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はちことぼぼるの日記

エントリーの最後に(ぼ)とあるのはぼぼるパパによる日記です。

2005年4月1日

今日はエミを連れて目医者さんに。コンタクトを作った。まだ早くないかなぁと思って調べたところ、自分でレンズのケアができるのであれば、別に何歳からコンタクトにしてもかまわないということだったので、エミなら大丈夫だろうと思い、本人の希望もあって踏み切った。2週間ごとの使い捨て式のソフトレンズ。今日は初日なので4時間から。本人は嬉々としている。

そういえばパパが私の留守中にギターを新調して、エミはお古のギターをもらい受けた。そしてすでにポロポロと一人で楽しむ程度には弾けるようになってきたらしい。彼女はすでにバイオリンをやっているから、指先は頑丈で(?)あまり痛むことなく弦が押さえられるんだね。何だかいろんな意味で子供たちが成長していくなぁと思う。

*****

セミナー四方山話(その一) 一番最初のセッションはやはり緊張した。600人まで収容できるという会場は一杯で、第二会場も使ったほど。あたりは熱気が立ちこめていた。3階の控え室から6階の会場まで上がって来て人だかりを見た時、思わず逃げ出したい衝動にも駆られたけど、まさかそうもいかない。仲間たちの「祈ってるよ」という言葉に支えられ、タウンゼント博士と共に壇上に立つ。いざ前に立ってみると、会場は広いし、確かに満員なんだけど、私は目が悪いので、あまり様子がわからないのが幸いした。

始まってみると、聴衆の反応から、集まっている人たちの3分1くらいは英語が理解できる人たちらしいことを感じた(通訳を待たずに先生の言葉に反応しているから)。ということは、私が間違えれば3分の1の人たちには逐一それが分かってしまうわけだ。通常ならやりにくいなぁと感じて萎縮してしまうところだったかもしれないけれど、なぜかあまり気にならなかった。神さまが私の心を守って下さっていたのだと思う。とはいえ、緊張していたのは間違いなくて、休憩までの最初の1時間は長かった。「あと10分」のカードが出されたときは心のなかでホッとした。 

休憩が終わって再び壇上に立つ時、何だかとても足が重くて、心のなかで「イエス様、助けてください!!」と叫んでいた。私はそんなに緊張してたっていうのに、タウンゼント先生ときたら話の途中で妙な冗談を言うものだから(笑)、私は立ち往生してしまう一幕もあった。

タ「When I wrote the book "Boundaries" 150 years ago....」

は「私が『境界線』という本を… ????」 怪訝な顔をして先生を見る。

タ「When I wrote the book "Boundaries" 150 years ago....」

は 「……」 無言で先生を見つめる。 会場はすでに笑いでどよめいている。私はといえば、頭の中が真っ白状態。先生が何を言わんとしているのかつかめず、会場の人たちは笑っているし、内心かなりあせっていた。

タ「150 years ago! It's a joke!」 会場からはドッと笑いが起きる。

は「すみません、先生の冗談がわからなくて、通訳できませんでした。」 会場、再び笑う。

「150年前に『境界線』という本を書いたときに…」なんて、冗談としては別に面白くないと思うんだけどなー。マジで冗談だとは気づかなかった私。だけど、私が目一杯ボケをかましてしまったせいで、聴衆から笑いを取るという先生の目的は無事に達成されたわけで、まぁ良しとしましょうね。(笑)私と先生の間では、この件は後まで語り草になって、思い出しては二人で大笑いしていた。

笑い話はさておき、タウンゼント先生の話はとてもうまく、会場の皆さん、みんな身を乗り出して聴いておられた。セミナーの前日と当日の朝、「日本の人たちってどんな聴衆だろう?」としきりと私から事前調査をしておられた先生。小咄っぽい長めのジョークは日本人には伝わりにくいかもしれない、体験談とか例話はいいと思う、日本のクリスチャンは聖書を重んじるから(アメリカ人はそうじゃないというわけじゃないけど)、バウンダリーの概念を説明するときも、なるべく御言葉をひきながらそれが聖書的なものであることを強調する方が、みんなに納得してもらいやすいのではないか、などなど、直前に聞いたことを、先生は見事に講演のなかに取り入れておられたので、さすがと思った。また、なるべくインタラクティブな講演にしたいと言っておられた先生は、前半一時間の聴衆の反応の良さから、休憩後のセッションでは早速会場からの質問を求めた。すると核心を突くとてもいい質問が二つだされて、先生はますますその後の話がしやすくなったようだった。

このセミナーはDVDに収録され、後に発売になりますので、興味のある方は是非お買い求めください。はちことタウンゼント先生の掛け合い漫才のオマケ付きです!?

2005年4月2日

来週の月曜日がエミの14歳の誕生日なので、何がしたい?と聞くと、春の洋服の買い物に行きたい、とエミ。そこで今日は二人で買い物に行って来た。しかしエミは丁寧に選んでじっくり試着するので、買い物に時間がかかる。さすがの私も途中で疲れて、一人でコーヒーショップに行ってエミが終わるのを待つことにした。服と春向けのサンダルは私が買って、アクセサリーやボディーローションなどは自分のお小遣いで買っていた。14歳かぁ。あと4年もしたら、大学進学でエミはもう親元を離れることになるんだろうな。彼女を独り立ちさせるまでに私に残された時間は、あと4年…

*****

セミナー四方山話(その二) 2日目は、朝10時から始まるはずが予定変更があって9時から開始。精神科医のオカモト先生の「クリスチャン生活と脳における化学的不均衡」という講演がまず1時間、続いて10時過ぎからタウンゼント先生の「境界線」に関する講演の第二回め。この日は初日ほどは緊張していなかったし、時間が過ぎるのもあっと言う間に感じた。

「Swine Test」が出たのはこの日だったかな。初日だったかもしれない。話の流れは正確には覚えていないけれど、どういう場合には他者に助けの手を差し伸べ、どういう場合には差し伸べない方がいいのか、というような文脈だったと思う。困っている人のことは助けるべきだけれど、単に無責任で怠惰なだけの人の場合は、むやみに助けるとかえって相手の成長の妨げになってしまう。また聖書には「豚に真珠を投げてはいけない(マタイ7:6)」と書いてある。私たちの境界線の内側にあるものは、私たちが責任を持って管理すべき宝であり、「真珠」である。それを豚に投げるような真似をして無駄にしてしまうことは、よき管理者のすべきことではない。では相手が本当に困っている誠実な人なのか、それとも相手から搾取したいだけの無責任で怠惰な人(「豚」)であるのか、どうやって見分けたらいいのか。そんなときは聖書に従って、まず「恵み」から始めよう。相手に助けを差し伸べて、その人がそれをもとにどんな実を生むのかを見極める。相手が「人間」であれば、その人はあなたが差し伸べた助けの手に感謝し、それをもとに自ら立ち上がっていくだろう、しかし「豚」であるなら、その人はあなたからもっと搾取しようとして「ブーブー」言うだけだろう… 

とてもわかり易い良いお話だったのだけど、先生は、この「ブーブー」の部分、思い切り鼻をならしてリアルな豚の物まねをなさった。この豚の瞬間芸は、私があらためて通訳(?)するまでもあるまいと思い、私は「I'm not gonna do that! (私はそれはしませんよ!)」と先生に言った。「えー、やらないのー?」と先生。最前列にいたキャシー(尾山清仁先生の奥様)からは「Boundaries!」と声援が飛んだ。そこで私は先生にこう申し上げた。

「Even when I'm interpreting, I have my boundaries! (たとえ通訳をしているときでも、私には境界線がありますから!)」 会場からは拍手が沸き起こった。先生は笑いながら、

「I hate people with healthy boundaries! (健全な境界線を持った人は嫌ですねぇ!)」

このようなやりとりは、通常なら通訳としての役割を踏み越えていて御法度だろうけれど、実は先生は、先生と私の関係を使って境界線の実例を示すような寸劇というか、ロールプレイみたいなことができればいいね、と事前におっしゃっていたのでした。今回のこのやりとりは予定されていたわけではなかったけれど、結果として先生が希望されていたような流れになったので良かった。

で、この後どういう話になったのかは、私の記憶にはまったく残っていない。やっぱり緊張してたのかなぁ。

2005年4月3日 今日から夏時間開始(日本との時差14時間)

続く時差ボケ。明日からは子供たちの新学期が始まるので、ちゃんと起きないといけない。早く寝なくちゃ。

今日は夕拝で、日本での体験についてレポートをさせてもらった。10〜15分くらいのつもりだったのに、今朝の礼拝で週報を見たら、普段は牧師の夕拝メッセージのタイトルが書いてある箇所に、「今夜ははちこが日本での体験について報告してくれます」と書いてあり、慌ててしまった。結局、40分くらい話した。

2005年4月4日

何だか知らないけれど、連日こんこんと眠っている。時差ぼけのどさくさに紛れて、必要以上に寝ているような気もする。

セミナー四方山話(その3) 時差ぼけと言えば、セミナー期間中タウンゼント先生もオカモト先生も夜よく眠れないで、疲れておられた。それで私は先生に、「私の経験では、時差ぼけの時はいくら頑張って昼間無理して起きていても、夜は夜でどうしてもぐっすり眠れないものなんですよ。だから、時間があれば、昼でもいつでも、少しでも横になってお休みなられた方がいいですよ」と言った。しかしタウンゼント先生は「いや、僕の経験では、最初の2日ばかり頑張って昼間起きていれば、夜ちゃんと眠れるようになるんだ」とおっしゃった。けれど、日本滞在3日めの朝、目をしょぼしょぼさせながら情けない顔で起きて来た先生は、「やっぱりはちこの言う通りかもしれない。どうしても数時間おきに目が覚めてしまって、疲れているのに眠れやしない。今日は昼間、機会があれば少し横になろう。」でも結局、連日エキサイティングなことが続き、先生方はほとんどお休みになれないままの一週間だったのでは。

セミナー3日目は、私にとって一番ハードな日だった。朝9時からのオカモト先生のセッション、10時からのタウンゼント先生のセッション、そして午後2時から5時のもう一つのオカモト先生のセッションと、全部私が通訳することになっていたので。それでも午前中はなんとかなったものの、午後はキツかった。またオカモト先生の話し方は、タウンゼント先生のスタイルとは随分違い、それもまた私にはやりにくい要因の一つだった。話がどの方向に向かっているのかが掴みにくかったため、一行ごとの通訳ではなく、ある程度まとめて、話の塊ごとに要旨を通訳するような形にせざるを得なかったのだが、そうすると今度は細かい部分を訳しもらしてしまう。たとえば先生が5つくらいリストをあげても、私は二つか三つくらいしか訳出できず、後は「〜などです」で済ませてしまったり。後でDVDを見るのが恐い。このセッションの通訳は、間違いもきっとたくさんあるんじゃないかな… 詳細はあちこち間違えたり訳し損なったりしたかもしれないけれど、先生のお話のポイントはちゃんと皆さんに伝わっていますようにと、ただ祈るだけ…

それにしても、通訳というのは翻訳とは全然違うプロセスだ。翻訳だと原文をじっくり読み、訳文もじっくり考えて練ることができるけれど、通訳は聞いたことを瞬時に日本語にしないといけない。通訳しながら自分で「あ、間違えたな、」と気づくこともままあるのだが、自分の間違いをいつも訂正できるとは限らない。もちろん、大切なポイントであれば、次に自分の番が回ってきた時に先に戻って訂正するが、ちょっとしたことであれば、「あー、さっきの、間違えてたなー」と思いながら、あえてそのまま先に進む。間違えたと自分でわかっていて、そして聴衆のなかにも私の間違いに気づいた人たちはいるはずだとわかっていながらなおも続けていくのだから、なかなか精神力(と面の皮)が鍛えられる仕事だ。一方、セレブレイト・リカバリーのチームの通訳を担当したキャシーは、通訳経験も豊富で毎回とても落ち着いていた。そのキャシーがいつも最前列にいて、私のことを見守っていてくれたのは、私にとって大きな支えだった。休憩のたびに私を思い切りハグして「You are doing great! I'm so proud of you!」と言ってくれることに、どれだけ励まされたことか。

水曜日の午後のセッションについては、もう少し書きたいことがあるのだけど、長くなってきたから今日はこのへんにしておこう。…と思ってから今リバイバル新聞社のHPを見たら、このセミナーの記事があってそこに水曜日の夜のことも書かれていましたね。そう! これなんです。皆さん、是非ご覧下さい!(ちなみに、この記事に出ている写真を撮ったのは、はちこなんだよー♪)

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お知らせ:『スモールグループから始めよう!』の表紙の付け替え、流通の再納品は全て完了したそうです。キリスト教書店には新しい表紙のものが通常通りに並んでいるはずですので、よろしくお願いいたします。お待ちくださっていた皆様、どうもありがとうございました。

それから、『スモールグループから始めよう!』の紹介ページも作りました。後からもう少し書き足すかもしれませんが、とりあえず公開してみます。

スモールグループから始めよう! 〜人生を変える恵みと真理の実践〜

2005年4月5日

今日も気温は20度くらいまで上がってとてもいいお天気。夏時間になったせいで日も長いし。このまま一気に夏に向かって欲しいところだけど、またいつ雪が降るかもわからないのがシカゴの4月。

セミナー四方山話(その4) 水曜日の午後のセッションの後、ある短いビデオが上映された。重度の小児麻痺で車椅子生活の青年とそのお父さんの実話。この青年はある時マラソンをしたいという志を持つようになった。しかし当然一人では走れない。そこでお父さんは、息子を乗せた車椅子を押してマラソンに参加することにした。お父さん自身、それまでマラソンなどしたことがなかったけれど、息子と二人でトレーニングをした。そして二人でいくつものレースを走り、トライアスロンにも挑戦し、ついには二人でマラソンで大陸横断まで成し遂げた。車椅子の青年と、それを押して走る父親。二人の姿は大勢の人々に感動を与えた。

このビデオの一番最後に、「Never Run Alone」という文字が流れた。Never run alone... 決して一人きりでは走らないで下さい。 これはまさに今回のコンファレンスの根底に流れるテーマだ。ビデオの後、タウンゼント先生が前に出てこうおっしゃった。

「私たちには二つの『together』が不可欠です。一つは神さまとの縦の『together』、もう一つは人々との横の『together』です。私たちが癒され、回復され、成長していくためにはこの二つが必要なのです…」

これは、神さまだけでは不十分、という意味ではなく、神さまご自身が私たちの成長に対して持っておられるご計画のなかに、「人々との関係」が組み込まれているのだということ。(この点に関しては、是非『スモールグループから始めよう!』をご参照ください。)

「そのお方によって、からだ全体は、一つひとつの部分が各自の働きをなすことにより、また、補強するためのあらゆる結び目によって、つながれ、組み合わされ、成長して、愛のうちに自らを建て上げるのです。」(エペソ4:16 NIVからの邦訳)

今回の通訳奉仕を通しても、この二つの『together』の意義を深く思わされた。夜ホテルで休んでいるとき、朝起きたとき、講演が始まる直前の賛美のとき… 私は自分一人の力では何もできないことを嫌というほど自覚していたから、とにかくすがる思いで神さまに祈っていた。(余談だけど、2日目の朝の賛美の時、私が泣きながら祈っていたら、私の目の涙を見たタウンゼント先生は「あれ、目がどうかしたの? (What's wrong with your eyes?)」 それで私が、「そうじゃなくて、私は神さまなしには何もできないので、主の御臨在が共にありますようにとお願いしていたのです」と答えると、先生は「そうだね、その通りだね、僕たちは神さまの御臨在なしには何もできないんだ」とハグしてくださった。)祈って、賛美して、主の暖かい御腕のなかにたっぷりと浸って、そして壇上に立ったとき、私の隣にはタウンゼント先生がおられ、最前列の席には清仁先生とキャシーがおられ、聴衆の後ろの方にはリバイバル新聞の谷口さん夫妻がおられ… あぁ私は一人でこの働きをしているわけではないんだと強く実感できた。それはまるで、神さまの愛と守りが、神さまご自身が備えてくださったこの愛する仲間たちの祈りと視線を通して私に注がれているかのようだった。まさに、I was NOT running alone. また遠いシカゴの地ではぼぼるパパがリアルタイムで私のために祈っていてくれて、セミナー開催中は一日3回くらい電話で話し、お祈りしてもらっていたし。

セミナーの間、いろんな人たちとお話する機会があったけど、講師の先生方やセレブレイトリカバリーチームの人たちからたびたび耳にし、また私自身語っていたことは、「それを一人ではしないでください」ということだった。いろいろな問題やチャレンジを抱え、人生の大切な関係のなかに境界線を引こうとし、また過去の罪や悪癖の告白とそこからの回復を必要としている人たち… 「それを一人ではしないでください。」私たちは何事も一人きりで行なおうとするなら、遅かれ早かれ潰れてしまうものなのだから。もちろん状況によっては、具体的な支援が一切得られず、ただ神さまのみにすがらないといけない場合もあるでしょう。でもほとんどの場合は、私たちが心を開いて周りを見渡しさえするなら、きっと誰かしら私たちの支えとなってくれる人が備えられているはず。だって、「人がひとりでいるのは良くない」とおっしゃったのは、他でもない神さまご自身なのだもの。

今、この日記を読んで下さっている方のなかに、何かを一人で抱え込んでしまっている方がおられるでしょうか。もしそうなら、神さまはあなたのためにも、必ずどこかに支えとなる仲間を備えて下さっているはずですから、その人がどこにいるのか見つけることができるように、お祈りしてみてください。私も祈ります。私たちのうち誰も、決して一人きりで走ることがありませんように… 神さまがすでに備えてくださっているはずの、仲間を見出すことができますように… 関係のなかで人々を通して働かれる神さま、私たちがあなたの愛を、この人生においても豊かに経験することができますように。

今日はラミレス選手のことについて書こうと思っていたのだけど、長くなってきたのでそれはまた明日にしよう。

2005年4月6日

今日は、日本に戻って以来、はじめてお昼寝をしなかった。夕べは明け方4時頃に寝て朝6時に起き、そのままずっと頑張っているので、今夜こそはきっと普通の時間に眠れるだろう。ばんざい。

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ラミレス選手の話。水曜日の晩、聖霊さまの素晴らしい御臨在に浸されたあと、私たちは叙々苑という焼き肉屋さんでラミレス選手と合流するため、6時半過ぎに教会を出た。待ち合わせの時間は本当は6時半から7時の間に、というはずだったのだけど、いろいろ後始末をしていたら遅くなってしまったのでした。タウンゼント博士は「シブヤのジョジョエン。住所はここだ。ウェブで調べたんだ」と、メモを見せる。渋谷駅から徒歩1分とのことなので、場所は知らないけど行けばすぐにわかるだろう、と気軽に考えてみんなで出発。地下鉄で新宿まで出て、それから山手線に乗り換えて渋谷まで。ところが、いざ渋谷まで出て来ていろんな人にジョジョエンの場所を聞くものの、みんな知らないという。総勢5人で歩いていたのだけれど途中で二手にはぐれて道に迷ったりして、ようやく目指す場所に着いた時、時計はすでに7時半を回っていた。(109のすぐ近くだったんですけどね。(^_^;; )雨は降ってるし、3日間のセミナーの後で、みんな疲れてもいた。とにかく着いて良かったと、エレベーターに乗ってジョジョエンの入り口までたどりついたものの、そこで待っていると言っていたはずのラミレス選手はいない。「おかしいなぁ、入り口のホールで待ってるって言ってたのに。」タウンゼント先生は首をかしげつつ、携帯でラミレス選手に電話を入れた。「ヘイ、アレックス!」と最初の一声は元気が良かったものの、しばらくすると、「Oh, no! Oh, I'm sorry. I'm so sorry. I'm sooo sorry...」と悲しそうな声を出している。電話を切ったタウンゼント先生、がっくりと肩を落とし、「申し訳ない。僕の責任だ。場所を間違えた。西麻布のジョジョエンだった。そんなにいくつもあるとは知らなかったから、ウェブで調べた時一番上にあった住所をメモしてしまったんだ…」もちろん、誰も先生のことを責めたりしないで、すぐにタクシーを拾って西麻布まで移動。今度こそ本当にラミレス選手と合流できたのは、もう8時をまわるかという頃だった。

だけど、ラミレス選手、ものすごく良い人! 1時間以上待たせたのに全然怒ってなくて、とびきりの笑顔で私たちを迎え、すぐに貸し切っていた部屋へと案内してくれた。その部屋にはラミレス選手の義理の息子のジュニアと付き人の人たち3人がいた。ジュニアは寮住まいで門限があり、もうすぐ帰らないといけないため一足先に始めていたけれど、他の人たちは待っていてくれた。ラミレス選手とジュニアは、ホームランを打った時にやるというパフォーマンスを、惜しげもなくその場で披露してくれた。二人ともものすごくいい人たちだった。

私はプロスポーツ選手なんてものを間近で見るのは初めてだったけど、全然気取ってなくて、偉そうじゃなくて、優しくて、にこやかで、最高でしたね。そして嬉しそうに神さまの話をしていました。近々彼は個人のHPを立ち上げるそうで、そこでは御言葉を日替わりで載せたり、教会へのリンクを張ったり、信仰をかなり前面に出すものになるようです。彼は野球によって手にした富と知名度と影響力を、神さまのために用いたくて仕方がない様子で、彼が考えているいろんなプランを、嬉しそうにタウンゼント先生に話していました。(ちなみにラミレス選手は、タウンゼント先生たちがやっているクリスチャンカウンセリングのラジオ番組、New Life Live!の強力なサポーターでもあるそうです。)プロスポーツ界の外国人選手のなかにはクリスチャンも結構いるようで、そういう人たちと一緒に東京ドームでも借り切って、プロミスキーパーズのような感じの男性集会をやれたらいいな、とか。プロスポーツ選手が音頭を取れば、教会主催の聖会やクルセードには絶対行かないような人たちも、大勢集まるんじゃないかな。実現したら素晴らしいね。以前誰かが、日本のおばさんたちには「イケメン伝道」なんかどうだろうと言っていた気がするんだけど(誰よ、そういうこと言う人って? 笑)、日本の男性たちにはプロスポーツ選手による伝道とか、いいかもしれないね?

というわけで、スポーツにはとんと疎い私も、すっかりラミレスファンになったのでした。(事前に「私はスポーツはわからなくて」と言っていたら、オカモト先生やタウンゼント先生から、ラミレス選手に会うときには間違っても「タッチダウンは何回決めましたか」とか、ずれた質問はしないようにね、ボロが出ないよう、なるべく黙ってなさい、と忠告されていた私でしたが。笑)

2005年4月7日

「リカバリーセミナー:バウンダリー」のお知らせページに、リバイバル新聞4月3日号に掲載された同セミナーに関する記事を転載させていただきました。(リバイバル新聞様、転載許可感謝します!)先日ご紹介した記事の他に、タウンゼント博士のインタビューもあります。是非ご覧ください。

2005年4月8日

だんな雄作くんが日記をブログに移行してみたら?と勧めてくれたので、ちょこっと調べてみたのだけど、うーん、やっぱり年を取って来たのか、新しいことを学ぶのがどうにも億劫で、やっぱり当分このままでいくことになりそう。ほんのちょっとだけ、興味はあるんだけどねぇ…

2005年4月9日

セミナー四方山話(その5) 三日間のセミナーの後、私は2日間のオフをいただいて自宅に戻り、のんびり休養。特に木曜日はどこにも出かけず、一日中寝てた。土曜日は午後からフォーラムだったので、午前11時半にタウンゼント&オカモト先生をホテルでピックアップして、まずは昼食へ。母から10%の割引券をもらっていたので、某ホテルの中華料理屋さんに行ったのだけど、高くてびっくりだった。そういえば、ぼぼるパパが「はちこは方向感覚が鈍いので心配」みたいなことを書いていたけど、彼の心配は大当たりで、私はしょっちゅう方角を間違えていた。ひどい時は、反対方向の地下鉄に乗ってしまったり。二駅くらい行ってから気がついて、大慌てで飛び降りて爆笑したこともあった。この日も、中華料理屋さんを出てから私は反対方向に歩き出し、オカモト先生から「来た道はこっちじゃないかい?」と正される始末。(苦笑)やれやれ、通訳はともかくとして、ガイドは私には向いてないですね。

午後から始まったフォーラムではまず各先生方が通訳込みで1時間ずつお話。どちらのお話も最後を締めるにふさわしい励まされる内容だったけど、特にタウンゼント先生の神学校時代のある出来事の話は印象的だった。

神学校時代、先生は夜はレストランでウェイターのアルバイトをしていた。ある時、職場のある女性に、「あなたは神学生なんでしょ? 私、一つ聞きたいことがあるの」と言われた。神学生にとって、ノンクリスチャンから「聞きたいことがある」と言われれば、伝道のチャンス到来!と張り切るものだろうけれど、先生も例外ではなかった。どんな質問をされるんだろう、三位一体について聞かれたら〜〜と答えよう、ヘブル語について聞かれたら〜〜と答えようと、頭のなかで考えてワクワクしていた。ところが、彼女の質問は思いがけないものだった。

「私が一緒に暮らしている男性は麻薬中毒で、調子が悪い時には私に暴力を振るうの。私は一体どうしたらいいの?」

彼は何と答えたらいいのかわからず、とりあえず「神は全てのことを相働かせて益としてくださるお方で…」と言ってはみたものの、それが彼女の助けにならなかったのは一目瞭然だった。彼女はがっかりしたように「ありがとう」とだけ言い、いつものように仕事に戻って行った。

自分の聖書や神学の知識が、実生活のなかで悩み苦しんでいる人への助けにはならないことを突きつけられた彼は衝撃を受けた。それでも聖書のなかには確かに私たちの人生への全ての答えがあるはず… 彼は改めて聖書を徹底的に学び始めた。と同時に、当時彼が研修で行っていたセキュラーな精神病院で行なわれているプログラムが、実際に心の病や傷を負っている人たちの助けになっていることにも目を留めた。病院の人たちは神や聖書について知らない、しかし人々を回復させることには成功している。一方神学校に行っている自分は神や聖書について知っている、しかし人々を助けることができない… 彼は自分のなかでその二つの分野が統合されていないことに葛藤を覚えた。

実際に役に立っている病院でのプログラムを観察し、一方で改めて聖書を学び直していくうちに、彼はあることに気がついた。それは、神や聖書を意識していないにもかかわらず、病院で行なわれているプログラムは、実はその原則を聖書の中に見出すことができる、ということだった。愛をもって相手を受け入れる、心を開く、対決する、真理を語る、境界線を引く… そういったことは、すでに聖書のなかで神が数千年前から語っておられることではないか。やはり聖書のなかに答えがあった! 彼のなかで、分裂していた二つの分野が一つになった。そして同じ頃、同様の葛藤を持っていたヘンリー・クラウドと出会い、現在に至る彼らのミニストリーが始まった…

この日のフォーラムは、もともとクリスチャンの精神科医、カウンセラー、牧師といった専門職の方々を対象とするものであったため、この日も大勢のそういった方々が来ておられた。タウンゼント先生は専門職の方々を励まして言われた。

「皆さんの持っておられる専門家としての知見と経験、そしてクリスチャンとしての知識と経験もまた、分断されたままである必要はないのです。それを一つに統合して、傷つき悩み苦しんでいる人たちに、真の回復の道を聖書から指し示すことができるのです!」

(注:フォーラムで通訳をしているときは、ちゃんと先生がお話されている通りのことを通訳したつもりですが、この日記に書いているのは私自身が消化したことなので、私の解釈が入っている部分もあると思います。その点はご了承ください。あとでDVDを見てみたら、そうは言ってないよ、という部分もあるかも… (^_^;; )

先生たちのお話の後は20分ほどの休憩があって、それから質疑応答のセッション。この時の通訳はキャシーが半分担当してくれたのでありがたかった。一人で全部はとても無理だったもの。

このセッションも2時間くらいやったはずだけど、あっと言う間に感じた。いい質問がたくさん出ていましたね。インナーヒーリングはどうかとか、心の病を持つ人にはどのように境界線を引いたらいいのかとか、「〜に対する責任」と「〜に関する責任」の違いとか… 通訳しながら私自身勉強になったし、とにかく楽しかったです。

後からリバ新の谷口編集長の奥様からいただいたお手紙のなかに、「本当に楽しい、また心の奥底から揺さぶられるような数日間でした」とあったのだけれど、まったくアーメン。今回のセミナーは、奉仕者一同、とにかく楽しかった。身体的には確かにハードな部分もあったけど、誰もカリカリしてる人がいなくて、みんな主の御臨在のなかで伸び伸びワクワク、その御業に畏怖と感動を覚えながら、喜びを持って働いていたと思う。そしてこの感覚はきっと、参加者の方たちにも共有してもらえたんじゃないかな。

この日は全部終わってから、尾山先生ご家族、タウンゼント&オカモト先生、そして堀越先生ご夫妻と共に教会の近くのフレンチレストランへ。今後の展開についても話しながら、とても良い交わりを持つことができた。感謝。事務局の方々には、きっとまだ事務的な後処理がいろいろ残っているのでしょうが、それもすべて守られ、スムーズにいきますように。日記には登場しなかったけれど、背後で支えてくださっていた大勢の奉仕者の方たちにも心から感謝します。

2005年4月10日

ブログに移行してみようかなとつぶやいたら、結城浩さんが「ブログならはてなダイアリーがいいですよ」と教えてくださったので、早速試しに作ってみた。

はちことぼぼるの日記 ブログ版

まだブログというものが今ひとつピンと来ないので、当面はこちらの日記をメインにしつつ、慣れるまで平行してやってみることにします。ほんとにブログでcomfortableになってきたら、その時には全面的にそちらに移行します。ブログにすることで今まで何が違うかというと、コメントをつけたりトラックバックをしたりできることでしょうか。(だけど私はまだトラックバックも何なのかよくわかっていない…)とりあえず、よろしくお願いします。

*****

今日は、ユースパスター候補が教会に来た。やっぱり以前のユースパスターのインパクトが大きかったから私にはちょっと何とも言い難いけど、第二歴代誌20章からの彼の今朝の礼拝メッセージはとても良かった。ここは私も大好きな箇所。タイトルは「どうしたらいいかわからないとき、どうしたらいいか。」 

第一に、主を求める。(「私たちとしては、どうすればよいかわかりません。ただ、あなたに私たちの目を注ぐのみです。」12節)

第二に、主に聴く。(「よく聞きなさい。」15節)

第三に、主を礼拝し、賛美する。(「主の前にひれ伏して主を礼拝し、…主を賛美した。」18、19節)

第四に、主から語られたことに従順に従う。(「あなたがたの神、主を信じ、忠誠を示しなさい。」20節)

もしこのユースパスターが主によって私たちに備えられた器であるなら、私たちがそれを見極め、受け取ることができますように。

そういえば、パスターは先週の私の日本レポートに大いに励まされ、うちの教会でも是非タウンゼント博士を招いてセミナーを開いたり、リカバリーのミニストリーを始めたいと言い出した。パスターはずっと、どうすればコミュニティーに届いていくことができるか、教会として何をコミュニティーに差し出すことができるかと祈り求めていて、「これだ!」と思ったらしい。私が日本で経験してきたことが、シカゴでの母教会での働きにもつながっていくなら、こんなに嬉しいことはない。主よ、私たちにさらなるビジョンを与え、あなたの道に歩ませてください。

2005年4月11日

ブログの方にも早速アクセスして下さった皆さん、またコメントを残して下さった皆さん、どうもありがとうございました。(^^)心暖まるコメント、そしてお祈りを感謝します。

さて、4月9日の日記に、Tomokoさんから、「タウンゼント氏が神学校時代にアルバイトしていた時の質問について、今のタウンゼント氏だったら、何と答えるのだろう?」というコメントがありました。興味深いですよね。私はタウンゼント先生ではないですが、先生の著作やラジオなどでのお働きから、どのように答えるのかある程度想像することはできます。恐らく、次のような感じのことをおっしゃるのではないでしょうか。

まず、彼が身体的にも感情的にも彼女を傷つけるような言動を続けるのであれば、彼女は自分の身の安全を確保する必要があるでしょう。境界線を明確にして、「今度私を傷つけることをしたら、私は友人の〜〜さんのところへ行きます」あるいは、「この状態が続くなら、これ以上私はあなたと一緒に暮らしません」などのことを言って、それを実行します。しかしそれをすることは彼女一人では難しいので、誰か彼女をサポートしてくれる人たちを見つける必要があります。(ここで、彼女を教会のスモールグループなどに誘うといいでしょうね。)一方で、彼が依存症から回復できるように、彼のためのサポートグループや専門機関を探すなどの手伝いもすべきでしょう。そして、神さまがこれらのことをするための力と恵みと助けを与えて下さるように一緒に祈りましょう…

このように相手の破壊的な行動に限界を設け自分の身を守ることは、決して薄情や身勝手ではなく、相手のためにもなる聖書的な行ないであることを彼女に説明して、優しく、力強く、励ますことでしょう。セミナーでも先生は繰り返しおっしゃっていましたが、私たちは相手を愛するがゆえにと思いつつ、結果的には相手のためにならない行動を取ってしまいがちなんですよね。「痛みはそれがもたらす実によって評価せよ。」境界線を引いて限界を設けることや、相手に自分の言動の結果を負わせることは、一時的に相手に(また自分にも)痛みをもたらすことが多いですが、痛みがあるからといってそれが悪いことだというわけではありません。(歯医者さんに行って虫歯の治療を受けることは痛みが伴いますが、それがもたらす実は良いものです!)ただ往々にして、私たちはその痛みに耐える強さや勇気を一人では持てないので、安全な仲間たちが側に付き添って祈りと共に支援してあげる必要があるわけです。

すでに何度か言及したNew Life Live! というカウンセリングのラジオ番組では、まさにこういった日常生活からの質問がリスナーから毎日寄せられています。それに対するタウンゼント先生たちの回答はいつも明快で、もちろん聖書的で、納得がいって、かつ暖かく励まされるものです。オンラインで聴けますので、英語が大丈夫な方は是非聴いてみてください。

2005年4月12日

喉が痛いー。日本に行く前にも喉が痛くなる風邪をひいていたんだけど、また戻ってきちゃったのかな。そういえば、1ヶ月前の今日は、もう日本に行ってたんですね。あっと言う間の一ヶ月。

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今夜はみんの合唱部のコンサート。みんがソロを歌った曲もあり、とても誇らしかった(親バカ)。だけど、ほんとに上手だったよ。エミも隣でうなずいてたし。みんもこれから先が楽しみだ。

ところがみんは、今日学校でちょっとした事件があった。帰宅した彼女は明らかに普段と違う様子で、upsetしてる。どうしたのかなーと思って様子を伺っていると、彼女は意を決したように私のところに来て、涙をこらえながらこう話し出した。

「ママ、今度の土曜日はサマンサの誕生日だから、みんなでサプライズでサマンサのロッカーに誕生日の飾り付けをしようって言ってたの。だけどお昼休みのとき、それがサマンサにばれちゃって、そしたらジェシカがすごく不機嫌になちゃったの。それでジェシカは泣きながら校舎に戻ってトイレに隠れて出て来なくなっちゃったの。だからみんなでジェシカを追いかけて、出ておいでよって声をかけて慰めてたの。そしたらそこに昼休みの監督の先生が来て、昼休み中に校舎に戻るのは校則違反だって言われて、みんな校長室に連れていかれたの。そしてみんなディテンションになっちゃったの…」

ディテンションというのは、生徒たちが謹慎の次に恐れている罰則で、居残りのこと。みんたちの学校にはなぜだか、昼食が終わったら天候の悪い日以外は必ず校舎の外に出て昼休みを過ごさないといけないという校則がある。で、それに違反してしまったというわけだ。

「だけど、私とパティが校長先生に事情を話したら、放課後の居残りじゃなくて、お昼休みの居残りにしてくれたけど… ママにもディテンションの通知の紙にサインしてもらわないといけないの。ごめんなさい。」押さえきれず泣き出すみん。

総勢6人がディテンションをくらったらしい。こういうトラブルって、いかにも女の子同士ならではという感じ。気に入らないことがあるとどこかに閉じこもって出て来なくなっちゃうって、典型的天の岩戸。私も小学生くらいの頃には似たようなことをやってたなーと懐かしく思い出した。

「大丈夫よ、みん。事情はよくわかった。ママはこのことではみんを叱らないよ。みんがとってもいい子で、いい生徒で、いい友達だっていうことよくわかってるから、ママは全然気にしないよ。でも校則違反は校則違反だから、ディテンションになっちゃったのも仕方なかったね。だけど校長先生もわかってくれて、放課後のディテンションじゃなくてランチタイムディテンションにしてくれたから、よかったよね。」そう言ってみんを抱きしめると、彼女はとても安心した様子で泣き止んだ。私はみんが愛おしくて、なぜだかホセア書の御言葉「わたしの心はわたしのうちで沸き返り、わたしはあわれみで胸が熱くなっている」が思い出された。

優等生のみんとしては、初めてのディテンションをくらったことがショックだったのだろうが、私は、みんにたくさんの仲良しの友達がいること、生徒たちを休み時間にもしっかり監督してくれている先生がいること、そして生徒の言い分に耳を傾け、適切なレベルの罰則を課してくれる校長先生がいることが、とてもありがたいと思った。(半年くらい前に、同じ敷地内で中学生がマリファナの売買をしていたこともあり、休み時間や放課後の子供たちの動きに対する先生方の監督の目は厳しいのだ。)

ああ神さま、これからも子供たちを守っていてください。みんなが健やかに育ちますように。

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2005年4月13日

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