ホーム日記2004年>2月

[1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 ]

はちことぼぼるの日記(2004年2月)

2004年2月2日

昨日の夕方、キャンプから無事に帰って来ました。気温は氷点下15〜20度と案の定とても低かったのだけれど、幸い天候に恵まれ、太陽が照り、風がなかったので、思ったよりずっと過ごしやすかった。他の教会から来ていた引率の人たちと、「神様は大人たちのために憐れみを示してくださったんだね」と話した。(^^)

子供たちは鼻を真っ赤にしながら結構急なスロープをそりやチューブに乗って滑り降りていく。私なんて見ているだけでハラハラしてしまって大変だったのに、そのうち「ミセス・ナカムラ!ミセス・ナカムラ!」コールが始まって、無理矢理(?)チューブに乗せられてしまった。スロープを滑り降りながら仰いだ青空はきれいだったけれど、恐かったー。それに、下まで降りたあとはチューブを担いで坂道を登って来なくてはならなくて、それがまたキツイ。おかげで今は足が筋肉痛です。(^_^;;

全部で四回もたれたサーヴィスもとても祝された。

基本的に出不精の私は、こういう行事に行く前はいつも何となく気が重いのだけれど、思い切ってでかければいつも祝されるのだよね。子供たちも霊・魂・身体がそろってリフレッシュされたんじゃないかな。感謝。

一つ笑えたのが、カフェテリアにあった缶ジュースの自動販売機に「Use at your own risk. This machine might eat your money」という張り紙がしてあったこと。お金を入れても何も出てこないことがあるので、覚悟して利用してください、という意味だ。子供たちは「出た!」「出なかった!」と大騒ぎしながら使っていた。(笑) この話を帰って来てからぼぼるパパにしたら、シカゴ大学の彼の学部にある自動販売機にも同じ張り紙がしてあるよとのこと。無事に出てきたり、何も出てこなかったり、二個出てきたりと、スリル満点なのだそうだ。

*****

先日、札幌ICF教会のライブワーシップアーカイブのページをご紹介したところ、何人かのICF教会関連者の方たちからメールをいただきました。感謝です。アーカイブにまた1月25日のワーシップがアップされてましたね。嬉しい。Thank you, Brother Tozzo, for your labor of love! この日のワーシップで最後から2番めに歌われている曲、初めて聞いたのだけどとても気に入ってしまった。誰が書いた何と言う曲なんだろう? もしご存知の方がいたら是非教えてください。Shout to the Lord の次の歌で、「勝利の冠」で始まって、途中「栄光の御名、力の御名、すべてに勝る偉大な御名 For the glory of Your Name, the splender of Your Name, None can compare with the power of Your Name!」というフレーズが入るもの。いい。とてもいい! あと、3曲めに歌っている「Jesus, you are the Savior of my soul」は、うちのユースもよく歌っていて、ぼぼるパパと聞きながら、今度これを日曜日の礼拝でもやろうよ、ということになりました。(^^)そして最後に歌っている曲は私もだ〜い好きな曲です。 今回も素晴らしいワーシップに共に与らせていただくことができて感謝!

*****

「Transformations II」の日本語字幕版がプレイズ出版から発売になったらしい。万歳! いつもいろんな人に薦めていたのだけれど、ついに日本でも発売になったのですね。(ところで、「2」が出たということは、第一作目の方も出ているのかしら?)私はイギリスにいる時に初めて見て大いに揺さぶられ、アメリカに戻って来てからすぐに「1」と「2」を注文したのでした。

プレイズ出版HP

「Transformations II」について書いたはちこの日記

アメリカ在住の方はこちらからどうぞ

2004年2月3日

まだ雪がちらついているが、気温はだいぶ上がって、日中0度を越える日が二日ばかり続いた。先週の寒さをしのいだシカゴアンたちは「ヒート・ウェーブ(猛暑)だ」と冗談を言っている。

****

数日前、ケンスケがお気に入りのWigglesのエレキギターのおもちゃにコップの水をこぼして、音が出なくなったり、本来出ないはずの音が出るようになったり、という事件があった。結局ねじ回しでギターを分解して、中にたまった水をふきとり、しばらく乾燥させてことなきを得たが、これが来る月曜日の予兆だったとは誰が予想しえたであろうか。

きょうオフィスで同僚の日本人のNさんに、「きのうは大丈夫でしたか」と聞かれ、「え、何のこと?」と思わず聞き返した。実はきのうの月曜日は所用があって大学には来ていなかったのだ。

「ええっ、ご存じないんですか? 浸水の話」

今度はこっちがびっくりする番だった。きのうの午前中、Nさんや私のオフィスがある5階の天井を走っている給水パイプが寒さのため数カ所で破裂し、ものすごい勢いで水がほとばしり出たのだそうだ。あいにくNさんの最新のパワーマックG5は破裂したパイプの真下にあったため、滝のような水をかぶって修行僧状態となり、ほどなく息をおひきとりになられたそうだ。水位は床上10センチくらいまであがり、となりのB教授のBeowulfクラスターのうちの一台も浸水し、動かなくなったらしい。うちのネットワーク管理者がふたをあけ、水をかき出して、乾きもせぬうちに電源を入れていたと言って、Nさんがビビっていた。

幸か不幸か私のオフィスは同じ階でも反対側の方にあったため、浸水の影響をもろに食うことはなかったが、目撃者の話によると、水は私のオフィスのすぐ前まで忍び寄ってきていたそうだ。くわばらくわばら。何でも、5階の連中が総出でモップ掃除にあたったとか。後から「おまえあのとき留守にしていたな」とかイヤミを言われないといいが。

言われてみれば、きのう、オフィスのエレベータの中に30センチ水が浸水したというニュースがEメールで届いていて、いよいよあのエレベータも年貢のおさめ時か、と思っていたが、あれはもっと甚大な被害の一部にすぎなかったというわけだ。大学のインフラのメンテが劣悪だとはかねてから言っていたことだが、いよいようちの学科にもつけがまわってきたようだ。

(ぼ)

2004年2月5日

先日この日記で「勝利の冠」の情報を求めたら、その日のうちにICF教会のTozzo師が日本語と英語の歌詞及びコードを送ってくださった。感激! さらに、Tozzo師やワーシップリーダーのマキコ・ジャンセンさんと私の間には、思いがけない共通の友人がいることがわかり驚くやら感動するやら。After all, we are all branches which abide in the same Vineですものね!と主の御名をほめ讃えあった。

*****

ファミリーフォーカスジャパンさんの書籍のページ。育児や家庭問題に関する良書がたくさん出ている!

ファミリーフォーカスジャパン:出版物のご案内

*****

今日はシカゴは夕方から大雪。こういう日に限ってみんはスケートのレッスン、エミはユースグループがあり、しかもぼぼるパパは珍しく仕事で帰りが九時過ぎに。悪天候のなか、送り迎えのため何度も車で往復した。道路は滑りやすく、あちこちで事故が起きていた。私も何度か恐い思いをした。大きな交差点で左折(日本の右折に相当する)しようと、交差点の中まで出て対向車がとぎれるのを待っていたのだけれど、夕方で交通量が多く、結局信号が赤にかわるまでとぎれなかった。それで赤になったところで大急ぎで曲がろうとしたところ、強引な対向車がいて、赤だというのにそのまままっすぐ交差点に突っ込んできた! 多分、滑りやすいから急ブレーキをかけて止まりたくなくてそのまま突っ込んできたのかもしれないけど、どっちにしても危ないじゃないの! もう少しでぶつかるところで、もーーー恐かったよう! 私の鼻先をその車が通り過ぎていったとき、主の守りの御手を感じました。Thank you, Jesus!

*****

車のなかで聞いていた日本語のワーシップCDのなかに、「信仰により、今、歩き続ける」というフレーズを繰り返す歌があって、それがどうもケンスケのツボにはまったらしく、今日のケンスケは一日中それを歌っていた。粘土をこねながらも「信仰、によりっ! 信仰、によりっ!」と気合いを入れて歌っていて、そうか、キミは信仰によって粘土をこねるのかね、と思わず突っ込みたくなったりして。(笑)

2004年2月7日

信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。ヘブライ人への手紙11章6節(新共同訳)

その昔、はじめてシカゴのオヘア空港国際線ターミナルのトイレを使ったとき、はたと困った。手を洗おうとして蛇口の前に立ったが、取っ手がない。洗面台の上と下とをくまなく探したが、それとおぼしきものは見あたらない。つまり、どうやって水を出していいのかわからないのだ。他の洗面台もすべてそうで、前に立てば自動的に水が出る、というものでもなさそうだ。どこにも使用法の説明はなく、たまたま他に誰もいなくて人に聞くこともできなかった。あれこれ考えた末、なんか馬鹿みたいと思いつつ、両手を蛇口の下にさしのべてみると…とたんに水がじゃーっ。なーんだ。出すべきところにただ手を出せばよかったんだ。

このとき思い出したのがインディアナジョーンズ第3作の一場面。主人公のインディーが瀕死の父を救うため聖杯をさがしに行く途中で、深い谷にはばまれる。反対側にわたらなければならないのだが、どこにも橋がない。絶体絶命と思ったときに、父の「信じるんだ」という言葉が耳に届き、インディーが意を決して谷に向かって一歩を踏み出すと、その足下に橋があらわれるというくだりだ。

私たちは何か重要な決断をするときに、神様が御心を示して下さいますようにと祈るが、多くの場合、はっきりした答えは与えられない。(少なくとも私の場合は、そうだ。) それで時々、神様、聞いてるんですかっと叫びたくなるけれど、もしかすると、そういうとき神様が私たちに本当に求めておられることはただ、神様に信頼して信仰の一歩を踏み出すことなのかもしれない。

ずっと祈っても正しい選択肢が与えられないとき、「私にはこれをすることが正しいという確信がありません。しかし、あなたがそんな私を愛し、見守っていてくださることを信じて、やってみます。どうか助けて下さい。もし、間違ったことをしているのでしたら、私を止めてください。」と祈って始める方が、神様の介入をじっと待っていて結局恵みを取り逃がすより、ずっと健全なことのように思える。とくに今の私には必要だと思わされている。

(ところで、ここ数回私の日記にはトイレの話題が多いですね。とくに他意はないのですが、トイレには人生のドラマがつまっている、ということでしょうか。)

*****

きのうの夜は、公園事務所主催のDaddy-Daughter Date Nightが近所の中学校の体育館であった。バレンタインにちなむ恒例の行事である。去年と同じく、みんと仲良しのパティとブリジットの父娘とトリプルデート。6人でまず駅前のレストランで晩ご飯を食べて、8時半から体育館へ移動してダンス・パーティーに参加する。来ていたのは全部で300人くらいかな。私も含めて、ドレスアップしたいいおっさんたちが、娘たちとステップをあわせてマカリータ・ダンス、チキン・ダンス、チャチャなどを会場狭しと踊っているのは、なかなか壮観な光景であった。とはいえ、アメリカ人は大体こういうのに慣れているので、どう見てもダンス体型ではないお父さんたちも結構リズムに乗って、さまになっている。タップダンスを踊る高見山(若い人たちは知らないかもね)を思い浮かべてもらえばいいかも。私は朝ドライブウェイの雪かきをしたおかげで背中が痛く、無理な動きをしてぎっくり腰にならぬよう、そろそろと踊っておりました(笑)。年には勝てません。

Daddy-Daughter Date Nightといっても、9歳のみんはもっぱら友達とおしゃべりをするのに大忙し。しかし、パティのところはご両親が最近離婚していっしょに住んでいるのは継母さんだし、ブリジットのところは親が失踪した親戚の男の子を養子にひきとる裁判の最中。複雑な事情をかかえる家庭が多いことを考えると、こんなささやかなプログラムでも、お父さんと娘が一緒のひとときをすごす機会は私が思うよりずっと意味のあることなのかもしれない。

*****

しばらく前に青色発光ダイオードを発明した中村修二氏(現カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)が発明の対価として200億円を当時の会社に支払うよう訴えをおこし、勝訴するというニュースがあった。これについて経済同友会代表幹事の北城恪太郎氏が、「研究者は給与が保障されており、対価はボーナス程度でいい。せいぜい1千万円程度だろう。過大な企業の負担は開発拠点としての日本の魅力を失わせる」と批判したと朝日新聞が伝えている。
http://www.asahi.com/business/update/0203/115.html
これらの報道について考えたこと。

まず、研究者が成果に見合う報酬を受け取ることは、当然だと思う。現在の日本では、特許を受ける権利は法人にあって、発明者である従業員には内規で定められた補償金が与えられるということになっているらしい。その補償金が、研究成果が会社の利益に貢献した度合いに釣り合っていなければ、おかしい。

しかし、私がひっかかるのは、研究の対価として200億円が適当か1000万円が適当かという問題よりも、一連の報道が、結局科学や研究発明を推進するのはカネである、というメッセージを発信しているように感じる点だ。中村氏は裁判の結果により「子供たちが科学に夢を持てる」ようになると発言されたそうだが、おそらくこれは氏の真意をうまく伝えていないのではないかと考える(そうであってほしい)。私は、自分の学生には研究に対する対価を夢見て科学者になってほしくない。たとえカネにならなくても科学は面白いからという理由で、科学者の道を選んでほしい。たとえ自分がおもしろいと思う研究がカネにならなくても、あきらめるな、といいたい。そもそも、中村氏の青色発光ダイオードが、まさにそういう経緯から生まれているではないか。

一方どんなにたくさんお金をもらっていても、研究が面白くなくなったら、科学者としてこんな不幸なことはないと思う。(面白くなくなる理由はいろいろあるだろうが。) 私だったら、研究が面白くなるような場所(たとえば、同等の研究の最先端で若手の研究者がしのぎをけずっているようなところ)へさっさと移ると思う。中村氏がカリフォルニアに移ったのも、研究にお金が出るから、という理由だけではなかったはずだ。

研究成果に見合った報酬は、「子供たちの科学への夢をうばわない」ためには大切だが、それ自体は夢を与えるものじゃない。 (ぼ)

2004年2月8日

先日ま〜や(6歳)と一緒にお風呂に入っていたときのこと。

ま〜や「私ね、赤ちゃんは生みたくないんだけど、子供は欲しいの。」

ママ「ああ、そうなの?」

ま〜や「うん。でも、養子をもらえばいいよね。」

…今から随分いろんなことを考えているんだね。(^_^;;

それから夕べのケンスケ(二歳十ヶ月)のこと。日本人の代表的裏メニュー、かつおぶしごはんはケンスケの好物の一つ。私がケンにかつおぶしごはんをあげるときは、ごはんとかつおぶしを混ぜてからあげるが、夕べはパパが用意した。パパはわざわざ混ぜたりしない。暖かいごはんにかつおぶしをかけただけのものをケンの前に置いた。夕食時のことで、私たちはみんな楽しくおしゃべりしていたのだけど、そのうちケンがひきつった声で「Look!」 振り向くと、ケンが大きく目を見開いて自分のお茶碗を指さしながら固まっている。ケンスケの視線の先にあったのは、ユラユラ踊るかつおぶし。私たちはみんな思わず爆笑。ケンスケも私たちにつられて「ひゃはははは…」と笑い出しはしたものの、目は笑っていない。笑いながらもチラチラとお茶碗の中の踊るかつおぶしを見ている。そのうちピタリと笑うのをやめ、かつおぶしを指さしながら「Looks like a snake...」そして、もう我慢ならん!とばかりにお茶碗をつかんでテーブルの真ん中にトンとおいた。「I don't want it anymore.」  私はもう、お腹が痛くなるほど笑いましたよ。ビデオにでも撮っておきたかったね。

*****

メル・ギブソンがプロデュースした映画「The Passion of The Christ」が話題になっている、とKazukoさんが言っていたけど、金曜日のシカゴトリニューンにも記事が出ていた。この映画は、新約聖書の4つの福音書をもとに、イエス様の生涯の最後の12時間を描いたものらしい。聖書にとても忠実で、メル・ギブソンは国中から牧師や伝道師たちを招いてあちこちでプレビューを行ない、観た人たちの間では「これは素晴らしい伝道のツールになる!」と話題沸騰中だとか。二月二十五日、「灰の水曜日」に封切りになるこの映画、全国の教会が全面的に支援しているようです。ある教会は映画館の前にテントをたてて、そこで映画を観て出て来た人たちにカウンセリングをする予定だとか、ある教会は、日曜日の礼拝をキャンセルしてみんなで映画を観に行く予定だとか、ある教会ではすでに前売り券を1000枚買ったとか、プレビューを観たある牧師さんはこの映画のパワフルなメッセージに心燃やされ、伝道しなくては!という気持ちにかつてないほどに駆り立てらたとか…

一方で、ユダヤ人コミュニティーからはこの映画に対して強い苦情が出ていてるそうだ。彼らに言わせると、福音書はイエスを十字架の刑にしたのはユダヤ人であるとし、イエスの死をユダヤ人のせいにしている、ユダヤ人が歴史を通してこんなにも迫害されているのはそのためである、この映画が公開になれば、また反ユダヤ感情が煽られる、ということらしい。へえ、そういう見方もあるのか、とちょっとびっくり。 まぁとにかく、今非常に話題になっている映画のようです。 封切りが楽しみですね。日本にも来るかな?

それにしても、メル・ギブソンって、クリスチャンだったのですね。そういえば、以前この日記で話題にした「サイン」という映画(牧師さんが宇宙人の襲撃に立ち向かうお話)で主人公の牧師を演じていたのもメル・ギブソンでしたね。

ちなみに、The Passion of The Christのリンク先のサイトはファンによる非公式サイトだそうです。すごく立派に作ってあるけど。

あと、こんなサイトもありました。

Infor on 'Passion' the new movie from Mel Gibson

*****

先週の火曜日のワーシップチームの練習にはパスターも来て下さり、少しお話をして、ねぎらいの言葉と励ましの言葉をくださった。とても嬉しかった。彼はまさにパスター、牧会者だと思う。本当にいい人がうちの教会に来てくださったものだ。さすが、神様の人選に狂いはない。パスターは、礼拝においてメッセージは私たちの養いのためですが、ワーシップは神様のためのものですから、あまり時間は気にしないで、聖霊様に導かれるままに自由にリードしてくださいとおっしゃって下さった。

で、今朝の礼拝だけど、一曲、私は思い切り間違えてしまった。最後まで歌ってからコーラスにもどる部分、いきなり違う箇所の歌詞で歌い出してしまって… 歌い出してからすぐに何かがおかしいと気づいて、しまった、これじゃ字余りになるぞ、と滝汗状態になったのだけど、歌うのを止めてしまうわけにもいかないし、ワーシップチームのみんなも私にあわせて違う歌詞で一緒に歌ってくれているし(^_^;; 会衆もそんなに気にしている様子もなくみんな主を礼拝していたし、内心、「ギャーッ、主よー!」と思いながら歌い続けた。 憐れみ深い主は、こんなとんちんかんな歌になってしまっても、嬉しいよ、とおっしゃってくださるのでしょうか…

The Heart of Worship という歌のなかにこういう歌詞がある。

For a song in itself is not what You have required
You search much deeper within
Through the way things appear
You're looking into my heart

失敗したことを開き直るつもりはないけれど、失敗を通してあらためて、私たちの捧げる礼拝に神様が何を求めておられるかに思いをはせる。

2004年2月9日

映画「The Passion of The Christ」の話しの続き。昨日(8日)のシカゴトリビューンにも大きな記事が出ていました。前売り券がすでに500万ドル近く売れているそうです。こんなことはハリウッド映画でも前代未聞のようです。リック・ウォレン師のサドルバック教会でも18000枚買って、全部さばいたとか。この映画は英語の字幕で、ストーリーはアラム語、ヘブル語、ラテン語で展開するらしいです。なんだかすごそう。イエス様が十字架につけられるまでの映像はとても血生臭く、この映画自体もR-rated です。

あっ、「The Passion of The Christ」のオフィシャルサイトも発見。ここで予告編が見れます。是非ご覧下さい。トップページの「View Trailers」というところをクリックしてください。

「The Passion of The Christ」オフィシャルサイト

キャンパスクルセードのJesus Filmのオフィシャルサイトでも「The Passion of The Christ」をプロモートしていますね。

The Jesus Film Project

ちなみにこの映画、UKとアイルランドでは3月26日に公開になるそうです。

2004年2月10日

高校の同期会のメーリング・リストをはじめ、世界中から吉野家や松屋の牛丼が消えるのを惜しむ声が届いている。吉野家で「最後の晩餐」を食べてきたというK氏は、店の客の入りはいつもの5倍から10倍はあったと言っていた。ほんのひとにぎりのBSE牛やインフルエンザ鶏がアメリカで見つかったからといって、輸入全面停止というのも大げさな気もしないではないが、政府としても問題が起きてからでは遅いということで慎重にならざるを得ないのであろう。ところが張本人であるアメリカでは、牛肉も鶏肉もまったくいままでと同じように販売されている。意識の違いなのか、本当に安全だと思っているのか、FDAは日本の農水省とくらべると、ほとんど何もしていないように見受けられる。バイオテロにはあんなに神経質になって、外国から個人で送る食品にまで事前登録を要求しているのに、この違いはなんなのであろうか。

****

最近私のオフィスをおとずれた複数の人に、「もうすこし部屋をかたづけてはどうだい」 と言われた。そのうちの一人は外部からのお客さんだった。家族以外の人に言われるようになっては、やはりそろそろ整理した方がいいかもなー。この前オフィスの大掃除と整理整頓をしたのはたしか1999年の1月29日だったから、5年の月日が経っている。床の上には古くて使えなくなったPCとモニターが5組、テーブルの上にはあとでリサイクルに出そうと思っているジュースの空き缶やあきびんが約50個、電話は崩れかかった計算用紙の山に埋もれてどこにあるかわからないので、最近使っていない。そろそろ手をつけてもいいころかもしれぬ。あーっと、それから、やはり複数の人に 「いい加減オフィスのホームページを新しくしてはどうか」 と言われていることも思い出したぞ。こっちは最後に更新したのが1996年だから、たしかにそろそろ現実を反映しなくなっている。こういう、研究活動でないことに時間を費やすのがおっくうで、つい先延ばしにしてきてしまった。今は何かと多忙で、論文やプロポーザルのレビューも、学内の講演依頼も軒並み断っているくらいだから、学期が終わるまで待った上で突貫工事を開始することにしよう。

****

唐突だが、ウェスレー兄弟といえば、いわずと知れたメソジスト派の開祖者である。とくに弟のチャールズは、生涯を通して6000とも8000とも言われる賛美歌を書き、おそらくは歴史上もっとも生産的な賛美歌詩人であった。兄のジョンの説教を読んだことはなくても、チャールズの賛美歌ならいくつか聴いたことがある、という人は多いと思う。(閑話休題:ここに音楽の強みがある。ただ聴いたり読んだりした説教は頭に残らないが、メロディーと合体した歌詞は比較的簡単に頭に残る。賛美歌が神学を補強するのに多大な貢献をするのは、このためだ。) かねてから、チャールズ・ウェスレーをこの膨大な数の賛美歌の作詞にかりたてたものはなんだったのだろうか、と興味をもっていた。しばらくまえに マット・レッドマンの「The Unquenchable Worshipper」という本を読んでいて、その謎が解けたような気がした。以下は、この本がチャールズについて別稿を引用している部分である。(翻訳ぼぼる)

時は1774年。賛美歌詩人チャールズ・ウェスレーは、英国リーズのとある館の2階で、祈祷会を開催していた。と、突然床板がきしみ出したかと思うと、大きなひびがいくつも走り、やがて床全体が抜けた。そこにいた100人の人たちは全員天井を踏み抜いて、階下に落下した。その場は大騒ぎとなった。叫んでいるものもいれば、泣き出すものもいた。あるものは驚愕のあまり座り込んでいた。しかししばらくすると、けがをしてがれきの上に横たわっていたウェスレーが、大きな声を出した。「恐れてはなりません。主は私たちとともにおられます。私たちは誰ひとりとして命を落としていません。」 そして、すぐさま頌栄を歌い始めた。「あめつちこぞりて、かしこみ讃えよ。御恵みあふるる…」。 状況を考えるとやや奇抜な選曲であったともいえるが、ここで言いたいのは次の点である。すなわち、誰もが皆自分の傷をなめていた時に、このとどまることを知らない礼拝者の心は、ゆらぐことのない賛美で応答していたのである。

チャールズ・ウェスレーを賛美歌の作詞にかりたてていたのは、才能とかインスピレーションなどではなく、とぎれることのない主イエス・キリストへの礼拝だったのだ。彼にとっては日々の歩みがそのまま礼拝だったので、神へのささげものとして賛美歌が自然に心からあふれ出てきたのであろう。ワーシップがライフスタイルになっていたとも言える。

こうしてみると、私にあまり論文が書けない理由もわかる気がする。要するにサイエンスがライフスタイルになりきっていないからだろう。しかし、では、そこまでサイエンスに身売りする気があるかというと、そうではないことも確かだ。There is so much more to life than science.  (ぼ)

2004年2月11日

メル・ギブソン監督の映画「The Passion of The Christ」の話しのさらに続き。

日本でも配給が決定したそうです! 東京では五月に新宿のテアトルタイムズスクエアにて。映画の売り文句がすごい! 「誰も描けなかった、真実ゆえの衝撃!メル・ギブソンが監督として挑む イエス・キリスト最後の12時間。いよいよ日本へー 5月東京テアトルタイムズスクエア にて [真実]のロードショー! 」

この情報はきよきよさんから教えていただいたのですが、きよきよさんご自身もこの映画について、詳しい考察をなさっています。是非ご覧ください。

映画「キリストの受難」 (ロゴスミニストリーのサイトより)

このきよきよさんのページからは、先日御紹介した非公式サイトの日本語版もリンクされています。英語はよくわからなかったとい方は、こちらをどうぞ!

この映画が、日本でも全国の映画館で上映され、一人でも多くの人がこの映画を観ることができますように! そして観た人たちが、イエス様が人類のためになさったことが何だったのかを知り、イエス様を自分自身の救い主として受け入れることができますように!

ちなみに、この映画でイエス役を演じるジム・カヴィーゼルは熱心なクリスチャンだそうです。

*****

同じ教会のティーナが、週に一回くらいケンスケを預かろうか、と申し出てくれた。そうすれば、少なくともその日は翻訳に集中できるでしょう、と。 とてもありがたい。お言葉に甘えて、お願いしようかな。

2004年2月13日

ゆうべのカレーライス、すごく美味かったぞ > はちこ
だが、食べ過ぎて、一日で体重が3キロも増えてしまった。

****

体重といえば、ケンスケが生まれた直後、こんなことを書いていた。当時の日記からの引用。

3/30/2001
  
シャワーのあとで体重計に乗ったはちこがうきうきした声を出した。

「すごいすごい。昨日からまた1ポンド減った。何にもしていないのに。」

そういえば、手足のむくみが目に見えて引いている感じである。家内が妊娠前の体型に戻りつつあるのはよろこばしいことではあるが、私は何だか取り残されたような、さびしい気持ちになった。

というのは、私たちは夫婦仲がいいのか、はちこが妊娠するたび、私もつきあって体重が増えるのである。昔大学で相撲部にいた頃、あんなに体重を増やすのに苦労したのがウソのようだ。はちこが出産を迎えるころには、私も腰回りがだぼだぼとして、今まではけたズボンがはけなくなっていたりする。

しかし、仲がいいのもここまで。問題は、子供を産んでしまえばはちこの体重は元に戻るが、私の体重はそのままということである(図1)。赤ん坊の面倒を夜間に見るのは私の役目なので、ナイト・シフトのあいだ、何かと腹が減って夜食をつまんでしまうのも、体重節減のためにはプラスにならない。はちこの四人の出産につきあった結果(?)、私の体重はこの10年間で非可逆的に増大した。今だったら相撲でももう少しいい成績を残せたかもしれない。

最近でははちこにも注意されている。    

「あなた、何も私に合わせて太ることはないのよ。」

「いいじゃないか、二人おそろいで」

「何言ってんのよ。私は産んでしまえば元に戻るんですからね。」

そう言えば思い出したが、その昔、酩酊状態で答弁していたイギリスのチャーチル首相は、女性代議士に とがめられてこう切り返した。

「確かに私は酔っぱらっている。だが、貴女は不器量だ。私はあしたになれば素面に戻る。」

嗚呼、非可逆性の悲劇かな。(ぼ)

いかん、いかん、はちこのカレーがおいしいからといって、太りやすい体質の私は、調子にのってばんばん食べてはいかんのだ。ジレンマだなあ。

****

さて、あしたはバレンタインデーですね。みなさんは、どのようにおすごしですか。私たちは今晩は教会で夕食会、あしたはふたりでディナーを食べにいくことになっています。 (ぼ)

2004年2月14日

午前中は、エミが学校で参加している管弦楽団やオーケストラが州地区のコンクールに出るというので、車を約1時間10分運転して、会場の中学校まで行ってきた。イリノイ州北部の多くの中学校から参加しているため、会場はごったがえしていた。エミは今回2年生、3年生約10人からなるストリングアンサンブルの第一バイオリン。審査室には父兄も見学に入っていいことになっているので、ほかの父兄にまじって後ろからそっと聞き耳をたてる。「Raspberry Ramble」 「Rondeau」というふたつの小品を演奏したが、練習の成果をあますところなく発揮し、すばらしいできばえであった。審査員の講評も「音程が正確で、強弱のめりはりがとてもよい」と至って好意的。結局、エミのグループはアンサンブル部門で一位をとって意気揚々とひきあげる。

うちの学区(公立)では管弦楽団やオーケストラは課外選択科目として小学校4年生からあり、とても人気がある。学年の全児童の3分の1くらいはなんらかの形で参加しているのではないかな。エミをはじめ仲間の大多数はその当時初めて弦楽器を持った。習いたてのころのコンサートでは弦をぽろぽろと鳴らすだけという感じだったのが、3年半でここまで上達するとは、なかなかのものである。本人たちもさることながら、先生や親がとても熱心で子供たちを物心両面でサポートしているのが大きいと思う。エミの場合、途中1年イギリスに転校して間があいてしまったのだけれど、その間も個人レッスンを受けさせていたのがよかったと思う。音楽の道に進むほどの才能があるかどうかはわからないが、今のところバイオリンもピアノも作曲も本人が楽しんでやっているようだから、続けさせてあげたい。ただ、最近教会のユースグループのワーシップチームでキーボードをひくことを頼まれたりして、オーバーロードにならなければよいが。どこかで何か一つに絞る必要が出てくるだろうな。何でもやりたがりやのエミに、できるかな。

*****

金曜日の夜に教会でもたれたバレンタイン夕食会はとても盛況だった。今回は子供はぬきだったが、教会員の9割くらいが出席していたのではないだろうか。食事もとてもおいしかったし(ユースがサーバーをやっていたのも好感が持てた)、会場の装飾もとてもすてきだった。廊下には、教会員の各カップルの結婚式の写真がかけてあり、誰の写真かを当てっこするという趣向。60年代以前に結婚した人たち(おおぜいいる)のなかには、えーこれ誰だろう? という写真がけっこうあって楽しめた。(ちなみに、私たちのはリクエストによって日本のレセプションで着物姿で撮った写真。他に東アジア人のいないうちの教会では明白すぎて面白くもなんともない。)また、礼拝堂では二人一組で記念写真をとってくれた。ゲームをやり、最後にゲストでミュージシャンのご夫妻が歌をいくつか披露してくれた。

そのゲームというのが、旦那と奥さんそれぞれ別々に同じ質問をし、二人の答えが同じだったら得点がもらえる、というもの。その質問のひとつに、「おふたりがいままでキスしたところで、一番変わった場所はどこでしたか?」 というのがあった。そしたら、よりによって牧師さんが「え? どこって、体のどこってこと?」と聞き返し、みんなのけぞっておられました。(爆)

*****

今日、生まれてはじめて、バレンタインデーにチョコレートをもらった。うそじゃない。はちこと出会ったのはアメリカで、アメリカではバレンタインにチョコレートをわたすという習慣がないのだ。中学高校は男子校、大学は4年間相撲部で、女性にチョコレートをもらうなどという機会もないままアメリカの大学院に来てしまった私には、遅すぎる春であった。涙が出るほどうれしかった。だが、実は、もう少しでもらいそこねるところだったのだ。

エミのアンサンブルについていくのが朝早かったため、つい眠くなって、なんと私はディナーの予約時間ぎりぎりまで眠りこけてしまったのであ〜る。せっかくおめかしして、私が喜ぶようにとかっこいいスカートをはいて、あとは出かけるばかりとなっていたはちこは、当然おかんむり。次女に起こされて飛び起きた私はすぐ準備して謝ったが、はちこの失望は深く、レストランに着いても二人の間にはマントルまで届く深い亀裂があった。

まあ、お腹がふくれると気持ちがおおようになるという法則のお陰で、コースの半分くらいまで来たところで、自然と仲直り。そのあとしばらくして、はちこが「はいこれ。」と言って取り出したのがチョコレートの小箱だったのである。そんなこととは夢にも思っていなかったので、びっくりした。曰く、

  「これをあなたにあげるのをすっごく楽しみにしていたのに。もう少しでゴミ箱に捨てるところだったわ」

記念すべきチョコレートはとてもおいしくて、一晩で全部食べてしまいました。  (ぼ)

2004年2月16日

忙しい。翻訳はやっと五分の三くらいまできたところ。一章を一通りざっと訳すのに、長さにもよるけど、だいたい一週間かかる。その後、さらに2〜3週間かけて、何度も読み直し、書き直して日本語を整える。でも、一つの章にいつまでも留まっていると頭が煮詰まってしまうので、適当なところで次の章をざっと訳す作業にも取りかかり始める。今現在、11章をざっと訳す作業と10章を読み直す作業をやっている。9章もpolish up している最中。(全部で16章ある。)三歩進んで二歩下がる、という感じだ。今回は日本語を整えるプロセスで、ぼぼるパパがものすごく協力してくれている。ぼぼるパパは『Boundaries』の最初の二章を読んだ時点で、その内容にすっかりはまってしまった。ぼぼるパパ自身が相当インパクトを受け、考えさせられたらしい。これは絶対日本でも出版される価値がある、いい翻訳ができるように頑張ろう、と私を励まし、助けてくれている。もはや、ほとんど二人のプロジェクトと言ってもいい。共訳者としてぼぼるパパの名前も出させてもらっていいか、あとで編集者さんに聞いてみようと思う。

『Boundaries』の翻訳が出来上がるのを楽しみにしています、というメールもたくさんいただいています。応援ありがとうございます。是非続けてお祈りください。

*****

昨日の礼拝は私とぼぼるパパにとってとても特別だった。この教会で私たちがワーシップリーダーとして奉仕を続けるうえで(少なくとも当面は)、一つのブレイクスルーになったかもしれない。詳しいことは、また時間のあるときに。今は翻訳やらなくちゃ。

2004年2月17日

昨日、新しい掃除機を買った。うちには三台の掃除機があったのだけれど、なぜか短期間のうちに次々と壊れた。三台目が壊れたとき、全部まとめて修理屋さんに持っていったところ、一台はパーツがないので直せないと言われ、二台は直してもらったけれども片方は数カ月たったらまた壊れてゴミを吸わなくなり、もう片方はプラスチックのハンドルが折れてしまい、不自然な姿勢で抱えながらでないと使えなくなってしまっていた。しばらくの間これを何とか使っていたのだけれど、ついに我慢できなくなり、新しいのを買ったわけだ。新しいのときたら、がぜん調子が良くて私はすっかりハッピー。パワフルだし、軽いし、とにかく使い勝手がいい。これで掃除が楽しくなった。るん♪ どっか掃除機かけるとこないかな、と新品の掃除機を引きずりながら、家中うろうろしていた今日のはちこでした。

余談だけれども、昨日掃除機を買ってきた直後、ケンスケがクラッカーをこぼしてすぐに掃除機をかけないといけない状況になった。でも、買ってきたばかりの掃除機は、箱に「要組み立て」と書いてあったため、とりあえず古い方の掃除機で四苦八苦しながら掃除した。そしたらケンスケは、新しい掃除機の箱を指差しながら「Use new one! Use new one!」としきりと私に勧めていたのがやけに可笑しかった。

そういえば、さらに余談だけれども、イギリスには「ヘンリー」と名前がついた、顔の描いてある掃除機があったっけ。最初にそれを店頭で見かけたとき、展示用だから顔なんか描いてあるのかな、と思ったのだけれど、その後どこで見ても顔がついていて、もともとそういうデザインなんだと知った時はとても驚いた。でも、可愛いんですよ、ヘンリーくん。 あっ、これこれ。見てやってください。本当に可愛いから。仲間にジョージエドワードチャールスバジルもいるらしい。

*****

今夜のワーシップチームの練習はたっぷり二時間。疲れたけど、いい練習が出来た。感謝。夜九時過ぎに家に帰ってくると、キッチンのテーブルがきれいに片付けてあって感激だった。みんとま〜やはちゃんとベッドに入っていたし、ケンはパジャマに着替え、歯も磨いてもらって寝る準備オーケー。でも、ママが帰ってくるまでは寝ない、と頑張っていたらしい。エミ、ベビーシッター御苦労さま。とっても助かったよ!

2004年2月18日

ケンスケのトイレットトレーニングをしばらく前に始めたのだけれど、なかなか手強そうだ。エミの時は三週間、みんとま〜やは一週間ほどでトレーニングが完了したので、ケンもすぐにできるかなとタカをくくっていたのが甘かった。トイレに座らせてあげればちゃんとできるんだけど、自分からは絶対教えてくれない。パンツやズボンをびしょびしょに濡らしていても、おかまいなしなんだから。やれやれ。

*****

十年前、シカゴ市内の貧しい地区にあるアパートに、麻薬密売の取り締まりで警察が押し入った。警察官がそこに見たものは、ゴミ箱からぞろぞろ這い出てくる無数のゴキブリ、床中にぶちまけられたゴミ、腐った食べ物や汚れた食器が山積みのキッチンの流し台、トイレットペーパー代わりに使ったと思しき壁の汚れ、そしてシミだらけの裸のマットレスの上に折り重なるようにして寝ていた子供たちだった。 そう、子供たち。まだおむつをしている幼児から十代の男女の子供たちが19人… この二間だけのアパートには六人の女性(うち五人は姉妹)が住んでおり、発見された子供たちは彼女たちの子供だった。警察が来た時には外出していた子もいたそうで、実際には全部で28人の子供たちがいたそうだ。母親たちは逮捕され、子供たちはそれぞれ施設に預けられたり里子に出されたりした。 この事件はあまりにもショッキングだったので、十年前のこととは言え、私もよく覚えている。

今月14日のシカゴトリビューン紙に、この子供たちのうちの五人の兄弟のその後が記事になっていた。彼らは母親の服役中、出所するまでの間ということで、母親の友人のCさんのもとに里子に出された。それぞれ2、5、6、8、9歳だった。しかし実母は出所後、彼女が母親として適正であるかを認定する審査に通らず、最終的には彼女の親権は取り上げられてしまった。数カ月の予定で預けられた少年たちは、今もCさんと暮らしている。(Cさんと暮らしながら実母との交流は続けている。)

Cさん自身の子供はすでに成人していたため、当時は夫と二人暮らしだった。仕事をしていたが、五人の少年たちと少しでも時間を共に過ごすため、仕事は辞めた。彼女のもとに来たばかりの五人は、最初は手がつけられないほど荒れていて大変だった。夜寝るときも、ベッドでは寝ようとせず、部屋のまん中で五人かたまって毛布にくるまって寝た。夜中に何度も悪夢にうなされた。与えられたおもちゃは次々と壊し、家の窓も壊し、庭のパティオも壊した。家の中にベーキングパウダーやコーンスターチなどの白い粉を見つけると、子供たちはそれをテーブルのうえに出して、バターナイフで区切って遊んだ。大人たちがそうやって麻薬を扱うのを見ながら育ったので、その真似をしていたのだ。学校での素行も悪く、問題児だけを集めた特別教室に入れられ、果ては特別学校に送られた子もいた。Cさんの夫は「もう我慢できない、子供たちと僕のどちらを選ぶのか」とCさんに迫った。Cさんは子供たちを選び、夫は出ていってしまった。Cさん自身、あまりの大変さに投げ出しそうになったこともあった。あるとき自分の娘に泣き言を言ったところ、娘はCさんにこう言った。「でも、この子たちを見てよ。お母さんが今、投げ出してしまったら、この子たちは一体どこへ行くの?」

もともと裕福でもなく質素な暮らしをしていたCさんだが、子供たちを教会へ連れていき、学校へ通わせ、持ちうる限りの愛情を子供たちに注いだ。その愛情には、彼等が悪夢にうなされている時に抱きしめてあげるだけでなく、お腹をすかせている時に暖かい食物で満たしてあげるだけでなく、彼らにいつでも帰ることのできる精神的にも物理的にも安全な場所を提供するだけでなく、必要な衣類や学用品やおもちゃを与えるだけでもなく、彼らの将来を見据えて、成長して自立できるよう躾け、訓練することも含まれていた。記事にはこう書いてあった。「At C's house, the brothers were given structure and boundaries for the first time in their lives.」(下線はちこ) 枠組みと境界線。彼女はこの子供たちに必要なものをよく見極めていた。愛情を受けてこなかった子供たちだからと、溺愛だけしてもだめなんだ。ジェームス・ドブソン博士も「Love Must Be Tough(厳しい愛)」という本のなかで、人を生かす真の愛とは本来厳しいものである、というようなことを言っているらしいことを思い出した。その日しのぎで生き延びていくだけの生活しか知らなかった子供たちに、生活の枠組みと境界線を教えるというのは、生半可なことではなかっただろうと思う。Cさんは、子供たちが実母を訪問するとすっかり甘やかされて帰って来るので困る、というようなことを言っていた。実母は罪責感から、つい子供に欲しがるだけ与え、やりたい放題やらせてしまうらしい。

しかしCさんは、子供たちに必要なものを、自分が全て与えることが出来たとは思っていない。たとえば一番上の子供は高校を卒業したが読み書きがほとんどできない。州政府の担当の科に、子供たちの勉強が非常に遅れているので家庭教師をつけてあげてくださいと何度も申請したのに、一度も返事がもらえなかったのだそうだ。

生まれてからまともに愛を受けたこともなく、もちろん躾もされておらず、学校にも行かせてもらっていなかった子供たち。このまま放置されていたら、絶対に人間社会のなかでは機能していけないのが目に見えていた子供たち。その五人の子供たちに、文字通り自分を無にして愛を注ぎ、人間として真っ当に生きていくことを教え続けてきたCさんと、ズタズタに傷ついた魂を抱え、渾沌のなかから時間をかけて徐々に這い上がってきた少年たちのこの十年間の戦いは、涙を誘う「美談」と呼ぶにはあまりに痛々しく、生々しい。彼らはまだ「ハッピーエンド」に到達してはいない。彼らの戦いはこれからも続く。けれど、記事の行間からにじみ出てくるその厳しい現実の重みのなかに、私は何ものにも消し去ることのできない希望の光を見た。きっとそれは、イエス様のパッションが反映されている光だろう。

五人兄弟の末っ子の12歳の少年は、こう言っているらしい。「僕が大きくなったら、お母さん(Cさん)に、大きな家を建ててあげるんだ!」うん、そうだね。きっとイエス様も「そうしなさい。わたしはお母さんのために天国に大きな家を用意しているから、君はこの地上に大きな家を建ててあげるといい」っておっしゃっているよ。(^^)

2004年2月19日

そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。 ローマの信徒への手紙 / 5章 3-4節 新共同訳

わたしの兄弟たち、いろいろな試練に出会うときは、この上ない喜びと思いなさい。信仰が試されることで忍耐が生じると、あなたがたは知っています。あくまでも忍耐しなさい。そうすれば、完全で申し分なく、何一つ欠けたところのない人になります。 ヤコブの手紙 / 1章 2節 (同)

長いこと学科のセミナーに顔を出していなかったが、今日は講演者が求職希望者でもあるので全員必ず出席するようにと学科長から直々のお達しがあり、出かけてくる。酸素と炭素の同位体を用いた「化学年輪」によって熱帯地方の過去の気候変動を類推するという、極めて興味ある内容だった。

そのセミナーの中でひとつ印象に残ったのは、熱帯の木々には年輪がないということ。(厳密に言うと、目でみてわかるほどはっきりした年輪はない、ということ。)年輪は、季節によって木の幹の成長率が異なることによってできる。熱帯地方は一年を通じて気温の変化がほとんどないため、幹の成長率にも変化が乏しく、年輪ができにくいのである。逆に気温の季節変化が大きい中高緯度の木々ははっきりした年輪を持つ。

この話を聞いて思い起こしたのが、冒頭の御言葉。私たちの住むシカゴの気候は厳しく、冬は途方もなく冷え込み、夏はうんざりするほど暑くなる。住む場所としてお年寄りなどにはあまりお薦めできない。しかし、この寒暖の大差が、木の幹に見飽きることのない美しい年輪のパターンを刻ませるのだ。それは、木々の成長の記録であり、そのまま木々の「性格」ともいえる。一方、厳しさのない熱帯気候に育つ木には、年輪と言うキャラクターが育たない。これって、わたしたちの人生の歩みにもあてはまるのではないだろうか。

老人の顔に深く刻まれたしわは長年の苦難を乗り越えてきた勲章とも言えるし、試練の時に相談相手になってほしいと思う人は過去に同じような経験をした人である。自分の歩みを振り返っても、今の自分の財産であると思えるものは、調子がよかったときの経験ではなく、むしろしんどかった経験である。離れた日本の地で父が亡くなった時のこと、何年も面倒をみた学生の研究が進まず、放出しなければいけなかったこと、通っていた教会が分裂の危機に瀕したこと、などなど。

もちろん、こういう状況のただなかにあってそれを「誇ったり」「この上ない喜びと思ったり」するような境地には私はとてもじゃないが達していないし、永久に到達できないかもしれない。それでも、後から振り返ったときに、次に似たようなことがおこっても神様を信頼して切り抜けることができる、あるいは似たような試練のただ中にいる人の気持ちが理解できる、と思えるようにはなった。舞い上がった砂埃が落ち着くにつれ、神様がそこにおかれた御手が見えてくる。それを感謝して神様をたたえるとき、心に年輪が一枚刻まれることになるのであろう。 (ぼ)

2004年2月21日

エミは今日朝7時から夕方の6時まで、中学校2、3年生を対象にした、学校主催の飲酒喫煙薬物依存防止のプログラムに参加してきた。丸一日何をやっていたのと聞くと、40分の全体集会が5回、やはり40分の小グループによるディスカッションが5回、そのほかリーダーたちによる寸劇とか、みんなで一緒にお昼を食べたりとか、いそがしかったがそれはそれは楽しかったらしい。グループでどんな話をしたのと聞くと、話し合われたことはプライベートなことなのでしゃべってはいけないと言われている、と口の堅いエミ。

それでも、保護者むけのプログラムをもらってきたので趣旨を読んでみると、「子供たちが人生において前向きで健全な選択をし、自分自身と自分をとりまく環境を理解するすべを身につけられるよう、最新で信頼のおける情報を提供すること。特に子供が薬物に対してノーと言い、いのちに対してイエスという手助けをすること」となっている。ふむふむ。そして薬物そのもの知識だけでなく、親が子供を薬物に走らせないよう、子供とよい関係を持つことの大切さを強調している。そこに出ていた「子育て12のステップ」というのと「子供を薬物に走らせる20の方法」というのが興味深かったので、ここに書き留めておこう。

子育て12のステップ

  1. 子供のことをどんなに大切に思っているか、あらゆる手段で本人に伝える努力を怠るな。子供が問題を抱えているときはなおさらである。
  2. 自分の親としての能力に自信をもつこと。自分の本能を信頼し、親である自分の立場を理解せよ。
  3. 子供が小さいうちに価値観の大切さを教えよ。子供が酒を飲んで帰ってきて初めて「飲酒はいけません」というようではいけない。
  4. 警察や学校を親代わりと思うな。彼らには親がするような子供の世話はできない。
  5. 子供にわかりやすいきまりと制限を与えよ。ほとんどの子供は自分できまりを作ったり、自らに制限を課したりすることができない。
  6. 自分自身をサポートする人間関係を他にもつこと。子供には親の感情的な必要を満たすことはできないし、親子の間の境界線を引くこともできないからである。
  7. 家庭が子供にとって安全で安堵感が持て、ポジティブな環境であるよう万全を期せ。これには家族ひとりひとりのプライバシーを守ることも含まれる。
  8. 子供が何かをしでかしたら、しかるべき結果をもって責任を負わせよ。結果はその場で、子供の行いに関連して与え、親の怒りとはきりはなせ。
  9. 子供が家の外で問題行動を起こしたときでも、しかるべき結果を負わせるのをやめてはいけない。
  10. 子供の生活を通してガイダンスを与えよ。宿題、人間関係、将来のこと、複雑な感情などについて、子供は助けを必要としている。子供のエネルギーを正しい方向に向ける努力を怠るな。
  11. 子供の感情や、子供の選択がもたらした結果について、親が責任をとってはいけない。子供が成功するにせよ、失敗するにせよ、それは子供がうけとるべき報酬であり、結果であって、親のものではない
  12. 親の役割は人生を築く地盤を提供することであり、その地盤は愛と、アドバイスと、相手を尊重する気持ちがあるとき最も強い。子供はある意味親以下でも親以上でもないと言える。

子供を薬物に走らせる20の方法

  1. 家族そろって食事をしない。
  2. 週ー、月ー、年ーでも、家族みんなで一緒に楽しめるようなことをしない。
  3. 子供に言ってきかせるが、子供と会話はしない。子供の話を聞かない。
  4. 公衆の面前で子供を罰し、よいことをしてもけっしてほめたりはげましたりしない。
  5. 子供の問題を親が解決してしまう。子供の決断を親がしてしまう。
  6. 道徳や霊的な教育を学校や教会に任せてしまう。
  7. 子供に、寒さ、疲れ、冒険、怪我、リスク、挑戦、試行、失敗、いらいら、落胆などを体験させない。
  8. 子供をおどす。「クスリや酒を手を出そうものなら、大目玉だからな」
  9. 子供が学校のすべての科目で「A」評価をもらうことを期待する。
  10. つねに子供の不始末の尻拭いをし、本人に責任を負わせない。
  11. 子供が自分の感情(腹がたつ、悲しい、こわいなど)について話すことをゆるさない。
  12. 過保護になり、"Consequence"(自分の行ないがもたらす当然の結果)という言葉の意味さえ教えない。
  13. 子供に、間違いは罪であると思わせる。
  14. 子供の「なぜ」に答えず、「私がそう言うからだ」とつっぱねる。
  15. 子供に親は完全無欠だと思わせる。
  16. 家庭の雰囲気が混乱している。
  17. 子供にけっして愛していると言わず、子供に自分の感情を伝えない。
  18. 子供をハグしたり、愛情表現をしない。
  19. つねに最悪の事態を想定し、疑わしきは罰せずということをしない。
  20. 子供を決して信頼しない。

耳に痛いもの、こんなのあたりまえじゃろというもの、言うは易し行うは難しというもの、アメリカでは簡単でも日本じゃようやらんというものなど、いろいろではないだろうか。こんな立派なプログラムがあるのに、なぜアメリカの犯罪はあんなにひどいんだ、と思われるかもしれない。残念ながら、まさに2番目のリストに書かれているような家庭の出身者たちが少なくないということなのであろう。ちなみにこの二つのリストは別々の著者によるものであるが、重複点もいくつかあり、とくに子供との絆を作り、子供に自分の愛を伝えること、子供の話を聞くこと、子供がとるべき責任は子供に負わすこと、などがそうである。また、これらのリストに出てくることの多くが、今はちこと翻訳している「Boundaries」の10章の内容とまさに呼応していて、非常に興味深い。上のリストは公立学校のプログラムなので、宗教的なことは直接何も書かれていないが、書き手は、聖書から見て人間関係には境界線が必要なこと、それは子供自身にも子育てをしている親にもあてはまることなどを認識しているのではないだろうか。

このプログラムに参加するにあたり、学校の方から、お子さんのよいところをほめた手紙をお子さんには内緒で提出してください、というお達しが来た。この手紙は今日、サプライズで参加者たちに渡されたらしい。理屈をこねるだけでなく、親を動員して実際に子供との関係強化を率先しているところが、実践的である。私たちが書いた手紙についてはエミはひょうひょうとしていたが、グループリーダーをしていた高校生たちを見て、自分も高校生になったらこのプログラムのグループリーダーとして働きたいと言っていた。頼もしいことだ。 (ぼ)

2004年2月23日

ずっと前、うちの教会のある60代のご婦人が、こんなことを言っていた。「私も若かったころは、あなたみたいに細かったのよ。でも、40を過ぎた頃から一年に2〜3ポンド(1ポンド=450グラム)くらいずつ体重が増え始めてね。一年で2〜3ポンドだったら大したことないように感じるけど、そのペースで増え続けていったから十年で20〜30ポンド増よ。おかげで今では昔の影も形もなくなって、こんなふうになってしまったわ。」 それは妙に説得力があって、なるほど、私も40を過ぎたら体重増加には気をつけよう、と思ったものだった。

ところが。41歳の誕生日がジワジワと迫ってきた今、ふと気がつくと、何と私も体重が上昇傾向にあるではないか。私の場合、普段から基本体重プラスマイナス2ポンドくらいの変動はあるのだが、その基本体重が一年前と比べて2ポンドくらい増えた気がする。もともと痩せている方だったので、少し増えてちょうどいいくらいだけれど、問題は「上昇傾向」にあるということ。今はちょうど良くても、ここでストップしないでこのままどんどん増え続けられるとやっぱり困る。

しかも増えているのは体重だけではない。体脂肪率もだ。半年くらい前から毎日、朝晩、体脂肪率をはかるようにしているが、こちらは体重以上にもっとはっきりと上がっている。今のところ、増えてやっと人並みになった感じなので喜ばしいことだとは思っているが、やはり上昇傾向というのは気になる。

やはり運動をしないとだめか。先日受けた健康診断でも、老後に自立した生活を楽しみたければ、定期的にエクササイズして身体や心臓の筋肉を鍛えることですよ、と言われたばかりということもあり、最近になってようやくストレッチとか腹筋の運動とかをするようになった。でも体操しているとケンスケが邪魔をする。床に寝ている私のお腹を枕にして自分も寝そべったり、「I'll count your toes!」などと言って私の足の指を数えたり。笑っちゃって、やりにくくてしょうがない。下腹に負荷がかかって一層効果的になると思えばいいのだろうか? そういえば、実は一年前に、エクササイズビデオを買ってたんだっけ。あの頃すでに「三日坊主だ」とか言ってたけど、その後あのビデオには指一本触れていない。(大汗) 

*****

体重の話しを書いたあとで、こんなことを言うのは節操がないようで恐縮だけど、今、チョコレートが無性に食べたくて。私は甘いものには余り興味がなく、チョコレートも滅多に口にすることがない。特にアメリカに来てからは、こちらのチョコレートは日本のものに比べると全然おいしくないので、いよいよ食べなくなった。嫌いじゃないのだけど、あんまり食べないのね。でもキットカットだけは別で、これは唯一アメリカでも食べられるチョコレートだと思っていた。ところが、しばらく前にアメリカのキットカットは日本のキットカットよりまずいという情報が入り、私は衝撃を受けてしまった。以来、悔しいやら悲しいやらで(?)キットカットも拒否するようになった。あー、日本の美味しいチョコレートが食べたいなぁ。次に日本に行くまでの辛抱かなぁ。

2004年2月24日

同じ教会のターニャ(仮名)には子供が四人いる。うちとは逆で、上三人が男の子、一番下が女の子。年齢は16、14、9、4歳。次男のRが最近荒れていて大変らしい。教会には喜んで来ているし、ユースグループでも活発に活動しているけれど、感情の上下が激しく、ちょっとしたことですぐ大爆発になってしまうらしい。学校でも先生にくってかかるなど、相当反抗的で、謹慎処分になったのも一度や二度ではないという。先日は宿題を提出する時になって、ちゃんとやってあったにもかかわらず急に「出さない!」と言い出して、先生が見ている前で宿題の紙を丸めて食べてしまったんだそうだ。そうかと思うと今度は、三男のDが学校で友達と喧嘩して、校長先生に呼び出されたとか… Dは普段はとてもひょうきんな男の子で、先生もDらしくない行動に驚いたそうだ。お兄ちゃんが家で荒れていると、弟にとってもストレスになるのだろうか。いろいろな話しを聞いて、ものすごく大変そうで、ターニャ自身はとてもしっかりした人なので淡々としていたけど、聞きながら私の方が泣けてしまった。ターニャは教会では乳幼児科のディレクターをしているうえに、いつもいろんな奉仕で奔走している。しかし家庭の状況があまりにも手に負えなくなってきたので、一旦奉仕からはほとんど手を引くことにしたそうだ。それがいいと思う。

しっかり子育てして、子供に主の道を教え導いていても、それでも子供も一人の独立した人格だから、親の願うようにはいかないこともある。Rも、今は難しい年頃ということもあるし、ちょうど微妙な年齢にさしかかるころに一番下の妹が生まれて、お母さんを取られたみたいに思ってしまったのかもしれない。もちろん本人だって理性ではそんなことないとわかっていても、それでももう少しお母さんに甘えていたかった、お母さんに目を向けて欲しかった、そんな思いが潜在意識のなかにあるのかもしれない… そう、ターニャが乳幼児科のディレクターになったのも、小さい子供を持つお母さんの会のリーダーになったのも、一番下の子が生まれてからだったものね。その頃から彼女は格段に忙しくなったんだっけ。Rも、自分で自分を思うように制御できなくて、辛いんだろうな…

うちは今のところ、みんな落ち着いているけど、いずれこういう嵐のような時期を通ることになるのだろうか。エミは四月に13歳になるが、今の彼女の情緒は私が予期していたよりもはるかに穏やかだ。親の手伝いもよくしてくれるし、友達との関係もうまくいっているようだし、いい意味で自分に自信を持っているようだし、この様子からだと、私は彼女がティーンになるのが楽しみでこそあれ、心配はしていない。むしろみんの方が心配かも。三人娘のまん中のせいか、一番ほったらかしにしてきてしまったような気がするので… 私も、奉仕だ何だと忙しくしすぎないで、もっと子供一人ひとりを見つめてあげよう。 子供の「今」は、二度と戻って来ないのだから。

2004年2月25日

昨日の話に出てきたターニャの三男のD、学校で友達と取っ組み合いの喧嘩をした理由は、そのお友達が「神様なんかいない! 教会なんかつまんない!」と言ったのが原因だったそうだ。それで怒って取っ組み合いになっちゃったというのは、まぁ小学校三年生の男の子だからね。(^_^;; でも、話はそこで終わりでなかった。Dは、教会なんかつまんないと言ったその友達を「僕の教会はつまんなくないよ、一緒においでよ」といって誘い、今夜、毎週水曜日の夜にもたれている子供のプログラムに連れてきたのでした! 偉いぞ! 最近キツイことが続いていたターニャにとっても、大きな励ましになったと思う。嬉しい。ハレルヤ!

2004年2月26日

このたび6年ぶりに買い替えたデイパックが非常に使い勝手がよい。私は昔山岳部にいたこともあり、背中に背負うものの機能性には結構こだわりがある。また毎日の通勤に使うものでもあるので、今回はかなり注意深く調査をして機種を選定した。最低の条件は17インチのパワーブックが収納でき、そのほか本やノート数冊を入れることができること。今まではデイパックの他にラップトップのかばんを手にぶら下げていたので、ひとつにまとめて両手が使えるようにしようというもくろみである。実際に使ってみると、ラップトップのフィットはいいし(背中のすぐ後ろに専用のコンパートメントがあって、ジッパーを使って容易に出し入れができる)、見かけはそう大きくないにもかかわらず結構モノが入るし(全容量30リットル)、何より背負い心地が断然いい。ショルダーパッドにジェルが入っていて肩にやさしい上、パッドがS字型をしていて両腕を通すのがとても簡単だ。私にはめずらしく買い物にすなおに満足でき、とてもうれしい。(かばん屋のまわし者ではございませぬ。)

*****

「うーん、こーれは、変だ」。となりで翻訳をしているはちこがうなり声を上げたので、何かと思ってのぞいてみると、ははあ、こういうことって時々あるよなというケース。アメリカ人の名前のカタカナ表記である。今回のケースは「Sal (Salvadorの略だと思う)」。

11歳になるパメラは足を踏み鳴らして、玄関で待っていた父親のサルをにらみつけました。

なるほど、パメラは猿の子だったのか、と納得してしまう。(しないか。) しかもごていねいに、サルは何回も登場するのだ。考えてみると、私の友人にも、カタカナ表記ではちょいと問題がある、という名前の人は結構いる。どういう名前かは、あえて書きませんが。名前ばっかりは変えてくれというわけにもいかないので、翻訳者泣かせである。

*****

「Boundaries」の翻訳と関連して、21日の日記で子育てと境界線の話題を出したが、私の書斎の壁にはこれ(右の写真)が張ってある。5年前に亡くなった私の父が、私が13歳の時に私宛に書き残したものである。せっかくおやじが書いてくれたのだからと以来ずっと壁に張ってあるのだが、結構、無意識のうちに影響を受けていたかもしれない。しかし、最近「Boundaries」を読んだりその翻訳にかかわったりするうち、父が書き残したことの意味が新たな重みをもって「腑に落ちた」気がしている。それと同時に、今まで父の意図をちょっとはき違えていたかもしれない、という気持ちも。

自分なりに思うところがあったとすれば、それは特に「つまづいてころんだらひとりでたて。他人のせいにしたり、助けてもらおうと思うな」という第一点についてである。これを最初に聞かされたとき、私は、「自分の道は自分で切り開け。自分の力だけに頼って前進すべし」と解釈した。そして暗に、「自分の努力によって得たもので自分を満足させよ」という意味をそこに読み取っていたのである。そのせいかどうかはわからないけれど、中学高校時代、大学受験から卒業、そして大学院にいたるまで、才能の足りない部分は努力でなんとか切り抜けようというのが私のモットーだったと思う。しかし、やがて努力を続けることに息切れを覚え、自力ではどうにもならないことがあることを学ぶにいたり、限界を感じるようになる。これが私がクリスチャンになる背景として大きかったと思う。(くわしくはこちら) 

自分の力じゃなく神様の愛に頼るということが自然なライフスタイルになってからは、反動で私は父の書き残したことに結構批判的になっていたと思う。「愛によって助け合うのがクリスチャンだ。ひとりでたてとか、助けてもらおうと思うなというのはおかしい」と。しかし、「Boundaries」を読んでから、そうではないことがはっきりした。父が言いたかったことは、「自分で決めてやったことには自分で責任を負え」ということで、愛とか助け合いを否定するものではなかったのだ。この区別は人間関係に甘えやなれ合いを持ち込まないために絶対に大切だと思う。驚くことに、父が言っていたのは3点とも、「きちんとした境界線を持て」ということだった。最初の2点は自分を定義する境界線、最後の一点はその境界線を自分を守るためだけでなく、ほかの人との健全な関係を保つために使うように、という意味で。父自身が、人間関係で苦しんだ結果行き着いた結論だったのだろう。まさに金言である。

いまさらではありますが、おとうさん、ありがとう。(ぼ)

子らよ、父の諭しを聞け/分別をわきまえるために、耳を傾けよ。
 わたしは幸いを説いているのだ。わたしの教えを捨ててはならない。
 わたしも父にとっては息子であり/母のもとでは、いとけない独り子であった。
 父はわたしに教えて言った。「わたしの言葉をお前の心に保ち/わたしの戒めを守って、命を得よ。
 わたしの口が言いきかせることを/忘れるな、離れ去るな。知恵を獲得せよ、分別を獲得せよ。
                      箴言 / 4章 1−5節 (新共同訳)

2004年2月27日

「The Passion of the Christ(邦題パッション)」が25日に封切りになった。セキュラーなメディアをみても、相当な話題になっている。ロサンゼルスタイムスでは「国を二つにわけるような映画だ」というような映画評が、第一面に載ったらしい。

エミの7年生の社会科の授業では、毎日current event についてディスカッションする時間を持っているそうだが、昨日のトピックはThe Passion of the Christだったそうだ。封切り当日にこの映画を観てきた先生は「私はどの宗教にも一切関わりはないが」と前置きをしてから、この話題を呈示したらしい。エミの話しでは、先生はこれは史上もっとも残酷な映画だ、と言ったそうだ。この映画は、残虐なシーンなどがあって未成年にはふさわしくない映画につけられる「R」というランクがついている。封切りの翌日に、R指定の映画を7年生たちが観ているわけがないのに、この先生がPassion of the Christ をクラスディスカッションのテーマに選んだというのは興味深いことだなと思った。恐らく、この映画を観たことで、先生のなかに話題にせざるを得ないような、吐き出さざるを得ないような、強いリアクションが起きたのではないかな、と想像する。そのリアクションは、恐らく嫌悪感にも似た強い拒絶反応かもしれない。この映画の十字架シーンは、それはそれは残虐でグロテスクらしいから。

でも、いくらこの映画が残酷だといっても、血なまぐさい残酷なホラー映画は、今までにもたくさん造られてきたはずじゃないだろうか。それなのに、なぜPassion of the Christ は他の残酷映画にも増して、こんなにも人々の拒絶反応を引き起こすのか。それは多分、イエスという人物が肉片のように打たれ、刺され、嘲られ、殺されていく、その残虐な出来事の責任の一端が自分にもある、この残酷な処刑には自分も加担している、そんな思いを心のどこかでかすかに感じさせられるからなのではないだろうか。観る人は自分ではそうは思わないだろうけれど、それでも、心のどこか片隅で、奥底で、この出来事には自分が関与していると、本能的に(?)感知するのではないだろうか。巷のホラー映画なら、どんなに残虐でも、観る側はあくまで傍観者であり、「うわー、気持ちわるーい!」で済むけれど、Passion of the Christでは、傍観者では済まされない何かを感じてしまうのではないだろうか。だから、人々はこんなにも強いリアクションを示すのではないだろうか。

シカゴトリビューン紙に出ていた映画評では、Passion of the Christは霊的なバランスに欠けている、とあった。メル・ギブソンがこの映画で現したかった崇高なビジョンはわかるけれど、いかんせん、血なまぐさすぎて、この映画を通してでは観衆はイエスの愛の心に触れることができない、キリスト教が提唱しているはずの愛や恵みや栄光がまったく見えない、世の人々が必要なのは、血糊ではなく、愛と恵み、もっとバランスの取れた霊性ではないのか… という評を読んで、私は苦笑してしまった。端的にいえば、世の人々が求めているものは、イエスの十字架ではない、ということか。まったくその通り。この世の人たちが期待する「霊的」な映画は、観たときにいい気持ちになって「よし、私もクリスチャンになろう!」といきなり思えるような、そういうものなのだろう。ある意味で、今、この世の人たちがこの映画に対して感じている反発や失望は、2000年前にユダヤ人たちがイエス様に対して感じた失望や怒りに通じるものがあるのかもしれない。

ただ、この映画を観ただけでは神の愛や恵みがわからない、というコメントは、クリスチャンは心に留めておくべきだと思う。これはあくまで映画であり、ツールでしかない。この映画はゲッセマネの園から十字架にかかるまでのイエス様の最後の12時間を描いているのであって、これだけでは「福音」ではない。ノンクリスチャンの家族や友人をこの映画に連れていけば、みんな感動してすぐに救われるだろうとか、そんなふうに期待しちゃいけない。クリスチャンたちは、この映画を観たノンクリスチャンの人たちが感じるであろう違和感や嫌悪感、拒絶反応を理解し、彼らが持つであろう様々な疑問や困惑に対して、聖書からまっすぐ説明できるように、十分準備しておくべきなのだろう。

それにしても、まだ映画を観ていないのに今からあれこれ言うのもなんですね。(^_^;; チケットを入手したので、明日の晩、ぼぼるパパと二人で観てきます。子供たちには見せるつもりはありません。たとえどんなにイエス様の十字架の意味をわかっていたとしても、子供にとってはこの映画が持つ視覚的な刺激は強過ぎると思うので。

*****

さっき、プリンストン時代の友人から電話がかかってきた。彼女は今、三鷹にある某国際的な基督教主義の大学で教授をしている。今学期はUCバークレーで教えるためにアメリカに来ていて、東海岸であった学会の帰り、シカゴで乗り継ぎで、時間があったから電話をくれたそうだ。とっても嬉しかった。直接話すのは十年ぶりくらいなのに、まるで昨日の話の続きをするかのようにすぐに盛り上がって会話できる友達って嬉しい。日本の大学生の質は噂通り低下しているそうで、私はまるで幼稚園の先生みたいなのよ、と言っていた。「はい、授業中にポテトチップを食べるのはやめてね。お昼ご飯はもう片付けてね」と大学生相手にやらないといけないそうだ。それは疲れることだろう。

それから、40代になってすっかり立派な中年になってしまったわ、という話でも盛り上がった。最近、同年代の友人と話していると、必ずと言っていいほど出るのが人間ドックだの、コレステロール、体脂肪率、成人病、といった話題。(苦笑)いやはや、本当にもう立派な中年でございますよ。

2004年2月28日

きのうのFaculty Lunch(みんなでお昼を食べながら、スタッフが毎週もちまわりで自分の研究の発表をする時間)のこと。発表者のF教授が、大気中の粒状物質を測定する器材を学科のビルの屋上に設置するため、天井に穴をあけたと発言するや、先日の浸水で大被害を被った5階の連中からヤジがとんだ。

「もしかして穴をあけたのは、3週間前じゃないだろうな」

F教授は全然あわてず、

「いや、何ヶ月も前だよ。そのころから、5階にネズミがひんぱんに出没するようになったけれど。」

*****

その浸水さわぎでしばらく頓挫していた、私の流体実験室の建設はようやく出発点に到達しつつある。先週設備部門のマネージャーと会って実験室に必要なスペースと設備の概要を伝えておいたところ、青写真とともに返事が返ってきた。今は使われていない写真用の暗室を改造し、床排水や水制を取り付けるという案だ。しかし、壁を数面とりこわすなどけっこう大ごとになりそうで、「君の予算内でできるかどうか、まったく自信がない。というか、無理だろうね」と言われてしまった。もともと実験室となるスペースは現存の教室を流用するつもりでいたので、リモデリングの予算までは計上していなかったのだ。とってきた5つのグラントはすべて器材用のお金で、仮にリモデリングへの流用が許可されたとしても、部屋はできたが実験道具を入れるお金が残らないということになる。やれやれ。また、fundraisingに奔走しなければならないのだろうか。しばらく前に科学の夢はお金じゃないと息巻いたけれど、夢の実現にお金が必要なことも、また否めませんな。

*****

きょうの夜ははちことふたりで映画を観にいくことになっている。こんなことは何年ぶりかなあ。たしか、1993年にMrs. Doubtfire(邦訳ミセス・ダウト)を観にいって以来かもしれない。あのときは、よそのお宅でもたれたバイブルスタディーにはじめてエミをベビーシッターにあずけて出かけていったのに、日にちを間違えていて、時間があいてしまったのだった。それで、はちこの大好きなピアース・ブロスナンがちょい役で出てるという理由だけで、この映画を観に行ったったという次第。結局大した中身じゃなかったけど、二人で映画館に入るときちょっとわくわくしたのをよく覚えている。そのエミが大きくなって、こんどはベビーシッター役を買って出てくれるのだから、感慨深い。感慨深いといえば、あのころからのピアース・ブロスナンの飛躍ぶりも感慨深いけど。ちなみに、今晩観に行くのは、「パッション」。キリストの受難に関する映画だそうです。 (ぼ)

2004年2月29日

観て来ました、The Passion of the Christ.(ネタバレは困るという方は、今日の日記は飛ばして下さい。)噂通り、確かに血糊べったりの、視覚的にインパクトの強い残虐といえば残虐な映画でした。子供にはやっぱり見せられないですね。残酷さもそうだし、サタンの描写がかなり気味悪かったので。

映画全体としては、イエスさまが捕まってから十字架にかけられるまでを描くなかで、ところどころ、フラッシュバックで過去の出来事が映されるのが効果的でした。イエスさまが子供の時のシーンとか、まだ大工をしていた頃とか、群集に愛について教えている場面、弟子の足を洗っている場面、最後の晩餐の場面などなど。あと、母マリヤの描写が多かったのは、メル・ギブソンがカトリックだからかな、とも思いましたが、でも、母親なのですから、イエスさまが十字架にかけられるまで、ずっと寄り添って見守っていたのは当然だし、少しも違和感はなかったです。あと、ピラトの葛藤とピラトの奥さん、そしてクレネ人のシモンの描写が印象的でした。シモンはいなかから出てきたところで、多分、人だかりが出来ているから「なんだろう?」と野次馬心を起こしたのでしょうね、人だかりの中に入ってきたところでいきなりローマ兵士に「おい、おまえ! イエスの十字架をかつぐのを手伝え!」と呼び止められました。彼は最初は嫌がっていたのだけれど、イエスさまと一緒に十字架をかついで歩いているうちに、だんだん気持が変えられていったのでしょう、最後にはイエスさまを「もう少しです、頑張って!」と励ましていました。苦しみのさなかにいるイエスさまを励ますことができたなんて、クレネ人シモンは幸いな男だなと思いました。

イエスさまがむち打ちにされるシーンは本当に生々しく、特に先に熊手みたいなのがついた鎖のむちで打たれるところは、とても全ては直視できませんでした。身体中、むちで打たれて皮膚がめくれ上がり、肉が裂け、顔はボコボコに腫れ、とにかく全身血まみれ。血が糸を引きながらイエスさまの身体から流れるのです。

でもね、そういう情景は確かに残虐だし、イエスさまが拷問にあっている場面が延々と続くので、観ていてとても辛く、吐き気を感じるほどでさえあったけれど、でも、残虐というだけの映画なら、やっぱり今までにもこれよりすごいのがたくさんあったのじゃないかと思う。(普段そういう映画は一切観ないのではっきりわからないけど…)先日も書いたように、この映画を観たノンクリスチャンの人たちが「これは史上最も残酷な映画だ」と言うほどまでにdisturbされるっていうのは、やはり、血糊云々の視覚的な残虐さだけの問題ではないのでしょう。

この映画は伝道の強力なツールになると言われているし、私もそう思ったけれど、だからと言って、観た人たちがイエスさまを信じやすいようなストーリー展開になっているわけではなかった。ただ福音書に記述されている通り、イエスさまがどのように捕まり、訴えられ、理不尽に罪に定められ、処刑されたかを、淡々と、ありのままに描写した、そんな感じだろうか。それだけにauthenticityが感じられる。「聞く耳のある者は聞きなさい」という、まるでいつものイエスさまの語り口そのままだ。 このイエスの姿を見て、あなたが何を感じ、次にどんなステップを取るかはあなたの自由です、あなたは「イエスの死は自分に関係ない」と言って背を向けますか、それともその死の意味が何であったのか、探し求めることを選びますか、と言っているかのような… この映画には、観る人にそう迫ってくるものがある。

一方、クリスチャンにとっては、全く違った意味があるだろう。私たちはイエスさまの打ち傷が何のためであり、十字架が何を達成したのかをすでに知っているのだから。この映画はイエスさまの地上での最後の12時間を描いたものと聞いていたので、てっきり十字架にかかって死んでしまってそこでおしまいなのかな、と思っていたのだけれど、嬉しいことにそうではなかった。一番最後に、墓のふたをしていた大きな岩が転がり、墓のなかにはイエスさまの遺体を包んでいた布がからっぽの状態で残っているのが映された。そして元通りの美しい顔のイエスさまの横顔と、釘の痕がある手の平が画面に大写しになって映画が終わった。最後の最後にほんのちょっとそういう場面があるだけなのだけど、やはりそれがあるのとないのでは大違いだもの。

映画を観ている最中、そして見終わった直後は、やはりあまりの迫力に、私は身体中の力が抜けたようになってぐったりしてしまった。けれど、後からいろいろ思いを巡らせているうちに、喜びと力が沸々と湧いて来た。十字架の上で「It is accomplished」と言われたイエスさまの言葉に、イエスさまが勝ち取られた大勝利のリアリティーが、心のなかにぐっと迫ってきた。そして血潮。 イエスさまの血潮! これでもか、これでもかといわんばかりに血しぶきが上がり、身体中から糸を引いて滴り落ちていたイエスさまの血潮! 私の罪は全てこの血潮によって代価が完全に支払われ、私はこの血潮によって覆われているんだ。何てすごいことなんだろう! そんなことを考えていたら、辺りがイエスさまの栄光の輝きに満たされて、私はもう、ひれ伏して、イエスさまの足下にしがみついて、何度も口づけをしたい気持ちになった。 ああ、主よ、ほふられた小羊よ、あなたを心から礼拝します!

You have won the Victor's Crown.
You have triumphed over sin and death.
Your Name is lifted high and rings through all the earth
Every demon, spirit of hell trembles
when Your mighty Name is heard
and we Your church enforce Your victory in the world

Oh, the glory of Your Name, the splendour of Your Name
and none can compare with the power of that Name
You are Jesus, You are Lord, You are God!

YOU ARE JESUS, YOU ARE LORD, YOU ARE GOD!!

今までの日記のインデックス

最新の日記

このページへのリンクは御自由にどうぞ。
http://NakamuraFamily.net/diary/diary_current.html