2005年4月9日
セミナー四方山話(その5) 三日間のセミナーの後、私は2日間のオフをいただいて自宅に戻り、のんびり休養。特に木曜日はどこにも出かけず、一日中寝てた。土曜日は午後からフォーラムだったので、午前11時半にタウンゼント&オカモト先生をホテルでピックアップして、まずは昼食へ。母から10%の割引券をもらっていたので、某ホテルの中華料理屋さんに行ったのだけど、高くてびっくりだった。そういえば、ぼぼるパパが「はちこは方向感覚が鈍いので心配」みたいなことを書いていたけど、彼の心配は大当たりで、私はしょっちゅう方角を間違えていた。ひどい時は、反対方向の地下鉄に乗ってしまったり。二駅くらい行ってから気がついて、大慌てで飛び降りて爆笑したこともあった。この日も、中華料理屋さんを出てから私は反対方向に歩き出し、オカモト先生から「来た道はこっちじゃないかい?」と正される始末。(苦笑)やれやれ、通訳はともかくとして、ガイドは私には向いてないですね。
午後から始まったフォーラムではまず各先生方が通訳込みで1時間ずつお話。どちらのお話も最後を締めるにふさわしい励まされる内容だったけど、特にタウンゼント先生の神学校時代のある出来事の話は印象的だった。
神学校時代、先生は夜はレストランでウェイターのアルバイトをしていた。ある時、職場のある女性に、「あなたは神学生なんでしょ? 私、一つ聞きたいことがあるの」と言われた。神学生にとって、ノンクリスチャンから「聞きたいことがある」と言われれば、伝道のチャンス到来!と張り切るものだろうけれど、先生も例外ではなかった。どんな質問をされるんだろう、三位一体について聞かれたら〜〜と答えよう、ヘブル語について聞かれたら〜〜と答えようと、頭のなかで考えてワクワクしていた。ところが、彼女の質問は思いがけないものだった。
「私が一緒に暮らしている男性は麻薬中毒で、調子が悪い時には私に暴力を振るうの。私は一体どうしたらいいの?」
彼は何と答えたらいいのかわからず、とりあえず「神は全てのことを相働かせて益としてくださるお方で…」と言ってはみたものの、それが彼女の助けにならなかったのは一目瞭然だった。彼女はがっかりしたように「ありがとう」とだけ言い、いつものように仕事に戻って行った。
自分の聖書や神学の知識が、実生活のなかで悩み苦しんでいる人への助けにはならないことを突きつけられた彼は衝撃を受けた。それでも聖書のなかには確かに私たちの人生への全ての答えがあるはず… 彼は改めて聖書を徹底的に学び始めた。と同時に、当時彼が研修で行っていたセキュラーな精神病院で行なわれているプログラムが、実際に心の病や傷を負っている人たちの助けになっていることにも目を留めた。病院の人たちは神や聖書について知らない、しかし人々を回復させることには成功している。一方神学校に行っている自分は神や聖書について知っている、しかし人々を助けることができない… 彼は自分のなかでその二つの分野が統合されていないことに葛藤を覚えた。
実際に役に立っている病院でのプログラムを観察し、一方で改めて聖書を学び直していくうちに、彼はあることに気がついた。それは、神や聖書を意識していないにもかかわらず、病院で行なわれているプログラムは、実はその原則を聖書の中に見出すことができる、ということだった。愛をもって相手を受け入れる、心を開く、対決する、真理を語る、境界線を引く… そういったことは、すでに聖書のなかで神が数千年前から語っておられることではないか。やはり聖書のなかに答えがあった! 彼のなかで、分裂していた二つの分野が一つになった。そして同じ頃、同様の葛藤を持っていたヘンリー・クラウドと出会い、現在に至る彼らのミニストリーが始まった…
この日のフォーラムは、もともとクリスチャンの精神科医、カウンセラー、牧師といった専門職の方々を対象とするものであったため、この日も大勢のそういった方々が来ておられた。タウンゼント先生は専門職の方々を励まして言われた。
「皆さんの持っておられる専門家としての知見と経験、そしてクリスチャンとしての知識と経験もまた、分断されたままである必要はないのです。それを一つに統合して、傷つき悩み苦しんでいる人たちに、真の回復の道を聖書から指し示すことができるのです!」
(注:フォーラムで通訳をしているときは、ちゃんと先生がお話されている通りのことを通訳したつもりですが、この日記に書いているのは私自身が消化したことなので、私の解釈が入っている部分もあると思います。その点はご了承ください。あとでDVDを見てみたら、そうは言ってないよ、という部分もあ
るかも… (^_^;; )
先生たちのお話の後は20分ほどの休憩があって、それから質疑応答のセッション。この時の通訳はキャシーが半分担当してくれたのでありがたかった。一人で全部はとても無理だったもの。
このセッションも2時間くらいやったはずだけど、あっと言う間に感じた。いい質問がたくさん出ていましたね。インナーヒーリングはどうかとか、心の病を持つ人にはどのように境界線を引いたらいいのかとか、「〜に対する責任」と「〜に関する責任」の違いとか… 通訳しながら私自身勉強になったし、とにかく楽しかったです。
後からリバ新の谷口編集長の奥様からいただいたお手紙のなかに、「本当に楽しい、また心の奥底から揺さぶられるような数日間でした」とあったのだけれど、まったくアーメン。今回のセミナーは、奉仕者一同、とにかく楽しかった。身体的には確かにハードな部分もあったけど、誰もカリカリしてる人がいなくて、みんな主の御臨在のなかで伸び伸びワクワク、その御業に畏怖と感動を覚えながら、喜びを持って働いていたと思う。そしてこの感覚はきっと、参加者の方たちにも共有してもらえたんじゃないかな。
この日は全部終わってから、尾山先生ご家族、タウンゼント&オカモト先生、そして堀越先生ご夫妻と共に教会の近くのフレンチレストランへ。今後の展開についても話しながら、とても良い交わりを持つことができた。感謝。事務局の方々には、きっとまだ事務的な後処理がいろいろ残っているのでしょうが、それもすべて守られ、スムーズにいきますように。日記には登場しなかったけれど、背後で支えてくださっていた大勢の奉仕者の方たちにも心から感謝します。
2005年4月10日
ブログに移行してみようかなとつぶやいたら、結城浩さんが「ブログならはてなダイアリーがいいですよ」と教えてくださったので、早速試しに作ってみた。
●はちことぼぼるの日記 ブログ版
まだブログというものが今ひとつピンと来ないので、当面はこちらの日記をメインにしつつ、慣れるまで平行してやってみることにします。ほんとにブログでcomfortableになってきたら、その時には全面的にそちらに移行します。ブログにすることで今まで何が違うかというと、コメントをつけたりトラックバックをしたりできることでしょうか。(だけど私はまだトラックバックも何なのかよくわかっていない…)とりあえず、よろしくお願いします。
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今日は、ユースパスター候補が教会に来た。やっぱり以前のユースパスターのインパクトが大きかったから私にはちょっと何とも言い難いけど、第二歴代誌20章からの彼の今朝の礼拝メッセージはとても良かった。ここは私も大好きな箇所。タイトルは「どうしたらいいかわからないとき、どうしたらいいか。」
第一に、主を求める。(「私たちとしては、どうすればよいかわかりません。ただ、あなたに私たちの目を注ぐのみです。」12節)
第二に、主に聴く。(「よく聞きなさい。」15節)
第三に、主を礼拝し、賛美する。(「主の前にひれ伏して主を礼拝し、…主を賛美した。」18、19節)
第四に、主から語られたことに従順に従う。(「あなたがたの神、主を信じ、忠誠を示しなさい。」20節)
もしこのユースパスターが主によって私たちに備えられた器であるなら、私たちがそれを見極め、受け取ることができますように。
そういえば、パスターは先週の私の日本レポートに大いに励まされ、うちの教会でも是非タウンゼント博士を招いてセミナーを開いたり、リカバリーのミニストリーを始めたいと言い出した。パスターはずっと、どうすればコミュニティーに届いていくことができるか、教会として何をコミュニティーに差し出すことができるかと祈り求めていて、「これだ!」と思ったらしい。私が日本で経験してきたことが、シカゴでの母教会での働きにもつながっていくなら、こんなに嬉しいことはない。主よ、私たちにさらなるビジョンを与え、あなたの道に歩ませてください。