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2005年3月3日お餅パーティーのあと、日曜日の午後から月曜日の夜中まで、スモールグループの本(『スモールグループから始めよう!〜人生を変える恵みと真理の実践〜』)の校正をやって編集者さんに送り返し、それから昨日は訳者あとがきを書いていた。今回は何もかも大急ぎでやらないといけなかったので、やっぱり疲れた。でもあとは日本で出来上がってきた本と対面すればいいばかりだと思うと、嬉しい。今回の表紙も『バウンダリーズ』のときと同じく村上芳さんのデザインによるもので、とっても素敵。村上さんのデザインは美しいだけでなく、本の内容がさり気なくちゃんと反映されているから素晴らしいと思う。地引網出版さんも、時間が短いにもかかわらず、妥協のない丁寧な編集をしてくださった。 スモールグループの本なんて、あまり自分には関係ないなぁと思ってらっしゃる方もいるかもしれませんが、ところがどっこい、キリストの身体に連なる方ならどなたに読んでいただいても、目が開かれ、納得してもらえる内容だと思います。 なぜスモールグループが大切なのか、神さまはスモールグループをどのように用いられるのか、個人の霊的成長、またキリストの身体全体の成長において、スモールグループがどのような役割を果たすのか、「主にある交わり」の本質とその機能は何なのか、そういったことが御言葉に基づいてわかりやすく説明されたあと、霊的成長と人生の変化をもたらす生きたスモールグループを実践するための具体的な手引きが続きます。そしてここに書かれている聖書的原則や助言は、「スモールグループ」という形態を越えて、様々な場面での人と人との関わり合い、コミュニケーションにも応用可能です。 聖書は「成長させてくださるのは神である」と言います。同時に、私たちの側にも土を耕し、種を蒔き、水をやり、雑草を抜く、等といった役割と責任があることも明確にされています。成長させてくださるのは神だから、と密室にこもってふとんを頭からかぶって寝ていても、霊的成長は起きません。いくら種の中にいのちがあっても、袋に入ったまま土に植えられることがなければ決して芽を出し、花を咲かせることはないのと同じことです。 また、一人で聖書を読み、祈っているだけでも霊的成長はあまり起きないでしょう。聖書のなかには「互いに〜し合いなさい」という戒めがたくさんでてきます。これらの戒めこそ私たちの霊的成長を促す神さまの方法なのですが、これを実践するためには「相手」が必要です。「他者」が必要なのです。たとえば他者との間にトラブルが起きたとき、どのように対処するのか。どのように謝罪し、どのように赦しを実践し、どのように忍耐し、どのように相手を受け入れるのか… 私たちが神さまとの関係の中で語られ、教えられたことは、人との関係の中で実践される必要があります。そのときにこそ、神さまが私たちのために備えておられる「霊的成長」の恵みと奇跡を体験することができるのです。スモールグループは、そういった愛の実践を、安全に練習するための実地訓練所のようなものと言えるかもしれません。 私はこの本を読んで、キリストの身体の素晴らしさを改めて実感しました。
ハレルヤ、アーメン! 2005年3月4日夕べはぼぼるパパと二人で、ウィロークリークコミュニティー教会でもたれたイギリスのロック系ワーシップバンド、Delirious? のコンサートに行って来た。来週私の誕生日なので、その前祝い。(ちなみに、年齢は今年からは伏せることにしました。今更伏せても遅い? 笑)Delirious?は日本でもお馴染みの『I could sing of your love forever』や、『The Happy Song』『Did you hear the mountains tremble?』等の曲を作った人たち。「コンサート」と銘打たれていたので、彼らの曲を披露してもらうような感じになるのかなと思っていたら、大間違い。予想外にものすごくワーシップフルで、リードボーカルのマーティン・スミスは素晴らしいワーシップリーダーだった。「デリリアスのコンサート」ではなく、「御座の前に主の民が集まって共に礼拝する」時になるよう、ただイエス様の御名だけが高く掲げられ、主の御臨在が会場全体を満たしていた。元気のいい、ギンギンのロック調の曲でさえ、なんていうのかなぁ、とても聖い秩序というか、へりくだりというか、そう、「主への畏れ」、そういうものが感じられて、エレキギターやドラムスの大音響の中でも主の御顔を拝することができた。 ちょっと話題が変わるけど、先日我が家で持たれたJCFNシカゴのお餅パーティーでの賛美。私、賛美の最中はキッチンにいたので参加できなかったのだけど、後からぼぼるパパがアップしてくれたビデオクリップを見て、胸が熱くなりました。みんなすごく楽しそうで、幸せそうで、天のお父様も、イエス様の御名のゆえに集まったご自身の子供たちがこんなふうに楽しそうに賛美しているのを見て、きっと喜ばれたことだろうなぁと思った。そしてきっと、イエス様ご自身もみんなの輪のなかにまざって、「♪いつだって、注がれる、主のアイ、アイ、アイ!」と振り付けを付けながら一緒に歌って踊っておられたに違いない。デリリアスのコンサートとJCFNのお餅パーティーでの賛美では全然違うんだけど、でもどちらにも強ーい主の御臨在を感じた私でした。小さな集まりでも、大きな集まりでも、あるいはたとえ一人っきりでも、Jesus, You are as close as the mention of Your name!! さて、ウィロークリーク教会は噂通りとても大きな教会で、夕べの会場(礼拝堂?)も8000人収容できる大劇場みたいな感じだった。(夕べは5500人ほどの来場があったそうです。)驚くのは、中に入るとエスカレーターがあること。エレベーターがある教会は全然珍しくないけど、エスカレーターってすごいよね。まるでホテルかデパートのロビーみたいなの。噴水もあるし。いやぁ、すごかったです。うちからは車で1時間ほどなので、これからも何かあったらちょくちょく行って来たいかなと思った。 それから、リバ新さんへのお土産と自分用に、「(UP) Unified:Praise - Hillsong + Delirious」というCDを2枚買いました。2003年オーストラリアのシドニーで、ヒルソングとデリリアスが合同でもったワーシップカンファレンスのライブです。2万人集まったのだって。早速聴いてみましたが、名盤です。ちょっとレコーディングの質がいまいちなのが残念だけど、にもかかわらず、臨場感に溢れる濃いアルバム。 ***** そうこうしているうちに、日本行きまであと一週間を切ってしまった。昨日の昼間はSam's (コスコみたいなまとめ売りの倉庫みたいなお店)に買い出しに行き、私の留守中役に立ちそうな冷凍食品をいろいろ買って来た。普段はオーブンに入れて焼くだけ、みたいな冷凍食品はあまり使わないけど、こういう時には利用しないとね。沢山買ったので、冷凍庫のなかで埋もれてしまわないように、冷凍庫の中に入っているもののリストを作って、冷凍庫のドアに貼っておいた。 さあ、他に出発前にやっておいた方がいいことって、何かな? 2005年3月5日質問をしにオフィスにやって来た学生とひとしきり議論をし、彼女が去ったあと、何だか喉元がもぞもぞするなあ、背中が寒いなあ、風邪かなあと身繕いを確認して愕然とした。何と、Vネックのセーターを後ろ前に着ていたのである。もぞもぞしていたのは、背中のタグがはみ出してのどをこすっていたのだった。家でセーターを後ろ前に着て、気づかぬままオーバーを羽織ってオフィスまで来てしまったらしい。ちぇっ、みっともなー。まあ、講義の時じゃなくてよかったとも言えるが。それにしても、なんだな。学生も、一対一で気づかなかったはずはないのだから、「先生、セーターが後ろ前ですよ」くらいのことは言ってくれたってよさそうなものなのに。それとも、なにかな。(中村先生のことだから、わざとやっているのかもしれない。へんな口出しすると薮蛇になるかもしれない)とでも思ったのだろうか。まさかね。ここは愛をもって真理を語って欲しかったな。これで当分学生のあいだにセーターの前後の区別もできぬ教授として名を轟かすことになるのであろう。トホホ… 2005年3月7日先週、うちのパスターはエクアドルで開かれた教役者大会に、講師として行って来た。そしてゆでだこのように真っ赤に日に焼けて、妙に明るくラテン系になって帰って来た。(笑)報告の時、「赤道直下で頭の頂点から日が射すので、頭皮に日焼け止めクリームをすりこんでました」と彼が言ったら、私の後ろに座っていたご婦人が「帽子かぶればいいだけじゃない?」とつぶやいたのが可笑しかった。 ***** 土曜日、アネットにプレゼントする聖書を買って来た。本当は二人で買いに行くはずだったけど、彼女が急にベビーシッターをしなくてはいけなくなってしまい、この週末をのがすと当分先になってしまうため、一人で行ってきた。いろいろ迷った挙げ句、NIVの、13〜16歳の女の子向けのTrue Images Bible というのを選んだ。アメリカでは聖書の種類が多くて、もちろん聖書の本文そのものは何でも同じだけれど(NIV とか KJV などの翻訳の違いを除いては)、様々な読者層にターゲットをしぼった「おまけ」の種類が豊富なのだ。「おまけ」というのはつまり、欄外の部分に載っているデボーションガイドや、解説などのこと。女性向けあり、男性向けあり、母親向け、夫婦向け、家族向け、リーダー向け、子供向け、男の子向け、女の子向け… 今回買ったものは、ティーンの女の子が日々の生活で経験するようないろんな問題をとりあげ、聖書の各箇所と結びつけた解説や励ましの言葉のようなものがいたるところに載っている。デザインも清楚で可愛らしく、いかにもこの年齢の女の子が好みそうな感じ。聖書は自分の生活に関係のある本なんだ、と子供たちが納得して読んでくれるような構成になっているわけなのね。しかも最近の聖書には、提携するHPまであったりする。True Images Bible の提携HPはここ。このサイトには聖書通読表があったり、もっとすごいのは、ティーンの女の子の関心のあるトピック、たとえば男女交際とか、中絶とか、ゴシップ、苦み、家族、ストレス、将来について、悲しみについて等など、そういった事柄の一つ一つに対して関連のある聖書の箇所が示してあること。加えて、参考図書とか、参考になるサイトのURL、また中絶のトピックだったら、相談にのってくれる24時間対応の電話番号といった、さらなる情報まで掲載されている。これはすごいね。 昨日、早速アネットにこの聖書を渡したら、とっても喜んでくれた。そして礼拝の間、ずっと読んでいた。牧師さんのエクアドルの報告より、この聖書の方に興味があったみたい。(笑)このまま続けて読んでくれるといいな。アネットの上に祝福がありますように! ***** 昼過ぎ、学校のエミから電話がかかって来た。 「もしもし、お母さん? あたし、エミよ。」 「エミ? どうしたの?」(やれやれ、何か忘れ物を届けて欲しいのかな、と思いつつ。) 「今日はお母さんの誕生日でしょ、だからお誕生日おめでとうって言いたくて。」 「まぁ! それでわざわざ電話してくれたの? ありがとうね。」 「それから、ちょっと聞いてほしいものがあるの。電話きらないでね。」 何かと思ったら、電話のむこうから、オーケストラの生演奏によるハッピーバースデーのメロディが流れてくるではないですか! オーケストラの練習の時間に、先生の許可のもと、電話をかけてきたらしい。何と味なことを。エミ、ありがとう。 他にも、夕べま〜やが私のベッドでごそごそしながら「明日の朝になったら枕の下を見てね」と言っていたので、今朝見てみたら、枕の下にはま〜やの手作りの誕生日カードが。ピンク色の大きなハートが描いてある、まるでバレンタインデーのカードのような愛情たっぷりのバースデーカードでした。(^^)みんも朝一番のりでハグをくれたし、ケンも「今日はママの誕生日だから幼稚園行かない」と朝からゴネてたし。(笑)みんな、ありがとね! 2005年3月9日明日の朝出発です。もうすぐ私がいなくなってしまうことを本能的に(?)察してか、今日のケンはいつも以上に「一緒に遊んで」とからんできた。本当はやっておきたいことがいろいろあるはずだけど、もしかすると今私が一番やっておくべきことは、ケンと一緒に遊ぶことかな、と思って午後中かくれんぼしたり絵本読んだり。ケンは目とろだから、私がすごく簡単なところに隠れても全然見つけられなくて可愛い。一方自分が隠れているときは、私がそばに来るだけで笑い出すからすぐに見つかってしまう。 ***** パッキングはほとんど終了。あとは最後にスーツとワンピース類、洗顔用具や化粧品、そして聖書をいれるだけ。私一人だからそんなに荷物はないと思ったのに、結局スーツケース一つではおさまらないことが判明した。何がそんなにかさばっているのかなぁと思ったら、どうやら靴たちが犯人らしい。つぶれるのが嫌で箱に入れたままパッキングしたから。日本は暖かくなったり寒くなったりを繰り返しているそうですね。シカゴと同じだ。私が日本にいる間には、桜はどれくらい開花するかなぁ。 セミナー、とても楽しみです。タウンゼント博士にお目にかかれるのも楽しみだし。準備も最後まで守られますように。関わる全ての人に主の助けと油注ぎがありますように。参加される方々の心が整えられ、主から多くの祝福と恵みをいただくときとなりますように。 またセミナー以外にも、今回の帰国を通して主が成し遂げたいと思っておられることが、全て成し遂げられますように。会うべき人に会い、話すべき事を話し、聞くべき事を聞き、なすべきことを行なうことができますように。 ***** (今朝書いたことは、おととしに書いたことと同じでくどいので消しました。) 2005年3月12日日本のはちこによると、ここ2日分ほどのメール27通を紛失したそうです。木曜から金曜にかけて彼女宛にメールを下さった方は、大変申し訳ありませんが再送をお願いします。(ぼ) 2005年3月13日寒い。木曜、金曜とたて続けに雪が降り、少し積もった。金曜日には、年間8ヶ月だけ営業する村のアイスクリームショップ、デイリークイーンが今年もオープンした。これは毎年春を呼ぶ風物詩なのだが、今年は雪の日の開店となった。しかし、天気は客足にあまり関係ないようだ。降りしきる雪の中、コートに身を包んで15人くらいの客が窓口の外に列をなして順番を待っていた。アメリカ人のアイスクリームに賭ける情熱に脱帽していたら、どこで話を聞きつけたのか、みんやま〜ややケンまで、デイリークイーンに連れて行け、とのたまう。ケンは風邪気味だし、いくらなんでもこの陽気の中をアイスクリームのために連れ出すのは気が引けたので、子供は家に置いて一人で買い出しに行って来る。ジョージア・マッドファッジのカップを受け取ると、手が芯まで冷えきってしまった。おまけに家に帰る途中でストロベリーサンデーが横転し、車内にストロベリーシロップの芳香が充満する。後始末をするのに難儀した。 今日の晩ご飯はオックステールのスープ。しばらく前にはちこが韓国風の味付けで作ってくれたが、私のは至ってシンプル。テールをタマネギとセロリといっしょにことことと4時間くらい煮込み、最後に人参やジャガイモのぶつ切りを加えて、塩こしょうで味付けするだけ。時間はかかるが手間はほとんどかからず、しかも食べ応えがあって子供にもウケがいい、すぐれものの一品。はちこが帰るまでの2週間は、(ほぼ)専業主夫に徹することになるので、抜ける所は手を抜くようにしないと。さいわい、試験期間と春休みで当分大学に顔を出す必要がないので助かる。 そうこうするうちにまた地下室のポンプが作動しなくなり、気づかずに洗濯機を回したら、地下室の床が水浸しになってしまった。けっとばしたらまた動くようになったが。近々水道屋を呼ぶ必要があるかもしれない。(ぼ) 2005年3月14日昨日まで元気だったま〜やが風邪でダウン。喉が痛くて咳が出て、熱もあるようなので学校を休ませる。こいつが長女のエミに似て薬嫌いで、ぐったりしているから風邪薬を飲ませようとすると、どうしても嫌だという。子供用のシロップタイプのをオレンジジュースに混ぜて与えたのだが、1時間くらいたってのぞいてもまだ半分くらいしか飲んでなくて、べそをかきながらちびちびなめている。やれやれ。 一方ケンスケは朝、お母さんがいないから学校にいくのは絶対にいやだと言って 家事の合間に懸案となっていた他人のプロポーザルのレビューを一本仕上げ、もう一つ頼まれている論文のレビューに取りかかる。 きょうの夕飯は教会のタミーが差し入れてくれた。はちこ不在の間は教会のみんながいろいろと手伝ってくれて、本当に助かっています。感謝します。(ぼ) 2005年3月15日ま〜やは大事をとってもう一日学校を休ませた。風邪薬のベースをオレンジジュースからコカコーラに変えたところ、10倍くらい速く飲めるようになったけれど、コーラのあのただ事でない泡立ち方は不気味だなあ。風邪薬と変な化学反応を起こしていないといいが。 今日はワーシップチームの練習からお休みをもらい、今年の秋からうちの学科の大学院に来ることが決まって、ニューヨーク州から下見に来ている学生と大学で夕食を共にした。こういうとき普通ならエミに下の子たちの面倒を見てもらうのだが、3日後にせまった「美女と野獣」のお芝居の練習で連日夕方の5時から9時まで学校で練習しているため、昨日に引き続き、教会のタミーのところにお世話になる。(タミー自身も2ヶ月ちょっとまえに大手術を受けて回復途中なのに、彼女は本当に人助けの賜物のある人で、子供を預かったりするのが全然苦にならないらしい。日頃から「必要なときはいつでも言って」と言ってくれる。いざというときに頼りになるんだよね。)今日リリースになったばかりのインクレディブルズのビデオを見せてもらえると聞いて、ま〜やも元気を取り戻して出かけて行った。 学生は応用数学の修士号を持っており、独学でPedloskyを学んだそうだから、流体力学方面でかなり成果を期待できそうだ。今年は久しぶりに力学分野の面子が補強できそうで、楽しみである。真っ暗ではあったがオフィスと実験室を一通り案内する。明日は別の教官にバトンタッチするので、私の担当はここまで。 いよいよ、クラウド、タウンゼント共著「スモールグループから始めよう!〜人生を変える恵みと真理の実践〜」の出版と、タウンゼント博士をはじめとするチームによる「リカバリー・セミナー:バウンダリー」の開催が迫ってきましたね。はちこは主催者の皆さんと連絡を取り合って、いろいろと準備を手伝ったりしているらしい。私も行きたかったなーと思う反面、今年のような花粉症の当たり年に日本に行ったりしようものなら大変なことになるだろうから、海のこちら側から応援するので我慢することにしよう。聖書は人が成長する上で、神との縦の交わりを深めることはもちろん、互いとの横の交わりを深めることがとても大切だと繰り返し説いている。その横のつながりを通しての成長を実践的に学ぶ、すばらしい機会になると期待しています。 ちなみに、クラウド、タウンゼント両博士はスティーブ・アーターバーンという著名なクリスチャンのカウンセラーがホストしているNew Life Live!というラジオ番組にレギュラー出演していて、視聴者の電話による質問に対しカウンセリングをしている。この番組は毎日インターネットでも配信されている。 私も昼休みによく聞いているのだが、視聴者ひとりあたりに約5分という時間的に極めて制約された条件の中で、お二人をはじめとするスタッフが実に的確で聖書的なアドバイスを与えていくのに感銘を受ける。質問は多岐にわたり、「アルコール依存症の夫の分別のなさにどう対応したらいいか」「シングルファーザーだが、自分の恋人との関係を13歳の娘に台無しにされた。どうしたものか」「夫がインターネットポルノにはまって、苦言を呈しても開き直るだけ。どうしたらいいのか」「教会で人の秘密をべらべらしゃべる姉妹がいる。どう対応すべきか」などなど、人々の実生活を反映しているだけに身につまされる。これらの問題の深刻さに対して、スタッフの対応が的確であることはもちろん、非常に明るくて、ユーモアがあって、ポジティブなのがすばらしい。クリスチャン・カウンセリングの現場を垣間見ることができ、個々の問題への対処法だけでなく、人の話を聞き、それに対応するというのがどういうことか深く考えさせられる。もちろん、「バウンダリーズ」や「スモールグループから始めよう!」に取り上げられているコンセプトもふんだんに登場する。これらの本に書かれていることを実践するのがどういうことなのか、とても勉強になるプログラムだ。また、人間関係に関するリソースも沢山提供されている。(ぼ) 2005年3月16日去年の暮れに火事で焼け落ちた隣家の撤去作業が今日から本格的に始まった。きのうはまずトラックが来て、焼けこげたままドライブウェイに3ヶ月野積みになっていた車を運び去っていった。今日はパワーショベルなどの重機が来て、家そのものの取り壊し。全焼していたとはいえ、半日もかからず基礎だけ残して跡形もなくなった。今まで2階建ての家があったところに空間がぽっかりできて、景観が随分変わってしまった。この作業を請け負っている会社から先週連絡が入り、場合によってはうちの裏庭の方から重機を入れなくてはいけなくなるかもしれず、そのときには庭へのいかなる損傷もきちんと修復しますのでご安心をという話だったので、そのつもりでいたのだが、とりあえず今のところ我が家の地所へ影響はゼロのようである。家の持ち主のジューンはこのあと保険を使って家を建て直すことになっている。(ぼ)
2005年3月17日はちこは今回の「リカバリー・セミナー:バウンダリー」で、講師のジョン・タウンゼント博士とトーマス・オカモト博士の講演の通訳および、お二人のホテルと会場の間の道案内を務めることになっている。きのうは午後、博士たちが滞在するホテルの下見と、もよりの地下鉄の駅までの道のりの実地踏査をしてきたらしい。通訳というと言葉のスペシャリストのように聞こえるが、実際に講演者と行動を共にするのは、言葉以上にはるかに気を遣うことが多い。私は学生時代に東京で外国人相手の通訳ガイドのアルバイトをしていたから、よく知っているのだ。 通訳ガイドを始めたころは、この仕事に必要なものは語学力と文化的な知識だろうと思っていた。それならば免許試験に合格したのだから自分にもあるはずだろうと。ところが実際にやってみると、それよりもっと大事なことがあることを思い知らされた。たとえば、地方への旅行に同行するとき、一日の長い行程の末、ホテルにチェックインしてほっとするのもつかのま、「部屋のベッドが小さすぎて足が出てしまう」「スーツケースのキャスターが内側にめり込んでしまったので直してほしい」「ちょっと社交ダンスを踊りたいんだが手配してくれ」と、止まることを知らぬ顧客の要求にさらされることになる。 契約上ガイドはホテルのチェックイン時までとなっているので、そういう依頼は一切断っていたのだが、あるとき自分のなかに、(ベッドが小さいんじゃなくてあんたがでかすぎるんだろう)(カバンに問題はないぜ。あんなに本をどっさり詰め込みゃ底だって抜けるわ)(この山奥で社交ダンスがしたいなんて、本気で思ってんの)と、自分の顧客をことごとく批判する心があることに気が付き、ああ、自分は人が好きじゃなく、サービス精神もないな。この仕事には向いていない。と思い至った。要するに、接客サービスなのであるから、人と一緒にいることが苦にならず、仕える気持ちがないと務まらないということだ。この点、ピープルパーソンのはちこなら問題ないであろう。 ガイドに不可欠なもう一つの資質は土地勘である。これは、ガイドである以上、どうしても必要だ。幸い私はまあまあ土地勘はあると思っているが、これは個人差が激しい。ある著名な通訳者が若い頃、ガイドのアルバイトで客を連れて、国会議事堂前の駅から国会議事堂に行く途中迷子になって、それ以来ガイドはやめたというのは有名な話である。客を連れて地下鉄の駅から路上に出て来たとき、すぐ方角が分からないようでは困るのだ。残念ながら、はちこはこれがちょっと弱い。これを補う唯一の方法はあらかじめ実地踏査をしておくことである。実際には、熟練したガイドの人たちでも、実地踏査は常に欠かさないというのが鉄則になっている。 このほか、交通網を熟知し、交通渋滞にまきこまれたときに鉄道に乗り換えるワザなど、臨機応変の対応が必要となってくるが、こういうことは場数を踏まないとなかなか身に付かない。なにはともあれ、ガンバレ、はちこ! 最近、ジョージア州で婦女暴行のかどで裁判を受けていた被告が、警備員の拳銃を奪って裁判官と書記官を射殺し、逃亡した挙げ句に女性宅に侵入するという事件があった。この女性が家から脱出して警察に通報し、犯人は逮捕された。 アシュリー・スミスというこの女性のインタビューがCNNに出ていたのだが、彼女の話を読んで思わず身を乗り出してしまった。彼女は4年前に夫を亡くし、幼い娘とふたりの母子家庭。たまたま犯人が押し入ったとき、娘は他所にあずけていて彼女は一人だった。彼女がまずしたことは、犯人に逆らわず、彼の信頼を取り付けることだった。自分の身の上話をすることで犯人の琴線に触れ、彼は一旦は彼女を縛り上げていたのをまた自由にする。 「本を読んでもいい?」と彼女が尋ねると、犯人は「何の本を読むんだ」と興味を示す。そこに彼女が持って来たのは聖書と、「パーパス・ドリブン・ライフ」(人生を導く5つの目的)だった。たまたまその日の分に当たっていた第33章から一段落を彼女が声に出して読むと、たちまち犯人はその中身に吸い込まれ、「もう一度読んでくれ」とたのむ。彼女はもう一度読み、「ここに書いてあることは、あなたにとってどういう意味だと思う?」と尋ねる。そこからより深い対話が始まっていく。 そのあとは、彼女がイエス・キリストにある自分の信仰を分かち合い、人生の目的について彼と朝まで話し合った。彼は彼女に対しても、神に対しても心を開いて行く。銃をベッドの下に押しやって、「僕はどうしたらいいんだ」と聞く。「自首するべきだと思うわ」「もうしばらくここにいさせてくれ。『普通の暮らし』がしたいんだ」 朝が来て彼女がパンケーキを焼くと、犯人は「うわー、本物のバターだ」と喜ぶ。「あなた、奇跡を信じる?私はあなたがランダムにこのアパートを選んで今私と話しているのは偶然だとは思わないわ」と彼女。「もしかすると、あなたにとっての奇跡とは、今自首して、服役して、服役中の人たちに神のみことばを伝えることじゃないかしら」。考え込む犯人。 朝が来て、「娘を迎えに行ってもいいかしら」と彼女が言うと、前日までは「だめだ」と言っていた犯人はもはや拒まなかった。それどころか、別れ際に彼女にお金を渡そうとするではないか。彼女が拒むと、「君が留守のあいだにやっておいてほしいことはないか。カーテンをかけかえるとか」とたずねるのであった。「かまわないわよ」と答えて彼女はアパートを出、車から警察に連絡した。 犯人は無抵抗で投降した。拘束される際、「彼女は神が僕に送ってくれた天使だった」と答えたという。この最後の部分だけはニュースでも流れていたが、背後にこんなできごとがあったとは知らなかった。私の稚拙な要約ではまるで出来過ぎの映画のスクリプトのようだが、スミス氏の控えめで事実のみをつなぐ淡々とした語り口から、生々しい臨場感が伝わってくる。神さまが彼女を守り、犯人の心を180度変えていくプロセスが手に取るようだ。CNNのインタビュー記事が、そのままもの凄くパワフルな証しになっている。 犯人が犯罪行為の結果を免れることはないだろうが、本当に回心して、彼女が預言した奇跡が成就するように祈らずにはおれない。(ぼ) 2005年3月18日きのうのCNNインタビューのスミスさんだが、さっき買い物に行ったら、スタンドにあった最新号(3月28日号)のピープル誌のカバーストーリーになっていた。立ち読みしたところでは、彼女自身も補導歴があったり、ご主人を目の前で刺し殺されたりと、ラフな人生を歩んで来たらしい。それだけに犯人とつながりを持つことができたのであろう。まさに、奇跡である。また、囲み記事でパーパス・ドリブン・ライフの紹介があり、アマゾンで先週の売り上げが70位だったのが、この事件のせいで今週は一気に2位に跳ね上がったそうだ。 ***** この件に関するやっとまともな視点の記事を見つけたという感じだ。アイデアで飯を食っている私のような者には、ライブドアがどこから金を調達してきたかなんてことよりは、堀江さんがやろうとしていることが何で(金儲けだけではあるまい)、買収劇が終わったあとに消費者はどのような恩恵を被るのか、ということの方がずっと大事だ。彼が所信表明で述べている「放送と通信の融合」や双方向メディアなどは前向きのビジョンだと思うし、放送局のホームページが番組案内しか載せていないのは非常にもったいない、という彼の指摘は全くもっともだと思う。フジサンケイグループは、堀江氏の考えを否定するだけでなく、それを上回る斬新で画期的なアイデアを出してくることで正々堂々と戦ってもらいたいものだ。改革対現状維持ではなく、改革で挑戦を受けたなら改革で返すという姿勢を見せてほしい。 新しいことをしようとする者に風当たりが強いという世の中の道理をさし引いてなお、目的のためには手段は選ばなくていいのかという議論をするのなら、まず目的(アイデアやコンテンツ)の合理性についての議論を煮詰めるのが先じゃないだろうか。現在その手の議論が行なわれているのはもっぱらblogなどで、主要メディアがあまり大っぴらに取り上げないのはどうしたわけか。それをやるとライブドアの思うつぼだとメディア側が思っているなら、そこですでに勝負あったというものであろう。 ***** きょうはエミの学校の「美女と野獣」のミュージカル本番だった。開演7時半、開場は7時だったが、それまでにすでに父兄が外まで長い列を作って待っていた。会場は古い体育館で満席状態だったから、800人ぐらいは軽く入っていたに違いない。室内の気温はどんどん上がって、終わりのほうではのぼせてしまった。 お芝居は、左右に40人ずつの合唱隊とピアノ、真ん中にオーケストラ、舞台役者が約40人と、かなり大掛かり。途中10分の休憩をはさんで前後1時間45分だから、中学2年生としてはよくここまで頑張ったな、と思わされた。必修の全体練習だけでのべ52時間使ったというから、半端ではない。 劇はとても感動的で、幕ごとに地鳴りのような拍手喝采が起こった。エミがアンダースタディを務めていた主役の女の子はさすがに歌も演技も一頭地を抜きん出ていて、華があった。また、燭台のルミエ、時計のコグズワース、Mrs. Pottsやチップなどの脇役に実に味のあるはまり役が揃っていて、大いに湧かせてくれた。エミは食器・ナプキンその他大勢のひとりだったが、楽しそうに歌っていた。愉快な一晩だった。 ***** あしたはJCFNのセントラルコンファレンスの第二回打ち合わせで10人ほどお客さんが来る。家の掃除をしなくては。(ぼ) 2005年3月19日JCFNのセントラルコンファレンスの打ち合わせにいらしてくださった皆さん、遠路はるばるお疲れさまでした。今回は雑用がいろいろ重なって、本当に場所をお貸しすることしかできませんでした。申し訳ありません。ブレインストーミングでテーマを何とか絞り込むことができたようですね。参加申込書の発行期限までもうそれほど時間がないので、今後すべての行程が守られ、スムーズに運びますように。 ***** 今日はエミのミュージカルの最終日。開場前の30分間だけ、写真撮影の時間が持たれた。(ぼ)
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*お知らせ*
好評開催中の「リカバリー・セミナー:バウンダリー」二日目(3月22日)と三日目(3月23日)は、トーマス・オカモト博士の追加講演が決まり、予定を変更して朝9時からの開始になります。また、26日(土)のフォーラムは当初専門職の方に限定しておりましたが、興味のある方はどなたでも参加できるようになりました。奮ってご参加下さい。
先ほどはちこと電話で話したが、セミナーの初日の参加者は約600人だそうだ。本会場に入り切らず、サテライト会場からスクリーンで聴講する人も出たらしい。盛況を感謝するとともに、参加者の皆さんが多くの恵みを手にすることができるよう、お祈りしています。
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昨日、はちこは講演者のタウンゼント博士とオカモト博士と初めてお会いし、会場での打ち合わせのあと、博士たちのリクエストにより、原宿でピープル・ウォッチングのお供をしたらしい。お二人ともとても気さくな方で、はちこもたちまち意気投合し、喫茶店で甘いものを食べながらお互いの子供の写真を見せ合ったり、最近結婚したNew Life Live! のスティーブ・アーターバーンのド派手プロポーズ話などで大いに盛り上がったそうだ。晩ご飯は「さぼてん」で、トンカツ。オカモト先生は、「トンカツは大好きな料理だけど、こんなにおいしいのは食べたことがない」とご満悦だったとか。
「バウンダリーズ」を翻訳するようになったいきさつなどを説明するうち、はちこはお二人にすっかり気に入ってもらったようで、タウンゼント先生には「I like my translator.」と言われたそうだ。先生は「セミナーで使うのにこういうジョークはどうかな」といくつか打診され、はちこに「先生、だめです。それは日本人には通じません」(さすがに、「面白くありません」とは言えなかったらしい)と一蹴されても、「ああ、そうか。やっぱり聞いておいてよかった」と納得されていたそうだ。まあ予想通りとはいえ、あっという間に講演者と信頼関係を作ってしまうあたり、流石はちこ、ピープルパーソンの本領をフルに発揮している。こうなると、仕事がぐんと楽になるのだ。私が通訳ガイドをしていた頃は、Thank youと言われることはあっても、I like my translatorなどと言われたことは一度もなかったな。私は必要最低限しか口を開かなかったし、顧客の信頼を取り付けるころにはもうさようなら、というパターンだった。
セミナーでもきっといいチームワークが取れていることだろう。
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一方シカゴの中村家は、タミーが持ってきてくれたローストビーフ塊 → ビーフカレー → カレーうどん、と残り物の使い回しで晩ご飯もいい加減に切り抜けてきたが、そろそろアイデアも尽きて、今晩は一体どうしたものかと思っていると、まるで見越したように、夕拝のあとルースがマカロニサラダを差し入れてくれた。有り難し。(ぼ)
復活祭の礼拝の選曲を終えて、やっと横になったと思ったら、いましがた(明け方4時)はちこからの電話で起こされた。なんか、リカバリーセミナー、すんごくいいみたいですね。はちこの興奮ぶりから、ただごとでないものを感じる。「私は、神さまが人を通して働くということを全然分かっていなかった。こんなにすごいことが起きるなんて、私の『神さまの御業』や『リバイバル』の概念は何と狭かったのだろう」と言う。アメリカから来たリカバリーチームの人たちが、それぞれに苦しみを通り抜けて回復し、バウンダリーを引くことで解放を手にしていったプロセスを分かち合うと、400人という日本側の参加者の中から、似たような経験に苦しんでいる人たちが次々に話し手たちに歩み寄って、涙を流しながら、「これは今まで誰にも言えませんでした」と自らの心を開き、解放のプロセスがその場で始まるという具合で、神さまがギンギンに働いておられるのを目の当たりにしているそうだ。主催者側もこのレベルまでは全く期待していなかったらしい。まとめ役の尾山清仁先生ご夫妻も、タウンゼント博士もオカモト博士も大いにエキサイトされているもようだ。
また、スタッフの間のチームワークも素晴らしいということで、タウンゼント先生とはちこなどは講壇上で半分漫才状態になりながら、参加者の注意を惹き付けることに成功しているみたいである。こうなると、通訳の技術云々以上に、「relationshipの勝利」であり、まさにこのセミナーのテーマを地で行っていると言えよう。まだ参加しようかどうか迷っている方で、東京近郊にお住まいの方は、是非、水曜日のセッションに足を運んでみてください(朝9時から)。必ずや神さまに出会えると思います。(ぼ)
HAPPY BIRTHDAY, KEN!!!

昼間はケンスケにつきあい、卵をゆでてイースターエッグのペインティングをして、てっぺんにスパイダーマンのオーナメントを取り付ける。卵を水から徐々にゆでずにいきなり熱湯の中に入れてしまったため、何カ所かヒビが入ってしまったのはご愛嬌。
一方、ま〜やは首が痛いと行って学校から送り返されてきた。見ると、右の耳の下がぱんぱんに腫れている。予防接種はしてあるからおたふくのはずはないし、と思いながらお医者さんに連れて行き検査してもらった結果、連鎖球菌感染によってリンパ腺が腫れているらしいことがわかった。やれやれ、他の子供たちにうつらないといいけどなあ。早速抗生物質を処方してもらう。ま〜やの診察中ずっと、ケンはお医者さんや看護婦さんに、カミキリ虫やカナブンのデザインが入った自分のTシャツをしきりと見せびらかしていた。
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今日で一応三日間の通訳の奉仕を終了するはちこは、セミナーの後、タウンゼント先生が友人でヤクルトスワローズのアレックス某とかいう選手に会うのにお供して、焼き肉を食べに行くのだそうだ。野球には全く興味がないけれど、食べることには人一倍情熱的なはちこは、焼き肉と聞いて一緒に行く事にしたらしい。いいなあ、焼き肉。わしも食べたいぞ。って、てめえで肉を買ってきて焼きゃどうってことはないんだが、だんだん自分で食事を作るのが億劫になってきているのであ〜る。(ぼ)
*お知らせ*
「リカバリー・セミナー:バウンダリー」は大好評のうちに三日間のプログラムを終了しましたが、まだ26日(土)のフォーラムが残っています。講師の先生方に質問してみたい方、このセミナ−の体験をしてみたい方は、どうぞこの最後の機会をお見逃しなく!!どなたでも参加できますが、当日は相当の出席者数が予想されますので、お誘い合わせの上、お早めにお越し下さい。(開演は1時半です。)
はちこは昨日タウンゼント先生、オカモト先生、尾山清仁先生ご夫妻のお供をして、スワローズのアレックス・ラミレス選手に食事をおごっていただいたらしい。ラミレス選手はクリスチャンで、以前アメリカにいたころからタウンゼント先生とはおつきあいがあったそうだ。
スワローズではシーズン前に選手一同が神社にお参りに行くことになっているらしい。ラミレス選手は入団直後、よく事情が飲み込めないままこの「儀式」に参加したが、ことの全容が明らかになると、球団の幹部に、「他の選手が何を信じるかは私の知る所ではないが、私が信じているのはイエス・キリストなので、今後このような行事への参加は遠慮させていただきたい」と伝えたところ、それ以来、「外国人選手については参加を強要しない」ということになったそうだ。「外国人選手については」というのがまだちょいと引っかかるが、でも、彼がきちんとバウンダリーを引いたことで状況は変わったのである。タウンゼント先生が「バウンダリーズ」で教えている通りだ。当時まわりにはクリスチャンの選手は彼も含めて二人だけだったのが、その後次々と与えられて、今では外国人選手の4割がクリスチャンだそうだ。ハレルヤ!
夕べはラミレス選手の他に、息子さん(奥さんの連れ子らしい)とマネージャー、付け人の方も一緒だったとのこと。とてもわきあいあいとして、息子さんともとても仲が良く、二人で「アイーン」「ゲッツ!!」「ラミちゃん ペッ!」とか実演してくれたそうだ。(私には何の事だか分からない。)付け人の人も一緒に仕事をしていてとても楽しいと言っておられたとか。
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でもって私の方は、焼き肉が食いてえ〜と呻いていても焼き肉の方から歩いて来てはくれないので、しかたなく、買い物に出かける。焼き肉ではないが、学生時代によく作った「ポークロール・ダンプリング添え」を久々に登場させる。豚肉の塊を桂むきの要領で開き、リンゴと干したプルーンを刻んで内側に並べ、塩コショーをして丸め上げてひもでしばり、フライパンで回りを炒めてからオーブンに放り込む。肉が焼けるまでの間にダンプリングを作る。ゆでたジャガ芋を裏ごしして、バターで炒めたタマネギの微塵切りを混ぜ、塩コショーと小麦粉を加えてグルテンが出ない程度にこねあげる。あとはピンポン玉状に丸めて、熱湯に通して暖めるだけ。本当はクルトンを核にするともっと美味いのだが、パンを揚げている時間がないのでそこだけは手を抜いた。しかし、あまりに久しぶりだったのでオーブンの温度を高くしすぎてしまい、ポークのまわりが焦げて、煙が出て火災報知器が鳴り出す始末。しかたなく焦げた外側はナイフでこそげ落としたので、やや分量が減り、形も崩れてしまったが、子供たちには好評だった。内側の温かいフルーツの甘みと、ポークが良く合うのである。

夕方の6時15分からケンの幼稚園のファミリーナイトに30分だけ参加し、そのあとエミとみんとエミの友達のブリアナも連れて教会のミッショネットに送り届ける。ま〜やは明日には学校に復帰していいとお医者さんに言われているが、今日は一日大事をとった。あいかわらず薬を飲む飲まないで大いにもめている。(ぼ)
*お知らせ *
「スモールグループから始めよう!」をお買い求め下さった読者の皆様にお知らせがあります。
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今日で子供たちの学校は冬学期が終わり、明日から春休みに入る。一方私は月曜日から新学期が始まるので、講義の準備に取りかかっている。今のところ講義に登録している学生の数は10人と少なめだが、過去の例から言って直前登録が予想されるので、まだまだ予断は許されない。また、月曜日にはもう一人、大学院生候補が下見に来るのでそのお膳立てもしなくてはならない。
今日はケンの幼稚園の遠足(といっても家から車で5分くらい)でボーリングに同行した。3−4歳児のクラスなのでもちろん、バンパーを上げてガーターなし、またボールは滑り台みたいなフレームの上からころげ落とすことにより、位置エネルギーを運動エネルギーに変換して投げる。(楽は楽なのだが、ボールのコントロールは逆に結構難しかったりする。ガーターがないにもかかわらず、スコアは決して高いとは言えなかった。)1時間ほどプレイして、ピザを食べてお開き。
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そういえば、1週間程前から我が家ではテレビを観ていない。ま〜やとみんが一日30分という約束を大幅に越えてしょうもないアニメばかり観ているので、約束が守れないならテレビはなしにするぞと言いわたしてあったところに、ある日、さんざん時間を超過した上、観たい番組を巡って二人が大げんかをしたので、即刻ケーブルを引っこ抜いた。以来、テレビ番組は何一つ入ってこない。(ビデオは観れるが。)お気に入りの番組を観れなくなって文句を言うかと思ったら、結構子供たちはケロっとして別のことをやっている。要するに、あれば観てしまうが、無ければ無いで困らないのだ。それなら、最初から無ければ、くだらない番組にうつつを抜かすこともないし、受信料も払わずにすみ、争いの種も減るから一石三鳥ではないか。我が家では大人は全くテレビを観ないし、これで困ることは全然ないのだ。テレビが消えてここ数日は家のノイズレベルが随分下がり、落ち着きが出て来たように思う。
とはいえ、明日からは子供たち4人がずっと家にいるかと思うと、楽しさ半分、恐ろしさ半分である。(ぼ)
わたしは、もはや世にはいません。彼らは世に残りますが、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。(ヨハネ17:11 新共同訳)
父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります。 (ヨハネ17:21 新共同訳)
イエス・キリストが十字架にかけられる前に弟子たちのために祈った祈りに思いを巡らせつつ、「一つ」「一致」とはどういうことだろう、と考えている。ヨハネ17章では、父なる神と御子の一致が、弟子の間の一致に投影されている。とすると、ここで言う「一つ」とは、仲がいいとか、一丸となって何かをするとかいうことじゃなくて、イエス・キリストを通して神の子とされたものは、その共通の信仰によって結ばれる、ということであろう。つまり、私たちの努力によるものではない、ということだ。イエスさまはもしかするとユダヤ人と異邦人の結合を考えておられたのかもしれない。いっぽう、パウロの手紙の
ついには、わたしたちは皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、キリストの満ちあふれる豊かさになるまで成長するのです。(エフェソ4:13 新共同訳)
というくだりは、クリスチャンの賜物に関連して述べられているので、ここで言う「一致」は、私たちのふるまいや人間関係に関わってくると思われる。ただ、ここでも「信仰の一致」「神の御子に関する知識の一致」と書かれているし、エペソ4章3節から6節にかけて「からだは一つ、御霊は一つ」「主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ」「父なる神は一つ」とあることからも、私たちクリスチャンの一致は、本来私たちが信じるものの唯一性に由来するものと考えられる。これは、「考えの違いはさておいて、仲良くやりましょうぜ」というようなレベルとは根本的に違う。
JCFNの会合でうちを開放するたびに何人も新顔のクリスチャンが訪れるが、初めて会うのにすでに前から知っていたような気持ちで話ができるのは、深い所でみんな神さまにつながっているという連帯感を持っているからだと思う。うちの教会のワーシップバンドでは50代のベーシストと16歳のギタリストが毎週肩を並べ、色々なスタイルの曲を一生懸命演奏している。親子ででもなければ普通のバンドではこういうことはあまりないだろう。信じているものが同じだからこそ、一致があるのだ。(ぼ)
「お父さん、たいへん、オーブントースターに火がついた」
というみんの声で土曜の朝の眠りを遮られた。どれどれ、と階下に行ってみると、ちょうどエミが消防に電話をしているところだった。キッチンカウンターの上に置かれたオーブントースターを見ると、内側でガーリックブレッドが炎を上げて燃えている。こりゃ、確かに子供が見たら慌てるわな。しかし、オーブントースターは基本的に遮蔽されているので、放っておけば酸素を使い果たして火は消えるであろう。しかし、ガーリックブレッドが結構大きかったので、トースターの温度が上がってまわりに影響が出るかもしれないので、ふたをあけ、燃えさかるパンを箸でつまみ出し、みんが持って来た水を張ったボールに投げ入れる。一件落着。
しかし、エミが電話してしまったため、消防隊が出動することになった。エミはいたく恐縮していたが、まあ、いいさ。(閑話休題。その昔、教会の夏期学校で『困ったときは神さまに911(アメリカの110番)』というプログラムに参加したエミは、さっそく神さまと話をしようと911番を回したが、がっかりしたことに神さまではなく、おじさんが出て来てしまった。事情を知らない私は、そのうち玄関におまわりさんが現れて仰天した。)やがて家の前に消防車が到着したのを見て、ケンが大いに興奮している。消防服に身をくるんだ二人の消防士さんは、すでに鎮火したと聞いてもいやな顔一つせず、「ちょっと煙いから換気をしましょう」と言って、玄関と裏戸をあけて立ち去って行った。エミには、「すぐ電話してくれてありがとう。君のやったことはとても立派だった」とほめ言葉を残して。隣家の火事以来やや株を下げていた消防署だが、すこし見直したな。
古いオーブントースターはサーモスタットがいかれているかもしれないので、もう使わぬよう、子供たちに言い渡した。
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論文のレビューを一本片づけ、(またしてもrejectだ)、確定申告の書類作りにとりかかる。(ぼ)
皆さん、ただいま。シカゴに戻って来ました。今回の2週間あまりの訪日はとても実りが多く、神さまの溢れるばかりの祝福が注がれるのを目の当たりにしました。はちこの留守中、みんなで協力しあって家庭を守ってくれたぼぼるパパ、子供たち、どうもありがとう。特にパパは、普段やり慣れないことを2週間半にもわたって奮闘し、そして、時差があるにもかかわらず、ほとんど24時間体制でスタンドバイして私を支えていてくれて、本当にどうもありがとう。タウンゼント博士も、「僕も妻の留守中、11日間一人で子供二人の面倒をみたことがあるから、これがどれだけ大変なことかよくわかる。ご主人が今回のセミナーのために払ってくれた犠牲に感謝する」とおっしゃっていました。
リカバリー・セミナー:バウンダリーに来てくださった皆さん、また、来れなくてもこのセミナーのためにお祈りくださっていた皆さん、HPを見ていますよと声をかけてくださった皆さん、どうもありがとうございました! とりあえず、ただいまのご報告まで。(はち)
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家で子供たち4人と17日間過ごしてみて、普段のはちこの毎日がどんな感じなのか、その片鱗がつかめました。終わりの見えない後片付けの山、5人分の食事の用意、子供の送り迎えに学校の行事。病気やハプニングの数々。これだけのことをこなしながらクリエイティブな仕事をするのは、容易なこっちゃないよ。はちこが疲れている時、自分には理解が足りなかったな、と思う。
今のはちこを見ていて、地境がどんどん広がっているのがわかる。それが、必ずしも彼女の能力によるものでないことも、そばで見ている私にはよくわかる。「ヤベツの祈り」を引用するなら、
私の能力+経験+訓練+性格と容姿+過去+周りの人の期待=私に割り当てられた領地
ではなくて、
私の従順と非力+神の御心と超自然的な力=私の拡大していく領地
なのだなあ。まさに、これを地で行っている。この先どこまで拡大していくか楽しみだ。(ぼ)
夕べは子供たちに大量のお土産を渡した後、夜8時くらいから12時過ぎまで寝て、それから目がパチッと覚めたのでぼぼるパパと二人で『Mr. インクレディブル』を観た。パパはこれを私と二人で観るのをずっと楽しみにしていたらしい。パパ曰く、Mrs. インクレディブルのキャラクターが私にそっくりなんだそうだ。だけど、私はあんなにかっこ良くないよー。その後、明け方にまたちょっと寝て、8時頃に仕事に行くパパに起こされ、駅まで車で送って行った。パパは長かった春休みが終わり(いやー、本当に彼にとっては長かったことでしょう)、今日から新学期。私がセミナー後、大急ぎで帰って来たのもこのため。
その後もう一度寝て、お昼頃起きる。エミとみんが二人で協力して昼食を用意してくれてあった。今回の私の留守中、エミはもちろん、みんも随分手伝ってくれたようで、二人が一緒に台所に立って仕事を分担しながら働いている様子を見て、私は大いに感動した。私が留守にするたびに、子供たちが一回りずつ成長していく。そういえばタウンゼント博士と家庭のことについて話していたとき、子供たちはお母さんがいなくて寂しがっていないかい?と聞かれたことがあった。私は、「夫は寂しがっているけど、子供たちは案外平気みたいです」と答えた。すると博士は、「素晴らしい!それは、今までの君の子育てが成功しているということだよ。子育てのゴールは、子供を独り立ちさせることだ。子供が親にべったりなままで、親が一緒にいてくれないと不安になってしまうようではいけないんだ」とおっしゃった。私は、普段はあんなに私に甘えるくせに、いなくなったらいなくなったで全然平気だなんてちょっとズルイ、と思っていたけれど、博士の言葉を聞いて安心した。母親が長期間留守でもケロッとしている子供たちを見て、「実はママなんか必要とされていなかったのね」といじけるのでなく、逆にこれは大いに喜んでいいことなんだ、と改めて思った。夕べケンスケと寝るとき、彼は何度も幸せそうに「ママが帰って来て嬉しい。これでまたwhole family になった」と言っていた。彼はママが2週間半留守になったからといって、決してボロボロになってしまうようなことはなかったけれど、それでも家族全員が揃うことに大きな価値を見出している様子に、とても健全なものを感じて嬉しかった。
午後からはシカゴ大学の大学病院に目の定期検診。そして夜は久しぶりに私が台所に立った。やっぱりこうでなくちゃね!? サーモンのホイル包み焼き(野菜もたっぷり)とほうれん草のおひたし、それから四万十川の青のりが入ったお味噌汁。(品数は少なくてごめんね。<家族) みんなよく食べてくれた。夕食の後、私が何も言わないでも、みんなそれぞれに自分の食器を下げてくれた。以前だと、ま〜やはいつも忘れて私に注意されていたものだけど、今夜は言われなくてもさっさとやっていた。
その後は今度はケンスケのリクエストで『Mr. インクレディブル』を観た。ケンはケンで、やっぱりママと二人で『Mr. インクレディブル』を観るのをずっと楽しみにしていたのだ。ケンも、Mrs. インクレディブルが自分のママにそっくりだと思っていたらしく、なんだかくすぐったいね。(笑)右腕にケン、左腕にま〜やを抱えながらソファに並んで観ていたのだけれど、私は時差ボケのせいで映画が始まって間もなく眠ってしまった。ケンは何度か「ママ、起きてる? 目、開けてる?」と私の閉じた目をこじあけようとしていたけれど、そのうち諦めたのかゆっくり寝かせてくれた。
映画の後はちゃんとベッドに入って寝たのだけど、12時頃(夜中)になったらまたパッチリ目が覚めてしまった。当分このパターンが続くのかなぁ。
夕べも明け方まで起きていて、6時頃から就寝。8時くらいにはぼぼるパパを駅まで送るために一旦起きて、それからまた午後1時過ぎまで寝ていた。夕方からエミを歯列矯正の歯医者さんへ連れて行き、夕食の支度をし、食後は久しぶりのワーシップチームの練習。ワーシップチームでの奉仕は、奉仕というよりむしろ私にとっての力の源なんだとつくづく感じる。たとえ体力的には疲れていても、霊的には明らかにリフレッシュされる。帰宅すると、夕べはママは寝ちゃったからと、ケンスケにもう一度一緒に『Mr. インクレディブル』を観て、とせがまれた。でも、見始めた時間がもう夜の9時過ぎだったため、今度はケンスケの方が途中でダウン。
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日本でのこと、書きたいことは山ほどあるのに、あり過ぎてどこから手をつけたらいいのかわからない。今回の奉仕で、私にとって一番印象的だったのは、このコンファレンスのために出会った人たちとの関係の良さ、と言えばいいだろうか。
主催者であるPDJの尾山清仁先生と奥様のキャシーさんはそれはそれは素敵な方たちで、打ち合わせで初めてお会いしたその瞬間から、すっかり意気投合してしまった。ご夫妻は、開口一番、私の通訳に関して、こういうセミナーでは必ず一人や二人、通訳にケチをつけてくる人たちがいるものですが、そういう声は気にしないで気軽にやってください、とおっしゃってくださった。一語一句訳しもれのないようにすることにこだわらず、講演者の主旨が伝わるように通訳してくだされば充分です、と。そして「僕たちは最前列に陣取って、必要があればいつでも助け舟を出せるようにしますから」とも。これを聞いて精神的なプレッシャーが一気に取り除かれ、あぁ、今回の通訳は私が一人でやるものではなく、みんなでチームとしてやるものなんだ、とジーンと心に染み渡った。その後も、今回初めてお会いしたばかりというのが嘘のような一致感と深いレベルでのボンディング(絆作り)があり、コンファレンスの期間中、ずっと本当に気持ち良く働かせていただくことができた。清仁先生もキャシーさんもとても気さくで暖かく、一切の取り繕いもかっこつけもなくまったくの自然体、人間(自分も他者も含めて)の弱さを知っているところからくる恵みと真実に満ちた方だと思った。キャシーさんとは、一週間が終わる頃にはすっかり仲良くなって、「サッちゃん」「キャッちゃん」と呼び合うほどに。(笑)神さまは本当に素晴らしい仲間、友、姉妹を与えてくださり、心から感謝。
また、尾山先生ご夫妻との間に感じた一致とボンディングと同じものを、タウンゼント博士やオカモト博士にも感じた。セミナー前日の日曜日の朝に先生たちが宿泊しておられたホテルでお二人をピックアップした時に初めてお会いし、それから一日のうちですっかり良いチームワークが出来上がっていた。セミナーの参加者の方からは「タウンゼント先生とは長いお付き合いなんですか?」と聞かれたほどで、実際長年来の友のように感じた。このお二人も、尾山先生ご夫妻と同じく、とにかく「本物」で、張りぼての部分や仮面の部分が一切ないのですね。特にタウンゼント博士は非常に著名な方でありながら、少しも偉そうでなく、笑い上戸で、つまらない冗談で通訳の私を困らせるし(笑)、地下鉄に乗るたびに切符はなくすし、先生たちと行動を共にしていた数日間は、まるで漫才トリオの珍道中みたいで、本当に楽しかった。先生たちとのエピソードについては、これからも思い出しながら追々書いていこうと思います。
そしてもう一方のセミナー主催者、リバイバル新聞社さんにも大いにお世話になりました。セミナーの前の週、「手伝い」という名目で何度かお邪魔したのですが、文字通り「邪魔」にしかならなかった私を、皆さん本当に暖かく迎え入れてくださいました。好奇心一杯の私を、月曜日の朝の朝礼(?)に始まり、新聞の編集会議に同席させてくださったり、取材に同行させてくださったり、インタビューのテープ起こしをやらせてくださったり… 忙しいときに本当はお荷物だったでしょうに、皆さん嫌な顔一つ見せず、よく相手をしてくださいました。心から感謝します。一つ特に楽しかったのは、社員の方に私と同じ高校の出身の方がいらっしゃると聞いていたのですが、お話してみたら、高校だけでなく、中学校、小学校、そしてなんと保育園まで同じ(年齢は一つ違い)ということがわかり、こういうこともあるものかと感無量でしたね。(^^)
先に出版された『バウンダリーズ』も、今月出版された『スモールグループから始めよう!〜人生を変える恵みと真理の実践〜』も、その根底のテーマには「関係」ということがある。「愛」であられる神さまは、ご自身がまず「関係」のなかに根ざしておられる。関係なしに、愛は存在し得ないからだ。そして神さまの尊く、奇しい御業は、何よりも関係のなかで人々を通してもたらされ、実現される。今回の訪日では、関係を通して働かれる神さまをさらに深く知り、その御業を目の当たりにさせていただいた。主に感謝し、御名を讃えます!
今日は午前中にみんをお医者さんに連れて行き、午後からお昼寝。夜はミッショネット。少ーしずつ、普段の生活に戻っていってる感じ。でもまだしばらく時差ボケは続くだろうな。
今日のシカゴは暖かかった。摂氏で23、4度かな。つい先日まではまだ雪が降っていたらしいのに。日本はどうでしょう。私がいた時は結構寒かったですよね。桜は咲き始めましたか? 今年もまたお花見に行き損なってしまった。
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今回の訪日では、セミナー以外にも思いがけない収穫があった。それは、恵子ホームズさんが率いるアガペの方々がちょうど来日中で、実家の近くの教会で「和解」の集会を持たれたこと。恵子さんは、第二次世界大戦で、日本軍の捕虜となったことで心や身体に深い傷を負ったイギリス兵の方々とそのご家族のために、和解と癒しをもたらす働きをされている。恵子さんのご実家のある岐阜県には、戦争捕虜(POW)として日本に強制連行され、鉱山で働かされ、そして日本で命を落とされた方たちのための美しい墓地があるのだそうだ。恵子さんがこの墓地を見たとき、ここに眠っている方々のイギリスのご家族が、この墓地のことを知ったならどんなに心が慰められるだろうか、と思ったのが彼女のミニストリーのきっかけらしい。彼女は毎年ツアーを組み、イギリスから今や高齢のPOWの方たちとそのご家族を日本に連れて来て、墓地を訪れたりいくつもの日本の教会を訪問して和解の集会を持ち、それを通して多くの方々が心の癒しを体験しておられる。
私は恵子さんとはケンブリッジ時代にお会いしたことがあるので、私の実家の近くにある東京ホライズンチャペルで集会が持たれることを知り、駆けつけて再会を喜んだ。今回の集会でもさまざまな心動かされるお話を聞き、ここにも「関係を通して働かれる」神さまを見た。もう50年以上にわたって過去の恐ろしい記憶の捕虜となり苦しんで来た人たちが、日本に来て、ずっと憎んできた日本人たちと実際にふれ合い、暖かいもてなしを受けることで、長年来の憎しみや痛みから解放され、別人のように変えられていく… 自分の苦しかった心のうちを語り、聞いてもらい、受けとめてもらうことで、初めて癒されていく…
交わり会のとき、時間があまったのか(?)、平野先生が最後に「佐知さん、何かお話をしてください」と突然振って来られた。私は当然何も用意していなかったので絶句しつつも、そのとき心のなかにあったことをお話させていただいた。するとその後で、年配のイギリス人の男性が私の手を取り、「Thank you for your kind words」と言ってキスをしてくれた。驚くべきことだと思った。私たちには、何と大切な役割が神さまから担わされていることだろう。神さまはこうやって、私たちを用いて、関係のなかで働かれ、その麗しいお姿を、尊い御業を、現してくださるのだ。
聞くところによると、先週はちこが通訳を務めたリカバリーセミナーの中で、講師のオカモト先生が「完璧主義はやめましょう」とおっしゃっていたらしい。先生の趣旨は、ベストを尽くさなくてもいい、ということではなく、「完璧でないものは受入れられない」という態度には問題がある、ということである。とくに自分の行いに対してこのような無理な水準を課していると、失敗をしたときにそれを失敗と認めず、隠そうとする誘惑に陥る可能性がある。真実を隠すということは、神の光の届かないところを造り出すことであり、サタンに足がかりを与えることになる。個人レベルでもそうだし、集団レベルでも然りであることは、某社による欠陥車隠蔽事件などによっても明らかだ。人の真価は、間違いを犯さないことではなく、間違いを犯してしまった時にどうふるまうかによって測られる、というのは本当だと思う。なぜなら、間違いは誰でも犯すものだからだ。
このような正直さのスタンダードは、サイエンスの世界では少なくとも建前上は前提となっていて、自分の書いた論文に決定的な欠陥が見つかった場合は、すみやかに公の場に報告をすることになっている。逆に欠陥を知っていて報告しなかったり、意図的に事実を歪曲したことが明らかになった場合、科学者としての信用はほぼ不可逆的に地に堕ちる。このあいだ、物理の田崎先生が学会で非平衡の統計物理に関するかなりセンセーショナルな発表をされたが、一日とたたぬうちにその半分くらいが間違っていたことが判明し、即座にご自身のホームページで訂正を発表されていた。これ自体はサイエンティストとして当然の行為とも言えるが、サイエンティストといえども人間である。私が感銘を受けたのは、田崎先生という日本の統計力学の第一人者が、自分のプライドはとりあえず脇に置いておいて、自分の発表が間違っていたと公にされ、真理を正しく伝えるというミッションに忠実であることを身をもって示されたことだ。一流の研究者とはこういう人のことだ、と思わされた。
最近出版されたばかりの「スモールグループから始めよう!」に関して、二つほどアクシデントに見舞われた。一つ目は、最終校正の途中で本文の一行が欠落してしまったこと。これは、出版社の地引網出版さんの方に読者から指摘があったらしい。編集長の谷口氏が、より分かり易くするために最後に脚注の位置を変えたときに、その章の最終行がレイアウトからはみ出したことに気がつかなかったのだそうだ。この話を聞かされたとき、一瞬「ええー」と思ったのだが、谷口氏がこの本の出版にかけていた情熱とこだわりのことを思うと、むしろ一番がっかりしているのは彼自身であろうと推察された。(実際、谷口氏の丁寧な校正と助言のおかげで、この本は前作の「境界線」よりかなり読みやすくなっている。)出版社さんの方で、丸一日かけて訂正紙を印刷し全国のキリスト教書店に送る手配をしたのもつかの間、今度は、表紙カバーと帯のインクがかなり簡単にはげ落ちることが判明。これは印刷所のインクの調合に問題があったらしい。これに関しても谷口氏の判断と対応は早かった。「これでは製品とは呼べない」。即座にカバーの刷り直しを命じ、交換までのあいだ、全国の書店に5日間の販売停止を依頼。すでに買い求めて下さった読者にはホームページを通じて新しいカバーの送付を申し出た。流通関係者の中では、「そこまでしなくても」という声も聞かれたらしい。
一方、一般読者の側としては「出版早々、なんだこれは。大丈夫なのか、この出版社は」と言うことはたやすいだろう。しかし、アクシデントは不運だったが、それをただ嘆いたり無視することなく、間違いは間違いと認め、本の完成に祝杯を上げるかわりに「読者の益」のために必死に対応をされている様子には、本当にこの人たちは最後まで自分のミッションに忠実な人たちだ、と思わされた。出版社さんと本のテーマについて語り合い、言葉の選択や語法について突っ込んだ意見のやりとりをし、今まで共にチームとして仕事をしてきたはちこと私には、よ〜く分かる。谷口さん、お疲れさまでした。これからもよろしくお願いします。(ぼ)


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