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ぼぼるパパの日記はこちら
2003年3月1日次の金曜日(3月7日)は私の誕生日だ。大きな声では言えないが、なんと40歳になる。信じられない。30歳になるときはその事実を案外あっさりと受け入れられたが、今回は最後までじたばたしている。私みたいな青二才が40歳だなんて、申し訳なくて世間に顔向けできない。30代は楽しかったなぁ。20代よりもずっと安定していて、それでいてとてもクリエイティブで柔軟で。自分を外へ外へとストレッチさせながらも、根っこもどんどん深く広く伸ばせた、そんな感じ。ほんとは30代の時に大学院に行けばよかったなぁとさえ思う。 さて、40代はどうなるんだろう? とりあえず今考えているのは、自分の身体をもっと大切にすること。20代30代はかなり無理が出来た。でもだんだんそのツケが回ってき始めたような気がする。50代60代(それまでこの世で生きることが許されるならば)を楽しく元気に過ごすためには、40代のこれから、自分をもっとケアすることが必要かなと感じる。運動して、食事に気をつけて、なるべくよく寝て。そんなことを考えながら、先日、生まれて初めてエクササイズビデオなるものを買ってみた。登場するインストラクターは45歳の女性だが、とても若々しい。身体中に筋肉がついていて、いかにもよく締まっている。何でも、このエクササイズの基本は背骨をピッと伸ばし、下腹の筋肉を鍛えることらしい。それで姿勢もよくなり、腰痛や肩凝りからも解放されるんだそうだ。若々しい45歳のインストラクターとそのうたい文句にホロリときて思わず買ってしまった。実は最近腰痛に悩まされているのだ。 しかし今のところ、最初の5分のウォームアップだけでふうふう言っている。それ以上先に進めない。しかもすでに三日坊主だ。情けない。でもまだ40歳になってないんだから、本番はこれからだ、などとうそぶいている。一方、娘たちは私以上にこのビデオを喜んでおり、3人とも嬉々としてエクササイズしている。ケンスケまで一緒になってやっている。どうなることやら。 2003年3月2日外はまた雪。見る限り、春の気配もきざしも、そんなものはどこにも見えない。日中の気温も氷点下の日が続き、まだまだ厳寒の真冬の最中のようだ。だけど、雪に埋もれた地面の下では、クロッカスや水仙が芽を育て、雪の層を突き抜け今まさに顔を出そうとしているはずなんだ。冬の後には春が来る、そんな当たり前のことが、今年はやけに嬉しい。 ***** 先週は、教会のことでとても心が沈んでいた。もう苦しさのピークは過ぎたと思っていたところで、本格的な落ち込みに見舞われた。「イエス様に目を留めて、留め続けて!」自分に何度もそう言い聞かせていたけれど、そのうちそうすることにも疲れてしまった。道ばたに倒れてしまいたい。誰かに拾い上げて介抱してもらいたい。もうこれ以上顔をあげていられない、目を開いてもいられない。イエス様、いいですか? 目を閉じて、あなたの御腕のなかに倒れこんで、眠ってしまってもいいですか…? 木曜日、金曜日はそう言いながらずっと泣いていた。 水の上を歩いてイエス様のもとへ行こうとしたペテロが、風を見て恐くなり沈みかけたとき、イエス様はすぐに手を伸ばして彼をつかんでくださった。イエス様は「こら、ペテロ! わたしから目を離しちゃいけない。もう一度わたしを見て、浮かび上がってこい!」とはおっしゃらなかった。イエス様はすぐに手を伸ばして彼をつかんでくださった。ペテロをつかんだイエス様は、きっと溺れかかったペテロをその御腕のなかに抱きかかえ、そして一緒に舟に乗り移ったに違いない。「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか」というイエス様のセリフは、ペテロを叱責するような口調ではなく、たとえ数歩だけでも水の上を歩いたペテロを誇らしく、愛おしく思いながら、とびっきりの優しい笑顔で、愛情を込めて言われたセリフに違いない。私にはわかる。だってイエス様は、沈みかけていた私をそういうふうにつかみ、抱きかかえ、語りかけてくださったから。弱さのなかに完全に現されるイエス様の恵みを、たっぷりと味わっているこの週末… Jesus, I love You... 2003年3月3日明日、日本から友人が訪ねてくる。約6年ぶりの再会。とても楽しみだ。そういうわけで、今夜は明日のディナーの下ごしらえなどで忙しいため、ここまでにしておく。 2003年3月4日ああ、今夜は楽しかった。友人は日本から到着したばかりで、時差ぼけでつらそうだったけれど、楽しい一時が過ごせて感謝。 2003年3月5日夕べまた降り始めた雪が、朝起きたら20センチくらい積もっていた。天気予報で言われていたほどはひどくならなくてよかった。子供たちを学校に送りだす前にやってしまおうと思って朝8時前からスコップで雪かきしていたら、隣のおじさんがスノーブローワー(雪かき機)でブーンとやって来た。スコップでひいひい言いながら雪かきをしている私を見て、うちの前の歩道やらドライブウェイやらもおじさんが一気にやってくれた。ありがたくて、涙が出そうだった。この人はいつもとても親切だ。 ケンスケの具合が悪い。多分溶連菌ではないかと思う。娘たちの学校でもはやっているので。症状はそれほどひどくないのでほっといたら自然になおるかな?と思ったけれど、ネットで調べていたら、溶連菌感染症ならちゃんと抗生物質で治療しないと腎炎とかリウマチ熱などの合併症を起こすこともあると書いてあったので、これからクリニックに連れて行く。 ***** ケンスケは溶連菌じゃなかった。ただの風邪、しかもすでに直りかかっているとのこと。よかった。He looks fine だって。クリニックでのケンはやけにはしゃいでたもんねぇ。家では苦しそうにしてたくせに。(笑) 一方、私の方が本格的に風邪をひいた気がする。もし子供が溶連菌なら私もうつされた可能性があるから困ると思っていたけど、どうやらそうではなさそうなので安心した。身体がだるく、咳と頭痛。幸い今日はパパが家にいたので、クリニックから戻った後は私がベッドに寝込んだ。お昼はパパが用意してくれたし、午後の子供のお迎えも全部パパがかわってくれたので助かった。今日は水曜日なので、夜、教会で子供のミニストリー『ミッショネット』があり、私にとっては初奉仕の日になる。パパが、今のうちにゆっくり休みなさいと、夕飯も中華のテイクアウトにしてくれた。理解ある夫でありがたい。 今日は結局寝込んでしまったので、あまり準備が出来ないままにミッショネットに向かったが、思ったよりもずっとスムーズにいった。感謝。私が受け持つのは、11才から14才までの女の子5人。本当はもっと大勢いたのだが、今回の一件で半分以上の子供が親と一緒に離れてしまった。微妙な年頃の女の子たちなので、私に相手できるだろうかと心配していたが、見た目の大人っぽさとは違い、みんな素直で可愛い子たちだった。 ***** 正直なところ、私のなかにまだ処理しきれていない感情が残っていると思う。何度か日記にも書こうとしたのだが、うまく表現できない。まぁいいや。そういう時は、無理に言葉にしようとあせることもなかろう。イエス様は全て御存じであられるのだから。 2003年3月6日覚書
ここ2、3日のうちに何度か続けざまに目に留まった御言葉。 But none of these things move me.... 2003年3月7日ああ、この日付けは何度書いても何度見ても、私にとって特別だ。40年前の今日、母が痛い思いをして私をこの世に生み出してくれた。私が出産したとき、一人一人の子供の出生にドラマがあったように、私が生まれた時にもそれなりのドラマがあったんだろうな。どんなお産だったんだろう。生んだ時も大変だったろうけど、その後はもっと大変だったことだろうと思う。ものすごく癇の強い赤ちゃんだったらしいから、私は。(^_^;; お母さん、私を生んでくれてありがとう。育ててくれてありがとう。私が今、ここにこうして元気に幸せに暮らしていられるのも、お母さんのおかげです。 そして神様。私の人生はもちろん、母の人生も、すべてを守り導いておられた神様。あなたの慈しみと愛に満ちたまなざし、御手のわざ、私たちの人生にときに力強く、ときに静かに、けれど一時も途切れることなく、私が気づいていなかった時でさえも、常に介入し続けてくださっていたことを感謝します。主よ、今日もう一度私の人生を、あなたの御手にお捧げします。 ***** 朝、ま〜やのスケートのレッスン。今学期のレッスンはま〜やの友だちのロビーも一緒だ。ロビーのお母さんのサンディーとは私も仲良しで、先日はケンの子守りもしてもらった。しかもサンディーの御主人もシカゴ大学の準教授(考古学)で、ぼぼるパパとバスなどで乗り合わせると話しに花が咲くらしい。 おしゃべりま〜やはサンディーの顔を見るや否や、「今日はママの40才の誕生日なんだよ!」(大声で年までばらさなくてよろしい。<ま〜や (^_^;; )サンディーは「まあ、おめでとう! 何か特別なことをするの?」 「う〜ん、それほどでも。夜は外食にしようと主人は言ってるんだけど。」 「子供たちも一緒に?」 「そう。」 「まあ、そんなのダメよ! 私が預かっててあげるから、二人で行ってらっしゃいな。」 「えっ、四人共?」 「もちろん。大丈夫、うちの子供たちも喜ぶわ。さあ、今すぐ御主人に電話して、レストランに予約してらっしゃい!」 私は感激で目がウルウル。有り難くサンディーの厚意に甘えることにした。そしてパパに電話して、以前から気になっていたけど子連れで行くにはちょっとね、と思っていた近所のレストランに予約を入れた。 しかし… 私は今日、風邪のせいで鼻がつまっており、味覚も嗅覚も失われている状態だ。 んもうっ、んもうっ! ぼぼるパパと二人だけで食事に行けるなんて、1年に1回あるかないかの貴重な機会なのに、この日に限って私の鼻はつまっているなんて! ***** これを書いていたら、玄関のドアがノックされた。出るとGさんだった。非日常的な正装をしていて、思わず「どこ行くの?」と聞いたら「葬式」と一言。あんな華やかな服装でお葬式にいくのだろうか? 燕尾服というのか、丈の長い上着に、ネクタイではなくスカーフをつけ、金のピンでとめていた。タバコをくゆらせている様子は、まるで痩せたアル・カポネ。思わず上から下までしげしげと見てしまったよ。で、彼の用事は、また車がガス欠なのでガソリンをわけてくれとのこと。ガレージにある小さなタンクに入ったガソリンを渡した。夕べから路上に停めてあった彼の車にガソリンをコポコポと入れると、彼の車は走り去っていった。う〜〜〜ん。Gさんって一体何者なんだろう? 2003年3月9日風邪でヘロヘロしている。昨日はまたほとんど寝て過ごした。 教会は、最初のショックから徐々に立ち直りつつある。人数は確かに減ってしまったが、残っている人たちの間には新たな一致感がある。今までは一部の限られた人たちばかりが奉仕に遁走していたのが、今ではみんなができることを協力しあってやっている感じだ。今度の水曜日には、アッセンブリー教団のイリノイ教区から専門の人がやってきて、チャーチアセスメントとかいうものをすることになっている。どういうものかよくわからないが、いわば教会単位で受けるカウンセリングのようなものだろうか。ちょうど人がトラウマティックな体験をしたときにカウンセリングを受けるように。 だけど、もはや私たちの目は『傷や痛みの癒し』にはとどまっていない。それより超えた先にあるものを見ようとしている。神様がこれから私たちのなかで、また私たちを通して、このコミュニティにおいてなさろうとしていることを知ろうとして待ち望んでいる。神の御霊と共に進んで行くことを慕い求めている。 夕拝の後、私の心に迫ってきた御言葉。
さらに、新しい牧師を探すための委員会も設置された。すでに9人の候補者から履歴書が送られてきている。神様がこの教会のためにすでに定めておられる器を、私たちが間違えることなく選ぶことが出来ますように。 ***** はちこの誕生日のために、お祝いのメールやカードやお電話をくださった皆さん、どうもありがとうございました! とても嬉しかったです。 You made my birthday very special. You are blessings from God! I love you all! 2003年3月10日風邪の諸症状は相変わらず続いている。多少は良くなっていると思うが。 今年も税金の申告をする季節になった。アメリカは4月15日が締めきり。二年前はこの時期、ケンスケ出産の直前で、大きなお腹でふうふう言いながら準備したんだっけ。なつかしい。 やることがたくさん、たくさんある。しかも苦手なことばかり。不思議なもので、本当に大切なことというのは、かならずしも緊急性は高くなかったりする。大切なことなのでいつかはやらないといけないけれど、別に今すぐじゃなくてもいい、という具合。一方、そんなに重要でもないことに限って、今すぐやらないといけなかったりする。たとえば子供が床にぶちまけた牛乳を拭くとか。いずれやらなくてはいけない大切なことが山積みになっているのに、今すぐやらないといけないどうでもいいことばかりに振り回されている気がする。あー、こんな日記を書いているのも、どうでもいいことの一つかもしれない。(汗) 2003年3月12日風邪がなかなか直らない。5分に一回くらい鼻をかんでいる。風邪でうっとおしいのに加え、昨日の朝から腰が格段に痛くなった。寝違えたのかなぁ? ほんのちょっとも屈めないくらい痛い。いよいよカイロプラクターのお世話にならないと駄目かも。今朝、学校に行く前の子供たちを集めて、手を当てて祈ってもらった。 ほんとは今日はもっとたくさん書こうと思ってたのに、昼間はま〜やの学校にボランティアに行ったり、食料の買い出しに出たりと忙しく、夜になったら疲れが出てしまった。今夜は教会でチャーチアセスメント。なかなか画期的だった。またの機会に詳しく書くかも。 帰宅したのは9時半近く。もう眠くて仕方がないので寝ます。 2003年3月13日朝。体調は昨日と変わらず。腰がとても痛い。尋常じゃないよっていうくらい痛い。そこで友人に紹介してもらったカイロプラクターに朝一に電話して今日の午後に予約を取った。でも最初のセッションはコンサルテーションだけらしい。こんなに痛いんだから、何とかしてくれるといいんだけど。 ***** 昨日のじゅんぽろちゃんの日記を読んで、うんうんとうなづく。二週間くらい前だったか、私はうちの教会のことでとても落ち込んでいた。車を運転しながらふっと涙が溢れてきたり、ちょっとしたことですぐに泣いてしまったり、とにかく心が重くて、あぁこのままじゃ本格的な鬱になってしまう、と自分でもあわてていた。最初は、きっと『鬱の霊』が私の上にあって私を圧迫しているのだろうと思った。それでイエス様の御名によってそれを追い払おうとしたが、あまり変化がみられなかった。しかし鬱々ともがきながら祈っているうちに、ある日ハッと示されたことがあった。 「これは鬱の霊が私を圧迫しているんじゃない。私自身の自己憐憫の罪のせいだ!」 自己憐憫というものは本当に厄介で、この罠に落ち込むと、とたんに神様の恵みから切り離されてしまう。恵みが流れ込むパイプが目詰まりする。自己憐憫とは、「私は今、こんなひどい状況に置かれているが、私がこんな目にあうなんて理不尽なことであり、本当ならもっといい思いをしていいはずだ。I deserve better than this!」という思いであり、つきつめると、主権と義と公正をもってこの世を治め、私の人生にも関与しておられる神様のご計画や御力、私に対する愛と恵み、それらのものを疑うことだ。神様が愛であることを否定し、全知全能の善い御父であることを否定しているに他ならない。なんて恐ろしい… そして自己憐憫に陥っているとき、私はありとあらゆる敵の攻撃に対して自分を開いてしまっていることになる。 私を苦しめていたのは他ならぬ自分自身の罪だったと気付いた私は、すぐに自己憐憫の罪を悔い改める祈りをした。それからイエス様の御名によってそれを断ち切り、さらに、「わたしの恵みはあなたがたに十分です」のあの御言葉を告白した。それが確か2月28日の午後だったと思う。 その日がターニングポイントになって私の霊のフォーカスが自分の痛みから離れた。ハレルヤ。 ただし、その後も、今回私が新たに始めることになった子供のミニストリーの準備をしている時など「みんなが無責任に辞めてしまったから私がやる羽目になった…」みたいな思いが少しでも私のなかに湧いてくると、とたんに苛立ちと落ち込みがぶり返した。困ったことに、自己憐憫というのは、一種の恍惚感を伴うようだ。自分を悲劇のヒロインに仕立てあげ、そのなかに浸ることによる歪んだ快感がある。回りの人を裁き、自分こそ正しいことをしているという自己義も出てくる。この罪は、よほど意識していないと私などすぐにやられてしまう。第2コリント10:5の原則に従って、「すべてのはかりごとをとりこにしてキリストに服従させ」ないといけない。(この箇所、英語では"bringing every thought into captivity to the obedience of Christ" となっている。「はかりごと」というと、なにか特別な企みのように聞こえるが、要するに自分の心に浮かぶ"every thought" --全ての思い-- をキリストに服従させる必要があるんだ。野放しにしてその中に浸っていてはいけない。)苦しい状況にあるときほど、感謝をもって「あなたの恵みは私に十分です」と何度でもイエス様に告白しよう! 「あなたの恵みは私に十分です」 主に向かって繰り返し高らかに宣言するとき、そのたびごとに私の中に足掛かりを作っていた敵の要塞がグラグラと揺れ動く。しまいにはガラガラと音をたてて崩れ去っていくことだろう。 それから、じゅんぽろちゃんも書いていたように、自己憐憫は誰かを裁いていることの表れであることが確かに多いと思う。今回の私の場合は紛れもなくそうだった。とすると、自己憐憫の罪だけでなく、裁く罪も同時に悔い改め、断ち切らなくてはならないね。 いくら敵の霊をイエス様の御名によって叱責したところで、自分のなかに罪があったら、敵はビクともしないだろう。サタンが一番嫌いなタイプは、威勢よく「霊の戦いだ! サタンよ、下がれ〜!」と叫んでいるだけの輩ではなく、神様のまえに自分の罪を認め、砕かれた心をもってへりくだって御前に出るような人に違いない、と最近改めて思わされた。自分の罪、特に心の中だけの外から見えない罪は、自分でも気付かないことが多いのだけれど。だからこそ神様にいつも私の心を探っていただく必要があるんだね。
私の心を探り、知り、とこしえの道に導いてくださる主に感謝! 2003年3月15日ネットを検索していたら、フルゴスペル(純福音)ビジネスメンズフェローシップの創始者、デモス・シャカリアンさんの自伝『世界最大の成功者』(原題 The happiest people on Earth)の全文が公開されているサイトがあるのを発見。 デモスさんについてはまた後で詳しく述べますが、とりあえず御紹介のみ。私はこの本を大学生の頃に私の母教会の牧師(ケニーカールトン師)からいただいき、その内容に非常に揺さぶられました。神様に100%信頼して、聖霊に導かれつつ歩むとはこういうことか、と衝撃を受けました。その後アメリカに渡ったときも日本からこの本をたずさえ、ぼぼるパパと結婚して間もない頃に、彼にも読んでもらいました。本そのものは現在では入手が困難になっているようですが、ネットで全文が公開されていたなんて! 2003年3月18日この数日、忙しい。体調の方は、風邪はようやくピークをすぎ、回復にむかっている様子。感謝。腰痛の方は相変わらず続いているが、先日の「尋常じゃない」痛みよりはずっとましになっている。木曜日、カイロプラクターに行ってレントゲンなどをとって調べてもらった結果、私の脊髄にはsubluxationと呼ばれる症状が数カ所にあることがわかった。subluxation とは、脊髄の骨の一部が本来在るべき場所からズレて、脊髄の中を通っている神経を圧迫したり刺激したりしている状態のことなんだそうだ。この脊髄神経に障害が出ると、単なる腰痛だけでなく、頭痛や身体各部のしびれ、さらに身体の免疫力が下がるなど、全体の健康状態に悪影響をおよぼすらしい。私のsubluxationは、1から10のスケールで10を一番悪い方とすると、7か8くらいまでに進行していたらしい。でも今ならまだ矯正可能だとのことで、これから当分このカイロプラクターに通うことになりそうだ。昨日一回めの『脊髄アジャストメント』をやってもらった。今のところ、特にこれといって変化は感じられないけど。 それにしても、手遅れになる前にこの症状が発見されてよかった。実はこのカイロプラクターのことは数カ月前に同じ教会の友人のバーバラから紹介されており、そのうち行こう行こうと思いつつ、不精していたのだ。先日の突然の「尋常じゃない」腰痛は、早くカイロプラクターに行きなさいという神様からの促しだったのだろうか。感謝。 本当はもっと書きたいことがあるのだが、先にやらないといけないことがあるので、今日はここまでにしておこう。あと数日たったら、少しは忙しさが軽減するかな。 2003年3月20日昨日ある方からいただいたメールへの、はちこからのお返事。もともと日記に書こうと思っていたようなことなので、ほぼそのまま掲載させていただくことにしました。
2003年3月21日今、リバイバル新聞で月に一回、G1ミニストリーの佐藤ひろみさんという方が「"歌の季節"に向かって 〜夫の救いを祈るとき〜」という連載をしておられる。毎回楽しみに読ませていただいているのだが、3月16日号の「第8回 シンプルで静かな生活を 〜主の足もとにすわるために〜」も、いつものようにとてもよかった。 以下、一部抜粋。
主の愛の中に安らぐひとときに比べたら、価値のあるものなどひとつもない… 本当にそうだなぁ。でもそう思う割には私の生活はごちゃごちゃしている。折しも今日は春分の日。私の生活にも春の日射しが、イエス様の光りが、隅々まで届くように、思いきって大掃除しようか。 ***** ゆきこさん(仮名)からお返事をいただいた。主がこの御家族と共におられることがわかり、感謝に満たされた。ゆきこさんから許可をいただいたので、ここに御紹介させていただきます。
2003年3月22日子供達は今日から春休み。そして今日はケンスケの二才の誕生日。みんなでChuckE Cheesesというピザ屋さんに行って来た。子供向けの屋内遊戯場とゲームセンターがあって、子供たちは大好きな場所。ケンスケも楽しそうだった。 誕生日プレゼントには男の子用の三輪車とメガブロックのセット。喜んでいたけど、でもやっぱりケンスケが一番好きなのは、Blue's Clues のハンディダンディ・ノートブックとクレヨンらしい。今夜もいつものそれを、両手に握りしめながら寝付いた。 ケンスケが可愛くて仕方がない。いや、決して上の三人と比べてケンの方が可愛いというわけではなくて。うまく説明できないけれど、とにかくぼぼるパパも私も、ケンが可愛くて仕方がないのだ。 アメリカ人がよくやる仕草に「ファイブ」というのがある。二人が向き合って、片手ずつを高く上げ、手のひらをパチンと打ち鳴らす仕草。ケンスケは最近それにはまっていて、しきりと「ファイブ」をやりがたる。毎朝、パパを駅まで車で送って行くのだが、パパが車を降りるときケンは必ず「ファイブ」をねだる。パパはケンの方に身を乗り出して、パチンと「ファイブ」をする。するとケンは「アゲイン!(もう一回!)」とねだる。パパはもう一度パチンと「ファイブ」をする。ケンは再び「アゲイン!」とねだる。パパはもう一度パチンと「ファイブ」をする。ケンは再び… そんなことをいつまでも繰り返す。パパは嬉しそうに目尻を下げ、鼻の下を伸ばしながらいつまでもいつまでもケンスケと「ファイブ」をする。しまいには私が、「パパ! いい加減に行かないと、電車に乗り遅れるわよ!」とせかすことになる。パパはようやくしぶしぶと車を離れ、駅の構内へと歩き出す。これが毎朝の儀式だ。毎朝。飽きもせず。 あれからもう二年たったのか。地獄の苦しみのようだったあの出産の日から。ケンスケは、それはそれはひょうきんで、表情豊かで、甘えんぼで、意志の強い男の子に育っている。意志が強すぎて、気にいらないことがあると「ガルルル」と私に向かってうなり声をあげたりする。かんしゃくを起こして物を投げたり、床にひっくり返ったりすることもある。このままただの我がまま坊主になられては困るので、躾に関してはこちらも真剣勝負だ。二才児のことを英語では"Terrible Two"と言うが(日本語では「鬼の二才」だっけ?)、これからは一層大変さに磨きがかかるんだろうか。ちょっぴり不安だけど、それ以上にケンスケの成長には期待している。きっと、きっと、いい子に育つと確信している。だってこんなに愛されているんだもの。 ケンスケ、お誕生日おめでとう。 2003年3月23日今朝の礼拝はとてもよかった。そう、最近あまり教会のことを書いていなかったけれど、神様はうちの教会のなかで確かに働いておられる。先日も書いたと思うけれど、数週間前、夕拝から戻る車のなかで、ホセア6:3の御言葉を突然示された。家に帰ってから確認するために聖書を開き、1節から3節を読んでびっくりした。
今の私の教会にあまりにも当てはまっていると思った。そしてとても励まされた。私たちの教会は確かに引き裂かれ、打たれたけれど、主ご自身が今また、いやし、包んでくださっているのを実感している。パスターが辞任し、大勢の人たちが教会を離れたとき、この教会は死んだも同然だと思った。だけど主ご自身が私たちを生き返らせ、立ち上がらせてくださっている。 今、うちの教会には、新たな一致が与えられつつある。さまざまなところにあった隔ての壁が取り除かれつつある。そして、今までにはなかったような解放感が広がっている。 たとえば先週、ある年輩の御夫人がみんなの前でこんな『告白』をされた。「今まで青年会のバンドはうるさすぎて、とてもこんな演奏に合わせては主を礼拝できないと思っていました。先週も、青年会のバンドによる賛美が始まると私は苛立ちを覚え、すぐに立ち上がって廊下に出ました。そのとき、主がただちに私を叱責されたのです。私はよくない態度を持っていたことを主に謝り、悔い改めました。青年会のバンドの皆さんにも謝りたいと思います。皆さんのミニストリーを感謝します。今日は私はもはや皆さんの演奏に少しの苛立ちも覚えませんでした。そして皆さんと共に心から主を礼拝することができました。」 また今朝、私はこんな場面を目撃した。朝の礼拝の終わりの方で、救いの招きと悔い改めの招きがされたときのこと。その時、この数カ月ずっと来ている若者が立ち上がり、前に進み出た。この青年は、服装が独特だ。うちの教会にクリスチャンのヘビーメタルバンドをやっている男性がいるのだが、その男性のコンサートがきっかけで教会にも来るようになった青年で、腰には弾丸(偽の)をつなげて作ったベルトを巻き、首と手首にはトゲトゲの鋲が打たれたチョーカーとブレスレットをつけている。耳にはピアスがずらりと並び、髪の毛は四方八方に向かってピンピンとつきたっている。保守的な田舎の人が多いうちの教会では、はっきり言って、浮いていた。その青年が、招きに応じて前に出ていったのだ。すると、身なりのいい白髪のおじいさんが彼の横にスッと立ち、彼の肩を抱いて彼と共に祈り始めた。しばらく祈ってから、今度はその青年と話しを始めた。青年はうなずき、自分からも何かを話していた。ひとしきり話したあと、おじいさんは今度は彼を抱き寄せた。おじいちゃんが孫息子を抱くように、ぎゅっと抱き寄せた。そしてそのままの姿勢で、青年の耳もとで祈っていた。青年は泣いていた。以前のうちの教会だったら、こんなことはあり得なかったと思う。この二人の様子を見ながら、私も涙がとまらなかった。私もどうしてもこの青年をハグしたくなって、礼拝のあと彼のところに歩み寄り、大急ぎで自己紹介をしてから少し話しをし、それからハグさせてもらった。 私はワーシップチームの一員なので、ワーシップの時は前に出て会衆の方を向いて賛美している。今朝、ふと礼拝堂を見渡すと、後ろの奥の方に座っているおじいちゃんやおばあちゃんたちも、前の列を陣取っているユースグループも、その間にいる人たちも、みんなみんな、手をあげて自由に賛美していることに気がついた。私は喜びが込み上げてきて、プラットフォームの上で思わずピョンピョン飛び跳ねながら賛美してしまった。ハイヒールなので途中でコケそうになった。(笑) ひょいと隣をみると、メアリーも手を大きく振りながら大口をあけて賛美していた。メアリーは60代半ばの上品な雰囲気の御婦人なのだ。 夜には、夕拝ではなく定例総会がもたれた。二時間半に渡る長いミーティングだったが、時間は全然気にならないほど、素晴らしい時だった。定例総会でこんなに泣いたのは初めて、というくらい、私は涙が流れてしょうがなかった。前半は事務的な議題がこなされ、次に教会の今後のビジョンに関する意見が交わされた。それだけでも十分エキサイティングで感謝だったのだが、おしまいの方になって、ある兄弟が立ち上がって、おもむろにこう言ったのだった。「わたしたちは、今回のことに関して、教会として、また個人個人で、悔い改めなくてはならないと思います。さまざまなゴシップ、さまざまなネガティブな感情、なすべきことを怠り、すべきではないことをしてしまったなど、私たちは全員、多かれ少なかれ、主の御前に悔い改めるべきことがあるのではないでしょうか? それから、教会を去っていった人たちに対して、私たちは彼らを愛しており、彼らさえ戻って来てくれる気持ちがあるのなら、私たちは心から彼らに帰って来て欲しいと願っていることを、なんらかの方法で伝えるべきではないでしょうか?」これは、私もまさに思っていたことだったし、大勢の人たちが「アーメン!」と言って拍手した。私にとって衝撃だったのは、この発言をした兄弟は、今回のパスター不信任事件(?)の背後でいろいろ動いて、汚いことをしたと私が聞かされていた人だったことだ。私は、噂だけを聞いて、この兄弟のことを心のなかで裁きまくっていたのだ。なんと言うことか! 総会のあと、彼のところに言って話しをし、それから彼とハグしあった。数週間前までは、私は彼のことを顔を見るのも声を聞くのも嫌だというくらい嫌悪していたのに。 多くの人たちが、傷つきながらもその傷を主の前に差し出して、癒しを受け取り、主とともに前進しようとしている。私にとって嬉しかったことは、去っていってしまった人たちに対して、残っている人たちは誰も「邪魔者たちがいなくなってせいせいした」というようには思っていないとわかったこと。むしろ、みんな心から和解を望んでいる。私も、和解と関係の回復こそ、主が望んでおられることだと思う。神様はきっと助けてくださる。私たちがへりくだって従順に主に従うなら、神様はきっと成し遂げてくださる。 主の真実に感謝。まことに主は善いお方。愛と慈しみに満ちたお方。ハレルヤ、主にすべてのご栄光が帰されますように! 2003年3月24日我が家でも靴下失踪事件が多発している。もうここ10年ほどの傾向だ。時々掃除の時にソファなどを動かすと、小さな靴下が何枚も出てくる。しかも全部、片方ずつバラバラのものが。そこであるとき、片方だけしかない靴下を一時的に収納しておく箱を作った。洗濯して、靴下のペアをつくって、最後に残った片方だけのものをその箱のなかに入れておくのだ。しばらくしてからその箱の中身を全部取り出し、ペアが出来ていないか調べる。すると何足かはペアが回復されていることがあるのだ。しかし、すでに時効になって一人寂しく箱の底で泣いている靴下たちも少なくない。靴下失踪事件。これは本当に不思議な現象である。 *****
ここしばらく、この箇所からチャレンジを受けている。 キリスト教というものは、そこから十字架につけられたキリストを取り除くと、とたんに誰の耳にも心地よく、受け入れやすい思想に変貌する。「神は愛です」「あなたは愛されています」「あなたは高価で尊いのです」「祈りましょう」「委ねましょう」「平安を得てください」等々、こう言われて嫌な気持になる人はそういないだろう。そのせいか、私も、ノンクリスチャンの方たちにイエス様を証ししようと思っていても、いつの間にか肝心の『十字架につけられたキリスト』について分かちあうことを回避し、前述のメッセージに終始していることがある。しかし、「神は愛です」、「あなたは愛されています」というメッセージは、確かに聖書に書かれている素晴らしい真理だけれど、それ自体は決して『福音』ではないのだ。つまり、いくらそのメッセージだけを聞かされても、たとえ人がその部分を納得し受け入れたとしても、それだけでは誰も救われないということだ。パウロはこう言っている。
十字架につけられたキリストを宣べ伝える… 『愛』について語る人は高潔に見えるかもしれないが、『十字架につけられたキリスト』を語る人は愚かに見えるだろう。それでも、「神はみこころによって、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められた(第一コリント1:21)」のだ。 …実は今、具体的にある人に対して十字架につけられたキリストを伝えなさい、と迫られている。愚かになることに恐れやためらいはないけれど… ああ聖霊さま、あなたと共に。 2003年3月26日随分春らしい陽気になったので、昨日ひさしぶりに庭仕事をした。ところが素手でやったもので、両手のいたるところにトゲを刺したり擦り傷をつくったり。破傷風の予防接種はしてあるから大丈夫だろうけど。(実は何年か前に、庭仕事の最中に指を切って、ちょっとなめただけでほったらかしにしておいたらひどく化膿し、それが週末ですぐに医者にいけず、ようやく行った時にはすでに手後れで指を切断された、という人に会ったことがあるので。)以前雑誌で読んだのだが、庭仕事の最中などに怪我をしたら、すぐに流水と石鹸で徹底的に傷口を洗うといいんだそうだ。だからちゃんとそれも実践した。 あー、今年こそは野菜畑をつくりたいなぁ。だけど本気でやろうと思ったら、春になってからでは遅すぎる。前の年の秋から畑予定地をよく耕し、肥料などを混ぜたりして土を整えておくのがいいらしい。出遅れてしまったから今年もまたトマトだけかなぁ。ズッキーニやってみたいんだけど。あと日本の野菜ね。茄子とか、そう、シソも! シソだったらちょいちょいと種まくだけで出来そう。問題は、我が家の庭にやってくるピーターラビットとベンジャミンだ。彼らは野菜でも花でも、芽が出てくると、すぐに食べちゃうんだから。以前、秋に葵の苗を5株ほど植えて、とても楽しみにしていたのに、春になったら出てきた茎や柔らかい葉っぱを全部根こそぎ食べられてしまったことがあったっけ。あれはみんが生まれた年だったから8年前か。 今日は水曜日で、ミッショネットの日。一日かけて、レッスンとプロジェクトの準備をした。(当日になってからやるとは… 汗)この奉仕を始めると決めたときは、正直いって精神的に負担で、とても嫌だった。ところがやり始めてみたら、楽しくて仕方がない。もちろん時間的にも労力的にも多くのコミットメントが要求される。だけど、11才から14才という、無邪気で可愛い年令からだんだん難しくなっていく微妙な年頃の女の子たちに、神様の言葉を伝え、主の道にトレーニングする機会が与えられるなんて、なんという特権だろう! 今回の教会の件では、たとえ感情がついていかなくても、主の促しに従順に従うことにはどれだけ多くの祝福が伴うものかを、たっぷり教えられている。 やっぱり主は素晴らしい! 2003年3月28日スヌーピーのイースタービデオを見たいとおねだりしたケン。ビデオデッキにいれてスイッチを押したら、もう終わりに近い部分だった。それでもケンはかまわずそれを見る。ところが10分もしないうちに終わってしまい、ケンは「はぁはぁ」と息を荒くして私のところにやって来た。そして私の手をひっぱってテレビの前に連れて行き、テレビの画面を指さして「うわーっ」と泣き出した。 「スヌーピーが終わっちゃって、悲しいの?」 「ヤー。」ぴょこぴょこと首をたてにふってうなずくケン。 「スヌーピーがもっと見たいの?」 「ヤー。 ヌーピー、アゲイン。」 よちよち。可愛いねぇ。今度はビデオを一番最初にまで巻き戻してから、もう一度スイッチオン。 ***** 先日の日記に書いた、ヘビメタ青年を抱きしめていた白髪の身なりのいいおじいさん、私には見覚えのない人だったので、一体だれだろうと思ってその後何人かの人に聞いてみた。ところがみんな知らないという。どういうことなの? あの人は一体だれ? そのうち誰かが、天使だったんじゃないの?とまで言い出す始末。 あの青年を教会に連れてきたジェームス(仮名)とローラ(仮名)の話しでは、彼はお父さんとの関係が子供の頃からうまくいっておらず、ああいうふうに、年上の男性から愛情込めて抱きしめてもらうということこそ、まさに彼があの時必要としていたことだったろう、とのこと。おお! やはりあのおじいさんは神様の御使いだったのか? … と思っていたら、今日その謎が解けた。彼はうちの教会員のある女性のbrother-in-law で、あの日たまたま訪ねて来ていたのだそうだ。誰も彼を知らなかったのもこれで合点がいく。それにしても、その日たまたま訪ねていただけのおじいさんが、あの青年にあんなにも愛情を示したなんて、やっぱり神様のお計らいだったんだろうなぁ! 2003年3月29日パパとエミが無事に帰って来た。 実は今まであえて伏せていましたが、この二人は3月20日からイタリアとギリシャに旅行に行っていて、今日帰って来たのです。伏せていた理由は、夫が長期間留守になるのをネットで公表するのは賢くないだろうと感じたから。この旅行はエミの学校の主催で、毎年やっているのだそうです。修学旅行のように全員参加ではなく、希望者だけ。父兄や卒業生、家族の参加もオーケー。引率は学校の先生がします。今年の参加者はあまり多くなかったらしいけれど、何の事故も危険もなく、楽しく教育的ないい旅だったようです。パパとエミが留守の10日間、私とチビ三人での留守番はなかなか大変でしたが、こちらも何のトラブルもなく済んだのでよかったです。 イタリアではローマとカプリ島、ギリシャではデルファイとアテネを回ったのかな。私もまだ詳しく聞いていないので。(^_^;; ポンペイの遺跡とかコロシアムとかバチカン博物館とかサン・ピエトロ大聖堂とか、もちろん他にもいろいろ見てきたらしい。もともとアーティスト志望だったぼぼるパパには夢のような旅行だったそうで、ミケランジェロの『ピエタ』が素晴らしかったと言ってました。でも博物館の方は日本の満員電車のように混んでいたとか。まぁ、詳しい話はおいおいパパの方がシェアしてくれるでしょう。 とにかく、無事に帰って来てくれてよかった。帰って来たエミは、たった10日間離れていただけなのになんだか一回り成長したようで、とても頼もしかった。やっぱり、可愛い子には旅をさせろって? ***** ワーシップリーダーのジョン&ベッキー夫妻の赤ちゃんが、2、3日中に生まれそうだとかで、夕べもかなり本格的な陣痛があったらしい。今日の練習には二人とも来ていたけれど、もしかしたら明日には生まれるかもしれないので、その暁には明日の礼拝のワーシップのリードはぼぼるとはちこでよろしく、と頼まれた。 ひゃー。でもほんとにはちきれそうなお腹してたもんねぇ。 2003年3月30日
***** ベッキーの赤ちゃんはまだだった。初産婦さんだと、生まれそうと言われてから実際に生まれるまでに結構時間がかかるんだよね。でも、きっと来週の日曜日までには生まれているだろうなぁ。楽しみ。 ***** あ、カウンタがもうすぐ90000になりそう。(このページの一番下にあります。) 2003年3月31日さっき、ミルドレッド(仮名)から電話がかかってきた。ミルドレッドはうちの教会の祈りのチームのリーダーだった人で、今回の件でうちの教会を去って行ってしまった人のうちの一人だ。電話口で彼女の名前を聞いて、私は思わず大声をあげた。「Mildred! Oh, it's so nice to hear from you!」 今はどこの教会へ行っているの? と聞くと、あちこちいろんなところを巡っているのだけど、どこも今ひとつピンとこなくて、まだ神様の導きを求めている最中だという。彼女は、他の去っていった人たちともほとんど連絡を取っていない状態で、この一月あまり、一人で神様の前に出て自分の心を探っていただいている、と言った。心の傷は今でも痛んでいて、すぐにどうこう出来そうな状態ではないので、祈っていて欲しい、とも。はちこはどう?と聞くので、こんなふうに答えた。 私は幸いにも、literally dozens of people が私と共に、また私のためにこの問題に関して祈ってくれていて、私が混乱し導きを求めていたときも、多くの人が神様から示されたことなどを分かち合ってくれた。それがどれも同じ方向を指していて、また私自身が主から示されていると感じた方向と一致していたので、感情的には辛かったけれど、そこに主の御心があると確信してその通りに従った。結果として大いなる平安と祝福が訪れ、今は感謝と喜びに満ちた日々を過ごしている… 教会の方はまだまだ課題があるけれど、数週間前にホセア6:1〜3が示され、とても励まされた… などなど。 それから、こうも言った。「あなたがリードしていた祈りのチームは、今はJ兄弟と、P姉妹と、私とぼぼるの4人で受け継いで、毎週日曜日の朝にあの同じ部屋で祈っているのよ。私はね、祈るたびにあなたが戻って来てくれたら、って感じるの。みんなもそうよ。だから、もしも神様が戻るようにとあなたに示されることがあれば、ためらわないで、何ごともなかったかのようにいつでも戻ってきてね。」ミルドレッドは、どうもありがとう、そう言ってもらえて嬉しい、と答えた。 その後ももうひとしきり話してから、今度get togetherして一緒に祈ろうね、といって電話を切った。 ミルドレッドは50代後半で、私よりずっとお姉さん(というより、ほとんどお母さんに近いかも)で、私のことをとても可愛がってくれていた。その彼女がいなくなってしまったことは、私にとってもかなりの打撃だったので、今夜こうして電話してくれて本当に嬉しかった。 そして… 私のために、私と共に、この問題についてずっと祈っていてくださったみなさん、本当にありがとうございます。この苦しい時期を倒れずに乗り越えられたのも、皆さんのおかげです。皆さんに主が豊かに報いてくださいますように。 |