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2004年4月1日うをー、もう4月ぢゃないか。まったく時間がたつのは早い。先月は何かとイベントフルで時間に追われてばかりいたが、今学期はさいわい講義の担当がないため、研究の方に力を入れることができそうだ。 **** 今日の午後、ま〜やに友達から電話がかかってきた。さりげなく横で聞いていると、口調はいつものように飄々としているくせに、 「おう、C?もう友達じゃないのに、なんで電話かけてくるの」 と、言ってることがおだやかではない。すかさず小声で 「おいおい、友達だろ?どうしたんだよ」 とささやくと、電話口を手で押さえてこっちをキッと見据え、 「Cはもう友達じゃないんだもん」 ときっぱり。電話を切ったあとで話を聞くと、今日お昼の時間にけんかをして、むこうが「もうあなたは友達じゃない」と言ったのだそうだ。 「もしかしたら、Cちゃんはごめんなさいを言いたかったんじゃないの?」とはちこ。 「でも、わたしは、先にごめんと言った」と、口をとがらすま〜や。 「そうじゃなくて、Cちゃんがどう思ってるかってことよ。わざわざ電話してきてくれたんだから、彼女にもチャンスをあげなくちゃ。あした学校に行ったら、仲直りしようって言ってごらん」 「…。はーい」 ふーむ。けんかはほめられたことじゃないし、相手を赦せない子にはなってほしくないけれど、馴れ合いでなく自分の主張をはっきり言える点は、評価できる。見かけによらずたくましいのは、やはり姉ふたり弟ひとりの間で揉まれているからだろうな。 **** きょう、エミの学校から父兄あてに「えっ」と思うような通知が来た。スクール・カウンセラーの先生が、自宅のコンピュータに児童ポルノのサイトからファイルをダウンロードしたことを警察が探知し学校に通報したため、職務停止処分になったというのだ。私はこの先生のことを個人的には知らなかったが、エミはよく知っている、と言っている。子供の心のケアを担当する教諭が、違法行為に事欠いてこのようなことをすれば、しかるべき処分を受けることになるのはアメリカの教育現場では当然のことであるが、まさか自分の娘の行っている学校でそういうことがおこるとは思わなかったので、驚いた。 この教諭が常習犯であったのか、たまたま魔がさしたのかはわからない。しかし、
という御言葉は、たしかに、生きている。 残念ながらこういう結果になった以上、この教諭のスクール・カウンセラーとしての職業生命はおそらく終わりだろう。それが自分の行為の代価であったわけだ。高くついた? そう、そして悲劇は、彼がそのことに気づいていなかったことである。「運が悪かったな」と同情する人がいるかもしれない。しかし、こういう結果になったことで、この教諭がいかがわしい行為からさっぱり足を洗うことになれば(そうであると願いたい)、そのほうが、見つからずにいるよりはるかにいいのである。
しかし、そうは言っても、「神様、私の隠れた罪をあなたの白日のもとに照らしてください。そしてその罪から解放されるため、私にしかるべき結果を負わせてください」と祈るのは、勇気がいる。(ぼ) 2004年4月4日来週の日曜日は復活祭。今週は受難週ですね。イエス様が私のために払ってくださった犠牲、成し遂げてくださった十字架の御業を特に覚えつつ、この週を過ごしたいです。 ***** 今日はエミの13歳の誕生日。我が家にもついにティーンエイジャーが誕生! エミは私が日本に行っていて留守の間、随分家事を手伝ってくれたらしい。というか、ほとんど彼女がやってくれたのだとか。出かける前に、洗濯機と乾燥機、食器洗い器の使い方と、お味噌汁の作り方を教えて行ったのが功を奏したようだ。何しろ、食事の支度はほぼ毎日エミがやったというからすごい。やっぱり、たまには私がいなくなるというのも子供たちの成長のためにはいいようですネ。(^^)ちなみにエミへの13歳の誕生日プレゼントは、パパのお下がりの白いiBook G3。 ***** お友達のCちゃんとケンカしたま〜や、翌日学校で仲直りしたらしい。「Dear Maya, I am sorry for not being your best friend. You are my best friend. Love, C」とかかれた手紙をもらって来た。よかった、ちゃんと和解できて。 パパも書いていたように、むやみにケンカするのはよくないけど、主張すべきことは主張し、ノーと言うべきことにはノーと言えることは大切。一人や二人の友達から「あなたなんかキライ! もう友達じゃない!」と言われたぐらいではビクともしないような、強固なself-esteem 持っていて欲しいものだし、ケンカをしてもまた仲直りをするというプロセスを、子供の頃からたくさん経験するのはいいことなんじゃないかな。 ***** エミの学校のスクールカウンセラーの先生の件、数日前のシカゴトリビューン紙の一面に記事が出ていた。ちょっと魔がさしたとかいうのではなく、有料の児童のポルノ画像をたくさん買い込んでいた常習者だったらしい。すごいショック。 ***** 翻訳中の『境界線(バウンダリーズ)』(正式な邦題はまだ未定… かな)のなかには、境界線を理解し、実践するためのいくつかの鍵となるコンセプトが繰り返し出てくる。たとえば「結果(consequence)」、「限界(limit)」「所有する/所有権(own/ ownership)」など。ここしばらく、翻訳しながら「所有する」ということについて考えている。 たとえば、自分の感情を「所有する」こと。仮に、こんな感情が自分のなかに存在しているなんて認めたくない、受け入れられない、と思われるような感情を持っているとする。それは「妬み」かもしれないし「憎しみ」かもしれない。「怒り」かもしれないし「悲しみ」かもしれない。あるいは「情欲」「金銭欲」「地位/名誉欲」や「裁く思い」「赦せない思い」かもしれない。それが何であれ、私たちは自分の境界線のなかにあるものは、それについて自分で責任を負う必要がある。しかし、責任を負うためには、まずそれが自分のなかに存在しているのだということを認め、それを自分のものとして「所有」しなくてはいけない。臭いものには蓋、とばかりに自分の受け入れ難い感情を否定して、存在していないフリをするなら、その感情はいつまでも、心の片隅で未処理のまま生き続けることになるだろう。「所有」することができて初めて、その感情に関して自分が取るべき行動を適切に選択するための一歩を踏み出すことができる。 2004年4月5日映画『パッション』に関して、ロゴスミニストリー経由の情報を二つばかり。 日本での配給会社ヘラルドの公式サイトで、日本での『パッション』の上映館を知ることができるようです。 それから、ハーベストメールマガジンの記事より。 このなかで、中川先生は
とおっしゃっているが、私も2/27の日記に書いた通り、これはまったく同感です。私もつい先日、この映画を観たジョージア在住の日本人の方から「なぜイエスは十字架上で、『わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか』と叫んだのですか?」との質問を受けた。これはとても大切な質問で、日本で公開されればきっともっといろいろな質問が出てくることだろうと思う。アメリカではすでに、ウィロークリーク教会のリー・ストロベルらが、『パッション』を観たノンクリスチャンの人たちと一緒に聖書を学ぶためのディスカッションガイドを出版している。このガイドのなかではWho Really Killed Jesus? (イエスを殺したのは本当は誰か?)What Crime Did Jesus Commit?(イエスはどんな犯罪を犯したのか?) Did It Really Happen Like That? (これは本当にこのように起きたのか?)Why Did Jesus Suffer and Die?(なぜイエスは苦しみ、死ななくてはならなかったのか?) What Did the Resurrection Accomplish?(イエスの復活によって何が成し遂げられたのか?) How Is This Story Relevant to Me? (このストーリーは私にどう関係があるのか?)の六つの質問をもとに聖書から学びつつディスカッションができるようになっているらしい。この手のものが、日本でも用意されるといいのではないだろうか。ただし、アメリカのものの翻訳ではなく、キリスト教文化をもたず、聖書にまったく縁のない日本人に向けたものが独自に用意されるのがいいでしょうが。 そういえば、映画がアメリカで公開された次の週だったか、こんなことがあった。ある日、次女みん(9歳)の担任の先生がみんを呼んで「私は今日『パッション』を観に行くつもりなんだけど、あなたの両親はもう観た?」と聞いたそうだ。みんはYes と返事したのだが、次の日、先生はもう一度みんを呼んで「観て来たわ。あなたの両親はこの映画について何と言っていた?」と聞いたのだそうだ。みんは「私の両親は、この映画は基本的に聖書に忠実で、イエス様は実際あのように残酷な処刑にあって殺されたけれど、それは私たち人間を罪から救うためだったのだ、と言っていました」と答えたのだと言った。先生は「ふうむ」と唸っていたって。 その数週間後、うちの教会で毎週無料配付しているアッセンブリー教団の週刊誌『ペンテコスタル・エヴァンジェル』誌で『パッション』特集をやっていたので、私は一部余分にもらい、それをみんから先生に渡させた。この雑誌の裏側にはうちの教会の住所が書いたスタンプもついている。先生は喜んで受け取ってくれたそうだ。公立の学校だけれど、子供が伝道する分には誰からも文句は言われない。 2004年4月6日今日は、ワーシップチームの練習の時に牧師夫人のデニースからすごくいい歌を教えてもらった。David Phelps の『End of the Beginning』という歌。ネットで検索してみたら、歌詞も歌そのものも見つかった。ここをクリックすると、歌全体が聴けます。(要Real Player) 是非お聴きください。とってもパワフルな歌です。歌詞は、日本語に訳すとこんな感じ。英語の歌詞はこちらでどうぞ。
2004年4月7日あらら、高校時代の演劇部の先輩、横内さんが演出しているスーパー歌舞伎「新・三国志」の新橋演舞場での初日、電気系統でトラブルがあったって? もう20年以上も生で舞台やってたら、トラブルも時にはあるよね。高校時代にも、高校演劇コンクールの関東大会の時、芝居の途中で音響装置にトラブルが起きて音が出なくなったことがあったっけ。あの時の緊張感は今でもよく覚えてる。あの時は、トラブルにも関わらず無事優勝して全国大会に進んだのでした。横内さんによる脚本・演出で、全国大会でも2位だった。その先輩が、今もずっと演劇を続けていて、こうして活躍しているのを見るのは私にとってもとても嬉しいこと。だからこうして、ささやかながらでも応援するのでありまする。7月に東京で公演があれば、花束持って駆けつけるんだけどな。 四日の日記につけたし。境界線を理解し実践するのを助ける大切なコンセプトの一つに「満足の遅延(Delay of Gratification)」というのもあった。これは心理学用語で、後に得ることのできるさらに良いもののために、現在自分が欲しているものをあきらめ、握りしめているものを手放すこと、と言えばいいかな。人生は「満足の遅延」の連続だ。「自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る(新共同訳)」というヨハネ12:25の御言葉もまさにこれを現している。 握りしめているものを手放すことは、しばしば大きな痛みと喪失感を伴うものだけれど… 『バウンダリーズ』の14章を翻訳しながら思ったこと。この世の中にはどんなに願っても、かなえられない願いがある。しかし人はその願いにしがみつき、そのために境界線を設定できず、結果として苦しみ傷つく。私たちはそのような願いからは手を放さなくてはいけない。それを「失い」、失ったことを「悲しみ」、それからもう一度立ち上がって主が本当に与えようとしておられるものを受け取り、主と共に前進していく… かなえられない願い、本来自分に与えられるはずでないものに対する執着、それらのものを手放すときに感じる喪失感。バウンダリーズの著者は、そのときには思いきり嘆き悲しんでいいのだという。虚勢を張って頑張らなくてもいい。思いきって手を離したら、失ったものの大きさに泣こう。さんざん泣いて、思う存分悲しんで、そしたらようやく顔を上げたとき、涙の向こうにあなたの前に差し出されているイエス様の御手が見えるだろう。釘の痕のついているイエス様の御手が。 2004年4月8日久しぶりに『Revival in Belfast』を聴いている。あとEden's Bridgeも。ロビン・マークの力強い歌声も、Eden's Bridgeの天使のような歌声も、それぞれに胸がキュンとする。 そういえば、先日紹介した『End of the Beginning』という歌、なぜか子供たちも大いに気にいって、早速覚えて一緒に歌っている。みんが担任の先生にこの歌のことを話したら、先生は興味を示し是非聴いてみたいと言ったのだそうだ。CDを買うなり焼きつけるなりして先生にプレゼントしたいと言っている。 ***** ぼぼるパパは来週ニューヨーク大学でセミナーをする予定なので、その準備でパタパタしている様子。私の方も何かと忙しく、翻訳が思うように進まなくてちょっと焦り気味。今日中に14章を一通り訳し終えるつもりだったのに、まだあと4ページ残ってる。明日に持ち越しになりそう。今日は大学病院に目の手術のあとの検診に行って来たため、昼間は他になにも出来なかった。 明日はグッドフライデーで子供たちの学校はお休み。午前中はま〜やの友達が遊びに来て、午後からは子供たちを連れてモールに行く予定。 さて、翻訳、もう少し頑張ろう。 2004年4月9日先週からぼちぼちオフィスの大かたづけを始め、50個近いジュースの空き缶やら空き瓶やらを捨て、床にうっちゃってあった古いPCやモニター、ラップトップなどを処分した。しかし、これで大分すっきりした、と思うのはほとんど私一人らしい。 きょう、プリンストン大学からのゲストスピーカーをオフィスに迎えて話をしたが、開口一番、 "What's the excuse for this mess!?" (この散らかり具合はいったい何と説明するのですか) と言われてしまった。まあ、机の上にはまだ書類が散乱していて物を置くスペースはゼロだし、電話も埋もれてしまっているくらいだから、しかたがないとも言えるのだが、先週と比べればそれでもなあ…。苦し紛れに、 "Well, I just came back from sabbatical two years ago." (ええと、まだサバティカルから2年前に帰ってきたばかりなので…。) とお茶を濁しておいた。そのしばらくあと、iSightでビデオコンファレンスをしに来たはちこも私の背景に目を止めるや、 「あなた、いいかげんにオフィスを片付けなさいよ。人格を疑われるわよ」と目を三角にしていた。 はーい。 ***** 今日はグッドフライデーである。That is, good for us; not for Him. By His stripes we have been healed. We're forever grateful for that. 晩ご飯のあとは子供たちを集めて、バイブルタイム。アブラハムがイサクを捧げる話に、神の子羊であるイエスさまの話をつないだ。イエスさまが私たちの身代わりに十字架にかかってくださった、ということは君たちにとってどういう意味かな、と聞いてみる。ま〜ややみんも、教会学校で学んできたことをそれなりに口にしてはいるが、まだ幼いので、やはり完全には腑に落ちていないようすである。しかし、ふと見ると、エミは涙で目を真っ赤にしていた。イエスさまがエミのためになしとげてくださったことの重みが、13歳の彼女の心に届いていることが手に取るようにわかった。(ぼ) ***** ● 大人がムキになる愚 国旗国歌(朝日新聞asahi.com 社説) ●<緊急連載・心の監視はどこまで来たか> [5]人格解体する抑圧体験 (クリスチャン新聞) 2004年4月11日Happy Resurrection Sunday! 今日の復活祭礼拝のメッセージでは、イエスの死の現実、イエスの埋葬の現実、イエスの復活の現実が語られた。 「なぜそれが、今日の私たちに関わりがあるのか。それは私やあなたの人生のなかには、死の宣告を受けなくてはならないものがあるから。死の宣告を受け、葬られなくてはならないものがあるから。それはあなたの過去かもしれない、あなたが抱えている問題かもしれない、人かもしれない、何であれ、そのようなものからは手を放し、死なせなさい。完全に死なせ、葬りなさい。そうすれば、主がそれに新しいいのちを与えて甦らせてくださる。主の栄光に満ちた、主の目に慕わしいものとして造りかえてくださるから… ラザロが甦された時、彼は埋葬の布に包まれたままでろくに身動きも出来ない状態で墓から出て来たが、イエスの復活は違った。イエスが甦られたとき、埋葬の布は墓のなかに残されていた。イエスの復活のいのちの力は、私たちをも埋葬の布から解き放つ。」 例年だと復活祭といえば、私はガラテヤ書2:20の御言葉を思わされることが多いのだけれど、今年はなぜか、ヨハネ10:10が何度も胸に迫って来た。
イエスさまは私が生きることを切望しておられる。イエスさまのいのちに与り、それによって生きる者とされることを切望しておられる。それが彼のパッション。イエスさまがこの世に来て、死んで、葬られ、甦られたのは、私がいのちを得、またそれを豊かに持つためだった。そして、キリストのいのちは私に自由を得させる。(ヨハネ8:36;ガラテヤ5:1)いのちを得よ、自由を得よと、主は言われる。 2004年4月12日ケンスケがこの頃時々、私のことを『サチ』と呼ぶ。教会などで周りの人たちが私をそう呼んでいるから真似しているのだろう。しかし先日はもっとすごい呼び方をされた。洗い物をしている最中で、ケンの呼ぶ声が聞こえず返事をしないでいたら、そのうち大声で「ナカムーラ! ナカムーラ!」と叫びだしたのだ。びっくりした。三歳の息子に名字で呼び捨てにされちゃったなんてね。(苦笑) ***** 昨日の復活祭礼拝の様子をビデオに納めてみた。礼拝堂の二階席のバルコニーにカメラを固定して、無人で収録したため、画像そのものは面白くも何ともない。壇上にいる人が全員カメラにおさまるようにしたので、一人ひとりは米粒くらいの大きさ。でも、ワーシップの雰囲気は結構伝わってきて、ぼぼるパパと二人で見ながらしみじみしてしまった。 ぼぼるパパがNYから帰って来たら、もしかしたらこのビデオ、アップロードするかもしれません。もしかしたらですが。 2004年4月13日今日から木曜日までパパはニューヨーク。久々のNYCで彼はウキウキしながら出かけて行った。彼、大学院生の頃はしょっちゅうマンハッタンに遊びに行ってたからねぇ。プリンストンからだと車で2時間くらいなので、私もよく連れて行ってもらったものでした。もっぱら美術館巡りだったかな。近代美術館には何度も行った。あとは食べ歩き。チャイナタウンとかリトルイタリーとかね。二人とも食いしん坊だから。(笑) 夕食後、ワーシップチームの練習に出かけるまでの間、私が寝室で一人でぼんやりしていたら、ケンがやって来て「Here you are! I was looking for you. I love you, Mom.」と言ってくれた。それで私が「How much do you love me?」と聞くと彼は、両手に握りこぶしをつくってワナワナとふるわせながら、思いきり力をこめて「Three!」と叫んでジャンプした。 Three…? 意味不明だけど、でも、何だかとーっても愛されているのね、ワタシ、と思いました。(^^) あ、これを書いていたら、NYのパパから日記が送られてきました。 …クスクス。私が思った通りのことを書いてる。では、彼にバトンタッチ。(はち) ***** 空港のセキュリティーチェックで、パワーブックをバックパックから取り出してX線の機械に乗せたまではよかったが、そのあと、ズボンのポケットに入っていた山のような小銭のせいで警報機が鳴ったりして、あわてているうち、コンピュータを受け取るのをすっかり忘れてそのままゲートまで行ってしまった。途中であっと気がついて取りにもどり、ちゃんと保管されていたからよかったものの、明日のセミナーのパワーポイントを含め、すべての仕事道具を失うところだった。くわばらくわばら。 シカゴのオヘア空港からニューヨークのラガーディア空港までの飛行機は、ラガーディアが悪天候で一時閉鎖になっていたこともあり大幅に遅れ、現地時間の7時到着。大雨で視界も悪く、ダウンタウンへむかうタクシーからもほとんど何も見えなかった。それでも、かろうじてブルックリン橋をわたるころには、霧に煙るマンハッタンの夜景が見えてきた。14年ぶりかなあ。感慨深い。 ニューヨーク大学側が用意しておいてくれた、ウォール街やグラウンドゼロにほど近いホテルにチェックインしてから、チャイナタウンに出かける。雨が降っているうえに傘もないからやめようかと思ったのだが、どうしてもいきたいレストランがあったので、意を決して地下鉄を乗り継いでカナル・ストリートへむかう。(食べ物のこととなるとがぜん行動力を発揮する私。) この辺は、80年代にニュージャージー州のプリンストンで大学院に行っていたころ、毎週末のように訪れて、自分の庭のように知り尽くしていた場所である。ニューヨークの地下鉄は相変わらず独特の匂いがし、線路の間をねずみが走っているのが散見されたが、駅構内はあのころよりずいぶんきれいになり、グラウンドゼロが近いせいか警察官があちこちに常駐していて、ずいぶん安全になった感じがした。 平日の雨の夜ということで、チャイナタウンは私がイメージしていたより人出が少なかったが、モット・ストリ−ト沿いの焼き鴨を吊るしたお店や、中国語でメニューの書いてあるハーゲンダーツなどは、昔のままだった。大学院のころ、はちことよくここにデートに来て、ニュージャージーのステートビーチに遊びにいく前日にゴザを買ったりしたものだった。なんてことを言っても、「そんなことがあったっけ。覚えてないなー」と言われるのがおちだろうけど。 で、あのころふたりのお気に入りだったのが、モット・ストリートにあるホプキ・レストラン(合記飯店)。雨にぬれながら角を曲がると、おお、あった、あった。健在だ。週末は外に列ができるくらい人気のある店なのだが、今日は時間も遅くて、中は比較的すいていた。内装はほとんど昔のまま。キャッシュしかとらないところも、店員さんが地味な薄灰色のユニフォームを着ているところも、おんなじだ。ここに最後に来たのは、89年、結婚式の直前にはちこの友人たちをふるまうためだったと思うが、そのころからメニューもほとんど変わっていない。すっかりうれしくなってしまう。 いくつかお目当てのメニューがあって目移りしたが、結局、ムール貝のブラックビーンソース(胡椒黒蜆)と車エビのロブスターソースあえ。まずは代表的なものから。ブラックビーンズのしっかりした味付けと、ロブスターソースの微妙な味付けは、ともに食材をうまく生かしていて、まったく飽きない。きれいに平らげてしまった。今度来るときは、清蒸や大集會も試してみたいところだ。 晩ご飯のあとはカナル・ストリートの向こう側のリトル・イタリーをのぞいてみる。むかしは、チャイナタウンで晩ご飯を食べたあと、一転しておしゃれなリトル・イタリーでデザートを食べるというパターンだったが、あいにく今回は連れがいないため、パス。しかし、マルベリー・ストリートの雰囲気は、去年エミと行ったローマの街角をちょっとだけ彷彿させるものがあった。 さて、あしたのセミナーの準備をしなきゃ。きのう主催者からいきなり、「ついでにもうひとつトークをしていただけますか」と頼まれて、直前になって二つ目のセミナーをひねりださなきゃならなくなり、結構アワを食っているのだ。 (ぼ) 2004年4月14日今は水曜日の夜9時半。日本は木曜日のお昼前。日本から帰って来てからそろそろ三週間になるんだ。もう三週間だなんて、時間が経つのが早い。三週間前の今頃は何をしていただろう。つい昨日のことのような、遠い昔のような… 今回の帰国は、ほとんどを父のところで過ごした普段とは一味違う、特別な帰国だった。詳しくは書かないが、行って良かったと心から思う。 夏の帰国は、まだ具体的な日程は決まっていないけれど、7月中は丸一ヶ月滞在することになるはず。問題は、8月に入ってからいつ頃まで日本にいられるか、というあたり。楽しみだなぁ。この調子だと、あっという間に7月かもね。 ***** 今夜はミッショネット。パパが留守なので、一人で子供六人(うちの子四人+エミの友達二人)を車にぞろぞろ乗せて連れて行った。今夜も中学生の女の子たちといい学びが出来て幸せだった。私の大好きな御言葉でもある第一ヨハネ4:4をみんなで暗唱した。 本当は、ミッショネットの奉仕はもう降りようと、ぼぼるパパにも祈ってもらいつつずっと考えていた。秋頃からいろいろ落ち込むことがあって、複数のことを同時に続ける気力も体力もなくなってしまい、無責任なことはしたくないからミッショネットの方はもう手放すしかないと思いつめていた。一月末には、パスターにも辞めるつもりでいる旨を伝えた。私のパートナーであるベッツィーにもそんなことを話していた。でもその後、神様は私に語りかけ、たっぷりの恵みと憐れみを示してくださった。何より、私の心にあの女の子たちへの愛をたっぷり注ぎ込み続けてくださり、やっぱり辞められないと思わされた。少なくとも今はまだ辞めるときではない、大丈夫、主が助けてくださると、確信を与えてくださった。至らない者ではあるけれど、それでも彼女たちにイエス様のことを教えるのが楽しくて嬉しくて仕方がない。彼女たちが愛しくて、大切で仕方がない。 アッセンブリー教団のミッショネットという部門は、子供のミニストリーの一部ではなく、女性のミニストリー(Women's Ministry:WM)の一部という位置付けになっている。テトス2章3〜5節にあるように、年上の女性が年下の女性を教える、というコンセプトに基づいているミニストリーだ(と私は理解している)。だからミッショネットの働きはWMが全面的にバックアップしてくれるし、WMの行事にはおばあちゃんからミッショネットの子供まで、幅広い年齢層の女性たちが一緒に参加する。こうやって世代から世代へとつながっているのは、とても素晴らしいことだと思う。私もミッショネットのクラスを教えるとき、「先生」として教えるというよりは、先輩から後輩へ、私自身がこれまで教えられてきたことを次世代に口移しで伝えていく、という感じだ。 あぁ、こんな尊い働きに関わらせてもらえるなんて、何と言う特権だろう。心から主に感謝。そして至らない私のことをも受け入れて、この働きを担わせてくれているパスターや、仲間の女性達にも感謝。 2004年4月15日私信:先程電話でお話した読売新聞の社説です。教育現場でも相当混乱しているようで、ゾッとしますね。性の意識においても神様の秩序が回復されるように、またそのために適切な教えがなされるように、祈り続けます。そして、電話でお祈りした件についても、続けて祈りますね。(はち) ●Yomiuri On-Line 社説・コラム(4月14日付) ***** やっと気温が上がってきて、レンギョウや水仙があちこちできれいに咲いている。チューリップが咲き出すのもまもなくだろう。木々も花芽が膨らみ始めて、本格的な春の訪れはもうすぐだ。 ニューヨーク大学のクーラント数学研究所での一日はとても有意義だった。Oliver Bulerとは重力波の話、Shafer Smithとは地衡風乱流について、Esteban TabakとDavid Hollandとは流体実験室のデザインに関して、貴重な意見交換をした。大御所のAndy Majdaが留守だったのは残念だったが、彼とは毎年秋の大学連絡会で会ってるから、ま、いいか。セミナーには、コロンビア大学のラモント研究所へサバティカルで来ているイリノイ大学のWalt Robinsonがわざわざ聞きに来てくれた。Waltは私の二人目のPh.D.学生であるYucheng Songのポスドクの世話役をしてくれた先生だ。 発表はうまく行った。(11月のテキサスでのトークに比べると5倍くらいよかったと思う。)何と言うか、聴衆の興味や期待するレベルと、こちらが用意したものがピタッとマッチした感じで、こうなると楽しい。直前に頼まれた二つ目のトークは、結局てめえのセミナーの前座で、大学院生むけにテーマを噛み砕いて話をしてほしいというので、チョークと黒板を使って移流拡散方程式の体積座標を使った変形について解説した。そのあとの本セミナーでは、非対称砕波と双方向輸送の診断について余すところなくしゃべり、途中で質問もどっさり出た。これくらい手応えがあると、やりがいもある。 夕方の6時から、Oliver、Shafer、Davidが雨の中、ソーホーのレストランに晩ご飯を食べに連れて行ってくれた。ニューヨークらしくとてもおしゃれで、シーフードがすんごくおいしいレストランだった。毎週招待講演者にこんなにふるまっていたら、たちまち足が出るのではないかとよけいな心配をしたが、Oliver曰く、「次回来るときはもうできなくなってるかもしれないから、enjoy while you can!」。ははあ、ありがたいことだ。ご飯を食べつつ、ルジャンドル陪関数の求積法にFFTのような高速変換がないのは、できないことが証明されているのか単にまだ見つかっていないだけなのか、とか、ナヴィエ=ストークスの数値モデルの境界条件をオブジェクト志向化することの功罪とか、楽しい話題がいっぱい出た。日頃シカゴで三葉虫や腕足動物やオリビンの話にどっぷり浸かっている私には、自分本来の分野でリラックスした会話ができ、おおいに羽をのばした。ここまで楽しかったのはケンブリッジのサバティカル以来だ。(ぼ) 2004年4月16日今日はとても暖かかった。っていうか、もう夏並みだった。夕方には85度(摂氏29.5度)にまで上がってたもん。今週末はこの暖かさが続くらしい。お天気は崩れるようだけど。 エミは今日明日と泊まりがけで、教団主催の中学生大会へ行っている。ユースパスターというのは大変な仕事だろうなぁとつくづく思う。こういう若い子たちのエネルギーにつきあうって、私にはもう出来ない。 ポカポカ暖かかったせいか、今日は一日とても眠かった。翻訳は、あと8ページで本文が一通り訳し終わる。でも、本当に大変なのは一通り訳し終わってからだから、まだまだ気は抜けない。 でも眠い。だから寝ちゃう。Sweet dreams. 2004年4月17日今日もいいお天気で、とても気持のいい一日だった。おかげでいろいろ仕事をした気がする。子供たちを図書館に連れて行ったり、車の内側に掃除機をかけたり、庭仕事をしたり。庭は冬の間放置してあったので、なんだかすごいことになっていた。毎年のことだけど。(^_^;; 暖かくなったらバラがとたんに新しい枝を何本も伸ばして元気よく育っている。バラの花壇の隣には下をくぐり抜けられるアーチがあって、バラの枝がそのアーチを這うように調節している。でも、新しく出てきた枝はそんなことおかまいなしに反対の方向に伸びて、垣根の向こう側へ越えて行ってしまってた。何とかあるべき位置に戻そうとしたけど、無理に引っ張ったら枝が折れてしまいそうだったので、今は添え木だけあててそのまま様子を見ることに。 それから今日は久しぶりにトライフルを作った。苺とバナナのトライフル。普通シェリー酒とかブランデーとかも使うのだけど、私はお酒抜きで。トライフルスポンジは、以前ケンブリッジの裕子さんに送っていただいたイギリス製の市販のものがもうなくなってしまったので、パウンドケーキで代用。パウンドケーキだと、トライフル用のスポンジよりしっとりし過ぎてしまうけど、お酒を使わないからちょうどいい感じかも。カスタードクリームは、やはり裕子さんに以前送ってもらったイギリスのインスタントカスタードを使用。このページの一番下に写真が出てた。 そう、これと同じものです。ものすごく手軽で、失敗がなくて、便利。 トライフルの作り方はバリエーションがいろいろあって、その時に手に入る材料で作ればいいから助かる。簡単なわりには見た目がゴージャスで美味しいし。ちなみに私はスポンジにはラズベリージャムを塗るのが好き。 2004年4月18日急に気温が30度近くまで上昇して、花や木々の葉っぱがいっぺんに開き始めている。空気中に粉体が漂っているのが目で見てわかる。こうなると、花粉症の人にはしんどい。私にとってのアレルギーの季節は8月の末から9月にかけてなのだが、今頃もよく、お腹が鳴ったり、関節がぼきぼき言ったり、目がかすんだりと、怪しげな症状が出て、どうも調子が悪い。外に出ずおとなしくしている。 ***** 金曜日の聖研では、イエスさまが最後の晩餐の後に弟子たちの足を洗うという有名な箇所の学びをやった。この箇所は、へりくだり、仕えるリーダーとしてのイエスさまの描写としてとらえられることが多いが、そもそも、足を洗うことが象徴するものは何であろうか。一説によると、それはクリスチャンの罪の赦しということらしい。ヨハネの福音書の13章で、足だけでなく手や頭も洗ってほしいというペテロに対し、イエスさまは、あなたはすでに全身きよいので洗うのは足だけでよい、と語られる。これは、すでにイエスさまを受け入れている者はきよい(救いにあずかっている)ので再び全身を洗ってもらう必要はないが、この世での暮らしを歩むうちに足にからまるほこりやもろもろの夾雑物をきれいにしていただく必要はある、と読める。とすれば、足を洗ってもらうとは、私たちクリスチャンが日頃意に反して犯してしまう罪の悔い改めと赦しのことであろう、というわけ。 ここで思ったことは、つまり私たちが足をよごすこと自体が問題なのではない、というか、それはこの世に生きている以上避けられないということ。むしろイエスさまは、私たちが足を汚すのを恐れて立ち止まったままでいるより、かまわずどんどん歩き、そのつど足を洗うことを望んでおられるのではないか。勇気を出して前進しよう。 ***** 罪の赦しに関連して、やはり有名な詩篇51を読んだ。この中でダビデは神に、ヒソプをもって罪を除き、きよめてくださいと言っている。ヒソプが薬草だということは知っていたが、googleで調べてみるとなかなか激しい。 hyssop: Expectorant, diaphoretic, stimulant, pectoral, carminative. The healing virtues of the plant are due to a particular volatile oil, which is stimulative, carminative and sudorific. It admirably promotes expectoration, and in chronic catarrh its diaphoretic and stimulant properties combine to render it of especial value. It is usually given as a warm infusion, taken frequently and mixed with Horehound. つまり、体から痰、汗、おならなどを放出することによって癒すという薬なんだな、これが。要するに病気の原因になっているものを外に出してしまうことで、すっきりさせるのである。罪からのきよめも、同じこと。ダビデが求めていたのは、神の「あなたは赦された」という一声ではなく、自分の中にある悪いものをすべて吐き出し、内側からきれいにしてもらうことであった。そのプロセスは美しくも楽でもないけれど、そこを通ってはじめて真の解放が訪れることを、ダビデは知っていたのであろう。 私にも、ときどき要るよ。神の下剤が。 ***** 書いたものはよく見直そう > 自分。誤字脱字で文章の意味が全然違ってくる。
(ぼ) 2004年4月19日ついこの前まで春はまだ先だと思っていたのに、いつの間にか夏の計画を具体的に立て始める時期になっていた。連日のように、水泳教室の案内だとかサマーキャンプの申込書だとかが送られて来る。今年は7月一杯は留守になるので、例年ほどには予定をいれずに済むけれど、それでもなんだか慌ただしい。カレンダーに印しをつけるために六月のページを開いたら、中旬2週間分、線が引っ張ってあって「イタリア」と書いてある。ぼぼるパパに聞いてみたら、彼はイタリアに行くんだそうだ。2週間も。一人で。へー。聞いてなかったよ。別にいいけど。仕事なんですって。サマースクールをイタリアで。ふーん。いいなぁ。とすると、彼はイタリアから帰って来た次の週には今度は日本ということになるけど。 ***** 昨日タミーが私にワンピースを2着くれた。救世軍のお店でPetite Sophisticateのサイズ0の服を見つけたから、「これははちこにいい!」と思って買っておいてくれたのだそうだ。一着2ドルだったんだって! すごい、さすが救世軍! Petite Sophisticateとは、その名の通り身長160センチ以下の人のための小さいサイズ専門店。(アメリカでは身長160センチ以下だと『Petite』になっちゃうんですよねー。)何を隠そう(?)私はこの五年くらい、よそいきの服はPetite Sophisticate以外のお店では買ったことがないというくらいここの服が大好き。しょっちゅうセールやってるから、いつも半額くらいで買っていてそれで満足してたけど、ワンピース一着2ドルっていうのはすごいね。感激。もらった2着のうち、ベージュのオーガンジーのドレスを早速夕拝に着ていったら、ユースパスター夫人のラナが「はちこ! そのドレス、すごくいいね!Petite Sophisticateの服みたい。」「当たり。その通りよ。タミーが救世軍のお店で見つけて買ってくれたの。2ドルだったんだって!」「You got to be kidding!! 私、Petite Sophisticateの服、大好きなのー」そうだったのか、道理でラナはいつもセンスのいい服装をしていると思ってたけど、つまり私たちは好みが一緒だったというわけだ。(笑) 2004年4月20日1月17日に書いたことと関連して思いがけない情報が舞い込んできた。う〜ん。とにかく祈って御心を求めるのみ。 ***** あ、そういえば日本は四月から新学期/新年度が始まったのでしたね。日本の皆さん、新しい年度の滑り出しはいかがですか? 新年度から新しい環境になった方々は、新しい生活も祝され、充実した日々を送られますように。私の妹家族も、夫の転勤で四月から関西です。彼女たちの新しい土地での生活が守られますように。子供たち(姪&甥)にも妹にも、いい友人ができますように。 2004年4月21日昨日は朝7時15分からエミとみんの歯列矯正の歯医者さんへ。これで二人とも上下にbracesが入った。慣れるまでは柔らかいものしか食べられず、しばらくパスタやおうどんばかりの日々が続きそう。 二人がみてもらっている間、私は待ち合い室で置いてあった雑誌を読みふけっていた。ある記事を読み終わってからふと顔をあげると、去年うちの教会から別の教会に移ったアリスと息子のクリスが私の前の椅子に座っているではないですか。「アリス!」思わず声をあげると、彼女も読んでいた雑誌から顔をあげ「はちこ!」 抱き合って再会を喜んだ。お互いの家族の近況報告、それぞれの教会のこと、共通の友人のこと… いろいろ分かち合いながら、「あの時は本当に辛かったけど、今振り返ってみると、神様が確かに私たちと共にいて、働いてくださっていたことがわかるね。私たちには受け入れ難く、理解できないやり方ではあったけど、だけどやっぱり神様は良いお方だね」と、二人でしみじみうなずきあった。 ***** 私が待ち合い室で読みふけっていた雑誌とは、4月12日号のタイム誌。カバーストーリーは「Why Did Jesus Have To Die? 」あの映画『パッション』に絡んだ記事だけれど、映画そのものの論評ではなく、タイトル通り、なぜイエスは死ななければならなかったのか、という問いかけを真面目に考察しようとしている記事でとても好感が持てた。とはいえ、もちろん記者が個人的に自分の問題として考えているわけではなく、キリスト教信仰においては歴史的にこの問題はどのように説明されているのかということを、「Atonement(贖い)」をキーワードに三つの説をあげて客観的に論じていた。決してクリスチャンを揶揄するでもなく、適当な答えを出してお茶を濁すのでもなく、クリスチャンが読んでもなるほどと考えさせられるところの多い記事だったと思う。 記事によると、イエスがなぜ死ななければならなかったのかという疑問に答える一つの説は、キリストが身替わりとなって死んだことでサタンの手中にあった人類を奪い返し、その復活によってサタンに大勝利した、という考えだそうだ(「The Good vs. Evil theory」)。 つまりイエスの死が支払った代価は、サタンに対して支払われたとみなすらしい。ええーっ、そんなの論外!と思ったけど、この考えは随分長い間、東方正教会で信じられていたんだそうだ。 しかし、カンタベリー大司教のアンセルムスが1098年に、イエスの死の代価はサタンに対するものではなく、父なる神に対するものだと指摘した。人間はその罪のゆえに神に対して莫大な負債を負っている。しかし人間にはその負債は大きすぎて、たとえ自らの死をもってしても払いきることはできない。そこで神の子であるイエスが人となってこの世に来られ、人類の代わりに罪の代価の捧げものとなった…("Substitutionary atonement")この考えは広く受け入れられ、カトリック教会も16世紀にこれを正式な教義として採択し、宗教改革によってもこの考えは踏襲された。ところが、18世紀になって楽観主義が蔓延するようになると、アンセルムスの言うような、人間の罪に対して代価を要求する怒れる神のイメージが敬遠されるようになってきた。また「イエスとの個人的な関係」という考え方が広く説かれるようになるなかで、イエスの死を人類の罪の「身替わり」として見るのでなく、人間の生き方の最高の「模範」としてとらえようとする動きが出てきた。つまり、死に至るまでの自己犠牲、これほど麗しい愛があるだろうか、ということ。人間を救うのはイエスの生きざまであり命であり、彼の死ではない、とするのだそうだ。そしてイエスを救い主として受け入れる私たちは、その生きざまを模範にしよう、と。記事のなかでは二番目の説を「The Paying -A-Debt Theory」、三番目の説を「The Role-Model Theory」と呼んでいた。 読みながら、ははー、なるほどね、こういうところにも、いわゆる「時代精神」ってやつなんでしょうかね、そういうのが影響しているのね、と思った。福音の一番の根幹であるはずのイエスさまの十字架の死とそれによる罪の贖いが、こういうふうに薄められ、歪められてしまうのね… イエス様が私たちの模範というのは確かにその通りなんだけどね… この記事はバランスが取れていて偉い!と思ったのは、結論として、後者二説の間の確執は大きいものの、一般的なクリスチャンのほとんどが、イエスの死に関して実際にはこの二つの説を合わせ持っているとまとめていたこと。うん、私もそうだと思う。イエス様の十字架の死は紛れもなく私たちの罪の代価として御父の前に出されたものだったのだけれど、このようなご計画の背後にある神の「愛」のことも忘れてはいけないよね。クリスチャンの個人的な信仰の証しのようなコメントもあって、なかなか説得力があって良かった。それにしても、この記事にはある神学校の教授によるものすごく鋭いコメントが載せられていた。アメリカのクリスチャンたちは「ホザナ!ホザナ!」と熱狂してイエスをエルサレムに迎え入れた「しゅろの日曜日」から、栄光の「復活の日曜日」へと一足飛びに行ってしまい、その途中にあったはずのイエスの十字架の死に思いをはせることは滅多にない、と… また教義としての「贖い」は知っていても、それを日々の生活のなかでは生きていない、とも。去年の五月に、JCFNのセントラルカンファレンスで講師のマーシャル師が「クリスチャンは『神の愛』についてばかり聞きたがるけれど、もっと『神の御怒り』についても知らないといけない、とおっしゃっていた」という話しを日記に書いたことがあったけど、これも同様の傾向なんだろうな。(2003年5月26日の日記) いやー、なかなか読みごたえのある興味深い記事でした。何と言っても、キリスト教の雑誌ではなく、タイム誌のようなメジャーでセキュラーな雑誌で「....Why did Christ die? That is, not who (on earth) killed him or even exactly how much he suffered. But what was the cosmic reason for his agony? What is its purpose, its divine calculus? How precisely does his death, usually referred to in this context as the atonement, lead to the salvation of humanity?」なんていう核心をついた疑問が真っ向から取り上げられているなんて、そこがすごいと思った。 映画が封切られた直後は、マスコミも一般観衆もひたすら「残虐だ」の一点張りだったけれど、やっぱりこの問いかけを払拭することはできなかったんだ。残酷だと声を荒げ、眉をひそめることでこの大切な疑問から目を逸らそうとしていた人たちも、やっぱり考えずにはおれなくなったんだ。ハレルヤ、主よ、もっと人々の心に語りかけてください。人々の心を柔らかくし、整えてください。この疑問を、映画を見た全ての人たちが真剣に考え、そしてあなたの愛に気付き、十字架による贖いは自分のためだったのだと知り、受け入れるようになりますように! ところで、検索していたらこんな記事をみつけた。長かったのでまだざっと読んだだけだけど、とてもよさそう。自分用の覚書としてリンクしておこう。キリストの贖いについて、深く考察している学びです。 2004年4月22日関節がぼきぼきいうのはどうやら寝相が悪いかららしい。目がかすむのはコンピュータの使いすぎに原因がありそうだ。また本などを見た感じでは、ご飯前にお腹が鳴るのは正常とのこと。とすると、私の症状とアレルギーはほとんど関係がないということになる。それで少し安心して、きのうはこの春最初の芝刈りをしようと庭に出たのだけれど、これまで12年間使ってきた芝刈り機のエンジンが何をしてもうんともすんともいわず、途方にくれる。歳とともに調子が悪くなるのは私だけではないようだ。油をさしかえたり、プラグやキャブレターを取っ替えることも考えたが、ほかにもあちこちガタがきていて使い物にならなくなっていたので、思い切って新しいのに買い替えることにする。さっそくHome Depotに行ってお目当てのモデルを買ってきたのはいいが、この国の芝刈り機というのはそれなりの重機で、バンの後ろに積み込んだり積み降ろしたりしているうちに背中が痛くなってきた。ぎっくり腰になる前にさっさと芝刈りをすませてしまう。 ***** 3ヶ月間ほったらかしにしていた自分の論文の改訂をようやく終え、編集者に送り出す。これでやっと一区切り、と思って喜んだのもつかのま、懸案となっていた流体実験室の方が頓挫した。最近の法律の変更により、暗室の壁を撤去するためには市の工事許可証が必要になり、その書類を作成するためには外部の建設業者を雇わなければならず、そうすると手数料がどんとかかって予算を大幅にオーバーするため、エンジニアの方からストップがかかったのだ。すでに実験装置の方は製作を発注してしまったから、このままだと装置は届いても置く場所がないという情けないことになる。とりあえず、壁の撤去などの必要のない部屋を他に探すということで白羽の矢がたったのが地下2階のスペース。しかし、ここは天井の高さがずっと高いため、天井用の回転台のスペックを変えなければならないうえ、現状はeven more物置。ドアをあけても中に一歩も入れないほど古いオフィス家具や実験器具の屑などが山積みになっている。ここを整理することから始めるとなると、実験室の体裁が整うまでに何年かかるかわからんぞ。やれやれ。 ***** 夜はエミの学校のオーケストラの春のコンサートを聴きに行く。エミはフィドル・アンサンブル、室内管弦楽団、交響楽団の3つにそれぞれ第一バイオリンで参加。交響楽団の曲目の中に台湾民謡の「春風」という曲があり、エミはこれでソロをとった。ハープとの掛け合いがとても美しい情緒豊かな曲であった。(ぼ) 2004年4月23日前にちらっと予告したとおり、私たちの教会の復活祭礼拝の抄録を期間限定で下にリンクします。ファイルのサイズがでかくてサーバのディスクを占領しているので、期間限定とします。要QuickTimeとブロードバンド。一緒に主を賛美しましょう。 (ぼ) 2004年4月24日
昨日ぼぼるパパがアップロードしてくれたファイルですが、ちょっと説明を。 私たちの教会では、10時45分から礼拝が始まりますが、10時半ぐらいから「プレワーシップ」と称してワーシップチームが賛美を始めます。この時間はまだ人々の出入りがあり、みんなそれぞれに挨拶したりおしゃべりしたり、あるいはワーシップチームと一緒に賛美したりと様々です。この間にだいたい3〜4曲賛美しますが、最後の曲になる頃にはみんな着席して(というより、立ち上がって)すっかり賛美にのめりこんでいる状態になっていることが多いです。今回アップロードしたのは、プレワーシップの最後の曲の部分です。 本割ワーシップというのは、私とぼぼるパパの間だけで使っている用語で(笑)、10時45分から始まるワーシップのことです。こちらは聖歌隊による歌も含めてだいたい30分くらい続きます。今回のファイルには本割から最後3曲を載せました。以前この日記でも話題にした、トマシン(私の向かって右隣にいるギタリスト)のフランス語のリードによるThe Lord Reignsも入っています。 (私信:NYのT子さん、向かって左側の3人のシンガーのうち、一番右にいるのがラナです。(^^) )一番最後に歌っているのは「Victor's Crown(勝利の冠)」で、札幌ICF教会のワーシップリーダーの一人、Tozzo師から歌詞とコードを教えていただいたものです。うちの教会でも紹介したところ、すっかりみんなの大好きな賛美の一つとなりました。Tozzo師には心から感謝します。(^^) ところでこのファイル、ブラウザがストリーミング対応に設定してあれば(要QuickTime Plug-in)、クリックするとすぐに音が出始めますが、そうでないと、始まるまでに数分かかります。 ***** さっき、翻訳の仕上げをやっていたら(本文は一通り訳し終え、今は最後の三章の日本語を整えているところ)、タミーからのメールが入った。タミーは他の数人の婦人達と共に、今週末はLadies Retreat(女性のための修養会)へ行っていたのだけど、その修養会で励まされたこと、語られたことを熱っぽく分かち合ってくれた。一部抜粋するとこんな感じ。
私はタミーからのメールを読みながら涙が出た。一つには彼女のエキサイトメントが伝わってきて、神様がこれからうちの教会でなしてくださるであろう御業にぞくぞくしてきたから。もう一つには、こういうふうにお互いに神様から語られていることを親しく分ち合い、励まし合う友が与えられたことに感謝の思いが溢れたから。 主にタミーのことを感謝しつつ、タミーとその御家族のうえに祝福が豊かにありますようにと、翻訳の手をとめてしばし主の前に祈った。 ***** …と書いていたら、今度は牧師夫人のデニースからメールが来た。5月の母の日ランチョンに関する打ち合わせ。彼女のメールも暖かくてじーんとしてしまった。何でこんなに涙腺ゆるいんだろ、私。打ち合わせのメールで泣くなんて。タミーからのメールも、デニースからのメールも、同じ言葉で閉じられていた。それは、「Love ya!」え〜ん、神様、私のまわりにたくさん素敵な姉妹を置いてくださってありがとうございます! 去年、教会から仲良しの友達が大勢去っていってしまってとっても悲しかったのだけど、1年経って回りを見渡すと、神様は私から取り去ったものを何倍にもして返してくださっていたことに気がついた。 2004年4月25日うちの教会には個性的な人が多い。たとえば、フランキー(仮名)。礼拝や聖書研究会などの集まりに欠かさず奥さんといっしょに来ている、50歳くらいの男性である。この人は、集会の時間の大半、居眠りをしている。とっとこハム太郎のねてる君みたいな人なのである。しかも、鼻が悪いのか、いつも大きないびきをかいて寝ている。説教の合間に、ふっと会堂が静まりかえった瞬間、ぐぁ〜っと大きな音が響いてくると、「おお、今日もフランキーは元気だ」と、みんなが彼の存在を確認する。奥さんはいたって平静で、となりで旦那が大口をあけていびきをかいていても、つっついたり、起こしたりしようとはしない。にこにこ笑って座っているだけである。 せっかく集会に来ても寝てばかりいるんなら、なんのために来てるんだなどと思うなかれ。フランキーは、居眠りをしながらも人の話をちゃんと聞いているのだ。そして、すごく筋の通った信仰の持ち主で、彼の語る言葉には塩がうんと効いている。この前の水曜日の聖書研究会でも、赦されない罪(unpardonable sin)の解釈をめぐってフロアーを二分する白熱した議論が続いていたときに、それまでバックグラウンドに流れていたいびきの音がぴたっとやんだかと思うと、フランキーがやおら手を上げて発言を始めた。それが実に的を射た、地に響くような発言で、みんながはっと我に帰っていくのがはっきり感じとれた。共通の足場が見え始め、収集がつかなくなりかけていたその場がすぅっとまとまっていった。寝ていたフランキーの一言によってである。 フランキーみたいに、聞いたふりは上手じゃないけど、実際ちゃんと聞いている人というのは、私はとても好きだ。おそらく、自分がそうだからだと思う。いろんな人から、「あなた、人の話を聞いているんですか?」と言われるけれど、私は、聞いてます。むかしから、学校の授業中に他のことをやっていても、先生の話だけはきちんと聞いていた。人の話を聞かずに他のことをやってはいけないくらいのことは知っていたから。中学校2年の時だったか、技術工作の時間に先生から、「このような分厚い板に無理に釘を打ち込むと、往々にして板にひびが入ってしまう。そうならないようにするにはどうすればいいか、言ってみろ、中村っ!」とご指名を受けたとき、私は両隣の友人と3人でマルバツにいそしみ、おおいに盛り上がっていたところであった。友人二人は「やべっ」という顔をし、私はクラス中の視線が自分に集まるのを感じた。しかし、先生の質問も聞いていたし答えも分っていたから、「ええ、まずキリでパイロットホールをあけてから釘を打てば、ひびが入ることはありません」とごく普通に返事をすると、先生は嫌〜な顔をして「その通り」と言った。みな呆れたような顔をしていた。正しい答えを言ったにもかかわらず、である。 逆に、いかにも話を聞いている、というそぶりをしながら実は全然わかっていない、という人には本当にがっかりさせられる。大学で講義をしていて落胆させられるのは、授業中に居眠りをしている連中ではない。一番前の列でうんうん、とうなずきながらノートを取っているくせに、試験をしてみると何一つわかってないという連中。聞いたふりはしなくていいから、聞いた中身を理解してくれ。そのためにこっちは努力しているんだ。もちろん、もし、聞いた中身を本当に理解しているんだったら、聞いているふりもしてくれると、ちょっとうれしいけれど。(ぼ) 2004年4月26日まったく、ケンスケには日々呆れさせられる。夕食後のこと。キッチンの後片付けをしていたら、そろそろお風呂タイムになったケンが「Mom, let's do my bath!(ママ、お風呂に入れて!)」と私を呼んだ。「はいはい」と返事をしつつもすぐに行かなかったら、ケンときたら、少し前屈みになり、両手をパチパチと打ち鳴らしながら「Come on, little kitty, kitty, kitty. Come on, little kitty, kitty, kitty(おいで、おいで、子猫ちゃん)」と私のことを呼ぶではないか! 一瞬、何を言われているのかわからずボーッとしてしまったが、ケンがそれを私に向かって言っているのだと気づいたとき、もう大爆笑。いやはや、驚きました。 ***** エミは今年、エミの中学校のNJHS(National Junior Honor Society)のメンバーに選ばれ、今夜は中学校でその加盟式典があった。今年は例年になく大勢の生徒が選ばれたそうで、全部で59人(学年の約4分の1くらいかな)が加盟資格を与えられたそうだ。先生方はとても喜んでいた。校長先生がお祝いの言葉のなかで、「あなたがたが今夜ここにいるのは、あなたがたの今までの良い選択の積み重ねの結果です」と言っていたのが印象的だった。 ***** うーん、今度の日曜日はもう5月かぁ。早い。5月に入ったらすぐに、夏の日本行きの飛行機のチケットを手配する予定。今週末を過ぎるまでは、ある事情で私たちの8月上旬の予定を決められないのです。今度の帰国に関しては、3月の短い帰国でちょっとしか会えなくて欲求不満状態になっている両家のおばあちゃんたちが手ぐすね引いて待っている模様。(笑)いや、おばあちゃんたちだけじゃない。おじいちゃんもだ。おじいちゃんもケンスケともう一度会うのを楽しみにしている。長いことずっと顔を合わせていなければ、会えないこともそんなに苦にならないのだけれど、一度会ってしまうと、もう一度会いたい気持ちがかえって高まるのよね… 私の方は、妹たちや甥っ子姪っ子に再会するのが楽しみだなぁ。甥のタッピー(5歳)は、「ムシキング」というゲームにはまっていたんだけど、皆さん、ムシキングって知ってます? 2004年4月27日ううー、がぜぼびいだ。ぐるじい。ごほづごほづ。げほづげほづ。 *****
今日、祈りの中で示された御言葉。現在私の前に立ちはだかっている障害は、主が私の従順と信仰を試されるために置かれているのかもしれない、という気持ちが前から薄々とはしていたのだが、どうも最近それを強く感じる。神が私にくださると言われたものは、くださるのだ。(もちろん、私が聞き違えてなければ、の話だが。)しかし、それは神のタイミングと神のやりかたによってである。それをいただくためには、私は神のやりかたに従わなければならない。そして神のやりかたには、時として多大な困難がともなう。おそらく、神は私の心にあるものを試されているのであろう。いまは、まわれ右をしたり抜け道を探したりする時期ではなさそうだ。気息を丹田に沈めてhang inすべし。 ***** ぞでにじでぼ、ごのがぜば、だんどがじでぼじい。ごほづごほづ。げほづげほづ。どなだがヒソプぐだざい。(ぼ) 2004年4月28日1ヶ月くらい前だったか、小学校一年生のま〜やがこんなことを言った。「同じクラスのニックとは、まだ一度も口を聞いたことがないの。」 「どうして? ニックは意地悪なの?」 「ううん、あたし、1年生になった一番最初の日に、ニックのこと好きになっちゃったの。それで恥ずかしくてお話できないの。」 ほほう。ケンカした友達が謝りの電話をしてきても「もう友達じゃないって言ったじゃない!」と平気で言い放つことのできるま〜やにしては、随分しおらしいことを。 その後、私は時々「今日はニックとお話した?」と聞いてみたりしたが、いつも彼女はちょっとはずかしそうに首を横に振るだけだった。 それが今日、夕食のあと、ポツリとこんなことを言った。 「今日、初めてニックとお話した。」 「へえ、そうなの! よかったねぇ。」 「うん、席替えして、同じ班になったからお話したの。」 「ニック、優しかった?」 「う〜ん、まぁね。」ちょっと顔を赤らめて、ま〜やったら、可愛いね。(^^) ***** ぼぼるパパは明日、大切なプレゼンテーションがあるのに、風邪のせいで声がガラガラ。なんでも明日の発表には、学外からも大勢お客さんが来ることになっているらしい。今夜のうちにデモンストレーションのための実験の機材を大学に運んだり、忙しそうだ。あとでハチミツと生姜入りの紅茶をいれてあげよう。風邪のときは朝鮮人参茶がいいとシアトルのかずこさんが教えてくださったけど(かずこさん、Thank you!)、今夜は普通の紅茶しかないから、それで我慢してね。 2004年4月29日やったー!! 『バウンダリーズ』、ついに本文は終わって、今しがた送付しました。よかったー、約束の日に間に合わすことができて。あー、この六ヶ月、長かった。いや、短かったかな。訳し始めた日がついこの前のことのような気もするし。でも、『ヤベツ』シリーズに比べたらやっぱり長かった。何かこう、ずーっとやっていたことが一段落つくと、放心状態になってしまう。実際にはまだ、いくつかの行程が残っているのだけどね… わたしは詰めが甘いところがあるから、完全に私の手を離れるまでは、最後まで気を抜かないようにしないと。 それにしても、この本を翻訳させてもらえたことは、私にとってもぼぼるパパにとっても大きな祝福であり恵みだった。「境界線」を持つ、つまり神さまから委ねられた自分の人生を、身体的にも精神的にも感情的にも霊的にも、責任を持って管理していくこと、他の誰にも不健全に依存したり拘束されることなく、主にあって自立し、愛をすべての動機として主体的に生きていくこと… それがどういうことなのか、深く考えさせられた。 とにかく、ここまで祈りと励ましによって支えてくださっていた皆さんにも、心から感謝します。無事出版されるまで、続けてお祈りいただけると感謝です。 ***** 今日はまた祈りのパートナーのH子さんと一緒に祈った。二週間に一度のこの祈りの時は、いつもとってもリフレッシュされる素晴らしい時。今日は普段より時間をかけていろんなことを分かち合って祈った。H子さんとは日記には書けないこと、書かないことも分ちあい、それを一緒に主の前に差し出すお手伝いをしてもらえるので本当に感謝。今日も、最近私が面しているある問題について話していたら、彼女がこう言った。 「はちこさん、それはね、はちこさんの愛が狭いと思うよ。」 遠慮なくはっきり言ってもらえて、私はとても嬉しかった。全然不快じゃなかった。本当にその通りだと思い、急に目の前が明るくなった気がした。電話のあと、今日の午後もまた、それ(切り抜き)が起きたのですが、少しの苦味もresentmentも、自分本位の罪悪感も感じることなく受け入れることができました。 H子さん、心から感謝です! ***** 日本は明日からいよいよ『パッション』が公開になりますね。セキュラーなメディアでの宣伝もなかなか活発だそうで(おすぎさんも感動したとCMで宣伝されているとか…?)、一人でも多くのノンクリスチャンの方たちがこの映画を観て、福音に対して飢え乾きを持つようになり、心が開かれることを祈ります。新生宣教団からパッションのトラクトも販売されているそうです。このトラクトも用いられますように。リバイバル新聞に出ていた記事によると、配給会社の日本ヘラルドがこの映画を買い付けることにした動機は「復活の希望に感動したから」なんだそうだ。それを読んで、ペルシャのクロス王を思い出した。(エズラ1章) 神様は、ご自身の栄光のために、この世の権力や富や組織を用いられることもある。主は異教徒であるペルシャのクロス王の霊を奮い立たせ、神殿の再建にあたらせた。そして、イスラエルの民も、神にその霊を奮い立たされた者はみな、クロス王のおふれを受けて、立ち上がり主の宮を建てるために行動を起こした。(エズラ1:5) 私たちも傍観者になってしまうことなく、神に霊を奮い立たされたなら、この絶好の伝道の機会のために立ち上がって各々できることをやっていきたいですね! 2004年4月30日おお、結城さん、早速のねぎらいのお言葉、感謝します。 And thank you for your faithful prayers!(^^)(はち) ***** ウルトラホーク2号でどんなに急いでも3日はかかるという土星に、NASAのカッシーニ=ホイヘンス探査船が接近中である。3月27日に撮影したという原色の全球写真(拡大写真はこちら)が公表された。美しい。見事だ。神の創造の芸術性を余すところなく発揮している。…と思い切り感動しているところへ、はちこがやって来て曰く 「何これ。CGでしょ」 ちゃうよ、CGやないよ、本物や。みてみい、この微妙な縞模様… 「そんなのわかんないわよ。後から、実はあれは合成写真でしたとか、なんかありそうじゃん。遺跡で石器が見つかったけれど、ねつ造でした、みたいな。」 ぐぐっ、上高森と一緒にされたのでは、NASAも災難じゃなあ。それにしても、一人の学者の不始末がこんなところまで影響するとは、恐ろしいことである。 ***** ぼちぼちながら、風邪から回復しつつある。去年の10月以来懸案となっていたNSFのグラントの最終報告書を提出して、これで残されたノルマは共著論文の原稿のクリティークと、プロポーザルのレビューが一本。一方、乱流の数値計算で原因不明のクラッシュ(NaNエラー)が続いていたのが、リープフロッグによるモードスプリット現象であることをようやくつきとめ、一挙に見通しが明るくなった。すこし肩の荷を降ろして5月を迎えることができそうだ。(ぼ) |




