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ぼぼるパパの日記はこちら
2003年4月1日今日はいいお天気で、気温も25度以上に上がったらしい。先週末は寒くて、みぞれが散らついたほどだったのに。明日あさっては予報によるともっと暖かくなる予定。でも週末はまた寒くなるんだって。シカゴの春は、とにかく気温の上がり下がりが激しい。そして、竜巻の季節の到来でもある。地震も恐いけど、竜巻も恐い。 とにかく今日はいいお天気だったので、子供たちを連れて家の真向かいにある公園に行った。どうも夕べ雨が降ったのか、水たまりが出来ているところがあった。子供は水たまりをみると飛び込みたくなるものらしく、ケンスケもたちまち走っていって、足で水をばしゃばしゃ跳ねかせて遊んでいた。やめてって言ってるのに。しかし、足でばしゃばしゃやるだけならよかった。何を思ったのか、彼は突然地面にひざをついて四つん這いになった。そして、あろうことか、顔を水たまりに近付けて、泥水をピチャピチャとなめ始めたではないか! 犬じゃあるまいし。 私はきゃああああと叫んで飛び上がりましたよ。 上の三人も小さいときはそれぞれ手強かったけど、ケンスケは別格だなぁ。 やっぱり犬介だからかなぁ。 あっ、これ、4月1日ネタじゃないですよ。実話です。 2003年4月4日joy♪さんちでG1ミニストリーのHPがリニューアルされたことを知り、早速訪問。すごいすごい、佐藤ひろみさん著の『夫の救いを「祈る」とき』の一部がオンラインで読めるようになっている! そのうち全文も公開される予定だそうです。うちのHPのリンクにも追加しました。joy♪さん、情報感謝します! リンクといえば、香港在住のまりやさんのHP『Chinese Soup』もリンクさせていただきました。香港にお住まいなので、今大流行しているSARSによる影響は大丈夫か伺ってみたところ、今のところ御家族の皆さんは大丈夫だそうですが、やはりかなり緊迫した状態であるようです。SARSに関することをまりやさんご自身もHPで書いておられます。こちら。皆さんがマスクを着用しながら礼拝に参加されている写真に、切実なものを感じると同時に、このような危機のなかにあっても主に信頼と希望をおいていらっしゃるその信仰に、励まされました。これ以上感染が広がらないように、感染者と御家族のために、恐怖からくるパニックなどが起きないように、教会のために、などなど、まりやさんと共にお祈りしています。 ●Chinese Soup まりやさんのHP それから、まりやさんのサイトのレシピのコーナーで紹介されている油菜(ヤウチョイ)、これは簡単で美味しくて、我が家で試したところ大ヒットでした。私は白菜、ちんげん菜、チューニップグリーンでそれぞれ試してみましたが、どれもグッドでした! ***** この頃ケンスケの語彙がどんどん増えていてとても面白い。毎日何かしら新しいことを言っている。ほとんどが英語だけど。最近の可愛いヤツは、何かおねだりするときに「プリーズ、プリーズ!」と両手を組んでお願いのポーズをとり、駄目だとなると、いかにもがっかりした口調で首をうなだれながら「あ〜あ」と言うこと。これ、明らかにま〜や姉の受け売りだなぁ。(笑) ***** 『女性のためのヤベツの祈り』の校正原稿が届いた。今月11日には入稿したいとのこと。(実は素人の私には『入稿』の意味がよくわからない。印刷に回すということ?)この一週間はまた忙しくなるかな。 2003年4月5日エミを連れてお買い物に行ってきた。春物の上着が必要だというので。ぱっと行って、さっと帰って来たかったのに、結局一日がかりになっちゃった。私もファンデーションがきれかかってたので買ってきた。エスティーローダーのやつ。滅多にお化粧しないから、一回買うと一年以上もつの。それって、異常? Plesures(香水)のサンプルもらった。嬉しいな。でもやっぱり私はIntuitionの方が好き。おととしイギリスで買って、以来ずっと愛用してます。 明日からDay Light Saving。夏時間が始まる。今夜は早く寝なくちゃ。一時間損しちゃうんだから。 ***** 今日はものすごく嬉しいメールと、かなりショックなメールが来た。嬉しかった方は神様に感謝して、ショックだった方は神様に委ねて。ああ神様、これはあなたの偉大な力が働かれるための突破口なのだと信じます。委ねます。どうかあなたの業をなさってください。あなたの子供を完全に守ってください。 ***** 昨日御紹介したG1ミニストリーのサイトですが、『夫の救いを「祈る」とき』は、現時点ではまだ一部分だけが読めるようになっているそうです。でも、いずれは全文が公開になる「予定」だそうです。よって、昨日の日記の文章を訂正しておきました。 2003年4月6日みんが金曜日から熱を出している。金曜日の朝は学校へ行ったのだけれど、1時間もしないうちに保健の先生から電話がかかってきて、「熱があるので迎えに来てください。」熱があるの学校に行かせてしまったのか、私は。(^_^;; 実は先週はISATと呼ばれるイリノイ州の州下一斉標準テストがあったので、私は休ませようとしたのにみんが自分から行くと言ったのでした。保健の先生から電話があった時点では100.3度(38度弱)だった熱が、午後には103度(40度近く)にまで上がった。土曜日の午後になったら喉も痛いと言い出したので、多分溶連菌だろう。みんの学校でこの1ヶ月くらいずっと流行っていたが、ついに来たかという感じ。今日になったら今度は手足に細かい赤い発疹が。スカーレットフィーバー(溶連菌感染症の一種)だ。今朝は私とみんは教会にはいかずお留守番。明日にはお医者さんに連れていってあげないと。 そういえば、シカゴでもチャイナタウンでは住民の間でSARSへの恐怖が広がっているらしい。シカゴ市内ではまだ感染者は出ていないものの、近郊で5人ほど疑わしい患者さんがいるそうだ。 ***** 洗面所で水遊びをしていたケンスケ。ビシャーン、ビシャーンという水の音がするので覗いてみたら、コップで床に大量の水をぶちまけている。「ケンスケ! 何してるの!」と声をあげると、彼はすました顔で「I spilled.(こぼしちゃった)」 「spilled じゃないでしょ、そういうのはdumpedっていうのよ。 You dumped water on purpose, didn't you?(わざと水をぶちまけたでしょ?)」と言うと、おっとすみません、間違えました、とばかりに真顔で「I dumped.」と訂正するケン。違うでしょー。そういうことを言ってるんじゃないのよ。(^_^;; 2003年4月7日うちの教会の牧師探しのプロセスが本格的に始まった。『教壇委員会』と名づけられた10人のメンバーからなる委員会が設置され、送られてきた履歴書を読んだり、最終候補に残った人たちを面接したりする。ごちゃごちゃするので詳しい説明はしないけれど、このやり方はアッセンブリー教団のイリノイ地区の担当の人から勧められたやり方。で、男性と女性、いろんな年令層の人たちが代表されるような委員会にしたいから、と役員会から声がかかって私もこの教壇委員会のメンバーに入っている。 今日は第一回目の会合。あらかじめ渡されていた30通近い履歴書を、ひとつひとつみんなで見て、YES, NO, MAYBE の3つにわけるところまでをやった。これは、私たちの気にいる牧師を自分達で見つけるためのプロセスではなく、すでに神様がうちの教会の牧師として任命しておられる人を発見するプロセスだ、との説明が一番最初にあった。みんなで心を一つにして、へりくだって祈りながらのプロセスだ。聖霊様のdiscernment がありますように。次回の会合は4月の下旬。 ***** みんはやっぱりスカーレットフィーバーだった。驚いたことに、みんのクラスでは今日、25人のうち8人が欠席だったそうだ。やっぱり流行っているんだなー。お医者さんから、他の3人(我が家の)もそのうち発症するかもしれないよ、と言われてしまった。感染力が強いんだって。(^_^;; *****
2003年4月8日ちょっと探し物をして、自分の過去日記をがさごそ掘り返していたら、こんな言葉が目にとまった。
これは去年ケンブリッジにいた時に、日本語聖研に来ておられたT先生がおっしゃった言葉。なんて鋭いところを突いているんだろう。私の座右の銘にしたらいいかもしれない。信仰が信念の塊になるときとは、イエス様を置き去りにして『私は…、私は…』に陥っている時だと思う。それから、「私はこんなに確固たる信仰を持っている」というような自己満足と高慢。『真理』の名のもとに、何かを主張したくなっている自分がいたら、要注意かも。 ***** ぼぼるパパが自分の日記で、先日のローマ・ギリシャ旅行のスナップ写真を少しずつ紹介していく、というのを始めた模様。 2003年4月10日夜、ま〜やとケンスケをお風呂に入れてたときのこと。まずケンを先に出してタオルで拭いて、それからおむつをして…と思ってちょっと目を離すと、たちまち「キャキャキャキャ…」と笑いながらバスタブに向かって突進していき、またお風呂のなかに入ってしまった。(日本のお風呂じゃあり得ないだろうけど、アメリカのバスルームだとあり得るんです。)「せっかく拭いたのに、また濡れちゃってー」とつまみあげて、もう一度拭いて、今度こそおむつをしてパジャマに着替えさせた。 ま〜やは一人でできるというので、私は隣接の寝室で、用事をしていた。するとま〜やの「キャー!」という悲鳴。続いてケンスケの嬉しそうな笑い声。嫌な予感がしてバスルームを覗くと、パジャマ姿のケンスケがバスタブのお湯のなかに座って笑いこけていた。しかも背中にはぬいぐるみの入った子供用のリュックをしょって。パジャマのままでお風呂に入らないでよ〜。(泣) その後、濡れたままでバスルームのタイルの上を走って逃げようとしたケンスケは、すべって転んで大泣きしました。 ***** 何だか疲れてソファにぼーっと座っていたら、ケンスケが近寄って来て、両手を組み首を右45度に傾けながらこう言った。「ジーザス?」 まるで、「どうしたのママ? ジーザスにお祈りしようか?」とでも言ったみたいに。 そう、ケンスケが「お祈りしようよ」と言ったつもりなのは間違いない。「そうだね、一緒にお祈りしようか?」 私が言うと、ケンは隣にちょこんと腰をかけ、両手をひざの上で組んだまま、目をギュッと閉じた。鼻の上やおでこがシワシワになっちゃうくらい、ギュッと閉じた。 声に出してお祈りしながらチラチラとケンスケを盗み見ると、彼は鼻の上にシワを寄せたまま、首をしきりと上下に振っている。なーんか笑っちゃう。よく見てるんだなぁ。お祈りし終わって「アーメン」と言うと、ケンスケも元気よく「アーメン!」 それから「アゲイン!」「もう一度お祈りしたいの?」「ヤー。」もう一度お祈り。「アーメン」「アゲイン!」もう一度お祈り。「アーメン」「アゲイン!」それを数回繰り替えしたあと、おもむろに「ノーモア」と言うや、彼は駆け出していった。 2003年4月12日ああ、今日は忙しかった。午前中は9時からワーシップチームの練習、それから10時から昼過ぎまで、ミッショネットのリーダーシップトレーニング。午後も、家に帰って来てからミッショネット関連の準備をいろいろやって、それから娘たちを連れて買い物。学校の宿題に必要なものとか、春物のくつとか。エミが気に入ったくつがなかなか見つからなくて、3件もはしごした。 今、ストーミー・オマーシャンの"Greater Health God's Way --7 steps to Inner and Outer Beauty" という本を読んでいる。ストーミーと言えば、夫のための祈りとか子供のための祈りに関する本が日本語にも翻訳されているが、健康に関する本も書いていたんですねぇ。(彼女はクリスチャンになる前は、ハリウッドで大部屋女優&歌手をしていたらしい。ほほぅ。) 彼女が勧める健康への7つステップは、シンプルかつプラクティカル、そして霊的にも啓発的でとてもいい。ちょっと御紹介すると…
本を読み終わったらまたもうちょっと詳しく紹介してみたいですね。 40才になってから健康管理を意識して考えるようになったと以前も書いたけれど、健康オタクに陥ることなく、心と身体の健康をバランスよく保てたらいいなぁとしみじみ思う、今日この頃。 2003年4月14日みんの溶連菌は、思ったほど症状も重くならず、抗生物質がただちに効いて、先週の水曜日からすでに学校にも復帰している。他の子たちにもうつるんじゃないかと心配していたが、今のところみんな元気なので感謝。うちの子供たちのことを覚えてお祈りしてくださった方々には心から感謝します! ***** ケンスケのヘアカット。ほんのちょびっとしかない髪の毛だから、私がサササッとやった。動くからあまり上手に出来なかったけど、暑苦しくなければいいのよ。 今、私の背後ではテレビでNHKの連続ドラマ「こころ」をやっている(衛星放送)。 おお、仲村トオルが出ている。 なんと、中学生の子供がいる役だ。ケンスケは生まれたばかりの頃、仲村トオルに似ていると思ったんだけど、今では全然似てない。大きくなったらまた似てくるだろうか? (それはないって… (^_^;; ) ***** 昨日まで寒かったのが、今日になったら突然気温があがった。30度くらいまであがったんじゃないかな。気温の上昇にあわせて、家の中には大量のアリが入ってきた。数年前にキッチンの改築をして以来、毎年春から夏にかけてアリが入ってくるようになってしまったのだ。イギリスに行く前の年にはプロの駆除を頼んだのだが、値段ばかり高くてちっとも効果がなかった。それに今年はケンスケがいるから、ヘタな薬品は使いたくない。とりあえず市販のディスク型のアリ退治のエサをいくつか置いているのだが、アリたちはそんなものにはまったく目もくれない。何か安全で効果的なアリ退治の方法はないものかとネットで検索してみたけれど、どうも見つからない。代わりにこんなページを見つけた。そう、きっとこのイエヒメアリってやつだと思う。2ミリくらいの小さいアリ。う〜ん、手強そう。このページによると、ベビーパウダー(トルク)がアリ除けには効き目があるらしいが、駆除は出来ないそうだ。どなたか、いいアリ退治の方法を御存じの方がいらっしゃいましたら、是非ともご教示ください。 ***** とりあえずベビーパウダーを撒いてみた。これだったら臭いは気にならないし、間違えて踏んづけてもそんなにヤじゃない。ただし、子供が顔を近付けて吸い込んだりしたらやっぱりよくないけど。(余談ですが、赤ちゃんにはベビーパウダーは使わない方がいいそうです。赤ちゃんがパウダーを吸い込んで危険なんだそうです。うちにあるのは、もっぱら大人がデオドラント代わりに使っていたもの。)アリの列をたどっていくと、どこから侵入しているのか、だいたいの見当はつく。この壁だ!という壁にそって、パウダーを撒く。それから、キッチンの方に侵入されないように、部屋の入口のところにもパウダーで線を書く。さて、これで明日の朝にはどんな具合になっているか。 2003年4月15日ぼぼるパパの日記でちょっとずつ紹介されているローマ&ギリシャの写真が美しい。10日間の旅行中、初日を除いては毎日晴天だったそうで、空は青いし、海はエメラルド色だし、いいなぁ、私も行きたかったなぁ! ***** 明日はみんの学校のサイエンスフェア。今、隣室でパパが明日の質疑応答のセッションに備えてみんを特訓している。エミのときもそうだったっけ。 ところでみんは、最近メガネを作った。目をショボショボさせることが多く、いかにもよく見えていなさそうだったので、目医者に連れていったら案の定… でもエミと違ってかけっぱなしではなく、学校で授業中の黒板が見えないときだけでいいとのこと。本人はメガネをいたく気にいっている様子。 ***** ベビーパウダーの効き目はてきめんでした。しかし、今度はパウダーを撒かなかった壁から侵入したらしく、部屋の反対側にウヨウヨと長蛇の列が。そこで再びベビーパウダーをパフパフパフ。ところがやっぱり調子にのって撒き過ぎると、パウダーの細かい粒子が空気中に散ってしまう感じで、あまり身体によくない気がする。…と思っていたら、今朝、NY在住のTさんからベイキングパウダーを使っても同様の効き目があるらしいとの情報をいただいた。ベイキングパウダーの方がベビーパウダーより良さそう。情報感謝です! ***** 3月24日の日記で、ある人に「十字架につけられたキリスト」を宣べ伝えなさいと迫られている、と書いた。その後も祈りのなかで、その迫りは一層強くなったので、思いきって示された通りに、ある人に「十字架につけられたキリスト」について、率直に語ってみた。するとその人はあっさりと(?)イエス様を救い主として、主として受け入れた。ハレルヤ! ところが問題はそこからで、イエス様を伝えた以上、私がその人の霊的成長にも責任をもたなくては、などと妙に肩に力が入ってしまった。 しかし、肩に力が入ったまま数週間が過ぎた頃、第一コリント3:6、7が示された。
ああ、そうだった。この人に関して、私は植えるように、そしてもしかしたら水を注ぐようにと召されたのかもしれないけれど、成長させてくださるのは神様なんだよね。すぐに神様の仕事を横取りしようとする私がいる。このことに気がついて、とても楽になった。それにパウロがこうも言っているしね。
神様の約束に喜びつつ、感謝しつつ、私は示されたことを一歩一歩やっていけばいい。そして叫ぼう、「これは神様です、神様がなさっている御業です!」 2003年4月18日寒い! つい先日には真夏日のように暑くなったかと思いきや、昨日今日と、すっかり冬に逆戻り。いつまでたってもダウンジャケットが片付けられない。(泣) ***** 毎日バタバタと忙しい。みんとま〜やのアイススケートの発表会が5月の半ばにあり、今はその練習でそれぞれが週に二回ずつレッスンに通っている。送り迎えするのも大変。夕べはエミの友だちのエヴィが泊まりに来た。だけどうるさい妹たちと弟にずっと邪魔されっぱなしだったみたい。お姉ちゃんはつらいね。 忙しいと言っているわりには、ここ数日きよきよさんちの掲示板にお邪魔させてもらっていた。日記には戦争に関わることはあえて書かずにいるけれど、やっぱりいろいろ考えさせられることがあって。(もっとも、私のなかで一番気になっていた部分はメールでやりとりさせてもらったのだけれど。)下のリンクは、きよきよさんが現在執筆中の『聖書のなかのイラク』というエッセイ。まだ執筆途中だけれど、それでも十分読みごたえあるところまで書かれているので御紹介。(このエッセイのなかで「バビロン」が出てきますが、バビロンとは古代イラクのことです。) それから、ルークさんがこの戦争に関して神様の「うめき」という観点から書いておられる。 ●Dr. ルーク・カラサワ イラク戦に関して - 神の心と預言の成就 - きよきよさんもルークさんも、それぞれ強調点やアプローチの方法には違いがあるけれど、共に素晴らしい主の器だと思う。お二人にはいつも感謝です。 戦争といえば、先日メールをいただいたゆきこさんから、御主人がもうすぐ無事に帰還されるとの連絡をいただいた。良かった。とっても嬉しい! 主よ、感謝します。 ***** 今度の日曜日は復活祭。今朝、マルコの福音書から、最後の晩餐からゲツセマネの園へ、そして十字架にいたるまでの箇所を読んでいた。そのなかで特に心に響いた二ケ所。
どちらもイエス様のセリフ。「人の子」とはイエス様のこと。この世の中は確かに聖書の預言通りに動いている。人間が自分の知恵の限りを尽くし、いかなる動機で動いても、結局は聖書に書かれている通りになる。でもだからといって、私たち一人一人が自分の行ないについて神様の前で責任を問われることがない、というわけではないのだ。イエス様が神様のご計画通りに十字架にかかるために、ユダの裏切りはいわば鍵となったわけだが、それでもその裏切りはユダが自分で選んだ行為であり、それゆえに彼はのろわれる者となった。今や誰がどちらの方向に向かって進んでいるのかよくわからないような時代になってしまったが、私にも常にイエス様に従うか、イエス様を裏切るかの選択の余地があるのだと思う。何があってもイエス様の側についていきたいものだ。 それから、今の時代は神様にとって、終わりの時に向かっての産みの苦しみの時。イエス様の十字架の贖いの成就と重ねてみるなら、ちょうどゲツセマネの園にあたるのかも、などと思ってしまった。ルークさんも書かれているような神様のうめきのなかで、私も誘惑に陥らないように、目をさまして祈り続けていたいと思わされた。 2003年4月19日今日も長くて短い一日だった。午前中はセーラのベイビーシャワー。ベイビーシャワーとは、出産を控えている人のために、女性の友達や親戚たちがプレゼントを持ち寄って集まるパーティー。赤ちゃんをテーマにしたゲームもやったり、軽食を食べたりもする。セーラは5月末が予定日だが、体重はまだ17ポンド(7.6キロ)しか増えていないらしい。偉い! アメリカでは妊娠中の体重増についてはあまりうるさく言われないけれど、彼女は高血圧のため厳しくチェックされているそうだ。ちなみに、私の友人で妊娠中に100ポンド(45キロ!)増えたという人もいる。 夕方からは日本語聖研。場所はうちからちょっと遠くて、車で1時間あまりかかるけれど、いつもとても楽しい。ノンクリスチャンの人たちも3人いて、彼らのつっこみ、鋭い質問などがまた良い。 さて、明日は復活祭! 朝が早いので、今夜はもう寝ます。 2003年4月20日Happy Resurrection Sunday!* 今日は復活祭。 まず朝8時から証と賛美の時間を含む朝食会があった。テーマは "I Live!" イエス様の復活のいのちを通して、私もまた生きている、という意味。証をしてくれたのは韓国人のロン(仮名)さん、チャド人(アフリカ)のトマソンさん、それからアメリカ人のトミーさん(仮名)とマリアン(仮名)さん。みんなバックグラウンドは様々だけれど、イエス様がそれぞれの状況のなかで、いかに「生きていく希望と勇気と喜び」を与えてくださっているかがよくわかり、本当に感謝だった。たとえば、ロンさんは7才のとき戦争で御両親を亡くし、道ばたで泣いているところをアメリカ兵にひろわれ、数年間、米軍のなかで養われた。そして13才で単身でアメリカに渡った。苦しいこと辛いこと、たくさんあったけれど、アメリカに来てクリスチャンになり、結婚し、今では奥さんと二人の子供と7人の孫に囲まれて暮らしている。マリアンさんは若い頃、ギャングまがいの暮らしをしており、一人めの子供を妊娠中、相手の男性が敵対する人によって殺害された。自分もまた殺されるのではないかという恐怖のどん底にいたとき、イエス様に出会って平安を得た。今ではクリスチャンヘビーメタルバンドを率いる御主人(しかし本職は歯科技師)と一緒に、家庭を解放し若い人たちにどんどん福音を伝えている。トミーさんは典型的アメリカ人で、長い間名前だけのクリスチャンだったが、数年前に奥さんと共にイエス様に個人的に出会った。そしてタバコやアルコールの依存から解放され、御家族も、娘さん、お母さん、お父さん、妹、甥、姪、と次々と救われ、今や家族で救われていないのは弟さんだけだそうだ。 復活… それは、今までの古い自分をイエス様と共に十字架につけ、死にわたし、今度は蘇られたイエス様と共に新しい命を生きること。新しい始まり、人生のセカンドチャンス。しかし、『復活』とは単なる象徴ではない。十字架につけられたキリストは、墓に葬られ、三日後に蘇られた。それは実際に起きたこと、事実なのだ。復活の日曜日に蘇られて墓から出てきたイエス様は、今日も生きておられる。イエス様が今日も生きておられるから、すべてのことに意味がある。
*ところで… 復活祭のことを英語ではEaster というが、語源はヨーロッパ西北部の宗教が祝っていた春の祭りの女神、Eostre(またはOstara)の名前なんだそうだ。クリスマスにしても復活祭にしても、キリスト教が宣べ伝えられていくにあたって、それぞれの土地の土着の宗教の慣習がキリスト教のなかにいろんな形で取り入れられてきた。たとえばクリスマスにモミの木を飾る、などのように。それが悪いことだとは特に思わないけれど、イエス様の復活を祝う大切な日のことを、他の宗教の女神の名前で呼ぶのはやっぱりちょっと…と思ってしまう。 そんなことを思っていたら、今朝の礼拝でもこの話題が出て、やはりイースターとは言わずに、もっとはっきりとResurrection Day (またはResurrection Sunday)と呼びたいものですね、と司会者が言った。賛成! だから私は今年からはEasterとは言わずにResurrection Sunday と言うことにしようと思う。日本語で言うならもちろん『復活祭』だ。幸いにも日本語ではそのものズバリの名称がついているのだから。(ちなみに、Resurrection--レザレクション--とは『復活』という意味です。) 2003年4月22日みんがスケート教室のテストにパスして、次のセッションでは一つ上のレベルに上がることになった。これはなかなか快挙で、先生によると、このレベルのテストを一回でパスするのは非常に珍しいことらしい。今日みんのクラスでパスしたのはみん一人だけだった。ガラス窓ごしにテストの様子を見ていたら、他のお母さんたちがみんを指さして、「あのブルーのウェア着てる子、あの子とっても上手ね」なんて言っているのが聞こえてきて、私は鼻がモゾモゾしてしまったぞ。(笑) そんなわけで上機嫌でスケート教室から帰って来たのだが、ドアを開けて部屋の様子を見るなり、私は悲鳴をあげた。何度もあげた。今日はパパが家にいたし、夕方でエミもいたので、ケンスケは二人にまかせて家においていったのだが、私の留守中にケンスケがとんでもないことをしでかした。油性ペンで、床、カーペット、家具、キッチンのキャビネットなどにぐちゃぐちゃのいたずら描きをしてくれたのだ。部屋にはま〜やとケンスケの二人だけがいて、パパもエミも二階の部屋でそれぞれ自分のことをしていた。「ケンスケよろしくね、って言ったのに! どうしてほったらかしてるのよ!」私は二人にさんざん文句を言った。壁だったらペンキを塗り直せば済むことだけど、家具やキャビネットだとそうはいかない。あまり強い薬品を使ってゴシゴシこすったりしたら、もともとの塗装まではげてしまう。とりあえず刺激の少なそうなラビングアルコールで拭いてみたところ、かなり落ちたけれどそれでもまだうっすらと残っている。これ以上は多分無理だろうな。がっくし。かなりショック。 エミも、パパがいなければもっと責任をもってケンの面倒みてくれただろうと思うけど(いつもはそうだから)、今日はパパがいたから油断したのでしょう。一方パパは、私に「よろしくね」と言われたところで、仕事中だったら右の耳から左の耳に抜けていってしまうのだろうから、まかせたつもりになっていた私がバカだった。(泣) 考えようによっては、いたずら描きですんだからよかったのかもしれない。事故じゃなくてよかった。 それに、ケンのいたずら描きに関しては、今までにきちんとしつけておかなかった私の責任であるともいえる。ケンにはたくさんの前科があるのだが、壁にクレヨンで描かれたときは、塗り直せばすむと思ってあまり厳しく叱らなかったし、テレビのブラウン管や窓ガラスに描かれたときも、わりと簡単に拭き取れたのであまり厳しく叱らなかった。もちろん厳しい顔で「いけません」と諌めたのだけれど、それだけでおしまいにしたのが間違いだった。(悔) 簡単に落ちるからとか、塗り直せば済むという問題じゃなくて、壁やら家具やらにいたずら描きをしてはいけない、ピリオド。と教えるべきだった。ケンにとっては、壁だったら塗りなおせば済むけど、家具だとそうはいかない、なんて理屈は通用しないのだから。 あーあーあー。 今回一番痛い思いをして学んだのは私か。やれやれ。 ***** 今週、子供たちの学校でブックフェアというのをやっている。これはPTAが資金集めの一環として毎年やっているもので、売り上げの一部がPTAの収益となる。しかも、本は定価の3割り引きで売られているので、買う側にとってもお得。子供たちは学校にお金を持っていって好きな本を選んで買う。昨日みんが「ブックフェアに『さくら』という女の子が主人公の本があったから買ってもいい? 日本人の女の子のお話なの」と私に聞いた。数年前に「サチ」という女の子が主人公の、千羽づるに関するお話をブックフェアで買ったことがあったのを思い出し、きっと良書に違いないと思って私は「いいよ」と答えた。 今日、学校から帰ってきたみんは「『さくら』の本を買ってきたよ!」と嬉しそうにその本をみせてくれた。どれどれ、と手にとってみると、タイトルは「Card Captor Sakura」 表紙にはマンガ調の女の子のイラストが。 なんと、日本で人気らしいアニメ『カードキャプチャーさくら』の英訳本だった。がくっ。 2003年4月23日ケンスケと二人で公園に行った。手をつないで芝生の上を歩いていると、ケンスケが突然立ち止まり、そしてしゃがみこんだ。 「エアーンツ!(ants アリ) 、ココ!」ちっちゃな指がさしているのはタンポポ。私もしゃがみこんで覗き込むと、なるほど、数匹のアリがタンポポの花の上を忙しそうにモゾモゾ動いている。じぃーっと見つめるケンスケ。 「エアーンツ、カイカイ?」 ケンスケは首をかしげる。 思わず笑った。 アリが手足をモゾモゾ動かしている様子が、ケンスケには痒がっているように見えたのか。子供の発想って、ほんと、見事だ。 アリを見つめるのに飽きると、再び立ち上がって今度は公園の端っこの方まで探検に行く。公園に隣接する家には黒い大きな犬がいる。私たちが近付いていくと、気配を察したのか、柵の向こうで吠えた。あまり高くない柵で、その気になればこの犬には簡単に跳び越せそうな高さだ。実際犬は両手を柵の上にかけ、こちら側を覗いて唸っている。 「コワイ、コワイ」ケンスケは回れ右をすると、急ぎ足で歩き始めた。私もちょっと恐くなって、後を追った。ケンスケは脇目もふらずにどんどん歩く。公園の反対側の端までくるとようやく立ち止まり、フーッとため息をついて言った。「アー、コワイ、ドギー (doggy ワンちゃん)」 普段は向こう見ずのくせして、案外臆病だったりもする。一息ついて、次にケンスケの視界に入ったのはジャングルジム。 「チョライ、チョライ! (Try) 」手をかけて一人でよじ登り始めた。しかし半分もいかないうちにうまく進めなくなって立ち往生している。 「チョライ、チョライ、プリージ、マミー、ヘルプミー。プリージ。(やりたいの、お願い、ママ、手伝って)」 ケンスケにプリージと言われたら断れないママ。この年になってジャングルジムには登りたくないが、放っておくわけにもいかない。ケンスケの背後から手を伸ばし、支えながら上まで登るのを手伝った。実は私も落ちそうで恐くて、脇腹がつりそうになった。(^_^;; 一番上の台まで登りつくと、「I did it! (やったー!)」と喜ぶケン。 上までくると、今度はそこから伸びている滑り台を滑る。プラスチック製なので、下まで滑り降りると静電気で髪の毛が総立ちになる。 「バチッ!」 私が不用意にケンスケを抱きとろうとしたら、静電気で火花が散った。「イターイ!」肩をすくめるケン。 あちこち登ったり降りたり、座ったり歩いたりしてひとしきり遊んだあと、自分のお腹をポンポンとたたいて「ハングイー!(hungry) 」「お腹すいたの? じゃあお家に帰っておうどんでも食べようか?」「ヤー。」 来た時と同じように、手をつないでまた歩いて帰る。 ケンスケ、2歳1ヶ月。 ***** 今月出産予定だったアンジーとベッキーが、先週の木曜日と金曜日にそれぞれ帝王切開で出産した。アンジーの方はお腹の赤ちゃんが大きくなりすぎているとかで、予定通りの帝王切開だったが、ベッキーの方は、最後の最後まで自然ぶん娩を目指したあげく、どうしても駄目で結局帝王切開になったという大変なパターンだったらしい。4センチまでは子宮口が開いていたそうだが、促進剤を使ってもそれ以上開かなかったらしい。そういうこともあるのか。生まれた赤ちゃんは二人とも大きくて、どちらも4キロ以上。見るのが楽しみだなぁ。アンジーは両親も同じ教会で、すぐ近くに住んでいるが、ベッキーの方はそうではないので、土曜日に食事を作って持っていくことにした。1週間くらいは毎日、教会の誰かが御飯を作ってもっていってあげることにしている。私のときも何度か持ってきてもらってとても助かったものだった。産後は、御飯を作って持って来てもらうのが一番嬉しかったよ、私は。さて何を作ろうかな。チキンの照焼きとカイザーロールと、サラダとデザートとか、そんな感じかな。アメリカ人向けだからね。でもドレッシングは米酢とお醤油を使った和風にしてみたりして。隠し味にガーリックパウダーをひとふり。アメリカ人にも結構うけるんですよ、これが。 ベッキーの御主人のジョンは、産休が二週間とれたそうだ。今頃二人で赤ちゃん相手にあたふたしてるんだろうな。なつかしいな、エミが生まれた時のことを思い出しちゃった。そう、ベッキーは金曜日の夜に帝王切開して、月曜日にはもう退院したんだって。びっくり。 2003年4月24日今夜は『教壇委員会』があった。祈って、考えて、話し合って、また祈って… 二時間にわたるミーティングが終わってから、ロブがポツリと言った。「教会というものは、やっぱり神さまによって召され、立たされているものなんだなぁ。だってさ、我々みたいに、自分でも何やってるのかわかってないような連中が集まって、あーでもないこーでもない、とやっててさ。もし神さまの御手が置かれているんでなければ、教会なんてとっくの昔に地上から消え去ってるよ。我々はこんなに欠けだらけで無知無力な者でありながら、ひとえに神さまによって立たせていただいているから、こうして存続していられるんだねぇ。」本当にそうだなぁとつくづく思う。一時はどうなるかと思ったこの教会だけど、神様の憐れみと、何より、なんていうのかな、神様の教会に対する情熱っていうか、愛っていうか、そう、やっぱりキリストの花嫁なんだね、私たちは。愛され、養われているんだよ。すごいことだよ。至らないものですが、これからもよろしくお願いしますって、三つ指ついて頭を下げたくなるね。 シニアパスター不在のこの期間、いろいろ大変だけれど、私たちが大牧者であるイエス様を見上げ、イエス様から直接導かれることを学ぶようにと、あえて神様がゆるしておられる時なんだろうな、きっと。そしてこの訓練期間のあとで神様が私たちにシニアパスターを与えてくださったら、今度はこのコミュニティーで地の塩世の光として用いられるよう、教会として大きく成長し、飛躍させてもらえるんじゃないかという気がする。 主よ、すべてのことを感謝します! 2003年4月27日ベッキーとアンジーが、それぞれ生後1週間ほどの赤ちゃんを連れて教会に来ていた。もう、ひいいいーって叫んじゃいそうに可愛かった! 二人とも、1週間前に帝王切開でお腹を開いたばかりだというのに、まるで何ごともなかったかのように、赤ちゃんをだっこして歩き回っていたよ。すごいね。 しかも、朝の礼拝だけじゃなくちゃんと夕拝にも来てた。 昨日はベッキーの家に食事を持っていったのだけれど、家の中に入ったとき、一瞬たじろいでしまった。だって、部屋のまん中には大きな鳥小屋(カゴなんてもんじゃない)があって、インコが3〜4羽くらいいて、あたりには羽毛が舞っていて、しかもハスキー犬とおぼしき大きな犬も室内で飼っていたのだもの。とても新生児を連れてくるような環境には思えなかったんだけど、そんなに神経質にならなくても大丈夫なものなのかな。(イエス様も生まれてすぐに飼い葉おけに寝かされたんだし?)私なんか、赤ちゃんが生まれる前には家中きれいにして、消毒して、退院してからも赤ちゃんにさわる前には必ず石鹸で手を洗って…とけっこう気をつかったけどねぇ。 日本だったら、生後1ヶ月くらいまでは人込みに連れていかないようにと言うけれど、こっちの人は生後一週間でも平気で教会でも公園でもショッピングモールでも連れていく。何年か前に、生後二週間の赤ちゃんを連れてプールに来てるお母さんを見たことがあった。もちろん赤ちゃんはプールサイドで寝てるだけだったけどね。私自身、エミの時は生後1ヶ月になるまでは、検診でお医者さんに行く以外には外に出さなかったけど、二人目以降はそんなこと全然気にしなかった。でもみんな同じように元気に育ってる。 そうそう、昨日ベッキーのところにもっていった食事はとても喜んでもらえてよかった。ドレッシングは案の定好評で、作り方をきかれた。 それにしても赤ちゃん、可愛かったなぁ! うちの子たちもまだ可愛いけど、やっぱり新生児の可愛さは格別。 2003年4月28日『女性のためのヤベツの祈り』が発売になったらしい。今月初めに訳者校正をやって、11日までに入稿という話だったのに、もう出版されたなんて、早い。出版社の方々のお働きに感謝します。 2月17日の日記でも引用させていただいた、ライフセンター(キリスト教書店)のある女性職員の方の感想を、ここにもう一度ご紹介しておきます。(まだ翻訳が完成する前の頃、たまたま出版部に立ち寄ったライフセンターの方に原稿を見せたところ、後からこのような感想をメールしてくださったのだそうです。)
***** 「リンク、転載、配付、引用及び免責事項について」というページを作ってみました。免責事項に関しては英語バージョンもつくっておいた方がいいかな。 ***** 我が家の今日の大ニュース。私たちが住んでいるシカゴ郊外の田舎町に、日本食レストランができた! 小さなお店なんだけれど、ちゃんと寿司カウンターもあって、偵察に行ってきたぼぼるパパの話によると、ネタもかなり充実している様子だったとか。しっかりメニューももらって来たが、なかなか本格的な感じ。といっても、高級な日本食ではなく、日本人が日常的に食べる日本食、という意味で本格的。寿司、さしみに始まり、てんぷら、焼き鳥、各種どんぶりもの、うどん、そば、照焼き、トンカツ、コロッケ、ギョーザ、豚肉生姜焼き、冷やし中華にチャーハンまである。なんかこう、日本の食堂みたいで嬉しい。しかも出前までしてくれるというから泣かせるね。明日の昼、早速、食べに行って来ようと思う。 2003年4月29日
この「割礼を受ける受けないは大事なことではなく」の部分、他にいろんなことが入りそうだなぁと考えていた一日。 クリスチャンとして、どういう選択をしたらいいのか、どういう行動をとるべきか、迷ったらこの箇所を基準に考えよう。「愛によって働く信仰」を基準に。 ***** うちの町に出来た日本食の食堂(あえてレストランとは言わない)、早速ランチを食べに行って来た。ぼぼるパパと私とケンとで、注文したのは「寿司ランチ(握り5つとサーモンロール)」「巻き寿司盛り合わせ」、そして「冷やし中華」の3品。巻き寿司は、ネギはま、うなきゅう、サーモンスキンの3種を選んだ。「Maki or Temaki」と書いてあったので、手巻きを頼んだのだが、なぜか出てきたのは手巻きではなく裏巻きだった。他のアメリカ人のお客さんの「What is Temaki?」という質問に、「inside outに巻いたものです」と答えているのが聞こえてきたので、お店の人は手巻き=裏巻きだと思い込んでいるらしい。ぼぼるパパと二人で、間違いを指摘すべきかどうか迷ってしまったのだが、今回はあえて黙っていることにした。でも、いずれは教えてあげる方が親切な気もするので、次に行く時には手巻き寿司の写真でも持っていって、そっと見せてあげようかしらん。 それはともかくとして、お味の方は、お寿司に関しては及第点だったかな。特にサーモンスキンは香ばしくてとても美味でした。ネギハマは、細く切った一本のハマチと細かく刻んだネギが一緒に巻いてあったんだけど、普通ハマチとネギを一緒に叩くんじゃなかったっけ? 握りの方も悪くなかったけど、わさびが入ってなかった。横につけてあっただけ。なぜだろう? あと、ごはんがちょっとポロポロし過ぎているかなと言う感もあった。お醤油の味も何だか妙だった。(と書くと、ちっともいいとこなかったみたいだけど、いろいろ言いつつも美味しくいただきました。笑)ただ、冷やし中華の方はペケ。日本の冷やし中華とは似ても似つかないものが出てきた。でも全体としての満足度は高かった。何しろ、こんな田舎にいながらにして、自宅から数分のところでお寿司が食べられるようになったんだから。潰れてしまったら残念だからなるべくもり立ててあげようね、とパパと話した。お店の人は私たちがこの町に住む日本人だと知って、ちょっと引きつっている様子だったので、わざと大きめの声で他のお客さんにも聞こえるように、「とっても美味しかったですよ。これからも期待しています」と声援を送っておいた。 2003年4月30日今、リバイバル新聞で「『うつ病』からの解放」という証が連載されている。長女の出産をきっかけに、「産後うつ病」をわずらった女性の回復の証だ。毎週読んでいて、切なくて仕方がなくなる。出産という、本来なら喜びに満ちた出来事の最中にあって、愛しいわが子を抱くことも見つめることも出来ないほどに心身共に衰弱するとは、なんと辛いことだろう。自分が辛いだけでなく、家族にも失望させ、迷惑をかけていると思ってしまうことは、どれだけ苦しいことだろう。この方が感じられたであろう恐れや不安、絶望を思うと、私まで泣きたくなる。それでも毎週楽しみにこの証を読み続けているのは、この方は現在ではすっかり回復し、神学校に通う御主人と赤ちゃんと共に、充実した日々を送っておられると知っているからだ。連載されている証は毎回辛いことが書かれているけれど、最後には出口があり、解決があり、すべて主によって回復させられるのだ、主のご栄光が輝かしく現されるのだ、とわかっているからこそ毎週読み続けることができる。主の素晴らしい御業を見るのを期待しながら読み続けることができる。 これは、この地上での命を生きている私たちの歩みにも似ていないだろうか? 私たちの毎日の生活においては、明日何が起こるかわからない。世の中を見ても不安定で、悲しい出来事、辛い出来事がいつもまわりを被っているようだ。しかし、私たちはこの人生の結末がどうなるか知っている。イエス様が戻って来られるか、あるいは肉体の死を通るか、どちらが先になるかはわからないが、いずれにしても、私たちは最終的にはイエス様と共に永遠を過ごすことになっている。この結末を知っていればこそ、短期的には未知で不安に満ちているかのようなこの地上での生活も、希望を持って生きていくことができる。 私を間違いなく待っている、勝利と喜びに満ちた結末を知っている… これほどまでに、私に日々の力と忍耐と希望を与えることのできるものがあるだろうか。 今日は『There is a Day』という曲を一日中聞いていた。 この歌は、まさにこの喜びに満ちた結末を待ち望む気持ちを歌ったものだ。歌詞を日本語に訳すとこんな感じ。
ここをクリックするとこの歌のほんのさわりの部分を聞くことができます。(要Windows Media Player) この曲が収録されているCDの情報はこちら。ちなみにこのCDはライブワーシップで、とってもいいです。 ![]() |