じゃないといいのだが。

ちなみに、アメリカではクリスチャン同士のカップルの離婚率とそうでないカップルの離婚率には、統計的に有意な差はないのだそうだ。つまり、クリスチャン同士の結婚であれば自動的にうまくいく、というものではないということ。

あぁ、何とも気が重い。シカゴに帰ったとき、このご家族がみんな揃ってあの家に住んでいてくれることを心から願う。

●『結婚と聖霊の油注ぎ

6/23/2002

フランスに行ったときの、ヒースローエキスプレス(電車)のなかで。

「マミー、マミー、マミー!」ま〜やが私を呼んでいる。

「なあに?」

「マミー、マミー、マミー!」

「なあに、ま〜や? なあに?」

私は返事をしているのに彼女は気づかず、私の手を引っぱりながらなおも私を呼び続ける。

「マミー、マミー、マミー!」

「だから、なあに、ま〜や?」

彼女の目は何ものかに釘付けになっていて、私の名を連呼しているわりには、私のことなど眼中にないのだ。

やれやれ、と思ったとき、ハッとした。

私も神様に対して同じ事をしているかもしれない。

必死に神様の御名を呼んではいるものの、目の前に立ちはだかる問題にばかりフォーカスしてしまって、せっかく神様がこたえて下さっている御声が耳に入ってこないということが…

6/22/2002

今日はエミ&ま〜や、みんのそれぞれの学校でSummer Feteという行事があった。 バザーのような文化祭のような、そんな感じのもの。PTAと子供たちがいろいろな屋台を出して、学校のための資金集めをするのが目的。二つの学校のFeteが同じ日に重なってしまったので私たちはハシゴをして、一日忙しかった。

エミが出していたのは「校長先生の体重を当てよう!」というもので、参加希望者はエミの屋台に行き、参加料30p(ペンス)を支払い、紙に自分の氏名&電話番号と、校長先生の体重を予想して書く。そしてFeteの最後に正解者(または一番近い予想をした人)に賞品が進呈される、というもの。校長先生も、こんなところで自分の体重を公開する羽目になって参ったなと思っただろうね。ちなみに、彼の体重は12 Stone 3 lbsでした。 何なの、この『ストーン』という単位は? いかにも重そう。(笑) あ、そういえば日本にも『石(こく)』という単位があったけどね。

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今夜はエミの親友のキャロラインが泊まりに来ている。毎週土曜日の夜にもたれている教会の子供向けの集まりにキャロラインも連れて行き、明日は教会へも一緒に行く。エミはとても嬉しそう。今は夜の十時過ぎだけど、日本語のハム太郎のビデオを見ている気配がする。ハム太郎の声が聞こえるぞ。

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そろそろ帰国までにやらなくてはいけないこと書き出して、予定表&チェックリストを作らなくては。

6/21/2002

ケンスケの熱の正体が判明。突発性発疹でした。なぁんだ。月曜から続いた熱が昨日の午後にひき、今日になって全身に発疹が。こうなれば一安心。これでそろそろまた食欲が戻ってくれるでしょう。しかし、熱の正体はわかっても、体重減の原因は不明のまま。今日、ふとひらめいたことがあり、検査をしてもらおうとお医者さんに予約の電話をいれたところ、来週の金曜日までいっぱいとのこと。なんてこったい。

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今朝のケンブリッジの街はいつもと雰囲気が違った。妙に閑散として、まるでゴーストタウンのよう。しかしいたるところでパブが朝から開いており、中は超満員。みんなでイングランド対ブラジルの試合を観戦しているのだった。

驚いたのは、娘たちの小学校でも体育館に大きなスクリーンを設置し、子供たちや父兄、町内の人たちまで招待して朝七時半からの試合をみんなで観戦していたこと。うちの子たちは通常通りの8時半過ぎに登校したが、それから試合の終わる9時半頃まで授業もしないでずっとサッカー観戦だったそうだ。

「イングランドが負けちゃって、みんながっかりしてたでしょ?」と聞くと、「うん、男の子たちには泣いちゃった子もいたよ」だって。いいなぁ、そういうの。一生懸命応援してたんだね。

ロンドンでもトラファルガー広場などにラージスクリーンが設置され、数千人が朝から集まっていたらしい。スポーツって、大勢で観戦する方が盛り上がるもんね。

それにしても、今日は街中にイングランドの紋章(?)の入ったシャツを着ていた人たちが溢れていたなぁ。男の人も女の人も、大人も子供も。きっとみんな、朝から学校や職場やパブなどに集まってゲームを観ていたんだろうね。

日本も破れ、イングランドも破れ、アメリカも破れ… う〜ん、あとはやっぱり韓国に頑張ってもらいたいところ。

6/20/2002

夕べ寝る前にぼぼるパパと祈ったとき、彼が「ケンスケに何を食べさせたらいいのか、教えてください」というようなことを祈った。私はそれを聞いたとき、一瞬、なんて屈辱的だろうと思った。と同時に、心からアーメンと思った。決してパパの祈りに腹をたてたのではない。子供を初めて育てる新米ママさんが、離乳食から幼児食への移行が上手く出来ないというならともかく、私は4人目を育てているのに、何を食べさせたらいいのかわからないなんて、なんということか!と恥じ入ったというか、う〜ん、違うな、ひどくへりくだらされたというのか…

子供に食べさせるもの一つでさえも、神様の前に平伏して、私にはわかりません、教えてくださいと祈る… 自分の無知を認め、無力さを認め、自分一人の判断では何も出来ない者であることを神様の前に認める。そして教えを乞う…

祈り終わったあと、パパと私と同時に、「もう一度離乳食に戻そう」という思いが与えられた。そして、思い切って6ヶ月くらい前に与えていたような柔らかい離乳食に戻すことにした。そしたら今日は日本のはちこ母から電話がかかってきて(母もこの日記を読んでいる)、やはり離乳食に戻した方がいいとアドバイスをくれた。まぁ常識的な判断だといえば確かにそうだけど、でも私は神様の御手を感じた。

まだ誕生してから13ヶ月間しか生きていないケンスケなのに、体重が五ヶ月前の時以下に落ちてしまったなんて、母親として責任を感じる。不思議なのは、今日出来てきたフランス旅行の写真を見ても、今のケンスケよりはふっくら丸々として見えること。まるでこの二、三日で突然シューっと縮んでしまったかのようだ。どうなっているんだろう。熱の方は夕方頃からようやく落ち着いてきた感じ。

ケンスケ、犬介なんて言ってごめんね。大きくなってね。

6/19/2002

たかが十日旅行に行っていただけなのに、もう6月も下旬になろうとしている。この家に住むのも、あと一ヶ月余り。気合いいれて荷造りと掃除をしなくては。

今日ももう着ないであろう衣類を箱につめながら、ちょっぴり嫌になってしまった。だって、せっかくシカゴから持ってきたのに、結局一度も着なかった服がたくさんあるんだもの。一旦タンスの奥の方に入ってしまうと、なかなか日の目をみなくなってしまうんだなぁ。同じ服ばかり繰り替えし着てたりして。送料だってバカにならないのに、ああ何という無駄。ここで一度も着なかったような服は、シカゴに持って帰っても多分二度と着ないかもしれないから、いっそこちらで処分してしまうのもテかも。しかしねー、そうは言っても、まだ着れる服だと思うとなかなか思い切れないところが悲しい貧乏性かな。

*****

昨日ケンスケの15ヶ月検診に連れていったらショックなことがわかった。ケンスケの体重がどういうわけかガタ落ちしていて、生後十ヶ月の頃よりも少なくなっていたのだ!これは大変。一体どうしたんだろう? これといって思い当たる理由もなく、明らかに病気と思わせる症状も特にないのに。そもそも、いつもこの子はよく食べると思っていたんだから。でも、断乳して離乳食も卒業してからは、私たちと同じものを食べさせていたから、よく噛んだりしなくちゃいけない分、結果として食べる量が減っていたのかも。それにしてもこの体重の落ち方は尋常じゃない。お医者さんは、通常ならただちに検査をするところだけれど、私たちはあと1ヶ月半で帰国してしまうので、今から検査をしても結果が間に合わないかもしれないという。とりあえず、二週間後にもう一度体重をはかり、もしその時点で一層体重が減っているようなことがあれば、その時には何か手をうちましょう、ということになった。

しかも、体重激減とは別に、おとといあたりからケンスケは熱を出していて、昨日今日とかなりぐったりしている。夕べも熱のせいでよく眠れなかったらしく、私も何度も起きては水を飲ませてあげたり、熱冷まシートを額に貼ってあげたり。普段はある食欲も今はすっかりなくなっていて、心配に拍車をかける。

それからま〜やのアトピー性皮膚炎もイギリスに来てからどうも悪化したようで、今も何ケ所かひどく掻きむしってドロドロになっている部分がある。掻いてはいけないといくらいっても、寝ている間にいつの間にか掻いてしまうらしく、朝おきるとパジャマにべっとり血がついていたりする。それを見るたびに私は心が重くなる。絆創膏を貼るくらいでは駄目みたいなので、ぼぼるパパと相談して寝る時には傷のあるところに包帯をぐるぐる巻きにすることにした。

みんはこのところ喘息の発作が出ていないので感謝。一方エミは、最近生まれて初めてのニキビが鼻の横に出来た。「I can't believe it! My very first zit!」と鏡の前で叫びつつも、やけに嬉しそうに見えたのは私の気のせい?(笑)

子供が4人もいると、みんながそれぞれにいろいろあって、心配事は尽きない。心配とはいっても、worryの心配ではなく、careしてあげるべきことが尽きない、という方が正確かな。

一日何回、神様に向って叫ぶだろう。「うわーっ、神様! 私にはとてもとても子供4人なんて育てきれません!」すると神様はおっしゃる。「わたしだって、あなたたち夫婦だけで彼らを育てられるとは思っていませんよ。毎日毎日、あの子たちをわたしのもとに返しなさい。彼らはわたしのものなのだから。」

神様の御臨在のなかに留まって生きる喜び。

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おっと、忘れるところだった。ご報告です。以前から懸案となっていた独自ドメイン取得の件ですが、ぼぼるパパともずっと祈ってきた結果、ついにドメインを取得しました。

新ドメインは、http://NakamuraFamily.net です。今はトップページがあるだけで、実際にコンテンツを引っ越しさせるのはシカゴに戻ってからになると思います。(日記だけは七月から引っ越すかもしれませんが。)これからリンクをはってくださる方は、 http://NakamuraFamily.net にお願いします。すでにリンクしてくださっている方は、これから数カ月のうちにURLを変更していただけると感謝です。引っ越しが終わった頃にまた改めて御挨拶します。新ドメインになった中村家のホームページ『The Village Inn』も、これからもよろしくお願いいたします。m(_ _)m

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今日の(6/19)のぼぼるパパの研究日記がまた面白かった。ニヤニヤ。

6/18/2002

今日はま〜やの遠足。海へ行ったらしい。といっても海水浴をしたわけではないが。昨日の天気は暑すぎたけれど、今日は爽やかで外遊びをするには最適だったろう。ま〜やはくつの中に砂をどっさりいれて帰って来た。

6/17/2002

今日のケンブリッジは27度くらいまで気温が上がり随分暑かった。 

6/16/2002

Happy Father's Day!

うちの長男ケンスケは食事のとき、時々手を使わずにいきなりお皿に口をつけて直接食べるということをする。そもそも手づかみだって十分見苦しいのに、手さえ使わないとなるとかなり(^^; だ。「もう〜、ケンちゃんやめてよ、犬みたいに」と私がぼやいていたらパパが言った。

「よし、改名しよう。ケンスケ、おまえは今日から『イヌスケ』と書いて『ケンスケ』だ。いいな、犬介?」

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わが家ではなぜか『ズボン』のことを『ズンボ』という。なぜかはわからないが、パパが始めた。最初は妙だと思っていたが、いつの間にか、家族全員の間にすっかり定着してしまった。また、ズンボが脱げている状態のことを『ズンボレス』と言う。犬介は今だ主な移動手段がハイハイなのだが、這い回っているうちにズンボレスになってしまうことが多いので、なかなか重宝する表現だ。さらに、ズンボをはかせてあげることを『ズンボ博士』または『ドクター・ズンボ』と言う。「まあケンちゃん、またズンボレスになって。おいで、ドクター・ズンボしてあげるから』という具合だ。こうやって、中村家の日本語はどんどん進化していく。

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みんとま〜やは今までほとんど日本語を話さない子だったが、フランスに行っている間に日本語が随分出てくるようになった。恐らく、フランスでは英語が通用しないと認識できたものの、自分たちはフランス語は話せないので日本語で代用したのだろう。外国に来たから外国語を話さなくちゃ、と思って日本語を使ってみた、ということか。なかなか興味深い現象だ。

興味深い現象といえば、話されている言語を全く解せなくても、状況から相手の言っていることをはっきり理解できることがあるものだ。たとえば、スーパーでレジのおばさんがトマトの入っている袋を持ち上げて私にフランス語で何かを言ったとき、私には彼女の言葉が何一つ聞き取れなかったし当然まったく意味もわからなかったにもかかわらず、彼女が何を言ったのか、はっきり知ることが出来た。彼女は「このトマトは売り場で重量を量って値段をつけてもらってきて下さい」と言ったのだ。だから私はその通りにしたらバッチリ大当たりだった。また、同じくレジで、おばさんが私が買おうとしていたものの一番最後に並べてあったものを指差して何か言った。私には彼女の言葉が何一つ聞き取れなかったし当然まったく意味もわからなかったにもかかわらず、彼女が何を言ったのか、はっきり知ることが出来た。彼女は「これは(後ろに並んでいる人のではなく)あなたの品物ですか?」と聞いたのだ。私は即座に「ウィ」と答え、彼女はそれをスキャンし袋につめてくれた。他の人が見たらあたかも私はフランス語が流暢であるかのように見えたかもしれない。(笑)コミュニケーションって面白い。

6/15/2002

ただいま〜! 昨日、無事に帰宅しました。10日間、楽しかったけどやっぱり疲れました。

最初の六日間はブルターニュ地方、残りはパリに滞在しました。ブルターニュではのんびり、パリではかなり過酷な(?)スケジュールでしたが、でもまだまだ見たりなかったなぁ。続きは老後の楽しみにとっておきますか。

旅行の報告は、番外編フランス旅行記として以下のページにまとめました。

ケンブリッジ日記番外編:フランス旅行記

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今日はケンブリッジでChildren's Festivalがあった。疲れているかと思ったが、子供たちにせがまれて連れて行くと、これがなかなか楽しかった。エミは新聞記事を書く手伝いをしたら、Cambridge University Press のThe Fact Book というリファレンスブックをお礼にもらった。そして市長さんと一緒に写真まで撮ってもらってた。ローカルの新聞に出るんだとか。

その後、子供たちをパパに預けてフェスティバルに残したまま私はJCFへ。

6/3/2002

みんの誕生日のプールパーティーは無事に終わった。係の人がずっと付きっきりでパーティーの世話をしてくれたので、親は非常に楽だった。しかし、旅行前のどたばたの最中だったため、なんと私は誕生日ケーキを用意するのを忘れていた…(^_^; みん、ごめん! でも優しいみんは、「ケーキ、なくてもいいよ」と言ってくれた。(;_;) 幸い、会場で出された軽食にアイスクリームのデザートがついてきたため、まぁなんとなく雰囲気は出たけれど。

ここのプールでのパーティーは、8歳未満の子供の場合は、子供二人につき大人一人の付き添いがいないといけないということになっていた。6月だし、みんの友達のほとんどがもう8歳になっているだろうと勝手に思い込んでいた私は、パパと係の人が一人ついてくれるなら十分だと思っていた。(私はま〜やとケンの担当。)それに、プールには深いプール、浅いプール、幼児用プールの三種類あって、ブッキングの時、ちゃんと浅いプールを予約したので問題はないだろうと思っていた。だからパーティーの二日くらい前に、リリーのお母さんから電話がかかってきて、ヘルプがあった方がいいんじゃない? 私、行きましょうか?と申し出てくれたときも、来てくれるのは大歓迎だけど、手は十分足りてると思う、と私は答えた。

ところがところが。今日行ってみたら、向こうの手違いで浅いプールは今日は閉まっていると言うではないですか!その上、来てくれたお友達の年令を聞いてみたら、半分以上がまだ七歳! ガーン、どうしよう!! と思ったら、リリーのお母さんが来てくれたおかげでギリギリで大人の数が足りて、大いに助かった。神様はこういう状況を全部御存知で、それできっとリリーのお母さんが来てくれるように働きかけてくださったんだなぁと思ってとても感謝だった。深いプールでも係の人がうまく誘導してくれたのでまったく問題なかったし、ホントに良かった。あとからリリーのお母さんと話していたら、みんのクラスはどういうわけか半数近くが早生まれの子供たちなんだということがわかった。そういうこともあるんだねぇ。

幼児プールでま〜やとケンの面倒を見ながら、子育てって、親が自分の力だけで出来ることではないんだなぁとつくづく思った。特に子供の数が多くなると、回りの人に手伝ってもらわないとどうしようもないこともいろいろある。たとえばこちらの教会でも、独身の人とか、お子さんのいらっしゃらない人とか、子育てが一段落ついた人とか、おばあちゃんたちとか、そういう人たちが中心になって子供のミニストリーや母親のためのミニストリーをひっぱっていってくれている。心からありがたいなぁと思う。

私はスーパーママになりたいとは思わないし、なれるとも思っていない。毎日あたふたどたばたして、回りの人たちの愛と親切があればこそ、何とか4人の子供たちを育てることが出来ているのだ。

世の中のみなさん、どうもありがとう。みんも8歳になりました。

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さて、明日からの旅行の準備もあと少し。(というか、かなりたくさん。(^_^; )

とにかく、明日から行ってきます。帰宅は14日です。

6/2/2002 (Evening)

ロンドンJCFに行って来ました! はちことぼぼるは、礼拝の後のお茶の時間にそれぞれ五分ずつくらい、証をさせていただきました。ロンドンJCFは思っていた通り、とても素敵な教会でした。もちろん建物云々ではなくて、そこに集う人々のことです。(建物も素敵でしたが。大英博物館の近くです。ロンドンで日曜日を迎えることがあれば、是非訪ねてみて下さい。)

盛永先生には、お会いするたびにいい先生だなぁと思う。先生の静かな熱さと謙遜さからいつも教えられる。上から下を見下ろして「教えてあげよう」というような感じではなく、一番歩みの遅い者、弱い者と一緒になって手をとって歩いてくださるような、そんな先生。

そう、謙遜ということ。昨日のケンブリッジJCFでもYさんが「謙遜になるためには、まず神様から恵みを受け取らなくてはいけない」とおっしゃっていたが、その言葉が心に響く。アンドリュー・マーレイやCSルイスが「『自分』から目を離して、神様に目を向ける」と言っていたその意味が、ようやく少しずつわかるようになってきた気がする今日この頃。ほんのちょっとだけね。

*****

ところで、ロンドンから帰って来たら、いつの間にか子供たちが煙突掃除屋さんのように真っ黒けな顔になっていた。特にま〜やはひどかった。ほんとにススだらけって感じで。(^^; ロンドンってそう言えば空気が汚いので有名だけど、なるほどねぇ。

*****

しばらく前の日記で「「わたしとイエス様」の関係がどれだけ真実のものであるかは、実は「あなたとわたし」の関係のなかに写し出されている…」と書いたが、これと関連して、ずっと心に残っていることがあった。前から書こうと思っていたのだけれど、結構キツイので書けずにいたが、やはり書いておこう、自分のために。

何年も前にシカゴの教会に来た宣教師さんがこんなようなことを言った。

「主にある兄弟姉妹のうち、あまり気が合わないという人、苦手だと感じる人、好きじゃないという人、もっとはっきり言うなら、嫌いだと思う人、あなたにそういう人はいますか? もしいるなら、今ちょっとその人のことを心に思い浮かべて下さい。  …  ではあなたは、イエス様のことはどれだけ愛していると思いますか? …

「あなたは自分ではイエス様のことを心から愛していると思っているかもしれませんが、あなたは、あなたが嫌いだと思っている人程度にしか、実はイエス様のことも思っていないのです!」

(この時の英語の表現が確か随分ややこしくて、You love Jesus only as much as you love the person you love the least.とかなんとか、そんな感じだったっけ。)

第一ヨハネ4:20なんだなぁ。

*****

さあ、いい加減、あさってからのフランス旅行のために荷物をつめなくては。その前にまず洗濯かな。ハレルヤ主よ、洗濯機を感謝します! あぁ、もちろん、私たちに10日間もの家族旅行の機会を与えて下さったことも感謝します!

6/2/2002

忙しい! 今週は子供たちの学校がhalf termのお休みなので、私たちはあさってから10日間フランスに旅行。でもまだな〜〜〜んにも荷物つめてない!何にも! 忙しいせいか疲れて夕べはケンと一緒に8時過ぎから朝まで爆睡。

今日は盛永先生からお招きを受けてロンドン日本人教会へ行って来る。実はすっかり忘れていて、夕べギリギリのところで思い出したのだった。危ない、危ない、もう少しですっぽかしてしまうところだった。(^^;

明日は午後からみんの8歳の誕生日パーティー。去年と同じく、今年もプールパーティー。あの子はそういうのが好きなんだね。フランスから戻ったら、今度はま〜やのパーティーの計画をしなくちゃ。

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いろいろとメールのお返事が出来ていなくてごめんなさい!

わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。 わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。 あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。 ヨハネ14:27 わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。 あなたがたは、世にあっては患難があります。 しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。 ヨハネ16:33


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