2004年5月1日
きれいな菜の花の画像を見つけたので、ちょっと使ってみたくなって模様替えしてみました。もう菜の花には遅いかもしれないけど、あまりにもきれいだったから。
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この夏の日本行きは、だいたい6月29日か30日に出発して、8月4日か5日頃に戻るという感じになりそう。月曜日になったら旅行代理店に電話しなくちゃ。それにしても、家族6人分の航空運賃はハンパじゃなさそうよ。目をつぶって予約するしかない!?
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今週末、エミは教団主催のユースのFine Arts Festival というコンテストに行って来た。歌や楽器、バンド、パントマイム、詩、作文、ウェブサイトデザインなどいくつもの部門での参加が可能で、エミはソロの歌とウェブサイトデザイン、そしてユースグループの仲間たちと一緒にパントマイムで参加した。もし優秀賞に選ばれれば8月上旬にテキサスで開かれる全国大会へ行けることになっていたが、残念ながらエミはだめだった。歌の方は緊張してしまったのか、いきなり出だしのタイミングを間違えてしまったんだそうだ。そして、ウェブサイトデザインの方は、当然全部英語で書いてあるにもかかわらず、審査員のPCでは英語が文字化けしていたとかで、結局審査対象外になってしまったらしい。可哀想に。どうして英語の文字が文字化けしてしまったんだろう? 何しろ、今日の午後、審査員からうちに電話がかかってきて、「文字化けしているのですがどうしたらいいですか? 審査員のなかには日本語がわかる人がいなくて」と言われたので驚いた。「そんなはずはないですよ、全部英語ですから」と言ったのだけど、向こうが文字化けしていると言う以上、私にはどうしようもなかった。何とかしてあげなくちゃと思って電話で何度かやりとりしたのだけれど、いくら話したってらちがあかない。キャラクターセットがどうのこうの、と言ってたけど、原因は何だったのだろう? エミもがっかりしていて、私も辛かった。でもね、いい経験になったよね。エミは今年が初めてのFine
Arts Festival参加。でもまた来年も再来年も、高校卒業するまでずっとチャンスがあるんだから。テキサス行きはだめだったけど(私は最初からあまり期待してなかったケドね(^_^;; )、その分、ゆっくり日本に滞在すればいいよ。楽しい夏休みにしようね!
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昨日ぼぼるパパが紹介していた土星の画像、本当に美しかったですね。神様の創造の御業は本当に奇しきかな。
2004年5月2日
ふう、今日は忙しい一日だったー。午後からエミのオーケストラの今年度最後のコンサートがあったため、礼拝後、コンサート会場に直行。エミは一時半から本番前のリハーサル、本番は三時からだったので、私たちは近くのモールで一時間余り時間をつぶしてからもう一度会場へ。コンサートの後は、夕拝に直行するにはちょっと早い時間だったのでとりあえず帰宅して、15分だけ休んでからすぐに教会へ。普段だと、日曜日の午後ってお昼寝したりしてゆっくりするのに、今日はお昼寝しないままで夕拝だったから、なんだか疲れてしまった。でも、身体は疲れていたけれど、霊はリフレッシュされました。
リハーサルに遅れないように急いでいたため、お昼はマクドナルドのハンバーガー。ところが、あろうことか私はレモネードをひっくり返して、スーツにこぼしてしまった。あわててナプキンを掴んでこぼした部分に当てたのだけど、もう、ばかばか、私ったらナプキンと一緒にハンバーガーの包み紙をつかんでスカートに当ててしまったため、なんとマヨネーズがベッタリと。うああ。マヨネーズだなんて、レモネード以上に打撃が大きい。私のお気に入りの茶色のスーツが… ちゃんと落ちるかなぁ。明日クリーニングに出してこなくちゃ。ぐすん。
今朝の礼拝には、初めての御家族がいらしていて、御主人は日系ブラジル人、奥さんはアメリカ人だけれど日本で知り合って結婚して、7ヶ月前にアメリカに戻ってきたばかりという方たち。奥さんの方は日本語がペラペラだった。私もとても嬉しかったし、彼女も、こんなところで日本人のクリスチャンに会うなんて!と喜んでらした。これからもずっと来てくれるといいな。
2004年5月3日
遅ればせながら、この菜の花の背景は美しいですね。菜の花畑というと、イギリスに滞在していた2年前、4月だったか5月だったか忘れたけれど、ケンブリッジからロンドンに向かう列車の車窓から見た、丘一面に咲き乱れる菜の花畑のことが思い出される。英国特有の重苦しい雨雲に覆われた空のもとで、その鮮やかな黄色が周囲の雰囲気をふわっと明るくしていたのが、とても印象的であった。
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全16章にわたる「バウンダリーズ」の翻訳を終えてみて改めて感じることは、月並みだが、日本語と英語の違いである。ある人が、川端康成の小説とその英訳を比べ、前者に対し後者がとても冗長であり、これは日本語が一つの単語に多くの含みをもたせるという、英語にはまねのできない特性を備えているからだ、と言っていた。私は、この指摘は当たっていないと思う。翻訳が原作に比べて長くなるのは、同じ意味を表すのに、原語では一語ですむところ、別の言語ではそれに完全に対応する単語がないため、複数の単語を使って説明しないと正確でなくなるからだ。これは、単語体系で意味の守備範囲が違うことによるのであって、特定の言語の特異性を意味するものではなかろう。それが証拠に、英語から日本語への翻訳の場合でも、まったく同じことがおこるのである。英語では一つの単語で意味がばしっと通るものが、ぴったりする日本語がないため、どうしても複数の単語を組み合わせざるをえなくなったり、すでによく知られている英単語はカタカナ表記にしたくなったりする。
たとえば、「commitment」なんかは無理して訳すより「コミットメント」あるいは「コミット」と言った方が自然な場合が多いし、「accountability」の対訳語である「説明責任」
という二重名詞などは、いかにも訳語として造りましたぁという感じがする。もっと単純な例では、「Yes」と「はい」、「No」と「いいえ」というような一見呼応している単語でも、用法がずいぶん違うことはよく知られている。英語で「Yes」と言えば、相手の言い分に賛成することの表明だが、日本人が同じような状況で「はい」と言っても、相手が言っていることの意味を理解したというだけで、賛成も反対も表明していないことが多い。ここに翻訳の苦労が出てくる。たとえば、
「境界線を引く基本となる言葉は『ノー』である」
という訳文を作るにあたって、「No」をそのまま「ノー」とするか、「いいえ」とするかでずいぶん迷った。英語で「No」という単語が使われるような状況で、「いいえ」という日本語が使われる頻度は比較的少ないと思われる。同じ意思を伝えるのでも、「だめ」「違う」「そうじゃない」「うんにゃ」など、別のいろいろな表現を使いわけることはあっても、代表格である「いいえ」というのは形式的だからか、あまり聞かない。かと言って訳文で「ノー」とそのまま言ってしまっては、境界線を引くという作業は英語圏だからできることで日本にはなじまない、下手をすると、てめえの会社のカスタマーサービスの手落ちで予約が入っていないのに、すみませんどころか「私の責任外ですので」と抜かす某航空会社のチェックイン係の態度に見られるようなアメリカ型個人主義の押し売り、などと取られかねない。(「ノー」という訳語だけでそこまで曲解する読者は少ないと思うが、そういう印象を受ける読者がいても、私は驚かない。アメリカのアマゾンの読者評においてすらそれに似たようなコメントをしている人がいた。しかし、それが本書の趣旨でないのは言うまでもない。)
はちこと私がこのような翻訳の気苦労からある意味解放されていたのは、本書の原理が聖書の御言葉にのっとっているという点である。御言葉が文化や時間の違いを越えて人の心に届いていくものなら、それに根ざしているかぎり、境界線の原理も古今東西を問わず有効であろう。逆に翻訳しながらはちこと二人で驚いたのは、たとえば家族内でのドロドロベタベタした人間関係や支配的な友人の奴隷にされている有り様など、「ややっ、アメリカ人とはもっと個人主義のはずじゃなかったのかっ?」ということだった。アメリカ人でも言うべきときに言うべきことが言えないがために、人生が泥沼にはまっている人たちが大勢いるとは意外だった。結局のところ、人間が抱える問題というのは、根本的なところでは文化の違いを越えて普遍的なのだろう。ならば本書がアメリカでは1992年に初版が出版されて以来広く読み継がれ、ミリオンセラーになっているのもうなずける。
話題がそれたが、本書は単なる「Yes」と「No」をはっきりいいましょう的な自助啓発本ではない。はちこも書いていたように、私たちが他の誰にも不健全に依存したり拘束されることなく、主にあって自立し、愛をすべての動機として主体的に生きていくようになることをはっきりとした目標としてかかげている。さっきの航空会社の例で言えば、たしかにチェックイン係には落ち度はないのであって、彼女がカスタマーサービスのしでかしたへまの責任を個人的に負う必要は全くない。(実質的にも、感情的にも、である。)しかし、迷惑をこうむった客の立場を理解し、その心境に同情して、(客の剣幕によっていやいやながらではなく)率先して助けの手を差し伸べることはできる。罪悪感からではなく、恐怖心からでもなく、強制によってでもなく、妥協からでもなく、愛を動機とする主体的な行ないである。この当たり前といえば当たり前のことがなぜできないか、どうすればできるようになるかに、聖書的な光をあてているのが本書である。パウロも言っている。「キリストは、自由を得させるために、私たちを解放してくださいました。ですから、あなたがたは、しっかり立って、またと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい。…キリスト・イエスにあっては、割礼を受ける受けないは大事なことではなく、愛によって働く信仰だけが大事なのです。」(ガラテヤ5:1、6)
出版は早くても夏以降になるであろうが、皆さんに読んでいただき、考え、祈る材料にしていただければうれしい。(ぼ)
2004年5月4日
今日のケンとはちこ。ケンスケ、もうこれ以上大きくならないで〜。 が、男の子っていうのは、大きくなって、背もお母さんを抜かして、声もガラガラになって、ヒゲなんかはえてきても、それでもやっぱり可愛いんだ、という話しをよく聞くけど、本当かなぁ。きっと本当なんだろうな。
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何か書きたいことがあったはずなんだけど、今夜は何だかすっごーく疲れている。喉が痛くて、身体がだるくて、もしかしてこれは、パパの風邪がうつったとか? でも違うと思う。きっと疲れてるだけ。パパの方は、もうすっかり回復しています。御心配下さった皆さん、どうもありがとうございました。(^^) そうそう、日本行きは結局、6月28日出発(日本には29日着)、8月5日にまたアメリカに戻る、という日程になりました。帰りのチケットを取るのが大変だったけど、何とか6人分確保できてよかった。
2004年5月5日
日本は今頃6日の木曜日、GW明け、ということになるのかな。それともまだ皆さん、来週までは休むのかな。一方こちらはそろそろ年度末。5月は子供たちの学校の行事がたくさんあって、慌ただしくなってきました。今年の夏休みは6月10日からのようです。
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最近、日本ではタイヤが脱落して歩行者や対向車にぶつかるという事故が多い気がする。トラックのタイヤなんかが転がってきたら、本当に恐ろしいだろうな… なんてことを考えていたら、そういえば、うちも二年前に似たような被害にあったことがあるのを思い出した。うちの場合は、タイヤが転がってきたのではなくて、高速道路の路上に落ちていたタイヤを轢いてしまってひどい目にあったのだけど。幸い大事には至らなかったけれど、あんな大きなものが落ちていたりして、ほんと、危険。その時のことはかなり細かく日記に書いたのだけど、過去日記は整理したくて一旦取り下げてしまっていた。でもファイルを引っぱりだして読み返してみたら、かなり笑えた(私たちの場合、事故にあってもなぜか笑い話になってしまう… というか、笑い話で済んだというのは本当に幸いなことだったんだと今になって改めて思った)ので、当時の日記だけ突貫工事で再アップしてみました。タイヤの話しは6月18日です。
●2001年6月の日記
ついでに7月の分も。
●2001年7月の日記
この頃というのは、ケンスケがまだ生後2ヶ月半〜3ヶ月で、イギリスに行く直前のドタバタしていた時期だった。なつかしいな。ディッシュウォッシャーの話し(6月23日)もやけに細かく長々と書いてあって可笑しい。私にとってはbig
deal だったのよね。
2004年5月7日
アメリカ在住、特に中部近辺在住のクリスチャンの方にお知らせです。JCFN主催のセントラルコンファレンス04(修養会)がメモリアルデーウィークエンドにシカゴにて下記の要領で開催されます。是非おいでください。参加申込書と詳細を記したパンフレットはこちらからダウンロードできます。
セントラルコンファレンス04
テーマ:「信仰ドライブ、ハイオク満タン!」
テーマ聖句:「主は絶えず、あなたを導いて、焼けつく土地でも、あなたの思いを満たし、あなたの骨を強くする。あなたは、潤された園のようになり、水のかれない源のようになる。」イザヤ58章11節 新改訳
私達はそれぞれ信仰のロングドライブを走っています。絶好調にブイブイ飛ばしている時もあれば、疲れてひと休みしているように感じている人もいるかもしれません。日々聖霊に満たされて歩むとはどういう事なのでしょう。神様は私達にどんな運転をして欲しいと思われているのでしょうか。御言葉を味わって満たされる為に、それぞれの場所で常に満たされ続ける為に、この修養会で共に学びあい、励ましあいましょう。長い冬も終わり、ミッドウェストのいい季節がやってきます。一緒に特別な週末を過ごしませんか? 満たされたい人は誰でも参加OKです!
講師: 杉田政志師 オハイオ州コロンバス ダブリン・バプテスト日本語チャペル牧師
日時:5月29日(土)〜31日(月)
受け付けは29日午後二時より、解散は31日午前十一時半
場所:イリノイ州シカゴ郊外 ジャドソンカレッジ
プログラム: 集会(各2時間 賛美、スキット、証、聖書からのメッセージなど)
セミナー、スモールグループ など
費用:全参加(二泊、二夕食、二朝食)$125 (締めきり5/26)
部分参加 設備使用料(集会一回につき$8)、食事(一回$8)
お問い合わせはcentral@jcfn.org
まで
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セントラルコンファレンス、楽しみです。ところでハイオク満タンといえば、昨今のガソリン代の高騰にはややつらいものがありますな。うちはクルマは一台で基本的に買い物や子供の送り迎えにしか使わないけれど、それでも年間2万キロ弱は走るから、決して無視できる出費ではないのだ。
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●母の日に、青いカーネーションはいかが
青いカーネーションと言えば、去年のみんのサイエンスフェアを思い出すなあ。今年は、学校側の予算不足でサイエンスフェアはなしになったらしい。久しぶりにジャッジを務めようと狙っていたのに、残念だ。
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金曜日は学科で毎週恒例の3連続セミナー。海表面を伝わる地震波(T波)で震源を特定しようとしたら南極の氷山だったとか、面白い話が目白押しだった。ところで、自分が年間どのくらいセミナーに出席しているかを勘定してみると、うちの学科以外にも物理や統計や応用数学のセミナーを聞きに行くことがしょっちゅうあるから、年間100は下らないと思う。先日米国科学基金のアンケートで、過去2年間に同僚のセミナーに何回出席しましたかという質問があったが、答えの欄には二桁しか数字を書く場所がなかったぞ。現実を全く把握していない。もっとも、出席するセミナーの数を100として、その中で本当に面白く、聞いてためになったと思うのは30くらいだけど。
これらのセミナーは、ある意味、現時点での自然科学における人智の結集ともいえ、人間が持つ世の中のしくみを理解することへの飽くなき探究心と、観察や類推をもとに論理を組み立てる能力に、共感をおぼえたり時として驚嘆する場所となっている。もちろん、そこで表明されていることは言ってみれば「この世の知恵」であり、私の世界観に合わないものもあるけれど、そういうことを抜きにして、人間が本当に「知恵と摂理はわたしのもの」と語る聖書の神の似姿に造られていることに思いを馳せずにはおれない。
しかしながら、自然科学のセミナーもたしかに面白いけれど、やはり、それだけじゃ知識は渇く。聖書からの日々のデボーションと、教会でのメッセージがあるから、自分の思考は守られているのだろうなあと思う。(年間に聞くメッセージの数がやはり100ぐらいなのは、あながち偶然ではないかも。)
これは知恵が、あなたの心にはいり、知識があなたの魂に楽しみとなるからである。 箴言 2章 10節 口語訳
主よ、あなたの知識を私の魂の楽しみとしてください。
(ぼ)
2004年5月8日
ここ数カ月、翻訳で忙しいはちこ差し置いて??夜中にネットであちこちお邪魔させていただいているぼぼるです。遠山じゅごんさんの5月5日の「思うこと」を読んで、うんうんとうなずいてしまった。私も、記憶はとてもいいのですが、非常に短いのが珠に傷です。
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はちこに、母の日なんだから電話ぐらいしてあげなさいよと言われたので、3週間前に話したばかりだけれど、もう一度母に国際電話をかける。「はいはい、ありがと。ええと、それじゃこれから女学校の同窓会で蓼科に3日間でかけて来ますからね、みなさんによろしく。」と、ものの2分くらいでさっさと切られてしまった。来月には喜寿を迎えるわけだけれど、あの人はほっといても当分はぴんぴんしているでしょう。Happy
Mother's Day!
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きょうの覚書。
Justice is getting what I deserve.
Grace is not getting what I deserve.
Mercy is getting what I don't deserve.
(ぼ)
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(後日つけたし)上記のGraceとMercyですが、これはやっぱり逆だと思う。牧師さんが教壇の上から言ってたのですが、多分うっかり言い間違えたのでは?
Grace とは unmerited favor、すなわち「受けるに値しない恩恵を受けること」なので、getting what I don't deserve こそGraceのはず。9日のぼぼるパパの考察も、これは実は逆だったと思って読んだ方が、よりmake senseする気がします。(は)
2004年5月9日
私がみんを妊娠中の頃に、こんなことがあった。(もしかしたらすでに日記に書いたことがあるかもしれない。重複してたらごめんなさい。)当時2歳だったエミを溺愛していた私は電話で母と話していた時にこう言った。
「ちゃんと二人めの子供のことも、エミと同じように愛せるかなぁ。赤ちゃんが生まれたらエミが妬きもちやくんじゃないかとか、エミのことばかり気になるんだよねー」
母は笑いながら事もなげにこう答えた。
「大丈夫よ。二人めの方が可愛いものよ。」
ちなみに、母には子供が二人いて、私は長女。
「ええっ、そうなのっ!? そうだったのっ?」
母はゲラゲラ大笑いしながら言った。「違う違う、そんなことない。二人めも一人めと同じくらい可愛いっていう意味よ。」
このやり取りで長女の私は傷ついたのかというと、全くそんなことはなかった。というのも、私は母がこの世で一番愛しているのは私に違いないと思い込んでいて、母の口から直接「二人めの方が可愛いものよ」と言われても、それでも私の確信はまったく揺らがなかったのだ。実際私は、日頃から心のどこかで、私の方が妹よりも愛されているんじゃないかと思っていた。そのことで妹より優位にたっているとか、そんなふうに思っていたわけではないけれど、とにかく私のなかで母の愛は溢れかえっていたので、母の私に対する愛情に、これっぽっちの不足も感じていなかったのだ。
母は私のことをものすごく愛してくれた。まさに「無条件の愛」で、私は小さい頃からそのことを身にしみて実感していた。「私は母に愛されている」という確信は、この世で何が起きても絶対揺らぐことがないほどに、強く確固として私の中で確立されていた。そのくらい母は私のことを愛してくれていた。私にそうだと分かるやり方で愛してくれていた。
その後、妹と話している時にこのことを話したことがあった。私は笑いながら「お母さんたら、こんなことを言ったんだよ」と言った。すると妹は真剣な顔をして答えた。
「そんなことないよ、お母さんは、本当に二人とも同じように愛していたと思うよ。」
妹があまりに真剣な顔でそう言ったので、私は可笑しくて笑い出してしまった。なあんだ、さては妹も、自分の方がお姉ちゃんより愛されていると思ってたんだな…
二人の子供のそれぞれに、自分こそ世界で一番お母さんから愛されているんだと思わせることに成功したこの母親は、なんとあっぱれな人だろう。
母のすごいところはもう一つある。私が育った家庭環境は父親不在で、傍から見ると「可哀想な家庭」だったのかもしれない。だけど私も妹もとても幸せだった。そして私も妹も、父親を尊敬し、愛してやまないのだ。それは母が私たちが成人するまでは一度たりとも父の悪口を私たちの前で言うことがなく、それどころか、私たちの中に父に対する愛と尊敬が失われることがないように、細心の注意を払って子育てしてくれたからだと思う。物理的には確かに「父親不在」だったけれど、精神面では彼の存在は大きかった。母は子供の健全な成長に必要なものが何であるかをよくわかっていて、それが私たちから奪われることがないように、自分自身を犠牲にして頑張ってくれたのだと思う。 もちろん私も妹も、それなりにいろいろなところを通りはしたけれど、母が私たちのなかに築いてくれた安定した土台のおかげで、不安定な時期も無事に切り抜けることができた。母が私たちのためにしてくれたことは、言葉ではとても言い尽くせないほど価値のあることだったと思う。
この偉大な母に、心から感謝。そして最高の母親を私と妹に与えてくださった神様に感謝。
Mom, you are THE BEST! Thank you, and Happy
Mother's Day!
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あ、結城さんがぼぼるパパの昨日の覚書に関して質問しておられるのを発見。2行めの「Grace
is not getting what I deserve」の意味についてですが、パパに代わって私がお答えしますネ。
ここは、そうですね、直訳すると「恵みとは、私が受けるに値するものを受けないこと」でしょうか。「受けるに値するもの」とは、良いものばかりとは限らないですよね。たとえば、法を侵せば罰せられるのは当然のこと。その際、「罰」は私にとって「受けるに値するもの」です。でも、その「受けるに値するもの」を受けないで済むこと、それが恵みだというのがこの文章の意味だと思います。(^^)
2004年5月9日
>直訳すると「恵みとは、私が受けるに値するものを受けないこと」でしょうか。
先日の覚書のなかで、「恵みとは、私が受けるに値するものを受けないですむこと。あわれみとは、私が受けるに値しないものを受けること」という部分があり、はちこと、日本語の感覚だとこの「恵み」と「あわれみ」はひっくり返っている方がしっくりくるよね、と話していた。実際私は恵み(grace)と憐れみ・慈しみ(mercy)について違いをさほど意識したことがなかったので、早速ヘブル語とギリシャ語の用語集を調べてみたところ、ますますわからなくなりました(汗)。以下私なりに調べた結果をまとめてみます。私は聖書講解の専門家ではないので、どなたかがどこかでもっと明快に説明して下さっていることを期待して…。
まず、恵みと憐れみという言葉のさす意味は原語、英語、日本語の間で微妙に異なっているだけでなく、旧約聖書と新約聖書でもずいぶん違うようである。旧約で「恵み(grace)」と訳されることが最も多いヘブル語は[Chen](ヘブル語のフォントがないので英語の表音表記)で、これは「好意」とか「親切」という意味だそうだ。たとえば、創世記6章8節で
But Noah found grace in the eyes of the Lord. (NKJV)
But Noah found favor in the eyes of the Lord. (NIV)
しかし、ノアは主の前に恵みを得た。 (口語訳)
しかし、ノアは主の好意を得た。 (新共同訳)
しかし、ノアは主の心にかなっていた。 (新改訳)
などのように使われている。けれども、新約の「恵み」に比べると、神学的にそれほど深い意味はないらしい。これに対し、「慈しみ(mercy)」と訳される単語[Chesedh]はある意味旧約聖書のテーマの根幹をなし、ほとんど(神の)「愛」と同義に使われている。たとえば詩編136で26回繰り返されている
For His mercy endures forever. (NKJV)
His love endures forever. (NIV)
そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。 (口語訳)
慈しみはとこしえに。 (新共同訳)
その恵みはとこしえまで。(新改訳)
は典型的な用例である。私のヘブル語のレキシコンによると、この[Chesedh]という単語は、本来親友や家族の間だけで見られるような親切さや誠実さをあらわすのだそうだ。つまり「慈しみ」を与えたり受け取ったりする時、両者の間には近親関係があるのが普通。ひるがえって、そのような関係がない時、慈しみを与える側は、あたかも相手とそのような関係にあるかのようにふるまい、相手からも同様の慈しみを見返りに期待していいことになっていたらしい。(Zodhiates
"The Complete Word Study Old Testament"による。) 例えば、ヨシュア記2章12節で遊女ラハブがイスラエルのスパイをかくまったこと(mercy)の引き換えに、彼女の家族を守ってもらう約束(見返りのmercy)を取り付けている。この双方向性が、鍵となるコンセプトだと思う。旧約の時代には、神はイスラエルと契約を通して近親関係に入り、それにもとづいて人に慈しみを降り注ぐ一方で、見返りとしてイスラエルの従順を期待された。しかし驚くべきことに、イスラエルが(そして私が)従順であることをやめてしまっても、神の慈しみは途絶えることがなかった。その意味で、"Mercy
is getting what I don't deserve." と言えるのである。
さて、いよいよ新約聖書での「恵み」と「憐れみ」であるが、だんだん眠くなってきたので、続きはまた今度にしよう。(ぼ)
2004年5月11日
あー、今日のワーシップチームの練習は疲れた。肉体的な疲れというより、精神的な疲れ。心地悪い疲れ。
たまには、こんな日もあるかな… ここ三日くらい気温が高くて夏日が続いているから、暑さのせいでバテているのかも。日本も昨日は暑かったらしいですね。みなさんも、健康管理に気をつけて、体調崩さないようにしてくださいね。
2004年5月12日
はちこがあるとても大切なものをティッシュの上に乗せて台所のカウンターに置いておいたのに、いつの間にか無くなったと言っている。小さなものなので、誰かがよく見ないでゴミと間違えて捨ててしまった可能性が高い。結構高価なものらしく、しょげかえっている。
私はそういうものを捨てたという記憶はあまりなかったのだが、無くなったのがここ2、3日のことなのと、さいわい明日がゴミの日で、一週間分のゴミがガレージの中の3つのゴミ箱にまだ残っていることから、本当にゴミにまぎれているなら回収は可能と判断する。
「よしよし、今日帰ってきたら探してやるから心配するな」
不思議と、絶対に見つかるという確信があった。で、晩飯の後、さっそく捜索にとりかかる。まず、万が一ゴミ箱でなく別のところに落ちていたりすることもあろうかと、台所の床まわりをくまなく検分。しかしそれと思しきものは発見されず、いよいよゴミ漁りモードに突入する。換気のためガレージのドアを開けて、ラテックスの手袋をはめ、ゴミ箱の中のビニール袋の口をひとつずつほどいて、中身を細かく吟味するという、あまり近所の人に見られたくない作業。
最初の袋を開けた時、香しいオーラがその辺に立ちこめて、一瞬咳き込みそうになった。ちょうど30度を越える日が続いていたので、一日かそこらたっただけでも生ゴミはかなりの惨状を呈している。半分つぶれてカビの生えたイチゴとか、ぬるぬるした手羽のかけらとかをよりわけながら、丸まったティッシュペーパーを探しあててはほぐして中を確認する。約30分の悪戦苦闘のあげく、最初の袋からはそれらしい物体は回収できず。残るゴミ袋は5つ。持久戦の様相を呈してくる。
二つ目の袋の中身の3分の2くらいを選り分けたところで、見覚えのあるバーガーキングのカップホールダーと、中につまったいくつかの丸めたティッシュを発見。これは確か俺が捨てたんだよな、と思いながら引っぱり出すと、ひとつのティッシュの内側に何やら小さくて固い物体を確認。もしや、と思いつつ目を凝らして、探していた○○がぽろりと出てきた時、私は主をほめたたえた。結局所要時間45分、想定していた最悪の事態に比べれば比較的短時間の決着を見て、ほっとひといき。
それにしても疲れた。肉体的な疲れというより、精神的な疲れ。心地悪い疲れ。
が、それもはちこに報告するところまで。
「あったよ!」
この一言が言いたくて、頑張ったのだった。もっとも、「捨てたのは俺だったみたい」と白状するまで、5分くらいのラグがあったけれど。(ぼ)
2004年5月13日
火曜日に私が疲れていたのは、実はワーシップチームの練習の時にちょっとした諍いというか、トラブルがあったからだった。次の日曜日の夕拝では普段とちょっと違うプログラムをやることになっているのだけれど、ぼぼるパパは仕事が忙しくて夕拝のプログラムのための準備が火曜日の時点では100%できていなかった。ところが、ワーシップチームの有能なマネージャーでもあるティーナは、何ごともゆとりをもってきっちりと準備ができていないと気が済まないタイプで、まだ準備が完了していなかったぼぼるパパにくってかかり、半ギレになったのだった。ぼぼるパパはそういうのは全然気にならない人なんだけど、その様子を見ていた私の方がカチンときてしまって、もう少しで声を荒げてしまうところだった。あなたに高いスタンダードがあって今日までに準備ができてないと落ち着かないという気持ちはわかるけれど、ぼぼるには他にフルタイムの仕事があって毎日忙しいんだから、いつもいつもあなたの期待通りのスケジュールでは動けないのよ、彼のチームリーダーとしての責任は、日曜日までに準備を間に合わすことであって、あなたの個人的な期待を満たすことではないんですからねと、もう少しでタンカをきるところだった。(^_^;; 私が言いたかったことは間違っていないと思うけど、それでも感情的にリアクトしてそういう発言をすると後々までわだかまりが残るかもしれないので、ぐっとこらえた。でも、ティーナに対しては抑えた代わりに、帰宅してからぼぼるパパに八つ当たりしてしまった。そもそも、あなたがちゃんと現状についてコミュニケートしないから、ティーナが心配して苛立っちゃったんじゃないの、彼女が怒るのだって無理はないのよ、と。そんなわけで、火曜日の夜はひどく疲れたので、お祈りだけしてすぐに寝てしまった。
そして夕べ。ミッショネットが終わったあと、廊下でティーナと鉢合わせになった。彼女はとてもきれいな色のTシャツを着ていたので、私はふつうに「そのTシャツ素敵ね、よく似合ってるわよ」と声をかけた。すると彼女は泣きそうな顔で「ああ、ありがとう」と言うと、私に抱きついて「夕べはごめんね、決して怒ったわけじゃないんだけど、ついイライラしてしまって… 私、何ごとも用意周到にしておかないと気がすまない質だから… ぼぼるにも謝っておいてくれる?」と言ったのでびっくりした。私も彼女を抱きしめ返しながら「私の方こそ苛立ちが顔に出てたでしょう、ごめんなさいね。あなたの気持ちはよくわかるのよ、私もぼぼるのマイペースぶりにはいつも苛立たされているから」と答えた。彼女の方から和解を申し出てくれたことがとても嬉しく、ありがたかった。前の晩に感情にまかせてキツイ言葉を浴びせてなくてよかった、と心から思った。これで日曜日にはお互いにすっきりした気持ちで一緒に心を合わせて礼拝できる。よかった。お互いに足りないところがある者同士だから、時にはぶつかりもするけれど、それでもこうしてすぐに和解できるというのはなんという幸いだろう。神様、感謝します!
後からぼぼるパパに、これこれしかじかでティーナがあなたにごめんなさいって言ってたよ、と伝えると、彼は「ああ、そう?」と飄々としていた。でもその後でこう言われた。「僕はティーナに何を言われたって全然気にならないんだ。僕がティーナにガンガン言われているのを見てはちこの方が腹が立ったのはわかるけど、だからといってはちこに後からあれこれ責め立てられる方がよほどこたえるよ。はちこの苛立ちは自分の境界線内の問題としてはちこが対処すべきであって、僕に投影するのはやめて欲しいな。」ううう、その通りでございます。ごめんなさい。反省。
2004年5月14日
今朝になってから留守番電話にメッセージが残っていることに気が付いた。うちの留守電話は寝室の隅っこの机のかげに隠れたわかりにくい場所に置いてあるため、メッセージが残っていても気付くのが遅れてしまうことが多い。(^_^;; もっと目立つところに置かないと、留守電の意味がないと思うのだけれど、電話線の配線その他の都合で、どうしてもそこになってしまうのだ。
メッセージはワーシップチームの仲間のメアリーからだった。メアリーは多分チームの最年長者で、60代前半の女性。この前の火曜日の練習にも来ていた。内容は「いつも主と主の教会のために時間を自由に与えて奉仕してくれてどうもありがとう、あなた達二人にはいつも感謝しています、そのことをどうしても伝えたくなって…」というものだった。 多分、火曜日の練習時でのトラブルについて、彼女も何か思うところがあったんだろうな。気をつかわせてしまって申し訳ない。でも、こうして彼女の愛とケアを示してくれることは本当にありがたいことだと思う。
それにしても、火曜日の雰囲気って、そんなに険悪に見えてたのかな。もしかして私、露骨に不快そうな顔をしていたのかもしれない…(大汗)ぼぼるパパは平静だったけど、私は言葉こそ飲み込んだものの、心のなかではかなりupsetしてたから…
教会は愛の訓練をする場所というのは本当だなぁ。自制を学び、忍耐を学び、寛容を学び、赦すことを学び、謙遜を学び、相手を信じることを学び、正直に、分かりやすくコミュニケートすることを学び… そう、第一コリント13章にあるようなことの一つ一つ、そしてさらに多くのことを実地訓練で学んで行く場所、そこが教会なのかもしれない。教会のなかで人間関係にトラブルが生じても、そこで躓いたり失望してたらいけないね。そういう時こそ、私たちが愛を学び、よりイエスさまに似たものとされるために練られ訓練されるためのチャンスなんだもの。神様の御思いは深いなぁ!
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先日うちの教会に日本語ペラペラのアメリカ人の奥さんと日系ブラジル人のご主人のカップルが来た話をしたと思うが、今日はこの奥さんにランチに招かれ行って来た。彼女は横浜に三ヶ月と滋賀県守山に4年余りいたとかで、関西なまりのある日本語を自由にあやつる。しかも御主人の国の言葉であるポルトガル語、加えてスペイン語まで話せる。彼女は20代半ばくらいで、私よりはずっと若いけれど、話がはずんでとても楽しかった。ものすごくしっかりしていて、まるで箴言31章に出てくる妻のような女性だと思った。一歳十ヶ月の男の子がいて、とてもよく躾けられていて感心した。(私もケンスケをもう少し何とかしなくては。)
日本にいた頃の二人のアルバムを見せてもらっていたら、何とその中に見覚えのある顔を発見。
「これは豊田先生ではないですか、ニューライフキリスト教会の!」
「えっ、豊田先生を知ってるの?」
「うん、直接の面識はないけど… 豊田先生の教会には、私の中学時代からの友達が行ってるの。」
「名前は?」
「○○××」
「知ってるー!」
「うそー!」
彼女たち夫婦はアメリカに帰国するまでの数カ月間を豊田先生の教会でお世話になったとかで、先生からはたくさんの良い影響を受けたと言っていた。なんて狭い世界だろう。もう、びっくり。
二人はまだこの地域の教会をあちこち見てまわっている最中で、うちの教会に続けてくることになるかどうかはわからないけれど、私たちがここでこうして出会ったのはきっと神様の御心だと思う。これから彼女との関係がどう育っていくか、とても楽しみ。
2004年5月16日
夕べは翻訳をやっていたら、まだ8時過ぎだというのになぜか眠くなってしまった。PCに向かったままうたた寝をしていて、こんな状態じゃ仕事にならん!と思って早々にベッドへ。(翻訳は、今、最初に戻って一通り読み直し、全体のバランスをみながらあちこち手をいれているところ。)9時前に寝たというのに、朝5時半まで全然目を覚まさずによく寝ました。
今朝は普段の日曜日より早く起きたので、7時過ぎまで夕べやりそこなった翻訳など。それから、支度をして起きて来たぼぼるパパと一緒に、今朝の礼拝の歌を一通りgo
over した。二人だけのプレサーヴィス。今朝の歌のリストに「Lord, Reign in Me」という歌があり、普段からよく歌っているのに、今朝はこの歌のコーラスの部分が突然ものすごく胸に響いてきた。
Lord, Reign in me, reign in Your power
Over all my dreams, in my darkest hour
You are the Lord of all I am
So, won't Your reign in me again
主よ、私を治め、支配してください。あなたの御力をもって私を治めてください。
私の夢の全てを、私が深くうち沈み、暗闇のなかにいるときも。
あなたこそ私の存在全ての主です。
ですからどうか、私をもう一度治め、支配してください。
私をもう一度治め、支配してください。
この歌が、今朝の私の祈りであっただけでなく、神様の方もまた、私を治め支配することを切望しておられることに気付かされた。それは、神様がエゴイスティックな暴君だからでなく、私のことを愛して、愛して、愛してやまない恵みと慈しみに満ちた良い御父であるからなのだと、そのことがすごくすごく心に染みた。
先日、「恵み」と「あわれみ/慈しみ」の話をしていたとき、「私が受けるに値しないものを受けること」を「あわれみ」と呼ぶのはあまりピンとこないねと言ってたのだけど、今朝は不思議と、「私が受けるに値しないものを受けること」が神様のあわれみであるということが、私のなかでストンとおさまった。ああ、それこそまさに憐れみなんだと、すごくしっくりきた。
His mercy endures forever. 主のあわれみはとこしえまで絶えることがない。とこしえまで。とこしえまで。
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夕拝から戻ってきて、家族に食事をさせて、ケンとま〜やの寝る支度を整えて、やっと一息ついたところ。忘れる前に、用意しておいた『バウンダリーズ』の1〜6章を送付。今日は夜のスペシャルサーヴィスの準備のために4時から教会に行っていて、帰ってきたのが8時だったからやっぱり疲れた。でも今日のは心地よい疲れ。(笑)ワーシップチームの息もよくあっていたし、私たちと神様の縦の関係だけでなく、私たち同士の横の関係も固く結び合わされていることを感じた、とても祝された良いサーヴィスでした。トラブルも、神様のやり方で対処されれば祝福に変えられるのですね。
まだ9時過ぎだけど、もうちょっとだけ仕事したらもう寝よう。明日の朝はまた早い。
2004年5月17日
おお、不覚にも晩ご飯のあとソファの上で寝てしまった(ゴメンはちこ)。朝の3時すぎだ。ふだんならそろそろ眠くなってくる時間だが、ぎんぎんに目が冴えてしまった。なんか夫婦でかわりばんこに同じようなことをやってますね。このような不規則な生活を毎日続けていると、しまいには規則的になるので気をつけなくてはならない。
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いったん暗礁に乗り上げかかっていた流体実験室の方は、学科と折衝を重ねた結果、4階の別の場所で今まで教室として使っていた部屋がもらえることになり、一気に見通しがついた。ここだと600平方フィートと床面積も十分だし、壁を崩す必要がないので建設にかかる費用も予算内におさまる。しかし私にとって一番うれしいのは、資材置き場のようだったいままでの候補地と違い、部屋の片付けに時間を費やす必要がなくなったことだ。忍耐が報われた気がする。
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ケンスケはこの秋からPre-K(保育園)に通うことになっていて、数日前、入学の面接に行ってきた。Pre-Kは義務教育ではないのだけれど、うちの学区には特別に、外国人や言葉の遅い子、障害を持った子などのための優れたプログラムがあり、エミもみんもま〜やも、外国人の子弟としてかつてこのプログラムにお世話になった。3人がともにお世話になったピアザ先生は、去年、イリノイ州で毎年10人の優秀な先生に贈られるGolden Apple Awardを受賞された、とても優しくてすばらしい先生。ちなみに彼女はクリスチャンである。3人ともピアザ先生のことが大好きで、彼女もうちの子たちのことをとても気にかけて下さった。ケンもピアザ先生に見ていただければいいな、と思っていた。
というのも、外国人の子弟とはいえ、ケンは英語で全然問題なくコミュニケートできるので、他にもっと甚大な必要を持った子がいる場合、キャンセル待ち名簿にまわされてしまうか、下手をすると入学できなかったりする可能性があるからだ。実際、ま〜やの時は何週間かキャンセル待ちになった。そこで先週の面接の前日には、「ほら、ケンスケ、日本語で話してごらん」などと怪しげな一夜漬けの特訓をした(笑)。目下ケンが話せる日本語は、「ほんとだー」「こんちわー」ぐらいのものである。
しかし、面接の当日も、ケンはいつものように黄色のTシャツを着て、お気に入りのThe
WigglesのGregになりきって踊りながら出かけていった。先生に
「お名前は?」
と聞かれて、
「GregーKen!」
と大きな声で返事をするケン。「あのー、お子さん、名前はグレッグ・ケンだと言ってますが」と先生に指摘され、親の方が説明をするのに大汗をかく。完全にマイペースのケン。やれやれ。
まあ良くてキャンセル待ちだろうと思っていたら、きょう、ピアザ先生から電話が入り、ケンはめでたく入学を許可されたそうだ。何が良くて(あるいは悪くて)合格したのか謎だが、家族みんなで大喜びをした。あわれみ深い主に感謝します。(ぼ)
2004年5月18日
今年の5月の気温の上下は相当はげしい。30度を超える日が続いたかと思うと、セーターが必要なくらい肌寒かったりと、忙しい。今日は雨で、寒い。なんでも、シカゴでは、春にいったん30度を超えてから雪が降ったことが観測史上40回以上もあるそうだ。しかし、不思議と6月になると夏空が広がるのである。プール開きまであと2週間。
冬の厳しいシカゴに住んでいると、地球温暖化によって光熱費が節約できるロシアみたいな国が京都議定書の批准に消極的なのもわからないではない。しかし、どっちにしても、火力発電所をどんどん原発に切り替えないかぎり、二酸化炭素放出節減の達成はむずかしいであろう。
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みん "Can I tell you a couple of great jokes?"
ぼ "Sure."
みん "Great jokes! Great jokes!"
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しばらく前に朝日新聞で日本相撲協会の北の湖理事長の話が出ていた。不況と相撲人気低迷の中、あせらずあわてずのリーダーシップを発揮している。現役時代の圧倒的な強さにも憧れたものだったが、組織の統率力もなかなかのものだと思う。口先だけの政治家などに比べ、はるかに安心して見ておれる。30年たってなおインスピレーションを与えてくれる彼のような人物は、まれだ。(ぼ)
2004年5月19日
往きの電車の中で大学のオリエンタル・インスティテュートに務める考古学者のマイクと久しぶりに一緒になった。マイクとは子供の歳も近いので家族ぐるみのつきあいである。彼はバプテスト出身で神学修士も持っているのだが、中近東の古書などの研究が高じてプロの考古学者に転向したという、変わり種である。今年の夏の発掘調査は小アジア(トルコ)のアンテオケに2ヶ月で、そのうちの1ヶ月は家族もいっしょに連れていくのだそうだ。お父さんが家を留守にしているあいだ何をやっているかを子供たちに見せるのが目的だという。しかし、現在のアンテオケ周辺は岩がごろごろしているだけで、10歳前後の子供には決して面白いところではないので、1ヶ月が限度であろうと言っていた。
そのマイクと話していて、どういう脈絡かは忘れたが、教会成長の話題になった。うちの村ではここ数年で、いくつかの教会が名前を変えた。たとえば、「○○教団△△教会」というような伝統的な名前から、もっと人々になじみやすく、アピールする、「万民の□□教会」「生ける泉の☆☆教会」などと言った名前に。私などは、看板を架け替えただけでは本質的には何も変わらないじゃないかと思うのだが、実際、名前を変えた教会は新しい信徒が集うようになり、その結果教会の大きさだけでなく質もいい方に変化しているらしい。では、私たちの通っている教会はどうかというと、その点ではなんとなく遅れをとっている。「○○教団△△教会」ならまだ名は体を表すとも言えるが、うちのは名前が変わっていて、キリスト教の教会であることすら明白でない。「ユダヤ教の寺院ですか」とよく間違えられる。そのせいかどうかはわからないが、私たちがここに通っている過去12年間で、信徒総数はあまり増えていない。
実はかつて何回か、信徒総会の時に教会の名前を変えてはどうかという提案もあったのだが、そのつど、手続きの面倒さや、75年の歴史を持つ名前を簡単に変えるのはどうかみたいな慎重論が主流で、実行には移されなかった。それが、先日の信徒総会でにわかに現実味を帯びてきたのである。役員会が教会の名前を変えることの功罪について時間を割いて議論し、次の信徒総会で結果を報告することになったのだ。
この信徒総会で、60代のある婦人が次のように言ったのがとても印象に残った。このご婦人は、幼少時代からこの教会でずっと育ったという方だ。「現在の教会の名前に私はとても愛着があります。しかし、主がおっしゃるタイミングならば、変えることにいささかも躊躇はありません。Why
not?」
Why not, indeed? 普通だと新しいことには慎重なことが多いこの世代の方から、このように柔軟で謙虚な意見が聞けたことがとてもうれしかった。教会の看板を架け替えるのは表面的なこと。もっと大事なことは、イエスさまがご自分の花嫁である教会を次のレベルに引き上げようとされているタイミングに、遅れることなく従おうという心なのであろう。今、私たちの教会も、そういう時期にさしかかっているのかもしれない。(ぼ)
2004年5月20日
今年の9月から5年生になるみんの、学校説明会に行ってきた。うちの学区は数年前からグレードスクール制といって、学年ごとに違う学校に行くことになっている。みんが現在通っている学校は3年生と4年生専門の学校で、来年からは5、6年生専門の学校に移る。とはいえ、どちらも家から歩ける距離なのではあるが。場所が変わるだけでなく、始業時間やルールもずいぶん変わる。かなり中学校に近い感じになり、生徒は自分専用のロッカーを与えられ、教室はホームルームの他は学科ごとに移動。授業と授業の間は3分しかなく、のんびり屋のみんが遅刻しないできちんと教室移動ができるか心配だ。(3回遅刻すると居残りを命じられる。)しかし、昼食の時間は現行の15分から30分になって少しゆとりが出るようだ。
考えてみると、エミが5年生のときはイギリスに行ってしまったので、彼女は帰国してから全く予備知識なく新しい校舎に行くことになり、始めのうちは行く教室を間違えたり、大変だったようだ。もうあれから3年もたつのですかね。早いな。
ちなみに9月からのみんの始業は8時50分。エミが7時30分、ま〜やが8時、ケンが8時半と見事にばらばらで、それによって出発の時間も違うから、朝は子供たちを送り出すだけでもおおごとである。(ぼ)
2004年5月21日
エミが飼っていたハムスターのRaincloudが死んだ。今朝まで元気だったのに、夕方水をとりかえた時には眠ったままで起きなかったそうだ。2年前の8月から飼っていたからおおむね寿命だったと思うし、死ぬときはぽろっと逝くハムスターらしい大往生だった。このハムスターはエミが2000年に最初のを飼い始めてから三代目。初代は買ってきた時から病気だったらしく、すぐ死んでしまった。2代目のシャンガリアンはあるじを待つことなく、私たちがイギリスにいる間に昇天。こんどのは少なくとも充分に面倒をみてもらって幸せな一生だった。
ハムスター大好き少女のエミは、大泣きに泣いた。一匹一匹に思い入れがあるのだろう。イギリスにいた2年まえ、前のが死んだときもそうだった。泣きながら庭にRaincloudを埋めに行った。普段は感情をあまり表に出さないエミであるが、あいつにもここまで思い切って泣けるものがあるとは、それがたとえハムスターであっても、心温まるものがある。
好きなだけ泣きなさい。失ったものへの悲しみをしっかり自分のものにしてこそ、前進する勇気と力が与えられるのだから。
エミにつられてみんも泣いていた。ふたりが声を上げておんおん泣いていると、ケンが歩み寄ってきて、
"That's alright, girls. Here, you can have my Band Aid."
とお姉ちゃんたちに絆創膏を差し出している。自分が大声あげて泣くような痛い目に遭ったときにはいつもバンドエイドに慰めてもらってるから、きっとお姉ちゃんたちにも役に立つと思ったのであろう。可愛い奴。まだ、生き物が死ぬということの意味がピンと来ないのだろうな。
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Faculty lunchで回転水槽実験のデモをやる。ここ数年このデモは何10回もやってきたので、目をつぶってでもできるようになってきた。そろそろ卒業したいところだ。折しも、秋に新装になる流体実験室で、より大型で精密な器材を使ってアップグレードする予定。(ぼ)
2004年5月22日
生け垣の灌木がぼうぼうに伸びて目障りになってきたので、刈り込みをしようと庭に出たとたん、大粒の雨が降り出して雷まで鳴り始めた。これでまた、週末のhoney-doリストがひとつ先送りだ。いっぽう、屋根の上ではさかりのついた野生のリスが3匹追いかけっこを演じていて、けっこう部屋の中までドドドドッと音が響いている。何となく一週間の疲れから抜けきれていない、だるい土曜日。
*****
お米や調味料が底をついてきたので、午後はま〜やを連れて約1時間のドライブをして郊外のミツワまで買い出しに行く。うなぎの蒲焼きが安売りになっているのを見つけ、これで今晩はごちそうにしようともくろむ。ところが、家に帰ってみんなに聞いてみると、はちこも子供たちも全員、うなぎはあまり好きじゃないと宣う。ええっ、そんなあ。とくにはちこは、子供のころ、高知のおばあちゃんが生きたうなぎを目の前でさばくのを目撃してからはどうしても苦手なのだそうだ。しかも、よせばいいのに、その時の話をおもしろおかしく子供たちに吹き込もうとするもんだから、子供たちも大爆笑してすっかり食卓から気がそれてしまっている。それでも、今日は一応自分の分はみんな律儀に平らげていたが、次回からはお父さんひとりの分だけでいいからね、と言われてしまった。おまけで買ってきた3串のうな肝は、もちろん私が一人で全部食べました。
shinoさんの日記に出ていた適性診断をはちことふたりでやってみる。はちこのは次の通り。
90題へのご回答誠にお疲れさまでございました。
あなたがご回答なさった際に強く顕れた一面は・・・
『楽天的な』
気質です。
良い精神状態の時
想像力に富む・素早い・自信たっぷり・魅力的
悪い精神状態の時
自己陶酔的・衝動的・反抗的・独占したがる・破壊的
性格
陽気で明るい快楽主義タイプ。社交的でのびのびしている。意気消沈している人を自然に勇気づけ、誰からも好かれる。好奇心旺盛で、才能ゆたかなタイプ。
注意
貪欲な好奇心を抑えきれずに、行動過多になりやすく、不健全な生活に陥る傾向がある。危機に直面すると現実逃避し、自暴自棄になりやすい。
仕事
同時にいくつかの職業を持ったり、頻繁に旅行するような仕事、ツアーコンダクタ、写真家やフリーの仕事に向いています。
これ、本人は、当たっているかもしれないが、良い精神状態の時には「自信たっぷり」で悪い精神状態のときには「自己陶酔的」だなんて、すごく嫌な奴じゃない?と言っていた。しかも、旅行が嫌いなのに、なぜツアーコンダクタに向いているのかわからない、とも。それにしても「危機に直面すると現実逃避し、自暴自棄になりやすい。」というのは、ちょっと怖くないかい?
ちなみに、私のは、どういうわけか、shinoさんの結果と全く同じ。「考える」気質で、学者向きだそうです。たしかに、当たっている。しかし、これって、性格が職を決めているのか、職のせいでこういう性格になっているのか、よくわからない部分もあるな。(ぼ)
2004年5月23日
ギリシャ語のレキシコンで調べてみると、新約聖書の中で使われている「恵み(grace)」と「あわれみ(mercy)」という単語の持つ意味は、旧約聖書のそれとはおもむきを異にしている。それは、単にギリシャ語とヘブル語・アラム語の違いというだけではなく、キリストの血によって人間が罪から贖われたことで、神の恵みとあわれみの意味そのものが旧約の時代に比べ、より明確になったということなのであろう。「恵み」と一般に訳されているギリシャ語は[charis]で、これには普通の「好意」や「親切」、あるいは「感謝」という意味も含まれるが、「神の恵み」という文脈で使われる場合は、「罪の贖い」がその中心的な意味である。それは、神の立場から言うと全く見返りの期待できない贈り物であり、人の立場から言うと労せずして得た不相応な好意である。そして、驚くべきことに、神はこの贈り物を「しょうがないな」とつぶやきながらしぶしぶ差し出したのではなく、あふれるばかりの愛と自由な選択の結果として、与えてくださったのだ。罪の贖いに関して恵みと対極の位置にあるのが、「働き」である。人はよい行いによって救いを買うことはできないと聖書は述べている。
罪の代価は死であり、神のみ怒りである(= what I deserve)ことと、恵みがその破滅から私を救う道を与えてくれたことを考えると、"Grace
is not getting what I deserve."という意味は納得してもらえると思う。(もちろん、恵みを受け入れるかどうかは私の選択なのであるが。)恵みへの自然な反応は喜びであり、感謝であろう。そう考えると、「喜ぶ(rejoice)」という意味のギリシャ語[chairo]が「恵み」からの派生語であるというのもうなずける。(うなずけないのは、同じく「恵み」からの派生語で本来「恵みにあずかる」という意味の「カリスマ」という単語が、現代では全く違う意味に使われていることである。)
「恵み」を罪の贖いとすると、「あわれみ[eleos]」とは罪がもたらす各種の痛み・状況からの救済ともいえる。神は、人の罪そのものは許しても、犯した罪がもたらす結果については、人に責任をとらせるのが普通である。たとえば、悪さをして捕まった人が獄中でイエス・キリストを心に受け入れれば、その人の罪は「恵み」により神の前には払拭される。そして、この世においてはキリストとの交わりによるなぐさめ、この世を離れては神との永遠の交わりが約束される。しかし、だからといって罪の重さに見合った刑量を免れることはできない。もしなんらかの理由でその人の刑量が軽減されるとしたら、それは「あわれみ」によるであり、「恵み」とは別のものだ。それは本来受け取るに値しない好意をいただくことである。"Mercy
is getting what I don't deserve."という所以である。ここで、「恵み」では「私がちょうだいせずにすんだもの」、「あわれみ」では「私がいただいたもの」に焦点があてられていることに注意してほしい。
罪の贖いという意味での恵みを与えることができるのは、神だけである。しかし、人は人に対してあわれみを行使することができる。
憐れみ深い人々は、幸いである、/その人たちは憐れみを受ける。 マタイによる福音書 5章 7節 (新共同訳)
(参考:Zodhiates, The Complete Word Study New Testament)
(ぼ)
2004年5月24日
家に帰ってドアを開けると、ぷうんと香ばしい揚げ物の匂いが。香りの主は、はちこの作るエビフライとかき揚げだった。この匂いをかぐと、アメリカに住んでいても、日本の食卓に帰って来たという気がして、とてもくつろいだ気分になる。家族6人分の揚げ物を作るのは容易でなかろうに、見事にカラッと揚がっていたぞ。今度はコロッケが食べたいな(と図々しい私)。
きのうの日記を読んだはちこに、
「罪の贖いという意味での恵みを与えることができるのは、神だけである。しかし、人は人に対してあわれみを行使することができる。」
と言ってしまっては、まるで恵みは神、あわれみは人、みたいで納得いかない、私たちがお互いに与えあう恵みはどうなっちゃうの、と質問された。これはもっともな指摘で、ちょっと端折ったために説明が舌足らずだったかもしれない。
私たちが誰かに危害を加えられたとき、加害者の相手を許す、つまり相手の自分に対する罪を不問にするのは、明らかに「恵み(grace)」と呼べる行為だと思う。もちろんその人と神との関係は別の話で、罪の贖いには神の恵みが必要なのは言うまでもないが。これがもう一歩進んで、私たちが加害者に親切にする、ということになると、それは「あわれみ(mercy)」ということになるのであろう、たとえばの話。
しかし、わざわざ違う単語を使うからには、意味やニュアンスに違いがあるはずという前提にもとづいていろいろ書いたけど、聖書に「恵み」と「あわれみ」という言葉が使われている箇所を見ると、やっぱり両者はかなり近い意味で使われていることが多いような気がする。二つの異なるコンセプトという訳ではなく、かなりの重複があって、あえて違いを言うなら昨日書いたような点であろう、くらいに考えておいていいのではないかな。
とまあ、専門分野以外のところであまりボロを出す前に、この辺でさっさと切り上げたほうがよさそうだ(汗)。(と、てめえで話題を振っておきながら、いたって無責任な奴。こういうのを、『すでにさじは投げられた』と言う。) (ぼ)
2004年5月26日
新緑が空の青さと相まってひとしお美しい季節となった。緑色光は波長0.5ミクロンで太陽光線のスペクトルの中でもっともエネルギー密度が高いにもかかわらず、緑がきれいだと思える時期も場所も限られているのは、もったいないことだ。空の色も、青空や夕焼けの赤はよく見かけても、緑の空というのはあまりお目にかからないし。青葉薫るこの季節を十分に楽しもう。
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個人的なつてによって大学院生の二次募集をしているが、結果は芳しくない。学部に大気科学科のある大学を軒並みあたっているのだが、大体返事はどこも、「うちも似たような状況だ。おたくのプログラムに入学できるような学生は、もうほとんど別の大学院に決まってしまっている」。全国レベルで、地球物理や環境科学の大学院に進学する学生が減少傾向にあることを裏付けるような反応だ。もちろん学生なら誰でもいいというわけではなく、数学や物理が達者な者でなければならないので、求人もなかなか容易ではない。物理系の大学生のインターネット・フォーラムに広告を出すことにしよう。
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去年の秋まで1年半かけて書いた論文がやっと受理された。改訂するのにもえらく時間がかかってしまった。一応自分で納得のいくものができたが、一本書くのにこんなに苦労しているようでは、らちがあかない。今更ながら、自分はサイエンスで食っていくには向いていないのではないかと悩んでしまう。
先日、家族から私への誕生日のプレゼントということで、半日ひとりで陶芸スタヂオにこもって絵付けをしてきた。店につくまで何の準備もアイデアもなかったのに、いざ始めてみると、まあ、筆の進むこと。6時間で大体思ったとおりの絵柄の皿が出来上がった。店の人に「その道の方ですか」と聞かれたけれど、そう言われるのは今回が初めてじゃない。natural
abilityという点では、自分はどちらかと言えばアーティストであってサイエンティストではないのかもなー。アートで満足の行く仕事をするのに必要なエネルギーと時間はサイエンスの100分の1くらいだもん。
ここまで考えて、しかし、と思いなおす。アートが楽なのはとりもなおさず、それで飯を食っていないからかもしれない。家族を養う責任を創作活動で埋めるとなると、話は全然別だろう。逆に、飯を食わせてもらっている以上、サイエンスではいいかげんな結果は出せないという重圧みたいなものを無意識に感じているのかもしれない。贅沢な悩みと言われてしまえばそれまでだが、サイエンスもアートも両方大好きで、どっちの道を選ぶか三日間真剣に悩んだ高校2年生の頃から、結局迷いは依然として吹っ切れていない、ということがわかった。(ぼ)
2004年5月27日
ケンスケのトイレットトレーニングがここへ来てようやく軌道にのりはじめた。もう3歳で9月からは保育園に行き始めるのだから、当然一人でお手洗いに行けなくてはいけないのに、今まであまり進歩が見られなかった。というか親に言われればやるので、できることはできるのだが、なぜか自分からはトイレに行かないのだ。わざわざトイレに行くより、トレーニングパンツの中に用を足してしまう方が面倒くさくないと思っているようだ。要するにおむつ感覚を卒業していないのである。誰に似たのかずぼらな性格。姉貴たち3人は君の年までにはとっくにトレーニングを完了していたぞ。おかげで鬼のようなおむつかぶれになってしまったじゃないか。
しかたがないので、数日前からトレーニングパンツは夜寝る時だけにし、昼間は普通のパンツをはかせ、定期的にトイレに行くことを促すようにした。親にしつこく言われるもんだから、ケンもしょうがなくてだんだん自分からトイレに行くようになり、今日は昼間はおしっこもうんちも全部トイレでやったらしい。よしよし、遅きに失した感はあるものの、ようやくこれでうまく行くかな。と思っていたら、夜トレーニングパンツにはきかえさせたとたん、思いっきり元気のいいうんちを放ってにこにこしている。トホホ。
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学年度末を迎え、6月12日の卒業式まで残すところあと2週間となった。今学期は講義の担当はなかったわりには、雑用や実験室設立に向けての調整でやはり結構時間をとられた。それでも、並列化したコードをマルチプロセッサMacでがんがん走らせて地衡風乱流の実験をかなり先へ進めることができたのは収穫。イタリアでのサマースクールの前にもうひと踏ん張りせねば。(ぼ)
2004年5月28日
エミの学校の管弦楽団が、楽団員の家族のために特別の野外演奏をするというので夕方の5時にみんなで出かけてくる。天気がよく、公園の緑を背景に白のシャツ、黒のズボン・スカート、エンジのカマーバンドという制服でそろえたオーケストラの演奏風景はルノアールの絵を彷彿とさせ、音もさることながら視覚的にも非常に優雅であった。ロンドー、ブランデンブルグ・コンチェルト5番など流れるようなクラシックから、ベイビー・エレファント・ウォークみたいなjazzyな曲まで、幅広いレパートリーを披露してくれた。ただ、風が結構あって寒く、あちこちで楽譜が飛んだり、譜面立てがひっくり返ったりしていたのがご愛嬌だが。そのあと外でピクニックがてら食事にするつもりだったけれど、みんな体が冷えてしまったので家に引き上げる。
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はちこが見つけてきた非線形確率微分方程式に関する肩のこらない対談集のぺージ(これとこれ)。経済物理学(もともとは非線形力学)の高安秀樹氏と、確率微分方程式の先駆者飛田武幸氏(数学)に、GLOCOM所長の公文俊平氏が話を聞くという趣向である。ちなみに、公文氏ははちこと私がともに敬愛している社会科学者(情報文明論・社会システム論)である。
現在、確率過程を含む微分方程式は非常に研究の活発な数学の一分野で、2年前にサバティカルでケンブリッジ大学の応用数学理論物理学科にいたときも、それ専門の学部コースが複数あった。また、ハーバード大学で応用数学を教えている同僚のF教授も、こんにち学生が聞きたいと思っているのは彼の専門である流体のナヴィエ=ストークス方程式ではなく、金融のブラック=ショールズ方程式だと言っていた。最近もうちの物理学科のLeo
Kadanoffが臨界現象に関連して確率的に強制されたLoewner方程式の話をしている。つまり、数学の一分野として確立しつつあるのは、要するにそれだけこの手の方程式の汎用性が広いということである。
非線形確率微分方程式の面白みは、強制がブラウン運動のような白色ノイズであっても、出力が完全にランダムではなく、何らかの秩序を帯びていることが多いことだ。たとえば、100年、1000年というタイムスケールで見れば、天気現象によって大気が海洋に与える応力はランダムなノイズと見なせる。ところが、海洋循環をつかさどる力学方程式を白色ノイズで強制すると、パラメータの設定によっては極めて赤色な循環のスペクトルが得られる。たとえば、何万年という周期で循環の強弱や反転がおこったりするのである。この場合は方程式がわかっているが、多くの場合、そのような現象を生み出している方程式は知られていない。物理学者や数学者の役割は方程式のエッセンスを割り出し、入力と出力の因果関係について考察すること。
ただし、現状では、入力に使われる確率過程は数学的な取り扱いが比較的簡単な白色ノイズに限られている。ノイズはすべて白色と仮定するのは「数学者の怠慢」という飛田氏の指摘はもっともで、せめて「どのような条件でならノイズを白色と仮定するのが妥当なのか」という問いはつねに投げかけられねばならない。これは私が夏に考えようと思っているモデルの粗視化にともなう誤差のパラメタリゼーションにも密接にかかわる問題だ。
#ええと、確率微分方程式の入門書としてはカリフォルニア大学バークレー校のエヴァンスによる講議ノート (PDF版)がおすすめです。
それにしても、分野のことなる3人が学問の境界を超えて対話する(ときどき微妙なずれは感じられるものの)ことを可能にしているのは、なんといっても数学がもつ普遍性と、お三方の数学への造詣が深いことによるのであろう。なかなか興味深かった。なお、はちこは同じシリーズで、これも面白かったよ、と言っていた。「ブログとソーシャルネットワークの現在形──進化するグループコミュニケーションツール──」だそうだ。しかし、こちらは私にはよくわからない分野だ。公文氏の守備範囲の広さには敬服する。(ぼ)
2004年5月30日
昨日はJCFN主催のセントラルカンファレンスへ。シカゴ近郊からだけでなく、遠くはカリフォルニア、テネシー、ネブラスカなどからの参加もあった。私は会場とオヘア空港(片道約30分)を数往復し、遠方から飛行機でやって来てくれた人たちの送迎をした。
なつかしい人に何人か会ったが、なかでも非常に嬉しかったのは、T兄との9年ぶりの再会。Tくんは当時イリノイ大学に在籍していて、日本語聖研を通してうちに泊まりに来てくれた大勢の学生さんの一人だ。大学卒業後は別の州で大学院に進学し、就職したらしい。就職した先の土地では日本人教会につながり、独身男性の仲間たちと活発に活動しているようだ。しかしここに至るまでには辛いこともあったそうで、傷や痛みを経験しながらも主に信頼しつつ前進している彼は、9年前の飄々としていた大学生の頃からは一回りも二回りも逞しく、そして優しくなっていた気がする。
またJCFN総主事のダーストン師夫妻とも数年ぶりでお会いした。ケンスケを見て、「うちは娘が三人続いたあとはもう諦めたけど、君たちは男の子が生まれるまでよく頑張ったね」とお褒めの言葉(?)をくださった。
一方エミは昨日はオーケストラの仲間たちと、先生と数人の父兄に引率されてグレートアメリカという遊園地に行っていた。子供もティーンエイジャーになると、休みの日もだんだん親とは別個に自分の活動をするようになってくる。頼もしいような、寂しいような。
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きょうは五旬節。礼拝ではみんながよく知っている「Old-Time Power」をはじめ、Kent Henryの「Send
Your Fire, Send Your Rain」やGaitherの「It's Beginning to Rain」を歌った。そしたら、メッセージの始まるころから雷をともなうものすごい土砂降りとなり、一時は屋根を打つ雨の音でパスターの声が聞こえにくいくらいになった。予定では礼拝のあと屋外でピクニックをするはずだったのに。パスターが冗談まじりに曰く「中村兄弟、ちょっと雨の歌を歌い過ぎたようだね。そういやあ、火の歌も歌ったなあ…。選曲には気をつけないと」 (^^)
雷雨は夜になっても降り続き、Baker's Squareで晩ご飯を食べて帰ってくると、うちのブロックは停電でどの家も灯りがともっていない。ざんざん降りの雨の中、ガレージのドアを手動モードに切り替えてなんとか車を中に入れたものの、家の中は真っ暗。ろうそくや懐中電灯を総動員して子どもたちを落ち着かせる。しかし、ケンにとって停電は初めての経験で、「What
happened to the lights?」と怪訝そうな顔をしている。そのうち、ケンはエミがいないと言って大さわぎしはじめた。「Where's
Emi? We lost Emi!」「大丈夫、大丈夫。エミは自分の部屋にいるから。」と言っても納得しない。はちこに手を引いてもらってエミの部屋まで行き、自分の目でエミの姿を確認すると、
「Oh, I'm so happy now!」
と言ってお姉ちゃんに抱きつき、えんえん泣き始めた。普段はマイペースのわがまま坊主なのに、実はとっても家族思いだったりする。
電気は約2時間後に復旧し、これですべてはめでたしと思ったのもつかの間。夜中に用事があって地下に降りていくと、うをっ、なんと、一面水浸しではないかいな。水深は足のくるぶしくらいまである。どうも、停電で排水ポンプが止まっているあいだに大雨による静水圧で水位が一気に上がったらしい。非常用の電源を用意しておかなかったのはまずかったな。しかも、なぜか送電が再開してもポンプが自動的に起動しなかったらしく、これに気付くのが遅れたのが命取りだった。さらに、2台あるうちの1台のポンプは全く動く気配がない。そういえば、はちこが最近、洗濯機をまわすと水が床からあふれるとか言っていたけれど、ポンプの不具合に関係があるかもしれない。まあ、かつてこういうことが全然なかったわけではなく、1996年の4月にも似たような浸水さわぎがあった。
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現在朝の2時半。復旧した方のポンプのおかげで、地下室の70パーセントをしめるコンクリート床の部分の水はだいぶ引いたが、子どもの遊び場となっているカーペットの敷いてある部分はまだどうしようもなくびしょびしょ。物や家具が台無しになる可能性は多いに残されているが、今はひとりで後始末を続ける元気はない。あしたのメモリアルデーは、せっかくの休みだが地下室の大掃除に明け暮れることになりそうだ。(ぼ)
2004年5月31日
ふ〜う、今日は都合7時間地下室の排水作業をした。鈴木造園の手ぬぐい一本とポリバケツ一個でぐじゅぐじゅの絨毯から約130リットルの水を絞り上げたが、ほとんどひしゃくで太平洋の水をくんでいるに等しい。手は完全にふやけてマメだらけだし、足も冷えきってしまった。あしたあたりWetVacを導入する必要があるかもしれない。2台目の排水ポンプも復旧したのが不幸中の幸いだが、いったん水浸しになってしまった絨毯には効果薄。
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きのうの礼拝中にメモリアルデーにちなんで「Battle
Hymn of the Republic」をみんなが歌っているの を聞いていると、横ではちこが、
「あら、これって、『ごんべさんの赤ちゃんが風邪ひいた』じゃない」
とすかさず指摘。ああ、そういえばそうだな、と思っているうちに、
「あれっ、『おたまじゃくしはかえるの子』も同じ曲か?」
とふっと気になる私。
「そうそう。それに、『新宿西口駅の前…』も」
をいをい。この聞き慣れた曲が何と、もとはJohn Brownの賛美歌であったことをこれまで知らず、おおいに恥入ったのであった。
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はちこがおかしな夢を見て、眠ったまま大笑いをし、自分の笑い声で目がさめて、起きてもまだけらけらけらと思い出し笑いをしている。どんなに愉快な夢なのかと思って聞いてみると、
は 「あのね、夢の中で私がデジカメで写真を撮ろうとしているんだけど、うまく撮れなくてどうしたのかと思ったら、実は私が手に持っていたのはバーモントカレーのルーの箱で、指でそれを押してみたら中から固形のルーがぽろっと飛び出して、みんなが、ああ、はちこ、カレーじゃうまく撮れないよって言ったの。あははは」
ぼ 「……」
は 「言ってみるとそんなに可笑しくないわね」
ぼ 「はははははは」
まだ箸が転んでも可笑しい年頃の家内が、とてもいとおしく思えました。(ぼ)
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